マシュー・バニングスの日常 第七十五話△年○月X日 久しぶりに八神と会い、二人でクロノ・エイミィさんの結婚式の祝い品を選ぶ。 しかしクロノとエイミィさんは長年、既に半同棲状態であり、生活用品など日本のハラオウン家に全部揃ってて。 夫婦茶碗とか家具の類とかそういうのを今さら贈られても余るだろう、では何が良いのか? 二人で頭を悩ませたのだが。 結局、真面目に役立つ日用品とか? そういう類のものは四方八方から雨あられと過剰なほど贈られるはずなので。 よし、我々はシャレ優先で行こう! という方向性で同意。 でも俺は、ここはおとなしく「Yes/No枕」程度にしとくべきだと主張したのに。 八神は、いや、シャレに走るなら思い切ってやらねば、大人のおもちゃを見繕ってなどと言い出しやがる。 おいおいせめて避妊具を大箱でとかならまだしも・・・ なに言うとるんや! 新婚さんやねんから、それやったら精力剤を大箱で・・・ あんまり露骨になってはいかんだろ、だったら雰囲気ある布団とかもつけて・・・ そういう婉曲なんはイヤらしい、せやったら思い切ってローターとローションをセットで贈るべきや!ってお前なあ・・・ なんでそんなもんの存在を知ってるんだショックだぞ俺はって少し呆れ悲しい顔をしてやったのに。 ふん、うちのpcにそういうのの通販チェックをした履歴が残っとったでって言われて口に含んでたお茶に咽る。 見ただけだ! 買ってないぞ! お前にそういうの使ったことは一度も無いだろ! 使いたいとは思っとったんやろ! この変態! 普通にあちこち触りまくっとったくせにさらにあんなもん・・・ だから未遂だろうが! だったら無罪だ! 買おうとして調べる時点でイヤらしいんや! 好奇心だろ! 出来心だ! デパートの喫茶店で、そんなことを大声で話し合っていたことに。 その時点でやっと気付く。 周囲から「自重しろバカップル」という冷たい目線が集中している! 二人でコソコソと喫茶店を後にする。 また口ゲンカしながらも、結局、Yes/No枕と精力剤のセットを贈る事にしました。 もちろん医者である俺が選ぶものなんだから、効き目はあるけどそれほどでもなく安全性優先の。 でも意外と効いたらしいと後から分かった。なにせすぐ子供出来たしな、クロノ・エイミィ夫妻。 買い物が終わったあと、また別の喫茶店で、相談にのってもらった。「中核刺激法による魔力中枢増幅」の論文についてだが・・・・・・ 医官、研究員である俺がその職務でベストを尽くすのは当然だから気にすることは無いと言ってくれました。 特に俺の場合は「まっとうな研究員」として表の顔にすらなってる立場、そういう人間は絶対必要であるから。 俺はあくまでそういう立場の人間として大切にされてる、そういう位置にいる。 「まっとうじゃない」研究するような人間は、最初からどこか傷があったりするもので俺には当て嵌まらないと。 うーむ、八神もそういう点で、あまり「まっとうじゃない」方向の仕事もせざるを得なかったりするのかな。 正直心配である。 話が終わって、二人静かにお茶とか飲んでなんとなく黙る。 こういう雰囲気、俺たちには良くあった。別に話すことが無いときは話さずとも互いに平気で・・・ やはり自然だ、一緒にいることが。 しかしそれじゃあ今すぐに、どこぞに連れ込んで押し倒せるか、といえばもちろんそんなことはできない。 それは彼女の意思を尊重してるからで、別に悪いことだとも思えんのだが。 でも月村さんの言葉が思い返される。 「それでもって、押せなかったのはどうして?」「何かが最初から足りなかったみたいに見えたよ?」 八神とこうして会って話すと俺たちはやっぱり一番親しい人間同士。 この距離から遠くなるってことは無いと思える。 だが近づける気もしない。 いや、俺が強引に近づこうって意識が無いのか? 欲望が無いのか? なぜ踏み込まない、もともと俺は無闇に踏み込まない性格で、でも・・・ わからない。 そのまま普通に、俺たち二人は明るく別れた。 昔馴染みの仲の良い友達として・・・ ダメだ、まだ、答えが出ていない。△年△月○日 クロノとエイミィさんが結婚する、そんなことは前々から知っていたわけであるが。 するするといってなかなかしない、その理由がやっと分かった。 リンディさんが、力、入りすぎだったのだ・・・ 息子の晴れの姿を出来る限り多くの人に見てもらいたい! たくさんの人に祝福して欲しい! それにクロノの場合は管理局内で、どこまでも上を目指して頑張ろうってのが本人の意思である以上。 結婚式・披露宴は、仕事上の付き合いや人間関係を徹底的に考慮する必要がある! 