マシュー・バニングスの日常 第五十一話 姉ちゃんが俺と八神の仲について問い詰めて、それからも一週間ほどこっちを引っかき回してから地球に帰った後の話になるが。 俺は忘れていた。 八神に、例の機密度Aの情報について相談するのを。 理由は幾つもあるが・・・ まず相談しようと思った晩には姉ちゃんによる査問がありしかもそれを高町が無意味に煽ったりしてそれどころではなくなってしまったこと。 しかもそれからも数日に及び、高町の煽りというか挑発というかそういうのが続いて俺たち全員それに気を取られていたこと。 しかしそうやって煽った理由ってのが全く・・・ はやてちゃんとくっつくなんてのは小学生の時から分かってたけどマシュー君が幸せそうだとムカつくってお前・・・ 素直でイイ子な「なのちゃん」はどこに行ったんだ・・・ しかも、どーも近頃の高町は・・・士郎さん譲りの戦闘力と言うよりは?・・・桃子さん譲りの精神的な強さというか人格的迫力みたいのが成長してはっきりと表に出てきたような気がする・・・何も言わない、何かするわけでもない、基本的に笑ってるだけ、たまに少しだけ寸鉄人を刺す発言、そしてそれだけで圧倒する。 この調子では桃子さんとかリンディさんの境地に若くして達してしまいそうだ・・・いかんやばいそうなると勝てん。 ちょっと精神的に追い込まれるとすぐ「なのなの」と鳴き声出してパニクる可愛い高町はもういなくなってしまったのか・・・ ううむそういうメンタル弱いところがあったからいつも俺のペースで高町に優位に立ってたのだがこれからは難しいかもしれない。 百獣の王がついにそれにふさわしい威厳と迫力を身につけてきたかのような。 やっぱり猛獣だ、そろそろ俺では制御は無理になってきたか。 あと、それやこれやあったけどやっぱり八神は忙しかったというのも大きいな。 一週間で家にいるのが平均して三日以下って状態。 もう近頃の俺はずっとミッドの八神新邸で留守番状態だわい。 帰ってきても疲れてて、ほとんど話さずにすぐ寝ちゃったりとかで相談どころじゃ無かったり。 それにギンガさんたちの健康診断ってまだ3カ月に一度なんだよね。だから思い出すきっかけも中々なかったり。 それで結局、相談しないままで・・・ 姉ちゃんが帰って数日して、例によって俺が八神家で一人のんびり過ごしていた時。 珍しくフェイトさんから連絡があった。 フェイトさん単独から俺宛ての連絡というのは中々無い。 そこを押しての連絡だから俺も何かあったかと心配しながら話を聞いてみると・・・ エリオ・モンディアルという少年の治療を依頼されたわけなんだな。 彼はまだ小学校低学年って程度の年齢だったのだがその年で既に特殊な事情を大量に抱え込んでいて今度フェイトさんが保護したそうだ。 その事情ってのは・・・まず彼はクローン体であること。既に亡くなっているエリオ・モンディアルのオリジナルの代わりにと・・・ご両親が知る辺に頼んで違法に作り出したそうなんだ。 実際問題ね・・・クローンを作ってもそれは同一人物では無い、単なる一卵性双生児に過ぎないわけだ。育ち方で幾らでも変わる、どれだけ似てても、いや似てるからこそ感じる些細な違和感、特に肉親から見れば欺かれるもんじゃねえ。しかしそれでも生きていてほしいという事でクローン体を作ること自体は実は違法ではない。ただし、9歳以下だったかの幼児で無くてはいけない(大抵の場合クローンはオリジナルより生命体として不安定で長生きできない。老人のクローンとか作るだけ無駄だし一般には第二次性徴以前の本当の子供の時期でなくてはうまくクローンは出来ないとされてる)とか、ムリに同一人物であると押し付けたりしてはならない、あくまで双子の兄弟として扱わなくてはならないとか法律で決まっていたりする。それでも幼い子供を亡くした両親からすれば結構救われるもんでね? ただし実際には「死んだ子供の代わりを作ろう」って思うくらい何と言いますか精神にキてる人ってのは意外と少なかったりもする。 そういう法律ができるくらいだから結構問題多発する存在であるわけだクローンてのは。 