マシュー・バニングスの日常 第五十九話 私くらい不幸な子供ってなかなか探してもおらへんと思う。 物心ついたころには両親ともに死去。 そしてなぜか誰も新たな保護者になってくれない。 まだ幼稚園に行くかどうかって年にやで? お金の使い方も良く知らんかった、料理なんて最初は当然出来へんかった。 でもほんまに生死が懸かってたからやろな、無我夢中で・・・頑張ってるうちになんとかなった。 出来あいの惣菜買ってきて食べるだけの生活がしばらく続いた、はじめてご飯を炊いた時は研ぐのも知らんかったから不味かった。 お風呂沸かす方法かって一人になってから何カ月も分からんかったから水風呂に我慢して入ってたり。 掃除の必要性ってのもよく理解してへんかったからハウスダスト原因で気管支炎になったこともあったな。 生きるため、ただ生きるために・・・必死になっとった。 そんな生活の中で、きっと私は・・・あっという間に「子供」ではなくなっていった・・・ 少なくとも精神的には。 私がほんまに「子供」やったんは、もう記憶もおぼろげな両親が生きてた時代だけ。 そして両親の記憶で・・・ちゃんと覚えてられたのは、この言葉だけ。 関西弁でずっと通すのはこれだけが私の覚えてる唯一の両親の思い出やから。 一人でがむしゃらに生きるしか無くなった時はもう、私は「子供」や無かった。 せめて施設に入れてくれたらって思ったこともあるのに、両親の知り合いだというグレアムおじさんの意向でそれも却下。 生活費は全部、その人頼みやから言う事聞くしかなかった。 たまに、ごくたまに通信くれるだけの人やったけど・・・でもその人だけが私にとってこの世に縁のある人やったし。 逆らうとか考えもせんかった。 なんとか銀行からのお金の引き出し方とか、最低限の料理、とはいってもご飯炊いたり味噌汁作ったり出来る程度やけど、まあ一応はできるようになって、お風呂とか洗濯とか掃除とかも一通りはできるようになった頃。 あれももう正確には・・・両親が亡くなってからどのくらい経った頃かも覚えてへんけど。なんせ必死やったし。 ある日。 気付いたら。 両足が動かへんようになってるし。 混乱しながらなんとか救急車を呼ぶ、病院に行くと・・・ 下半身不随やって。これから多分一生車椅子やて。 そういう状況やのに、施設にも入れず専属のヘルパーさんとかもつけてもらえず。 後で考えたらあれはどう考えてもおかしかったわな。 病院の先生方も不審に思わへんかったんやろか。 まあそこまでグレアムさんが・・・魔法使って思考操作とかしとったわけなんやろけど。 もしかしたら私も、なんかされてたんかもな・・・ 車椅子に乗ってガランと広い自分の家に一人で帰って来て。 両親の写真見て。 泣くだけ泣いた。 丸一日は泣き続けたと思う。 いやもっとかも。 でもそこで気持ち切り替えた。 泣いとってもどうにもならん。 確かに両親とももうおらへんし、下半身不随なってもうたし、それでも一人で生活せんとあかん。 けど生活費は十分ある。金銭的には不自由してへん。 グレアムさんもさすがに良心の咎めを感じたんやろな。 一人暮らしの子供には過剰な・・・後で計算してみたら、一般的会社員の生涯年収くらいの金額を・・・ 私が援助受けてた数年間に、私の口座に振り込んでた。 まあ、せやからって、あの人は、そうして私を飼い殺しにして、私ひとり犠牲にして「闇の書」片付けようとしとったんやし。 感謝するって気にはなれんなあ。 私は孤独やった。 病院行く時が、顔なじみの先生とも話せて知り合いの患者さんたちとも話せて一番楽しいって・・・ この年でどうなんや、ほんまに。 病院にいって心が慰められることも多いゆうんは、正直言うとな。 私よりも不幸そうな子とか、たまに見るねん。 それみて安心するとかもちょっとあったかもしれへん。 いくら純真無垢な八神はやてちゃんでも、さすがにこんだけ不幸続いとったら多少は心のどっかが黒くもなるで? しゃあないやん。別に悪いとは思ってへん。 でもなあ、病院は病院やから。 一時的に入院して、治って、そして退院ってだけの普通の人らは、まあ私に比べたら全然幸福やわな。 孤児で原因不明の下半身不随やで、この私に不幸で勝てる人なんて病院でもめったにおらん! って不幸自慢してどうなんねん・・・むなしいだけや。 