ぐでーんと机に体をあずけ、ナルトは変化を示さない教室のドアに視線を向けた。
教室にはもはやナルトと、ナルトと同じ班になったサスケ・サクラを除いて人影は無い。
他の班の者たちは班の発表があったあと、すぐに新しい先生と教室の外に出て行った。
いまごろ下忍試験の説明を受けているころだろう。
イルカ先生も班の発表を行った後は、職員室の方へと戻っていった。
アカデミーの期待の星は忙しいのである。
結果、こうして担当上忍に待たされている7班のメンバーが教室に残されることになった。
うずまきナルトのカレーなサバイバル演習 2
「あなたが畑カカシ上忍ですか…」
「ええ、えっと…」
「失礼しました。私は海野イルカ。このアカデミーの教師をしています。しかし遅刻とは感心できませんな。」
「あーすみません。ちょっと火影様から呼ばれていまして…」
アカデミーの廊下を生徒のいる教室に案内してもらいつつ話をするカカシ。
イルカの非難する視線に申し訳なさそうにカカシは火影の名を出した。
効果はてきめん。イルカはすぐさまその非難する目つきをひっこめた。
もっとも火影に呼ばれたのはもっと前の時間で、ここまで遅くなる理由にはなってないのだが。
「…ところでカカシさん。自分が担当することになった生徒のことをどこまでご存知ですか?」
「軽く書類を眺める程度ですが…火影様からは優秀な者たちだと聞いているのですけれど。」
「優秀…まぁ確かに間違ってませんね。優秀ですよ。そう、優秀…ふふ、ふふふ…」
「…イルカさん?」
「これは失礼。ああ、あそこの教室です。」
「ありがとうございました。それでは私はこれで…」
「カカシさん。」
「はい?」
教室へと向かおうとしたカカシをイルカは呼び止め、おもむろに右手をカカシの肩へとポンと置いた。
そして万感のこもった一言。
「頑張ってください。」
「…は? いや、そりゃ頑張るのもやぶさかではないですが…」
「頑 張 っ て く だ さ い 。」
再び遠い目をしながら言われる。
何だというんだ。
火影の態度が妙だったのも気になる。
カカシは妙に清々しい、晴れ晴れとした笑顔でこちらを見送るイルカを後にして教室のドアへと手をかけた。
何が待っていようと自分がやることには変わりはない。
普段緊張とは縁のないカカシだったが、立て続けに二人も不安な言葉を残していくこともあり、深呼吸を2回して、肩の力をほぐすと思いきって教室のドアを開いた。
そして3人の生徒に視線を走らせ、金髪の少年に目を止めた。
限界近くまで目を見開く。
鮮やかな金髪。
空を写し取ったかのような蒼い瞳。
幼くはあるが見覚えのある顔。
その全てがカカシの記憶にある人物と同じであった。
呆然としながらカカシは無意識に口を動かした。
「先生……?」
◇◆◇◆◇
「先生……?」
覚えている声よりも幾分か低くなっていたが、聞き覚えのある声。
何より自分を先生と呼ぶ存在に、ナルトは思わず飲みかけだったお茶を噴き出しかけた。
なんとか飲みこみ、扉から入ってきた担当上忍の姿を確認する。
背は高い。おそらくは以前の自分よりも。
そして鍛えられたバランスの良い体。
研ぎ澄まされた気配。
上忍としてもかなりの力を持った人物であろう。
自分の髪と同じくらい珍しい色彩の銀色の髪を、箒をひっくり返したみたいに逆立てて、顔の大半を黒い布で覆っている。
それだけでも顔のほとんどは見えなくなっているというのに、その男は額当てを斜めにつけ、左目を隠していた。
その状態で顔の判別など付けようがなかったのだが、ナルトはその顔がわかった。
というより知り尽くしていた。
12年前、波風ミナトであった時の彼の担当生徒であった畑カカシ、その人であった。
12年前に比べて身長は伸び、何故だか知らないが目は死んだ魚(ヒド…)みたいになってはいるが、間違いない。
想定外の出来事にナルトは脳が一瞬白くなりかけたのを渾身の力を使って現世へ呼び戻した。
そうだった、この7班にはうちはサスケがいたのだった。
うちは一族が彼ともう一人を除いて死亡してしまった以上、写輪眼を持っているのは表では彼だけになっていたのだった。
だとすれば彼が担当上忍として指名されるのは予想してしかるべきだった。
なんで気付かなかったんだ、僕は!
