マシュー・バニングスの日常 第九十二話××年○月△日 当日までどこの研究所に行くのかは機密。質問もダメ。 患者は覆面してて顔は見えない、身元を詮索したらもちろんダメ。 口をきくのもダメ、問診したければ、立会人も傍聴可能な広範囲念話を使用すること、また使用前に定められた合図をすること。 診察後、治療が必要だと判断しても、すぐにしないこと。許可を得てから。 そしてこの件については全ての事実関係の情報の流出を絶対に禁じる。 そこまで注意されても。 そのために分厚い誓約書類の束にサインしなくてはいけなくても。 それでも俺は知りたかった。 我が身の治療の可能性を、だから後悔してないどころか大喜びだったな。 目隠ししてデバイスも一時的に取り上げられて絶対に場所が分からないように転移を何度か繰り返して。 ミッドなんだか管理世界なんだか管理外世界なんだかも分からない場所の殺風景な荒野の中の寂れた小さな建物に入る。 その中の一応、医務室っぽい少しは掃除されてる部屋で30分ばかり待つと・・・ すげえ怪しい人が入ってきた。 まずゴツイ。身長少なくとも190ありそうだな。 しかも全身鍛え上げられて筋肉質で、そうでありながら足音は静かで只者じゃない。 似た雰囲気の人といえば・・・そうだな恭也さんとか士郎さんみたいな本物の実践的武道家みたいな。 もしこの人に襲われたら迷わず逃げるね。 一応こちらの人数、立会いの人含めて5人くらいいるんだけど多分全員総掛かりで彼はデバイスなしでも5秒で全滅させられそうな。 そんな見るからに歴戦の戦士風の男性で、しかも顔が分からないように目だけ少し出した覆面姿。 うーん怪しい、怖い、子供が見たら泣きそうだ。 しかし同時に気付く。 これは・・・昔、重傷を負って、しかもきちんと治さずにだましだまし無理して戦ってる状態? 洗練された滑らかな動きが基本の人なのに、ぎこちなく強張った部分が各所に見られるような。 ふむ、ならば患者だ。 患者は治さねば。 全方位向けの念話の許可を取り、話しかける。(どうも、はじめまして。私は・・・っと、名前は言ったらダメか、とにかく私は医者です。まずは座ってください)(・・・) 覆面男性は返事せず無造作に座る。(で、まずは・・・見たところ、怪我してますね? しかもきちんと治っていない。いつごろですか?)(先生! 余分な質問は!)(っと・・・この質問もダメですか・・・しかしそうなると診察するしか)(そうして下さい! なるべく余分な念話は慎んで!)(・・・分かりました。それじゃあすいません早速ですが、ここに横になってもらえますか) 男性は一切返事せず、ただ言われるままに横になる。(痛みはないですからね、しばらくじっとしてて下さい) サウロンを展開して、胸の上にかざし、探査発動、人体精査・・・ 少し見ただけで・・・絶句。(こりゃ・・・ひどい・・・ていうか・・・なんで生きてるのかってレベルで・・・) 俺の途切れ途切れの念話を聞いて、男性は薄く笑ったような雰囲気だ。覆面してるから見えないけど。 一回、瀕死になった? それも意識を失ったとかそういうレベルじゃない。全身に殺傷設定の強力な攻撃を何度も何度も食らって、しかしそれには全部耐えて、でもダメージは蓄積されて弱ったところでさらにドカンと爆発物みたいのを食らったのか? 魔法的爆発か物理的爆発かは分からんが、それで動けなくなったところにトドメとしてザクリブスリと容赦なくやられて・・・うわぁ・・・これまで見た重傷患者の中で一番ひどい・・・撃墜されたときの高町よりひどいな、高町は意図的にトドメを刺されるまではされてなかった、どこからどう見てもつまりこの人は、まあ見たとおり元々凄い強い人で、だから戦って戦って相当ダメージ食らってもそれでも負けずに戦い続けようとしたところで奇襲食らって動けなくされてしかも明確な殺意をもって意図的に殺されようと・・・したのだとしか思えん。 