マシュー・バニングスの日常 第九十話○×年△月○日 八神と距離置くことになったのは去年の8月か。 もうすぐ、あれから二回目のクリスマス、去年は一緒に過ごせなかったな、ほとんど・・・ 今年のクリスマスも高町家でパーティをすることになった。 この日ばかりは全員集まる予定。 その日。 俺は、ちょっと反則だが得意の探査魔法を使って、彼女の位置を確認。 移動する方向から、どこに行くつもりかすぐに理解して先回り。 八神家のお墓の前で彼女を待った。 (→ 七十三話) 俺がいるのを見て少し驚いた彼女だが場所が場所だ。 軽く挨拶した後は、毎年のようにご両親のお墓参りを始める。 掃除とか俺も手伝う、これは小4以来、去年を除いてずっと一緒にやって来たので協力体制もスムースだ。 しばしご両親に黙祷を捧げる。 そのあと、初代リインが亡くなったという場所に向かう。 花束を捧げて、そこでもしばらく黙祷した後。 守護騎士たちとリインは先に高町家に向かった。 八神も向かおうとしたのを俺が引き止めるそぶりを見せる、それだけで以心伝心、皆は理解して気を使ってくれて。 八神も仕方ないなって顔で残ってくれた。 冬の曇り空の下、それぞれ適当に別の方向を見ながら立ち。 しばらく静かな時間が流れた。 沈黙を破ったのは俺から。「去年はすまんな、一緒に来れなくて」 八神は何も答えない。 そういう態度をとるだろうなとは分かってたが。 だが今は言っておきたいことがある。 八神が確実に来る時と場所といえばここしか無いし。 さらにはこうして二人だけで話せる状況というのも今しか無いので。 多少強引にでも今ここで言っておかねば・・・「しかし・・・助かったよ八神、ありがとな。」「・・・なんのこと?」 俺に背を向けたまま八神は小声で白々しい返事をした。「分からないわけがないだろう? 何年お前の料理食ってると思ってんだ」 八神は黙ってる。 あのな、分からんわけないだろう。 作りに来たのかと思って厨房に確認に行ったりしたんだぞ。 どうやら宅配してくれただけらしいとは分かったけどさ。 そもそも転送魔法の発動に俺が気付かないとか、ありえんだろうが? 鍋だけ置いて急いで帰るシャマルさんの姿を見たこともあるし。「ハァ・・・たまに会うだけでも維持できるって俺が言ったの覚えてるか?」 八神は答えない。 一分くらい沈黙が続いたかも知れない。 八神のほうを見ると、八神はまだ俺に背を向けていた。 ほんの数歩の距離、俺は近づく。 逃げるかなと思ったのだが、八神は動かず。 俺は背を向ける八神をそのまま抱きしめた。 八神は抵抗せず・・・抱きしめる俺の腕にそっと手を添えた。 俺は昔から何度も、何十度も? 繰り返してきた質問をもう一度繰り返す。「・・・まだ、頑張る気なのか?」 八神は少し震える声で。「もうちょっとだけ・・・」「ああ」「もうちょっとだけ頑張りたいねん・・・」「どうしても?」「・・・どうしてもや」 八神は少し涙声になってる感じがするのだがそれには気付かない振りをして。「近くからじゃなくて、遠くからになるかもしれないけど」「・・・」「それでも見ててやるよ、お前の頑張るところをな・・・」 言いながら俺は、八神を抱きしめる腕に力を込めた。「・・・・・・」 八神は口に出しては何も答えなかったし。 頷くそぶりも見せなかった。 肯定を表す態度をみせないように意地張って固まってるとしか思えんのだが。 だがそのまま。 頑なに俺に背を向けて俯いて、顔を見せないようにしながら。 肩が震えている彼女を。 俺はそれからしばらく・・・ただ抱きしめていた。☆ ☆ ☆ 背中を向けてるから耐えられた。 もしも正面向いて彼の胸に顔を埋めてしまえば。 もう無理やったろう。 この際、全部どうでもええってほんまに思ってしまいそうで。 大体、既に一年半くらい経っとるのに。 それでもまだこんな風に私を抱き締めてくれるとか。 