マシュー・バニングスの日常 第四十九話 今日は高町が遊びに来た。それもすっごく朝早く。 姉ちゃんと一緒にミッドをあちこち見て回る予定、まあ今度こそ普通の観光になるだろな。 しかし姉ちゃんは意外と寝起きが悪い。高町が来たからと起こしても、しばらくボーっとして、そのあとで「シャワー浴びてくる・・・」と言って風呂場に消えた。姉ちゃんは一回風呂に入ると1時間弱は出てこない。 ちなみに今朝も八神一家はいない。どーも近頃の俺はほぼ留守番である。フルタイムで仕事するようになってからの八神の仕事振りってのは鬼気迫るものがあり、かなりムリしてるんではないかと思うのだが、さすが八神、体調管理も万全、休めるときに休める場所できちんと休んでいるようで、帰ってきたときに俺が健康チェックしても、過労って程では無いのだな。 とりあえず待ってれば良いだろと高町を居間に通して、茶を一応、入れてきたのだが・・・折角、はやてちゃんが良い茶葉を揃えているのに、入れ方がなっちゃいないと文句を言いやがったので、だったらお前が入れやがれと言い返したら、喫茶店の娘を舐めるなと凄い気合を入れてキッチンに向かった。ふふん、桃子さんには及ばないだろうが、八神の腕もなかなかのものだ、いつも八神の入れてるお茶を飲んでる俺が感心するほどのものを、砲撃娘ごときが入れられるものかな。「はい、入れてきたよ! さあ飲んでみて!」 ずず・・・ ぬぬぬ・・・ 美味いじゃねーか・・・ 素人がある程度気をつけて入れるって段階では無い。 明らかにプロだ。 既に一般的なお茶の入れ方の注意事項を守るって段階を超えて、さらにその上でのタイミングとかコツを競い合う境地なのか。 八神は「上手な素人」なのに対して、これは「そこそこのプロ」だな。 おのれ高町のくせに生意気な。 とかジャイアン的な感想を思ってても仕方ない・・・「さすが桃子さんだな。」「いれたのは私だよ!」「教えたのは桃子さんだろ。」「お店で出せるくらいになるまで頑張ったのは私なの!」「なんだよやっぱりちゃんとした訓練を受けてたのか・・・」「そうだよ! それでどう? 美味しいでしょ!」「・・・」「美味しいでしょ?!」「美味いよ畜生め。」「ふふーん♪」 むう、珍しく俺に勝ったのですごい嬉しそうに笑ってやがる。なんと反撃してやろうかと考えてると・・・「あああ~ゴメンねなのは、目ぇ覚めたわ・・・」 姉ちゃんが髪をタオルで拭きながらやって来たので、とりあえず水入り。 今日は高町と一緒に普通の観光をする予定の姉ちゃんだが、本当の所それだけでもなく、今でもやっぱり仕事仕事で遊びが無い高町を、休ませて遊ばせるって目的もある。 仕事仕事ばかりといえば八神もそうなのだが・・・昨日も八神は帰ってきてない。今日の午後になんとか八神一人は帰って来れる予定。 騎士たちが帰って来れるかは微妙・・・ザフィーラは大丈夫・・・シャマルさんは多分・・・シグナムとヴィータは微妙・・・リィンはかなり危ない・・・みんなそれぞれの持ち場で実に忙しく働いている。 そういうわけで今日は俺はやっと帰ってこれる八神を待つので一緒には行かない。 多分昼過ぎに帰ってくるだろう八神と一緒に夕飯の支度をして、姉ちゃんと高町が観光から帰ってくるのを待ち、夕飯は家で皆で食べようというのが今日の予定となる。 ちゃんと目が覚めた姉ちゃんは手早く身だしなみを整える。意外とその段階になるとテキパキと準備が早くなったり。しかし姉ちゃんは、飾り気のない高町の格好をジロリと気に入らないって顔で睨むと、自分の身支度とは別に高町の服や化粧や小物をアレンジし始める。高町の抗議は一切聞く耳持たない。 あんたせっかく素材が良いのにそんな恰好ってどうなのよ、化粧ってのはただの飾りじゃないのよ適切にすればお肌の状態を良好に保つって意味もあるのに、そういえばあんた普段はどんな基礎化粧品を、なんですってそんな適当な手入れだけでどうしようっての! 桃子さんだってあの若々しい外見のために努力とかしてるのよ、あんたみたいな体育会系の仕事をしてる女が手入れ怠れば迅速に劣化するわよ、桃子さんの娘だからって甘えてるんじゃない、ほらまずは私が使ってるのを貸してあげるから、ああもうその手つきは何? 