マシュー・バニングスの日常 第七十二話○年△月○日 アメリカの大学に通うようになってしばらくすると、俺たち姉弟には親父から新たな仕事・・・「社交」ってもんをするよう命じられるようになった。あちこちのパーティに顔を出す、そして顔を覚えてもらう、まずはそれから。これは特に姉ちゃんにとっては重要なれっきとした「仕事」であり、将来バニングス家を率いる立場になる姉ちゃんは・・・あらゆるパーティに出席して可能な限り顔を売る必要があるのだな。 政界財界の著名人とかたくさん来るパーティに出て上品に会話しながら顔を覚えてもらい仕事に繋がる話とかもして。 まだ16とは言え際立つ美貌の姉ちゃんは考えなしに粉かけてくるアホ男からの誘いも優雅に回避せねばならなかったりして。 それはもう無茶苦茶疲れるそうだ。本気で仕事、出される料理とか最高級でもとても食う気になれんと。 せめてエスコートする男がいれば良い、でもそのへんの変な男を気軽にそういう立場にするわけにも行かない。だからせめてあんたが来いと姉ちゃんが俺に言うのは当然の流れ。本当に気疲れする、せめてあんたでもいてくれないとと・・・慣れない社交で結構へこんでる姉ちゃんの頼みでは俺は聞かないわけにはいかない。そもそも病弱とは言え長男であるくせにそういう仕事を姉ちゃんにやってもらって甘えてるわけだし。できることはして、手伝わねばならん。 しかし出てみても本気で退屈である。こういう世界の人間は非常にシビアなもので、バニングス家の人間とはいえ俺が病弱で後継者から外れてるとか当然知ってて。ゆえに俺は気楽なものである、姉ちゃんがあちこちいって挨拶したり話したりしてるのについてく程度。手持ち無沙汰な待ち時間ばかりだが、しかし姉ちゃん本当に大変そうだしな・・・身内だからこそ分かるのだが、あれは本気で疲れてる。優雅に上品にってのはともかく、おしとやかに振舞わねばならないってのは姉ちゃんにはかなりきついのだ。本来強引なほど活発でアクティビティの塊みたいな人だし。だからせめて俺は付き添って出て退屈なパーティに耐えつつ、手助けできることはして、と。 一月に2~3回はそんなパーティがある、俺は都合の付く限り姉ちゃんに付き添って出ていた。 そんな日々にも少しずつ慣れてきたころ。 とある米国財界の大物主催のパーティが開かれた。ゲスト的な立場としてドイツ、日本の財界人が招待されてる。 そこで俺は久しぶりに、月村さんに再会した。 その時、姉ちゃんは例によってあちこち挨拶回り、俺は壁際の椅子に座ってそれ待ち。「ひさしぶり。」 と言って話しかけてきた美女、最初は誰か一瞬分からなかった。 紫掛かって見えるほどの艶やかな長い黒髪を結い上げて、それに合った紫色の華麗なイブニングドレス、こういう本気の正装してるのを見るのは初めてだったので分からなくても仕方ない部分はあったと思う。しかしこういう格好すると正にお嬢様だな。客観的に見て・・・姉ちゃんにも全然負けてないレベルだ、後は好みの違いだけで、俺としては実はこういうシックな方が・・・ こういう席でバニングス家にコネ作りたい人間なら姉ちゃんのほうに行くわけで、現に今も遠くで誰かに挨拶してる姉ちゃんの周りにはそれが終わったら姉ちゃんに話しかけようって人間が群がっている状態で。だから俺に話しかけてくる人なんて珍しい。 だけど分からなかったのはほんの数秒。やはり小さい頃から良く知ってるし。「だね~半年ぶり・・・以上かな? 月村さん。」 彼女は優雅に微笑む。ううむ姉ちゃんと違って芯から、おしとやかなので無理が無い。 俺の横の席に座って彼女は話しかけてくる。「今、一瞬、分からなかったでしょ。」「・・・ごめん、だってほら、見違えたし、やっぱり中学の制服見慣れてたしなあ、そこは大目に見てよ。」「私は見慣れないタキシード姿でも、マシュー君、すぐに分かったけどなあ。」「ごめんてば、ほんとに見違えて・・・」「そう、それじゃあ今日の私を見て言うことは?」「すごい似合ってるよ、きれいだ。」「うわ・・・つまんない、平気でそういうこといえるんだ。」「姉ちゃんに鍛えられてるしな。褒めないと怒るんだよあの人、理不尽に。」