とりあえず『空間移動』した俺は席に座って机にだれる。
未だに時間が時間だけに友人と呼べる存在も、我が宿敵も登校していないらしく暇だ。
教室内に効いた空調の涼しさに感激しながらだれていれば、友人の1人が悠然と教室に入って来た。
相変わらずの金髪にサングラスとネックレスを付けた土御門をみて、その尖ったセンスに溜め息を吐く。
「おはよ土御門。 いつも言ってるけど、室内じゃサングラス外せって」
「いつも言ってるけど、そんな無茶を言われてもコレは外せないんだぜい」
うん、しゃべり方も相変わらず尖ってる。
「まだカミやんは来てないのかにゃー?」
「上条は来てないねぇ…我が宿敵もまだ来てな「息子よー!」だから、てめえにそう呼ばれる筋合いはねえよ!」
走り寄ってきた我が宿敵である青髪ピアス。 俺はその腕を吸い込んで掴み、体の後ろに回り込みリストクラッチ式エクスプロイダーを手加減無しでかます。 そして床に頭を打って伸びている青髪を尻目に、俺は自分の机に登り叫ぶ。
「行っちゃうぞバカヤロー!」
そのまま机からジャンプして、倒れた青髪の体に全体重を乗せたダイビングエルボードロップをぶちかます。
「ヨミやんは青髪に相変わらずですたい」
「例え天が轟き地が裂けようと、こんな変態ロリコン野郎に小萌先生はやらん!」
息子とはそういう意味である。 青髪曰く、小萌先生と結婚すれば俺は戸籍上で息子になる。 だから練習も兼ねて俺を息子と呼ぶと。
俺もこいつに小萌先生をやる気は更々ないので、1日1度息子と呼ばれる度に青髪をのしている。 ちなみに昨日はショートレンジラリアットから起き上がらせてのドラゴンスープレックスで、一昨日はゴー2スリープから起き上がらせてのオリンピック予選スラムをかましている。
教室内の生徒はいつもの事だと、誰も倒れた青髪を起こそとする者は居ない。
まあ、そんなこんなをやっている内に時間は過ぎるものでして、教卓側の扉が開いて担任である小萌先生が教室に入って来た。
「はーい、じゃあホームルーム始めるですー」
「あぁ…小萌ちゃんは今日も可愛ええなぁ」
さっきまで伸びていた青髪は、小萌先生の声を聞くなり復活している。 これすらもいつもの事だ。 あと、お前は小萌先生を不純な目で見んな。
「今日は終業式だけですけど、みんな頑張って下さいねー。 じゃあ出席をとるです」
周りを見ると思いの外空席が目立っている。 まあ授業でもなく何も無ければ、要領のいい生徒はわざわざ学校にきはしないだろう。
じゃあわざわざ学校に来ている俺は要領の悪い生徒かと言うと、別段そういうわけでもない。 来ている理由としては、俺が無断で休もうものならば、たぶん家に帰った小萌先生に思い切り泣かれるだろう。 以前違う理由で泣かれた事があるけど、あれは罪悪感がヤバかった…… まだガミガミと説教された方がましだと思えるくらいにヤバかった。
あれ以来、できうる限りで小萌先生を泣かせない努力をしていて、それが実っているのかそれからはまだ家で泣かれていない。
そしてその努力の一環として、俺は今日も出席しているのだ。
まあ、もう1つ理由があるとすれば、成績が芳しくないから皆勤賞をとっておきたいからだ。 無能力の俺は頭のできが他人より悪く、残念ながら成績の観点から見るとクラスのお荷物になる。 そんな俺に残されているのは、休まず出席して皆勤賞をとる道だけなのだ。
ちなみに、俺の前に座る土御門と青髪も成績はガタガタであり、つぃと横をみるとまだ来てない様だが斜め前に座る上条も悲惨な成績の持ち主である。 にしても、あのバカはまだ来てないのか?
「上条ちゃーん?あれ、上条ちゃんは遅刻ですかー?」
「あー…… 上条はまだ来てないみたいです」
「むー!」
小萌先生に上条の不在を伝えると、小萌先生は頬を可愛らしくぷくりと膨らませて、手に持った出席簿に遅刻と記入した。
出席確認を終えて小萌先生が口を開こうとした瞬間、扉が音をたてて開いて「遅れました!」と声が教室内に響く。
扉を開けたのはツンツン頭の上条当麻。 そして、教卓の前で喋るタイミングを大きな音で潰されて、驚いたのも諸々含めてスンスンしているのが我が母である月詠小萌。
俺のやる事は決まった……!
クラスの全員から「泣かしたー」と敵意ある視線と、「ご愁傷様」という憐れみの視線が入り交じって上条に送られる。 そう、クラスの全員が知っているのだ。 小萌先生を泣かすとどんな目に合うのかを。
上条もやっと小萌先生が泣いてるのに気付いたのか、滝のような汗を流して周りを見回しているが、どうにも目的のものは見つからないらしい。 当然だ、俺は『空間移動』を使ってるんだからな!