そこで、どうせ放っておいても死ぬし~試してみるかって程度の気軽なノリで・・・ 人工的魔力結晶と、魔力中枢との接合による増幅術を、施されたのだな・・・ 多分、心肺停止に近いくらいの状態にまでなったのだろう、そこでいきなり強烈なリンカーコアの増幅、肉体が死につつあるのに伴って自然にコアも機能停止しようとしてたのに無理やり起こされて、そしてそのコアの強烈な魔力に引きずられる形で肉体全体も瀕死から回復はしたのだが、それも所詮は無理やりで一応、強引にコアと魔力結晶を接合した後は、おざなりに肉体への治療も行われたが、その処置が終わったらもう本格的な治療とかはせずに・・・ただ対症療法的に、無理が出た所は治療するというだけしかしていない。 実験体、それも偶発的な実験体、だな。 魔力中枢と、魔力結晶の接合が出来るかな♪ 出来たら儲け☆ みたいなノリでやったとしか思えん。 そして出来た後は、それ確認したかっただけだから~ あとはしらね~ってロクに事後処置もしていない・・・! だがこうして精査してみると・・・ どーもコア自体への処置は、あんまされてない雰囲気だな。 重要なのは、人造魔力結晶の方か、その加工技術。 その人のコアに適合するように、魔力結晶の方を調整し加工する技術だな、そこがポイントになる。 この患者さんの場合は、それを適当にやったとしか思えん。 一応、適合するように大雑把な調整はされていたものの調整が甘いというか。 うーん、俺に適用する場合は・・・本当に徹底的に精密に繊細に、人造魔力結晶の加工調整をする必要があるな・・・ それを可能とする技術・・・例の謎のUD氏ならそれを持っているのだろうか? それにしてもこの患者さんは・・・(しかし・・・これは治せるか?・・・魔力結晶の摘出・・・いやそれも危険だ、既にコアと融合している・・・無理に摘出すると再び、瀕死状態に戻りかねない・・・だが肉体への負担が大きすぎる、根治するには摘出しか・・・しかし摘出手術となると、逆に接合方法の技術をもっと詳しく知らねば・・・俺では無理だ知識が足りない・・・専門知識を持つ人と協力すればあるいは出来るか?・・・だがそれも実験的な・・・かなりきつい手術に・・・だがそれ以外には・・・)(気にするな) 無意識に流してしまってた俺の念話の呟きに。 これまで一切返事しなかった男性が念話で返事をした。(既に一度は死んだ身だ。長生きしようとは思わん。気にするな)(いや・・・しかし治療法は無いことは無いと・・・) 目の前にこんな重症患者がいては治療法を考えずにはいられない。そんな俺の態度を見て男性はまた少し笑った雰囲気だ。 ただしさっきみたいに冷笑的な感じではない、少し暖かい感じで・・・(・・・なるほど、今度はどんな実験をされるのかと警戒してたが・・・お前は本当に医者のようだな)(そうですよ、なんだと思ってたんです?)(なに、ドクターという単語には悪い印象しか無くてな)(・・・そうですか)(ふむ、信用できそうな医者相手なら・・・一度、尋ねてみたかったことがある)(なんでしょう?)(俺は、あと、何年くらい、生きられそうだ?)(まず一年程度の入院、手術、さらに年単位のアフターケアで・・・まだあと10年以上はもたせる自信があります)(それは凄い。だがそれは完全に治療のみに専念すればという話か)(しかしそうしないことには・・・)(そうしなければどの程度、もちそうだ?)(魔法行使禁止してずっとベッドに寝ていても治療しなければ・・・長くて5年、短ければ・・・下手すれば・・・)(なるほど、無理をすればすぐに死んでもおかしくないか?)(・・・・・・)(気にするな。それが分かっただけでも来た甲斐はあった、無駄な時間を取られるかと思っていたが予想以上の収穫だ)(・・・もしも摘出手術に成功すれば治療にかける時間はもっと短く、しかもさらに完全な治療が出来るかも・・・)(ほほう、摘出手術無しでも10年もたせる自信があったと? それは本当に凄い、何者だ・・・っと、これは聞いてはならんな)(リンカーコアの直接整形、一度では無理でも何度も繰り返せば適合率は上がり肉体にかかる負担は少なくなるはず・・・)(ふむ・・・だがそんな高度な治療を要求できるような身分では無いのでな、厚意には感謝するが、ここまでだ)(待ってください!) 起き上がり立ち去りそうな様子を見せた彼をとりあえずとめる。 立会いの人たちを別室に連れて行って緊急協議。 この場で直接整形術を施してよいかどうかの検討。 意外とあっさり認められた。 ううむ、説得に手間取るかと思ったが拍子抜けだ。 