<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

SS投稿掲示板


[広告]


No.733の一覧
[0] Fate / Refrain10[そーま](2004/10/21 23:59)
[1] Fate / Refrain11[そーま](2004/10/23 02:26)
[2] Fate / Refrain12[そーま](2004/10/23 23:13)
[3] Fate / Refrain13[そーま](2004/10/24 17:55)
[4] Fate / Refrain14[そーま](2004/10/25 23:25)
[5] Fate / Refrain  Epilogue.1 Sunny Days[そーま](2004/10/26 23:40)
[6] Fate / Refrain Epilogue.2 ラストファンタズム[そーま](2004/10/27 00:42)
[7] Fate / Refrain Epilogue.3 かつての夢、いつかの夢[そーま](2004/10/27 00:44)
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[733] Fate / Refrain10
Name: そーま 次を表示する
Date: 2004/10/21 23:59
 幸せの日々は、唐突に終わる。
 その始まりは、自身の過失から生まれたものだった。

 ある一つの特殊な才能があった。
 かなり特出したモノだったが、本人は大して価値を見出していなかった。
 ある結果を重視していたから、その才能は結果を導くための一助でしかなかった。

 その事件がどんなものだったかは覚えていない。
 ただ、その後に来る戦いに比べれば些細であることだけは間違いない。
 その技能を使用して事件を収めたが、結果として才能のことを知られてしまう。
 その日から、自分を封印しようとする輩、あるいは利用しようとする輩と戦うことになってしまった。

 故に、争いを望んだことは一度としてなく、その戦いは常に自衛のためのもの。
 勝てば新手が現れ、逃げれば延々と追われる。
 進むことも退くことも出来ない、しかし諦めるわけにはいかなかった。
 そんな状況でも自分についてきて、背中を守ってくれる人がいたから。
 何時かは終わるだろうと、支えあいながら戦った。

 辛いながらも充実した日々は意外な形で終わる。
 愛し合う男と女。要は、愛する人に子供ができたのだ。

 子供が出来た恋人を戦いから遠ざけるために一人になった。
 恋人に手が回らないように、表立って動くようにした。
 自分一人に目を向ければ安全だろうと思って、大声で自分の在り方を主張した。
 夢想論で馬鹿げていたとしても、それが誰かから借りた理想であったとしても、けして間違ってはいないと確信していた。
 受け入れられないと予想していたが、目的は別にあったから認めてもらおうとも思わなかった。
 だから否定され、貶され、攻撃されながらも、主張を取り下げなかった。

 だから、自分の主張が受け入れられたのは、ある意味皮肉だった。
 きっと世界は、思っていた以上に駄目になっていたのだろう。
 最初は同じように異端視され、排除されようとしていた者たち。
 次に古い構造に疑問を持ち、現状を改善したいと願う者たち。
 そして、たった一人で戦うバカに、賭けてみようと思った者たち。

 排斥されかけてた一人の存在が、ささやかな願いから始めた運動は。
 何時しか大きなうねりになって一つの勢力になる。
 そして言い出し始めのバカは逃げ場のない立場へと追いやられた。
 そんな、あまりにも馬鹿げた事態が現実になった。

 しかし、同時に希望も生まれた。
 この戦いが終われば、元の場所に帰れるのだと。
 そんな儚い希望が生まれて、剣を片手に戦場へと向かう。



 願いは、そう――――
 いつか三人で、一緒に――――





Fate / Refrain
* 2/9 *



「私の名前がわかる?」
「――――?」
「違うわ。シロウ、もう一度よ。私の名前を言って御覧なさい」
 ……ぼんやりとした思考が、次第に明朗になっていく。
 何故、こんな質問を受けているのか? ワケがわからない。
 ワケがわからない……という状況を把握して、俺の意識は覚醒した。
「イリヤスフィール?」

 瞼を開ける。そこには満面の笑みを浮かべたイリヤの顔がある。
 距離が近い……って、また足の上に乗られてる!?
「お、おいイリヤ。一体何を――――」
「黙って」
 イリヤはチョン、と俺の額を小突く。瞬間、僅かに残った眠気が吹き飛ぶ。
 頭の中にミントのタブレットを叩き込まれたようだ。清々しいを越えて痛い。
「うーん、こんなもんかな。どう、シロウ。ちゃんと元通りでしょ」
「いや……まあ、確かに目は醒めたけど。少し乱暴すぎると思ったりする」
「我慢なさい。でも思った以上に干渉が進んでいたのね。……一体誰なのかな」
 なんだかイリヤはわけのわからないことを言う。
 そんなことより、何でこんなことをしたのかちゃんとした説明を希望したい。
 椅子に縛られたまま、つい眠ってしまって気が付いたらこの有り様だ、昨日からイリヤのやることは理不尽極まりないと思うわけで、ここらで一つ説明責任を果していただきたく。

「却下。どうせ言ってもわからないだろうし」
「……まだ何も言ってない」
「シロウの言いたいことなんてお見通しよ。それよりもね、そろそろお客さんが来るのよ」
 確かにお見通しだったから何も言い返せない。なんか悔しい……
 ……って、ちょっと待て。お客さんって?
「そ。男二人組。昼頃には到着するんじゃないかな?」
 イリヤに戦いへの恐怖はない。最強のバーサーカーを有しているからか、それとも恐怖という感情に乏しいのか……それはわからないが。
 それがあまりにも危うい、と思う。そう、苦言を呈し様としたその時。

「私が聖杯戦争を終わらせたら、シロウは私の物になる。約束だよね?」

 イリヤはニコリと、踊るように。
 背筋が凍えるような綺麗さで微笑んだ――――





Interlude



 間桐慎二は不機嫌だった。
 衛宮邸を襲撃して魔術師である凛と桜を圧倒した、その事実は良い。
 しかし凛と桜に逃げられ、ライダーは自分を裏切り、そのライダーの目を見た直後からどうにも体の調子が悪い。そんな状況にも関らず、金のアーチャーは不遜な態度を取り続け、挙句の果てに鬱蒼と生い茂る森に行くと言い出す。
 金のアーチャーがいうには、この先に聖杯戦争の要『聖杯』があるのだという。
 何故彼がそんなことを知っているのか、それはどうでもいい。『聖杯』を手に入れるのは自分なのだから、出向くのも当然といえば当然ではある。
 しかし、それでもやはり朝っぱらから森の中を歩くというのは気が進むことではない。

「ねえ、アーチャー。ここに来てだいぶ経つけど、あとどれくらいで着くのさ?」
 アーチャーは地に積み重なった木の葉を踏み鳴らしながら前に進む。
 時折何処からともなく取り出した剣を振るうが、その理由を聞いても答えない。
 何を聞いても、訊ねても、金のアーチャーは最低限のことしかいってこない。
「まぁ良いけどさ。その聖杯はすぐに持ってこれるものなの?」
 聖者の血を受ける杯なのだから、そういった意味では大きいものにはなりえないのだが。
 冬木の聖杯がどんなものは慎二は知らないし、万が一大きいものだと持ち運びが面倒だ。

「それほど大きくはない。握り拳ぐらいか、それ以下だな」
 珍しく、アーチャーが答えた。振り向きはしないが、きっと表情が愉悦に歪んでいる。
 その理由はわからないが、正直どうでもいいことだと慎二は思った。
 自分にとって問題がなければ、それでいいのだ。
「ふうん。それで、どんな器なのさ? やっぱり金とか銀で出来ているの?」
 アーチャーは答えない。ただ、不敵な笑みを浮かべるのみだ。
 彼は、無礼者は嫌いだが道化を鑑賞するのは割りと嫌いではなかった。





 息を殺し、足音を殺し、空気の乱れさえ殺して、遠坂凛と赤い騎士は森を進む。
 異変は割と早く気付いていた。森に張り巡らされた結界が所々断線している。
 アインツベルンの森だけあって、全体的な管理は行き届いているようだ。ならば、その断線は一体何を意味するのか。
 考えるまでもない、自分たち以外の侵入者がいるのだ。

 予想外の事態だが、考えようによっては良い方向に働く。
 こうまで堂々と踏み荒らしているのだ、イリヤスフィールは真っ先にそちらを対応するだろう。その隙に、自分たちは目的を果せばよい。
 と、不意に。背後に控えていた赤い騎士が立ち止まった。
 鋭い目つきで周囲を探る。だが、この冬の森には自分たち以外に何の気配もない。
「どうしたの、アーチャー。何か気になることでも?」
「……いや、気のせいだろう。何かが我々を監視しているように感じたが」
「そうね……相手はイリヤスフィールだもの、見逃してはくれないかもしれない」
「あれとは少し違う気もするが、まあ良い。――――凛、目標を見つけたぞ」
「そう。随分とすんなり来れたわね」

