マシュー・バニングスの日常 第四十八話 週末は病院勤務である。 いくら姉ちゃんでも部外者だからして、あんま病院の奥深くに入ってこれるわけではないし、俺の診察とか見物できるわけでもない。 しかし姉ちゃんは、一般向けの一時通行パスと、俺を身元保証者にしたミッドでの身分証を用意させると、とりあえず一般人でも見れる範囲で病院内を見物すると言ってどっかに行ってしまった。うーん、どこでなにをしてるのだろう・・・ まあ姉ちゃんの事は後で考えるとして仕事仕事。 陸の病院での、ギンガ・ナカジマさんの定期健診は今も続いている。 彼女は陸士訓練校に通っている。そこでかなり激しい実戦的な訓練を受けているのだが・・・やはり思った通りだな。 つまり、機械部分の減耗がほとんど無い。 負傷はすり傷程度しかしていないとは言っても、平和に過ごしていた時と違って激しい運動をしているのに、それでも減耗率は平常時と変わっていない。ううむ・・・どうなってるんだ? 前に徹底走査したときは排泄系周辺を特に念入りにチェックしたわけだが・・・もしかしたら体内のどこかにナノマシン再生産機能でも備わっているのだろうか・・・でもそれらしい部分が見つからないしなあ・・・ダメだ分からん、これは工学知識の有無の問題になるわけで俺の専門では無いし・・・ううむ、せめて似たような人体改造の記録とか無いかどうか、今度ユーノに頼んで無限書庫で調べてもらおうかな・・・しかしやはり戦闘向け改造だったんだろな・・・ 今日はゲンヤ・ギンガ親娘だけでなく、なぜか妹のスバルちゃんまで一緒にやってきていた。 そして俺は経過観察の結果を伝える。 ううむ・・・ゲンヤさんには不本意な結果だろうけど・・・事実だからなあ・・・「え~結論から言いますと・・・」 俺の言葉に3人の表情が真剣になる・・・「全く問題ありません。平常時と変わっていないですね。」「「「え?!」」」 3人の返事がハモる。余程意外だったのかな・・・そういや前はかなり悲観的な予測をしたからなあ。「詳しい話は・・・っと、スバルちゃんに聞かせてもいいんですか?」「ええ、それは構わないです。スバルも一度、ちゃんと先生の話を聞きたいと言っていますので。」「ですか・・・いいんですか、ゲンヤさん。」「・・・しょうがない。」 ゲンヤさんは不満気だなあ・・・ここでも親娘対立してんのかね、やっぱり。「つまり自然な肉体部分とは異なる、無機的機械部分が、激しい訓練により、平常時よりも激しく減耗する可能性を心配していたわけなんですが・・・ここまではいいですね?」「はい。」「ところがですね・・・減耗率が平常時と変わらないんです・・・せいぜいすり傷くらいしかしてないと言ってましたよね?」「はい、軽く血が滲む程度の傷しか訓練ではしていません。」「となると、その程度では、平常時と変わらない、どれだけ激しい運動をしてもってことになりますね。現在の結論としては。」「そうですか! 良かった~~~。」 ギンガさんは大きく安堵の息をついた・・・ 逆にゲンヤさんは苦い表情で・・・ スバルちゃんも嬉しそうな顔だなあ。「ただし! いいですか?」「はい。」「今の程度なら、という条件がつくことは忘れないで下さいよ? 例えば・・・すり傷程度では無い、創傷・切り傷とかですね・・・そういう負傷で、まとまった出血などがあった場合はどうなるか、まだ分かりません。これは実験するわけにも行かないので、現状ではなんとも言えません。だからなるべくそういう傷は負わない、負ったらすぐに連絡する、ここは忘れないで下さい。」「はい先生! あっと・・・でも、定期健診は受けさせてもらってますけど・・・そういう臨時の事態が起きたらどうしたら・・・」「ん~っと、そうですね・・・」 患者との間の連絡にプライベート回線アドレスを教えるとか、まあ普通はやらないことなんだけど・・・ でもこの人たちは特殊だからなあ・・・ 教えてもそんなに困ったことにもならないだろうし・・・「それじゃ、ゲンヤさん、ギンガさんには・・・俺のデバイス直通番号、教えておきますよ。」 