マシュー・バニングスの日常 第六十三話「で、まず最初に言っておきたいことがあるんだが。」 八神が席に座ったすぐ後、俺が話し出す。「ちょっと待って。」 八神は止める。うんそれも予想内。「先に事情説明させて。」「駄目だ。」 一刀両断。八神絶句。「さっきも言ったが、俺に悪いことしたと思ってんだろ?」「・・・うん。」「じゃあ俺が先だ。諦めろ。」 しかし八神、簡単に同意しない。しばらく俺の目をじっと見詰めて。 いきなり卓上に頭ぶつける勢いで、頭を下げた。「お願い! お願いします! 私に先に話しさせて!」 これまで聞いたこと無いくらいの切羽詰まった口調でそう言う。 むむ、どうするべきか・・・☆ ☆ ☆ あかんでこれはヤバい。 マーくん、私が負い目を持ってる言う事、私が悪いことしたと思っとる言う事。 このカードをとことん利用する気やな。 そんでことあるごとにこのカード出してきて私を黙らせて。 最終的には「俺が許すって言ってんだから問題無い黙ってろ」とか。 そういう結論に無理やり持ってくつもりや、間違い無い、ほんまアホやどんだけ私に甘いねん。 せやからこのカードはなるべく早く使えへんようにしとかんと。 一方的にマーくんの言うこと聞くハメになってまう。 でもマーくんがそのカード振り回したら私も言う事聞くしか無くなる言うんも事実。 それは言わんといてと、こうして正面からお願いして・・・それを使わんようにマーくんに自主規制してもらうしかない。 ここは交渉の最初の山場やな・・・しかしマーくん乗ってくれるやろか。 せっかく有効な切り札あるのに自分から使わないとか普通の交渉ならありえへんけど。 でもマーくんなら・・・私に甘いから・・・真剣に頼めば・・・言わんといてくれるかも。 ああ、でも渋っとるな。 いくら私が相手でもまだ迷ってる。 でも迷ってるということは、チャンスはある。 よし卑怯やけど、卑怯やって自分でも分かってるけど。 泣くか。 頭下げたまま涙ぐむ、なんか凄い簡単に涙出てきて自分でも驚く。 泣き真似するまでも無く実はほんまに泣きそうやってだけやな。 肩も震えてくるし、喉も詰まってくる。「お願い、やから・・・」 半泣き声で言いながら、少し頭をもたげ、マーくんから涙目が見えるようにする。 それでもしばらくマーくんは苦々しい顔で迷ってたけど。 ついに言った。「・・・・・・分かったよ。」 勝った。 ほんまアホやなマーくん。 私が泣いたら・・・結局、言う事きいてまうって・・・ほんまアホなんやからマーくんは・・・ そういうとこ死ぬほど好きやけど。 せやけど好きやから・・・☆ ☆ ☆ くそ。 いきなり「好きだ」押しを連発して八神を何も言えない状態に追い込んで・・・ なんならそのまま部屋に連れ込んでこれまで越えてなかった一線を越えてやろうかと思ってたのに。 そしてそのまま、ミッドでの正式な結婚までしても良いと思ってたんだが。 だが俺が口説く前に八神に順番を奪われてしまった。 泣くのは卑怯だ、マジ卑怯だ、理屈じゃねーんだ、逆らえん。 俺は憮然として八神に話を促す。「じゃあ聞く。事情、しばらく黙ってる。」「うん。」 八神は軽く目元を拭い、姿勢を正して真剣な顔になる。騎士たちも主に倣って姿勢を正す。「もちろん詳細には話せへん部分もあるねんけど。」「んなこた分かってるよ、まとめて話せ。」 黙ってるといっときながらつい突っ込む。「私は今度の仕事を成功させたんで、三佐になる。」 ほほう・・・この若さで佐官に・・・もしかして史上最年少記録とかじゃねーか?「マーくんが倒れた時、その仕事に専念してた。マーくんを無視して出世を優先したんや。」 ふん、その程度の偽悪は通じんぞ八神。ちょっとしらけた顔をする。 さすが以心伝心、俺が全然その八神の偽悪的セリフを気にして無いのを見てとった八神は切り替えて話を続ける。「試験的任務やった。私がこの年で佐官になるのは早すぎるって反対する人から出された任務でな。」 そら反対する人もいるだろ、いくら八神が優秀でも若すぎるのは事実。