 そして森を抜ける。
 森の中に突如現われた平地。その真っ只中に、城は立っていた。
「どうやら、先行した連中は正面から乗り込んだようだな」
「そ。ならこっちは抜け駆けさせてもらいましょうか」
 凛は壁際の大木まで駆け寄り、器用に登っていく。
 アーチャーは一旦姿を消して凛がいる枝の隣にて実体化すると、そのまま二階の窓に蹴りを入れた。がちゃん、と硝子は呆気なく割れる。
 凛とアーチャーは同時に跳んだ。割れた窓から、城内に侵入する。

 城内は外の様子を裏切らず豪奢なものだった。
 しかし、その煌びやかさは、無骨な戦いの音によって打ち消されてしまっている。
「先行組とイリヤスフィールは戦闘中か。しかし、この音は……まるで戦争だな」
「……とにかく、今の内に士郎を見つけるわよ」
 廊下を駆け出そうとする凛。しかし、アーチャーは動かない。
 剣戟に耳を傾けながら、じっとそちらの方を窺っている。
「アーチャー?」
「凛、これは好機だ。一度に二人のサーヴァントを始末できるかもしれん」
「……それは、そうだけど。でも今は」
 士郎を見つける方が先、そう言おうとした途中で、アーチャーの鬼気迫る視線を受けて口篭もった。

「優先すべきはサーヴァントの始末だ。凛、我々は聖杯戦争をやっているのだぞ。今、ここでバーサーカーを見逃せば、取り返しがつかなくなる可能性が高い」
 アーチャーはいい加減にしてくれ、と言いたげだった。
 何時までそんな些末事に拘るつもりだ、と。
「冷静になれ、凛。衛宮士郎はサーヴァントを始末してからでも間に合うが、バーサーカーを倒す機会は今を置いて他無いかもしれないのだぞ」
「………」
 凛は軽く目を瞑った。アーチャーの言うことはわかる。わかるが、抵抗がある。
 ならばどうするか。どちらを優先して、何を選択すべきか。
 冷静になれば……魔術師ならば……その答えは決まっている筈だ。

「……わかった。バーサーカーたちの戦いを見に行きましょう。場合によっては乱入して、バーサーカーを仕留める。それでいい?」
 すると、アーチャーは肩を竦める。合格だ、といわんばかりに。
 しかし口にしたのはこんなことだった。
「いや、君は衛宮士郎を探せ。戦いは私が見に行く」
「……そうね、そっちの方が効率的かもしれない。なら、そうしましょう」
 凛はそう言って、駆け出していく。その後姿を赤い騎士は見送る。

 凛の選択は全く持って失格だった。
 聖杯戦争中にも関らず衛宮士郎という取るに足らない存在を優先するのが間違いなら。
 士郎を奪い返すと決めたなら、余計な騒動に首を突っ込もうとするのも間違いだ。
 遠坂凛は魔術師であると同時にただの学生である一面も持ち合わせている。
 それゆえに、その両面が鬩ぎ合うと余計な隙が生じてしまう。
 それはけして弱点ではない、とは思うが……

「……遠坂凛が協力者と認定している内は、衛宮士郎に危害を加えてはならない、か」
 アーチャーは口の中で呟くと、剣戟の鳴り響く方向へ走り出した。





Interlude out



 その異変は、俺でもわかった。
 イリヤが「お出迎え」に行ったのが数分前、時折床が微かに揺れるのは気のせいではないだろう。
 何かが起こっている。イリヤ……大丈夫なのか?
 不安だが、縛られてジッとしているのでは何もわからない。
「だったら……」
 イリヤには悪いが、脱出させてもらう。

「制御停止(リミット・キャンセル)」
 制御が外れ、自動的に魔力が回路内を駆け巡る。
「投影開始(トレース・オン)」
 投影するのはただの短剣。位置は手首を縛っている縄のちょうど真上辺り。
 感触からしてタダの縄だから、これで事足りる。

 さて、と――――
 まずは状況を確認しないと。手首の痣を擦りながら、俺は部屋を出た。
 廊下に出てまず驚いたのは、何処ぞの美術館かと問い詰めたくなるような豪華さだったが、普通美術館といえば静謐であるわけで、その点かなり違う。
「一体何が起こってるんだ?」
 何か、遠くの方から音が響く。警戒しながら、音がする方へ向かう。
 近付くに連れて音ははっきりしていき、次第にそれが何かわかってきた。
「この音は……戦いというよりも、戦争じゃないか」
 不安は濃くなっていく。階段を降るたび、廊下を曲がるたびに、どんどん強くなる。
 そして、俺はその戦場に到達した。



 出た場所は、吹き抜けになっているロビーのテラスだった。
 その眼下にあるロビーは至るところで破損し、豪華な飾り物は瓦礫に成り果てている。
 ロビーの中央には意味を紡がない雄叫びを上げる黒い巨人と、
「何だアイツ」
 黒のライダースーツを着た金髪の男の姿がある。
「■■■■■■――――!!」
 黒い巨人、バーサーカーが斧のような剣を振るう。ただの一撃で全てを灰燼に帰してしまいそうな強烈な攻撃に、金の男は冷笑を浮かべながら相対していた。

「何だ……アイツ」
 男の背後から無数の剣が現われ、巨人に襲い掛かる。
 剣。剣。全て本物。その一つが必殺であることを約束された伝説。
 そんな代物を、あの男はまるで雨霰の如く投げている。
「何なんだ、アレは」
 バーサーカーは突進を繰り返す。
 斧剣を振るい、必殺の魔弾の雨を弾き返しながら、少しずつ前進していく。
 それは紛れもなく最強の形だった。バーサーカーが最強であることは間違いない。
 しかし、あの男はそれ以上の規格外だった。斧剣の合間を抜けて、飛び交う剣がバーサーカーの体に突き刺さり、腕に突き刺さり、頭に突き刺さり、命に突き刺さる。
 一方的な、戦いともいえない惨劇がそこにあった。

 俺は呆然とそれを見ていた。
 すると、不意に脇から腕を取られた。ハッと振り返ると、
「アンタ、何やってんのよ!?」
「遠坂……?」
 どうしてここに、と尋ねる前に、柱の影に引きずり込まれる。
 これでは戦いが見えないと抗議しようとしたら、思いっきり物凄い勢いで怒髪天の赤いあくまがそこにいた。
「と、遠坂?」
「あのねぇ、せっかく助けに来たのに何でノコノコこんな所に来るのよアンタは……! 危機感が足りないんじゃないの!?」
 いや、まあ……でもそれは遠坂も一緒だと思うぞ。
 しかし、そうか。遠坂は俺を助けに来てくれたわけか。なるほど。

「とりあえずありがとうな、助けに来てくれて」
「………」
「ん、どうした?」
「っ! 呆れてものがいえないのよっ! まったく。とにかく、ここは退くわよ。あの金ぴか、只者じゃないと思ってたけど、まさかバーサーカーに戦闘をさせないなんて」
 金ぴか、ねぇ。確かにアイツは金髪だけどさ、かなり悪意が篭っているような。
 と言うか、只者じゃないと思ってた、って遠坂はアイツと面識があるのか?

 そのときだ。ロビーの方から声がした。
「ネズミがいるな」
 刹那、全身が泡立つような悪寒が駆け巡る。俺は遠坂の腰を掴むと、そのまま思いっきり横に跳んだ。
「ちょ……!!」
 瞬間、柱に数本の剣が突き立ってアッと言う間に破壊され、俺たちがいた場所を更に無数の剣が貫く。遠坂の非難も途中で凍りついた。
 クソ、気付かれたか。思わず振り向くと、剣を飛ばしてバーサーカーをあしらう金の男と目が合う。それだけで、そいつが正真正銘の化け物であることが理解できた。
 絶望感で立ち竦んでしまいそうになる。
 しかし、こんな所でボヤボヤしていれば余計に逃げ場がなくなる――――!