頭を抱え込むナルト。
一方状況に置いて行かれたのはサクラとサスケの二人。
やっと担当上忍が来たと思ったらナルトと見つめ合って停止。
ナルトの方はというと、数秒見つめ合った後、頭を抱えて机に突っ伏してしまった。
なんだかブツブツと机に向かって言っているが、幸運なことに何を言っているのかまでは聞こえない。
コミュニケーション能力に乏しいサスケにこの状況を打破しろというのはちょっと難しいかも、と女心を働かせたサクラは二人のうち話しかけやすそうなカカシへと声をかけた。
本来なら同期であるナルトのほうが声をかけやすかったのだが、妙に黒いオーラを出しているためだ。
「あの……私たちの担当上忍の方でいいんですよ…ね?」
「あ、あぁ…7班の担当になった上忍の畑カカシだ。とりあえず屋上に場所を移そう。」
サクラの言葉でやっと正気に戻ったカカシは、自分の仕事を思い出した。
担当することになった3人の忍び見習いを屋上へと行かせる。
彼の視線は相変わらずナルトに釘付けであった。
屋上へ着き、カカシは柵へと腰を下ろした。
3人の生徒はそれに呼応するように、カカシと向かい合う場所で段になっているところに腰を落ち着かせる。
カカシから見て右からうずまきナルト、うちはサスケ、春野サクラという順だ。
「じゃあ、そうだな…まずは自己紹介でもしてもらおうか?」
「具体的に何を言えばいいんですか?」
「そりゃあ、好きなもの嫌いなもの…将来の夢とか趣味とか…ま! そんなのだ。」
と、視線をうずまきナルトの方へと持っていく。
やはり似ている。親子とかそういうレベルではない。瓜二つだ。コピーだ。レプリカだ。
顔だけでなく、表情までも似ているのだ。
注意深くナルトを観察するカカシ。
その視線を受け止めながらナルトは若干顔を引きつらせた。もちろんカカシに気づかれない程度に。
「あ、あの! できれば先に、先生に自分のこと紹介してもらえませんか?」
「そうね…見た目、ちょっとあやしいし。」
「あ……オレか? オレは“はたけ・カカシ”って名前だ。好き嫌いをお前らに教える気はない! 将来の夢…って言われてもなぁ…ま! 趣味は色々だ。」
「「「…………」」」
「なんだ、その不満そうな顔は。」
「ねぇ、結局わかったの……名前だけじゃない…?」
「………(これで本当に上忍か?)」
「………(カカシ君…変わり果てた姿になって(泣))」
「じゃ、次はお前らだ。右から順に…」
「では、僕は“うずまき・ナルト”といいます。好きなものは味の濃いモノ。嫌いなものは………ぶちっ」
「「「!!??」」」
思わず三人とも座っている場所から飛び上がりかけた。
ナルトが何気なく手に持っていた、どこにでも転がっている石がその瞬間、木っ端になったのだ。握力で。
握りつぶしたのだ。いくらどこにでもある石といっても、普通の握力で握りつぶせるようなものではない。
ナルトは手から砂になったモノをさらさらと地面にこぼしながら、背筋が凍るくらい柔和な笑みを浮かべた。
「嫌いなものはジジ、ババです。普通の方は問題ないのですが、裕福で頭の賢しい、引退してもまだ口出ししてくるような輩はダメですね。」
「そ、そうか…(汗)」
「将来の夢は自分の人生を楽しくおかしく謳歌することです。」
「いや、普通上忍になりたいなーとか、歴史に名を残したいとか、家庭を築きたいとか…」
「人生を楽しくおかしく謳歌することです。」
「そうでなくて…」
「人生を楽しくおかしく謳歌することです。」
「……」
「人生を楽しくおかしく謳歌することです。」
「あ、うん。それでいいよ…」
カカシは諦めた!