むしろ反対しないほうがおかしいと俺は思うね。「内容は極秘監査みたいなもん。ただし試験的な任務やから、いくつか条件がつけられた。 まず、騎士たち皆の手助けは絶対に借りたらあかんっていうこと。」 ふむそれだけなら・・・「さらに、リインの手助けも無し。おまけに」 ユニゾンデバイスとして、また情報分析役としてのリインの存在は大きい・・・それナシで、しかもそれだけじゃない? まさか・・・「『夜天の書』まで持ち込み禁止とか?」「そうや。」 あくまで八神個人の力量だけを把握するための試験的任務ってわけか。しかしリインに『書』まで使用不可となると・・・「まさか『剣十字の杖』だけしか使えない状態で?」「そうや。」「あれって単なる攻撃魔法用の砲身・・・つまり実質デバイスの補助は無いに等しい状態で?」 魔導師としての八神は強大な魔力を持つものの運用に難があり・・・『夜天』『杖』『リイン』『蒼天』の四種のデバイスを駆使しても、それでもなお全力が出せずセーブしながら魔法を使う必要がある。中でも『夜天』は膨大な魔法データの蒐集蓄積が為されており、八神がその気になればその中の魔法はどれでも使える。実際にはデータ量が多すぎるし使うためにデータの解凍処理とか手間取るので、それらの多彩な魔法を八神が全開で使うってのも難しいのだが・・・しかしその多様性、どんな状況にでも応用可能な柔軟性は大きな強みだ。 それナシでやれというのは・・・つまり『夜天の主』としての力をほぼ封じられた上で・・・あくまで『八神はやて』という一介の魔導師としての力量を見せてみろってわけで、それはそれで分からん話でも無いが・・・「一応、簡単な通信とデータ整理用の公用デバイスは貸与されたけど、それだけ。」「危険性とかは?」「あったで? 不正な支局の極秘監査、中央の命令無視してた連中のところに潜入やったからな。気付かれたら戦いになったやろな。」「それを騎士無しリインも無し、『書』さえ使わずにやれと? 一応、他に部下とかはいたんだろ?」「現地協力者数名に、後は補佐官が数人程度。それだけの人数を指揮してなんとかせいって。」 『書』なしだと八神が使える魔法というのは非常に少ないはず。『杖』を使った単純攻撃以外に・・・なんかできるのか? つまり捜査に必要になると思われる探査系とか偽装系とか、また情報の収集分析にしても貸与された公用の簡易デバイスでどこまで対応できるのか。 使い慣れたデバイスを取り上げられるというのは魔導師にとって多くの場合、致命的なマイナスなのであり、そんなことは誰でも分かってるわけで、それなのにそういう状態を強制するということは・・・「それは・・・無理難題ふっかけて昇進を諦めさせようって思ってたんじゃねーのか? 上の人。どうせ、付けられた部下ってのも・・・あんまり協力的な態度じゃなかったとか?」「私もそう思うわ。部下になった人たちも、こちらの指示には従ってくれたけどそれだけで、指示せんことには何もせえへんかったし。あれは上から、別に邪魔はせんでええけどそんなに積極的に協力すんなとか? 言われてたんちゃうかな。」「・・・それでもお前は・・・その任務・・・成功させたわけか。」「そうや。」 無茶苦茶だ。 そんな任務押し付ける上の人も無茶苦茶だが。 しかしその上司はつまりそうして諦めさせようとしたわけで。 なによりそれでも何とかしてしまうと言う・・・ こいつが一番無茶苦茶だ。 頭いいやつってのはホントにタチが悪い。 例えば高町とかなら最終的には力押し以外の手が無いためにデバイス取り上げるとか何らかの制約課すとかして力を奪ってしまえば。 出来ることの幅がガクンと減るわけなのだが。 八神はそれほど甘くない。 こいつは確かにバカ魔力を持ってるし恐ろしく多彩で強力な魔法も使えるのだが。 しかしそれに頼らない。 そんなもんには実はたいした意味は無いと腹の底から分かってる。 そう結局は、頭なんだよな。 