マシュー・バニングスの日常 第八十話 なんというか。 悪いときには全部、悪いほうに転がるもんなんやっていうか。 それなりに真剣に考えて、それで別れるのが正しいって思ったんは、ほんまの話で。 後悔もするやろう、それも覚悟してた・・・・・・つもりやったけど。 想像以上。 うん、考えてみたら中学までは・・・何もかも上手くいっとったんかな。 それが一度悪いほうに転がると、もうゴロゴロとどんどんと悪い方に悪い方に・・・ すずかちゃんの宣戦布告は死ぬほどきつかった。 あれってつまり「本気で奪いに行くからね♪」って意味やんな、結局・・・ そういう可能性とかも覚悟しとったつもりやったけど。 いざ本気でそんな宣言されると・・・もうなんといいますか・・・ つまり私は、仮想敵ってのはせいぜい、なのはちゃんしか想定してへんかったんや、ほんまは。そんで、なのはちゃんやったら多分、こう・・・私に遠慮して・・・気持ちを抑えたままでいてくれるやろうとか・・・そんな甘い期待を・・・なのはちゃんが煮詰まって具体的に行動を起こす前に仕事の決着つけるって目は普通にありえると・・・うん、それは100%とは言わへんけど、うまくいく確率大体七割くらいはあるやろうと・・・ それ以外に・・・マーくんもあれで、ええとこのボンやしミッドでは結構有名な医者でもあるし、他に女の子とか寄ってくる可能性、それは普通にあるとしてもそれは大丈夫やろ思ってた、なんでかてマーくんは間違いなく今でも私のことを好きなはずで・・・あぁもう、ほんま最悪やな、いまだに甘えとる、わかっとるけどとにかく、本気で行動に移ったらマーくんも押されるかも知れへんて思えてしまう、なのはちゃん以外には・・・真剣に警戒せんとあかん女の子とか、まずおらへんて思ってて・・・ そこにすずかちゃんからの攻撃は強烈やった。不意打ちで痛かったってだけやない。 話をきいてみると、まず家同士の関係でってのが来て、つまりマーくんとすずかちゃんやったら社会的に釣り合うってのがあって、ほんまにそればかりは逆立ちしても真似できへん、圧倒的なすずかちゃんのアドバンテージ。 しかもそれだけやない、それで義務的にってだけの気持ちなんやったらこれほど痛くなかった、すずかちゃんはあくまでそういう縁談が正式でなく軽い打診程度で少し、出てるだけだよみたいなことしか言ってへんかったけど、そんな言葉の表面だけ信じることはとてもできへんかった、なんでかわからへん、いつからやったんかもわからへん、せやけど結局あれは・・・本気やった。 本気でマーくんと結婚するつもりや・・・それがはっきり分かってしまって・・・ やばい、マジやばい。 あの調子で攻められたら気付いたらマーくん、もう後戻り出来へんところに踏み込まされる可能性が大いにある。 あくまで家同士の関係だよ、義務的な婚約だよ、私たちは友達だよってニコニコ笑いながら。 そうしてマーくんの警戒心を奪って油断させながら。 マーくんが隙を見せた瞬間、ガブリと一撃で決めてしまいそうな雰囲気が・・・ やばい、マジやばい。 なにか対策をとらんかったら絶対そうなる。 もうこの際、マーくんに泣いて謝ってヨリを戻してもらおうかとか真剣に考えた。 せやけどなぁ・・・ 仕事をハンパに済ましてまうことになるで、そうするとどうしても・・・ まずは仕事を取ると、これを片付けると、そう決意して覚悟して、そう宣言したんやん、マーくんに。 それから一年も経ってへんうちに、泣いて謝るとか・・・ それに今すぐそうしてヨリを戻して、そんで今度こそマーくん優先の生き方に完全に切り替えられるかって言ったら・・・ やっぱそれもムリやねん。 私が専任で追ってる仕事もあるし、調べてることも少しずつ輪郭が見えてきたような気もするし、これまで積み重ねてきたものはこれからも積み重ねていかへんと効果は出ぇへんもんで、ここで彼の方向に切り替えるいうことはこれまでの積み重ねを事実上、ゼロにしてしまうようなもんで、そうできるんかっていったらやっぱり私にはムリ、そうなるとただマーくんと今すぐヨリ戻しても結局、前みたいに彼に負担をかけるだけの状態にしかならんってはっきり分かってて、そんなことする権利は私には無い、彼のことをほんまに思うんやったらむしろすずかちゃんは本気でマーくん専任みたいな状態になりそうな雰囲気やし、マーくんとすずかちゃんなら絶対に上手く行きそうな気が私にもしてしまって、ほんまに彼のことを思うんやったら・・・ ここは本気で諦めるというのだけが正しい選択肢・・・なんやろか・・・ 悩む、悩む、悩む・・・ そういう風に悩んでるときは何故か仕事は完璧に片せる私。 