問題になったエリオ・クローンのご両親の場合、ムリに同一人物であると押し付けようとして薬物などを使った強制的な人格と記憶のすりこみというかインストールというかを依頼して実際にやってしまったり、そのあとも役所への届けとかでも前に届けたエリオが死んだと言う方が間違いで実は生きてたんだって強引に同一人物で押し通してしまったりとか、違法行為を重ねてしまったんだよな。 そしてヒドイ話だが、そこまでやってもやっぱり「こんなのエリオじゃない! やっぱり違う!」って後から言い出して、エリオ君を、実際に培養した設備とかあった、とある研究機関に戻してしまったのだな・・・だから死んだ子の代わりと思ってはダメなんだって法律で決まってるのに、やはりそういうことする人はそういう人であるといいますか。 さらにこの研究機関ってのが表向きは合法な顔をしながら実は内部で違法研究バリバリやってるという類の場所で・・・ 前々からフェイトさんは目をつけていたそうだ。 執務官ってのは何でもやるのだが、フェイトさんの場合は個人任務で色々やることが多いそうな。どっちかといえば指揮官系に進んで、実際に部隊を率いる役回りが多かったクロノとは違う道に進んでる。集団指揮、団体行動・・・ってのは、実は特異なキャラクターを持つフェイトさんには向かなかったりとかね。個人としての内偵調査とか、個人行動が主になる任務が多く割り当てられるのがフェイトさんの現状らしい。まー向き不向きってのはあるからね。そしてこの研究機関の調査もフェイトさんに与えられた任務だったそうで。 ちなみに。 「違法クローン」研究というのはフェイトさんの逆鱗である。 ここに触れるとフェイトさんマジギレモードが発動する。 その理由はエリオ治療を通じて俺も今回初めて知ったんだけどね。 しかし普段のフェイトさんが風邪薬のCMに出てくる風神の相方の雷神程度の抜けてる感じの存在だとすると。(cf.風邪ひいてまんねん) 違法クローンが絡んだ時のフェイトさんは北欧神話の雷神トールに等しい。 全ての攻撃が某要塞のトールハンマーレベル・・・みたいなもんである。 数か月がかりの内偵の末、ついに強制捜査決行の許可が降りた日、フェイトさんの周囲はバリバリ帯電して味方も怖くて近付けなかったそうな。(フェイトさんは気合入れると魔力が電撃に変わるというビックリ人間である・こういう人は魔導師でも滅多にいない) その調子で圧倒して薙ぎ倒して蹴散らした後、捕まって非人道的な実験の材料にされてたエリオを発見したフェイトさん。 調べればすぐにどういう境遇の子なのか分かる。 そして分かった瞬間フェイトさんは今度は逆方向に極端に切り替わり・・・ なんとしてもこの子を救おう! そのためならどんな手段も使おう! と決断してしまう。 この際、ちょっとした俺との間の隔意とかそんなものは無視されてしまう。 そしてそこで俺のところに連絡が来たわけだ。 まー俺の専門分野で無かったとしても、単なる一般患者として来院して何科に行けば良いのかも分からん状態から始めるのと、いっぺんまず知り合いの医師に見てもらって最低限の治療をしてもらってさらに何科に行けば良いか指定してもらって紹介状とかもらえるのとではかな~り違うもんだしね。医者の知り合いが一人はいれば良いと言われる所以である。 しかしこのフェイトさんからの第一報は、まだ何というか微妙に権限逸脱っぽかったようなのだが・・・ だってエリオ君って・・・かなりヤバイ話に関わり合ってる子だったしね・・・ でもフェイトさん泣きながら頼むし、ちょっとヤバイかなと思いつつも、まあしょうがない、と。 俺は急いで、フェイトさんが蹂躙して半壊状態の違法研究施設に向かった。 そして瓦礫だらけの旧研究所の中で、実際にエリオ君を調べてみると・・・実に不快な事実が判明した。 俺たちが頑張って発展させてきたリンカーコア治療技術が悪用されてる! 例の人造魔導師計画かね・・・ このエリオ君はリンカーコアの出力が最高度に上がるように、魔力負担がかかる肉体の各所をピンポイントに的確に強化されてる。 そしてその強化の具合が、まるきり「リンカーコア障害治療の標準化」論文に指摘された重要個所をなぞってる! これに気付いた時は正直・・・血の気が引いた・・・ しかもそれだけじゃない。 