マシュー・バニングスの日常 第九十一話××年○月○日 今の俺は絶好調、実に機嫌が良い! その理由はいくつもあるのだが。 そのうちの一つは八神ね。まだ意地張ってるし仕事片付くまで意地を張り続けそうな雰囲気ではあったが・・・ 同時にぶっちゃけ「これは大丈夫だ」と実感できた。 最悪、俺が二十歳になるまでに同意が得られなくても、そこでギリギリのところで「今結婚しないと永久にサヨナラだぞ」とこちらの事情を正直に言ってしまえば絶対押し切れるね。もちろんそれは最後の手段で、そうなると我ながら情けないと思うので、その前に完治した上で、さらに正面から説得してモノにしなくてはいかんだろが。でもいけるね、間違いなく。 前に月村さんに出された課題、「本当に好きなのか?」って話にも少し解答が見つかった気がする。 俺は、明らかに、既に、手遅れなレベルで! 八神に餌付けされている! 八神の手料理じゃなくてはきちんと食べないとか、うん明らかに手遅れだろうこれは。 嫁だ嫁だと思ってたけど、あらためて実感、やっぱり既に嫁に等しい。 形式が実質に伴ってないだけで、んなこた問題ないとしか思えん。 俺は昔からあいつを嫁にする気だったし、その意思が変わったことは一度も無かった、こうして多少離れてても何の問題も無く、今でも確かにそう思ってる、こういうふうに思い続けてるってこと自体が、証明になると思うんだよな。 八神は俺にとって特別だと、今なら月村さんにも断言できる気がする。 これが俺の機嫌がいい理由の第一、次に・・・ 例の実験が、やっと無事に一段落ついたことも大きい。 魔力中枢中核刺激による魔力出力増幅固定術=中核刺激法は、俺がやれば実用可能であることは証明され・・・ 次の段階、これが一番重要なのだが。 誰でも・・・とは言わんが、せめて専門知識を持つ医師が専門の設備を使えば、同様のことが出来るか? 一般への普及が可能であるか、これがなにより重要だ。 コアの形状の把握、中核の存在確率の高い位置の特定、魔力刺激の方法、及びその程度などなど・・・ 少しずつデータは蓄積されてきてるがまだまだだろな。 しかしだ。 年明けてしばらくして、ついに、全く俺の手を介さずに、俺以外の専門医の人(ずっとこのプロジェクトに参加してた熟練医)が、各種専門装置を上手く利用しながら、中核刺激法を実施し、成功するという、第一例がついに実現した! 魔力増幅率は3.5%程度だったがとにかく間違いなく成功は成功。 一応念のために、全部終わった後で俺もチェックしたところ問題なく成功してる。 一例が成功すれば次は早い。すぐに別の医師も成功し、数ヶ月で既に5名の医師が成功した。 ただし、俺がやる場合は5~10%程度の増幅に成功したわけだが。 俺以外の医師がやった場合は、3~5%の増幅しか成功しなかった。 安全性優先しつつするからその程度が現状の技術の限界。 しかし今後もノウハウを蓄積していけばこの率は高まっていくと思われる。 多くて5%、これは大したこと無いように思えるかも知れないが・・・ そもそも魔力保有量というのは、人の身長に似ていて。 一定まで自然に伸びても、それ以上、人為的に伸ばすのは非常に困難なものなのだ。 160センチの身長の人の5%といえば8センチになるわけだが。 ちょちょっと手術すれば、後遺症無く、いきなり168センチに身長伸ばせるみたいなもんだと考えれば。 この技術はかなり凄いのである。 中核刺激法の理論を認められ、実験も成功し、さらに俺以外の医師による実験も成功。これで一段落。 後は専門のコア精査の機器等の普及、実施可能な医師の増加などが出来れば・・・ 管理局全体の魔導師の魔力平均を確実に上方修正できる見込み、ただしそれまでには本当に十年かそれ以上かかるだろが。 このプロジェクトの立案者であり中心者であった俺は、この年の管理局の表彰式で・・・ 他の前線勤務などで功績を挙げた局員たちなどを問題にせず蹴散らし、最高の殊勲者であると認定されてしまった。 最高評議会から、海から、なぜか陸からも、各種の勲章とかメダルとか特別ナントカ賞とか大量に貰ってしまって。 さらに景気良く階級まで上げてもらってしまった。 今の俺は三佐待遇医務官ということになる。おっしゃー! はじめて八神に並んだ。次は抜いてやる。 とはいっても医務官なので別に部隊指揮権とか無いんだけどね。ただ待遇がよくなるだけで。 実際には俺はほぼ研究所勤務、たまに病院に出張みたいな感じだし~ あまり階級に伴う実権とかは無い。あってもいらんけど。 