マシュー・バニングスの日常 第七話 プレシアさんの自宅崩壊、生死不明で争いの幕は閉じた・・・ 娘のテスタロッサさんの処遇問題とかは残ったものの、ジュエルシードを巡る問題は、大体片付いたわけだ。 んで、一連の事件が片付いて、高町さんは悩みも晴れてスッキリした顔で登校したそうだ。 すると今度は姉ちゃんが、この世の終わりみたいなこれ以下は無いほどに暗い、陰隠滅滅とした雰囲気を漂わせている。 そこで高町さんは、俺が倒れたこと、今度はこれまでになく重態で、今は人工呼吸器と点滴で何とか生命維持してるだけの植物状態であることを知る。 その日の放課後、月村さんも一緒に再び俺の見舞いに来た3人。機械とかチューブだらけで何とか生きてるだけの状態の俺を見て、高町さんは非常の決心をする。 怒られてもいい、どんな処分でも受ける、でももしかしてマシュー君を助ける方法があるのなら・・・ 高町さんは二人を自分の部屋に呼び、これまでの事件の経緯と、魔法というものの存在について、実演つきで説明したそうだ。 考えてみれば姉ちゃんはともかく月村さんにまで説明する必要は無かったような気もするが・・・ 一通り説明が終わり、二人がなんとか納得したところで、クロノが部屋の中に転送で現れたそうだ。 クロノは別に高町さんを咎めず、こうなってはしょうがない、とりあえず一回、艦長に会ってもらおう、とアースラに呼んだ。 そこでリンディさんから、俺の病気は魔法的疾患の可能性が高いこと、根治には魔法的治療しかないと思われること、しかしそのためには、こことは違う異世界ミッドチルダの病院に長期入院する必要性があることを説明された。 姉ちゃんの決断は速かったそうだ。全く迷い無く。「どんなことでもするし、いくらでも払う、弟を助けてください。」 誇り高い姉ちゃんが、土下座しそうな勢いで頭を下げたそうだ・・・「とまあそういう経緯で、君はここにいるわけね。」「なるほど・・・納得しました。いくつか質問いいですか?」「なにかしら?」「まず高町さんですけど、魔法をバラしたことで何か咎められたりするんでしょうか?」「それは無いわ。そもそも君を植物状態にまでしまったのはこちらの過失。遅かれ早かれ接触するつもりだったからね。彼女が少々、先走ったくらいのことは問題にならない。」「そうですか・・・」 ちょっと安心する。高町さんの心に、これ以上負担をかけたくないからな。 そんな俺を見てリンディさんが微笑んでるのはスルーしてと。「次に、肝心な問題ですが・・・治療費の方は?」「私たちが妙な接触をしようとしなければ、君はあんな重態にまではならなかったはずよ。だから治療費はこっちで持つわ。」「それは、公費でそういうのが出るってことですか?」「その辺は心配することないわよ?」「公費で出るんですか? それともリンディさんが個人的に払おうとか考えてます? その辺をはっきりしないと、後で姉ちゃんに追求されますので。ちゃんと教えてください。」「しっかりしてるのね。しょうがない、正直に言うと、管理外世界の住人への過失傷害では、せいぜい出てもお見舞金くらいしか下りないし、君のように長期治療が必要な重病人の治療費までは出ないわね。だから私たちで出すつもり。」「私たち?」「私と、クロノ、それにエイミィも責任感じて、少し出すって言ってるのよ。」「それは地球の通貨なり、貴金属なりで代替できますか?」「通貨は難しいわね・・・貴金属はモノによるけど・・・でもホント気にしないでいいのよ? 君を重態にした過失責任は、確かに私たちの側にあるのだから。賠償だと思って素直に受け取ってくれないかしら?」「そうですか・・・まあその辺は、姉ちゃんとも相談して決めますよ。」 確かに賠償を受け取る権利もあるような気もするが。しかし一方的に恩を着せられるような感じもするし。要相談だな。「そだ、最後に、姉ちゃんと連絡取れますか?」「ええ大丈夫よ。専用の端末をアリサさんに貸してあるから。」「それっていつでも大丈夫ですか? その・・ミッドなんとかとかいう世界にいっても通話可能ですか?」「ミッドチルダね。異世界間通信になると専用の通信機が必要になるから、少し手間取るけど、大丈夫、ちゃんと通信できるわ。」「そうですか。んじゃとりあえず連絡入れたいんですけど・・・」「わかったわ。それでは席を外すわね。その枕もとのボタンがナースコールになってるから。何かあったら呼んでね。」 通信端末の説明をして、部屋を出て行く3人。俺は何とか身を起こして、端末のスイッチを入れた。 学校帰りに、肌身離さず持っている端末から呼び出し音が響いた。 一緒にいたなのは、すずか、ユーノも反応する。「ユーノ君、結界張って!」「わかった!」「え、なんでわざわざ・・」 いきなり目の前にディスプレイのような画面が宙に浮いて現れる。 思ったより元気そうだ。顔色はまだ悪いけど。ちゃんと動いてる。目を開けてる。起きてる。生きてる・・・「よう姉ちゃん。今起きたんだよ。なんか色んな説明を怒涛のように受けて頭がパンクしそうだよ・・・っていきなり泣くなよ。」 いつの間にか私は涙を流していたらしい。「うるさい! 散々心配かけて! 今度こそ死んだかと思ったじゃない! あんたほんとに・・・!」 言葉が出てこない。たった一人の弟が、生きていてくれた。連絡の無かった10日余り、毎日毎晩、神経を磨り減らしていたのがうそのように解消される。 涙で言葉に詰まる私の肩を、すずかとなのはが優しく抱いてくれた。 