心は大混乱やのに頭と手は別もんなんかな。 なんにしても・・・まずはマーくんの顔見て、それから決めよっかな・・・ 見た瞬間、やっぱり耐えられへんと分かれば・・・今度こそ・・・ とか思いつつ・・・ しかし仕事は尽きへんなぁ・・・ んーと、この書類で大体、上から与えられた任務関係は片付いたか。 次は私の裁量で許されてる範囲で、将来につながる構想を・・・ 新部隊を立ち上げて、部隊長になって、そんでさらなる功績をって中期的な目標があってな・・・ そこの指揮官クラスは大体もう決まっとるねん、うん、昔からの友達、なのはちゃん、フェイトちゃん、あと私の守護騎士たち。 コネだけ人事やで? それでこんだけの人材集めるんも凄いで? 大体、成り上がろう、のし上がろうと背伸びしてる野心的な小娘に、そんなに積極的に協力してくれるような人の良い上司とかおらへんっちゅうねん。しかも私の場合はあんま出世して欲しくないってのが上の人らの本音やしな。せやから部隊の人材は私が個人的な縁故とかフルに使って独自に揃わせへんと話にならん。クロノ君とかリンディさん経由のコネもフルに使っとるで? 後方部隊はその筋から揃えようって目算立ててるしな。さらに部署新設するのに、本局は色々ときちんとしてて割り込ませる余地が少ないから、比較的組織力の弱い陸に割り込もう、それも陸の人らかていきなり割り込まれるなんて腹立つし受け入れてくれへんやろうから、私のバックのベルカ聖王教会からの政治的圧力を使って・・・とかもしとるしな! うーん、四方八方に敵作っとるなあ、私。そんで部隊作って目立った功績も挙げられへんかったら潰されるかもな。 それも分かっとる、せやけどそういうもんなんや、リスクがあるから、リターンがある。 高級官僚の出世レースは綱渡り。進み続ける以外に道は無く、成功し続ける以外に道が無い。一度でも失敗したら終わりで、そんな道を選んで進み続けてきたのは私自身。 ああ~でも、そういう道を恐れず突き進んで来れたんも・・・ 「いざとなったら一緒に逃げてやる」って言ってくれた彼が、私にとっての最後の逃げ場として確保されてたからなんかな・・・ いや、仕事も好きやし、知りたいこともあるし、目標もあるねんけど。 私の最後の保証、最後の安住の場所というのはやはり彼のところにしか無いような気もする・・・ ハァ・・・ほんまどうしようかな・・・ とりあえず仕事、新部隊の前線兵力として活躍してくれる子を探さんと・・・ これもなかなかみつからへんねん・・・ なにせ海のものとも山のものともつかない実験的な新設部署、望んで来てくれる子がおるなんて期待したらあかん。 普通に優秀な子は、普通にそれぞれ志望する艦隊勤務コースとか、幹部養成コースとか、執務官コースとか目指して進むもんであって。 私の新部隊に来ることが、その子の将来にとって確実にプラスになるか?って言ったら、そんな保証なんてゼロやで。 そこをなんとか・・・来てくれる子を探さんことには・・・ もちろん来てくれた子は将来にわたって私に出来る限りフォローさせてもらうつもりやねんけど・・・ 結局、なにがしか・・・「ワケあり」な子、ワケありやけど優秀なことは優秀って感じの子を探して引き抜くしか無いかなぁ そういうわけで。 やってきました、ギンガ・ナカジマさんの卒業パーティ。 面識はあるけど、マーくんに紹介した後はほとんど会ってへんしな、顔つないでおいて、こちらが頼めば来てくれるくらいの親しさを維持しておきたい・・・いやほんま私って腹黒いなぁ・・・せっかくの卒業パーティやのに打算優先かぃ 身内でも関係者でも無い私がパーティに参加するにあたって、またベルカからの政治的な「お願い」とか使いました。まあ近接戦闘に強いベルカ式魔法と、その運用法とか使い手の育成ノウハウをもってる教会と、管理局の訓練学校とは持ちつ持たれつで互いに助けあってる関係なんで、普通にOKしてもらえたんやけど。 パーティに一人で行くのもアレなんで、ヒマそうやったロッサに一緒に来てもらった。 ロッサってのは、本名ヴェロッサ・アコース、教会の有力者グラシア家の養子でもあり、ベルカ式魔法の使い手でもあり、特殊なレアスキルとかも持ってて、管理局に出向して査察官としても働いてる、私とは同僚として働くこともあったりする人で、うん、マーくんをのぞいたら一番親しい男の人かも知れん。