マシュー・バニングスの日常 第七十七話 さてこの5人は、若い娘であるくせに、箸が転げても笑い出すような年頃であるくせに。 「自分たちの」恋愛とか結婚とかそういう話には基本的に、話題が向かうということが無い。 お互いの近況の報告とか、つまり仕事の話とか経験談とかアドバイスとか。 そういう話を互いにするだけで十分、話が続くのだ。 なのはは実技を教える立場だから現場の人間の気持ちが良く分かるとか。 フェイトも執務官として、組織の中級~下級幹部の感覚を知っているし。 はやては官僚的立場なので、その手の人間の行動パターンとか詳しいし。 アリサは既に社長業の一部を代行したりしており組織トップの人間の感覚があり。 すずかはアリサほど責任が重い立場ではないが似ており、また彼女には工学的技術の視点があるなど。 場所がミッドであろうと地球であろうと人間であることは変わらず、人間の作る組織には変わらない。 それぞれの形で組織に所属する人間として・・・ 互いに互いの仕事上の話とかするだけで、自然に互いのためになり役に立つのだ。 なのはが上の人間の指示で納得できない点などをあげると、アリサが上からみた場合の価値判断について指摘し、はやてが両者の調整がどのようになされているか説明したり。逆にアリサがなかなか動いてくれない部下のグチを言うと、部下のモチベーションを上げるにはどういう指示をするべきかという話をフェイト、なのはが下の立場から希望を言ってみたり。 実に色気の無い話だが、まあ彼女たちにはそれが楽しいのだ。 しかし今夜は違った。 今夜ばかりは違った。 クロノとエイミィの結婚、披露宴の終わった夜となるといつもと違ってしまうのも無理はないことだったのか。 だが、なのははもちろんそういう方向には話がいってほしくない。 はやてもその手の話題は避けたい。 アリサもなぜか避けたいようだ。 フェイトは基本的に周囲に流される。 こういう状況なら、自分たちの結婚だとか恋愛だとかの突っ込んだ話はやはり避けて通るだろうと。 それがいつものパターンだったのだが。 今夜ばかりはそうは行かなかった原因・・・ きっかけは多分、なのはが軽い気持ちで言った一言。「中学の頃みたいに楽しいね!」 とても無邪気な一言、単なる本音、ごちゃごちゃ考えることが増えた卒業後と違って無邪気でいられたあの頃の雰囲気、それがとても楽しい、他の雑談の流れが途切れたときに何の気なしに気軽にそう言ったとき。 にこりと、すずかが笑顔になった。 とてもにこやかで普段以上に上機嫌な感じ。 しかし・・・すずかの中の何かが切れた音を・・・皆は幻聴したような気がした。「そうだね、本当に『昔みたいに』・・・」 言いながら話題を唐突に引き戻すすずか。「でも今日の披露宴は本当にすごい規模だったと思わない? ねえアリサちゃん」 いきなりアリサの方に方向転換、笑顔のすずかに対し話しかけられたアリサは表情が苦々しい感じに・・・ にこやかに微笑みながら、すずかは爆弾を落とす。「マシュー君が、私と、結婚した場合の披露宴も似たような規模になるかな? どう思う? アリサちゃん」 沈黙が降りる。 しばらく各自、すずかの発言内容を吟味。 正直なにをいってるか分からない人が多数。 なのはとフェイトは少なくとも完全に理解不能状態。 はやては頭脳を回転させ、もしかして・・・という可能性に思い当たり表情を固まらせ。 アリサは苦々しい顔。 そのアリサの苦々しい顔をみて、他の面々は推測を確信に近いレベルにまで・・・「だから! あんたたちは別に正式に婚約してるわけじゃないってば!」 アリサはこういうとき我慢できない、我慢などしない、積極的に撃って出る。 大体この話はそもそもアリサの頭越しに父が勝手に打診した話である上に、予想と違ってすずかはアリサの影響下で穏やかにマシューと仲良くするって雰囲気を何故か全く見せず、むしろアリサをスルーして直接にマシューと連絡を取り合ったりもしてるようだし、このまま話が進められたらすずかは完全に合法的にアリサを無力化して弟を持っていってしまいそうな感じがして、アリサ内での警戒度は実は今はすずかがトップの状態、クリスマスの時も今回の結婚式に披露宴でもすずかは自然に弟に寄り添って弟を巧みに自家薬籠中にしようとしているみたいに見えたしそれが気に入らなくて睨んでみてもマシューには余計面倒がられて距離置かれるし、すずかは絶対に気付いてない筈は無いのにどこ吹く風といった風情だし。 怒ってみてもすずか相手では効果が無いと分かってる、でも言わずにはいられない、しかし言ってみてもやはり・・・「そう、正式じゃない。でも内々には話が通ってるんだよね、親御さんにも。」 すずかは冷静に、そう返す。 すずかが一座を見回すと。 ほえ~っと感心してるんだかなんだかよくわかってない雰囲気のフェイトを除くと。 残り3人は微妙な顔してる。 