マシュー・バニングスの日常 第五十四話「久しぶりだな~この感じ。」 目を覚ました俺の第一声である。 本局病院の病室だなすぐ分かる。時間は・・・意外と経ってないかな。 俺の寝るベッドの横に座ってるのは高町。「あ・・・眼覚めたんだ、良かった。ギル先生から見た目ほどひどくない、むしろ意外と軽傷だったって聞いてたけど・・・」「ああ、やっぱりね。うんその通り。久しぶりだったってだけだな。」「でもマシュー君が倒れるのなんて本当に久しぶり・・・小学3年以来とかじゃない? だから心配だったよ。」 なるほど高町の認識ではそうなるわけか。八神の前ではそれ以降も結構倒れたりしたのだが・・・まあそこは置いとこう。「俺が倒れてからどのくらい経ってる?」「3時間くらいかな。」「なるほどやっぱり軽いな、そんなすぐに目覚めるってことは。」「でもアリサちゃんにはもう連絡したからね。」「ぬな!」「当然でしょ?」「ぐぐぐ・・・しかし余計な心配かけずとも・・・この通り軽傷だし・・・」「ダーメ。私の時もすぐに家に連絡したくせに。」「それはそうだが・・・あ、そういえばなんでお前、あんなにすぐに駆けつけて」 来れたんだ? と聞こうとしたのだが。「マシュー!」 半泣きで飛び込んできた姉ちゃんへの対応でしばらくそれどころではなくなった。 ぐずる姉ちゃんを宥めたりすかしたり、立ち直ってからは怒りだす姉ちゃんに謝ったり言い訳したり。 なんとか事故的に巻き込まれてこうなっただけで望んで無茶したわけでは無いと分かってもらえた。 それに本当に軽傷で、一週間は念のために入院するとしてもそれもあくまで念のため、大したことは無い。 30分ばかりして姉ちゃんはやっと落ち着く。「えっと、そういえばフェイトさんは?」「フェイトちゃんはエリオ君の方についてるよ。向こうも大丈夫そうだって。」「そか、良かった。」 一息つく。 そこで姉ちゃんは何か不審げに周囲を見回し、一言。「はやては?」 確かに八神は来ていない。 それになんと答えたものかと思ってるところにギルさんが病室に入ってきた。 ギルさんから本当に軽傷であると保証されて姉ちゃんも胸をなでおろす。 その上でギルさん、微笑みながら、「別に入院するほどでもないよな、本当に。いつものように彼女の家で休むんだったらそれでいいぞ、マシュー。あれ? そういえば彼女はどうした? 一番に駆けつけてくると思ったんだが・・・まあいいか、じゃあまた後でな。とりあえずエリオ君の方は容態安定してるから、彼女来たら帰っていいぞ、シャマルさんに容態説明するからこっちによこしてくれ、じゃあな。」 ギルさんの中では八神=彼女、この方程式は当然の前提になっている。八神の身内であり、なかなか優秀な医師でもあるシャマルさんが俺の専属担当みたいなもんであるのも良く知ってるわけでこういう発言になるのだな。ちなみに・・・結婚式では絶対に自分が一番にスピーチするんだと、酔うと強硬に主張することがあり困ってる。リンディさんと競っているらしい。 そしてギルさんは病室を去り、後に残った3人。 姉ちゃんが先ほどの発言を繰り返す。「はやては?」「えっとね、その・・・」 高町がむにゃむにゃと言葉を濁す。 むむ、どうやら高町の方からは連絡付かなかったのか。ということは何らかの出張任務中とかかな。 しかしそれでも俺が入れた連絡は届いてると思うのだが・・・「連絡はしたけど、ちょっと遅れてるのかな。仕事中だろし。まーそういうこともあるさ。」 俺は軽くそう流そうとした。実際まだ俺が倒れて数時間とかの話だぜ? そんなに咄嗟に駆けつけてこれるもんじゃあないだろ、仕事中の人が。「むー。」 しかし姉ちゃんは不満気である。なにせ姉ちゃんの方は連絡が行くが早いが速攻でこっちに来たみたいだし。 