「そっか。」 このパーティに招待される側として月村財閥も来てたそうだ。ただ本来なら後見人でもある伯母が出席する予定だったのだが、急用が入ってしまって、そしてそれでもこれは出なくてはならないパーティで。月村家はドイツと日本では強いのだがアメリカでの地盤は弱い、だから可能な限り顔を出さねばならない、それも月村家当主に近ければ近いほど良い、そこで比較的ヒマだった月村さんが急遽、代打で出ることになったそうな。重役の人とかも付き添ってきてるから彼女はあくまで「顔」の役、だけどそういう人間がいなくては話にならんってことで。いや大変だな月村さんも。彼女は当主でも次期当主でも無いから、姉ちゃんほどに忙しくは無いそうだが、それでもこういう社交儀礼に駆り出されるのは初めてではないそうだ。 久しぶりなのでそれなりに会話も弾む。互いに近況を語り合ったり。 中学までは楽しかったなって月村さん、ぽろりと本音ぽいのをこぼしたり。 そうこう話してるうちに・・・なんか急に意味ありげな微笑みを月村さんは浮かべて、切り込んできた。「はやてちゃんと別れたって?」「・・・そうか、月村さんにバレないわけがなかったか・・・」「当然ね? それで、どうして別れたの?」 ぬぬぬ・・・なんか強引だな・・・らしくない気がするのだが。 いや、女性というのはこういうゴシップ的な話が好きなのだろうか結局。 そういうの大騒ぎして楽しむのは姉ちゃんとかだけで、月村さんは例外なのではと思ってた俺の夢が壊れたぜ。「まあ、ありがちな話、あいつも仕事忙しいし、今はお互い距離を置いたほうがいいのではってさ、話し合って・・・」「ふーん。それだけが理由?」「・・・まあね。」 あんまり詳しく話したいことでもない。 そういうことを察してくれない人ではないはずなのに。 なんだか今日の月村さんはちょっと違った。「あのね、私のお姉ちゃんの話なんだけど。」「なんだよ急に・・・忍さんがどうしたって?」「お姉ちゃんはね、恭也さんに恋したの、本当に夢中で、その間は普通じゃなかったよ? 四六時中上の空で情緒不安定で・・・」「へえ、あの忍さんがね・・・」「それを踏まえた上で聞きたいんだけどね、マシューくん。」「なに?」「ねえ、いつも冷静なマシューくん? そういうふうになったことあるの?」「は?」「はやてちゃんに。そういうふうになったことあるの?」「いや・・・それは無いかもだけど・・・」「それって本当に恋してたのかな?」 微笑を浮かべてはいるが目は冷静で真剣に、月村さんは俺にきいてきた。 俺は言葉に詰まった。咄嗟に言い返せなかった。 確かに、そういうふうになったことは無い。「・・・だけどさ、友達の延長みたいな感じで・・・日常的に穏やかに自然とだな・・・」 むにゃむにゃと反論する俺を月村さんは容赦なく切る。「ねえマシューくん、私たちも友達だよね?」「ああ、そうだよ。」「はやてちゃんも友達、ただし間違いなく一番近い距離だった。」「・・・」「距離の違い、それだけ? 私とマシューくんが友達であることと、はやてちゃんとの関係、両者の決定的な違いはどこ?」「・・・いや、しかし・・・」「はやてちゃんの方が一年ばかり先に知り合っただけ? その分、近かっただけ?」「だけど、うう・・・」 違う。 そうじゃないはず。 決定的な何かがあったはず。 それは何だったのだ。 俺は八神を好きであるはず。 そうだ結婚しても良いと思ったのは嘘じゃない。 だからそう思うようになった何か決定的な・・・ だがとっさに言葉に出来ない、わからない。 そこで俺は反論できず黙るしかなかった。 そんな俺に月村さんはさらに追撃してくる。「私から見たらね、貴方たち二人には最初から・・・何か決定的な要素が欠けていたみたいに見えてたよ? ずっとね。」「そんなことはない!」 我にも非ず立ち上がり、少しキツイ声を出してしまった。 周囲の人が何事かと振り向くので我に返り。 再び席に座る。「ごめんねマシューくん、ちょっときついこと言っちゃったね。」 謝ってるのだが本気で謝ってるようにも見えん。こういうことを言うのは。「なんか・・・月村さん、らしくないよ。」 愚痴というか泣き言みたいなことを俺は言ってしまった。