しかしまあ、去年一年は・・・ほとんど管理局の仕事やってたなあ。 大学のほうは、それでもなんとか取れる単位は取ったが・・・とうてい姉ちゃんのように飛び級できるもんでは無い。 今のペースだと飛び級どころか、学部卒業に5~6年かかりそうだ、これは良くない。 そこで今年は少し大学のほうに身を入れる予定、管理局の方は・・・よほどの問題が起こったときだけ仕事することに。 既に中核刺激法は、多くの部分が俺の手から離れて、評議会主導の巨大プロジェクトとして動き始めているので。 それでも技術監修とか色々としなくてはならんことはあるけど、俺でなくてはダメというような部分は減少する一方だし。 上の人らの本音は、この際、管理局専業でいって欲しいって所なのは確かだろうが。 でも俺も去年は相当働いたわけで、だから今年は休みますと言われれば渋々ながらも受け入れてくれた。 中央の官僚組織とか、実働部隊の中でとかで、階級権限が上がればそれに比例して仕事も増えて抜けるとか無理だろうけど? もとより俺は医者であり、今は主に研究者であり、階級は待遇の向上程度の意味しか持たず権限も「使っても良いよ」程度だし。 まあだからといって例えば八神ならさらに組織の中に食い込むために仕事バリバリするって選択になるんだろうな。それが普通。 ここでちょっと休むとか言い出せば管理局の中での出世とか将来とかに響くかも知れんが。 しかし俺は、俺自身の治療法さえ見つかればぶっちゃけ管理局の中央官僚組織内での出世とかどうでも良い。 その後は普通に医者に戻るのだ、海の病院にも陸の病院にも今でも一応籍はあるし。 だがそれやこれやは全て小さい。 俺の機嫌が最高に良い最大の理由・・・それは! なんと我が身の治療法について進展があったことだ! 階級とか権限とかより遥かに俺が嬉しかった上からのご褒美。 かなーり上から直々に「彼になら見せても良い」と許可が下りたらしい、特殊な資料。 それは、とあるアンダーグラウンドな研究成果のまとめであった。 その研究者の名前だけは伏せられていて、全部、“U.D.”となっている。 (Unlimited Desire) イニシャルなのかな? それも良く分からんが、まあそれはどうでもいい。 重要なことはこのUD氏は・・・違法研究者ながら信じられんほどの天才だってことだ。 彼の書いた論文はいずれも圧倒的な完成度と、最先端の研究のさらに先を行く先見性を持っており・・・ 俺の専門分野と関係ない論文でも、いちいち感心させられる、その度に新たな発想を得られる。 もしかしたらこの人ならば、俺の先天性リンカーコア形成異常に対しても何か解決策を出せるのではないか? と。 期待したくなるほどの優れた研究論文の数々。そういうのは本気ではじめて見た! とはいえ、今の俺は、まだこの人が生きてるのか? それとも過去の人なのか? あるいは個人ではなく違法研究者集団とかの名前がUDということなのか? といったこともよく分からんのだが。 今はまず、とりあえず・・・UDの名前が冠せられている膨大な論文集を・・・片端から調べてる段階である。 だがきっとこの中には、俺の治療に役立つ技術なり、発想なりが・・・埋まっているような気がする!××年○月×日 昔々、ミッドチルダがまだ一地方勢力程度の存在だった頃。 次元世界の覇者は、ベルカ聖王国でした。 実はそれに先立ってアルハザードの時代というのもあったそうだが、これは伝説の域なので省く。 次元航行艦を大量に作って、多くの次元世界に派遣し、管理し、支配し。 古代ベルカの繁栄はとどまるところを知りませんでした。 残念ながらミッドチルダは、これを正面から叩きのめしたわけでは無いようです。 繁栄を極めたベルカが衰退に転じたのは、聖王家内部での内紛が原因でした。 君主制国家独特の・・・時として致命的になる問題、後継者争いですね。 それで弱体化して、そのくせ他の世界への支配は強引に続けようとして、そのため無理が出て。 ベルカの覇権に対抗し、その支配から逃れようとした勢力の中心、それがミッドチルダでした。 しかしベルカも弱体化したとは言っても、そこが独裁的君主制国家の強み、いざとなればまとまりは強く純軍事的な力はまだ強大で。 両勢力は泥沼の大戦を続け、続け・・・ついには大量破壊兵器の打ち合いによる、事実上の相打ちとなりました。 そしてですね、ここが肝心なんですが。 ベルカは君主制国家で、その君主である聖王家というのは・・・他で代替の利かない本当に特別な血筋だったのですな。 