「遠坂、逃げ……」
「士郎、逃げ……」
「下郎が、消えろ」
 三重に声が合わさって。ほんの少し遅れて、その声が響いた。



「 I am the bone of my sword―――― 」



 瞬間、一条の光がロビーに走った。
 金の男に突き進む一本の刃、しかし届くことはなく数多の魔剣を以って打ち落とされる。
「何者だ――――!?」
 金の男が怒鳴った先は、バーサーカーの後ろ、バーサーカーのマスターの隣。
「あ、あなたは……!」
 銀の少女を感情の篭らない眼で見下ろしている、赤い外套の騎士。
「一時休戦だ、良いな。バーサーカーとそのマスターよ」
「え、え? きゃっ!」
 何処からともなく現われたアーチャーはイリヤを脇に担ぎ、俺たちの方に跳躍する。
「ふざけるな、下種!」
 その隙を見逃さず、剣を飛ばす金の男。それをバーサーカーは斧剣を振るって叩き落す。
 しかし、いかにバーサーカーといえど、あれだけの数を全て叩き落せるわけがない。
 合間を抜けた剣が、アーチャー目掛けて突進する。
「アーチャー!」
 遠坂が悲鳴を上げた。しかし、アーチャーは動じる事もなく。
 あるいはこの結果もお見通しだと言いたげに、前もって用意していたソレを展開した。

「熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)」

 瞬時に紡がれる七枚の花弁。あらゆる投擲に対して無敵を誇る概念武装。
 それが必殺の魔弾を弾き、あるいは逸らし、アーチャーまで届かせない。
 アーチャーは無傷で俺たちの傍まで到達した。

 イリヤを降ろして、俺のほうに背中を押す。そして遠坂に向き直って苦笑した。
「そう言うことだ、凛。あのイレギュラーはこの場で倒す」
「アーチャー……」
「言っておくがな、これは君の失態だぞ。衛宮士郎をここに来る前までに確保しておけば、奴に気付かれないまま逃げることも出来たのだ」
「っ! ええ、わかってるわよ。全く私自身どうかしてるって思うわよ!」
 あ、逆切れした。
 アーチャーは憤る遠坂に肩を竦めて見せ、踵を返す。
 そして一度だけ俺を……いや、俺に抱き付いているイリヤを見た後、テラスの床を蹴ってロビーに降り立った。

「下種が。己の分も弁えず我の邪魔をするか」
 金の男は苛立ちながらアーチャーを睨みつけている。
 アーチャーは鋭い鷲の如き眼で金の男を睨みつけている。
 正に一触即発。そのときだ、あまりにも間抜けな声が割って入った。

「おいおい、二対一なんて卑怯じゃないの?」
 今まで気付かなかったが、ロビーの隅に誰かがいる。
「あれ……? 慎二か?」
「そうよ。アイツ、何処からかまたサーヴァントを手に入れたの。しかもアーチャーを」
 遠坂は苛立たしげに言う。
 アーチャー? あれはアーチャーなのか? でも。
「ありえないわ。サーヴァントのクラスに重複はないはずよ」
「そうね、私もそう聞いてる。でも慎二はあの金ぴかをアーチャーって呼んでるし、アイツはそれを否定していないわ」
 つまり、八人目のサーヴァント、だと言うことか。
 しかしアレは――――サーヴァントなんて呼んで良いものなのか?

「ったく、弱い奴ほど群れたがる。おい、アーチャー。一旦退いた方がいいんじゃないの?」
 慎二は一見いけしゃあしゃあと言う。しかし内心かなり焦っているのだろう。
 金のアーチャーは答えない。当り前だろう、あれは生まれながらの王だ。
 従うつもりもなければ、従えられる者もいない……そう言った存在だ。
「目障りだ、消えろ」
 金のアーチャーの背後に無数の剣が浮かび上がる。その数、百は下らない。
 あんなものを一斉に受けたら跡形もなくなる。駄目だ、あれには誰も敵わない。
 アーチャーに、逃げろ、と叫ぼうとしたその時。シンジラレナイものを見た。

 金のアーチャーの背後が閃き、剣の光が走った瞬間。
 赤のアーチャーの背後も閃き、剣の光が走る。

 ぶつかり合う光と光。鳴り響く鉄の衝突音。
 金のアーチャーの方が僅かに押しているが、赤のアーチャーも負けていない。
 光は止まらない。百、二百、三百――――音が重なり、思わず耳を押えたくなる……実際イリヤは耳を塞いでいる……ほどの大音量がロビーを、アインツベルンの城を、森全体を覆い尽くす。
 そして音が止まった時。そこには変わらず相対する二人のアーチャーがいた。

「どうした英雄王。それで品切れか?」
「贋作者か。偽物の分際で生意気な――――」
 不敵な笑みを浮かべる赤のアーチャーに、金のアーチャーは憎々しげに唸る。
 瞬間、とてつもない殺気が溢れ出した。
「良かろう。貴様などには勿体無いが、特別に見せてやろう。本物の価値をな」
「………」

 それを見た瞬間、あいつを見たときから走っていた悪寒が最高潮に達した。
 金のアーチャーが取り出したのは、剣だろうか。
 三つの円柱を組み合わせたのような赤い刃。剣というよりは削岩機というべきか。
 何だあれは。わからない。ただ、ただ危険だというイメージだけしかわからない。
 アーチャーもその危険を感じたのか、両手にあの干将莫耶を握ると、金のアーチャーに詰め寄ろうとする。
 しかし、
「喚くな、見苦しい」
 すぐさま背後から剣光が赤のアーチャーに降り注ぐ。
 双剣と背後からの剣光で何とか凌ぐが、これでは近接戦まで持ち込めない。

「待たせたな。では始めるぞ、エア」
 金のアーチャーの言葉に呼応して、三柱の刃が音を立てて回転する。
 風を巻き込む暴風が、広い筈のロビーに溢れて城全体を揺らす。
 その間、赤のアーチャーは数回突撃したが、ついに責めきれずに後退した。
 干将莫耶を捨て、自身が持ちうる最強の守りを想起する。
 しかし、幾らあの盾でも防ぎきれるものか。あんなのが発動したら……

 ……って、俺たちだって危ないじゃないか!
「慎二、逃げろ!」
 ロビーの隅にいる慎二に大声で呼びかける。しかしこの暴風の中、声は届くだろうか?
「士郎!?」
「遠坂、あれは拙い。発動したら城が潰れるぞ……!」
 城が潰れれば、瓦礫の下敷きになってしまう。そうなれば一巻の終わりだ。
 それに、ここは場所が悪い。アレは見るからに広範囲を巻き込む対城武装だ、直撃は免れても余波には十分巻き込まれる。
 早く、城から脱出しないと。イリヤを抱きかかえ、外に出ようと足を踏み出した、そのとき。

 それは、発動してしまった。



「天地乖離す、開闢の星(エヌマエリシュ)――――」



「――――!」
 瞬間、遠坂が前に出て全面に何かを投げつける。
 直後、あの剣から生じた光と熱と衝撃の余波が押し寄せるが、脇に逸れていく。
「ク、ク……う、……」
 防御陣か。しかし遠坂の苦しそうな様子からして、あまりもちそうにない。
 今の内に……早く外に出ないといけない。しかし、足場が揺れて歩くことさえ困難だ。
「シロウ、シロウ!」
 イリヤが何か言っている。いや、きっと意味なんてないだろう。ただ呼んでいるだけ。
 化け物じみた……神領域の事態を前に、人間が出来ることなんてそれぐらいだ。
 こんな事態に対処できるのは、もう人間ではない。だから、諦めるしかない?

「……そんなことできるか、くそぉ……!」
 イリヤを助けられず。遠坂に守られながら何も出来ず。
 ただ無力なままで、終わるなんてことが、認められるか……!
 守るんだ。……俺にできることなんて少ないけれど、それでもやるんだ。
 二人を守るためだったら、命だって売り渡してやる……!

 そう覚悟を決めれば早かった。
 押し寄せる光と熱はあくまで余波だ。人の力でも一瞬なら防げるものだ。
 しかし人の守りでは数秒が限界。しかし英霊の守りならば……!
 魔力回路を全開にして構築する。あまりに無茶な構成に体中が悲鳴を上げるが、これは仕方ないことだ。何しろ宝具をランクはそのままで展開しようとしているのだから。
 そう、無理ということはわかっている。こんなことをすれば回路が焼き切れて二度と使えなくなるかもしれない。現界させた瞬間に、矛盾によって世界の矯正力が我が身を食い殺すかもしれない。
 しかし、だからどうだというのだ。命を張って、守ると決めた。だから……!