「そうかもね。でもね、言っておかなきゃならない理由もあるんだよ?」「・・・なんだよ、それ。」「まだ正式な話じゃない、せいぜい軽い打診程度なんだけどね。」「ん?」「バニングス家から月村家に、マシューくんと私の縁談話が持ち込まれました。」「な!?」 驚いた。その話、いつか姉ちゃんが持ち出すことは覚悟してたが。まだ猶予期間だからってことになってるかと。「アリサちゃん経由じゃないよ? マシューくんのお父さんからの話、だから本気で正式。でもまだ打診。だけど打診とは言え・・・」「親父・・・手回しが早い・・・くそ、俺は何も聞いてないぞ・・・」「だから打診程度だってば。でもそれもマシューくんのお父さんの親心だと思うよ? 実際まだ治ってないんでしょ、体。」「ああ、そうだよ。」「理解した上で、嫁になってくれそうな娘、しかも政略結婚としても私とマシューくんなら凄く良い話だし?」「・・・・・・」「多分その内、どちらからともなく自然に出た話だと思うな。」「・・・だろね。」「アリサちゃんもそうだし、私もそう。政略結婚の話から逃れるとか不可能だし?」「忍さんはさ・・・」「お姉ちゃんは恋愛結婚しようとしてるしね・・・でも純粋に護衛として考えれば恭也さんの存在も意味あるよ?」「でも忍さんは政略結婚とか強制する人じゃ」「無いよね、でもマシューくん、例えばアリサちゃんは政略結婚するとして、それを強制されてするのかな?」「・・・無いな。それが必要だと割り切ってするだろな・・・それも義務であると考えて。」「私も同じ。月村家に生まれた以上それが必要ならそうする、それは私自身の意思。」「・・・分かるけどさ。」「でもねマシューくん?」 にこりと可憐に微笑む彼女。「どうせ政略結婚するとしても、出来ればそれはそれで可能な限り幸せになれるような・・・結婚したいじゃない?」「当然だろね。」「きっとアリサちゃんもそのへん上手く調整して結婚するんだと思うな。」「ああ、姉ちゃんなら上手くやるだろう。」「だから私は正直、私たちの縁談、乗り気です。」「はい!? いや、知っての通り俺は体が完治してないし」「そんなことを気にする私でしょうか?」「・・・すいません。」「それにマシューくんの事情は体だけじゃなくて、魔法だとかもね、色々とあるじゃない?」「そうだね。」「そういう風に事情を抱えてる人間が自分だけだと思わない方がいいよ。私にも結構、深刻な事情があるかもよ?」「・・・想像も付かんが。」「だろうね。でも、だから私にとって・・・まず信頼できる人であるかどうか、すごく大きいの。」「はあ。」「マシューくんなら昔から良く知ってて、そこは問題ない。これだけで物凄く大きいんだよ? マシューくんの想像以上にね。」「・・・よくわからんが。」 謎めいた微笑み、直接に答えは言わず、彼女は言葉を続ける。「単純に政略結婚としてもこれ以上の話なんて滅多に無いし? だから私は乗り気、分かった?」「いや、でもさ、俺は八神が」「そこでその問題になるわけね。マシューくん、貴方は本当に本当に、はやてちゃんが好きなの?」「好きだよ」「恋焦がれたこととか無いのに? 友達の延長みたいだったのに? 他の女友達との例えば私との決定的な違いはどこ?」「うぅ・・・」「彼女の意思を尊重して離れた? 尊重して引けるくらいの気持ちだった? それでもって押せなかったのはどうして?」「それは、俺の体が」「はやてちゃんがマシュー君の体の問題を今さら気にする? ありえないよね? わかってるんでしょ?」「・・・・・・」 何も言えなくなる。 言葉に詰まる俺を見て彼女は微笑み。「はい、それじゃあこれから一緒に考えましょう? マシューくんは、はやてちゃんを本当に女として愛しているのか?」「・・・・・・」「そこを私に納得させてくれたらこの縁談、私のほうから断ってあげる。でもダメだったら。」「だったら?」「これ以上良い話なんてあるとは思えないので、諦めて結婚して貰います。私たちもともと仲良しの友達だし? 家柄も釣り合っていて政略結婚として理想的、うん、これ以上の話なんて普通無いね。」「いぃ!? いや、ほんとにそれで・・・」「悪くないと思うよ? それに大体・・・小学校低学年くらいの頃はマシュー君は。」