備え付けの転送設備からミッド中央の公式ポートに、さらにそこから公共の交通機関を使って来た姉ちゃんが既についてる以上・・・ 転送魔法飛行魔法も上級管理官権限でかなり自由に使える八神が来るのが姉ちゃんより遅いというのは。 でもそれは。「仕事だし、しょうがないって。」「それはね、そういうこともあるかも知れないけど。」 不満気に腕を組む姉ちゃんの横で、俺と高町はちらりと目を見交わした。☆ ☆ ☆ さてそれから一週間だが。 姉ちゃんは毎日来た。あれこれ世話焼こうとして困る。だから風呂にも自力で入れるくらいで本当に何でも無いんだってば! 体を拭く必要とか無いし! だから脱がそうとするな! じゃあ一緒に入って洗髪とかしてあげるって勘弁してくれ! 本当に大丈夫だってば! メシも普通に食えるから! あーんとか必要無いって! 頼む本当に大したこと無いんだよ分かってくれー! フェイトさんはエリオの所とこっちとに毎日顔を出す。 驚いたのはエリオ、必要最小限しか治療してなかったのに既にメキメキと回復しつつある。 メンタルの方もかなり立ち直って来て、今ではかなり普通に喋れるようになった。 姉ちゃんに後から聞いたら「ちょっと無口だけど普通の子」としか思わなかったそうだ。 フェイトさんに連れられて一緒に俺の病室に来て頭を下げるので、仕事だから気にすんなと笑ってやるのだが・・・ どうも目の前で血を吐きながらも自分を治療してくれたというのを過剰に恩に着てるようだ。 なんだかこういう生真面目なところはフェイトさんと似てるかも。 んでまあ、このとき初めてフェイトさんから色んな事情を説明された。 エリオ君だけでなく自分も人造魔導師計画により生み出された存在であること、ゆえに襲撃者の言った「実験体の回収」には恐らく自分も含まれていたということ、自分とエリオが揃って孤立無援な状態になったのを狙って襲撃されたと思われること、だから完全に自分たちの事情に巻き込んでしまったこと、本当にごめんなさいと謝罪されてしまったのだが。 ま、運が悪かっただけだ、気にしないでくれと言っても気にしてるな、これ。エリオ共々青ざめた顔してるし。うむ似てる。 しかし実験体ねーっと言ったら、また二人揃ってビクっと肩が震える。 ううむ、フェイトさんにはそういうハンデがあったわけね。うすうす分かってはいたが。そういう出身であるということで微妙に差別を受けたりとかもするだろうな。確かに肉体的にどっか弱い可能性は高いし。「エリオ君の方は良いとして、フェイトさんには、そのへんの事情分かってる信頼できる担当医とかいるの?」「え? ううん、あんまりお医者さんって好きじゃ無くて・・・」 医者に対してこの発言。さすが天然。「なるほどそういう経歴なら無理もないが。エリオ君の担当はどうせ俺だから、だったらついでにフェイトさんも、うんそうしよう。」「え? え? どういうこと?」「一回徹底的に調べる。どこかに異常が無いか。後は定期診断に絶対来ること。高町と一緒でもいいよ。」「え? そんな? あのさ、そこまでしてくれなくても・・・」「フェイトさーん、俺を巻き込んで申し訳ないと思ってる?」「う、うん。本当にご免なさい。」「じゃあ検診絶対来ること、これでチャラだ。」「・・・なんかおかしいような??」「ふふふ・・・俺の徹底走査を受けねばならないんだぜ。覚えてるだろー。」「あう・・・」 赤面して俯くフェイトさんをエリオ君は不思議そうに眺める。 なーに今では妙な感覚与えたりしないよう上達してるから心配すること無いんだがね。 フェイトさんにはしばらく困っててもらうとしよう。面白いし。 高町もなぜか毎日来ている。 手作りの軽い焼き菓子と、ちょっと薄めのお茶、俺好みの見舞い品を差し入れしてくれる。 どうも桃子さんから聞いたらしい。お茶の方はプロ級であるし、菓子もそんじょそこらの既製品より美味い。 