「趣味はイタズラですね。」
「…じゃぁ次。」
「名はうちはサスケ。嫌いなものならたくさんあるが、好きなものは別にない。それから…夢なんて言葉で終わらす気はないが野望はある! 一族の復興とある男を必ず…殺すことだ」
眼光を鋭くさせて言うサスケの姿にカカシは内心顔をゆがませた。
(やはりな…)
「よし…じゃ、最後は女の子。」
「私は春野サクラ。好きなものはぁ…ってゆーかあ好きな人は…えーとぉ、将来の夢も言っちゃおうかなぁ…きゃー!!」
顔を赤くしながら隣にいるサスケをちらちら見ながら答えるサクラ。
サスケもその視線に気づいているのか若干頬を赤くしている。
まんざらでもなさそうだ。
「嫌いなものはナルトです。」
「いや…別にいい、よくもないけど…これから一緒の班で行動するんだからお手柔らかに頼むよ。」
「ふんっ! それで趣味はぁ…」
再び顔を赤らめてサスケをちらちら見るサクラ。
書類では優秀な人材だと書いてあったと思ったが…
(この年頃の女の子は…忍術より恋愛だな!)
「よし! 自己紹介はそこまでだ。明日から任務やるぞ。」
「任務? え、いきなり任務なんかやっちゃうんですか?」
「まずはこの4人だけであることをする。」
「4人で?」
「ああ、サバイバル演習だ。」
「サバイバル…(下忍昇格試験か。)」
「なんで任務で演習やんのよ? 演習なら忍者学校でさんざんやったわよ!」
「相手はオレだが、ただの演習じゃない。」
「「?」」
「どんな演習なんですか?」
「……ククク…」
「ちょっと! 何がおかしいのよ、先生!?」
「いや…ま! ただな……オレがこれ言ったらお前ら絶対引くから。」
「引く…?」
「卒業生27名中、下忍と認められる者はわずか9名。残り18名は再び学校へ戻される。この演習は脱落率66%以上の超難関試験だ!」
「「!!」」
「!」
脱落率66%以上と聞いて固まるサスケとサクラ。
一方、一応経験者として試験のあることを知っていたナルトであったがその脱落率の多さに驚愕した。
それもそのはず、彼が波風ミナトとして下忍になったのは戦争まっただ中の時代。
ようは使えるものはどんどん投入して行けやー…あっーの時代だったのだ。
当然下忍の死亡率は当時鰻上りだったが、下忍の合格率も今と比べれば鰻上りだった。
なにせ能力があれば年齢に達していなくても卒業ができるような者たちさえいたのだから。
(以外に合格率が低いな…)
「ははは、ほら引いた。」
「そんなバカなことって! じゃあ何のための卒業試験だったんですか!?」
「あ! あれか…あれは下忍になる可能性のあるものを選抜するだけ。」
「えぇ~!!」
「とにかく明日は演習場でお前らの合否の判断をする。忍び道具一式持ってこい。それと、朝めしは抜いて来い……吐くぞ!」
(吐く!? 一体どんな試験をするつもりなんだよ、カカシ君。試験の課題は上忍ごとに違うからなぁ…もしかしたら僕も学校に。いやいや、元四代目火影が留年にあうなんてマジで笑えないから!!)
サクラ、サスケとは違う意味で冷や汗を流すナルト。
その後カカシから詳しい内容を記した紙を震える手で受け取り、ナルトは蒼い顔をしたまま自分のアパートへと戻っていった。
その後ろ姿をカカシは複雑な顔で見つめた。
12年前、九尾が里を襲い、恩師であった四代目火影は命を落とした。
恩師と成人になったら酒を飲み交わそうという約束は果たされないまま終わってしまった。
その後自棄になり、暗部に入隊、里外の任務ばかりを請け負っていたのだが何とか心の整理がつき、数年前から里に戻ってきた。
久しぶりにあった同僚のアスマから九尾の狐をその身に封印された子供がいるというのは聞いていた。
それが“天に愛された子”ということも。
だがそんなことには心動かされはしなかった。
正体が得体が知れないというが、その子供に封印されているということは感謝してもいいのではと思えるほどだった。
だが、しかし。
あれは聞いてない。
その子供が四代目火影、波風ミナトに瓜二つだなんて聞いてない。
今日、アスマを待ち伏せにして問いたださねばなるまい。
明日は演習だが、酒もアスマに奢らせよう。
密かに決意し、カカシは同じく学校に担当上忍として来ているだろうアスマを探すため、屋上から立ち去った。
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あとがき
色々考えましたが、黒板消しに変わるあっと目を引くようないたずらが思いつきませんでした…
ナルト自身のほうが、カカシの目ん玉飛び出すぐらいの衝撃かなぁと。