マシュー・バニングスの日常 第五十三話 クラナガンはミッドチルダの首都であり大都市だが、郊外にいけばすぐ田舎になるって程度では日本はもちろんアメリカよりも凄い。 もとから人口密度が違うから当然そうなるわけだが。都市を出ればすぐ田舎というより荒野といってもいい感じ。 都市と都市との間をつなぐハイウェイは整備されているものの、そもそも交通量自体が日本の道路などと比べれば圧倒的に少ないのだ。 だから多少、車の影を見なくても気にならない、それが普通。 カーブの多い山道。 道路の両脇は上に傾斜してる、谷の部分。 クラナガン市街地まであと一時間程度の距離。 そこで急に停車。 フェイトさん警戒しながら立ちあがる。 俺はまだどこかのんびりしながら運転手さんに聞く。「どうしました?」「いえ、なんだか事故みたいです。」 なるほど道路前方に倒れた大型車・・・トラックみたいな? それが道路塞いでますね。 その前に乗車してた人らしいのがなんか手を振ってこっちを停めてる。 しかし完全に道路塞いでるってわけでもないかな・・・ギリギリ路幅を使えば迂回して通過できそう。 なにせこっちは救急車で患者搬送中、スルーしても問題無いのだが。 だが。 まあ。 俺は医者だ。「ちょっと見てきますね、怪我人いるかも知れませんし。」 運転手さんと看護師さんに言って車を降りようとする。 しかし。 止める人がいる。「待ってマシュー。」「どしたのフェイトさん。」「なにか・・・おかしいの。」「なにかって言われても・・・あの事故なら怪我人いるかもだし。」「うんそれは分かる、分かるけど・・・」 執務官としての実戦経験から何か違和感を感じるらしいフェイトさん。 だけど、俺と彼女は持ち場が違うのだな。 俺は治すのが仕事で。 怪我してる人がいるって可能性あるのに見捨てるのは無理なのだ。 そして俺は車を降りて事故車に近づく。 その途中。 急激な脱力感。思わず膝をつく。「なんだぁ?」 呟きながら辛うじて立ちあがる。異常に力が抜ける。サウロンに体重を預けてなんとかしっかり立つ。 目の前にはさっきまで手を振ってこっちの車を停めていた男性・・・の筈が。 どっか見覚えのある女性に変わってる?「えとー・・・確かアンナさんとか? 言ったっけな、すまん良く覚えてないんだが。」「お気になさることはありませんわ。それも偽名ですし。」 昔、地上本部病院に何度か繰り返し送りこまれてきた体中機械だらけの・・・ナカジマさんちの娘さんたちと似た妙な女性陣。 その中の一人・・・体の表面を魔力なのかなんなのか妙な力で覆って常に偽ってるって極め付けに胡散臭い女。 その彼女が目の前にいた。髪の色は黒くも見え金髪にも見え顔立ちもクール美人にも見え地味で真面目そうにも見え、二つの映像がぼやけながら同時に見えたり見えなかったり、やはり怪しい。前に見たときはもっとはっきり真面目な黒髪女性の下にクールな金髪美女が見えたんだが今はちゃんと見えないな・・・多分他の人が見たら真面目な黒髪女性としか見えないのだろう。 警戒しながらも・・・足がふらつく、サウロンにすがって立ち直す。「あら、大丈夫ですか? ドクター・バニングス? あなたにはくれぐれも危害を与えないように申し使っております。」「なにがなんだかわからんが・・・そもそもこの脱力感はなんだ?」「AMFと言いまして。アンチ・マギリング・フィールド。魔力の結合に大幅な障害を与える特殊な力場ですわ。」「魔力妨害結界みたいなもんか?」「そうですわね、まだ魔力消失とまではいきませんし。」「それで何の用だ?」「あなたには特に用は無いのですが・・・そうですねついでに、そのデバイスを頂いていきましょうか。」「・・・なんでだ?」「これまでのリンカーコア手術データ、かなり入ってるんじゃありません?」「・・・生データは専用の保管庫だ、ここには粗データしか入って無い。」「それでもかまいせん。では・・・」 女は近付いてくる。 俺は力が抜けてる。 正直、まともに魔法が使える気がしない。 下手に使えば凄い反動が来そうだ。 そこに! いきなり金色の閃光が割って入った。「時空管理局執務官フェイト・T・ハラオウンです。