ある日いつものように病院に行くと救急車が入って来て、患者が搬送されてきた。まあ良く見る風景やな。 運ばれてるのは、骨と皮だけみたいなガリガリの子供。あんだけ痩せとると年も良く分からへんな。 でもその子は一週間もしたら退院しとったみたいやし? やっぱ大したこと無かったな。 最初は、そう思った。 一カ月後。また救急車が来た。そしてまた見覚えのある痩せ細った男の子が運ばれていった。 あれ? また来たんか。一カ月で二回? うーん結構すごいな、って思ったんやけど。 こんときもそうとしか思わず、普通にスルーした。 ところがそれから二週間後。私は風邪ひいて、普段の定期とは別に臨時に病院に行った。 で、そしたらまた例の男の子が運ばれてきたんや。 なに? 一ヵ月半で3回? どんだけ体弱いねん・・・ それも見たところ毎回意識不明かい。 うーん、ちょっと話してみたいかなって好奇心が湧いた。 でも向こうはしばらく緊急治療とか受けてたみたいでその機会も無かったんやけど。 それからまた二週間後の定期診断の時。 私は馴染みの石田先生に車椅子を押してもらって病院の廊下を進んでた。 そしたら向こうから、例の骨と皮だけの男の子が同じように車椅子に乗って看護師さんに押されてこっちに来た。 うわー。こうして起きてるの見るのは初めてやな。しかしほんまに骨と皮やな、意外と背は私より高いか、でも体重は私より軽そう。 腕とかほんま細い・・・でも病的な細さやから羨ましいとも思えへんけど。 よしこれからこの子は「骨皮くん」て呼ぼう。心の中で。 じろじろと無遠慮に、骨皮くんからしたら初対面のくせに見入ってしまったかも知れへん。 骨皮くんもなんか不審そうにこっちを見返した。 焦って咄嗟に視線を外す。 そしてそのとき、手に持ってた保険証とかいろいろ入れてたポーチの中身を廊下にばらまいてしまった。 なにやっとるねん私、アホかと。 ボールペンが彼の車椅子の足元に転がり・・・ 骨皮くんは危なっかしい歩調で立ち上がり、それを拾って、こっちに手渡してくれた。 ここはありがとうって言うところやのに。「なんや、歩けたんか。」 って私もどんだけ失礼やねん。でもほんまにそれが一番意外やったんや。歩けそうに見えへんかったしな。 骨皮くんは私の発言に少し眉をしかめて言い返す。「俺は少々、心臓悪いだけだ。それよりここは普通、礼を言うところちゃうんかい。」 語尾を関西弁もどきにしとる! あかん! 所詮、標準語しか喋れん人間が無理に真似した関西弁もどきくらい聞き苦しいもんは無い! イントネーションが全然違うんや!「あかんで無理に関西弁の真似したら。全然ちゃうねんから。」「さらにそうくるか。それよりだな、お前、お礼は?」「あ、ごめんな。拾ってくれてありがとう。」「まったく・・・くそ、ちょっとふらつく。」「無理せんで車椅子座ったら? 歩ける言うてもまともに歩けへんのやろ、ほんまは。」「関西人はデリカシーが無いな。っとすいませんやっぱ座ります。よっと。」「勝手に私を関西人代表にせんといて。」「関西人って初めて見たししょうがないだろ。」「私は両親がそうやったってだけで・・・私自身は実際に関西住んでたこと無いし。」「へー。そういう場合もあるわけか。」「うん、ところで、えっとあんたって近頃結構良く見るよな、病院で。」「そう? ふーん、近頃になってやっと良く見るって言い出すってことは・・・お前まだまだ甘いな、病院シロウトだな。」「な!」 これはカチンときた。私くらいの病院プロはおらへんで!「なにを言うとるんや! 私なんてここ半年は病院に来っぱなしやで!」「俺は生まれたときからだ。」「え?」「生まれた時から、今に至るまで。入院してなかったという経験がほぼ無い。家に帰るのは基本的にたまにだな。どっちが家か分からん。」 それで年聞いてみたらなんと私と同い年やし。「そんなに心臓悪いん?」「なーに大したことは無い。」「大したこと無いわけないやろ・・・」「今年はまだ病院に担ぎこまれてきたのが・・・十回ちょっとくらいか、まだマシな方だな。」「どんだけやねん・・・」 私が目撃したのは、そのうちのほんの数回やったんか。 あかん負けた。 完敗や。 こんだけシャレならん病状でしかも私と同い年かい。「まあそうは言っても海鳴の病院に移って来たのは最近だから、見知って無くてもしょうがないんだけどね。」「それをさきに言わんかい! それやったらしゃあないやんか!」