直属の上司、前の上司、今の部下、前の部下、協力した同僚、訓練校時代の学友。 それもクロノの側と、エイミィさんの側と両方。学校は二人同じなのだがそれ以外では微妙に違ったり。 これだけでも大変であるが、さらに、ハラオウン家としての付き合いが過去にあった人とか何とかも入ってきたり、いやはや。 招待客全員のスケジュールまで調べて、出来る限り多くの人を・・・って本気で何百人分も調べたとか。 そんなことしていたらいくら時間があっても足りないでしょう・・・ 普通は、招待状に出欠の有無を問う部分があって、そこで都合悪い人は仕方ないからってことになるもんであって。 だが何が何でも一人でも多くの人に出て欲しいリンディさんの辞書に妥協という文字は無かった。 招待客リストの作成、客のスケジュール把握、招待状作成、日付の調整、あれこれしてるうちに軽く半年以上もかかったとか。 リンディさんの旦那さん、クライドさんはクロノが小さい頃に亡くなっている。 どんなにかあの人はこの盛儀が見たかったことだろうと思うと涙が止まらない。 だから、あの人の分も! 私が頑張らなくては! と。 世慣れてて何時もマイペースなリンディさんには実に珍しい・・・・・・まるで姉ちゃんのような暴走っぷり。 一人息子の結婚式ともなれば、ここまで興奮するものなのだろうか。 いや、それにしても興奮し過ぎだろうと・・・ 喫茶店で男三人。クロノ、ユーノ、俺と。 三人の意見はあっさり一致した。うん興奮し過ぎですね明らかにリンディさん。あの人でもあんな風になるとはねぇ。 結婚式・披露宴の準備、暴走する母親、それへの対応で、クロノは疲れ切っている・・・・・・気の毒に。「リンディさんの式じゃなくて、クロノの式なんだからさ、もうちょっときちんと言った方が良いんじゃないかな?」 ユーノが理性的な意見を述べるも。「・・・分かってる、重々分かってる。だが、母はずっと女手一つで僕を育てて来て、苦労をかけてきた、だからある程度は好きなようにやらせてやっても良いのでは、とも思うのだが・・・」 クロノ、言いながらも表情が優れない。「エイミィさんの方は、どんなもんなんだ? 姑が暴走して、嫁さんが置き去りにされて嫁姑関係にヒビが・・・とか、週刊誌ネタとか、ワイドショー的な展開としてよくある話だよな。」 俺も気になったことを質問してみた。「・・・幸い、エイミィは笑ってるばかりでな・・・彼女は大抵のことには動じないとは思っていたが、あれほどとは・・・だが余りにも母が暴走気味なので、すまない、やはりもっと小じんまりとした式をすることにしようかとエイミィに言ってみたのだが・・・」「うん、そしたら?」「『大丈夫だよ、お義母さんには悪気とか一切無いの分かってるから。それにこれも式が終わるまでだよ? 終わったらまたいつものお義母さんに戻るって』と、いつものように微笑みながら確信有り気に諭されてしまってな・・・」「ほほぅ」「だがそれでもエイミィが気を使ってるのでは無いかと心配になって、何度か同じこと聞いてみたが・・・またいつも通りの笑みで話を流されてそれで終わり、それを繰り返した後、ふと気付いたんだがな。」「なにを?」「僕たち二人は、ずっとこうだったんだ。僕が真面目にムキになって、エイミィはそれをからかったり茶化したり、僕がムキになってエイミィに突っ掛かっても、彼女は平然と笑いながら僕の懸念とか全部気軽に流してしまう。自分でも分かってる、僕は真面目になり過ぎて余裕を失うことがある、そういう時にいつでもそばにエイミィがいてくれて、僕の肩に力が入りすぎてるときにリラックスさせてくれていたんだ、彼女がいて初めて僕は本当の僕自身でいられるというか・・・・・・今回の件でも僕はあれこれ心配してムキになってエイミィにしつこく問いただす、それを彼女はいつも通りに軽やかに流す、そうか、いつも通りか、じゃあそれで良いかと・・・・・・きっと一生この調子で一緒にやってけると自然に確信してたから、結婚しようと思ったんだなと今さら気付いた・・・」「・・・・・・」「僕は彼女に甘えてるのかもしれない、甘えているんだろう、甘えさせてもらってるんだろう、悪いと思う、思うがしかしどうしょうも無い、僕にはそういう彼女が必要なんだとはっきり分かったんだ、こういうふうに折々にそれを理解してしまって、やはり僕がプロポーズしようと決断したのは誤りでは無かったのだと・・・」 クロノはいつの間にか一人語りに入ってしまった。 傍観する他二名。「なあユーノ。途中から単なるノロケ話になってるような気がするのは、俺の気のせいかな。」「いやマシュー。間違いじゃないよ。