貴女の行為は管理局法に抵触します。速やかに抵抗をやめ投降してください。」 バリアジャケットを展開しバルディッシュをかまえ臨戦態勢のフェイトさんは冷静にそう告げる。 だが女は笑ったまま。「目的は何ですか!」 フェイトさんが問い詰める。「・・・実験体の回収、って言ったら分かりますよね?」 女はにこやかに返す。 それを聞いた瞬間、フェイトさんの顔色が変わる。 そのまま数秒二人は睨みあう。 だが睨みあってても仕方がない、俺はフェイトさんと話し合うために念話しようとするが。 念話が通じない・・・AMFとやらの影響か・・・フェイトさんが俺に近づき耳元で呟く。(マシュー、連絡出来るところに連絡してみて。AMF下で普通の通信はできないけどマシューなら・・・)(こいつだけじゃない? ほかにも敵が?)(その可能性は高い・・・最悪、私達だけで切り破っていくしかない・・・お願い連絡してみて。) 互いにゼロ距離でボソボソ呟いて意思疎通。 さて通信通話魔法というのはどちらかと言えば俺は得意だが。 しかし通常の通信が無理という状況下で、それでも通じると言うのは・・・ ああ、あったな。 高町には相当な状況下でも通じるように、レイジングハート直通を特殊加工して大抵通じるようにしてる。 あとその加工した後で一応、念のために八神にも、いざというときを考えて高町と同レベルにどんな状況でも通じるようにしてる。 二人に通じれば、そこから別の場所に連絡も行って、この状況を打開してくれるかもしれない。【襲撃。座標xxx-xxxx。救援請う。緊急事態。医官マシュー・バニングス二尉。識別コードxxxxxxxxx】 この程度のテンプレ文面なんだが、そういうメールを俺から送るってことは・・・これまで一度も無かった。 これ見たら本当に緊急なんだって分かってくれるはず。 通信波長を加工して通じ易くしてる二人だけでなく周辺一帯に送ってるし。誰か気付いてくれるだろ。☆ ☆ ☆ 「彼女たち」の今回の目的は。 第一に「実験体の回収」。 ただし優先順位は一に少年の方、執務官の方は余裕があったらで良いと言われている。 第二に「治療データの入手」。 バニングス医師のリンカーコア治療技術はほとんどレアスキルに近い。そのデータは以前から彼女たちの主「ドクター」はあらゆる手で可能な限り集めているもののまだ足りない。重要な部分は明らかに海の本局病院リンカーコア障害治療部に保管してあると思われるのだが、その部署は本局病院の中枢に位置するだけでなく、その部署自体、非常に新しい・・・ここ数年で出来たような新設部署、他の部署との横の関わりが薄く、現状スタッフはほぼ主幹医師ギル氏の個人的な知り合いで固められている、つまり他所から情報入手を目当てに工作員を送りこむとか非常に困難。 何度か工作員を送り込むだけは送りこめた地上本部の病院とはセキュリティが違うのだ。 本来ならば本局病院内のデータバンクから情報を不正に詐取できればそれで済んだ話なのだが。 それが出来ない現状。 ゆえにまずバニングス医師の治療を受けた実験体の少年「エリオ」を回収、その肉体に施された治療経緯を精査したい。 ただし。 バニングス医師は今でも表面的に健康に見えても実は慢性的な病気を患っており、実態は半病人に近い。 荒事に巻き込むと容易に命の危険があると思われる。 ゆえにまず彼を引き離し、できれば拘束し、彼の安全を確保するように強く命じられている。 「ドクター」は自分の趣味嗜好をどんな時でも優先させる人なのだ。彼はバニングス医師をつまるところ気にいっている。 下手に傷つけて将来を奪うようなこと無く、彼が彼なりに独自の技術を発展させることを「ドクター」は望んでいた。 ただそれはそれとして今の段階での彼の技術についてももっと詳しく知りたい。 リンカーコア治療技術とは裏返せばリンカーコア加工技術になり得る。 その技術は「ドクター」をもってしても難易度の高い技術であり、得られる情報は可能な限り多く欲しい。 「彼女たち」の襲撃は順調に進んでいた。 事故を装いバニングス医師を引き出すことに成功。 すかさずAMFを展開、バニングス医師は明らかにその影響で脱力しふらついている。