俺は上条の正面に突然姿を現す。
「よー上条。 死ぬ準備はできてるか?」
「えっとですね、これはですね…… ふ、不可抗力でして」
「聞こえんなぁ?」
顔を蒼くする上条を無視して俺は素早く上条の右肩の上に自分の左手を乗せ、上条の股下に自分の右手を差し入れて準備に入る。
「そ、その…… 冥哉さん? やっぱり暴力のない対話による平和的解決がいいと上条さんは思うんですよ」
肉人形から何か音が聞こえたが、それをガン無視する。 すると耳元から「不幸だ」と聞こえてくるが、そのまま俺は上条の体が逆さまになるように抱え上げた。
ここまで来ると自身の運命が変わらないとわかったのか、上条は受け入れの体勢に入ったらしく黙っている。
上条を抱え上げた俺は、自分の左手を上条の首の後ろに添えて上条の体重を支え、自分の右腕を上条の腰回りに回して、そのまま右サイドに上条の頭から、床に垂直に突き刺すように叩きつけた。 その際、自分の右足を左方向に振り、自分は体の右側面から床に着地する事も忘れない。
「……また詰まらん者を投げてしまった」
「さすがのカミやんも死んだんとちゃう?」
「惚れ惚れするほど完璧なエメラルドフロウジョンだったにゃー」
このクラスにはある暗黙のルールがある。 それは、担任である月詠小萌を泣かしてはいけないという内容である。 もしも泣かしてしまうと…… 義理の息子である月詠冥哉が文字通り飛んできて、泣かした人間をマット(床)に沈めるのだ。 クラスメイトは知っている。 冥哉の投げに死角は無く、毎日1回青髪を投げているし、何だかんだで小萌先生を泣かす上条を投げているのでその威力も周知の事実なのだ。
床で伸びている上条の襟首を掴んで席に戻る。 これもクラスにとってはよくある風景なので、特に何か騒がしくなる事はない。
涙から復活した小萌先生がホームルームを再開し、いつも通りの1日が始まった。
視点 上条当麻
……誰かに肩を揺らされる。
「おい…… きろ。 上…… てめ…… 起………… っつってん…… ろ」
何か呼ばれてるみたいだけど、いったい誰だ?
「優しい時…… は終………… だ」
………………何故だ、起きないと不幸な目にあいそうな気がしてきた。
そんな事を考えている内に、何かが顔を押さえつけて、もう1つの何かが腕を掴んで……!
「起きろ! チキンウイングフェイスロックだバカ野郎!」
「ギャァァァァァァ!」
「ヨミやんは起こすだけでも過激だぜい」
「これでヨミやんが女の子やったら、投げも極めもくっつかれて幸せなんやけどなぁ」
冥哉に強制的に起こされた…… って、何で寝てたんだっけ? クラスには冥哉と土御門と青髪しか居ないみたいだし。
ふと今日1日を思い出してみれば、目覚まし時計が鳴る5分前に電池が切れて鳴らず、急いで家を出て3歩歩けば靴紐がほどけ、横断歩道は悉く赤信号。 不幸だと思いつつも何とか急いで教室に辿り着いて……………… あれ?
「なぁ、冥哉。 俺教室に入ってから記憶がないんだが……」
「ああ、それやったらカミやんが教室に来た瞬間に小萌ちゃんを泣かしたんや」
「そうですたい。 だから、カミやんはヨミやんの手で床に沈められたんだにゃー」
……言われて思い出してみれば、目の前に急に見敵必殺モードの冥哉が飛んできた気が。
「不幸だ……」
溜め息が止まらない。
「ちなみに」
後ろを振り向けば、冥哉が自分の右肘に左手を寄せて右手の人差し指を伸ばして立っている。
「上条はホームルームから終業式、更には帰りのホームルームまで寝ていたから、優しい俺が体育館までの移動等を引き摺っておいたぞ」
「ノォォォォォ!」
自身の背中を見てみれば、そこは埃が付着して真っ黒になっている
「俺は雑巾じゃないんです! だから引き摺るのは間違えなんです!」
「引き摺らなかったとして、移動しないお前に小萌先生が泣きでもしたら………… 寝てようが追撃だぞ?」
目がマジですよこの人!? この人目がマジですよ!?
って言うか、お前のせいで失神してたんですよ俺は!
「って言うか、カミやんも起きたんならそろそろ帰りたいんだにゃー」
「そうだな…… 上条が暇なら俺は今日は暇だからお前の部屋に行こうかと思うんだけど」
「なんや、ヨミやんはカミやんの所に行くんか?」
「……いい加減ゲームなら持って帰ってやれよ」
冥哉は何故か俺の家にゲームを置いている。 そして、わざわざ俺の家に来てゲームをやる。
「俺の服や鞄に臭いが着くのは気にならないけど、いくら室内で煙を飲む量を減らして貰ったとはいえ、愛すべきゲームのソフトや本体が………… ヤニ臭くなる事は許せないんだ」
そう言って冥哉は眉間に皺を寄せて、虚空を睨む様に顔を顰めている。 冥哉のゲームにかける情熱は異常で、何が面白いのか学園都市外ですら数世代前になるゲームを買い漁っている変わり者だ。
「まあ暇だからいいけど」
「じゃあ上条ん所に行かせて貰うね。 土御門と青髪はどうする?」
「今日は部屋に舞夏が来るから帰るぜよ」
「ボクも今日は帰るわ」
土御門と青髪は来ないらしい。 土御門は妹に手をだすなよ?
「とりあえず学校から出るか」
冥哉の言葉に全員で頷き、俺達は学校を後にした。
2009// 初投稿?
2011/03/17 各種修正