マシュー・バニングスの日常 第八話 さて地球のある世界から、位相の違う別世界にあるというミッドチルダへ行くには、次元転送という作業が必要になるそうだ。 これは別に困難なことでは無く、やろうと思えば強引にミッドチルダ至近に転送の割り込みをかけることが可能であるという。 しかし現実にはそうは行かない。交通法規みたいのは、やっぱりあるそうだ。 滅多に無いことではあるが、同一座標への転送が重なる転送事故などが起こるとシャレにならない大被害が起きるらしい。 であるから、交通管制局みたいなところの指示を忠実に守り、法規に従って転送しなくてはならない。 転送事故が起きた場合の被害がシャレにならないため、管制指示に従わない行為は、仮に何の被害も無くても結構な罪になるそうだ。 さてなんでこんなことを説明してるかと言うと・・・ なんか意外と時間がかかるってことが今になってやっと分かったからである。「意外と不便なんだな~もっとこう、『距離に意味が無い世界』みたいなの想像してたんだけどなあ。」「ふふっ。そんなことはやっぱりないよ? アースラみたいな大質量のものを転送しようと思えば、安全確認の手間が大変になるから結局時間かかるし、個人単位だともう少し便利だけど、やっぱり質量制限はあるしね。」「そして結局、カネもかかるし手間もかかる、と。テレポートできても実際には距離がある、と。夢がないなあ。」「うん、そうかもね。」 微笑みながら俺に説明してくれるのはテスタロッサさんである。 この子は、なんつーか、すごくいい子である。素直で、控え目で、おしとやかで、欠点らしい欠点が見つからん。 母親の犯罪に巻き込まれて犯罪者扱いとか、するやつのほうが外道なのではと思ってしまう。 艦内に同じくらいの年の子が全然いないので(実はクロノは5歳も上だと判明、驚いた)、食事時のテスタロッサさんと適当にダベるのは楽しいひと時である。テスタロッサさんは最初のうちは、無遠慮に話しかけてくる俺に戸惑っていたようだが、もともと素直な子である、今では普通に会話できている。 まあ俺は流動食をすすってるだけなんだけどね相変わらず。 また話を戻す。やはり未知の技術は面白い。「それじゃあ専門の転送機械を二箇所に設置するとかすれば、もっと手間は省けるのかな?」「うん、そうなると、あとは機械の維持費だけが問題になるね。」「しかし転送するたびにエネルギーは消費するわけで、しかも質量に比例してエネルギー使うんだろし、しかもやっぱりあんまり大質量のものに対応した機械は無いってところかな?」「そうだね。でも個人向けの転送ポートは、そういう固定した転送機をたくさん設置してネットワークを作ってるみたい。」「どーも魔法って感じじゃないなあ・・・どっちかといえばSFだ。転送魔法とかって無いの?」「もちろんあるよ。でも、それは魔道士の力量にもよるけど、やっぱりせいぜい数人が限界かな。しかも全く知らない場所とかはムリで、あらかじめ座標を指定しなくちゃいけないし。」「ふむ、知ってる場所にしか行けないし、大質量を運べるわけでもない、と。やはりそういう魔道士の転送魔法が前提にあって、それを機械化したのが普及してるって感じなんだなあ。」 ずずっとお茶を飲む。なぜか緑茶だ。テスタロッサさんは紅茶かな。「そだ、テスタロッサさん。なんか魔法の初歩的な本とか持ってない?」「本? どうして?」「俺は体の問題があるから、実践とかは入院治療しながら少しずつって感じになるんだろうけど、とりあえず勉強できる範囲で知識だけは詰め込んでおこうと思ってさ。」「う~ん。私は持ってないなあ。リンディさんに聞いたほうが良いんじゃない?」「そういやそっか。」 高町さんはそれこそ昨日今日に魔法を知ったばかりで素人同然であることは分かっているのだが、それに対してテスタロッサさんは小さい頃から魔法の教育をちゃんと受けていたのかな? いろいろと聞きたい事は多い。彼女は自分から何か話すということはあまりないのだが、こちらから質問する分には親切に答えてくれる。「あとさあ、テスタロッサさんて」「マシューくん・・・」 俺がまた質問してみようとすると、急にテスタロッサさんの表情が曇った。