キラーパンサーの姿が闇に溶けていく。
「カモンさん、大丈夫ですか!?」
その間に、リュカが倒れたカモンにホイミを唱えていた。幸いカモンは爪の一撃は受けていなかったようだが、意識は失っていた。
「無茶するオッサンだな……リュカは怪我はないか?」
雄叫びの影響による硬直が解けたヘンリーが近寄って声をかけると、リュカは頷いた。
「わたしは大丈夫。それよりもヘンリー、あの子を追いかけよう!」
あの子、と言うのがキラーパンサーの事を指しているのにヘンリーが気付くまで、少し時間があった。
「……あの子ってお前……そんな可愛いモンじゃないだろ、あれは」
何しろ、地獄の殺し屋などとも言われる猛獣である。しかし、リュカは首を横に振った。
「そうだけど……でも、あの子はひょっとしたらわたしの知ってる子かもしれないの」
「え?」
ヘンリーは思わぬ言葉にきょとんとした。が、すぐに思い当たった事があった。十年前、リュカが城につれてきたあの猫……
「まさか、あの時のあいつか?」
ヘンリーの言葉に、リュカは頷いた。
「うん……プックル。今の子の首に、何か銀色に光るものがかかってた。あれ、あの子のお守りかもしれない」
プックルは妖精界でポワンからエルフのお守りを貰っていた。ヘンリーはそこまでは覚えていなかったが、ここはリュカの言う事を信じることにした。幸い、さっきのキラーパンサーは肩に手傷を負って血が出ており、その跡を追う事ができる。
「村長! 俺たちは奴を追いかける!」
「わ、わかっただ!」
ヘンリーが叫び、村長が答えると、二人は馬車の方へ走った。
「みんな、行くよ!」
「承知!」
リュカの言葉に、マーリンが御者となって馬車を走らせる。点々と地面に続く黒い血の跡を追いかけて、一行は西へ走った。
ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~
第三十話 親友との再会
一時間ほど進んだ所で、血の跡は山腹の洞窟に続いていた。どうやらここがキラーパンサーのねぐららしい。入り口は十分馬車が入れる大きさで、中も平坦そうなので、リュカはランタンに火をつけ、馬車の屋根に吊るした。
「じゃあ行こう、みんな」
リュカは言った。洞窟は緩やかに下りながら奥へ続いている。血の跡も、まだ残っていた。
「しかしリュカ、本当にその……プックルだと思うか?」
ヘンリーが言うと、リュカは頷いた。
「うん……きっと。だって、地獄の殺し屋なのに、人も襲わず、家畜も襲わず、野菜だけを狙うなんて……普通じゃないでしょ? どうやってあの子がここまで来たかわからないけど、そんなキラーパンサーはきっとプックルだけだと思うから」
「まぁ、そうかもなぁ」
ヘンリーは頷いた。あのキラーパンサーは襲い掛かってきたカモンだけには反撃したが、それでも殺したりはしなかったのだ。
やがて、血の跡がかすれて消えてきた。そろそろ止血が進んでいるのだろう。これ以上消えるともう追いかけられないな、と思った時、それはいた。
「……」
うずくまり、自分の肩についた傷を舐めているキラーパンサー。首には確かに銀色の護符がついている。リュカは皆を制して一歩前に進み出た。
「みんな……ここはわたし一人に任せて。絶対あの子はプックルよ。だから……」
リュカの言葉にヘンリーは頷いた。
「わかってる。行って来い」
リュカはチェーンクロスも足元に置き、素手でキラーパンサーに向かって行った。そいつは顔を持ち上げ、じっとリュカの方を見た。
「……プックル」
リュカはじっとキラーパンサーの目を見つめ、名前を呼んだ。
「プックルでしょう? 覚えていない? わたしよ。リュカよ」