魔法使ってゴリ押しするのは言っちゃ悪いがバカのすることなんであって。 こいつはそんなもん奪われても・・・多少不自由を感じるだけで・・・それが決定的なマイナスなどにはならない。 考える、観察する、見抜く、それは全て八神が生来持ってる優れた頭脳、思考力によるもので・・・ 魔力とか・・・仮に全く無くとも、こいつは恐らく頭だけで上に行ける、そういう資質の持ち主なんだよな。 しかし・・・「俺から通信が通じなかったのはそれで納得。『夜天』直通だったからな。」「うん、そういうこと。」「で、騎士たちも皆・・・その間は隔離とかされてたってわけか?」「24時間監視付き隔離やって。なにせ私はその気になれば召喚言うんも出来たりするしな。」「え? お前単独で・・・遠距離での騎士たち強制召喚とかできたっけ? 最低『書』は手元に無いとダメじゃなかった?」「デバイス無しでも慣れてる魔法なら使える、せやから私にはそれが出来る可能性はある、せやから一応、念のためって。絶対に厳密に私が騎士たち皆の力を借りてないか証明するにはそれしか無いってな。」「・・・それはさあ・・・実際にそう疑ったからというよりは・・・条件きつくするために悪意ある見方をしてる感じが・・・」「するなあ。私もそう思うで。」「・・・なんつーか、そこまで反対されてたなら、無理せんでも・・・」 間違いなく「闇の書」関係の偏見でのマイナス補正・・・くらってんだな、やっぱり、しかしそれなのに・・・「そうかもな、それで皆?」 八神が騎士たちに呼びかける。シグナムが代表して答える。「我々は監視付き隔離されていた。通常の通信も不可能だった。しかしあの通信だけは別だった。」「俺からの緊急通信か・・・」「そうだ。あの通常通信遮断網を掻い潜って・・・主の『書』直通に連絡を届かせるとは・・・あれは監視してた者たちも驚いていた。」「ま、通信魔法は得意だしな、俺。」 遠くに微細な魔力波を送る、探査と似てるしね少し。「だから、我々は、気付いていたのだ。お前が・・・危険に陥ったことを。」「しかし隔離監視ではどうにもならんだろ、仕方ない。」 俺は気軽にそう返すのだが。「いや・・・だが言い訳しても今さら始まらん。我々はその通信の緊急性を監視役の者たちに訴えた、訴えはしたが・・・」「しかし八神への取り次ぎも却下されて、自分たちで行くのもダメで、せいぜい上に報告しますからって言われたくらい?」「まさにその通りだ。そして監視役からその上司、そして上司たちが話し合いなどしてるうちに・・・」「時間が経ったか。そうなると・・・うーん、すぐに高町来たからな・・・」「1時間もしないうちに・・・高町三尉の活躍で事態は収拾し、お前も無事だから安心しろと言われた。」「実際その通りだった。問題ない。」「いや、問題はここからだ。」「ん?」「お前は軽傷で入院したと聞いた。これは何が何でも・・・せめて連絡の一本でも入れるべきではないのかと我々は話し合った。」「そっか。まあそれほど気にするほどの事でも・・・」「お前はそうだろう。お前は・・・事情があると理解し許してくれるだろう・・・しかし・・・」「なんと・・・もしかしてお前らも・・・姉ちゃんの事、気にしてた?」「気にしないわけがない。もしも連絡もせず完全に音沙汰無しだと・・・アリサ殿は激怒なさるだろうと・・・」「そう私が特に主張したの。」 シャマルさんが言葉を引き継ぐ。「マシュー君が許してくれても・・・アリサちゃんが許してくれるはずがない。そうなると、はやてちゃんとマシュー君の仲に・・・下手したら決定的な亀裂すら入りかねない。そう心配するのも当然でしょう?」「あー・・・まあ不本意ながらそう心配されても仕方ないかな。」「だから出来れば私達のうち誰かがお見舞いに・・・それが出来なくてもせめて連絡だけでもって思ったんだけど・・・」「そしてその件について我々は話し合った、議論した、しかし何日も結論が出なかった。」