初代以来多くの肉体改造などを経てしかも代を重ねて洗練しどんどん強力な存在となって行き・・・ なんでも聖王となったものは例外なく「対魔法・物理絶対防御」のレアスキルを持ってたとか、万能の応用力を示しているのか七色に輝くレインボーカラーの魔力光を発していたとか、どんな魔法でも一瞬で覚えて使いこなしたとか、魔力保有量は最低でもSランクからだったとか、さらにDNA照合でしか使えない王家専用の特別な武装が大量にあったとか・・・色々とデタラメな話も聞きます。 しかし・・・王家内部の後継者争いに、ミッドとの泥沼の戦争、大量破壊兵器の打ち合いで、王家の血筋が絶えてしまったのです。 一方のミッドチルダも大量破壊兵器の打ち合いで、当時の指導層が全滅しましたが。 しかしこちらはそういった特別な血筋に頼った制度は持っていませんでした。魔導師優先の社会システムではあったけど、逆に言えば、ただ偶然の素質によって魔導師でさえあれば、後は頑張って勉強とかすれば支配階級に登れるような仕組みだったのです。 上の人間が全滅しても、ミッドチルダという社会システムは滅びなかった。 ここが決定的な差となり、王家を失ったベルカが衰退した一方、どこの世界出身でもただ魔導師でさえあればミッドの管理局に参加して頑張ればそこでも上に登れるという、限定的とは言え、ある程度開かれた枠組みを持っていたミッドチルダが次元世界の管理者になったというわけです。この伝統は今でも守られており、例えば実は、最高評議会の三人のうち一人はミッドチルダの出身者では無いとか、伝説の三提督といわれる管理局の英雄のうち二人はミッド出身では無い、しかも一人は管理世界出身でさえ無いそうです。 しかしこのミッドの魔導師優先主義というのも、問題点の多いシステムであります。 戦争が終わった混乱の時期に秩序を回復するため、強い指導力を発揮するには良い仕組みだったのかも知れませんが。 しかし管理局体制が確立して既に長いのに、未だに魔導師優先主義だと各地に問題が出てきます。 なにより不公平ですしね。偶然魔導師に生まれたかどうかだけで最初に決定的な区別がされるというのは。 まあ実際にはそれほど単純でも無く、魔導師としての能力と、人望とか指導力とか事務処理能力とかとは必ずしも関係無いものではありますので、非魔導師でも頑張れば管理局の上にいけるもんではあるのですが。 スタートラインに差があるのは事実でしょうね。 それに魔導師は数が少ない! 広大な次元世界全体を管理するのにはどうしても足りない! ではどうするか、どうすれば良いのか? 普通なら、魔導師でなくても使える純物理兵器の数々を使えば良いという話になるのでしょうが。 ミッドチルダには特殊な事情がありまして・・・つまり昔の戦争で大量破壊兵器の打ち合いでエライ事になったという反省から。 魔法を介さない兵器、これを質量兵器といいますが、これを嫌う風潮・・・質量兵器アレルギーみたいな感性があるのです。 魔法と違って手加減きかないのは事実ですからね、確かに。 とはいってもね~そういう感性持ってるのは今ではその戦争の頃の話を身近に知ってるような人だけでないのかな。 今では時代が違うし、少しずつ変えていくのが自然だろと若い連中は思ってるような気がするのだが。 しかしま、現状は、まだそんな感じ、質量兵器は良くないよって言うのが公式論の良識論。 特にね。 特に、魔導師優先というか魔導師至上主義、魔導師による支配こそが正しいしそうあらねばならん!ってさ。 強烈に思い込んでるとしか思えんのが、最高評議会。 とか言いつつ、そういった彼らの思い込みに上手く媚びて異常な出世をしてるみたいな側面が俺にはあるのだけどね。 魔導師全体のレベルアップを図る技術の開発とかしたりして。 うん、別に悪いとは思ってないけどw 我が身の治療のためのあらゆる情報を得るために手段を選ぶ気は無いので。 だけど自然に生まれる魔導師だけでは広い次元世界全体の管理とかとうてい無理! ベルカだって軍事力に大規模に質量兵器を取り入れてそれで覇権を保っていたのに。 ミッドも昔はそれに対抗するために同様の軍備を持っていたのに。 失敗した過去を過剰に反省し・・・ 質量兵器の力を可能な限り取り除き、思い切り魔法兵器のみに軍事力のバランスを偏らせているミッド管理局体制は。 ベルカのような強烈な支配力とか持てず、つまるところは「戦力派遣して管理」程度しか出来ないのが現実。 ベルカは次元世界の覇者であり支配者だったが、ミッドは比較的第一位の力しか持たない盟主、調整役、「管理者」程度かな。 