色んな噂があった。 なのはちゃんとの噂は管理局公認みたいな感じやし。 フェイトちゃんとも距離が微妙に近くなった言う話も聞いたし。 ギンガちゃんとデートしとるとこは見たし。 すずかちゃんからは思い切り言われたし。 せやのにそれでも。 なんか全部関係ないみたいな感じで。 まだマーくんは私をこうして抱き締めてくれていて。 それがあんまり暖かくて。 心地よくて。 やっぱりこうしてるんが正しいって感じてしまって。 必死にこらえても涙が出そうになって。 泣きそうになって肩が震えてきて。 それを言わんでも分かってくれてギュってしてくれる彼の腕の温かさにすがって気持ちを何とか宥めて・・・ やっと落ち着いた頃にマーくんが言う。「お前の作ってくれたメシは全部残さず平らげた」「うん」「ところが平らげた後でいつも思ってたんだが・・・」「・・・なにを?」「純粋に美味かどうかの基準で言えば、多分今では既に高町のが上だな」「っな!」「桃子さんの指導をビシバシ受けてるわけだし、そこはしょうがないんでね? うん、向こうは既に準プロ級だ」「せ、せやかて!」「そうだ、それなのに何故か、お前の作るメシなら全部食ってしまうんだなぁ」「・・・」「擦り込まれてしまってるんだろな・・・もう手遅れなレベルで・・・おい八神」「・・・なに?」「そういうことだから、そろそろ諦めてくれない?」「・・・さっきも言ったやろ」「まだ頑張る?」「そうや」「・・・・・・ハァ・・・わかったよ」「そろそろ時間・・・」「あ、パーティに遅れるな、行くか」「うん」 なのはちゃんの家に向かって二人で並んで歩く。 ゆっくりと一緒に道を行く。 こうして二人で一緒に進めるんやったらきっと何も怖くない・・・って何を思っとるんや私は。「そだ、そろそろ俺、休養明けになるから・・・メシ、もういいぞ」「ほんまに大丈夫なん? 体重戻ってきたみたいやけど・・・」「心配なんだったらとっとと諦めろ」「うぅ・・・それは・・・」「ただ、これからはあんまり海鳴のバニングス邸には帰らないかも知れん。基本、ミッドとアメリカの往復だな。」「そっか」「だからアメリカの方に少し保存効くようなの送ってくれれば俺は食えると思われる」「・・・それは催促しとるん?」「さあね。あと、ミッドの方の病院寮の俺の部屋だが、実はお前、入れるぞ。シャマルさんに鍵、預けてるから」「え! いつの間に・・・」「そっちに来たいならいつでも来い。ただしもしも泊まるようなことがあった場合は覚悟しとけよ」「覚悟って・・・」「お前が俺の部屋を訪問して来て宿泊するという状況になれば自重しないということだ」「・・・そんなこと言われたら行きにくいやんか」「別に無理に来いとは言わん」「・・・無理に引き止めて泊まらせたりせぇへん?」「引き止めれば泊まるのか?」「・・・・・・」「・・・・・・」 せやな、どうするんやろな私、どうしたいんやろな私。 そうなってしまっても別に構わへんってどっかで思っとるけど。 そうなってしまうと、もう意地張る気も失せてまうようにも思える。 そしてそうなってしまうときっと仕事が・・・ 仕事もしたいねん、これも本音やねん。 特に今は・・・しばらくは専念したい、せやから・・・ 両立できるように努力するのも無理やって判断、やっぱり今でも間違ってない思う。 せやかて無理に突き放そうとか不自然に距離置こうとかそれもやっぱ無理? マーくんが体調悪くしたらそれを適切にケアできるのは今でも実は私だけ? そこで私以外の誰かが上手くケアできるようになるまで待つとか・・・心配過ぎて不可能? 友達以下扱いくらいまで距離置くのはやっぱり不自然で無理やから。 せめて普通に親しい友達くらいの距離に抑えられるように・・・ しとくくらいが妥当なんかな・・・ ほんまのところはやっぱり私もいまだによくわからへんのかもしれへんねんけど・・・ いつの間にか高町家に到着しとった。 