マシュー・バニングスの日常 第七十八話 にこやかに微笑みつつ、はやてをじっと見つめるすずか。 下を向いて、髪で表情が隠れて、何か言おうと唇を震わせながらも、何もいえないはやて。 そんなはやてを見るに見かねて・・・「ちょ、ちょっとすずかちゃん」 なのはが咄嗟にはやてを庇う。 すずかは黙り込むはやてを一旦無視。 なのはに向き直る。 今日の目的は、まず「確認」。 いずれにせよすぐに決着のつく話だとは考えていない。 確認し、自覚させ・・・・・・そして宣戦布告ということになるだろうか。 だから、なのはにも容赦しない。 大体昔から・・・ アリサ・すずか・なのはの三人は長年の親友であるが、その中には役割分担みたいのがあった。 アリサが積極的に動くし発言もする、なのはも意外と独自のベクトルを持ち強い意思を発揮し時としてアリサすら圧倒する。 すずかは、そんな二人をフォローする役回り。 別にそれがイヤだったわけではない、自分の性格に合ってるし。 だからずっと見守ってきた。親友たちの軌跡を。 どんなときでも一線を引いて、少し後ろから皆を見守ってフォローしてきた。 ずっとずっと見守って、我慢をし続けてきたのだ。 ・・・・・・そういう人が爆発すると怖い。 はやてたちがお互い好きであるくせに別れたとか言い出したのにも腹が立った。 何もかも打ち明けられる、伴侶になり得る人という存在が・・・どれほどかけがえの無いものか分かっていないのだろうか? 理由がある、事情がある、それが優先、だから別れた、手を離した。理解できない。 結構、はやてにとってはそれはつまりは重要性が低い問題だったということなのだろう。 自分にとっては、そういう人を得たいというのは全てに優先する最大の欲求であるのに、夢であるのに。 はやては、意図せずに、すずかのそういう夢を・・・否定するような行動をとってしまったのだ。 もちろんそれに腹を立てるのは理不尽だと分かっている、分かっているから我慢した。 別れたと聞いただけの段階では、まだ何も行動を起こさなかった。 だがさらに、なのはだ。 なのはは無茶をやって大怪我してそれを治療してもらったその日から。 確実に、彼のことを一番意識している。 意識しているのに意識していることすら否定し、とにかく何でも無いんだと思い込もうとしている。 彼女の場合は、彼女のことを好きなユーノという存在もいるが。 だが結局のところ彼女が大怪我したのも聖祥の高等部にエスカレーターで進まなかったのも。 そうしてせっかくの楽しい高校生活、これまで通りにまだ少なくとも三年間は楽しめたはずだったのが無くなって。 すでに社交や仕事などに駆り出されながらドイツで大学に通うはめになったのも。 そう、全ては・・・魔法に夢中になってる彼女のせいであるのだ。 「昔みたいに」無邪気に楽しく過ごすことを否定して無くしてしまったのは誰のせいなのか! 我ながら実に理不尽な感情である。 しかしそうして、なのはが魔法に夢中なのに一切雑念が無いなら、まあ良い。 でも、そうだけど、そうじゃない! 大怪我したことからも分かるように、なのはは魔法と仕事に依存して、そこに逃げる傾向が確かにある! 魔法が好きで好きでたまらないのは本当、出会った日から魔法に夢中なのも本当。 でも最初から・・・果たしてそれだけの純粋な思いだっただろうか? 家族との間にあった微妙な隙間からの逃避という側面は皆無であったか? それまでの日常には無かった、自分が必要とされ重要視される立場での生活が快かったのではないか? 別にそれが悪いとは思わない、思わないが。 だからって全部素直に一切批判もせずに受容するというのも違わないだろうか。 こうして友人関係にヒビが入るかもしれない発言をしてる自分が言うのもなんだけど。 でも友人なのだから、親友であるというのが本当ならば。 一度きちんと思い切って、言いたいことを言うべきでは無いかとずっと思ってた。 思ってたけど! 我慢してきた。