後から知ったことだが、俺が彼の容態の診断とかについて念話するのを止めなかったことなども含めて、俺がどのように診断し、どういう治療をすると判断するか、そして適合性を高めるようなケアが俺に出来るのか、その辺を正確に知りたかった上の人たちが、可能な限り俺の自由にやらせるようにとの指示を下していたようだが。 まあそれは今はどうでもいい。 急いで部屋に戻る。(今、この場で出来る限りの治療をします、また横になってください)(いや私は別に治療を必要とは・・・)(貴方くらいの重傷者を見たことがありません! 大人しく医者の言うことを聞いてください!)(・・・わかった) なんとか大人しく横になってもらって、今度はさっきよりも気合を入れてコアを精査。 もともとコア自体が、形を失いそうになるほどの状態であったところに・・・外から人造魔力結晶を継ぎ足して補い、不完全な形でコアと結晶が融合し・・・もはや元々の自然な形のリンカーコアを回復することは望み薄・・・強引に本来あるべき正しい形に整えようとかしないほうが良い・・・接合技術を理解し摘出手術が可能になるまでは・・・やはり方針としては「とりあえずもつ」程度にあちこちの大きな綻びを治しておく程度か・・・瀕死の重傷に至ったときのコア損傷率は恐らく80%を超えていた、生きていたのが不思議な状態、ほとんど死んでた80%の代わりを人造魔力結晶で強引に補って・・・それでも生来のリンカーコア部分も少しは自然回復したようだが、コアを維持するために魔力供給を結晶に大きく頼る歪な形に半分固まってしまっている・・・ほころびを全て取り繕うことは現状不可能、だからコアの構造に大きく入ってるヒビみたいな部分だけでも何とか整形して・・・ぬぬぬ・・・全身切り刻まれてあちこちから出血しまくった状態の患者が、圧迫止血だけで何とかもたせていたみたいな状態だったので、とりあえず傷が深い部分については強引に縫いあわせて何とか傷を塞ぐという程度しか・・・ しかしなんなんだこの人造魔力結晶は、強烈過ぎる・・・安定した状態であるにしても恐ろしく膨大な魔力を内包しているようだ・・・だがこれに依存した偏った構造のままではいかん、コアが自然な形に少しでも近づくように・・・元々損傷率80%、そこからジリジリと自然回復して何とか40%程度までは自然なコアの機能が回復はしていたようだ、その部分に干渉して・・・できれば理想的には、この人造魔力結晶に頼らずコアが自律できるように導ければ或いは・・・ リミッターを軽く緩める、俺の体から膨大な魔力が噴出す、制御、制御、全てをコアの整形に・・・! ぐぐぐしかしきつい。治しても治しても治しきれないほどの傷があちこちに走ってる、コアの構造自体も脆くなってしまっているのか、あちらを治せばこちらが綻び、こちらを治せばあちらが綻ぶみたいな状態の部分が各所に出てそれを取り繕うためにまた無駄に魔力を消費せざるを得なくなり、仕方なく最小限だけにとどめて整形し・・・ 生来の自然なコアの部分が、せめて50%近くは・・・回復したか・・・くそっ! 今はこの辺が限界か・・・! ダメだこれは一朝一夕では無理だ、なにがなんでも長期治療が必要、年単位の入院が必要だ! 15分ばかり集中してたが明確な限界を感じた。リンカーコアについては今すぐはこれ以上は無理だ。 そこで全身の他の部分も診るとこれもひどい、過労の蓄積によりあちこちガタが来てる、たとえ健康な人間でもこんな状態を続けていたら十年ともたないだろう、指先から爪先まで疲労していないところが無い、これではこの人の本来もってる力が・・・半分も出せないのでは無いか? そんな状態の肉体各所に微細な治癒をかけてまわり、しかしこっちもキリが無いほどにあちこちガタガタで・・・ ぐ、ぐぐ、ぐぐぐぐ・・・! いつの間にかギリギリと歯軋りしてた、かたく目を瞑って探査治癒に集中してたのになんだか視界が赤くなってくる、こめかみから汗が噴出してきて、息が荒く途切れてきて体がふらついてきて・・・!「ぐあっ! ガハッ! ゲホゲホ・・・」 力尽きた・・・ぐぬぬ・・・きっつ・・・ 膝をつき、息継ぎしながら、口元を袖で拭ってみると少し血がついた。「ハァ、ハァ・・・ゼェ・・・ヒュー・・・」(先生! 大丈夫ですか!) 監視役の人から念話がくるも答える余裕がしばらく無く。 息を整えてから改めて。