マシュー・バニングスの日常 第七十九話 陸士訓練校は学校とは言っても、結構、殺伐としてるかも知れない。 なんといっても実戦志向だし、模擬戦は最低でも週一は必ずあるし、そのたびごとに同期生全員の順位の書き換えがなされて、その結果は卒業時の正式な魔導師ランク測定に反映されるし、ランクによって進路も大きく左右されるし、だから皆必死。もちろん私も。 訓練校に来て、模擬戦を多くこなすようになって分かったことなんだけど。 私、かなり、強いみたい。 お母さんから習ったシューティングアーツのおかげだと思いたい。 思いたいけど、うん、分かってる。 私の技量はまだまだ未熟、お母さんみたいな本当の技とか持ってない、当たり前。 だから残念だけど、今の私が同期に比べて強い理由は・・・この特殊な体のおかげということだろう。 根本的に普通の人とは、スタミナが違う、敏捷性が違う、反応速度が違う、耐久性が違う・・・ これで弱かったらウソだろうと私も思う。 でもその強さは、私が努力して得たものではなくて・・・誰かが勝手に私の体を改造した結果。 それに頼る戦い方はしたくない。 頑張って技を磨こうとしてみるんだけど・・・ まだまだね、道は遠い・・・・・・ 訓練校の日々はあっという間に過ぎた。 卒業前の最終ランク測定、結果、私は陸戦ランクB+という評価を得た。 全体の平均はせいぜいC、私は上の中というくらいの評価かな。 恵まれた肉体的素質はあるんだけど、本当のトップの人たちとかはね・・・もとから凄い魔力とか持ってたりして。 たとえば有名な空のエースとかね、ああいう人たちは住んでる世界が違うのだ。 そしてそういう素質の持ち主がトップになる。 私は体は頑丈でも・・・魔力自体はそんなに凄い大きいとか無いし・・・まあこんなものだろう。 私は当初の予定通り、陸一本で就職先を決めた。 実はね、陸士訓練校でも上から数えたほうが早いくらいの成績を残すと・・・海の本局に入れるって道も開けるんだけど、そして私もギリギリで海志望にしてもおかしくないくらいの成績ではあったんだけど・・・ やっぱり私はお母さん、お父さんと同じ道を選びたい、故郷ミッドを守りたいのだ。 お父さんのいる陸士108部隊は、中堅くらいの実力を持つ活動頻度も高い実動部隊で、いきなり新人は普通入れないので。 まずはそれよりずっと番号の大きい・・・576警邏隊というところに所属することになった。 本格的な陸士部隊で、番号100番台とかね、そういうところには中々行けない。 将来はそういうところに進みたいなあ・・・でもそのためには与えられた持ち場でベストを尽くさなくちゃね。 訓練校でも学校だから、卒業式というのがある。 さらにいえば、これが学生の終わり、社会人の始まり、やっぱり特別な旅立ちなので。 卒業パーティみたいのが開かれる慣例になってる。 男性も礼服着て、女性もドレスアップして、立食パーティみたいな感じで。 順番で言うと、まず制服着用での卒業式があって、それが終わった夜に、パーティがあるわけね。 このパーティには外部の人間を一人、招待しても良いことになってる。 大体は皆、身内とか恋人とか呼ぶ。 私が呼ぶ人は、考えるまでもなく、お父さん。 卒業式には当然出てくれるし、そのままの流れでパーティも。 と、思ってたんだけど・・・ 卒業式の三日前になって! 急に仕事が入った、卒業式に出るのも無理、パーティも行けないって! こんな直前になってそれはないんじゃない?! 友達とか結構いるけど、卒業パーティのときは皆、それぞれ個人的に招待した人と主に過ごすものなのであって。 そういう人がいなければ、パーティの間中、私、一人寂しく過ごすしかなくなるじゃない! もう! お母さんが亡くなってからお父さん、もともと仕事中毒気味な人だったけど、それがさらにひどくなって! この前もスバルとの約束をすっぽかしたでしょ! スバル怒ってたよ! さらに私の卒業式にも来てくれないっていうの!? なんだか通常の仕事以外に、調査みたいなこともしてるのは知ってる。 