ずっと黙ってフォローしてきた! しかしこの期に及んでも、なのはは自分の気持ちに向き合わずに仕事に逃げてるし! はやては貴重な宝石を路傍に投げ捨てるような真似をするし! そして自分にはずっと欲しいと思っていた「特別な人」が手に入るかもって希望が出るし! クロノたちの結婚式披露宴が終わった夜なのに、いまだに中学時代の雰囲気でただ「昔みたいに」楽しく話せればそれで・・・みたいな会話の流れに持っていこう持っていこうと皆、逃げてるし! だから、すずかは、長年の我慢をやめた。やめてしまった。 すずかは、なのはに向き直り、とてもにこやかな笑顔を作り。「なのはちゃん?」「・・・な、なに?」 すずかの笑顔が醸し出す、いつにない迫力に押されてどもるなのは。 そんな反応を気にせず、すずかは続ける。「なのはちゃんは、好きな人とか、いないよね?」 確認する。「う、うん」 とりあえず相槌をうつなのは。「なのはちゃんは、マシューくんのことなんて、好きじゃないよね?」「うん当然だよ」 そこは滑らかに答えた、そう、そういう発言を引き出しておきたかったのだ。「だから、私とマシューくんが家同士の関係で婚約したり結婚したりしても、なのはちゃん的には問題無いよね?」 さらに念を押す。 動揺するなのは、なんでそんなこと言うの分からない、だってマシューくんは、はやてちゃんの・・・っていつもの逃げセリフを言おうとしてるのか、はやての顔を伺うがはやては顔を伏せてしまってる、さらにアリサをみるとアリサは苦虫を噛み潰したような顔で黙ってしまってて助けになるとも思えず、そうしてあちこち逃げ場を探して挙動不審に周囲をきょろきょろ見回したがどこにも救いが無いことを知って、なのはは観念して答える。「・・・でも、はやてちゃんが・・・」 しかし答えの内容はまだ逃げている。容赦なく追求するすずか。「私は、なのはちゃんの気持ちをきいてるの。なのはちゃんとしては問題無いでしょ?」「え・・・え、でも・・・そんなの・・・」 なぜか同意しない、同意できないなのは。 少し方向性を変えて切り込むすずか。「ねえなのはちゃん、これまではずっとさ、はやてちゃんとマシュー君が一緒になるものだと思ってなかった?」「それは・・・うん、そう思ってた」「それだったら別に良いんだよね?」「う、うん、そうだよ、二人はずっと一緒だったんだし、だから二人がそうなるならそれは当然で・・・」「はやてちゃんとなら、同意できると。ねえどうして私とだと同意できないの?」「だ、だから・・・はやてちゃんとなら・・・ずっと一緒だったんだし・・・」 堂々巡りをしていても仕方ない、言ってしまおう。「ずっと一緒だったはやてちゃんとなら諦めがつく、最初から諦めてたし、納得もできる。でもそれまでそんな話が全く無かった私とってことになると、そうしていきなり横から持っていかれるような真似をされると納得できないわけね?」「・・・え? え、いや、そんな、わたし・・・」「だったら自分でもアリだったんじゃないか? すずかちゃんがアリなら、私もアリじゃないか? はやてちゃんが手を離してしまってるんだから、それだったら自分が彼を欲しい、それがなのはちゃんの本音じゃないの?」「!!!」 五人は布団の上に車座になって座って向き合って話していたのだが。 いきなりなのはは立ち上がった。 立ち上がって、絶句して、何かを言おうとして口をぱくぱくさせるのだが言葉が出てこない。 硬直して、すずかを見下ろすなのは。ショックを受けて呆然として顔も赤くなって少し涙ぐんで。 それを見上げるすずかは冷静そのもの。ただ静かになのはの反応を見る。 そのまま沈黙がしばらく続く。 はやては俯いたまま。 フェイトは混乱している。 なのはは硬直している。 すずかは沈黙している。 場の雰囲気を変えようと動いたのは、アリサだった。 実は途中から、すずかの矛先がなのはに向かい、なのはに自覚させ意識させる方向に話がいったところで静観を決め込んでたのだが。「はいはい、もういいでしょ、すずか」「・・・そうだね、この場では結論の出る話じゃ無さそうだし」 意外とあっさり同意するすずか。「・・・確かにね・・・確かに私たちはこの手の話を避けてきたわよね、それも問題あったって認めるわよ。これまでみたいに目をそらしていつまでも子供の頃みたいな感じで楽しくってのは、さすがにそろそろ無理かもね。しかし・・・すずか、あんたやり過ぎ。