(無茶苦茶だ! なんでここまで放っておいたんです! ダメだどうしてもすぐには治せない、対症療法で現状問題ある部分を治すだけでさえ追いつかないほど全身ボロボロだ! まずは長期入院せねば本当に命の保証ができない!) 俺の必死の念話に対して。 患者の男性は冷静に起き上がり、拳を握ったり開いたりして体の確認を少ししてから念話を返す。(・・・これは・・・凄い・・・噂には聞いていたが見事な治癒術・・・痺れが無くなった・・・ベストの頃には届かないにしても、これならまだまだ戦える・・・胸の違和感も激減した・・・いや凄い、これがあの有名な・・・さすが・・・) なんか俺が誰か薄々分かったようだがそれはどうでもいい。(元がひどすぎただけです! そしてまだ全然治ってない! コアの直接整形だけでも少なくともこれから半年程度かけて3回以上必要、全身の疲労を抜き負傷を完全に癒すのにも一年は欲しい、魔力行使してる場合じゃない、戦うなんて論外・・・!) そんな俺の念話に男性は少し苦笑したようだった。 だが俺の言うことなど聞きそうも無く・・・立ち上がり、床に膝をついてる俺の前に同様に膝をつき。(感謝する。本当に感謝する。だが感謝するからこそ・・・) 君はこんな世界に関わるべき人間では無い。 それ以上何も言わず、彼は背を向けて部屋から出て行こうとした。(コア付近にある人造魔力結晶に頼らないように意識してみてください! なるべく自然に昔通りの魔力の運用を心がけて! 恐らく、その魔力結晶による魔力増幅を使うたびに・・・寿命が縮む!) 俺の最後の注意に、彼は背を向けたまま軽く手をあげて肯定の意を示し。 そしてそのまま部屋から出て行った。 それを見送った俺の方は気が抜けて力も抜けて。 周囲の監視の人たちに。(すいません寝ます。しばらく動けない・・・)(先生?!) 返事は聞き流して、近くの長椅子にゴロンと横たわり、眠った・・・というよりは正確には、意識を失った。 収穫はあった、彼は強引な試作実験の犠牲にされたようだが、あの方法自体は・・・ 俺の治療への応用可能性がある・・・ 次はあの人造魔力結晶加工技術について調べねばな・・・ しかしまぁ全ての患者を治せるというほどに自惚れてはいけないとは常々思っていたが。 やはりこうして実際にきちんと治せない患者に直面するとなぁ・・・ なんとかまた彼を診ることができないものだろうか・・・ 俺自身を治す技術を知る手がかりでもあり。 医者としてもあの人をきちんと治したい。 利害と願望が噛みあってる。 もしも再び機会が与えられれば迷わず受けよう。治せる可能性があるのに治さないというのは気分が悪い・・・☆ ☆ ☆(謎の歴戦騎士とお供の妖精) 旦那! 大丈夫だったか! なにか変なことされなかったか!? あれ? 妙に顔色が良くないか? 魔力も安定してる? うわぁ力強い! どうしたんだ妙に元気に? え? 本当に医者だった? かなり治してもらった? 本当かよ? 連中がそんなことするのか? でもその動き見たら本当っぽいな・・・ でも絶対何か企んでるんだよ! あいつらを信用しちゃダメだぜ旦那!(舞台裏の謎の博士と秘書)「どうして騎士ゼストなのですか? 分析して得られた、彼の治療方針からすれば・・・」「それだよ、彼としては子供を治す方が本気を出すだろうね」「ですから・・・」「だからダメだ。ゼストならあの負傷、命を保つための緊急避難だと言い訳できるかもしれないが、彼女では無理だな」「・・・心底から敵に回ってしまうと?」「ああ、それは避けたい、これも本音さ。」 彼はそこそこ切れる頭脳の持ち主のようだが、ずっと表街道を歩いてきた人間だし、育ちは良いし、専門知識に偏る傾向があるし、私から見ればまだまださ。今後も上手く付き合って行くには情報を上手く操作する必要があるが難しいことでは無い。さて、今度はどの研究に協力してもらうとするかな・・・(あとがき) ゼスト氏関係・レリック関係については独自解釈だらけです。いくらスカさんでも死者を蘇らせるのは無理だろう・・・ この辺までは治療イベントの流れで普通に来れる位置かな。さらに深い所に行くかどうかはこれからの選択肢次第。 UD氏との直接の接触をするかどうかが大きな分岐になりそうですね。希望すれば叶ってしまうレベルに既にいる?