マシュー・バニングスの日常 第四十四話□×年△月K日 地上本部の病院はいつも忙しい。 予約は常に満杯であり、診察治療は途切れることが無い。 近頃は少しずつスタッフも充実してきたが、まだまだ足りない。 俺が直接治療しなくてはならないレベルの人は滅多に来ないにしても、最初に一回診るのはやはり出来る限りはやりたいし、その後に担当となる医師と治療プランを話し合って、補助スタッフも決めて、一段落したらまたすぐに次の患者さん・・・ おや。 ナカジマさん親娘だ。 ゲンヤさんと、上の娘さん・・・ギンガさんか。「今日はどうしました?」「あーっと、その・・・」 ゲンヤさんは何か言いにくそうだ。言いあぐねたまま数分が過ぎ・・・「お父さん! バニングス先生は忙しいんだから時間とらせちゃダメでしょ! 私から言うわ。」「ああ・・・」 ギンガさんが俺に改めて向き直り、俺の顔を真剣な目で見る。「先生。私、戦闘魔導師になりたいんです。」「え・・・」「だから一度徹底的に私の体を調べて下さい。どこに限界があるのか、ちゃんと知っておきたいんです。」「あ~っと・・・その、ゲンヤさん?」「・・・そういうことなんだ・・・」「どのくらい、話しました?」「バニングス先生の仰ったことは全部、父から聞きました。」「・・・そうですか。」「でも改めて、きちんと調べて欲しい、そして教えて欲しいんです。私の体のことを。これは私自身の意思です。」 ギンガさんの目は揺ぎ無く・・・昨日今日に気まぐれで言い出したなんてもんじゃないことがはっきり分かった。 恐らくこの件で、この親娘は対立し、何度も何度も話し合い、平行線のまま・・・ついにここまで来たんだろう。 危ない仕事はさせたくないゲンヤさん。 お母さんのクイントさんのような魔導師になりたいギンガさん。 娘の体の特殊性を心配するゲンヤさん、なにせ普通の医者にかかるのもためらうような体なのだ・・・だからケガでもしたら治す当てとかが無いだろう、やはり危険な仕事は・・・と説得するゲンヤさん。 ところがギンガさんはそれくらいでは止まらない。確かに昔からその体ゆえに医者にかかったという経験が絶無だったのだが・・・でもそういえば前に一回だけ、バニングス先生に診察してもらったことがあったじゃないかと指摘。 あれは特別な事情があってだなあ・・・と逃げるゲンヤさんを問い詰めるギンガさん、結局、信頼できる筋をたどって特別に診てもらっただけなんだ、やはり普通に医者に診て貰うのが難しい以上・・・と言ったのだが。 だったらバニングス先生なら良いんでしょう、診て貰って、それで決めましょうとギンガさんが押し切った・・・らしい。 ゲンヤさんの俺を見る目は・・・すがりつく様だ・・・頼むからNOだと言ってくれと目が雄弁に語っている・・・ しかしギンガさんの真っ直ぐな目を見ると・・・こっちも逆らうのは難しい・・・少なくとも嘘で騙すなんて無理だな・・・ 高町もそうだったが・・・周りがどんなに止めたくても、本人が突っ込みたがる場合は、抑えようが無いんだよな・・・「とりあえず調べましょう。そこに寝てください。」「はい。」 サウロンをギンガさんの体の上にかざす。 この人は特殊だ。 医学のレベルを超えた高度な工学技術の結晶体・・・地球の言葉で言えばサイボーグに近い。 作った人でも無ければ・・・専門知識のある人でなければ・・・とうてい正確には分かるはずも無い。 だから、そこを本来、専門外である俺が調べて、可能な限り正確な答えを出そうとするならば・・・ リミッターを緩める。 俺の体から、全開では無いものの膨大な魔力が溢れ出し、二人は驚きに目を見張る。 全ての魔力を探査に・・・より精密に・・・正確に・・・ ナノマシンが全身各所に分散し、特に筋組織、骨組織に半分融合して強度を上げている・・・消化器回りも強化され多くのカロリーを取り込める構造になっている・・・ここまでは前に見たとおり・・・もっと詳しく・・・この際、何よりも知りたいのは回復性能だ・・・頑丈さという点では既に人のレベルを超えて頑丈だし運動性能も人を超えているだろう・・・だが問題は負傷した時・・・ふむ、軽傷を負った程度だと回復力はやはり人のレベルを超えてる感じかな・・・だがそれも体内のナノマシンに依存してる・・・そのナノマシン自体が大きく失われるような事態になったらどうなる?・・・ナノマシン自身に再生産機能はあるのか?・・・血液の中にもナノマシンは含まれているが・・・ふむ腎臓から体外に出て行くということも無いようにうまく調整されているのか・・・排泄系に巻き込まれないようにはなっている・・・ということは、やはりナノマシンが失われることへの対処が為されているということで・・・逆に言えば、やはり失われたらまずいってことだろう・・・負傷、出血などで失われるという可能性は大いにあるな・・・そうなると次は程度の問題かな・・・どの程度失われたらまずいのか・・・さらに厳密に分析すると・・・前に診察したときより肉体に占める無機物の割合が・・・0.01%以下でも確かに減っているような・・・あまりにも特殊な例だったのでサウロンに登録しておいたのが役立ったな・・・しかし仮に2年前よりも0.01%、体内のナノマシンが失われたとする、そしてこれが自然に、普通に日常を過ごしていても起こる減耗だとすると・・・日常を過ごしている分には50年経っても0.25%の減耗しかないということで、これなら問題にならないんだろうが・・・ 俺は目を開けた。 