あんたって普段はおとなしいくせに一度爆発すると怖いのね・・・何にしても今すぐどうこうって話じゃ無いんだし今日の所は・・・」「うん、そうだね、ゴメンねなのはちゃん、はやてちゃん。少し言い過ぎた。ごめんなさい」 言われてなのははまだ納得してない顔で絶句したままとりあえず座る。 はやてはまだ顔を俯けている。 そんな二人を見て、すずかは結論を言う。「でもね、これだけは分かって欲しかったんだけど」 真剣な口調、主にはやてに向かって語りかける、はやても辛うじて顔を上げてすずかの目を見る。「これまでみたいに曖昧なままで流そうとするのは、もうやめない? 私はやめてほしい、はっきりして欲しい。」「・・・それは」 はやての答えは無内容、それをスルーして続ける。「油断してると本当に貰うから。分かった? それだけ言っておきたかったの」「・・・っ!」 すずかの目を見つめたまま言葉も出ないはやて。 アリサが間に割って入る。「あのね、すずか・・・そんな簡単にどうこうできるような問題でもないと思うわよ? 大体、私が納得しなきゃ許さないん・・・」 だからとかなんとかいおうとするアリサの言葉を遮って。「大丈夫だよアリサちゃん。家同士で正式な話にして、アリサちゃんでは手も足も出ない状態に持ち込む自信はあるから」「っぐ!」 黙らされてしまうアリサ。 そう、すずかの場合はアリサの頭越しに話を進めてアリサの動きを強制的に封殺するという手があるのだ。 そこもアリサの気に食わない点だろう、しかしそうされるとどうしょうもないのも事実。 結局その夜は、とても「昔みたいに」キャッキャとお喋りして楽しむ雰囲気どころでは無くなり。 話が弾まないまま、早めに皆、就寝してしまう。 翌朝もその雰囲気は変わらず、すずかは空気を読んで朝食後、すぐに帰宅の途に。 はやても翌朝からすぐ仕事。 仕事休みだったフェイト、なのは、アリサは三人揃って一旦、海鳴に帰還。 しかしどうにも楽しくお喋りしながら休日を過ごすなんてムリで・・・アリサも結局午前中のうちに別れて帰宅。 別れ際に、なのはに一言。「・・・・・・このままだと、本当に・・・すずか一人勝ちになるわよ」 そう言ってどうしたいのか、どうなってほしいのか、アリサ自身にも不分明。 言われたなのはも分からない。 曖昧な表情のまま立ち去るアリサ、残されたなのは、フェイト。 住宅街の路傍に立ち尽くす二人。 考えがまとまらない、そもそも頭が動かないなのは。 それに対して、色々考えたらしいフェイトが。「はやてだったら仕方ないけど、すずかだと納得できない?」 昨晩のすずかの発言を繰り返した。「な、なにいってるの、フェイトちゃん」「うん、正直言うとね・・・」「なに?」「すずかがそう言ったとき、私もなんだか・・・もやもやした気持ちを感じたの」「・・・」「私もよく分からない、分からないんだけど・・・何だか、すずかの言ったことって・・・真面目に考えなくちゃいけないことだったみたいな気が、今になってどんどんとしてきて・・・だってすずかだよ? いつも冷静で穏やかな・・・そんなすずかでも言わずにはいられないくらいに・・・私たちになにか問題が? あったみたいな気がする」「それは・・・」「うん、なのはも私と同じで良く分からないんだよね。分からない者同士で話してても解決しないんじゃないかな・・・私、家に帰ってリンディ母さんに相談してみる。なのはも桃子さんに相談してみたら?」「あ・・・あぁ、うん、そうだね」 きっと本当に無自覚なフェイトは素直に母親に相談できるのだろう。 帰っていくフェイトを見送りながら、なのははぼんやりとそう思う。 本当に・・・無自覚? じゃあ私は・・・ めでたい披露宴に出席した翌日、友達とお喋りして楽しく過ごした休日であるはずなのに。 混乱した暗い気持ちのまま。 なのはは、とぼとぼと帰途についた。(あとがき) すずか無双。最強。はやて、なのは、アリサ、3人まとめて一撃で薙ぎ倒す。 やっとすずかのターンが終わった・・・今後は当分出ない予定だが存在感の重さは消えそうも無いかも・・・ 次こそ、そろそろなのはのターンかな。いやその前に一回ギンガ入れて切り替えるかな・・・