昔から、強引にリンカーコアに魔力を流して強化できないもんかって大雑把な実験も為されてきたもんなんだが・・・ その種の強制刺激も加えられてきた形跡がありありと見える。 コアがボロボロだ。 実験結果としての数値だけ得られれば良い、彼が死んでも構わないって方針だったとしか思えない。 これは・・・俺がこれまで見た中で一番ひどい「後天的魔力中枢障害」だな・・・ 今すぐは死なないが・・・適切な治療を施さねば若くして・・・ 治療法は・・・最終的に根治させるには「直接整形術」しか無い。 そう断言できる数少ない症例の一つだ。 しかし十五分とかで治せるレベルじゃない、まずはそれ以前に肉体全体がまんべんなくボロボロだ。 もとがクローン体だけに根本的な生命力も低い・・・下手したら数年がかりの治療になるな、これは・・・ 肉体を治しつつ、適宜、コアも少しずつあちこちの綻びとかほつれとかを繕って、急には治さずあくまで少しずつ・・・ かなり大変なことになるだろうが。 しかしリンカーコア障害治療部が頑張ってまとめた研究成果を悪用された実例を目の当たりにすると・・・ 絶対に治してやる。 と決意せざるを得ない。 だが。 エリオ君の治療は・・・問題山積み。 まず、ぶっちゃけ、エリオ君とは、違法製造による実験用クローンに過ぎない、と言ってしまえるのだな。 それでも人間だ! というのは確かに正論。 しかし現実問題・・・ 実験用、クローン体、両親は放棄、研究所も崩壊、本人はボロボロ、非常に高度な治療を施さねば多分数年で死ぬ、そしてその非常に高度な治療というのは普通なら・・・無茶苦茶高いだけでなく一般人でもなかなか受けられないようなレベルのもので・・・ ここまでくれば普通なら、気の毒だけどしょうがないからってんで放置されて、一応は気休め程度の治療も軽く施されて、それで義務は果たしたって見なされて、あとは誰か担当した気の毒な人が涙一筋流して無縁仏に手を合わせる。 それでおしまいってなもんだろう。 そういう状態だってことを正直にフェイトさんに言う。 フェイトさんはさらにボロボロ涙をこぼしながら自分に出来ることは何でもするし法律上の保護者が必要なら自分がなるから!と即断。 ・・・フェイトさんも似たような研究によって生まれた存在で、実の母親に疎まれてたのも今では認めてる、しかしそういう境遇の自分は信じられる人たちに出会って救われた、だから自分も同じような境遇の子供がいたら救うんだ!ってのはフェイトさんの根本的な行動原理。 問題が多々あるだろうと分かっていても止まるもんじゃない。こういう子供を救うのは彼女のレゾンテール。 俺としてもこういう自分のせいでないのに生まれによって無理やりハンデを背負わされた子供、しかもリンカーコア障害治療の研究成果を悪用されてさらに容体が悪化してる子供なんてのは何が何でも治したい。 ここに初めて、俺とフェイトさんの完全協力体制が敷かれることとなった。 俺たちの間にあったわだかまりみたいのは元から実体の無い蜃気楼、一瞬で溶けて消え去った。 そして、その場からすぐに俺たち二人は動きだした。 だが実際想像していた以上に、エリオ君の治療環境を整えるのは大変であった。 できれば本局病院リンカーコア治療部に入れてあげたいところだがそうは行かない。半年先まで予約で埋まってるし、予約が取れるかどうかの基準も純粋かつ厳密に医学的に必要であるかどうかで決まる制度になっているのだ。昔はエラいさんのコネとかで変な患者が押し込まれて来たりもしたが、責任者ギルさんはそういうのを本来嫌う人であるし、またそういった横車を認めていては追いつかない勢いで患者は次々にやってくる、自然、診る側であるこちらの立場が強くなりギルさんの方針で正当な手続きを経ずには来れないようになっている。俺もそこに所属する一局員に過ぎず当然、知り合いだから優先的に入れてくれって言うわけにはいかない。 それにそもそもまずは肉体全体を回復させるのが先決だし信頼できる知り合いの医者に紹介して、コア治療については予約してもらって。 エリオ君に関する法律関係問題とか機密情報関係問題も面倒であった。 囲い込んで無かったことにしようとする見えない力は常に存在した。