自分には彼女が必要なんだって繰り返してるだけに聞こえるね」「なんというか心配する必要とか無かったような気がしないか?」「奇遇だねマシュー。僕も同感だよ。結局の所、多少なにかあっても、それでも一緒に頑張れる二人だから問題無いんだろうね。」 クロノは、例えばあんなとき、例えばこんなとき、彼女に助けられて来た、彼女は何をするでもない、ただいてくれるだけでも良くて、考えてみれば学校の頃から既に、はじめてあったときからきっと・・・とか。 いい加減にしろと。 クロノがノロケ話するなど、もう無いことかもしれんが。 だがそもそもそういう話ではなかっただろう・・・「おい、クロノ、今日はなんか用事があって呼び出したんじゃ無かったのか?」 なんとか話を引き戻す。そう言われて来たのだそもそも。 やっと目が覚めるクロノ、すまないと一言謝り。「そうだったな、うん、それで結局、やっと、式の方の日時は決まったんだよ。」「おお! 良かったじゃないか。」「式の方、だけ? 披露宴は・・・」「まず、身内や親しい人たちだけで集まって式をする、こっちの日時は人数少ないから合わせやすい。それでなんとか式だけは決まったんだよ、式だけは・・・」「来賓多数の披露宴のスケジュールはまだ難航中?」「いや、そっちも目処が立ってきた。だがとにかく僕としては一刻も早くきちんと式をあげて、はっきりしたい。だから日時も僕主導で決めて、こうして知り合い全員に言って回って、さすがの母でも後から無しにしてくれとは言えない状態にしてしまおうと・・・」「なるほど・・・」「それじゃあ僕達の方からリンディさんに、式の日時を了解しましたとか連絡した方が良いかな?」「ああ・・・すまんがそうしてくれると助かる・・・」「了解」 クロノは疲れながらも幸せそうな顔で帰っていった。 結婚式披露宴準備が大変でも。そこで多少問題が起こっても。 それもこれも全部、大したことじゃ無い・・・か。 その程度のことは、二人ならいつもの調子で乗り越えられる、そういう確信が互いにあって。 だからもうこれまでもそうだったけど正式に、一緒に生きていこうと決める、結婚する、と。 少し、考え込んだ。 実はユーノも考えていたらしい。独り言みたいに呟いた。「どうしても彼女が必要、か・・・・・・クロノも言うね。」「まあな・・・しかしリンディさんに振り回され過ぎな観もあるが・・・」「マザコン気味なのは事実だろうね。でもエイミィさんは当然それもコミで結婚するわけだし?」「だよなぁ・・・つまりそんなことは二人にとって大した問題じゃ無いってわけだ。」「マシューの場合、シスコンが障害になってるのかな? 聞いた話じゃ、そうとも思えたんだよね、正直言って。」「・・・そうなのかなぁ・・・俺は一人で決めてるつもりでも、どっかに姉ちゃんの影響があんのかなぁ・・・」「いや真剣に悩まないでよ。僕には肉親とかいないから分からないけどさ・・・」「む・・・」「でも実の母親とか、実の姉とかね、そういう疑う余地の無い完全無欠に身内って感じの人には? やっぱり特別な感情を抱いて、いつもどこかで大事に思うなんてのは、当然の気持ちなんじゃないのかなって思うよ。」「・・・あぁ」「必要として自分から求める異性、配偶者ってのは、あくまで後から見つかる、見つけるものだけど・・・・・・身内ってのは最初からある前提みたいなものじゃないのかな。大切に思うって点では似ていても、別の気持ちなんだろうと思う。」「・・・そういってくれると助かる」 少し水を飲むユーノ。まだ話したいようだ。俺もなんとなく聞きたい気分。こいつは非常に分析的な優れた思考をしていて、話してると意外な発見が多いのだ。「さっきクロノが自分にはエイミィさんが必要なんだって言ったけどさ。」「ああ」「同じことはエイミィさんにも言えると思うんだよ。エイミィさんが人をからかうのが好きな明るい性格なのは元からで、彼女は基本的に楽しく過ごせれば良いみたいな感覚があって? クロノみたいに真面目に、とことん真面目に成り切るってのは難しいんじゃないかな? 自分には不足しがちな真面目成分を補給してくれるクロノって存在が必要なのは、彼と一緒にいて気持ちが安定するってのは、きっとエイミィさんの方も同じなんじゃないかな? だから二人は二人とも互いを必要としてるんだ」「多分、そうだろな」「そう考えると僕達の道は困難だって自覚しちゃうよね」「・・・・・・」「特に僕はね・・・考古学が好きで本が好きで、将来は考古学者として一本立ちしたいなぁってのが僕の夢なんだけどさ、結局のところ僕はなんというか考え込む学者タイプであって・・・そんな僕からみると、なのははいつでも眩しくて光り輝いていて、彼女の快活さとか、まず行動に移すって行動力とかね・・・ただ一緒にいるだけでも僕のほうは気持ちも明るくなって、いつもよりも考えがまとまったり勉強が進んだりとかもするし、もちろんそれ以前に近くにいるだけでただ嬉しい、楽しいんだけど・・・」「いや、お前も単身ジュエルシード回収に飛び出したりとかさ、行動力はあるんでね?」