だからただでも忙しいのがさらに忙しくなって、娘たちと過ごす時間が取れないのも分かってる。 そしてその状態に問題あるって、お父さん自身も苦しんでる、それも知ってるけど・・・ でも卒業式くらい出てくれても・・・ 本当は私、相当怒ったし、悲しかった。 だけどね・・・ うん、分かってる。 きっとそれが仕事ってものなんだろう。 とくに陸は忙しいので有名・・・ さらに、お父さんみたいな中間管理職は本当に・・・ それにお母さんがいなくなってから・・・私がお父さんとスバルの面倒を見なくちゃいけないんだから。 だからお父さんのフォローも、スバルのフォローも私が頑張ってしなくちゃ・・・ 許してあげるしか、無いんだろう。 そうして私が物分り良く、少し怒っただけで分かったからって言ったら。 逆にかえって罪悪感に駆られたらしいお父さん。 すまん、本当にすまん、誰か自分の代わりに呼びたい人はいないか、何とかするからって平謝りしながら言う。 でも私は首を振って。 いいから、もうスバルに付き合ってもらうし。 多分、スバルのときは私が付き合うだろうから。 それで話を終わらせた。 スバルと一緒にパーティ会場の食事を・・・全部食べるくらいの勢いで食べまくるとしよう。 うん、そうと決まればそれはそれで楽しそうだし。 それで良い。☆ ☆ ☆ ゲンヤさんからの連絡が昼間に来るのは珍しいことだった。 あの人も仕事忙しいみたいだし、普通の連絡なら病院窓口に言付けてくれてたし。 デバイス直通にかけてきて、画面が開くと、なんだか深刻そうな表情のゲンヤさん。 むむ・・・ギンガさんとスバルちゃんに何かあったのだろうか。俺も心配になる。 ところが、話の内容をきいて拍子抜け。 ふーん、訓練校の卒業パーティ? 急な仕事でどうしても出られなくなった、だがギンガは少し悲しそうな顔をしただけですぐ許してくれて、クイントがいなくなってからずっと苦労のかけ通しだったのに我がままなんて一言も言わず、それに甘えるのは父親としてどうなのだと自分でも思うのだが、しかしこの仕事はどうしても外せなくて、だから頼む、自分の代わりに卒業パーティに出て、ギンガをエスコートしてやってくれないか・・・ 予定確認、ふむ、その日は何も無い・・・ だったら良いかな、ほかでもないギンガさんだし。☆ ☆ ☆ はい?! はああああああ!? バニングス先生に頼んだぁ!? な、なんでそんな勝手なこと・・・ だからもうスバルと行くからいいって言ったじゃない! お忙しいのにそんな私的な用事にまで・・・ 素直になりなよって、うるさいスバル。 もう承諾してもらったって、なにを勝手に・・・もう、ほんとにお父さんは! だから素直になれって黙ってなさいスバル、ゴツン まあ・・・・・・既に承諾してもらっちゃったんなら・・・そこからまた断るとかありえないし・・・ しょうがないなあ・・・ はあ・・・お父さんが勝手に頼んだから仕方なくなんだからね! うーんスバルと行くならもう、制服でよいかなと思ってたんだけど・・・ 失礼にならないようにきちんとそれなりの格好していかなくちゃ・・・ ねえスバル、お母さんもドレスとか持ってたよね、あれどこにしまったかな。 ああいいから、お父さんは知らないのは分かってるから。 よかった、体形近いし十分着れる、でも少し古いかな・・・流行遅れ? うちは一般庶民だし、私の普段着とか全然そういうパーティに着ていけるようなもんじゃないし・・・ 前に、バニングス先生のお姉さん見たことあるのよ、すごい美人で見るからにお嬢様で・・・ 実はバニングス先生も結構良いとこのお坊ちゃんみたいでね・・・ ああ~もうどうしよ! あのお姉さん見ちゃうとどんな格好していけば良いのかぜんぜんわかんない。 うーん、うーん・・・どうしよ、着ていく服が・・・ なにお父さん。 え? この際、新しいの買えって? そんなもったいないじゃない、パーティのためだけに新しく服買うとか。 卒業式に出られない償いだ、頼む、新しく買ってくれ、ほらこの金を受け取ってって・・・ そう? スバルも買ったほうが良いと思う? うーん・・・もったいないけど・・・仕方ないかな・・・うん、買うことにするね。 