「まーな。」「これまではどこの病院におったん?」「あちこちだな。少しでも治せそうな可能性あったら移るってのを繰り返してんだよ。」「ってことは、またここからもすぐ移ってまうん?」「いや分からんわ。しばらくここに落ち着くかもって話も聞いたんだが・・・」「ここやったら治るってこと?」 私の考えなしな質問に、骨皮くんは、少し困ったような顔で答えた。「さーな、それもこれもよくわからんし。」「そうなんか。」 ほんまにこんときの私は考えなしやった。 実際のところは、このとき既に彼は世界中の病院を回って、そしてどこにいっても治らなかったという経験を経た後だったのだ。 画期的な治療法などどこにいっても見つからず。 だったらせめて姉と一緒に暮らせる環境をと・・・そういう理由でここに来たのだ。 でもそんなこと私は良く分からへんかったし。 なんか初対面やのに妙に話が弾む、この骨皮くんと知り合いになれたのが単純に嬉しくて。「なあ骨皮くん!」「待てい! 勝手な命名するな関西人!」「私ははやて。八神はやてや! 関西人ちゃう!」「八神ね、はいはい覚えたよ。」「あんたは?」「あー、俺はマシュー・バニングス。」「はい? あんた冗談は顔だけにしぃや?」「なんだそれは!」「マシュー・バニングスってまるっきり外人の名前やないか!」「本名だから仕方ないだろ!」「ええ~・・・でもあんた髪も目も黒いし、顔立ちもそんなに彫り深くも無いし、大体エセ関西弁使えるくらい日本語ペラペラて・・・」「姉ちゃんは日本に住んでるんだよ。」「あ、そうか、マーくんは養子とかって、そういうことか。」「勝手に人の名前省略すんな! ええい、俺はバニングス家に生まれた生粋の西洋人だ! 本当だってば!」「信じられへんなあ・・・」「双子の姉ちゃんとか天然の金髪だぞ! 大体俺の目も髪も、よーく見ろ、よーく。良く見たら黒じゃない。微妙に焦げ茶だってば。」「お姉さんの件は置いておいて、あんたなあ、その程度に黒と少し違うくらいって純粋日本人でも、普通におるわい。」「む・・・それはそうかもしれん・・・よしいつか姉ちゃん見せてやる、そうしたらグウの音も出ないはずだ。」「それまではほんまに外人かは保留にしといたるわ。」「ああーもう別に信じなくてもいいよ・・・」「やっぱマーくんはエセ外人?」「本物だ! あとマーくん言うな!」「えーやんマーくん。」「あのな。」 マーくんが何か言おうとしたとき。「マシュー君、そろそろ検査の時間だから。」「あ、はい分かりました。」「・・・ほんまにマシュー君て呼ばれとる・・・」「しつこいねお前も。だから本名だっつうの。」「よし、それやったら今度英語喋って見せてな!」「知るか。じゃあな八神。」「うん、マーくん検査頑張ってな。」「だからマーくん言うなと・・・」 そんな出会いやったんやけど。 実はマーくんが外人や言うんは私はしばらく信じてへんかった、マジで。 でもまあその後の長い付き合いで少しずつ本当らしいって納得していったけど。 最初のうちは、そんなこと正直どうでも良かったし。 ただ、同い年で病院で良く顔を会わせる友達が出来たいうんが、嬉しかったんやな。 マーくんとは妙に気が合って、会話はいつも弾むし。 それにいつもは無力で人に助けてもらうしかできへん私やったけど。 寝込んでるマーくんは私以上に、ほんまになんもできへん。 たまに身の回りの世話とかしてあげたりな。 ほんまマーくんはしゃあないなあ、私が面倒みたらんとあかんのやって、思えるのが楽しくて。 でも、姉ちゃんに紹介するってマーくんの申し出からは・・・実は微妙に逃げとった。 マーくんには身内がちゃんとおるんやってのがやっぱどっか複雑やったんや。 せやからお姉さんがマーくんの世話してる時は・・・マーくんの病室をスルーしたりな。 ほんま私もアホやったなあ。 変なこだわり持たず、もっと早いうちからアリサちゃんとも知り合いなっとけば・・・ 色々助かったことは間違い無かったのに。 それも後になってから分かったことやけど。(あとがき) 改めて強調しますがこの作品には独自設定などが存在する場合があります。 しかし両親亡くなった頃のはやてって考えれば考えるほどシャレにならん不幸さだ・・・ 二人の会話が子供っぽさに欠けるかなと正直思いましたが構成上必要なので・・・目を瞑ってください^^;