ナルトはぼんやりしながら空を見上げた。
透き通るような蒼い空。言うまでもなく快晴。
白い雲が流れていく様子を見ながらナルトはたそがれていた。
いや、いいんだよ。
こんな任務しているということは、平和な証拠だから。
でも、だからって、ねえ?
戦争まっただ中に生まれた自分としては内心複雑だ。
以前下忍になったばかりのころといえば、狙われやすく殉職しやすい自分という立場に戦々恐々としながら毎日を過ごしていたものだ。
いつ死ぬかもしれぬという思いを必ずどこかに持っていた。
任務に就く前も気を引き締めていたものだ。
…それが、ねぇ?
「ちょっとナルト! 何さぼってるのよ! そっち行ったわよ、そっち!!」
「あ~うん、わかってるってば…」
「口よりも体動かす!!」
「…うすらとんかちが……」
迷い猫の保護。
保護なんていえば聞こえはいいが、別にこの猫が何か秘密を持っていて狙われているとかいうわけではない。
ただ単に家出した猫を捕まえてくるだけの任務である。
ぶっちゃけ忍びでなくてもできる仕事だ。
ナルトは再び空を見上げた。
「あ~平和っていいなぁ…」
うずまきナルトのカレーな里外任務(波の国編) 1
「御苦労だったな、第7班」
任務受付所に任務終了の報告をしに来た第7班、ナルト・サクラ・サスケに三代目は声をかけた。
彼らの背後で迷い猫であったトラが飼い主であるマダム しじみに頬ずりをされて叫び声をあげているが、そちらにはできるだけ目を向けない。
世界には様々な愛の表わし方があるのだ、うん。
キセルをふかせ、三代目は手元の書類の中から一枚の紙をとりだした。
「さて、7班の次の任務は……老中の子守。」
「却下。」
「…隣町へのかい」
「断固拒否。」
「……い」
「お断りします。」
「最後まで言わせんかい!」
「言われなくても想像はつきますよ。下忍になったばかりの身でこんなことを言うのはなんですが、忍びの仕事を与えてくださいよ。今までやったことはと言えば、一般人にもこなせる任務ばかり…」
「「(うんうん)」」
同意見なのか、口をはさまないが頷くサスケとサクラの姿がある。
まあ当然と言えば当然だ。
このようなしょぼい任務ばかりちまちまちまちまこなしてはいるが、肝心の技術・知識・忍術に関しては合格当初からなんら伸びてはいない。
カカシ自身にも指導するような気配がない。
フラストレーションも溜まってくるというものだ。
特にサクラにとってはライバルであるイノが同じように下忍へと合格をはたし、上忍からきちんと指導を受けてメキメキと力を伸ばしている事実がそれを追いうちする。
せっかくサスケと同じ班になれたというのに、力に差をつけられてしまえば意味がない。
そんな三人の様子にあちゃーとカカシは顔を押さえた。
そろそろ溜まったうっぷんが爆発するだろうとは思っていたが、何も三代目火影の前で爆発させなくてもよかろうに…
ナルトはそのあたりをわかって、わざと三代目の前で不平不満を言ったのであろうが、他の二人までそれに引きずられて不平不満をあらわにするとはカカシの誤算であった。
「ですからもっと身入りのいい仕事回してください!」
「金かい!」
「当たり前でしょう。今までとは違って援助はなく完全に一人だちしたんですから。家賃、ガス・電気代、水道代。全て自分で払わなければならないんですよ? この分で仕事をこなしていると、とてもではないですが一ヶ月持ちませんよ! 死活問題です!」
「それならワシが…」
「ダメです。そこまで甘えるわけにはいきません。むしろ今まで受けてきた恩をお返していきたいところだというのに…」
「な、ナルト…」
うるっとくる三代目火影。
年よりは涙腺が弱いと相場が決まっている。
そしてサスケとサクラの2人はというと、同じ年のアカデミーを卒業したばかりの同期の者の口から次から次へとポロポロ吐き出される言葉に内心ぎょっとしていた。
アカデミー教師見習いでさえその給与だけでは一人生活が難しいぐらいのお金しか支給されていない。
下忍なりたてといえばさらにその下。
雀の涙に等しいものである。
子供のお小遣いに毛が生えたようなものだ。
とてもではないが一人暮らしをまかなえるようなお金は支給されていない。
サクラは両親とも健在で、任務で払われたお金は未だに家に納めていない身である。
つまりは親のすねをかじっている状態だ。
普段自分の好きなようにしか動かないと思って毛嫌いしていた問題児筆頭ナルトの意外な一面にサクラは見直した。
一方、サスケの場合はうちは一族の遺産がある。
今はサスケ一人を残すのみになったうちは一族ではあるが、もともと強力な瞳術を持った里の中でも力のある一族であった。