明らかに本人の意思とは無関係な非人道的な人体改造を受けて普通に医者にかかるのもためらうようなこの娘たちのためには・・・ 多少はムリして対応してやりたい・・・自分のせいでは無いのに所与の条件として体が弱いとか悪いとかってシチュエーションは、俺自身の境遇に直撃するので目をそらすことができないのだ、まあこの子たちの場合は弱いってわけでは無いが。「え! いいんですか! そこまでして頂いて・・・」「あくまで臨時連絡に限りますよ?」「はい! 分かりました、ありがとうございます!」 ギンガさんは満面の笑み。ゲンヤさんも、ちょっと安堵した顔かな・・・ っと・・・スバルちゃんが何か言いたそうにしてる・・・「どしたの? スバルちゃん。」「え、えっと・・・あの・・・」 ちなみに、クイントさんは長い黒髪の明るい印象の強い美人だったが、ギンガさんは瓜二つ。髪型から何からクイントさんに似てる。 それに対してスバルちゃんは同じ黒髪でもショートにして、どっちかと言えばボーイッシュな印象が強い子だ。 結構、意思も強そうな感じなのだが・・・意外とシャイなのかな。とか思ってたら・・・「先生! 私にも番号教えてください!」 といきなりの大声。ちょっと引いた。加減の利かない子だなあ。高町にちょっと似てる。「えっと・・・」「私もお母さんみたいな戦闘魔導師になりたいんです! だから・・・その・・・」「あ~・・・そうだったんだ。ゲンヤさん?」「・・・そういうことなんだ・・・」 ううむ。娘が二人とも物騒な道を自分から希望してる・・・複雑だろうなあ・・・「そういうことなら・・・あれ? もしかしてスバルちゃんも訓練校に?」「はい! まだ何年か先になるかもですけど、入るつもりです!」「そっか・・・じゃあ教えておくよ。ただ、あくまで緊急連絡だからね?」「はい!」「あとは・・・そうか、じゃあこれからは、ギンガさんが来るときは、スバルちゃんも一緒に検診受けに来て。」「先生、いいんですか?」「なーに、二人のデータを比較すれば分かることもあるだろうし。それじゃ、そういうことで。」「「はい!」」 ギンガ・スバル姉妹は良い返事だ。 ゲンヤさんは苦悩してるなあ・・・ しかし少し早まったかもしれんわ・・・ いや、個人番号教えたことなんだけどね。 娘二人は、ちゃんとわきまえていて、無闇に連絡してくることは無かったんだけど・・・ ゲンヤさんがなあ・・・たまに酔ってグチの電話をかけてくるんだわ・・・ まあ適当に流して、ほとんど聞いてないんだけどね。 で、次の検診時に、ギンガさんにそれを言ったら、ギンガさんの目尻が釣り上がり・・・ その後、家で壮絶な親娘喧嘩が起こったそうで・・・ それからはゲンヤさんが酔ってかけてくることは減ったものの、実は無くなっていない。 心配なのは分かるんだけどさあ・・・だからって嘘言って止めるわけにも行かないじゃないすか? 実際、世の中には優れた医師はたくさんいるわけで、俺に止められても、別の医師のところいって、やっぱ大丈夫そうだって話を聞く可能性は大いにあるでしょ?あの二人の意思の固さから考えれば諦めそうにもない、だったら認めた上でフォローする体制を敷くのが、俺たちに出来ることなんじゃ無いでしょうかね? ねえ違いますかゲンヤさん? とかなんとか言ってみたが。 しかし結局、父が娘を心配する気持ちには・・・理屈じゃ勝てなかったりするのであった・・・ さてギンガさんの診察が今日の午前中で最後の診察だったので、前々から気になってたことを確認してみたいな~と思って。「ギンガさん、スバルちゃん、この後、予定なければ一緒に昼飯でもどう?」 と誘ってみる。 いきなり誘われてギンガさんはなんか絶句している。ゲンヤさんとスバルちゃんはポカンとしてる。「いや、多分二人って相当、量食うでしょ? 