マシューのバカは私から気まずそうに目をそらして、なのはに話題をそらした。「あ、高町さん。なんかマジで魔法少女になったって聞いたけど、ほんとなの?」「ほんとだよ~ここで変身して見せようか?」「いや、いーわ。考えてみれば様子が変だったのは、こういうことだったのかって納得しちまったし。」「にゃはは・・・マシュー君には実はすごくお世話になりました。」「そーだ地図、結局、返してもらってないなあ。」「あれほんとに助かったんだよ~今度なにかお返しするね!」「ん~期待しとく。俺はこのまま入院なのかな? ああその辺の細かいことも聞いてないや。え? なんすか? 検査? はい分かりました。ごめん姉ちゃん。とりあえず、起きたっていう報告だけで。なんか検査とかいろいろするんだってさ。 また夜に連絡するわ。」「絶対連絡しなさいよ!」「するってば。いろいろ相談もあるし。じゃあ月村さんもまたね~」 通信は途切れた。結界も消えた。「ねえ・・・すずか、なのは、今日って何か用事ある?」「ないけど。」「ないよ~」「マシューが目覚めたパーティーやるわよ! 翠屋で! 今日は何でも奢るわ!」 アースラの地球付近での任務が終わって、ミッドチルダに帰還する日が来た。 なんでもテスタロッサさんと高町さんは、激闘の末に友情が生まれたそうで、別れる前に一度、会いたいということで、最後に地球を訪問することになった。このへんは人情措置らしい。しかし殴りあった末に友情が生まれたって・・・どこの熱血マンガだよと内心で突っ込みたくなった。 俺は大して良くなっていないが、発作も起きていない。なんでも専門的な医療機関に入院するまでは、下手な治療を試みることなく、症状を抑えることだけに集中しているそうだ。その俺も一時帰還、姉ちゃんとしばしの別れを惜しんだ。「なのはだよ。名前で呼んでフェイトちゃん。」「うん、なのは。」とか友情劇を繰り広げてるところから少し離れて、俺と姉ちゃんは話している。「んで、父さんと母さんにはどう説明したんだよ。」「それがね。時空管理局って組織のこと、父さん知ってたわよ。」「マジかよ。」「政界とか財界のトップになると、意外と知ってる人も多いんだって。ただこちらからコンタクトを意図的に取るってことはすごく困難で、今回のことみたいな偶然でもなければ無理みたいね。」「へ~。まあそういうもんかねえ。よくわからんけど。」「とにかく! 今は余計なこと考えないで、体を治すことだけ考えなさいよ!」「分かってるよ。船医さんとも話し合ったんだけど、やはり少なくとも3~4ヶ月は完全に入院する覚悟しとけってさ。」「それで治るなら大した事無い期間だわ。」「あと、結局魔力の運用に偏りがあるって問題だから、自力でも魔力コントロールが出来るように魔法の勉強もするように薦められたよ。治療されつつ、魔法の勉強もしなくちゃならんって・・・ああメンドイ。」「自分の体のためなんだから頑張りなさい!」「ん、わかってるって。あとさあ・・・もしもちゃんと体が治ったときの話なんだけどさ。」「もしとか言うな!」「ごめんって。じゃ、体が治ったときの話なんだけど。」「なによ。」「姉ちゃんには悪いんだけどさ、俺さぁ・・・医者になりたいかも。」「へ? 何が悪いのよ。」「いや、バニングスの家のこととか全部、姉ちゃんに負わせることになっちゃうかな~と。」「あ・ん・た・ね~!」「痛い痛いつねるな!」「くだらないこと気にしてんじゃないの! 医者になりたい? 結構じゃないの! 元気になって、そんで立派な医者になって、病気の子供たちを助けてあげなさい!」「まだそんなにはっきり決めてるわけでもないよ? 漠然と、将来のこととか、考えられるようになっただけというか。」「うん、いい傾向よ。あんたこれまでは何だかんだ言っても将来とか丸きり諦めてたでしょ?」「なんだバレてたか。」「お姉さまを舐めるんじゃないわよ。でもそんなあんたが、やっと自分にも将来があるって可能性を考えられるようになった。うん、すごくいい傾向だわ。別に医者じゃなくてもいいから、とにかく元気になって将来につながる生き方をしなさい!」「うん、わかった。」 姉ちゃんの優しい手が俺の頬を撫でる。「・・・もう少し肉付きが良ければ、私に似た美形になるはずなのにな~あんたもう少し太りなさいよ?」「おし、肥満体になって驚かせてやる。」「バカ言ってんじゃないわよ・・・マシュー元気でね。一週間に一回は連絡してね。」「ああ。姉ちゃんも元気でな。」 ぎゅううううっと、痛いくらい姉ちゃんは俺を抱きしめた。 そして俺は旅立った。異世界ミッドチルダへ。 個室を独占してた少年の姿が消えうせ、同時に彼の私物のゲームなども回収されて寂しくなってしまった病室を見て・・・ 車椅子に座った少女は一人寂しくベッドを眺めていた。「マーくん、転院したんですか?」「そうなんや・・・植物状態が続くから、それを直せるかもしれん遠くの病院に・・・」「ひどいなあマーくん。結局私になんも言ってくれへんかった・・・」「また会えるかな・・・もし会えたら・・・」「まずは一発、どついたる!」 病院で出来た友人と死別する経験を、既に彼女は何度もしていた。 でも彼とはきっといつか会える・・・そんな根拠の無い確信が何故か胸にあった。 ベッドに座り、自分にゲームで勝って喜ぶ少年の姿を幻視して・・・ 八神はやては少しだけ、涙ぐんだ。(あとがき) 主人公は指を動かして地図に印をつけただけで無印編終了。 寝たきり主人公、治療編に続きます。