その力を示すように、財力にも目を見張るものがあったのだ。
現在はその残された遺産を使って生活しているので、というよりそれを里が管理し、サスケは何不自由ない生活を満喫している。
家は里から派遣された者が掃除しているし、衣食住も自分では行っていない。
問題児の落ちこぼれだと思っていた者が、両親がいないという同じ条件で送っている生活のあまりの差に、サスケはどこか腹立たしさにも近いものを感じていた。
「…ナルト……」
「ちっ。」
「だから実入りのいい任務ください!」
「結局そこに行くのか。」
「ばかやろう! お前みたいなペーペーの新人に高ランクの任務なんて10年は早いわ!!」
いままで黙っていた、実は三代目火影の横に居たイルカが立ち上がってナルトを叱咤した。
忍者に与えられる任務はその難易度によりS~Dに分類される。
高ランクで達成が難しいものからS→A→B→C→Dとなる。
報酬もランクが高いもの程、報酬は高い。
S・Aランクは上忍、B・Cランクは中忍、C・Dランクは下忍が妥当なところだ。
時に能力があるものがあるものは下忍であってもBランク、中忍でもAランクの任務に就くことはあるが、非常に稀なことだ。
下忍なりたての第7班ならばDランクが妥当といっていい。
「別に高ランクじゃなくていいから、なるべく給与がよくって楽な仕事ないですか?」
「贅沢言うな! そんな仕事があるなら俺がするわ!」
「じゃあ、いいアルバイト先紹介してください。」
「忍びに副業は禁止されている。」
「アカデミー見習い教師の時、新聞配達やってたじゃないですか。」
「あれは特別に許可を貰っていたんだ。それにあそこはアカデミー見習い教師御用達だ。」
「くっ…やはり数でこなすしかないのか。三代目火影様、とにかく短時間で達成できる任務をお願いします。春野さん、うちは君、ごめんだけど付き合ってもらうよ。」
「……お前なぁ……」
担当上忍であるオレをおいて話を進めるなんて、いじけちゃうよ?
止める気力もなく眼前で広げられるコントのような応酬にカカシは傍観を決め込んだ。
藪蛇はごめんこうむる。
一方、カカシすらそっちのけで任務の書かれた書類をひっくり返すナルトに最初こそ同意していたサスケとサクラも茫然とその様子を見守る。
「ちょっと、火影様! なにをぼんやりみているんですか! 短時間でそれなりに報酬のいい任務をピックアップしてくださいよ! 一人の下忍の生活がかかってるんですよ!? 死活問題なんですよ!?」
「わかった、わかったから!! ………Cランク任務を第7班にやってもらう。」
「報酬は?」
「時間がかかるが、その分実入りは大きい。」
「喜んで!!!」
「うおぉぉぉおおい!! 担当上忍を差し置いて勝手に任務を請け負うんじゃない!」
「それで、どんな任務なんですか?」
ナルトののりについていけてなかったサクラだったが、普段なら請け負えない下忍にしては高ランクの任務に飛びついた。
身を乗り出して三代目へと質問する。
それに重々しく頷き、三代目火影はキセルをふかした。
「ある人物の護衛だ。」
「ある人物? 誰です?」
「説明するよりも会った方が早かろう、今から紹介する。」
傍らに立っていた補佐官に頷いて促す。
すでに請け負うことが決定している状況にカカシはとほほ…と肩を落とす。
(決定権ないのね、オレ)
と、補佐官が消えたドアがガラッと勢いよく開き、白髪赤ら顔の初老の男性が入ってきた。
頭にはねじり鉢巻きが巻かれており、老いを感じさせない忍びの強さとはまた違ったしたたかさを感じさせる。
手には酒びんを持っており、酒を飲んでいることがよくわかった。
その男性は少し酒気が回り座った目で三代目火影の前にいる三人をねめつけた。
「なんだぁ? 忍びの里最強と言われる火の里にわざわざ依頼しにきたってのに、超ガキばっかじゃねーかよ。……特にそこの一番ちっこい超あほ面。お前それ本当に忍者かぁ!? お前!」
「一番…ちっこい……アホ面……?」
「…………」
「…………」
サスケとサクラは黙ってナルトを見下ろした。
三人の中で一番背が小さいのはナルトである。
アカデミーではほとんどナルトと接点などなかった二人ではあったが、班を組んで何件か任務をこなしたこの短時間で二人はナルトの性格をなんとなくつかみだしていた。
ここは空気を読んでナルトから少し距離をとる。
「い、一番ちっこい超アホ面…ですか。ははは…面白いことをおっしゃる依頼者様ですね。ははははは、は は は は …」
凍りつく依頼者。
吹き荒れるブリザード。
ナルトから放たれる威圧的なチャクラに、任務受付所はしばらくその時間を止めるのだった。