まともに動けそうにない。 彼のデバイスもついでも貰っておこうとしたところでF計画の実験体出身執務官が妨害に来たが。 それはつまり彼女が、エリオ少年の傍から離れたという事。 どうやって引き離すか悩んだのに実際にはあっさりうまくいくものだ。 執務官はニアSクラスの魔力を持っておりこのレベルだと、AMF下で多少力が落ちてもまだまだ戦闘力は保持している。 すかさず「妹たち」に指令を送る。 救急車から同乗していた看護師の悲鳴が上がる。 ハっと振り向く二人の視線の先には、ぐったりしたエリオ少年を抱えた長身で無表情な女性。 そしてその足元の地面から湧き出すように水色の髪をした少女が浮かび上がってきた。 エリオ少年が手渡され、長身女性が一言「行け」。 水色の髪の少女は無言で頷き、エリオ少年を抱えたまま再び地面に沈みこもうとした。 一体彼女たちは何なのか、まるでプールに潜ったり浮かんだりするみたいに地面から浮かび上がりまた潜ろうとしている彼女は何なのか、その能力は魔法なのかも分からなかった、分からなかったが。 マシューとフェイトには一つだけは確実に分かった。 彼女たちはこのままエリオを連れ去るつもりだ。 それが分かったフェイトは激発する。 今、まさに沈みこもうとしている彼女に向かって超高速移動! そのままエリオを取り戻そうとするが、長身の女性に阻まれる! 腕から奇妙な羽状のエネルギーを放出しながら彼女はバルディッシュを見事に弾き返した。 だがそのくらいでフェイトは止まらない! 停止したのはほんの一瞬、即座に体勢を立て直し全身から魔力が変換された電撃を迸らせつつ再び・・・ そのとき。 フェイトの体から強力に放出される魔力の影響か。 いきなりエリオの体がビクっと跳ねた。 そのまま全身痙攣を起こす、全身がガクガク震えている、保持できなくなった少女がエリオの体を地面に落とす。 少女はうろたえている。フェイトと長身女性も倒れて痙攣するエリオを見て固まる。 マシューがそれを見て叫ぶ。「魔力発作だ! 類似性の高いフェイトさんの魔力に反応して不安定なコアが暴走してる!」 マシューの方を振り返るフェイト、思わず顔を見合す敵の3人。 そのままマシューはエリオの方にまっすぐ近づく、足元はまだ少し危なっかしい。 近づくマシューを警戒するかのように長身女性が前に立ち妨害しようかと動いたが・・・「命にかかわる! 迅速な治療が必要だ! 邪魔するな!」 一喝されてひるむ、が、彼女たちも任務だ。「命にかかわるってのが分からないのか! お前らの目的が誘拐だか略奪だか何だか知らないが! そんなことは後でやれ後で! 今はエリオ君の治療が最優先だ! 医者の治療を邪魔してはいかんってことも知らんのか! どけ!」 足元はまだふらついている、顔色も悪い、片手で軽く突くだけで倒せそうだ・・・ が。 そんな彼に圧倒されて結局、どいてしまった。 魔力の特徴が拡散・発散であるマシューにとって、魔力結合を妨害するAMFというのは相性が悪かった。 恐らく普通の魔導師一般よりもそれが与える悪影響は大きい。 しかし今は気合が入っていたので一時的にそれにも気付かず。 リミッターを緩める、少し緩めただけではまだいつものように魔力が出せない、この際リミッターを完全に解除する。 それでやっとAMF下でも通常の治療が出来る程度に魔力が出てきた、出てきたがきつい! しかし今はそれどころでは無い、サウロンを展開しエリオの体を精査する。 これはいわばアレルギー反応に近い。つまり免疫過剰、反応過剰による悪影響。エリオのリンカーコアは長年の人工的で強力な魔力刺激によって、普通の肉体に例えれば皮がズタズタで内容物が剥き出しになってるような状態で少しの魔力刺激でも過敏に反応する。治療するにはまずは再び自然に皮が表面を覆うまで待ち、しかる後に内部の魔力回路の整頓をと思っていたのだが、まだ薄皮が張った程度の現状でこんなことになり発作が起きてしまった。 仕方ない、予定を前倒しして、今の段階でリンカーコア内部に接触し最低限の整形を行う! 集中する、集中する、集中する。 半眼になりサウロンをエリオの胸にあてて膨大な魔力を発するマシューの姿を周囲は唖然と見守る。 