どう考えても本来は、両者は組み合わせて運用するべき技術体系であり、どちらかだけでは不自然だな~ でもそれはそれで悪くない、要は軍事力増強に枷が嵌まってるわけで、だから余裕無くて次元世界全体を支配するとか無理で。 下手に軍備増強とかして地球まで侵略してやるとか言い出されても困るっしょ。 だが魔導師不足が原因で、お膝元のクラナガンでさえ犯罪率上昇とか聞くと、おいおいもう少し融通利かせろよと言いたくなる。 しかし管理外世界からの人材も積極的に受け入れてる次元航行艦隊、海の方は、思想的には開明的なのだが、高レベル魔導師の所属が多く、どちらかといえば魔導師偏重になりがちな傾向を持ってしまっていたり。 ミッドの地場に密着した地上本部、陸の方は、ミッドの国粋的保守主義傾向みたいなの持ってて、頭固いのだけれども、多くの魔導師を海に取られてしまうために質量兵器の導入も仕方ないのではって意見が結構強かったり。 そして海の本局の方が陸の本部よりも権力強かったりとか色々あってなかなか質量兵器導入は上手く行かないのだな。 それに何よりも誰よりも、魔法第一で行きたいのがミッドのトップ、最高評議会。 彼らは魔導師を強くするための技術には無茶苦茶に食いつく、俺はその恩恵を大いに受けている。 その類の技術で・・・ 例の“U.D.”の研究成果の中に・・・明らかに、俺の技術と併せればより改良が進むと思われるような技術があった。 それは違法スレスレか・・・いや下手したらガチで違法かという内容だったのだが・・・ しかし同時に、俺のコア異常の治療にも応用できる可能性を持った技術だったのだ!【魔力中枢への人造魔力結晶接合による魔力増幅術】 俺が提唱した中核刺激法のような、せいぜい10%以下の穏やかな魔力増幅術では無い! 人工的に作られた魔力結晶の調整を行い、人体の魔力中枢と融和するように加工し、実際に接合することによる飛躍的な増幅! 実験例が・・・記載されてる! こりゃーやべー、違法な人体実験ぽい雰囲気・・・ 軍事機密レベルだな明らかに。 アメリカとかだとね、軍事機密を扱ってる研究所とかは、間違って迷って入っても問答無用で銃殺されるんだよ。 地球でもそういう研究所の内部では何やってるか知れたもんでは無い。 まともな研究所なら違法であるような行為をやりまくってても誰も驚かん。 そういうレベルの研究成果だな・・・うん本当にこれはマジやばい。 だが。 人工的な魔力結晶を、人体の魔力中枢、リンカーコアに接合するというこの技術で・・・ 生まれつきの欠損と機能の異常を持つ俺のリンカーコアを、うまく補填するように魔力結晶を接合できれば・・・ 本当に治るのでは無いか? もちろんそんな都合良く魔力結晶を加工できるかとか、正常なコアではなく生まれつき異常な俺のコアと接合できるかとか技術的な問題は幾らでも思いつく、しかし可能性はある! 俺は先天的異常を持つ自身のコアを何とか手術とかして正常化する方法を考えて考えて、そして何年経っても思いつかなかったわけだが、これはいわばリンカーコアを一種の臓器と考えれば、人工臓器を作って補うという方法論で俺が考え付かなかったアプローチ。そうだよ生来の欠落が存在するのは事実でそのままではどうにもならんのだから、もともと無いものは無いのでありその枠組みの中でどうこうしようとしても無駄な努力、無いなら外から補えば良いのだ! これに気付いたときの俺の興奮具合は凄かった、しばらく部屋で一人で歌いながら踊ってしまった程だ! 人に見られなくて良かった・・・ そして、この技術についてもっと詳しく知りたいのなら。 実際に、その処置が施された人の診察をしてみないか? と上のほうから提案が来た。 まずは診るだけ、その研究に関わるかどうかは後から決めて良いからとも言われた。 診ます! と即答してしまったのは軽率のきらいがあるとは思うが後悔はしていない! 生まれてはじめての本気の我が身の根治の可能性なのだ! 人造魔力結晶をレリックと言い。 それを魔力中枢に接合して強化された魔導師をレリックウェポンと言い、まるきり兵器扱いだとか。 そういうことを全部正確に知ったのは数年後、この時点では知らなかったし正直どうでも良かった。(あとがき)治療イベント。UD論文の閲覧許可。問題は誰を診るかかな。スカさんの工作なのかは不明。この件に絡むとしたら・・・意外とスカ博士を追ってるフェイトさんが絡むのが妥当だろうか。はやてが来ても不思議は無いし。悩み中。