「熾天覆う――――」

 全身が泡立つ。魔術回路が火花を上げている。
 体のあちこちが弾けて、肉が血が皮が骨が千切れていくような感覚を憶える。
 しかし、それが何だというのだ。まだやれる、限界はまだ果てにある。
 焼ききれたなら繋ぎなおせばいい。弾けたなら掻き集めればいい。千切れそうなら固めればいい。
 体を、鋼に。不可能ではない、元よりこの体は――――で出来ているのだから。

 右腕で遠坂を、左腕でイリヤを抱きとめて。
 消えそうになる防御陣の、僅かに残った膜の内側に。
 俺の、衛宮士郎の全てをかけて――――投影する!

「――――七つの円環!!」





Interlude



 迫り来る衝撃波。
 展開した「熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)」がエアの閃光を遮る。
 しかし、それは一瞬だけのこと。七枚の花弁は一瞬で消し飛び、光は赤のアーチャーを飲み込む。
 終わりか、と。口の中で呟いた。
 借り物で対抗できるのは借り物だけ。本物に対抗できるのは、本物だけ。
 たった一つの本物をぶつけることが出来なかった、己の迂闊さゆえに敗北する。

 ……だが、終わりは何時まで経ってもやってこない。
 眩い光の中、眼を凝らすと。自分とギルガメッシュの間に誰かがいる。

「バーサーカー……?」
 バカな、とアーチャーは思う。
 如何に大英雄ヘラクレスであろうと、この奔流に堪えられるわけがない。
 例え自動的にレイズしようと、一瞬で死んでしまうだろう。

 立っていられるわけがない、はずなのに。
 何故、この巨人は立ち続けていられるのか。

 暴れることに特化するが故の最強、それがバーサーカーであるはず。
 なのに何故、この男は立っているのか。何を守って破滅の光を受けているのか。
 理性を失った筈の巨人の背中が、何かを物語っているような気がして――――
“I am the bone of my sword”
 そして、言葉を紡ぐ。

“Steel is my Body, and Fire is my blood”
 最後に残った、たった一つの真実を。

“Have withstood pain to create many weapons”
 無い者を願った愚か者の答えを。

“Unknown to Death. Nor Known to Life”
 偽りを願った痴れ者の廃虚を。

“Yet, those hands will never hold anything”
 今、現実に侵食させ形を為す。

“So as I pray――――”
 故に――――





 そして、光は途切れた。
 世界を切り裂いたとされる伝説そのものを形にした剣は、放射方向を綺麗サッパリ消し飛ばした。
 城の中央に穴が空いた形になる。程無くこの城は崩壊するだろう。
 アインツベルンの城は一人のサーヴァントの、たったの一撃で陥ちたのだ。

 しかし、金のアーチャーはやはり不機嫌そうだった。
 あのような紛い物相手にエアを使わざるをえなかったのも不愉快なら、
「ち、埃が付く」
 お気に入りの服が汚れるのも不愉快な事だった。
 下らないことで下らない時間を過ごした。興も殺がれたし、さっさと用事を済ませてしまおう。
 エアを宝物庫に入れながら、本来の目的――――今回の聖杯を探す。

 その時。ありえない声がありえない方向から響いた。



“Unlimited Blade Works”
 己はここに在る。



 炎が走る。周囲の情景を塗り替えていく。
 世界が炎に包まれた、その瞬間。世界は反転した。

 そこは荒野。無数の剣が無造作に突き刺さっている丘。
 聞こえるのは鉄を切る音と、鉄を鍛える音と、鉄を溶かす炎の音と、鞴を回す歯車の音。
 果てなど無い。赤く暗く曇った空の下、どこまでも剣の丘が広がっている。
 全てが偽物であり、その全てが虚構である所。
 その丘の中央に、赤のアーチャーは立っていた。

「キサマ、何を……?」
「これがオレだ。俺が持ちうる唯一の本物……固有結界『無限の剣製』」
 誇るわけでも見せつける訳でもなく、赤のアーチャーは真実を告げる。
 金のアーチャーは歯軋りをした。
 奴だけのもの、王の中の王である自分のものではない世界。
「ふざけるな――――こんな泡沫の世界などエアで断ち切ってくれる!」
 そんな存在がこの世にあってはならない、認めるワケにはいかない。
 金のアーチャーは宝物庫から三柱の剣を引き出す。
 同時に、大地に突き刺さった幾千幾万の剣が一斉に浮かび上がり、剣先を金のアーチャーに向ける。
 眩いほどの究極の幻想の中、矢ではない弓を番えるアーチャーたち。
 合図を放ったのは、赤いアーチャーだった。



「行くぞ英雄王――――武器の貯蔵は十分か?」





Interlude out



 両腕に遠坂とイリヤを抱いたまま、揺れる床を蹴って跳躍する。
 早く、一刻も早くこの城から出なくてはいけない。酷く強い焦燥が体を動かす。
 幾ら少女とはいえ、二人も抱えてそんなに早く移動できるわけがないのだが、この際そんなことを拘っていられなかった。
 歩くことさえ難しい状況だが、そんなことどうでも良かった。
 救うべき人がこの腕にいるのに、そんな些細なことで躓いていられなかった。

 廊下に出る。最初の振動で吹き飛んだのか、窓ガラスは全て割れて欠片が廊下に散らばっている。好都合だった。
 二足で窓枠に着地し、そのまま外へ。当然、重力に退かれて自由落下。
 体を捩り、二人のクッションになれる位置を取る。
 その衝撃を耐えれば、一段落だ。

「ガッ……!」

 全身が押し潰されて、中身が飛び出しそうになる。
 でも、実際そこまでは至っていない。両腕、頚部、両足、胸部、腹部、いずれもレッドアラームが点燈しているが、事切れてはいない。
 ならば、よし。衛宮士郎はまだ戦える。

「ちょ、ちょっと士郎、大丈夫!?」
 不安そうに顔を覗き込んでくる遠坂に、大丈夫だといおうとした時。
 喉に何か熱いものが込み上げてきた。耐え切れずに吐き出す。
「シロウ、シロウ!」
 同じくこちらを見るイリヤの顔が赤く染まる。いや、染まったのはイリヤの顔じゃなくて。
 ごほ、ともう一度吐き出す。そう、赤い血で染まったのは俺の顔で。
 赤い視覚は、眼の神経が一時的に逝かれて色彩を把握できなくなっただけだ。
 そう、一時的なものだからそのうち回復する。問題ない。

「全く、無茶して! サーヴァントの宝具なんて投影したら、こうなるのも当然じゃない!」
 実にもっとも。しかし、そうもしなければあの場は逃れられなかった。
 最善ではないかもしれないが、必要なことだったんだ。
 遠坂は怒っているけど……それだけはきっと理解してくれると思うんだが。

 城の中から一際大きな音と、森全体を揺らすような振動が響く。
 遠坂とイリヤは立ち上がって城の方を見やった。
 俺もなんとか身を起こし、顔の血を拭いつつ周囲の様子を窺う。
 次に動いたのは、正面の入り口のことだった。

「ひ、ひぃいぃぃいぃ!?」
 転がるように出てくる間桐慎二の姿。
 わき目も振らず、こちらの様子に気付くこともなく、恐怖に顔を引きつらせて森のほうへと駈けていく。
 慎二は元々小心なところはあるが、あの怯え方は尋常じゃないな……

 ……と、遠坂が腕を伸ばした。
 瞬間、魔力が走って目に見えぬ弾丸が慎二に直撃する。
 うわ。吹っ飛んだぞ、今。
「何があったか知らないけど、そんな簡単に逃がすものですか」
「いきなりガンド撃ちだなんて、雅にかけるわね」
 呆れた様に言うイリヤ。遠坂は少しむっとしながら言い返す。
「アインツベルンに風雅を語られてもねぇ。それにガンドは貴婦人の嗜みでしょ」
 いや、不意打ちも呪いをかけるのも貴婦人には相応しくないと思うが。
「これだから英国風は情緒に欠けるのよ」
 ……いや、突っ込むべきところはそこじゃないと思うが。