呼びかけながら、リュカは一歩、また一歩と近づいていく。キラーパンサーは上体を持ち上げ、いつでもリュカに飛びかかれる姿勢をとる。その場に緊張が走った。しかし、リュカは足を止めない。
「ねぇ、プックル。一緒に妖精の世界に行った事を覚えてる? ベラと一緒に冒険をした事や、雪の女王と戦った事を。その後ラインハットにも行ったよね」
近づきながら、リュカの目から涙が溢れる。
「本当に、大きくなって……良かった。あなたが生きていて。ごめんね。十年もほったらかしで。父様に、責任持ってあなたの世話をするようにって、そう言われたのに」
とうとう、リュカの身体はキラーパンサーの前足の一撃が届く距離まで近づいた。そこで、リュカは最期の一歩を踏み出した。
「プックル……プックル!」
そのまま、リュカはキラーパンサーの顔に抱きついた。彼女の上半身を一噛みで食いちぎれそうな、そんな猛獣の顔に躊躇いなく抱きついたのである。そのまま彼女はキラーパンサーの毛皮に顔をうずめ、「プックル」と名前を繰り返した。キラーパンサーはそんな彼女を攻撃しようとはせず、ふんふんと鼻をうごめかせ、匂いをかいだ。そして、まるで子猫のような声でにゃあ、と鳴いた。
「プックル……プックル! わたしがわかるのね!?」
リュカが言うと、プックルは首を縦に振り、リュカの頬を伝う涙を拭うように、舌の先でぺろりと舐めた。
「きゃっ、くすぐったいよ、プックル」
リュカが泣き笑いの表情で言うと、プックルは甘えるように転がり、お腹を彼女に見せた。本当に猫が甘える時のポーズのようで、巨体だというのに妙に愛嬌があった。リュカはそのお腹の上に身を預け、柔らかい毛並みにほほを擦り付けた。
「ふふっ……プックルの毛皮をモフモフするのも十年ぶりだね。プックル……会いたかった。ずっと会いたかったよ」
プックルは自分も、と言うようににゃあにゃあと鳴く。その光景を見て、ようやくヘンリーは身体の力を抜いて、プックルに近寄った。
「よお、戦友……元気で何よりだ」
かつて、リュカを守ろうと一緒にゲマに飛び掛った事を思い出し、ヘンリーはプックルの事をそう呼んだ。プックルも彼のことを覚えていたらしく、尻尾を振ってうなずくと、リュカを投げ出さないようにそっと立ち上がった。くるっと向きを変え、振り向いてにゃあ、と鳴く。
「ついてこい、だって……」
リュカが通訳? し、一行は洞窟の奥に進んだ。と言っても、数十メートルのことだったが……そこの棚のようになった岩場の上に安置されているものを見て、リュカは目を丸くした。
「これは……父様の剣!」
優美なカーブを描く刃を持つ、見覚えのある剣が、そこにおいてあった。
「プックル、あなたが持っていてくれたのね。ありがとう……」
リュカはプックルの首を抱きしめた。ヘンリーは岩棚に近寄り、その剣を見た。自分が甘えていたことを諭し、ヘンリーに男とは何か、人間どう生きるべきか、と示してくれた英傑……ヘンリーが人生を賭けて越えたいと願う漢の残した剣……しかし、それは……
「ボロボロになってしまっているな……」
ヘンリーは剣をそっと拾い上げた。十年間手入れする者もなく、鞘に保護されてもいなかったパパスの剣は、刃があちこち欠け、全体に錆が浮いて、もはや使い物になるとは思えない状態だった。
だが、ヘンリーは気にしなかった。馬車にとって返し、荷物の中から布を取り出して、丁寧に刀身をくるむと、リュカに差し出した。
「ほら、持っておけよ」
「うん、ありがとう……ヘンリー」
リュカは剣を受け取り、それを抱きしめた。剣自体がパパスその人であるかのように」
「父様……父様……!」
十年の時を越えて、未だ癒される事のない悲しみに、リュカは慟哭した。プックルも悲しげににゃあ、と鳴き、ヘンリーは鼻をすすりながらあさっての方向を見た。彼らにとって、あの悲劇の日は決して色褪せない思い出だった。