不機嫌そうというか悲しそうというか。 なんもまずいことはしてないはずだが・・・「え? なに?」「マシューくんって、私のこと嫌いなの?」 なんでそんなこと思ったのか分からない。嫌いになれるような人では無いのだが。「へ?! な、なんで?」「だって前から、私のこと苗字でしか呼ばないし・・・」「いやあ日本ではね、普通は互いのことを苗字で呼び合うもんなんだよ?」「だって、なのはが言ってたもん!」「な、なにを?」「ちゃんと友達になったら、互いに名前で呼び合うものなんだって!」「いや、それは高町さんの独自ルールであって、決して日本において一般的では無いと言いますか・・・」 うむ、俺は間違ってないぞ。高町さんは普通ぶってるが実はかなり特異なキャラクターなのだ。 しかし簡単に切り返された。「マシュー・バニングスくんは日本人じゃ無いって聞いたけど?」「うぐ! そうだ、言われてみれば確かにそうだった・・・」 俺は世界一周入院の旅みたいなことをしてきたが、拠点はなぜか日本であり続けた。なぜ父さんが拠点を日本にして我が子たちを住ませていたのかは良く分からない。欧米だと敵が多過ぎて危険だとかじゃないよな・・・ とにかくメンタリティは日本人に近いのだ。国籍はともかく。 俺の内心とか関係なくテスタロッサさんは押してくる。意外と押しが強い。「できれば私のこと、フェイトって呼んで欲しいんだけど。」「あーうー俺のポリシーとしてですね、女の子を名前で呼び捨てするってのは・・・」 ちなみにリンディさんは例外である。本人の前では言えないがあの人は女の「子」じゃないし。 恐らく一番親しい女友達である八神でも八神としか呼んでないわけでして。 しかしテスタロッサさんは納得せずに、暗い顔で俯いてしまう。「やっぱり私のこと嫌いなんだ・・・」「涙目はズルいぞ・・・」「そうだよね、私みたいな子とは普通、友達になりたいなんて誰も思わないんだよね・・・ごめんなさいマシューくん、困らせちゃって。うん、やっぱり私なんか・・・」「いやフェイトさんは良い子だと思うよ!?」「え」「ゴリ押しされれば逃げ切れるんだけどなあ・・・泣きながら引くタイプ相手ではムリだった・・・それはともかく、フェイトさんは前はちょっと間違ったことをしちゃったかも知れないけど、そんなのこれから取り返せる程度のものだし、そもそもフェイトさんは凄い魔法の才能あるし、優しいし、お淑やかだし、素直だし、いいとこずくめだよ? フェイトさんと友達になりたいって人はいくらでもいるって。特にこれから先は友達になりたい人が群れをなして押しかけてくるくらいだと思うよ!」 姉ちゃんが泣くと俺は全面降伏するのがパターンであるのだが、同様に女の子が泣きそうになると俺はその子の言う事を全面的に聞いてしまうのかもしれない。なんかこれって将来的には危険な気がするが・・・ とりあえずテスタロッサさん改め、フェイトさんの機嫌は直ったようだ。「・・・ありがとうマシューくん。」「んじゃこれから友達ね。ほい握手。」「うん、よろしくね。」 笑顔になるフェイトさん。 フェイトさんは非の打ち所のない完璧美少女かと思いましたが、ちょっとしたことで際限なく後ろ向きになる超ネガティブ自虐型思考の持ち主で、意外と扱いずらいということが判明しました。 さらにその後の入院生活で見舞いに来てくれるたびに、笑えないような高レベルの天然ポカを連発してくれたり、異常に一般常識が欠落していることが判明したり・・・やっぱり本物のヒロインてのは月村さんしかいないなあと思いました。 八神? あれはいいやつだが女は感じないなあ。 小さい頃からの病院仲間で一番親しい「友人」だわな。 一番親しかった友人が植物状態のまま転院してしまったため、以前よりもさらに寂しい日々を送っていた少女が、なんか妙にムカついて、今度会ったらその友人を1発では無く2~3発は殴ってやろうと思ったかどうかは定かではない。「別にこっちかて意識してるわけやないけど、でもそういうふうに言われるとなんか腹が立つっていうかな。」(あとがき) フェイトさんと友達になるの巻です。マシューは踏み込まない性格なので、なんか事故でもない限りは良いお友達で相談役のままの予定です。