時間にしたら、ほんの10分足らずだったろう。 みるみるうちにエリオの痙攣が治まり・・・顔色も良くなり、目を開く。 不思議そうに周囲を見回すエリオ、治療中のマシューをぽかんと見上げる。「最低限、治した。どこか痛むところ、違和感のあるところは無いか?」 尋ねられてエリオは。「大丈夫です。これまでずっと違和感あった心臓の上くらいの所も・・・なんだかとても楽になりました。」 こういうふうに普通に受け答えするのは実は初めてだった。フェイトが驚きと喜びに表情を輝かせる。 そこに割り込もうとした次女。「あらあら、名高い『直接整形術』をこの目で見られるなんて。光栄ですわ、それじゃあ治療も終わったようですし・・・」 再び戦闘開始と言おうとしたのだが。 そこでいきなりマシューが血を吐きながら膝を付く。「ガッ! ガフガフ! ゲボ・・・ぐぐぐぐ・・・」「マシュー!」 フェイトが叫んで肩を支えようとする。血が彼女の服に飛び散った。 口から下は血だらけの凄惨な顔で、彼は周囲の敵性女性たちを見回した。「エリオ君は大丈夫だ、けど、俺がヤバいなあ・・・ゲホゲホ、ヒュー、ヒュー。」 吐血しつつ苦しそうに息をつき、「AMFって言ったっけ。これきついわ、俺には特に。そこで無茶した・・・死ぬかも俺。」 言いながらニヤリと笑う。 それを見て一瞬判断に迷った。 死ぬかもと言いながらも笑ってる、実は余裕があるのでは? と思う反面、彼の表情態度物腰からは何か、死ぬことへの諦観みたいなものが伝わってくる、死んでもともと、別に平気だって顔してるようにも見える。 『リンカーコア直接整形術』がバニングス医師の肉体に大きな負担を強いるため、滅多なことでは使えないという情報は事前に入手したし。 彼が死ぬことは無いようにと「ドクター」から言われているし。 しかし何の成果も無く帰るわけにもいかない。 そこで咄嗟に判断。「セインはエリオを! トーレはバニングス先生のデバイスを! そのまま撤収!」 やはりうろたえていたのかこれまで避けていた個人名を出して命じてしまった。その時は彼女はこの失態に気付かなかったのだが。 そのまま偽名アンナ(本名ドゥーエ)は迅速に逃亡に移った。多分両方入手は無理だろうがどちらかなら・・・☆ ☆ ☆ それを聞いてフェイトさんはエリオを奪われまいと俺の傍から離れ、セインと呼ばれた少女を牽制。 真正面からフェイトさんに対抗する力は無いらしい。彼女は悔しそうな顔をしてそのまま地面に潜って逃亡した・・・らしい。 問題はトーレと呼ばれた長身女。見るからに武闘派、さっきはフェイトさんの攻撃を正面から弾いてたし。 俺に対抗手段は皆無である。「しゃーねえ、もってけ。」 言いながらサウロンを手放そうとする。 このなかにはあらゆる情報が入ってる。特に今やったばかりのエリオ君のコア直接整形の生データ、これはかなり貴重だろうなあ。 悪人の手にわたれば幾らでも悪用する余地があるだろう。 しかし俺もここで死ぬわけにもいかん。 さっき死ぬかもと言ったのは6割はハッタリ、実はこの程度ではまだ死なん、せいぜい一週間入院くらいで済むだろう。 見た目は派手に血を吐いて見せたが・・・ここ数年はこういうことが全くなく体力を養ってきたし意外とダメージは少ない。 とは思うがそれも多分だ。 だが何にしても既にエリオ君の治療は大方済んだ。 であれば後は俺が無事に生還すること、それが重要、抵抗して危険を冒したくない。 トーレは少し、目を細め、また無言のまま俺の手からサウロンを取ろうとした。 そのとき。 桜色の砲撃が彼女を吹き飛ばした。 特徴的な魔力光に、この距離から吹き飛ばす強力な砲撃魔法、誰が来たか明白。 それを見て、俺は、安心して。「おせーぞバカ町・・・」 呟きながら今度こそ本当に倒れて気を失った。 あああ~~~やっぱ久しぶりにきつかったわ・・・(あとがき)連絡付いたのも助けに来たのも、なのはの方でした。さてはていやはや、うーむ。数の子の活動時期は大きく変える気は無いのですがセイン例外。ここにはズレが出てるということで。エリオとは将来仲良くなりそう。忙しいフェイトの留守に一緒にメシとか行くかな・・・