私からしたら明るいちょっとダメなお兄ちゃんみたいな感じの人や。 んで。 ロッサと連れ立ってパーティに出た私と。 ギンガちゃんをエスコートしてパーティに出てたマーくんが。 鉢合わせしたわけやな。 何を患者に手ぇ出しとるんやこのセクハラ医者、浮気者! と、叫びながら胸倉を掴んで怒って。 そんでマーくんが、バカ違うよ、頼まれて来ただけで本当に好きなのはお前だけだよって抱きしめて。 ウソやウソやマーくんは女好きの浮気者なんや・・・って私がマーくんの胸に顔埋めて泣いて。 本当だってウソじゃないよってマーくんは言いながら私を暗いところに連れて行って。 そんで色々・・・えっちなこととかして私を慰めて・・・気付いたら私も夢中になってて・・・ いつの間にか仲直り。 とは、行かへんかったな当然。 そういう前まで上手くいってたパターンは、もう通用せぇへん。 まずマーくんは、私と一緒のロッサを見て微妙に表情を硬くした。 面識無いってわけやない、それなりに顔会わせてるはず、クロノ君の結婚式とかにも来てたしな。 せやけど私の横で私をエスコートしてるロッサを見ると複雑なんかな・・・ 複雑なんはこっちも同じやねんけどな。 ギンガちゃん可愛く着飾って、マーくんにエスコートされてすごく嬉しそうで楽しそうで。 どっからどうみても恋する乙女やないかぃ! まぁ・・・親身になって面倒みとる言うことは知っとったから・・・そんでギンガちゃんも自然にそういう気持ちになるってことは普通にありえる話やろうけど・・・せやけど、なのはちゃんだけやなくフェイトちゃんもどっか怪しくてアリサちゃんは最強の壁として立ちはだかっとるし、すずかちゃんの攻撃には一撃で叩きのめされたしそんでさらにギンガちゃんまで! おのれえぇぇ・・・この女たらしめえぇぇ・・・・・・ 今なら怒りで会場ごとマーくんを魔法で焼き尽くせる気がする・・・ 転移魔法で逃げようとしても無駄やで・・・瞬間転移できる限界距離まで含めて焼き尽くす・・・ 黙りこんだ私をおいて、マーくんとロッサが互いの状況を確認。 マーくんはゲンヤさんの代行で来たそうや、こっちは優秀な人材探しとロッサは説明しとった。 本来ならギンガちゃんにお祝いを言って親しみを持ってもらってとか、せんとあかんことあったのに。 黙りこんで挙動不審な私、ロッサもマーくんも私が変やって簡単に気付く。 ギンガちゃんは気付いてへんな・・・私とかロッサとか、もしかしたらそもそも見えてへんかも知れん・・・ 結局まともに話すことも無く、私はロッサに連れられて座を外した・・・ パーティ後、深夜に。 久しぶりにマーくんからデバイス直通の通信があった。 待ち構えていた私、速攻で画面を開く。 互いに顔を見ると。 なぜか言葉が出てこぉへん。 しばらく黙ってお見合い。 数分して、マーくんは軽く咳払い、ようやく言葉を紡ぐ。「あ~っと・・・その、なんだ、アコースさんとは・・・仕事で、だよな?」 その質問内容に軽く切れる。それって分かり切っとることとちゃうん? なんやねん自分はあちこちで女の子引っ掛けて楽しくやっといて私が少し他の男の人と親しくしてる現場を見たら。 図々しくもそれを非難しようっちゅうわけ?! 何様やねん大体そんなこと今さらマーくんは言う権利とかないやろ! もちろん言う権利無いんはお互い様や、そんなこと分かりきっとる。 後で頭が冷えたときは無茶苦茶後悔した。 けど後悔言うんは・・・後からしかできへんから、後悔いうわけで・・・ 前にしたケンカは、ケンカではあったけど、でもまだ互いに理性的に話し合っとった思う。 せやけどこの夜のケンカは・・・単なる醜い感情のぶつけ合い・・・ お前は! 私は! そんなこと言われる筋合いは! そっちこそ! こっちだってな! なんやねん! もう知るか! ほんまにな!お互いさまだろ! もう知らん! ああせいせいするね! せやな、それじゃ! じゃあな! まともに話し合うことも無く。 怒鳴りあった末に通信切った。 怒って切れて腹立って、そのくせ泣きながら私は・・・結局、明日の仕事に備えて寝た・・・ でも横になってもきちんと眠れず・・・ひっきりなしに寝返りを打ちながら・・・私は考え続けてた・・・ 実際ギンガちゃんのことはそれほど問題では無いんや。それより重要なんは私が本心では・・・まだ彼が私のこと好きであんだけワガママ言って別れたくせにそれでもきっと私のこと待ってくれてるとか、せやから周囲の女の子が彼のことを好きになるようなことがあっても大した問題やない、そうやどうせ彼は私のものやと・・・傲慢にもほんまの本心ではそう思っとったこと。 