無念だが美味い・・・とブツブツ言いながら食う俺に、何が無念なの!っと突っ込みながらも毎日持ってきてくれる。 そういやなんであんなに早く駆けつけてこれたのかだが。 俺からの連絡を受けた時、高町はクラナガン郊外、ただし俺たちのいた場所とは丁度、都市部を挟んで逆側くらいにある訓練所で、教導の研修を行っていたところだったそうだ。高町は俺からの連絡をすぐ上司に見せて、緊急性を強調し、正規の武装隊出動の前にとにかく私は先に行くと強引に押し切り、市街地飛行許可を無理やりもぎとり、さらにクラナガンの転送ポートへの割り込みをかけてまずクラナガンに(公共の転送施設は市民が順番に使ってるもので、これに緊急に割り込むのは一応高町の権限で許される範囲ではあったがそれでも強引であったことは変わらない)、そこからさらに飛行魔法でまっすぐ現場に駆け付けてくれたそうだ。 その際、まだ高町の権限で上空無断飛行が許されない範囲(中央庁舎やエネルギー設備など重要機関所在地)の上も通り過ぎたりしてしまい微妙に権限逸脱、その処分として軽い譴責食らったそうだがそのくらいなんでもない、と高町は笑っている。 結局、高町がトーレを遠距離砲撃で吹き飛ばした後、加勢が来たと判断した彼女たちは迅速に撤退。 実際に武装隊と最寄りの陸士部隊が派遣されてきて到着したのはその15分後・・・もう既に敵は逃げ延びた後だった。 高町は、今は敵を追撃するより、エリオと俺との安全確保が優先と判断。 俺のデバイスも奪われることなく八方丸く収まってしまった。「うーん、でもさ。」「なに?」「お前って本局の、つまり海の人間だろ。クラナガン郊外は地上の担当で無かったか?」「うん、それはあったね。でも大丈夫だったよ?」「なんで? 前に縄張り違うだろって絡まれたり怒られたりしてたこともあっただろ。」「今回は逆だった。マシュー君を無事に救ってくれてありがとうって陸の偉い人にお礼言われちゃったよ。」「ほほう、どうなってんだか。」 しかし多分、俺が地上の病院にほぼ厚意だけで出向いてるってのと関係あるんだろな。なるほど俺をあくまで地上の人間として扱いたいわけかね。地上の大事な医者である俺を助けてくれてありがとうと海の人間に言っておきたかったとか。ま、それも考え過ぎかもだが。 それはともかく。「そういや、ちゃんと言って無かったな。」「なにを?」 高町相手とは言え親しき仲にも礼儀あり、言うべきことは言わねば。「助かった。本当に。ありがとう。」 頭を下げる。 高町はちょっと驚いたようだ。「も、もう! 何いってるの! 当然のことをしただけだよ! 気にしないで! ほらもう頭上げてよ!」 頭を上げてみると高町はちょっと顔が赤い。面白い。でもまあ。「助かったのは本当だからな。AMFって言ったっけ? あれきついわー。体にかなり来るね。」「そうだね、特にマシュー君にはきつそう?」「ああ。しかしだなあ・・・」「なに?」「お前らって、ああいうの相手に戦ってるってわけか・・・」「それは、そうだけど・・・うん、そういう仕事だから。」「やれやれ・・・好き好んでそういうことするあたりがなんともはや・・・」「でも! 誰かがやらなきゃいけない仕事だよ! 私だけじゃない、フェイトちゃんも、はやてちゃんも! ・・・あ。」 名前出しちゃったね。じゃあ仕方ない、その話しますか。「八神、連絡取れないなー。」「・・・そうだね。」「このままでは俺、退院しそうなんだけど。」「・・・そうだね。」「一週間くらい連絡なしで仕事に行きっぱなしというのは実はこれまでもあった、あったが。」「・・・アリサちゃんが。」「うむ、姉ちゃん、最初から不審気だったが何日たっても八神、顔も見せないんで・・・」「かなり怒ってる・・・かな?」「かなりね。」 直通の連絡をデバイスに入れただけでは無い。 