「なんつっても、はやてと連絡全然取れない状況だったしよ・・・正直言って、監視の連中振り切って飛び出してお前の所に行くとか? せめて通信封鎖を破って無理に連絡するとか? やってできねーことは無かったんだけどよ、でもそれやるとはやての任務がダメに・・・」「外部との接触はどんな形でも厳禁だったのよね・・・せめて監視の人を通じて間接的に一報を伝えるだけでもダメかって頼んだんだけど、それも結局は断られて・・・」「それに主からは、今はこの任務に集中するから何があっても他のことは無視するようにと・・・命じられていた。」「だがその主の命令を言い訳にする気は無い。つまるところ我々は・・・助けにも行かず連絡もしなかったのだ。」「ほんとに・・・最悪よね。言い訳の余地が無いわ。」「お前の命と、はやての任務と、どっちを優先するかってとこで迷った上に結局・・・お前のことは後回しにしちまったことになる・・・」 そして八神が結論を言う。「な、分かったやろ。私が、そう言ったんや。『今は他の事は無視しろ』ってな。」「いえ主、我々もいくらそう言われたとは言え・・・」「ちゃうでシグナム。結局最後の責任は私にある。『なにがあっても』『他の事は無視しろ』って命じたんは私。」「はやてちゃん・・・」「はやて・・・」 ふむ、なるほどね。 ちょっと整理しよう。 八神は万一の事があっても俺の事を無視しろ、と取られても仕方ない命令を騎士たちに下し、自分自身は通信断絶下での任務をしていた。 ゆえに八神は俺が倒れた時も気付かず間に合わず、病院に来た時もすでに俺は退院するとこだった。 騎士たちは八神の任務と、俺の危機とを秤にかけて、結局、八神の任務を守ることを優先したと。 俺がすぐに危険から逃れて軽傷で済んだことは騎士たちの方には伝わったし、そこで結局、八神の任務を優先、何もしなかった。 ん~守護騎士たちは家族であるとは言え・・・その行動には限界点が明確に存在するのが欠点なんだよなあ・・・ みんなは八神を守る、八神の言う事をきくというのを絶対的な制約として受け入れてしまうフシがあり・・・ 八神の意思を無視してでも、八神のためになることをって思考法はしない。八神の命の危険とかあれば例外だが。 姉ちゃんが俺のためを思って、時として俺の意思とか平気で無視して色々押し付けてくるのとは対照的。 やはり・・・遠慮があるんだよなあ。 だが彼女たちはどうするべきか本気で迷ったと言ってるし、それが本当であることはすぐ分かるさ。皆とも長い付き合いだ。 問題は・・・自由に行動も通信も出来ない環境下にあったこと、八神からの命令がありしかもその八神との連絡も取れない状況にいたこと、さらに俺は意外とすぐに軽傷であっさり助かったという情報もすぐ知ってしまったこと。 それでみんなも、迷ったんだ。迷って結局、なんもしなかったわけだが。 さてと、どうするべきかね・・・☆ ☆ ☆<蛇足・・・ユーノとクロノの適当な解説>「見事なテクニックでペースを奪ったはやてのラッシュ!ラッシュ! これはマシュー追い込まれたか?」「むむ、このままラッシュが続けばはやてが一気に逃げ切る可能性すら見えてきたな。」「うーん、はやては敢えて自分が悪いんだって結論に持ち込もうとして話してる感じしない?」「うむ、しかしこれだけ聞くとはやて達が悪いとしか聞こえない、はやての巧みな攻撃に・・・反撃の隙を見つけられるかなマシュー?」「頼むぞマシュー! 長い付き合いなんだろ! 彼女の偽悪を見抜いて一気にカウンターを決めるんだ!」「必死だな。僕としてはこのままはやてが悪いってことで終わって別れてくれた方が・・・」「なんてひどいことを言うんだいクロノ! 本当は愛し合ってる二人が上手くいくように応援してあげようって気は無いのかい!」「お前の目的は別だろうユーノ。」(あとがき) 改めて強調しときますが、この作品には独自設定が含まれる場合があります。 つまるとこ実質的に「見捨てろ」みたいな命令したのは事実なのであります。 きっとアリサに知られたらマジで殺されるのであります。穏やかに解決する方法・・・・・・・模索中のマシュー。