「とにかく慎二の奴を締め上げて、事情を洗いざらい吐かせてやる」
「あー、まあ手柔らかにな」
 重い体を無理矢理引き起こす。
 ……一瞬意識が跳んだ。視界を眩い燐光が埋め尽くす。
 はぁ、と一息ついて。俺は歩き出した。
「どこに行くの?」
「一応、中を確認してみる。最悪囮になるから、二人とも逃げるんだ」
「ちょ、ちょっと何言ってるの、今の士郎の体じゃ、もう投影なんて……!」
 遠坂が何か言っている。そんなに外面が酷くなっているのだろうか?
 まあ確かに体にガタが来てるし、『■■■■■』は使えないと思うが。
 普通の剣を投影する分にはまだいけると思う……
 ……? あれ、何が使えないんだっけ。
 まあいい。思い出せないからとりあえず保留して、正面入り口に向かった。



 ロビーは、見るも無残な状況になっていた。
 テラスは完全に崩壊しているし、壁には穴が空いて向こうの森が見えている。
 城全体が微かに振動していて、天井からパラパラと欠片が落ちてきている。
 しかし、何より異様なのは、床の上に突き立っているものだった。

 そう、突き刺さっている。
 床に、あるいは床にばら撒かれた瓦礫の上に。
 そのいずれもが本物と酷似した名剣、魔剣の数々が陳列している。
 まるで墓標。その中央に、彼らはいた。



 歪な方向に捻じ曲がっている片腕をもう片方の腕で押える、赤の騎士。
 シンボルともいえる赤い外套は所々裂け、額からは血が滲み、それでも瞳は鋭いままだ。

 その赤の騎士が見ているのは、体のあちこちから刃を生やした金の騎士。
 もう動かない、既に事切れてなお、ソイツは立っていた。顔を上げて目を見開いていた。

 それが、二人のアーチャーの、戦いの結末だった。



 こちらの気配に気付いたのか、アーチャーが視線をこちらに向ける。
 すると――――その目が大きく見開かれた。愕然と、ボロボロで無様な俺を見ている。
「何――――だと。どういうことだ」
 ?――――コイツ、何を言っている?
「そうか……そう言うことか。衛宮士郎が生き延びてきたのは、急に魔術行使を身につけたのは、戦闘力を向上させたのは、れっきとした理由があったということか」
 だから、何を。ワケのわからないことを言っている?
「事故か、あるいは故意か。何にしても――――」
 アーチャーの体が消えていく。さすがに傷付きすぎて現界が難しくなったのだろう。
 しかし存在の要である霊核は無事のようだから、大事には至らないと思うが。
 奴は最後までこちらに敵意を向けたまま、理解できないことを言う。

「――――小賢しいな、セイバー」



 城から出ると、イリヤを抱えた遠坂が待ち構えていた。
 厳しい表情で、こちらを睨んでいる。何だ? アーチャーといい、遠坂といい。
「どうかしたのか。イリヤに何かあったのか?」
 遠坂はじっとこちらの様子を窺っている。なんだか、居心地が悪い。
 そう……令呪のことがバレた時と、ちょうど同じ雰囲気だ。
「……あんたが城に入ると同時に、気を失ったの。息はしてるし、多分緊張の糸が切れたんだと思うけど」
「そうか……あと、その」
 何でそんな、敵を見るような眼で俺を見るんだろう。

 色々納得がいかなかったが、一応状況の報告だけはしておく。
「えっと、あの金のアーチャーだけど。アイツは滅んだ」
「ええ、アーチャーから聞いたわ。……それとバーサーカー。あれはアーチャーを庇って消滅したそうよ」
 そっか、霊体になってもマスターなら会話はできるのか。
 なら、詳しい報告はアーチャーがするだろうし、必要ないな。
 となると、あとすべき事は……
「とりあえず、ここから離れよう。もうここは何時崩壊するかわからないから、イリヤを置いていくわけにはいかないし……慎二から詳しい事情を聞かなきゃいけないからな。悪いけど遠坂、イリヤを頼めるか?」
「別に放置しておいてもいいとおもうんだけど」
 遠坂はそういいつつも、意識を失ったイリヤを背負う。
 さて。これから森の外まで慎二を背負わないといけないわけだが、大丈夫か、コイツ。物凄く青ざめてるし、かなり震えているんだが。
 ガンドといえば指差した相手を病気にする呪いの一種だが、これは行き過ぎている。まあ、流石は遠坂といえなくもない。
 慎二の上体を起こし、間に入り込む。と――――

「……士郎」
「うん、どうかしたのか?」
 振り返ると、遠坂はイリヤを背負ったまま、じっとこちらを見ている。
「士郎がね、戦ったり投影したりする時は、いつもあんな感じなの?」
「あんな感じ? ってどんな感じだ?」
「宝具の投影をして、立っていられないような城内を、二人抱えたまま駆け抜けたでしょ。これまで……あんな風に戦っていたの?」
「いや。普段はあんな無茶な投影はしない。それにあの時は必死で、ただガムシャラに動いてたから……実はあまり考えてたのか、よくわからないんだ」
「……そう」
 遠坂はそう言うと、歩き出す。極めて能面だったので、何を考えているのかわからない。
 拙い事をいったのか、無難な答えになったのか……断定はできないが。
 ……何となく、地雷を踏んでしまった気がしてならない。





Interlude



 ランサーは非常にやる気の無い表情でマスターを見ていた。
 しかし、それは非難を受けることではないと彼は思っている。何故なら、他ならぬマスターが消極的で動こうとしないからだ。
 ランサーは実の所、聖杯には興味がない。遣り残したこと、果せなかったことはあったが、それでも彼は自分の為したことに胸を張っている。
 故に、聖杯戦争に応じた理由は願望ではなく未練。戦いと、得られる勝利と栄誉と自己満足のためだ。だから、静観を続けるマスターの行動は好意的にはなれない。
 とはいえ、聖杯戦争という特殊な戦いにおいて、マスターの判断が上策である事は否定しえない。気に入らないヤツだが、無能ではない。だから嫌々ながらも我慢していたのだが。

「已むを得んな。どうやら動かざるをえないようだ」
「へぇ。まだ半分も減ってないのに随分と早いな」
 マスターに対して皮肉を返す。しかし、マスターは一向に答えた様子も無い。逆にせせら笑うように口元を歪めて見せる。
「言っただろう、已むを得んと。私が想定していた中で最もつまらん展開だ。何もかも中途半端で、何一つ至らない、最も下らん結末になる可能性が高い」
「だから、観客気取りが今度は脚本家気取りになるわけか?」
「望むのは速やかなる閉幕だ。面白くもない喜劇は害悪でしかない。聖杯に頼むことなど無いが、他の役者が全員不適当だから私が手に入れることになる。それだけのことだ」

 至極当然そうなマスターの口調に、ランサーは嘲笑うような表情になる。
「ハッ。聖杯に望むことなど無いか。剣の坊主も弓の嬢ちゃんも聖杯に願う事なんざ無いらしいし、キャスターのマスターは魔術師ですらない。一つ聞いとくが、一体誰が聖杯を望んで、何を叶えようとしているんだ?」
「だから私が手に入れるというのだ。私には願いなど無いが、あれがどういうもので何に使うかは知っている。知らない者に持たせるよりは適切だろう」
「消去法とは、万能の願望器を巡る戦いが随分と低レベルになったもんだな」
 戦いとは何かの為にあるものだとランサーは思う。何かを背負っているという誇りがあるからこそ立ち向かえるし、耐えられる。
 弓の主、遠坂凛は一族の願いを背負っている。剣の主、衛宮士郎は己の信念を貫こうとしている。ならば、我が主は?
 きっと、何もない。だから嘲笑う、お前は下らない、と。

 マスターはそんなサーヴァントの不遜な態度をあっさりと無視した。
 自在に動かせる駒に気を揉んでも意味もない。必要なのは目的を告げることのみだ。
「どの道、このままでは聖杯は完成しない」
「……完成? どういうことだ、聖杯が現われるのにまだ条件がいるのか?」
「いいや、条件は最初から一つだ。七人のサーヴァントのうち一人が生き残ること、即ち六人のサーヴァントが英霊の座に戻ることで、聖杯は顕現する。しかし、今回は些か状況が違う。何故なら、聖杯が二つあるからだ」
 マスターの口調は何処までも淡々としている。何故今回に限り聖杯が二つもあるのか、何故コイツはそんなことを知っているのか。ランサーは量れず、半眼で睨む。
「それぞれ白の聖杯と黒の聖杯と呼ぼう。正規は白で機能的には黒より勝る。本来ならばこちらが完全なる聖杯になるはずだったが、状況が重なって黒の聖杯も起動してしまった。本来一つの聖杯に溜まる筈だった中身が分割されてしまったのだ」
「なるほど、それで完成しないというわけか」
「このままいけば、白と黒は中身を分け合って結局両者とも不完全なものとなる。しかし、残る全ての中身を黒の聖杯に注げば、あるいは聖杯は成るかも知れぬ」
「フン、それで。今度は一体何をさせるつもりだ?」
 マスターははじめて口元に笑みらしきものを浮かべる。それがなんとも不吉で、ランサーは唾棄したくなった。