すずかは、アリサにも言われたが、別にマシューのことが男女として真剣に好きとかそういうことはない。 姉の忍が、恭也義兄さんに恋焦がれたような状態には全くなっていないと自分でも分かっている。 その点、ここにいる面々で一番、あの頃の姉に心境が近いのは、やはりまずはやて、そしてなのはだろうか。 自分はそうなっていない、だからそんなこと言い出す権利は無いのかも知れない。 それは分かってる、重々分かっているが。 そろそろ・・・・・・いい加減、はっきりしてほしいのだ。 なぜそう思うようになったのか、一言ではいえないが・・・ まず、月村すずかは「夜の一族」とよばれる特殊な種族の末裔であるということがある。 彼女はこのことを誰にも・・・そう、親友たちにさえ明かしていない。 それは一族にとっての禁忌。 夜の一族は、筋力持久力など人より強い、寿命が人より少し長いとか特徴はあるけれど・・・ まず絶対的に人類より少数派である。 さらに種族の特徴として、吸血衝動というものがある。 これは別に人の血を吸わねば生きていけないというほどのものではない。そこまで不安定では種族の存続も危ういだろう。 実際には、ごくたまに、少しだけ、血を吸わせてもらえればそれで済むという程度なのだが・・・ 昔、自分たちは優れた種族であるとプライドを肥大させて、暴走して、人類に大きな被害を与えて・・・ 通常人類から「吸血鬼=悪」というレッテルを貼られるに至らしめた迷惑なご先祖様などが・・・いたのだ。 それは中世の話だったけど、でもそのときに貼られた「吸血鬼=悪」のレッテルは未だに無くなっていない。 昔、その悪名高い吸血鬼が暴れた頃に作られた人類側の「吸血鬼狩り」を専門に行う組織というのも未だに現存する。 夜の一族であるというだけで殺される危険は現代でもあるのだ。 確かに一対一なら夜の一族が人間より強いに決まっている、決まっているが。 数の差は、百対一どころの話ではなく一族全員集まっても人数は数千程度? 何十億もいる通常人類に最終的には勝てるわけ無いのだ。 そもそも夜の一族は系統的に明らかに通常人類からの亜種的な変異に過ぎず・・・通常人類に寄生するような形以外では生きることができないのが現実、個体として強いというのは確かであるにしても例えば普通の人でも高町恭也のように鍛えぬいた戦闘技術者が相手だと戦って負けたりもするし、自分たちが優れた種族であるなどと誤解することは・・・すずかには性格的にも全く出来なかった。 一族は秘密の厳守を絶対とする。 再び一族全体が、吸血鬼狩りの嵐に曝されてはたまらない、だから禁忌を破る身内は、身内で粛清する。 実は近年にも、伯父にあたる人が暴走し、多数の通常人類を無作為無差別に一族の特殊な力により束縛、支配して、奴隷扱いするなど好き勝手しようとしたことがあった。 この粛清を命じられ、実際にしてのけたのは月村家の後見人もしてくれている伯母。その伯父の実妹である。 伯父とそれに与する一党は容赦なく・・・粛清された。 とても厳しい禁忌、だがそこには唯一、例外がある。 それは「伴侶」を得ること。 身内として互いに生きることを同意してくれる、特別な人を得れば、その人には話しても良いことになるのだ。 姉の忍が、高町恭也に出会って、秘密を共有してくれる外部の人間というのをはじめて得たように・・・ この伴侶とは、別に同じ一族に限らず、普通の人でもよいことになっている。 夜の一族が単なる人類の亜種であるというのはこの辺の事実からも明らか、つまり普通に生殖可能なのだ。 生まれてくる子供も必ずしも一族の血を濃く引くとは限らない。そうして数が増やせるならもっと増えてたはずだがそうは行かない。 何人も子供を作ってもせいぜい一族の血を引いて生まれる子は一人か二人、つまり数的に言うと、親の世代が死んだときに種族の数を現状維持する程度にしか、血の継承者は生まれず、あとは普通の人。どうも劣勢遺伝ぽく、隔世遺伝も無いことが知られている。 一族の男女同士で子供を作っても同じことで結局、人口的には現状維持が可能な程度しか子供を作ることが出来ない。月村姉妹の両親は両方とも一族で、生まれた子供は二人とも血を継承していたが、これはかなり珍しいケースで、そしてそういうケースの時にはまるで自然の摂理によりそう定められているかのように、両親共に一族の寿命から考えれば信じられないほど短命で早世してしまってる。 やはり維持する程度にしか生まれないというのは間違いない・・・ だから、結局、一族である無しは大きな問題では無い。 信頼できる人であるかどうか、その人間性のほうが問題になる。 至近でもっとも大きな問題を起こした伯父などは純血主義のレイシストだったそうだ・・・ 姉も、恋人を得るまでは、いつも誰に対しても一線を引いた接し方をして、決して真に親しい友人などは作らなかった。 