オーダーメイドする時間は無いから、既製品で良いのを探さなくちゃ・・・ うぅぅ~パーティはもう明後日で、時間が無い! 急いで探しにいかなきゃ! ゴメン、今晩は食事作れないから適当に食べてて! 急がなきゃ! ギンガは、ゲンヤから渡された軍資金を握り締めて全速力で家から飛び出した。 そして当日・・・ ど、どうかなスバル、変じゃない? お化粧、濃くないかな、ドレスも、どうなんだろ、なるべく大人しい感じのを選んだつもりなんだけど。 うん、あのお姉さんに対抗するとか無理だから、こうね、分相応な感じのを・・・ 大丈夫、似合ってる、これまで見たことないくらいきれい? 本当? お世辞じゃない? 本当に本当? スバル? 大丈夫だから、自信持ってって言われても・・・ ああ~もうどうしよ~! 無理して着飾って似合ってないとか思われたら・・・ いまいちだとか思われたら・・・ 気合入りすぎだとか思われたら・・・ あああああ~・・・・・・うううう~・・・・・・ そろそろ出ないと遅れる? 本当だ・・・ あああ~・・・・・・ でも待ってやっぱり化粧濃すぎると思う! 不慣れなのは仕方ないんだから、だったらさりげない感じにしたほうが・・・ ちょっと待って! すぐ済むから! うう~ん、どうなんだろう・・・ ねえ口紅はもう少し濃いのでも良くないかな・・・ って? え?! もうこんな時間! 遅れるじゃない! なんでもっと早く言ってくれなかったの! 何度も言った? だって聞こえてなかったのよ! あああ、もういい! 急がなきゃ! 少なくとも。 気合入り過ぎだというのは事実じゃないかと。 スバルは見送りながら思った。☆ ☆ ☆ 男は楽で良い。基本、制服着とけばどこでも行けるしな。 俺も一応管理局員、だから局員としての制服(普通の)と、礼服(制服のちょっと豪華バージョンみたいの)と、さらに医局員として病院勤務のときに来てる制服(上に白衣を羽織るし実は一番略式の服)くらいは普通に持っている。 卒業パーティ、礼服着とけば男はそれで良いとのことなので、しかし着るの久しぶりだな、前にメダル貰ったときとか、あとは昇進人事での任命式だとかそういうときにしか着ないからなぁ。でも年に何回かは着るもんだし普通にいつも用意している。 待ち合わせ時間の十分前に、待ち合わせ場所の校門付近に到着。 うーん、あたりに似たような待ち合わせの人がたくさん、しまったこれでは見つけにくいか。 と、思ったのだが。 なんか遠くから・・・せっかく着飾った格好に似合わない凄い勢いで爆走してくる女性発見。 一瞬クイントさん?! と思うほど似ていたのですぐ分かった。 肌の露出を抑えた膝丈の青い略式のカクテルドレス?みたいのを着てるのかな。 上着も羽織ってるけどしかしそんな格好で走ったらダメだってば。 まあ姉ちゃんがパーティで着る本格ドレスに比べたら、装飾も少なく体に密着したシンプルなデザインだけど。 手を振ってここにいるよってアピール、向こうもすぐ分かったらしい、こっち目掛けて再び爆走開始・・・ 結構、他にも人がいるんだけどなあ・・・誰かをはねたりしなきゃいいがと心配になってしまった。 こちらからも駆け寄って、とりあえず挨拶しようと思った所で。「すいません! お待たせしてしまって!」 いきなり大声で謝りながら頭を下げるギンガさん。うーん目立ってる。「ほらほら、いいからいいから、俺も今来たところだし、えっと会場はあっちだっけ?」 言いながらギンガさんの肩を軽く押して歩かせる。「え! えぇ! は、はいそうですあのでもその私・・・」 どーも要領を得ないのでそのまま肩を抱くような体勢で連れて行く。「いや、今来たところって本当に本当だから。うん、しかしそういう格好新鮮だなぁ」「あ・・・あの・・・どうでしょう・・・」 えらく不安そうな顔。 いつも自信満々の姉ちゃんとか、ドレスアップするのも日常で当然の月村さんとか。 