◇◆◇◆◇
依頼者である初老の男性は名をタズナと名乗った。
橋つくりの名人であり、橋ができるまでの間護衛を頼むということであった。
襲ってくると予想されるのはチンピラ程度とのこと。
それならばなんとか下忍だけでも対応できるだろう。
いくら優秀な成績を収めてきた者たちでも実戦と訓練とは違う。
下忍では、以前は戦争中のため殉職でその未来を閉ざされた者たちが多かったものだが、現在ではこの実戦で挫折しその未来を閉ざす者たちが意外に多い。
訓練では感じられない殺気や、殺し殺されるという状況に対応できず、混乱・錯乱してしまう者たちが多いのである。
だが襲ってくるのがチンピラ程度だというのならば、殺し殺されるという状況になることはないだろう。
里を出て、前を歩く自分の生徒たちとタズナを観察しながらカカシはこれからのことに考えを巡らせた。
一方下忍達の方は緊張感もなく話をしていた。
主に話をしているのはサクラだ。
緊張感でがちがちになるよりはましだが、意外と図太い性格をしているのかもしれない。
「ねえ、タズナさん。」
「なんだ?」
「タズナさんの国って“波の国”でしょ?」
「それがどうした?」
「ねえ、カカシ先生。その国にも忍者っているんですか?」
「いや、波の国に忍者はいない。が、大抵の他の国には文化や風習こそ違うが隠れ里が存在して、忍びがいる。サクラ、お前ペーパーテストは優秀だったそうだな?」
「え、はい。」
「じゃあ、忍び五大国を言ってみろ。」
「えーと…まずは私たちの里の木の葉、霧、雲、砂、岩の国です。」
「正解だ。忍びの里っていうのはその国軍事力のことだ。俺達木の葉の場合、火の国の軍事力ってことだな。軍事力といっても火の国と木の葉の里は名目上、対等の立場ではある。例外として、波の国のように他国の干渉を受けにくい小さな島国なんかでは忍びの里が必要でない場合もあるが…それぞれの里の中でも五大国は国土も大きく力も絶大なため、“忍び五大国”と呼ばれるんだ。―で、里の長が“影”の名を語れるのもこの五ヶ国だけで、その頂点に立っているのが“影”の名を背負う長だ。」
「それが火影様…」
「そうだ。他に水影、雷影、風影、土影という長が存在している。この5人が全ての忍びの頂点に立っているわけだ。」
「へー火影様ってすごかったんだ!(嘘くさいわね!)」
表面は素直に感心しているサクラだったが、内心ではそれを疑っている。
サクラが見たことがある三代目火影と言えばいつもキセルをふかしていて戦っているところなど見たこともないし、怒っている姿も想像がつかない。
人のいい好々爺というイメージしかない。
いきなり全ての忍びの頂点に立つとか言われてもいまいちピンとこないのだ。
そんな様子のサクラを見てカカシはポツリとつぶやいた。
「お前ら…今、火影様のことを疑っただろう……?」
「「!」」
ぎくりとサクラとサスケの肩がはねた。
話にこそ加わらなかったが、サスケも話に聞き耳を立てていたのだ。
サスケの中の三代目火影のイメージは、サクラと変わらない。
無理もない。元々引退していたのだ。
12年前の事件がなければ今頃、本当にただの好々爺として生活を送っていただろうに。
その事件で命を落とした自分の師匠、四代目火影を思い出してカカシはため息を吐く。
そしてちらりとナルトを見た。
火影のことを疑っていた二人と違ってナルトはけろりとしている。
話を聞いていなかったというわけではない。
彼には火影という立場の重さが理解できているのだ。
それを察してカカシは密かに顔をしかめた。
やはり、似ている。四代目火影、波風ミナトに。
何よりもその年不相応な、理解の早さに疑問を抱く。
サクラやサスケの反応はむしろ当然の反応なのだ。
木の葉の里は12年前の事件から一度も里内での戦闘を許していない。
厳重な警備に守られている。
ナルトのように理解できるのは、12年前よりさらに前、戦果にその身をさらしたことのある忍び達だけだ。
それが何故、まだ12になったばかりの少年がここまで理解を示すのか。
不可解だ。
「…話を戻すぞ。ま、安心しろ、サクラ。Cランクの任務で忍び同士の戦闘はない。そんな任務は本来Bランク以上に該当する。」
「じゃあ外国の忍者と接触する心配はないんですね。」
「もちろんだ。」
ほっとした顔をするサクラの頭を軽くなでるカカシ。
なんてことはない。
彼女は緊張していたのだ。
いつも以上に口が回っていたのはその緊張を紛らわせるために違いなかった。
しかしサクラのその様子を見ていたタズナはサクラから気まずそうに眼をそらした。
タズナの気まずそうな顔に気づいたのはナルトだけだった。
続く。