別れた、距離をおいた、これまでの半同棲みたいな関係を絶った、それは事実でも。 そうして形だけ離れても・・・じゃあ心から彼はもう自分とそういう意味で関係無い人やって私が思うようになったかと言えば。 真剣な危険性とか多分ほとんど無い・・・ギンガちゃんとデートみたいのしてるの見ただけで逆上してこの始末や。 まだあの子は年上の人に漠然と憧れてるだけやしマーくんもそれを優しく見守っとるだけで。 長い付き合いのなのはちゃんとかすずかちゃんと比べたら全然問題ならんて分かってるのにそれでも・・・ 私のものであるはずのマーくんが他の女の子と楽しく過ごしてる所をみてアホみたいに切れた。 我ながら驚くしかないあきらめの悪さや、どんだけ未練がましいねん、ほんまに・・・ 諦めたくない、せやからそれを伝えてマーくんに待っててもらう、つまりキープしとくって手も・・・思いついてもうた。 うん、この手を使えば逆にまた私の勝率が最大に・・・多分私が勝てると確信できるほどの、いかにも私らしいせこい手。 泣いて謝って、やっぱりそうしてって頼めば間違いなく彼はそうしてくれる、同意してくれる、うわぁほんまに私、最悪や。 そんとき彼に抱かれる必要とかあるかもしれへんけど正直・・・全然問題無いし・・・ むしろなんでいまだに私ら最後までしてへんのか我ながら分からんくらいやし・・・ ふん、そうやって体を使って彼をつなぎとめておこういうわけか、いやはや私って・・・ でもどうする? ほんまにそうする? それともそこまではできへん? やっぱりやめとく? 二者択一・・・彼をほんまに諦めるんか・・・やっぱり諦めへんのか・・・ 今、私の、するべきことって・・・ 彼のことをほんまに思うんやったら・・・ 目覚ましが鳴る前に浅い眠りから覚めて寝起きに一言・・・・・・「あきらめよう」 言いながら涙が出た。 いやや・・・そんなんいやや・・・あきらめるなんて・・・まだ希望あるって思ってたから・・・せやけど、なのはちゃんだけでも失敗確率3割はある思ってたんが・・・すずかちゃん来て逆に成功確率3割もあるか疑問なくらいなって・・・今すぐに仕事を捨てて彼のために生きるって本気で切り替えるくらいやないと絶対ムリで・・・でもそれはできへん・・・つまりそれやったら時間の問題でまずほぼ確実にすずかちゃんに持っていかれる・・・なんか偶然なのはちゃんが勝ついうこともあるかもしれへんけど・・・ わたしが割り込む余地が無い。 そうかそもそも、たった一年足らず先に知り合ったいうだけのアドバンテージ。 私が一番、彼と親しかったいうんは、ほんまの話。 せやけどそれも実は大した差やない。 幼馴染いうんやったら、なのはちゃんもすずかちゃんも大して変わらへん。 ずっと黙って見守ってた、すずかちゃんが、結局彼を持っていくわけか。 大丈夫やろ、間違いなく・・・二人は幸せになる・・・そうに決まっとる。 疑う余地が無いんがほんま・・・泣けてくるで・・・ 私な・・・ ほんまマーくんのこと・・・ 好きやねん・・・「せやからマーくんには絶対幸せになって欲しいんや、諦めるんや!」 言いながら寝室の壁を、拳で思い切り殴った。 皮が切れて血が出ただけやなくて・・・脱臼とかしたかもな、ゴリって骨に響く鈍い音がした。 無茶苦茶痛い。 けど痛くない。 これからは。 彼からの連絡は、明確な公用とか重要な用件とか明らかに緊急事態であると、わかるもの以外は無視する。 基本、話さない。 とにかく距離を置く。 可能な限り・・・かかわらない。 減らせるだけ接点は減らす。 そしたらきっといつか忘れられる。 小さい頃からずっと私を支えてくれていた人でも。 将来は当然のように一緒になるって思ってた人でも。 私を見ててくれる、いざとなったら一緒に逃げようって言ってくれた人でも。 どんなときでも私に優しくて甘くて私を抱きしめて私のことを・・・無条件で肯定してくれてた人でも。 そう、きっと、いつか。 忘れられるはず(あとがき) ギンガと浮気してるのを見た正妻はやての激怒・・・ということだったらマシュー平謝りして終わりだったんですけどねえ。 六課成立にむけての八神さんの政治活動は、まだ色々と手こずってます、このへん独自解釈だらけであります。 やっとこさ今度こそ次こそ、なのはのターン、いきます。ちょっと長くなるかな。