消費カロリーが常人並みでは無いはずなんだよね。それで一回、その量とか食事の傾向とか確認しておきたいなって思ったんだけど・・・ここの食堂で良ければ奢るから、だめかな?」 その俺の言葉に、なんかちょっとガッカリって感じにギンガさんはなってしまったが。「・・・そうですか、そうですよね、はい、分かりました。それじゃあご一緒させてもらいます。」「ゲンヤさんもどうです? 奢りますけど。」「ああ~私はいいよ。この後、すぐに仕事に戻らなくてはいかんのでね。」「ですか。」 そういうわけでギンスバ姉妹を連れて診察室を出て、食堂に向かう途中で姉ちゃん登場。 時間を見計らって待っててくれたらしい。しかしどこでなにしてたんだろう。 俺と一緒の姉妹を物珍し気にみて・・・「あら? マシュー、知ってる子なの?」 と姉ちゃん。 ちなみに。 西洋人女性というのは15~6の少女の時期というのが一番、美しいと言われている。そして姉ちゃんは正にその年ごろである。美人であるかどうかって基準で言えば、姉ちゃんくらいの美人なんてなあ、まずいない。弟のひいき目では無いと思う。フェイトさんなんかも姉ちゃんと良い勝負ってくらいに美人だが、やはりあの人は少し控え目な印象があり、それに対して姉ちゃんの美貌には人目を引く派手さがあり、大抵の女の子は姉ちゃんの傍にいると霞んでしまう。 ナカジマさんちの娘さんたちは、基本的に母親似だが、やはりいつも一緒の父親の影響もあるのだろう、可愛いのだけどちょっと体育会系というか、女っぽさには欠けるところがあるというか。高町と似てるかも。 高町・八神・フェイトさんの3人娘は基本的に働く女性なのであり普段は見苦しくない程度に身だしなみを整えてるくらいなわけだ。しかしそれに対して姉ちゃんは生まれも育ちも本物のお嬢様なのであり身だしなみも服装もアクセサリも一分の隙もなく、言ってみれば、宝石であるにしても原石に近い状態の他の娘たちと違って、完璧に磨き抜かれて光り輝いてるのだな姉ちゃんは・・・ バニングス先生って実は私よりも2歳上でしか無いらしいんだけど・・・ いつも持ってる多分医療用の専門デバイスの杖をついて歩いてるし、身動きもなんだか慎重で基本的に物静かで老成した感じで。 顔も良く見たら整ってはいるんだけどやっぱり地味っぽくて。 年の割に老けてるのよね。 だから親しげに話しかけてきたその女性を見たとき・・・意外だったってのが第一印象。 何この美人デタラメじゃない凄い金髪しかも胸もかなりなのに腰細いし服も絶対凄い高級品よね小物までお金かかってるし化粧品とかもきっとお母さんが使ってたのと比較にならないレベルの高級なの使ってるんじゃない一体どうしていやそれよりこの親しげな雰囲気ってもしかして彼女なのかしらそういえば先生には彼女いるって噂がそれにしてもこれは無いんじゃないいくらなんでも折角先生が誘ってくれたのにいや私もちょっといいかなって思ってるだけなのよ? そんな本気でどうこうってわけじゃないけど少し近づいてみたいなって思っただけでそれにしても何なのよこのお嬢様風超美人って比べて私ってばガサツな一般庶民なのねあああこんなに同じ女で差があるとは・・・ 横で妹が、姉とそのお嬢様を見比べて、あちゃーこれはムリだー惨敗にも程があるーって顔をしてるのにも気付かずギンガは一瞬フリーズ状態になった。 が、次の瞬間フリーズは溶ける。「ああ姉ちゃん、患者さんなんだよ。折角だから昼飯、一緒でいい?」「・・・お姉さん?」「そだよ、似てないだろ。紹介するね、俺の双子の姉でアリサ・バニングス。」「はじめまして、よろしくね。」「で、こっちはギンガ・ナカジマさんと、妹のスバルちゃんだよ。何年も前から俺が診てる子たち。」「中島? 日本人?」「先祖がそうらしい。面白いよね~そういうこともあるみたい。」「へ~。」 ギンガは何とか立ち直り再起動を果たす。