そこを強引に潰して、エリオ君をあくまで一般人の被害者として扱うにあたっては・・・フェイトさん、クロノ、リンディさん、エイミィさんなどの協力が不可欠で・・・かなり無理させたんではないかと思われる。特に、クロノとリンディさんの政治力だな・・・まぁそれを負担と思う人たちではないがしかし気がひける・・・ 結局何とかしてエリオ君の担当医に俺はなれたわけだがそれにあたってサインする必要のあった守秘義務誓約書類とか、もう勘弁してくれ冗談だろって枚数であった。それでも何とかなったのは、恐らく、エリオ君は・・・言っては何だが元々実験体としても消耗品扱いだったからなんだろうな。死んで元々という軽い扱い、それほど貴重な研究データとかってわけでは無かったのだ。生まれは本来ならオリジナルの代わりとして人間として生きることを意図されていたのだし、つまり根っからの実験用素材ってわけじゃなくて、あくまで後から臨時に実験に使っても良いよって扱いに変わった存在ということで、そういう存在は実験体としては使いにくく価値も低いってことだろう。 それやこれやで、エリオ君と出会って以来しばらく、俺は非常に忙しくなったわけだ。 特に最初のうちは関係各所を俺とフェイトさん二人で駆けずりまわって手続き根回し頑張らなくてはいけなくて・・・ とりあえず信頼できる入院先を見つけて、法律関係何とかして、一段落したのは、一ヶ月くらいしてからだったかな。 この一カ月はほぼこの問題に専念してた。 とある地方病院のラウンジで一服しながらフェイトさんと話し合う。「それでも何とかなったかな・・・フェイトさん、エリオ君のご両親の方はどうなった?」「うん、完全にエリオに関する権利放棄させた上で、きちんと当局に引き渡してきた。でもそれほど重罪にはならないみたい。」「そっか・・・非人道的実験とかを実際にやってたのは研究所の方だしな・・・」 ちょっとミネラルウォーターをごくり。フェイトさんは珈琲だ。ブラックかな。 品良くカップを傾けて一口、音をさせずにソーサーに戻してフェイトさんは話を続ける。「マシュー、エリオが本局病院に入院できる時期は・・・もう少し早く出来ない?」「ごめんそれはムリ、絶対ムリなんだ。情実を入れたら収拾付かなくなるんで絶対禁止になっててね、本当に悪いんだけど。」「ううん、ごめんなさいムリ言って。何度も聞いたのにね・・・うん、一刻も早く治療を受けさせたいって思いは皆同じで、そういう人たちがじりじりしながら順番待ってるのに、知り合いだからって割り込ませようとか考えちゃダメだよね。ゴメンなさい、二度と言わない。」 感情が走るとすぐにグダグダになる人かと思ってたが・・・理性的な意見に驚いてちょっと見直す。「・・・そうしてクールに話してると執務官みたいに見えるから不思議。」「私はもとから執務官だよ!」「だってさ~・・・時効だと思うから言っちゃうけど、高町入院したときとかフェイトさんにはまいったんだよ本当に。」「うぅ~~~それは言わないでよ・・・」「まあいいじゃない。今のフェイトさんなら普通にちゃんとした看護も出来そうだし。いやあ見違えた。」「本当にそう思う?」「うん、お世辞抜きにそう思うよ。」 バタバタしてたのが少し落ち着いて。 フェイトさんと親しく話すなんてのは実は小5の時以来とかかもしれん。 いつも顔は良く見てたんだが、まるで久しぶりに会ったみたいな気分にお互いなって、会話が弾んでしまった。 なんというかフェイトさん、こうして改めて正面から話してみると・・・格好良くなったなぁ。 気付いたら既に午後8時過ぎとか・・・ あ。 今日は八神が帰ってきて夕食作ってるとか言ってたかも。 近頃時間が合うことが少ないのでこれも3週間ぶりとかの話で。 連絡せずに八神との約束をすっぽかす・・・うん、自殺行為だ。 既に遅いかも知れんがまずは連絡を入れねば・・・(あとがき)・4年は経ってないけど丸3年以上は経ってるかな・・・フェイトさんとの「再会」と仲直り。・19で中佐になる八神のその異常な出世の代償は当然、仕事以外の時間を犠牲にすること。すれ違い。・エリオ原作より強くなるかも。まあいっか。既になのはも強いしw