なんかギンガさんの目が潤んでいるような・・・ そしてゲンヤさんが俺を若干、睨んでいるような・・・ しまった久しぶりに失敗したか・・・「あ~すいません。徹底精密走査をしますと、妙な感覚があることがあるようで・・・事前に言わなかったのはミスでした。 本当にすいません。」 リミッターを締めなおしながら素直に謝る。 だがまだ雰囲気が微妙だ・・・ここは何とか押し切らねば・・・ 咳払いをして話を切り替える。マジメな話だから何とかなるだろう・・・「前に、日常生活を送っている分には問題無いといいましたが、今回の診察でそれは確信できました。今の肉体のまま、50年経っても何も変わらないほどに安定している。日常生活なら間違いなく問題ありません。 で、問題である、戦闘魔導師として働いた場合なんですが・・・」 二人の顔が真剣になる。「ギンガさん、あなたの体には、自然には回復しない機械的部分・無機物部分が多い、ここまではいいですか?」「はい、知ってます。」「その部分があるがゆえに、あなたの肉体は常人よりも遥かに頑丈であり同時に運動能力も高い、これは間違いないです、しかし・・・」「はい・・・」「負傷・出血などにより、その部分は確実に減耗して行きます。そしてその減耗は、肉体の通常の部分とは異なり、回復するということが無い、ゆえにいつか限界が来たその時、いきなりこれまでの状態を維持することが不可能になり倒れる・・・行動不能になるといった可能性が考えられます。」「・・・その限界は、いつ頃に来るんでしょうか?」「それについては、あなたが実際に負った負傷次第、としか現状では申し上げられません。負傷するごとに、二年前に得たデータと、今日得たデータとの比較を行って、どの程度の減耗があるのかを調べなくては分からない。ただですね、目安としての数値で言うと、あなたは自然に過ごしている分には、一年に0.005%以下しか機械部分の減耗は無いんですよ。それなのに、一度の負傷で、例えば・・・一気に1%とかの減耗が見られるとか言うことになったら・・・正直、戦闘魔導師としての仕事は諦めて欲しいですね。」「・・・負傷しなければ良いんですか?」「激しい仕事ですから、そもそも日常とは言えない。仕事をするなら定期診断は絶対に受けてもらいます。そして、その際の減耗率を調べて、この場合もやはり余りにも減耗率が高いようなら・・・ってことになりますね。」「・・・つまり・・・どういうことになるんでしょうか?」「何もかもこれからですね。あなたの意思次第です。しかしあなたが頑張って戦闘魔導師としての資格を得たとしても、そこでいきなりドクターストップがかかる可能性があるということだけは覚悟していて欲しい。・・・茨の道ですよ・・・」「・・・そうですか。」 うーん。なにせ特殊だ・・・今後のことを考えると・・・「ギンガさん、訓練校とか入ろうとか考えてます?」「はい、そのつもりです。」「でしたら・・・そうですね、とりあえず3ヶ月ごとにしましょう。優先しますので必ず健康診断、来てくださいよ。」「え? 先生が診て下さるんですか?」「・・・あなたの体は余りにも特殊です。これも何かの縁ですし、私が診ますよ。」「ありがとうございます!」「いえいえ、どういたしまして。」 なんでこんなことを言い出したのかと言えば、まあ同類相憐れむってとこかな・・・ 正確には知らないけど、ほぼ間違いなく・・・彼女も自分の意思によらず、今の体の状態を背負わされているんだろう。 自分のせいでは無いのに、自分の体のことで悩む。 境遇が俺と似過ぎている・・・ だから可能な限り手助けしたいと思った。 横でゲンヤさんは複雑な表情をしてるなあ。「ゲンヤさん、そういうことですので・・・とりあえずは様子見ですね。」「・・・分かった・・・まあしょうがないだろう。」「お父さん! なんでそんなに失礼なの!」「・・・だがなあギンガ・・・普通に暮らしてる分には問題ないって保証してくれてるのに・・・わざわざ・・・」「もう! その話は何度もしたでしょう!」「あ~すいません、次の患者さんが来るので。」「「は、はい。」」 親娘はケンカしながら帰って行った。 どーだろね。ギンガさんには相当悲観的な、最悪に近い予想を言ったのだが・・・ 実は俺には別の直感があった。 あの肉体改造は間違いなく戦闘用の改造だ。 であれば戦闘による減耗は織り込み済み、恐らく活動維持に問題無いレベルの減耗しかしないように出来ているのだろう。 だがそれでも、彼女は間違いなく、「昔、彼女を改造した人」の手元から離れて長い。 つまり、「改造した人」ならば当然想定していただろう定期メンテとか、そういうのを全く受けていないはずであり・・・「ま、念を入れるに越したことはない・・・」 俺はそう呟くと、次の患者さんを呼んだ。(あとがき)ナカジマ家の娘たちの肉体については設定がオリ要素満載でございます。あまり突っ込まないで頂けると幸いです。しかし恋愛要素入れると話続かんですな。一回全部無かったことにして高校から仕切りなおそうかとか思ったりw