マシュ・バニングスの日常 第六話「マーくん、はよ起きてーな・・・」 八神の声が聞こえたような気がした・・・ そして俺は目を覚ました。「知らない天井だ・・・」 狙ったわけではない。本当に知らない天井だったのだ。自宅でも無いし、病室でも無い。「あ・・・目が覚めた?」 聞いたことが無い繊細な声がベッドの横からした。首は・・・動かせない、ダルイ。何とかそちらに視線だけでも向ける。 見たことの無い金髪美少女がそこにいた。姉ちゃんより長い髪をツインテールにしてる。ふむ、姉ちゃんが派手目の美少女、太陽のような美貌の持ち主だとすると、この子は月だな。姉ちゃんと同じ金髪だが、この子のほうが髪の色は淡い、少しプラチナブロンドが入ってるような感じだな。姉ちゃんと違って、おしとやかで引っ込み思案な印象を受ける。まあそれはともかく。「えっと、ここはどこ、君は誰?」 久しぶりに出したのであろう声は、思ったよりかすれて聞き取りにくいものだったと思う。「ここはアースラの医務室。私はフェイト・テスタロッサ。」 女の子はちゃんと聞き取って答えてくれた。それはいいのだが、ううむ・・・全く分からん。「なにがなんだかさっぱりわからん・・・ゴメン、説明してくれないかな?」「うん、ちょっと待ってね。今、目覚めたって連絡するから。」 20代くらいの女性と、黒髪のローティーンくらいの男の子が部屋に入ってきた。「大丈夫かしら? どこか痛かったりしない? 気分は悪くない?」「とりあえず説明お願いします。何が何だかさっぱり分からない。」 さて、ここからその女性、リンディさんのした話は荒唐無稽なファンタジーそのものでありながら、妙に説得力や整合性を持っているようにも思え、俺も正誤の判断に迷った。 まず、ここは時空管理局の船の内部であり、その船の名前はアースラということ。時空管理局とは多次元世界を警邏してまわる警察組織のようなものであること。動力源は「魔力」という特殊なエネルギーであり、これが次元世界では主流であること、同時に魔法も存在し、魔道士も存在すること。この船の任務は、魔法的犯罪の取り締まりや、魔法的事故のフォローであること。今回、ここに来た理由は、ジュエルシードといわれる例の奇妙な石が、思ったより物騒なものであったそうで、それが事故で、本来は魔法の無い管理外世界(地球)にばら撒かれてしまったので、それを回収してフォローすることが目的であったこと。「えっと、あなた達の目的は分かりました・・・っていうかまだ全然納得してないですけどとりあえず分かったことにしときます。それより、なんで俺はここにいるんですか?」「高町なのはさん、お知り合いでしょう?」「ええ高町さんならよく知ってますが・・・ああ、あの妙な態度が・・・」 例の石がばら撒かれる事故が起きたとき、現場にいた関係者(必ずしも責任者って立場でも無かった少年らしい)が、自力で石を回収するために地球に一人で下りたこと、しかし彼は封印作業に難航して傷ついて倒れ、そこを偶然通りかかった高町さんが助けたこと。成り行きで高町さんはジュエルシード集めを手伝うと言い出したのだが、なんと高町さんは次元世界でも稀なほどに優れた魔道士の素質を持っていて、封印に大きく役立ったこと。 ここまで説明して、リンディさんは一息ついた。「さて、ここからがあなたに大きく関係してくる話になるわ。」「はあ・・・もしかして例の地図ですか。」「その通り。あなたが印をつけた二枚の地図。怖いほど正確にジュエルシードの位置を示していたわ。」「えっと・・・あれは夢だと思ってたんすけど。」「信じられないだろうけど、結論だけ言うわ。あなたは広範囲にわたる探査魔法を無意識に組み上げて、発動したのよ。」「はあ・・・さいですか。」「やっぱり信じられない?」「とりあえず保留ってことでいいすかね。」「そうね。じゃあ話を続けるわ。次は、魔道士というものの体の特殊性と、あなたの病気についての話になるわ。」「え・・・」 魔道士の胸部にはリンカーコアと呼ばれる器官がある。これは肉体的な器官では無いのだが、胸部に集中した魔力が、ある程度、組織だって固まりとして存在するものである。魔力というものは漠然と、大気と自然の中に拡散されて存在しているのだが、魔道士はそれを呼吸するように体に取り入れて、一度、胸部のリンカーコアに貯めて、それを自分の魔力として引き出して自在に操ることができる。リンカーコアの有無は生まれつきによるもので、一般に、魔法文化の恩恵を受けている世界にはかなりの数の生まれつきの魔道士がいるのだが、地球のように魔法文化が存在しない世界には、ごく稀にしかリンカーコアを持つものは生まれない。しかし・・・「何事にも例外はあると・・・高町さんがそうであるように、俺にもそのリンカーコアってやつがあったと?」「そういうことね。しかもあなたのリンカーコアには先天的異常があるようなの。」「もしかしてそれが俺の心臓病の原因、とか?」「断言は出来ないわ。私たちは医者じゃないし、アースラは病院船じゃない。でも、地球でありとあらゆる外科的・内科的治療を受けても原因不明だったのなら、原因が魔法的疾患である可能性は高いと思うわ。専門的検査が必要になるけど。」「はあー・・・それがホントで、治るならば・・・と信じたい気持ちはありますよ、ありますけどね・・・」 次の病院では治る、今度の治療法は希望が持てる、と言い続けられて世界中まわって既に9年。いつしか俺は、疲れ切って、希望を持つことが出来なくなってしまっていた。「まあ、それはおいといて・・・俺っていつの間にここに連れてこられたんですか?」