「あぁ~・・・確かにそういうこともしたけどさ、あれは自分でも分かってるけど・・・考え足らずな子供の暴走だったよね・・・正式な渡航許可とかとってなかっただけじゃなくて、僕一人では結局二つも封印できず力尽きたり・・・本当に責任感のある行動だとは言えない・・・いや僕は今になって反省するとそう思うし、だから今後はそういう無茶な行動とかしないと思うし、つまり僕はやはりそういうタイプの人間なんだよ・・・芯から行動派のなのはとは違ってさ・・・」「むぅ・・・」「それで、最終的にはさ・・・問題は、彼女のほうだよね・・・僕にとって彼女が必要でも、彼女が僕を必要としてくれるのか・・・そこがね、本当にそこが・・・どうしても自信が持てない・・・」「んん・・・」「マシューの方も似たようなもの? 仕事が大好きな彼女に、本当に必要とされてるか分からない感じなのかな」「・・・うーん、どうだろな・・・」 なんとなく、二人とも考え込みながら。 そのあとも30分ばかりとりとめもない話をしたりした後。 とりあえずユーノと別れて、宿舎に向かいながら考えた。 前に月村さんは「熱烈な恋愛してない」云々と言ったが、しかしクロノとエイミィさんの例を見てみるに。 あの二人も長年、友達付き合いしてきて、そのうち結婚したパターン、やはりそれもアリなんだよ普通に。 ただあの二人の場合は、互いに互いが必要であるときちんと自覚して、だったら一緒になるしかないと同意したわけで。 そのためには多少問題があるくらいどうってことない、重要なのは第一に、二人が一緒にいること。 あぁ~~~・・・ここが痛い、痛い、実に痛いな。 問題があるから距離を置こうといって同意してしまった俺と八神とは違い過ぎる。 俺達の方の問題は深刻? とか考えるのは自惚れだろう。 クロノとエイミィさんは長年の相棒で、二人の間には仕事上もそれ以外も様々な・・・別れの危機ってのがあったはずだと思う。 でもそこをなんとかして二人は一緒に頑張り続けて来たんだろう。 クロノが命の危険のある場所に飛び込んだこともあったろう、それをただ見ていなくてはならなかった時もあったろう。 そういうのを見て一緒にいるのが疲れたとき、もう離れてしまって、不安とか心配とかしないですむ部署に移ろうかなとか。 エイミィさんが思ってしまったこともあったろう。 だけど二人は乗り越えた、と。 乗り越えて、やっぱり一緒にいようと決めた、と。 ・・・いや待て、だから、だ。 一回や二回、別れの危機があっても、それを乗り越えてそれでもと。 そこまで行かねば本物では無いと思うんだ。 今は確かに離れてしまってるわけだが、そう、それでもやっぱりって・・・なれば間違いなく本物だろう。「互いに、互いを、必要とする・・・・・・わけ、か」 八神は5歳の頃から共に身を寄せ合うようにして生きてきて、ほとんど身内に近い感覚がある。 そうだなつまりユーノの言い方を借りれば「後から探し出した伴侶ってわけではなく、最初からいた人、前提」みたいな感じで。 でもそれだと姉ちゃんとかと、かぶる感覚ってわけか? それじゃあダメだよな。 つまり「昔からいたから」「ずっとこれまでは一緒だったから」じゃなくて。 今の、俺が、彼女を、必要とする、理由。 ずっと一緒だったからこんなに顔も見ないで過ごすのは違和感がある。 先日会ったがそれも数ヶ月ぶりとかだったしな、こういう状態ってのは・・・ なにか日常の一部が欠落した感覚がある、それは事実だが。 それとは別に。 彼女が必要なわけ。 あるよな。絶対ある、それには確信があるのだが。 「近すぎて見えなかったものが多かった」って言ったのは八神だったが。 なるほどその通り。 でも大丈夫、絶対に見つかるって思える。 ・・・・・・見つからなかったら? いや見つかるから大丈夫。 ・・・・・・まずは体治そう、それからだ・・・・・・(あとがき) 前半部、クロノ・エイミィの結婚祝い選びに久しぶりに八神と会うも、二人の仲には進展なし。 むしろこれは治療イベントの一環、治療イベントは一段階進みましたが、それだけ。 ユーノの人物像については独自解釈あるかも。自覚してたか疑問な原作と異なり、明確に自覚してる本作ではこういう感じで。