その日のクリスマスパーティはなんか妙に楽しかった。 別にマーくんと私、ベタベタとしてたとか、そういうことは無いで? 無いけど・・・ ほんの少しだけ彼が近くにいてくれるいうだけで離れていたときの不安な気持ちが消え失せて。 ただ・・・なのはちゃんが変な雰囲気やったかな?ってのは気になったんやけど。 アリサちゃんとかは、しょうがないなって諦めてる感じやったかな。 すずかちゃんはいつもの笑顔で、まだまだ油断できへんように見えたけど・・・ それもこれも彼と少し言葉を交わすだけで全部、気にならへんようになるんやな・・・ あかんなあ・・・ こんなんでは・・・ ほんまにマーくんは・・・☆ ☆ ☆ ヴィータちゃんたちが先にうちに到着したの。 はやてちゃんどうしたのって聞いたら、まだ初代リインさんの亡くなったところにいるって。 少し一人になりたいから先に行けって言われたって聞いて。 はやてちゃんのことが心配になったの。 もしも寂しく一人で泣いてるなら・・・慰めてあげたいって思って。 皆の目をかすめて私、ひそかにはやてちゃんを迎えに行った。 そこで見たのは。 抱きしめてるマシュー君。 おとなしく抱きしめられてる、はやてちゃん。 すごいしっくりくる二人の姿。 なにか話してる、それもとても自然、ああ、あの二人にとってあの距離は当然なんだって分かってしまって。 ううん、そんなこと私には分かっていたはずなの。 だからどうしてそれを見た瞬間、ガツンと凄い衝撃を感じて。 そのままふらふらと家に帰ってからパーティの間中、上の空で。 自分がどう振舞ったのか記憶もほとんど無かったみたいな状態になったのか、分からない。 あっという間にパーティーは終わって私は部屋に帰って横になる、眠れない。 皆が寝静まった夜中。 私は喉が渇いて台所に向かい、冷やしてある無糖紅茶をコップに注いで一口飲んで。 そしてぼんやりとあの光景を思い出す。 抱きしめているマシュー君、安心して抱きしめられているはやてちゃん・・・ 二人の姿はとても自然で・・・ なぜだか分からないけど悲しいみたいな気持ちになって来て。 泣きたいみたいに思えてきて。 涙が出てきたような気がする。 私は夜中の暗い台所の片隅で。 力なく床に座り込んで、しばらく俯いて肩を震わせていた。 どうして涙が出てくるのか分からない。 止まらないのか分からない。 こんなに悲しい・・・みたいな気持ちになるのか分からない。「なのは、どうしたの?」 いつの間にか、お母さんがそばにいて、私の肩を抱いてくれていた。「・・・ひどいの」「なにかあったの?」 分からない、分からないんだけど。 勝手に感情だけが動いて口から支離滅裂な言葉が溢れてきて。 つっかえつっかえ涙声で私はお母さんに訴える・・・「だ、だって・・・ひどいの・・・別れたって言ってたのに・・・二人ともそうだって認めてたのに・・・なんで平気で抱き合ってたりするの・・・ほとんどまともに会ってなかったのに・・・それなのに久しぶりに会ったらまた当たり前みたいに・・・私も頑張ってご飯作ったのに・・・でも全部食べたのははやてちゃんのだけで・・・顔も出さなかったのに・・・作り置きのを送ってきただけなのに、頑張って私が作ったのは残したくせに・・・どうしてはやてちゃんだけ・・・お見舞いにも来ないで、それ以外にも顔も見にこないで。ひどいの・・・ずるいの・・・二人ともひどいの・・・だったら別れたなんてウソつかなくても良いじゃない! そんなウソをつくから、私、わたし・・・バカみたい・・・なんだか勝手に舞い上がって、でも全部、空回りで・・・」「どうしてそんなふうに思うの?」「え? どうしてって・・・」「マシュー君と、はやてちゃんが幸せになるなら応援するって言ってなかった?」