「黒の聖杯の確保だ――――その後、残るサーヴァントを狩る。喜べランサー、お前の望みは叶った」





Interlude out



 イリヤは途中で目を覚ました。
 覚醒した途端に遠坂と一悶着あったが、俺の家に行くということで話はまとまった。
 なお、その間、慎二はずっと意識を失ったままである。大丈夫だろうな、ホント。

 こうして、慎二を背負った俺と遠坂とイリヤは衛宮家までやってきた。
 時刻はもう夕方だ、そろそろ晩御飯の仕度をしないといけないのだが……
「わぁ。シロウの家って独創的なんだね」
 いや、これは独創的というか……それ以前の問題だと思う。
 襲撃を受けたって話は聞いていたけど。もう少し詳しい話を聞きたいな、遠坂サン!?
「そんな顔しないでよ。言っておくけど悪いのは慎二なんだからね」
 そういいながら、庭先に回る遠坂。まあ玄関の扉は吹っ飛んでるし、壊れて瓦礫の山になってるし、玄関から中に入りたくない気もわかるが……勝手知ったるなんとやら、だな遠坂。
 庭先に回ると、遠坂が縁側の割れた窓から中に入っていくのが見えた。
 ……なんか、突っ込む気力もなくなってきた。

「そんじゃ、俺たちも中に行こうか。……イリヤ?」
「え? うん」
 イリヤは上目遣いでこちらを見ながら、庭の方を盗み見ている。
「何か、変わったものでもあるのか?」
「ううん。ただ、ここで戦闘があったみたいだから。魔力の残滓からして、ライダーと金のアーチャーだと思うけど」
 ライダー? そいつは学校で倒したはずだ。それがここで戦っていた?
 何かの間違いじゃないか、そう言おうとしたとき。
「詳しい事情はこれから話すわ。二人とも中に入りなさい」
 遠坂が促す。まあ別にいいんだが、それは家主である俺の台詞だと思う。



 慎二を客間に寝かせてから、遠坂から事情を聞く。
 慎二が何故かあの金のアーチャーを連れて突如襲撃してきたこと。
 ライダーの本当のマスターは桜で、令呪を本にして隠していたこと。
 そのライダーは遠坂と桜は脱出させたあと、金のアーチャーに敗北して消滅したこと。

 その後、遠坂は気を失った桜を休ませ、俺が来るのを待っていたが、何時まで経っても帰ってこない。まあ既にイリヤに拉致されていたから帰ってくるわけがないのだが。
 いい加減遅すぎると思って探しに出た遠坂はそのことを知り、徹夜でアインツベルンの城の位置を調べ上げて救出に向かったのだそうだ。
 ……って事は、遠坂はもうずっと寝てないってことになるのか?

「まぁね。そんなわけだから、用事だけ済ませたらさっさと引き上げるから」
「何よ、用事って。私はリンなんかに用はないわ」
「安心なさい、私も脱落したマスターなんかに用はないわ」
 フフン、と遠坂は勝ち誇った表情である。当然イリヤは面白くない。
 そんなイリヤから素っ気無く視線を外し、俺のほうを見る。
「用件は二つあるけど、まず一つ。士郎、あなたこれからどうするの?」
「どうするの……って言われても。そう言えばキャスターのこと放置しっぱなしだったから、それは対応するとして。その後のことはまだ考えていない」
「今のところ、倒れたサーヴァントはライダーとバーサーカー、それからあの金ぴかね。士郎のセイバーを差し引くと、残りは私のアーチャーとキャスター、ランサー、それからアサシンだけど」
 あ、そう言えば遠坂にはアサシンを倒したことをまだ言ってなかったっけ。
 家に帰ってみたら桜が倒れて、明け方まで看病して入れ違いになったからなぁ。

「遠坂、アサシンはもう倒したぞ。一昨日、柳洞寺に行った時にキャスターと一緒に」
 へ? と遠坂が不意を疲れて口を開く。
 お、珍しい表情だな、と思っていると。
「……嘘。シロウ、それ本当?」
 イリヤが困惑した表情で訊ねてくる。む、何か拙いことを言ったか?
「ああ。確かに消滅したはずだ。キャスターもいたし、見逃しはないはず」
 すると、イリヤは眉を顰める。在り得ない、とその口が呟いた気がした。
 ……そりゃ、サーヴァントも使えない俺が倒したなんて、ありえないと思うかもしれないけどさ。そんな深刻ぶらなくてもいいじゃないか。少し落ち込むぞ。
「そう言う報告は最優先でお願いしたいわね、衛宮くん? まあ、凶報じゃないからいいけど。……そうなると残りはキャスターとランサーの二体。聖杯戦争もそろそろ終盤といったところになるわけ。だから……」
 遠坂は腕組みを見て、半眼でこちらを見やる。
「そろそろ、自分の身の振り方を考えた方が良い頃よ」

「どういうことだ?」
「今の士郎は、かなり特殊な状況でしょ。令呪は本来の形を失っているし、セイバーは現界していない。イレギュラーが重なりすぎているのよ。これまではそれがいい方向に働いていたけど、これからもそうとは限らない。そろそろ対策を考えた方がいいってこと」
 左手を見る。この奥に令呪が隠されており暴走気味の魔術回路の制御機になっている。
 しかし、聖杯戦争が終わればこの令呪も消えてしまうかもしれない。
 魔術回路を再度暴走させれば……今度こそ命はない。
 元に戻るということはそういうことだ。ならば準備は万全にしておくべきだと、遠坂は言いたいのか。あくまで冷静に、淡々と言葉を続ける。
「士郎、キャスターの件が一段落ついたら聖杯戦争から降りなさい。綺礼に言えば令呪を取り除いてもらえる筈よ。それであなたはマスターでは無くなり、セイバーも消える」

「そして凛はランサーを倒して勝利者になるわけ?」
「不満なら抵抗してもいいわよ。ただし、私は容赦しないわ」
 イリヤの皮肉に、遠坂は至極当然そうに答える。それで遠坂が真剣である事がわかった。
 ならば、俺はどう答えるべきか。
 これまで見てきた遠坂凛という少女は、聖杯戦争の勝者に足るのか。
 誰かが犠牲になるのが嫌だった。戦いに他の人を巻き込むのが嫌だった。俺の戦う理由はただそれだけ。しかし命を賭けるに足る理由だと確信している。
 ならば、そんな俺が想定する聖杯を手にするべき人間とは、どんな存在であるか。

 実のところ、考えるまでもなかった。
「そうだな。遠坂なら、聖杯を手にしてもきっと失敗しないだろう。わかったよ、遠坂の指示に従う」
「――――」
「ん、どうしたんだ?」
「……別に。ただ、あまりにあっさり答えるから拍子抜けしただけ。……とにかく。この話はこれで終わりね。次に二つ目だけど、慎二のことよ」
「そうだな、今は無理っぽいけど、いずれ事情を聞かなきゃいけないな」
「無理じゃないわよ、死ぬほど辛いでしょうけど洗い浚い吐いてもらうわ。でもまあ、それは別に問題ないのよ、最悪、頭を直接見ればいいんだし」
 うわ、さりげに凄いこと言ってるな。正に問答無用か。
 哀れ慎二。自業自得ながら少し同情するぞ。
「問題なのは、このまま放置できないってことよ。考え方もその在り方自体も魔術師ではないコイツに、これ以上ウロチョロされては堪らないわ」
「……じゃあ、どうするって言うんだ」

 すると、遠坂はフン、と鼻を鳴らした。
「記憶を消すわ。どこまでやれるかはわからないけど、魔術に関する全てを抹消する」
「それは……」
「勘違いしないで、私は妥協しているのよ。本当なら後腐れなく始末するのが正解なんだから。でも、士郎は嫌なんでしょ」
 確かに、慎二のやったことは軽率だったが……それでも命を持って贖わなきゃいけないものとは思わない。
 遠坂が最大限譲歩してくれていることはわかる。記憶は大切なものだが、生死と天秤にかければ……遠坂の行動は否定すべきではないだろう。