だが、剣を見ると、リュカの脳裏に父が語りかけてくるような気がした。
(リュカよ……愛しい娘よ。何時までも私のために泣くのではない。前に進め。私を乗り越えて未来へ進むのだ、リュカよ……)
リュカは涙を拭き、立ち上がって頷いた。
「はい、父様……わたしは負けません。きっと父様の遺志を継ぎます」
そう言って、リュカは振り向いた。
「さあ、帰りましょう。村の人に、もう化け物はいないと……そう教えてやらなきゃ」
「ああ、そうだな」
ヘンリーは頷き、馬の手綱を取った。プックルを加え、一行は洞窟の外に出る。その時、ちょうどこれから帰る東の方向から、朝日がのぼってくるのが見えた。
「いんやー、本当にありがとうございましただ。お陰でもう何の心配も無く、野良仕事に精が出せるだよ」
村長が言った。あれからリュカたちは村へ戻り、件の魔物を改心させたと伝えた。
「ほらプックル。村の皆さんにごめんなさいしなさい」
流石にリュカも甘やかさず、プックルにカボチ村の人々に謝るよう言った。プックルが項垂れた様子で頭を下げると、村人がどよめいた。
「さすが魔物使いじゃ。凄いもんだべな」
「あげな娘っ子で頼りになるんか心配だったけんど、なんとも驚いた事だなや」
リュカが魔物使いだと知っている村人たちは、恐ろしげなキラーパンサーがリュカに完璧に従っているのを見て、結構失礼な表現を交えつつも感心していた。鼻高々なのはペッカである。
「どうじゃ、オラの眼力もたいしたもんだべ?」
逆に恐縮したのはカモンである。
「あー……その、悪かっただな。他所モンにもええ奴はおるもんだな」
もともとリュカもそんな事を恨むつもりはない。
「いえ、気にしなくて良いですよ」
そう答えて微笑んでみせる。そこへ村長が進み出て、ずっしりとしたお金入りの皮袋を渡してきた。
「ほれ、約束の3000ゴールドだ。ありがとうございましただ」
「はい、確かに受け取りました」
リュカが皮袋を受け取り、ヘンリーがそれを確認して言った。
「よし……じゃあ、そろそろ行くか、リュカ」
「そうだね。それじゃ村長さん、ペッカさん。お元気で」
リュカの挨拶に、村人たちが「元気でな!」と口々に叫ぶ。その声に送られて、一行はカボチ村を後にした。御者席にヘンリーとリュカは並んで腰掛け、森の中の道を進んでいく。
「最初はどうなる事かと思ったけど、いい人たちでよかったね」
リュカの言葉に、ヘンリーは苦笑した。
「まぁ、打ち解ければの話だよな。それまでが大変だぜ……何度かキレるかと思った」
実際、カモンがリュカに暴言を吐いたときは、ブン殴ってやろうかと思ったものである。先にリュカが泣いてしまったので逆に冷静になれたが。
「ダメだよー、そんな事しちゃ。でも、本当親しくなると田舎の人は付き合いが濃いよね。サンタローズでもそうだったけど、うちの息子の嫁に、とかオラの嫁さ着てけろ、とか四人くらいに言われたし」
「な、なにぃ!?」
ヘンリーは驚いて御者席から落ちそうになった。
「よ、嫁だと?」
「うん。もちろん断ったけど」
リュカの言葉に、ヘンリーはほっと息をついた。
「ああ、そ、そうだよな……侮れないな田舎」
まったく、リュカを嫁に、などと良く平然と言えるもんだ。オレだって言えないのに、とヘンリーは考えて、ふと気づいた。
(ん……リュカを嫁に、と言いたいのかオレ? いやいやいや、落ち着けオレ)
隣で百面相するヘンリーに不思議そうな視線を向けるリュカ。そんな青春を乗せて、馬車はポートセルミへ向かっていった。
-あとがき-
あと腐れなくカボチ村を出る事に成功。プックルも仲間に戻りました。
リュカが無意識にフラグを用意しまくっているのはたぶん仕様です。