姉が本当に親しい人というのを得たのは高町恭也がはじめてで、そして彼と出会って姉は劇的に変わった。 本当は人懐っこい、甘えたい、人に近づきたいという衝動を開放しても良い相手に自分を全てさらけ出して・・・ 姉はとても明るくなった、いつも楽しそうに、実に幸せそうに・・・ そういう人を得るというのは、一族の人間にとってこれほど大きいのかと妹の目から見ても驚いた。 自分はある意味、姉の忍よりはめぐまれている、すでに親しい友人というのはこんなにたくさんいるからだ。 しかしそれでも自分も、決定的な一線を、実は親友たちとの間にすら引いている。 それがつらい、やはり寂しい、だけどすずかは禁忌の意味も理解できるので衝動的に破ろうとか思わない。 でも、やはり・・・姉にとっての恭也のように、なにもかも話しても良い人というのが欲しい。 そういう思いは年とともに強くなるばかり。 そこに降って湧いたマシューとの縁談。 実に好都合。 結婚さえしてしまえば、あとは何とかなるだろう、彼のことは昔から良く知っている。 そういうふうに大丈夫だろうと思えるほどの人というのはそう簡単に好都合に見つかるものでは無いのだ! 姉の忍が高校生になってやっとたった一人だけ見つけることが出来たように! 自分は彼を友達としてはともかく男女として好きかといえば微妙だ、それは分かってるが。 しかし一線を越え、距離を縮めてしまえば、自然に好きになれるし良い夫婦にもなれるだろうという自信もある! 本当の本音は、「話してしまいたい」「禁忌の例外としての伴侶となってくれる人が欲しい」というところだろう。 そんなことは自分でも分かっているが。 しかし、すずかも若いのだ。 彼女にとってはそういう自分自身の全てを打ち明けたい、打ち明ける人が欲しいという衝動は、何よりも強かった。 それ以外のことは若干、見えなくなるくらいに・・・ 友達が持っている内心の葛藤を分かっていながらも・・・無視してしまいたくなるくらいに・・・ そんなすずかの目から友人一同を見るに。 はやてはどんな事情があるのか知らないが一度、手を離してしまっている。彼女は強固な理性をもつ人だから、一度離してしまった以上、誰かに持っていかれても仕方ないと自分を納得させることも出来るタイプ、問題無い。 なのはは自覚していない、精神的に未熟だしとにかくその手の話からは逃げたがっているので論外。 アリサのブラコンは昔からそうだったが近頃は既に病気だ。弟を取り上げられて無理やり距離を置かれた方が良いのではないか? フェイトは大丈夫、なのは以下の状態だし。 自分の動機は不純かも知れないというか別件かも知れないというか本音とは別かも知れないが。 でも彼をこの際、一気に正式に自分のものにしてしまいたいという気持ちは本物だ。そういう人が欲しいのだ。 だから、これまでのような、仲良しの友達であることにとどまってる状態は、もうおしまいにしたい。 女同士の友情より男を取るようなものなのだろうか。 でもそれって悪いのかな? 男ではなく仕事をとった、はやてが別に悪いとも思わない。逆もまたアリだろう。 いつまでも子供の頃のように無邪気に遊んでる感覚では済まないのだ。 特にすずかの場合・・・肉体的な衝動というのが、夜の一族であるという特殊な事情により人より多少・・・強い。 だから出来る限り早く! はっきりさせたい! ダメならダメで、そうとはっきりすれば、それでよいのも本音だ。 友情を台無しにしようとも思わない。はやてもなのはも得難い友人なのだから。 もしも、彼が、誰かのものになるとはっきりしてくれれば。 自分には希望は無いとはっきりしてくれれば! そうなれば別の候補を探すしかないと諦めもつくが。 今の中途半端な状態はどうも我慢ならない。 はやてがもっとはっきりきっぱり彼と切れてくれれば・・・ 自分にはすぐにでも姉の忍のように「特別な人」が手に入るかも知れないのに。 そうなる希望があるのかないのか曖昧なままで流されているのはたまらない。 だから踏み込む。 まずは最強の仮想敵に。「ねえ、はやてちゃん?」「・・・なに?」 はやてはまだ冷静さを保ちながらも返事の声は微妙に暗い。「今も言ったけど、まだ正式な話じゃないんだよ? ただ家同士で、内々にそういう縁談が打診されたっていうだけ。でもこのままだと、そうだね、マシュー君が二十歳くらいになれば、自然に結婚することになるかも知れないんだけどさ。」「・・・・・・・・・そう」 はやては俯いて表情を隠し、声を詰まらせながらもなんとか相槌を打つ。「一応確認しておきたいんだけど、それでいい?」 すずかは相変わらず、とてもにこやかに微笑んでいた・・・(あとがき) 夜の一族については独自設定満載です。この話ではこういう感じということで。 迷惑な伯父さんというのは、とらハ1のあの人を想定してます。 この話、「すずか」って題名にするべきだったかな・・・と思ったり思わなかったり。