見てられない貸しなさいほらこういうふうに・・・ さすがのエース高町も美容って分野においては、そらまあ姉ちゃんに敵うわけがないのだな。 しかし女性ってのは大変だね、やっぱ。 だが、姉ちゃんから見れば、高町のそういう分野における無頓着さは、やっぱり我慢ならないものだったようで。 ただの観光になるかと思いきや、高町を女性として変身させるツアー第二弾になりそうだな。 姉ちゃんは高町を引きずって意気揚々と出発。 とりあえず近場のデパートの化粧品売り場に向かうとのこと。 高町の抗議の意見はやっぱりきれいに無視されていた。 さーて午後には八神が帰ってくるだろうがそれまで何してるかな。 あ、そうだ、予定としては今日の夕方には、姉ちゃんプロデュースにより女の子らしくアレンジされた高町が帰ってくるはずだよな。 だったらそれをユーノに見せてやらないって手はないだろう。 無限書庫の勤務時間・・・の前だな、まだ。今なら連絡つくかな~・・・ ちなみに無限書庫ってやつは・・・原理は不明だが次元世界のあらゆる情報を半自動的に収集し蓄積し続けるって意味不明な代物で、もしかしたらロストロギアなんでねーかと思われるのだがまあ無害らしい。しかしどーも作ったやつが所謂「頭良いバカ」だったのか、あらゆる情報を自動的に積み上げるってー凄い性能とは裏腹に、その整理方法が適当でひたすら大雑把に情報積み上げてくだけみたいな感じで、デジタルな整理とか皆無である。索引とか蔵書一覧とかが存在しないくせにひたすら巨大な図書館みたいなもんで、つまりそういう状態だと目当ての情報を見つけるのも一苦労、ていうかまず見つからん。どこが政治関連で、どこが魔法関連でとか最低限の分類すらされていない状態でひたすら本が投げ込まれてる中からどうやって探せというのだ。まるで闇の書のような大雑把さ。大方古代ベルカの連中が適当なノリで作ったものなのでは無いか、しかし出来た後で「あちゃーやべー検索機能つけるの忘れた俺自重w」みたいな感じでそのまま誰もまともに使わなくなってしまったのではないかと個人的には思ってる。 しかし! そういう状態で、無限の情報は確かにあるのに利用不可能に近い、ってどーしょーも無いのを何とかした男。 彼こそがユーノ・スクライアなのである。実は結構大した男なのである。 やつがどうやってうまく調べてるのだかは良く知らん、が、とにかく彼にはそれが出来るということで実はかなり管理局内でも重要人物になっていたりするのである。なにせ書庫は勝手に無限の情報集めるわけだし中にはかなりヤバイ情報とかあったりするし。 もっとも、それで親しい人にも話せない機密とか無駄に多く知ってしまったりとか、ユーノでなければ調べられないレベルの情報とか多くて仕事が地獄のように忙しかったりとか、それやこれやで高町との距離を詰めるのが難しくなったりとかしてしまってるのだが・・・ まあだから協力してやらんとね。「・・・そういうわけなんだが、どうだ? 今日の夕方とかこっちに顔出せないか?」「可愛く着飾ったなのは・・・見たい!」「うんそれは分かってるから、で、来れる?」「・・・なんとかする! よし今日は残業しないために頑張らなきゃ! ありがとうマシュー!」「できれば18時くらいが良いが・・・まあ多少ずれてもいいから。」「分かった。ああそうだ、この前、頼まれてた人体改造の資料なんだけどさ。」「うん、見つかったか?」「情報の機密レベルの分類で・・・上から二番目くらいの機密度Aの資料が結構あってさ・・・これ、はやてなら見れるレベルだけど、どうなんだろ、マシューの今の権限だと・・・」「上級管理官レベルでなくては見れない人体改造の記録? ・・・物騒だな・・・まあ実際にやってるわけだし実例を知ってるわけだが・・・うーん、二尉待遇の医務官ではアクセス権限無い?」「ん~ちょっと待ってよ、本局病院所属の医師としてのマシューの権限だと・・・アクセス権限は機密度Bまでか・・・やっぱムリかな、一応、陸の本部病院の医師としての権限の方だと・・・・・・あれ?」「どした?」「どーなってんの? 