「で、でも・・・マシュー君が研究で大変で、結構疲れたりしてるのに・・・近くにいて面倒見ようともせず、はやてちゃんは仕事仕事でそれに二人は別れたって言ってたし・・・仕方ないから私が友達として面倒みてあげようとしてたのに・・・でも実はきっと・・・全然、彼の助けになんてなってなかった・・・いつものように彼に負担をかけるだけだったんじゃないのかな・・・それは薄々分かってたけど、でも私も頑張ってたんだよ! それなのに全部無駄だったの? 無意味だったの? 近くにいようともせず放っておいたくせに・・・引きとめようともせず遠くにいたくせに・・・でも会えばやっぱりそうなるの? なにもせずともただ会うだけで自然に・・・どうしてなの、どうしてそれなら離れたり・・・納得いかないの、それならどうして・・・」「うん、それで、なのははどうしたいの?」「・・・わ、わからないの・・・」 お母さんは私の背中を撫でて優しく言い聞かせる。「納得行かない、どうして納得行かないのか。考えたほうがいいわよ? なのは、後悔だけはしないように、変に遠慮したりせずに・・・自分の気持ちに素直になってごらんなさい・・・」「わかんないよ・・・お母さん・・・」 私は小さな子供みたいにお母さんの胸に抱きしめられて。 なぜだか理由の分からないまま止まらない涙にしばらく耐えていた。 本当にマシュー君はひどい・・・ でもそれはいつものこと? それよりも。 これまで思ったこと無かったけど。 はやてちゃんも・・・ひどい? 私は納得が・・・いかない? 分からない。☆ ☆ ☆ クリスマスパーティが終わった夜、そのままなのはちゃんの家に泊めてもらっていた。 夜中になのはちゃんが起き出して、キッチンの方に向かって、そこから啜り泣き混じりの声が聞こえてきた。 実は「夜の一族」は、視覚聴覚も常人並では無いので、聞こえちゃったんだよね。 なのはちゃんが桃子さんに相談してる内容も大体聞こえたけど・・・ 本当になのはちゃんて頑固だね、この期に及んでもまだ認めていない、素直になっていない。 そのくせ明らかにこの件に関しては、普通の判断力も失ってしまっている。 夢中になって、盲目的になってる自分に気付いてないのかな? でもね。 冷静に今日のマシュー君、はやてちゃんを見れば私には分かる。 マシュー君が少し体調を悪くしたので、はやてちゃんが少しだけ戻って来て手助けしたりしたんだろう。 そして、はやてちゃんが少し近づいただけで、なにせあの二人のことだから、またすぐ特別に仲良しな雰囲気を出す。 でもこれはまだ一時的な・・・一過性の出来事に過ぎないよ、どう見ても。 はやてちゃんは本気で戻る気が無いし。 マシュー君も本気で捕まえておく気が無いし。 なにも変わっていない、見れば分かる。 「昔みたいな」雰囲気に一時的に戻ってるってだけの今日の二人の光景、別に見て焦りは感じなかった。 それじゃ無理だね。 それじゃ続かなかったってもう証明されてるじゃない。 うーん、マシュー君も、はやてちゃんも、なのはちゃんも。 どこかに隙がある、まだまだ甘い、本当に詰めていない。 まだ皆17歳、そのくらいが普通、焦ることは無いんだろうけどね。 来年、マシュー君は18になる、そこが一つの山場、勝負の時かな・・・ はやてちゃんは自分から動く気は無いくせに希望的観測にすがってるようにしか見えない。 なのはちゃんは臆病だ、ほんの少し素直になってもまだまだ意地を張ってるし逃げている。 私はね・・・いつまでもそれに付き合う気は無いよ? 既に結構待った。 塩を送るようなマネもした。 友人としての義理は、もう果たした・・・かな?(あとがき) 機動六課が設立した年の6月に八神は19になる設定です。マシューは八神より数ヶ月後が誕生日の設定。 機動六課作るから来てとはやてが正式になのはを誘う当たりが山場? はやてVSなのは。納得行くまで「話し合い」。 すずかの再攻勢とどっちを先にするかな。現時点から数えて、再来年の四月に機動六課成立の予定。