彼女は夢を見ていた。
最愛の人は戦っていた。
並みの敵には負けないはずの彼が押されていた。
空を翔る白馬に乗った死の騎士……無数の火球を放つ。
それを避けながら銃で反撃する。
だが……段々不利になり、最期は光り輝く矢を心臓に撃ち抜かれてしまった……。
そこで夢は終わった。
自分の家の布団の中だった。
モーショボーは涙を流していた。
唯の夢とは片付けられないほどリアルな光景で嫌な予感がしていた。
彼女は最悪の未来かもしれない映像を忘れようと最愛の男の胸元に抱きついて眠った。
「死なないで……石動」
『今日の依頼は……?』
「メシア教の強引な勧誘に悩む奥様方の依頼だ。
集団で出し合っているかそれなりに報酬は期待できる。
正確にはその依頼を受けた人間を護衛だな……」
言い終わった石動はラームジェルグを凝視した。
長い付き合いだった彼だが、最初は『あれ』ではなかった。
(なんだ……お前は?
死んでいるのに忙しい奴だ)
無限地獄の中を彷徨い、出会った時は鎖で繋がれ、瞳には虚無感に満ちていた。
敗れ去った男の顔であり、抜け殻のようだった。
だが、邪鬼に眠る力と気性は荒々しいものであった……。
『ん、どうしたの?
最近、香水変えたのに気がついた?』
「……変な事をするな。
尾行の時に匂いで気がつかれたら面倒だ。
小遣いをカットしようか?」
『ゲゲ!?
ってジョークよ、ジョーク!
酒を飲みすぎて匂うかな~って…』
自分の小遣いを心配し、ゲームに熱中し、酒を楽しむ今の彼と昔の彼は別人のようであった。
石動はニヤリと笑って死刑宣告をした。
「今月の小遣いは一割天引きだ」
「どうも、今回助力を頼んだ原野です。
テロリスト、犯罪者から悪魔まで交渉を請け負うのデビルネゴシエイターです。
九鬼さんから貴方の手並みを聞いていますよ」
「……耳聡いな」
「ええ、腕っ節がない分、他で補わないと死にますからね、あははは。
僕ができるのは交渉と魔法が少々くらいです」
互いの能力の確認を行い、本題に入った。
原野曰く……。
最近、メシア教団が勝手に頼んでも居ないのに霊症を治した報酬を高額で請求したり、メシア教団に勧誘するなどの問題が生じてる。
メシア教団は、実のところ、勢いは薄らいでいる。
キリスト教系列の小さな一派として古くから活動が始まっており、1970年代後半から徐々に力をつけ、90年代ではちょっとした一大勢力だった。
だが……『世紀末に大きな破壊が起こり、神の統治する時が来る』と予言したが、その時は訪れず、勢力が大きく削がれた。
それでも、勢力的に活動を行っており、公安(零課だけではなく、表の方でも)からマークを受けている。
噂では銃器、化学兵器を集めているという噂もあり、警戒しておくべき存在だ。
霊感商法というものがある。
基本的に世に出回るのは偽者であるが、自分達の目を欺かせるために放置されている。
だが、本当にオカルトを使うものもいるが、世に目立たない程度である。
今回のメシア教団が行ったレベルは許容範囲を超えている。
原野は、教団に活動を自重し、被害にあった人間に示談金を渡すように交渉するようだ。
「できる自信はあるのか?」
「うーん、難しいところですね。
宗教がらみは困難ですからね。
実力行使して排除に乗り出してきますよ。
そこを返り討ちにしてからが本番ですよ」
『なるほどねえ~』
原野はカードを虚空から呼び出し、弄ぶ。
カードに描かれた魔神ミトラの強大な魔力が漂う……。
公証人は、楽しげに笑って言い放つ。
「大仕事になりそうですね……よろしくお願いしますよ」
メシア教団本部……その一室で密談がされている。
怒鳴り散らされるのは声太った禿げ上がった男で一見聖職者のように見えるが欲深い目は見るものが見れば、見抜けるだろう。
怒鳴り散らす男は青年だが、十代の少女と見間違うばかりに美しい男だった。
長く整った髪が揺れる男……メシア教団幹部は苛立つように問題を行った支部長に言い放つ。
「まったく、面倒なことに巻き込んでくれたな!
『計画』の前だというのに」
活動の為に資金調達、教団へ勧誘を行っていたが……。
それを訴え出るものが出たのが予想外だった……術・暴力などで抑えつけたつもりだったが失敗したらしい。
今日やってきた交渉人は強かだった。
法に精通し違法な部分を指摘し、さらにどこから見つけたのか、犯罪の証拠を探し出していた。
さらに教義について語り倒し、支部長は論破されてしまったほどであった。
「申し訳ありません、申し訳ありません……小林様」
「そういえば……君は金の一部着服を行ったり、少年の信者と戯れていたそうだが……。
まあ、いい。
計画も近いからな……面倒ごとになる前に始末するか」
幹部……小林は机の上の『石』と『設計図』を眺める。
入手経路は異なるが、いずれも彼の計画には欠かせないものである。
『石』は豹頭の天使が齎したものだ……本来なら『妖しい輝きを放つ魔性の石』だが、今はその輝きを失っている。
天使曰く、正しく用いれば『神の使者』を呼ぶことができる石だと。
小林は、正しく目的であった者を呼び出せた。
だが、それは計画の始まりに過ぎない。
真の計画は『設計図』にある。
これは誰が作ったのかは解らない……あまりの技術の高さでこの世の者とは思えないほどであり、さらに魔術との融合が果たされていた。
何が目的で作られたかは解らないが、小林は作り出せれたものを利用して大望を果たそうと決心した。
その障害になるものは尽く始末すると……。
小林は優しげな微笑で言い放つ。
「使途達にドブネズミどもを始末させましょう……あと、君の謝罪は受け入れよう」
そう言って掌から衝撃波が飛び、支部長の頭を吹き飛ばした。
夜の路地裏を二人……いや、三人が歩いている。
石動と原野、そしてラームジェルグだ。
「いやあ~、盛大に怒らせましたよ」
『新月か……フリーダーの力を発揮できないから不味いんだけど。
暗いから襲撃にはもってこいだし』
「……」
石動の顔色がどこか悪い。
長らく悩んでいなかった偏頭痛が再発するほどに……一錠の頭痛薬を飲み干す。
原野は心配気に声をかけた。
「大丈夫ですか……」
「問題はない」
力は篭っていないが眼光は衰えていない。
一応なんとかなるかと思い、原野の事務所に行く事にした……
石動の脳裏に過去の傷跡が疼く。
「(俺が死んだのも新月のこんな夜だった……)]
無意識に胸を押さえる石動……。
その時、彼らの前に一人の少年が箱を持って立っていた。
普通の子供服に野球帽……魔力も霊力もないただの子供だった。
「おにいちゃん……お願いがあるんだ」
原野は話しかけようとしたが、石動は少年の箱からの鳴る音から何が入っているか悟った。
石動は原野の体を抱きかかえて跳んで物陰に隠れた。
二人が飛んだ瞬間に大きな爆発音と火炎が広がっていた。
肉の焼けた匂いがたちこめ、千切れとんだ四肢が二人の目の前に転がっていた。
原野は怒りに満ちた顔に変わる。
「……まさか……ここまで!!」
「キリスト教の初期は秘密結社じみた所はあったし、中東の一部のイスラム教徒がこういう殉教者めいた事をするがな……。
どうやらこれが前菜のようだ……」
気がつくと二十人くらいに集団に取り囲まれていた。