クラナガン郊外での救急車襲撃事件というのは軽いニュースにさえなって、テレビとかで放送されたりしてしまったのだ。 夕方のニュースで一回だけって程度だったけどね。 バニングス医師が襲撃を受けて負傷したって、その筋にはこれでかなり知れ渡ってしまった。 それを見て驚いたナカジマ姉妹とかがお見舞いに来てくれたりしたし。 その時は一緒に姉ちゃんがいて、面識あったから結構話も弾んだり。姉ちゃんもお見舞いにきてくれた二人にお礼を言ってた。 他にも地上本部の病院関係者とかも結構来てくれた。 地上本部のエライ人とかも来て治安維持責任者として謝罪すると真剣に頭を下げるので正直困ってしまった。 昔の患者さんたちも何人も来てくれて心配してくれた。 リンディさんもクロノも二回くらい顔を出した。 ついでにユーノもよく来る。こいつは高町目当てで来てるような気がしないでもない(邪推w) しかし八神は来ない。 よほど遠くとか。 よほどの極秘の任務とか。 通常の連絡がつかないだけじゃなく公共の放送からも遮断されたような状況にいるんだろな。 そうじゃなければ来るさ、それは分かってる。 来れないような状況に、このタイミングでいるってのは・・・不幸な偶然程度のもんだろ。 少し考え込む俺に、気分を切り替えるように高町が明るく声をかけてきた。「あのさ、9月からマシュー君たち、アメリカじゃない?」「ああ。」「その前に一回、うちに遊びに来てほしいってお母さんが言ってるの。」「そっか、そうだな、色々お世話になったし一回ちゃんと顔出しに行くか。」「予定とかある?」「この通り大事をとって入院したくらいだし、ちょっと仕事休むから・・・退院したらすぐ行くかな。いい?」「うん分かった。伝えとくね。」 んでまあ。 退院の日が来てしまった。と言っても実際には病院に六泊した程度なんだが。 姉ちゃんに高町にフェイトさんにエリオまで来た。 エリオと少し話して、俺の休みが終わったらもう一度治療に来るからと言っておく。 それやこれやと病院ロビーで話してるときに。 駆けこんできたのは八神。 顔が真っ青で泣きそうに取り乱している。 まっすぐ受付に向かう、ロビーの離れたサイドにいた俺たちには気付いてない。 そのまま受付に必死の形相で問いかけ・・・受付の人は笑ってこちらを指さす。 八神は振り返り俺たちの・・・俺の方を見て、ふらふらと近づいてきた。「マーくん・・・」 って言いながらも泣きそうなので取りあえず抱きしめてやろうかと思ったところで。「マシュー、ちょっと待って。」「なに姉ちゃん。」 姉ちゃんのストップが入った。「今日、このままなのはの家に向かう予定でしょ。私は後から行くから。ちょっとはやてと話させて。」「いやしかしだな。」「お願いマシュー。」 真剣な眼差しで姉ちゃんに頼まれると断れん。 うーむ、やはり姉ちゃんこれは怒ってるな。かなり八神にこっぴどく当たりそうだが・・・ しかしどのみちこの状況では一回は姉ちゃん怒らんと済まないだろう・・・止めても無駄だな。 それに俺と八神は後でゆっくり話する時間がある・・・はずだ。「じゃ、まあ後でな。大丈夫この通りなんともないから心配すんなよ。」 軽い口調でそういうのだがまだ八神の表情は晴れない。 姉ちゃんは八神を眼で促して二人で離れて行った。「大丈夫かな。」「不安だが・・・」「はやてちゃん怒られそうだよね。」「だよなあ・・・しかし。」「うん、しょうがないんだけど・・・」 不安を感じつつ、とりあえず予定通り高町の家に向かう事にした。(あとがき) 間に合わなかっただけじゃあない。いくらなんでも一週間は無いんでね? とか書いてて自分で言いたくなったのですが。しかしこの場合は日数の問題で無いのかな、とか思ったり。 さあアリサのマジ切れモード発動、はやて超フルボッコにされる次回・・・なんか既に可哀想に思える・・・