「とにかくそう言うことだから。それじゃ、早速始めましょうか――――」
 遠坂さんは立ち上がって、ドスドスと床を踏み鳴らして歩き出す。
 何となく非常に恐いのだが、下手に口出しすると万倍に返されそうなので黙ってる、と。


 
「………!?」
 突然、遠坂の足が止まった。厳しい表情で振り返る。
「どうかしたのか、遠坂?」
「ッ、静観してるからって安心しすぎたってこと……? ……アーチャー!」
 すると、眼前にアーチャーの姿が現われる。
 外面だけは取り繕っているが、内面は万全とは言いがたいようだ。
「今の状況を報告して。戦闘には耐えられる?」
「相手次第だが、些か厳しいな」
 二人が何の為にそんな会話をしているのかわからず、首を傾げる。
 しかし、二人ともそんな俺に構っている余裕は無いようだ。
「最悪、令呪を使うしかないわね……とにかく、行くわよ」

「お、おい。どういうことだよ?」
 訊ねると、遠坂はキッ、とコチラを睨みつける。
「……私の家が何者かに攻め込まれたわ。十中八九、ランサーね」
「攻め込まれたって、どうしてさ」
「大方、バーサーカーとの戦いで私達が消耗していると踏んだんでしょうね。失敗したわ、このタイミングで攻勢に出ることは予想できた筈なのに」
 そのまま遠坂は縁側まで歩いていった。窓を空けながら、顔だけこちらに向ける。
「士郎はここで待機してなさい。今のあなたは戦える状態じゃないんだから」
「む。それは」
 遠坂は返事を聞かず出て行った。正に聞く耳を持たないといったところか。
 遠坂の言う事はわかる、今の俺は正直ボロボロだ。だからと言って、遠坂が危機に直面しているというのに、引っ込んでいていいのだろうか――――

 しかし、今の俺に何が出来るというんだ。
 どう好意的に評価しても、俺は足手まといにしかならない。
 無駄だからやらない、そう言う考え方は嫌いだが……迷惑をかけるとなれば話は別だ。
「………」
「シロウ? どうしたの?」
 同時に、そんな小賢しいことを考えてしまうことに自己嫌悪する。
 まったく。俺は頭を振って思考を切り替えた。
「……いや。少し早いが、晩御飯の仕度をするよ。昼に何も食べてないし、イリヤもお腹空いてるだろ?」
「え? シロウってお料理できるの?」
 イリヤは意外だと思ったらしい。まあ、確かに好き好んで料理するわけじゃないけど。そんな顔をされるのは些か心外だなぁと思ったりする。
「一人暮らしだからな、一通り最低限の家事はできるぞ」
「この家で一人暮してるの? 寂しくはない?」
「んー。まあ毎日後輩が来てくれたり、猛獣が居たりするからな。騒がしいとは思っても寂しいって思ったことは、あんまり無いかな」
 そっか、と。イリヤは口の中で呟く。それがなんだか寂しげに見えたのは気のせいか。
 すぐさまニッコリと笑い、軽くステップを踏んで舞う。
「うん、それならいいんだ!」
「む。何がいいのかはよくわからないが、とにかく。イリヤなんかリクエストはあるか? 好物とか。逆に食べられないものとか」
「うーん、よくわかんないけど。士郎が作ってくれたのなら何でも食べられるよ、きっと」
 そうか。ならば期待に答えないといけないな。
 とりあえずお茶だけ先にイリヤに出して、俺は台所に入った。
 エプロンをつけて、冷蔵庫の中を探る。さて何にしようかな……



 と、言うわけで。挽肉と玉葱と卵があったのでハンバーグにした。大根があったので、おろして醤油と酢で味付けしてタレにして、付け合せにキャベツの千切りを添える。
 これだけじゃ少し寂しいから卵の澄まし汁をつくり、あとは常備してる漬物を卓に並べれば準備完了だ。
「うわぁ――――おいしそう」
 イリヤは楽しそうに、そんな夕食の支度を見ていた。
 まあ城暮らしのイリヤからすれば庶民臭いと思うが、そう言ってもらえるのは嬉しい。
 茶碗にご飯をよそってテーブルに置くと、エプロンを外した。
「よしっ。それじゃ食べようか」
「やったー!」
 ばんざーい、と手を上げるイリヤ。早速箸を手にとって、ハンバーグを切りはじめる。
 箸使いは巧いな。一応スプーンとフォークを用意したんだが、この分なら要らないか。
 さて、それじゃ俺も……



「あ、帰ってきてるーーーー!!」
 がぉーん。そんな咆哮が聞こえてきた気がする。



 ……来たよ。そう言えば忘れてた。
 玄関の方からドタドタと音がする。ベキバキと、なーんか不穏な音がするわけだが……
「士郎――――! 一体どうなってんのさコレわー!」
 OK、落ちつけタイガー。
 とりあえず専用ドンブリにご飯を盛り、オスマシと一緒に出す。
 ハンバーグは、手をつけていない俺のをそのまま移動させる。
「あ、今日は和風ハンバーグなんだ~。いいねぇ、いっただきまーす」
 パチンと手を合わせて颯爽とご飯をかき込み始める藤ねえ。
 俺は台所に引き返すと、コンロに火を入れ、冷蔵庫からラップに包んだハンバーグの元を取り出した。程よくフライパンが熱くなったところで、サラダ油を投入してハンバーグを焼き上げる。
 数分後、出来上がったハンバーグを持ってテーブルに戻った。
「士郎、おかわりー!」
 もうかよ。早いな藤ねえ。
 ハンバーグの皿だけ置いて、御飯をよそいに行く――――

「ちっがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁうっ!!」
 がぉーん。またぞろ、そんな咆哮が聞こえてきた気がする。

「ナニ普通にご飯食べてるのさ士郎ってば――――!」
「煩いわね。ご飯が飛んでるわよ、はしたない」
「なんか白くてちっちゃいのも居るし!?」
 ビシ、とイリヤを指差す藤ねえ。それは失礼な態度だと思うぞ。
 しかしイリヤは一向に気にした様子も無く、マイペースに食事を続けている。
 全く、コレじゃどっちが年上なのかわからないな。
「藤ねえ、とりあえず話は食べてからにしよう」
「う。……わかった。それじゃおかわりヨロシク」

 で。食事後、藤ねえに事情を話した。
 当然だが聖杯戦争に関することは一切話せないので、実質ほとんど何も話していない。ただ、イリヤを迎えに行って帰ってきたらこうなってた、と説明した。
「うーん……もしかしてそれって事件じゃない?」
「わからない。ガスが爆発したとか、そう言うことかも知れないし」
「そっか。それはおいおい調べるなりするとして……えっと、イリヤちゃん?」
 藤ねえは胡散臭そうにイリヤを見る。やはりイリヤは気にした様子も無く、平然とお茶を啜っている。
「迎えに行ったって言ってたけど、士郎とは一体どういう関係? 見たところ、外人さんみたいだけど」
「それは……っ、ああ、そうそう。その、オヤジの知り合いなんだ」
「切嗣さんの? ……んー、まぁあの人だったら有り得なくもないか」
 藤ねえは眉を顰める。いかん、なんか疑ってるっぽいな。
「とにかく、そんなわけでしばらく面倒見るつもりだから」
「うーん……」
 強引に話題を打ち切ろうとするが、相変わらず藤ねえは何か難しそうに考え込んでいる。

「ね、イリヤちゃん。あなた切嗣さんとはどんな関係だったの?」
 唐突に、藤ねえはギュルンと話をイリヤに振った。
 イリヤは大きく目を見開いて、眼前に迫るトラを呆然と見ている。
「も、もしかして……隠し子、とか?」
「隠し子? 私が……キリツグの?」
 呆然としていたイリヤだったが、一瞬不快そうに口元を歪め、そのすぐ後に先程の平然とした表情に戻る。
「……違う。私は、そんなのじゃない」
「そ、そっかぁ。そうだよねぇ」
 何故か安心したように胸を撫で下ろす藤ねえ。何を考えていたんだ?
 幾ら切嗣がフラフラしている奴だったとはいえ、外で愛人囲うような奴じゃないだろう。
 大体、子供がいるなら俺なんかを養子にして、ここで暮してるわけがない。