「はじめまして! ギンガ・ナカジマです。バニングス先生にはいつもお世話になってます!」 今度は別の意味で緊張してきた。 繰り返すが別に本気で好きとかどうこうとかの話では無い、親切にしてくれるし年も近いし良い先生だなーって前から思ってたし、これからも妹共々お世話になるわけだし、もう少し親しくなりたいなと思うのも別に自然な心の動きだろう。だからちょっと食事を一緒にとるくらいは何の問題も無い、場所も病院の一般向け食堂になるだろし、周囲にたくさん人もいるわけだし。 でもまあだからってそれじゃあ何も感じずクールにいけるかっていえばそれも違うわけで・・・つまるところは微妙なのだ・・・(アリサチェック) ふーん、年下の患者さんの女の子か・・・2歳下とか言ってたかしらね。 やっぱりミッドに勤めて結構長いんだから、現地で女の子と知り合いになってないはずは無いと思ってたけど思ったとおりね。 見たところ、妹のスバルちゃんの方は、まだ本当に子供ね・・・この子は置いておいて、と。 問題はギンガちゃんの方ね・・・ マシューは当たり前だけど、ずっと私の弟やってきてるわけで。 だからマシューの女性への接し方というのは全て、基本、「姉に対する態度」って状態。女性を無条件で上位者とする、レディファーストの精神は叩き込まれてる、だけど同時にその女性が自分の面倒見てくれるのも当然と思ってて無意識レベルで甘えるのが上手い、私との距離が普通の姉弟よりは近いし遠慮も互いに無いことの影響で、他の女性への遠慮も無いし平気で近付く、などなど。 これまで見てきたところでも、例えば、なのは。あの子ってまるっきり末っ子じゃない。だからマシューとはどっか噛み合わない所があったんだろうと思うのよね。でもあの入院以来すっかり距離が近づいて互いに慣れたみたいだけど。 逆に、はやての場合。ずっと一人で頑張って来たので年の割にはすごくしっかりしてる。つまりはやてには「姉的要素」ってのがある、だからマシューと上手く噛み合うってことになる。 このギンガちゃんも、マシューよりも年下であるとは言え、妹がいて、実際に姉という立場であり、姉的要素ってのをマシューに対して発揮できるようになる可能性はあるわね。そうなるとこれは将来有望かも。 まだ今のところは、別にそんなに意識してるってわけでもなさそうだけど・・・うん、普通に軽い好意を持ってるだけって程度ねこれは。 でもまあ一応、覚えておくことにしましょう。 しかしこの子たち食べること食べること・・・私たちの十倍くらい食べてない? いくら成長期だからって・・・もともと食が細いマシューは参考にならないにしても、私たちの中で一番大食いのなのはと比べても、全然比較にならないってレベルで食べまくってるわ・・・ 後でマシューに聞いたら、それやこれやで病院に来てるんだよ、患者さんのことだから話せないけど、別に糖尿病とかってわけじゃない、ほらたまに凄い大食いキャラってテレビとかに出てるだろ、ああいう人たちの大食いも別に病気ってわけでもない、それと似たようなもんであれだけ食ってても別に異常ってわけじゃないからって話なんだけど、それにしてもねえ・・・ しかしギンスバは実は本気で食べていなかった。 姉は、なんかちょっと憧れたりしてる先生の前で控え目になったりしてたし。 妹は、見たことも無いようなクラスの違う上流階級の美人を前に緊張したりしてたし。 しかしそれにしてもマシューの二十食分以上は一回で食いつぶしたことは間違いない。 ゲンヤさんはどうやって養っているのだろうかと本気で疑問に思ったマシューであった。(あとがき)古なじみ同士ではもう安定してるので何も動かない。何かを動かすキャラとしてギンガに期待。マシュー用語では「姉ちゃん」というのは人とか女とかより「女神」というのにニュアンスが近い。「八神」は「半分家族」。「高町」は「患者兼ケンカ友達」。「フェイトさん」は「トラブルメーカー・困った人」