そういった身近な人たちと比べると、頑張ってお洒落してるギンガさん、それに不安なギンガさんはそれだけで可愛いので正直に。「うん、良く似合ってる、かわいいよ」「そ・・・そうですか・・・」 言いながら下を向いて真っ赤になるのも可愛いなあ。 妹のスバルちゃんは下手すると今でも男の子と間違われるくらいボーイッシュだが、実は姉のギンガさんも髪長いから男と間違われることは無いにしても基本体育会系でサバサバしてて性格はどちらかというと男性的、そういう子がこういう格好してるのはまた別の趣があって可愛いなぁ。青く見えるような鮮やかな黒髪に活動的な性格の彼女に良く似合ってるドレスだと思うのも本音だし。 なりゆきで肩抱いたみたいな体勢のまま、パーティ会場へと俺たちはゆっくりと向かった。☆ ☆ ☆ そんなに高い服でも無いし。 つるし売りの既製品で店員さんに相談して何時間も悩んで買ったんだけど。 お化粧とかもきっと私は全然未熟で、これも昨日今日の付け焼刃で。 あああきっと、先生のお姉さんとかと比べたらお話にならないんだろう隅から隅まで、それは分かってるけど。 かわいいって。 お世辞よね、うん。 でも、かわいいって。 だからお世辞だってば! わかってるでしょう、私! うん、でもかわいいんだって。 その日のパーティは結局、何があったかもよく覚えてない。 雲を踏むような心地で・・・ 先生が場慣れた感じでエスコートしてくれて、受け答えするだけで精一杯で。 途中でなんか、青田買いに来たとかいうちょっとエライ人と話したとき、少し雰囲気かたくなったりしたけど。 それをのぞけばずっとなんだか夢見心地でふわふわと・・・ あっというまにパーティは終わり、私は先生に家まで送ってもらった。 別れ際、先生は今日は楽しかったよ、本当に似合ってて可愛いよってまた言ってくれて。 家に入って部屋に入って。 私は着替えもせずベッドに突っ伏して顔を枕に押し付けて足をバタバタ。 うううう~ ああああ~ ダメだ。 やばい。「ああああうぅぅあぁ・・・」 言いながら枕を抱えて悶えてゴロゴロ転がってベッドから落ちたところで。 なぜか私の部屋の中にいたスバルと目が合う。「・・・・・・」「・・・・・・」 沈黙したまま気まずい雰囲気で見詰め合う姉妹。「あのさ、どうだったのかなって聞きにきたんだけど・・・」「・・・」「聞くまでも無かった感じ? ゴメンね、うん、退散しまーす」 素早く部屋から出て行くスバル。 ううぅ・・・みっともないところを妹に見られてしまった・・・ でもそんなことすぐ忘れてしまうくらい今日のパーティは楽しくて。 先生、優しかったなぁ・・・ 二歳しか年上じゃないのに大人っぽくて・・・ さりげなくいつでもフォローしてくれる感じで・・・ あああ~私、先生の前なのに食べ過ぎなかったかな・・・ 緊張して何食べたかも覚えてないんだけど・・・ でもそういう体だし分かってるから食べなよって笑顔で勧めてくれてついつい食べ過ぎたかも・・・ そうなのよ先生は当然全部分かってて、きっと私自身よりも詳しく? だから一切そこに気を使う必要なくてそれで何も気にせず優しくしてくれるから・・・ お医者さんと、患者で。 先生は先生なのに。 だけどやっぱりそうなのかな私・・・もうダメかも・・・ ああでも先生って彼女とかいるのかな・・・ 実はいるって噂も、同棲してるって噂も聞いたことあるんだけど・・・ でも今はいない、別れたって噂も聞いたことあるよ?! どうしよう、やっぱりはっきりさせるには直接きくしかない? 直接きくって・・・・・・ むりです。 無理絶対無理。 直接きくってそんなそのくらいなら一人で凶悪テロリスト相手に戦うほうがマシ。 せっかく新調したドレスがしわだらけになっても気付かずに。 私は色々考えながらゴロゴロと悶え続けた・・・(あとがき) 前のギンガ話がどうも弱かったのでギンガ再臨。 女の子を可愛く描くという絶対正義の前には、展開の都合上の問題とか些細なことであります。 次回、自分の部隊構想のため人材探しを頑張ってる「ちょっとエライ人」との話になるかな・・・修羅場回避したいとこだが・・・