陸の医師としてだと、マシューの情報アクセス権限が・・・医療分野に限ってだけど機密度Aまで閲覧可能に。へ~陸の病院だと色々設備とか悪いって文句言ってたけど、その代わりにこういう所でマシューの待遇良くしてんのかな。」「ほほう、いつの間に。」 そういえば、かなり前に俺の病状と似た症例が無いか、先天性リンカーコア形成異常について調べたとき以来、無限書庫の利用ってして無かったな。あれから俺の権限拡大とか陸の方で勝手にやってくれてたのか。 ちなみに先天性リンカーコア形成異常については、前例らしい前例がなく、そういう生まれの子供は子供のうちに迅速にお亡くなりに・・・って実に絶望的な記録しか残って無かった、あれ見て以来少し無限書庫を敬遠してたからなあ。「それじゃあ頼むわ、サウロンに情報送ってくれ。」「了解。そうだ、ついでにリンカーコア異常についても、機密度Aまでで見れる新資料とかあったらまた送っておこうか?」「うん、いつでもいいから見つかったら送ってくれ。」「それじゃまた夕方にね。」「おう、今回は姉ちゃんプロデュースで女同士で徹底的に改造するって言ってたからな、期待できるかもよ。」「うん期待してるよ!」 さーて、ユーノから送られてきた情報は、と・・・ 人体改造の記録・・・むうう・・・人道とか無いなあ・・・正直気分悪いが・・・ 人体実験というのは残念ながら地球でも前例は多々存在するし・・・また今現在でも世界のどこかで金目当てで臓器とか切り売りするって人たちが実際にいたりとかもする。日本だと輸血用血液は献血頼みなのだが、世界だとむしろ金銭的代償が与えられるのが普通だったりして、売血という行為は普及していたりとかもね。それに俺が知らないだけで・・・多分、今でも地球のどこかで・・・人体実験とかって行われていないって断言できるか?っていったら微妙な気がするし。軍事機密に守られた研究所の内部とかでどういうことが行われているかなんて分かったもんじゃあない。 しかしだ、その逆に、本当に純粋により多くの人を救うための医療技術の発展というのも行われているわけだ。 つまり表があれば裏がある、光があれば闇がある、良いことしてる人たちがいれば、悪いことしてる人たちもいると。 それは地球でも当然そういうもんだし、ミッドでもそうだって、まあそれだけのことだろな。 送られてきた資料は大別すれば二種類・・・ ふむ、魔導師のクローンを作ってそのクローンに色々な加工を施して強力な魔導師にするって研究と・・・ 肉体に機械的改造を施して、一種のサイボーグを作る研究・・・ ナカジマ姉妹は後者だな恐らく。 うーんさすがに研究素体の個人名とか・・・研究者の個人名とかは載っていないが・・・ 元々、自然には回復しないほど激しい損傷を肉体に負った場合、機械的に修復するって技術自体は悪いもんじゃない。むしろ非常に有用な技術の一つであるわけで。どーも資料を読んでくと・・・まず誰か一人、そういう工学技術と医療技術の融合ってもんについて天才的な能力を発揮した人がいたみたいだな・・・その人は普通にその技術で多くの人を救っている・・・しかし彼はどうも医者というよりは、工学方面の純粋な研究者って性格の持ち主で・・・つまり人を救うための医師であろうという意識より、より優れた技術を発展させようという意識の方が高い人物だったようで・・・技術の発展、より優れた研究環境を求めて彼はどんどん現場から離れて研究所に閉じこもり研究に専念して・・・そして非人道的な方向に走ってしまったようだ・・・しかしその非人道的人体改造に手を染めてからの研究も凄いなこれは・・・普通は絶対にやらない、やっちゃいけないことをやることにより得られた情報ってのは残念ながら非常に有効性が高いのだな・・・彼は研究材料として、ほとんど消耗品並みにクローン体を扱っていたようなのだが、その過程でクローン再生技術とか劇的に向上してたり・・・機械的強化を施した戦闘兵器人間を作ろうとする過程で、義肢とかに応用可能な技術が大量に生み出されたり・・・うわちゃー・・・高町に施された脊髄再生術に絶対必要だった神経細胞培養技術とか・・・絶対この違法研究の影響受けてるぞ・・・ さてその最初の誰かの研究成果はある時から急に途切れる。