「ん?」「私のこと、一番かわいい女の子だと思ってたでしょ?」「ぶほっ!」「やっぱりね。一番親しい友達は、はやてちゃん。でも女の子としては私だったんだ。」「いや・・・しかし・・・それは昔で」「今は、はやてちゃんが好きなはずだと、はいはい、そこを頑張って私に納得させてね?」 月村さんの魅力的な微笑を、俺はほとんど見ていなかった。 縁談云々の問題じゃなくて。 俺と八神の間にあったはずの決定的な何かを・・・一生懸命探して・・・ おかしい。 実際に一緒に暮らして毎日のように顔を見てれば迷いなんて何も無かったのに。 こうして距離を置くだけで。 そんなことも分からなくなってしまうのか。 分からない。 俺は迷ってる。 挨拶まわりから一時的に開放された姉ちゃんが、月村さんを見て驚いて二人で会話を始めて。 既に縁談打診がされていたことを教えられて、頭越しにされた姉ちゃんが苦い顔とかして。「まだ内々の話だけど、婚約者だね、これからよろしくね、アリサお姉さま?」「・・・これまで通りで良いわよ、正式な話とかじゃ無いんだし・・・だから婚約者ってわけでも・・・」「今度さ、うちのお姉ちゃんの結婚式があるんだけど。」「知ってるわよ、それがなに?」「そのときマシュー君、月村家側の親族席に座ってもらって良いかな?」「はぁ!? なんでよ、普通に友人席でいいじゃない!」「あちこちからお客様をお招きするし、そういう席で少しずつ一緒の席に座ってもらって認知度を高めていって・・・」「だから! まだ正式にどうこうって話じゃないんでしょ! それなのにそんなことしたら引っ込みが・・・」「つかなくなるかもね、それが悪いのかな? ねえアリサちゃん、私は乗り気なんだけど?」「な、なんでよ、別にあんたはそんなに本気で好きだとかそういうこと・・・」「友達としては最初から好きだし、結婚すれば自然に夫婦としても大事に思えるようになるんじゃないかな? 政略結婚としては、そういう関係こそが最上、こんなに理想的な政略結婚の話とか無いよ? 分かってるんでしょう、アリサちゃん。」「で、でも・・・」 なんだか姉ちゃんが押され気味で、姉弟揃って月村さんに圧倒されてしまったようだが・・・ 俺はそれどころではなく。 考え続けた。 そうか「離れて二人の関係を見詰め直したい」と言ったのは八神だったが。 こういうことか、確かにあいつは正しかったのか。 俺に決定的な何かが足りなかったから、だからあいつは離れたのか。 それが何なのか。 再発見せねば。 きっと体が治っても。 昔のような関係には戻れないのかもしれない。(あとがき) すずか固定イベント「偶然?の再会」、連続して「本当に好きなの?(1)」発生。 中学卒業以来大体7~8ヶ月ぶりかな、すずか登場。無茶強い。自覚を拒んでるなのはより遥かに。 家同士の関係でも、夜の一族としての秘密の問題でも、幼馴染マシューは優良物件すぎる。 すずかが一番精神的に大人なのかも知れない。弟離れできないアリサをも引っ掻き回して圧倒する予定。 これを見越して、今は懐かしい無印編と幕間、入院日記とかで「月村さんが真のヒロインだ」とか言ってたのなら作者は本当に凄いのですが、実際には偶然であります。そこまで計算とか出来るわけが無いw でも折角前に書いたし伏線だったことにしましたww マシューここから迷います。フラフラします。きっと見ててイライラする男として振舞ってしまうことでしょう。 形だけ離れただけど思っていたけどそれだけで済まない、心の状態も本当にニュートラルに近くなり。 それでも八神だ! と再確認するかどうか。さてそこが重要な分岐点、自覚できるのか。 自覚できなければ、すずかに押し切られます。別にそれでいいじゃん、彼女の言う通りそれなりに幸せになれそうだしとかw 次はまずギンガ、そして治療イベント本編に。 治療イベントを本気で進めると自然に本筋、正ヒロイン八神と出会う機会も多くなるかも。 そこで再認識できるかどうかですねぇ。 治療イベント本編後、余裕あるようなら、久しぶりになのはさんと戦闘イベント行くかも・・・そこまでは無理かな・・・