 結局、イリヤは切嗣の知己の娘ということで落ち着いた。
 ここで寝泊りすることについては難色を示したが、遠坂と桜という前例があったので、何とか宥めすかして納得させた。
「それにしても、最近の士郎はやけに女の子と縁があるよーな」
「縁って言っても遠坂とイリヤだけだろ。そんな大袈裟に騒ぎ立てることでも」
「だけどさ、なんか遠くないうちに誰かに士郎取られちゃう気がする」
 取るって何だ。俺はモノじゃないぞ、藤ねえ。



 そんな四方山話をしているうちに、気がつけば時間は21時になっている。
「今日は遠坂さんと桜ちゃんいないんだね」
「え? ああ、二人とも今は遠坂の家にいると思う」
 そう、桜は遠坂の家に居て、遠坂は異変を感じ取って家に向かった。
 それが夕方。あれから連絡は一向にない。一体、何があったのか――――
 電話してみようかとも思ったが、電話は玄関の崩壊に巻き込まれて行方不明である。
「――――それじゃそろそろお暇しますか」
 藤ねえは瓦礫を踏み越えて玄関から出て行く。
 ……流石だな、この荒れ果てた瓦礫の中を歩いていくとは。

「あれ、イリヤ?」
 居間に戻ると、イリヤの姿が無かった。
 何処に行ったんだろう、ついさっきまで居たんだから、何処にもいけないはず――――
 探してみるとすぐに、縁側に一人たたずむイリヤの姿があった。

「疲れたのか?」
「え? うーん……そうかな、そう見える?」
 逆に聞き返してくるイリヤの隣りに座る。
「少しな。まぁ、藤ねえのパワーに押されれば、そりゃヘトヘトになるよ」
「そんなことはないと思うけど。タイガはシンプルだから、凄くわかりやすいよ」
 シンプル、か。確かに藤ねえらしい評価だ。一本筋が通っていて間違えようがなくて、ひたすら単純。そんな人だから、切嗣や俺みたいなのと長く付き合ってこれたのだと思う。
「きっとね……この家の雰囲気がね。どうしようもなく暖かいんだ……」
 そう言ってイリヤは空の月を見る。縁側の空気はお世辞にも暖かいとはいえないが、勿論イリヤが言いたいのはそう言うことではない。
 広大な、人気のない城で暮してきた彼女にとって、俺が居て藤ねえが居る、その雰囲気は慣れないのだろう。
「暖かいのは嫌いか、イリヤ」
「嫌いというか、それ以前に馴染まないわ。私は冬しか知らないもの」
 イリヤは空を見上げ続ける。
 そこにあったのは白い月。奇しくも、かつて父親と呼んだ人と見上げた空。

「シロウ。キリツグってどんな人だったの?」
「……うん?」
「シロウの父親なんでしょ? だからちょっと聞いてみただけ。それだけ」
 イリヤはこちらを見ようとせず、ただひたすら月を眺めている。
 何を思ってそんなことを聞いてくるのか。それはわからないが――――
 ――――まぁ、別にいいだろう。ちょうど切嗣のことを考えていたし、それを誰かに話してみるというのも……それが知り合って間もない子供であったとしても……それはそれで一興かもしれない。

「そうだな――――子供みたいな人だったよ」
「……子供?」
「俺は、さ……十年前の聖杯戦争で両親も家も記憶も全て、無くしたんだ。死の散らばった瓦礫の中を宛てもなく歩いている、それが俺の最初の記憶だよ。歩くことも出来なくなって倒れた俺が、最初に出会った人が衛宮切嗣……俺の義理の親父だ」
「………」
「何もかも無くした俺を、切嗣は引き取ってくれた。行くところがないのなら、ウチの子になるかい……ってね、そんな感じで訊ねてきて。そして俺は衛宮士郎になった」
 不思議な人だと、あの時は思った。
 助かってくれて有難うと、喜んでいた。ウチの子になってくれて有難うと喜んでいた。
 何でそんなに幸せそうなんだろうと、疑問を感じた。
 そう……あまりに幸せそうだったから――――俺も、月を見上げる。

「切嗣は本当に家に落ち着かない人だったよ。しょっちゅう家を留守にしては、思い出したかのように帰ってくる。半年ぐらい居なかった時もあったんじゃないかな。でも、不満だと思ったことはなかった。切嗣が持ってくる土産話は面白かったし、夢みたいなことを言う人だから、逆に家に落ち着くのは気持ちが悪いって本気で思ったんだ」
「夢みたいなこと?」
「うん。……切嗣はね、正義の味方になりたかったんだって」
「セイギノ、ミカタ?」
「困ったときに現われて、全てを解決したら去って行く。みんなの幸せを守る人だよ」
「そんなこと……できるわけがない」
 イリヤは呆れたような、何かを堪えるような口調で否定する。
 やはりそうなのだろうか。……やはりそうなのだろうな。
「そうだな。切嗣も言っていたよ。全てを助けることは出来ないって。どうしても救いきれないものが現われる。だから99を救うために1を殺すしかなかったんだって」
「士郎はそれでいいと思うの? それは、仕方がないことだと思う?」
 それは、かつて俺が切嗣に聞いたこと。切嗣は、なんて答えたんだっけ。
 そして俺は、今ここにいる俺は、なんて答えるんだろう。
「どうだろうな……昔はさ、そんなの違うって切嗣に言ったんだ。そんなの正義の味方じゃないって。皆を救って、皆が幸せにならなきゃ嘘だ、って。そしたらさ、切嗣は寂しそうに笑ってたよ」

 ふと、視線を降ろすと。
 イリヤがジッとこちらを見ていた。感情の篭らない瞳で、ただ俺を見ている。
 いや、違う。俺の向こうにある者を見ているのか。
 再び、俺は空を見上げる。
 月。白い月。あの時も月はそこにあって、俺たちを見ていた。

「切嗣はいつも笑ってた。嬉しい時も悲しい時も困った時も……怒ったり辛そうにしているのは見たことないけど、いつも笑ってた。笑わなかったのは、きっと俺に魔術を教えている時だけだな。それ以外はずっと笑っていたんだ」
「そう……なんだ。キリツグは笑っていたんだ。だから――――」
 イリヤは再び空を見上げる。その表情に、感情はない。
「だから、キリツグは…………」
 ふと、思う。俺は先程、藤ねえにイリヤは切嗣の知己だと紹介した。それは咄嗟の出任せだったが……もしかして、イリヤは本当に切嗣と関りがあるのかも知れない。
 しかし、それが何かを問い詰めるつもりはない。機が来れば、いずれ教えてくれるだろう。
 今はもう亡くなった、衛宮切嗣という男を教える。それだけでいいと思う。

「五年前、切嗣は家から出なくなった。――――色んな話をしたよ。最後まで、色んなことを聞いた。そして、最後に……切嗣は正義の味方になれなかった、って言った」
 ピクン、とイリヤの肩が揺れる。
「何人かの人を救えたけど、救えない人もいて、不幸にした人もいて。それは正義の味方がやることじゃない、それはわかっていたけど。それでも何もしないよりは良い筈だと信じてきた。俺はね、イリヤ……そんな切嗣を守ってやりたいと思う」
「キリツグを、守る……?」

 正義の味方になりたかった、と。でも、なれなかったんだ、と。
 何かを守りたくて、何かを救いたくて、でも果せずじまいで。
 最後に聞いたのは、何も知らない子供の、あまりにも軽々しい宣言。
 それが、衛宮切嗣の生涯だった。
 ならば、その生涯は無意味だったのか?

「切嗣の生涯に意味はあった。切嗣は正義の味方になれなかったけど、何かを残すことは出来た……そう、言えるようにしたいんだ」
 そう――――それが、答え。
 だから今も、あの向こう見ずな誓いを守ろうと日々努力している。
 じいさんの夢は、俺が。そう言った時の切嗣の笑顔を、守る。

「……そっか。うん……そうね、きっとシロウで良かったのね」
 イリヤは立ち上がった。幾分和らいだ表情で居間の方に歩き出す。
「行こっ。なんだか寒くなってきちゃった」
 イリヤは何も話さない。話せないのなら無理に聞き出すつもりはない、が。
 ただ一つ気にかかるのは、俺はちゃんと伝えられたか、ということだ。
 衛宮切嗣を。命を救ってくれた人から俺が受け取ったものを。
 確認するつもりはない。ただ……半分でも伝わってくれれば良いな、と思った。


次を表示する
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.039255857467651