「それについてまず謝罪させて欲しい。すまなかった。」 リンディさんの横の男の子が、いきなり頭を深く下げた。「えっと・・。」「クロノだ。覚えていないか? 君が倒れた夜のことを。君は自分の体を調べられていることを感じたんじゃ無いか?」「あーっと・・・ああそうだ、クロノ君とエイミさんのコンビに、あ、そういえばリンディさんも一瞬見えたかな・・・そっか、あれも夢では無かったってことか・・・」「なのはたちから話を聞いてね。地図も見せてもらった。君の探査能力というのは凄まじいんだ。心臓が弱いという話を聞いていたのだが、興味を持ってね。アースラはシーリングモードで衛星軌道上にいたから、そこから遠距離探査する分には、君には何の悪影響も与えないはずだ、と思ってたんだ。ところが君の感知能力・探査能力というのは正に桁外れだった。微妙な魔力の発動を察知して、自分を探っているものを逆に探ろうと、探査魔法を君は全力で展開し・・・結果、魔力切れを起こして倒れてしまったんだ。意図したことではなかったとはいえ、君が倒れたのは全面的に僕の責任だ。どんな償いでもする。 本当に済まなかった。」 クロノは再び、深く深く頭を下げた。「艦長として、クロノの上司として、私にも責任はあるわ。マシュー君を調べても良いかってクロノに聞かれたとき、許可を与えてしまったから。私からも謝罪します。本当に済みませんでした。」 リンディさんもならって頭を下げる。 俺は苦笑いしながら答える。「いや、気にしないでくださいよ。倒れるのは慣れてますから。一年に何十回も倒れてますしね~」「・・・でもねマシュー君。今回は本当に大変だったのよ・・・」「はい?」「一時、心肺停止したわ。」「へ?」「そこから強引に蘇生させるために電気ショックなんて使ってたみたいだし・・・心臓は動き出したんだけど、自立呼吸に障害が出て、人工呼吸器をつける状態になったのよ・・・」「げげ」「言葉を飾らずに言えば、植物状態になった。しかも回復する余地が地球の医学では見込めないレベルのな。」 なんと・・・除細動機まで使う状態になってたのかい。俺は倒れて脈拍低下しても、停止までは至ったことは無かったはずなのだが。そこで仕方なく使ったら、呼吸不全で、人工呼吸器装着、植物状態か・・・俺の自意識の有無という観点で生死を分けるとすれば、その時点で死んでいたに等しい状態だったんだな・・・「今、思ったんすけど・・・もしかして俺が倒れてから、かなり時間たってます?」「既に12日、経過している。」「おおう! しまった姉ちゃんが泣いてる!」「落ち着いて。今度は、そのあたりを説明するわね。」 まず大前提としてリンディさんたちは、ジュエルシードという危険物を回収・封印する任務のために地球に来たわけだ。高町さんの活躍もあり、俺の地図も役立ち、回収はスムースに進むかと思われた。ところがジュエルシードを狙う、他の魔道士というのも存在したそうなのだ。それが少し離れたところに黙って座ってたテスタロッサさんと、その母親のプレシアさんだったというから驚きだ。 プレシアさんは凄腕の民間魔道士(Sランクとか言うらしい)で、危険物であり所持も違法になると分かっていたのに、自分の研究に使うためにジュエルシードを独自に求めていたそうだ。テスタロッサさんも母親の言うことを聞いてそれに従っていて、高町さん・管理局の側と、プレシアさん側とでジュエルシードの取り合いになったらしい。無論、管理局側の方が圧倒的に有利であった。高町さんは地図を元に、圧倒的な効率でジュエルシードをどんどん集めており、プレシアさん側は、ほんの数個しか見つけることが出来なかったそうなのだ。 そこでテスタロッサさんは高町さんの持つジュエルシードを奪うため、実力行使に出て、戦いになった。それも何度もその戦いは繰り広げられたそうだ。 で、俺が倒れたその晩にも、某所で戦いが起こったので、俺が一命を取り留めたのを確認すると、アースラのスタッフも、俺のことはとりあえず後で考えることにして、ジュエルシードを巡る戦いの方に集中してしまったそうなのだ。 次の日に俺の様子を確認すると、人工呼吸器とか取り付けられてはいるものの、とりあえず小康状態だった。 そこでやっぱり俺のことは後回しになった。 その間に局面はどんどん進み、プレシアさんの邸宅への強制捜査が行われることとなった。 ところがプレシアさんは、違法行為だと分かってやってて腹を据えている。相手が管理局なのにガチで反撃してきたそうだ。 Sランク魔道士というのは、平均的魔道士が何十人と束になってかかっても全員、返り討ちにするくらい強いらしい。 でもまあすったもんだの末、何とか取り押さえる寸前までいったのだが、最後にプレシアさんは自爆装置みたいのを発動させ、身柄を拘束することも出来ず、生死を確認することも出来ないまま、管理局側は撤退。 娘のテスタロッサさんは拘束されたが、よく事情も聞かされないまま命令されるままに動いていたということで、何とか軽い刑罰で済みそうだ、ということだ。 多分、もっといろんな事情があるんだろうなあと聞きながら思った。 プレシアさんの話の時とか、テスタロッサさんはなんか微妙な反応してたし。 でもまあ、相手が聞かれたくないと思ってることは聞かないのが俺のモットーだし。 なーも気づいてない顔して、そこはスルーしとこう。気軽に聞ける話でも無さそうだし。 しっかし既にお腹一杯な情報量なのだが・・・ まだまだ話は続きそうだわ。(あとがき)事件は勝手に終わってて主人公はほぼ無関係。説明の嵐に困っています。