強力な優れたクローン体の育成技術に専念してた時期にいきなり途切れてる、そのあとは主役は別の研究者になってるな・・・なんで分かるのかと言えば、技術の傾向が明らかに変わってるから。工学技術に偏る傾向があった前任者に比べて、後任の人は医療技術や魔法技術を大いに利用するタイプで・・・工学技術も勿論使ってるが・・・なんつーかこの後任の研究者は凄い万能型って感じだな・・・あらゆる技術を組み合わせて新しい境地を開いてるような・・・ しかしその彼の研究も、ある時期を境に急に表に出なくなってる・・・実に不自然で唐突な途切れ方・・・ 研究者の個人名も研究施設の固有名詞も出てこないが・・・これって・・・単なる犯罪組織が出来るような規模の話では無いな・・・ どっかで管理局と・・・管理局の暗部みたいなとこと? つながってるような話なのでは・・・ うわああああ やべええええ いかん 見なかったことに出来ないか ええい!! 俺はだな!!! こういうヤバイ話には!!! かかわりあいになりたくないんだよ!!!!! おのれ本部病院の上司の誰かめ・・・ 俺に高いアクセス権を与えたのはこのためか!! いかん罠に嵌まったかも知れんぞこれは。逃げられなくなる。 情報を送った、受け取ったって記録は書庫にもデバイスにも明確に残ってる、改竄とか出来るもんじゃねえ。 くっそ~・・・どうすっかな・・・ まあまだ固有名詞は全然知らないレベルなわけだし、ギリギリセーフ・・・ってことは無いかな・・・アクセス権限Aだと、分かるのはここまでで・・・その上のアクセス権限が無ければ個人名までは分からんのだろな。あー良かった、分からなくて。そういうの知ってしまうと本気でヤバくなる。 それにこの情報が無ければ・・・ナカジマ姉妹への適切な治療ってのが・・・ 機械化技術に使われた研究とか関連資料とか、その系統の技術の専門分野ってのは正確にどういう分野だとか、ちゃんと表側でこの手の技術を公明正大に利用してるような施設はどこだとか、そういうのがちゃんと分かるんだよなこの情報・・・ 彼女たちへの治療にベストを尽くすには、やはりこの情報は必要だった。 しかしこれはヤバイね、踏み込んだことを後悔せざるを得ないレベルの情報だ。 たとえそれが医療行為で誰かを助けるための行動であったとして・・・それでも我が身を犠牲にして何かをしようって類の行動は俺は絶対にとらない、とってはならないのだ約束した。 でもさ・・・ 俺と同じように。 自分のせいでは無いのに生まれつき体に障害を抱えてるって状態の患者の治療をちゃんとしないってのは・・・ それでは俺が医者である意味があるのか、何のために医者になったんだ? ・・・危険は未知数・・・本当にヤバイのかどうかは分からん。 それに対して有用性は確実、この情報知識があれば彼女たちの治療を確実にベストのものにできる・・・ だが悩む。 やはり悩む。 ・・・ うん、一人で考えててもどうにもならんレベルだなこれ。 幸い、八神なら俺と同ランクの・・・いや恐らく医療分野情報に限定されてる俺より高いレベルの情報アクセス権限を持ってるはず。 よし八神に相談しよう、そうしよう。 時刻はいつの間にか12時近いし。昼過ぎに帰ってくるって話だったし。 とりあえず台所に行って、適当に軽い昼食作って食べて後片付けして・・・まだ13時前くらいに。 玄関の方で音が。 八神が帰ってきたな。「おかえり~」 って言いながら廊下に出ると・・・「マーくん・・・」 って言いながら、なんか泣きそうな顔をした八神が俺にしがみついてきた。肩が震えてる、なんか弱ってる? いや体調に問題があるわけではなさそうだな、そこは玄人だから分かる、むむ、どうしたんだろ。 なんかあったのかな・・・(あとがき)・ケーキはまだ触らせてもらえないけど、でもお茶は頑張ってモノにした、それがうちのなのはさんです。・やはりプロの教えを受けられる環境があるというのは大きい。素人上手の八神より、分野によっては上手になったり。・さて次は八神のターン行きますか。イチャイチャラブラブキャッキャウフフを書くには羞恥心を捨てて、と・・・