マシュー・バニングスの日常 第四十三話□×年△月X日 八神はこの年で既にかなりエライので、仕事は忙しい。 しかし長期出張とかは余り無い。 査察ってのは本人に対しても最終的にはするもんだが、それ以前の書類チェックの方が仕事時間は圧倒的に多く・・・その時間はやはり中央でデスクワークだし。この前受かったばかりの上級管理官としての仕事はまだこれからだし、その仕事が本格的に始まっても、恐らく中央から末端に指示するって形になるだろうし。 その八神が珍しく、2週間がかりの出張に出かけたのだが・・・ 帰ってきたときは疲れきっていた・・・ どーも上手く行かなかったらしい。 軽く癒してやると、すぐ立ち上がって夕飯の支度を始めようとするので、まあ待てと言ったのだが、この二週間料理を作れず家事も出来ずストレス溜まりまくっていたので作らせろ!というので、大人しく座っとくことにする。 その間、騎士たちと適当にダベっとく。「ん~・・・なんかよく分からんが大変だったみたいだな。」「・・・まあな。」 答えるシグナムも口調が重い。ヴィータはソファーに突っ伏してるし、ザフィーラも犬モードで目を瞑って丸くなってる。 後方にいるのが基本のシャマルさんだけはいつもとそれほど変わらないようだが。「そういや高町からも聞いたよ、今回は一緒だったんだって?」「ああ・・・テスタロッサも一緒だった。」「・・・それなのに・・・こんな感じになっちゃったわけか・・・本当に大変だったんだな・・・」「・・・目当ての物は見付からず・・・災害を止めることも出来ず・・・散々だった。」「・・・そうか。」「はいはい! 暗い話はそこまで! 出来たで~食べよか。」 八神が料理を運んでくるのでそれを皆で手伝って一緒に食うのだが、やっぱ皆疲れてるなあ・・・ ヴィータなんて食いながら寝てるんじゃないか? 寝ながら食ってるのか・・・まあ同じか。 八神も頑張って明るい顔をしてるが明らかに無理してるし。 で、みんな何とか食い終わって。「後片付け、俺がやっとくからさ、もう皆早く寝ろって。」 後片付けは当番制なのだが、今日の当番ヴィータは既に7割がた寝てるし。 俺にはこれくらいしか出来ることがないしな。 疲れきった皆は反論もせず、素直に部屋に戻っていった。 それほど疲れてなかったシャマルさんが後片付けを手伝ってくれて、二人で片付けながら話す。「やっぱり八神でも上手く行かないこともあるもんですね。」「もちろんよ・・・」「うーん、しかし・・・これからは八神はもしかして・・・」「なに?」「いや、もしかして・・・忙しくなるばかりなのかなって、ちょっと。」「・・・そうかもしれないわね。」「・・・だったら、俺が・・・」 来るのも負担になるんじゃないかなーとか言おうとしたが遮られた。「絶対に来なくちゃダメよ。」「へ?」「何もしなくていいのよ、ただ、はやてちゃんの側に・・・いられる限りはいてあげてちょうだい・・・」「・・・はい。」 八神はこの頃から、何年も後を引く一連の事件、ロストロギア「レリック事件」とやらの調査に携わるようになっていたらしい。 だがその調査だけじゃない、他の仕事も手を抜かずにバリバリこなし続けて・・・ 本当に無理をしていないのかね・・・ しかし、俺に出来ることは、前に言った通り、せいぜい側で見守るくらいだ。 その程度しか出来ないのに、側にいてもいいんですかね?「お願い・・・はやてちゃんから言い出さない限りは、側にいてあげて・・・」□×年△月□日 問い:転送機がある世界に、なぜ空港があるのか。 答え:転送は高いから。 夢の無い答えだなあ。 俺たちが結構気軽に地球と転送して行き来したりできるのは、ぶっちゃけ俺たちが結構偉いからなのである。まあ俺の場合は自力転送で済ましてしまうことも多いんだが。しかしミッドから家に帰る時は良いのだけど、家からミッドに来るときはね・・・転送事故で物体融合とかシャレならんので、転送目標地点の設置と認可を得るのは相当面倒だったりする。専用の転送機の設置と登録に比べたらまだマシなのだがそれにしても面倒過ぎて、俺もミッドでは結局、自宅ってことになってる病院の寮の部屋にしか「門」を作ってない。八神の所は、そこから歩いてもそんな遠くないし。 地球の海鳴には、月村家と、うちとに専門の転送機が存在する。そのほかに、うち、地球のリンディさんのマンション、八神の家に自力転送の目標となる設備がある。俺とかフェイトさん、あと守護騎士たちは主に後者を使うわけだな。補助系は訓練してもやはり苦手な高町とか、あと意外と細かい魔力制御に難がある八神は、機械のほうを使ってる。機械の方は、ミッドの受け入れ側の転送機も使用する必要があり、本来は当然無料では無い。それどころか結構な値段がかかる。 しかし俺たちの場合は・・・ 自費でも転送費用を出せる収入もあるが、そもそも管理局員であり、士官である身分なので特権が多いのだ。 転送を便利に使えるのも特権の一つである。 では世の中の圧倒的多数の普通の人たちはどうしてるのか? そもそも「他の世界に転送で出かける」用事など無い。一つの星、一つの大陸、いや一つの地方だけで生きてるのが普通だ。 だからミッド世界にも道路があり、車があり、飛行機もある。エネルギー源は魔力加工してなんたらって話だけど。 少なくとも一つの星の大気圏内に話を限るならば、ほとんどの場合、航空機の方がコストは安い。かかる時間だって、それは一瞬とは行かないけれども地球よりもかなり速いしね。ゆえに一般の人はこっちを使う。 その空港だが・・・凄まじい大事故が起こったらしい。 場所はミッドチルダ臨海空港。 その場に居合わせたのが、八神、高町、フェイトさん。 八神は教会のカリムさんから依頼を受けて、何かを受け取るために空港に向かったとか・・・ かなり重要なものだったそうで、そういう任務内容については聞かないのが礼儀だ。 ただ管理局側からも、護衛として高町、見届け人として執務官のフェイトさんが一緒に行ったくらいのもんだから・・・ 大方、ロストロギア関係だろな。 まあとにかく3人は空港に向かい、そこで空港全部が燃えるような大事故に遭遇。 管理局側の対応は遅く、現場にバラバラとやってくる陸士部隊。 最寄の分署みたいな場所から、それぞれの部隊が散発的に来てるだけなので、現場の指揮系統は一本化せず救助ははかどらない。 その状況を見るに見かねた八神。 現場に来た部隊の中に、指揮官研修で世話になった知ってる人たちとかいたので、その人たちに話をつけて、そこから他の部隊にも声をかけ、指揮系統を整理しようとする。 そうなると全体の指揮官が必要になるわけだが、その場にいた中で最も階級が高く、権限も有しているのは八神だけだった。 議論してる時間は無い、その間にも犠牲者は出ている。 そこで八神は全体指揮の任に就き・・・八神の指揮下で、高町とフェイトさんも救助に飛び込む。 3人の活躍で多くの人が救われたのだが・・・救えなかった犠牲者も30人前後も出たそうだ。 現場で八神を補佐してくれた、ナカジマさんの娘さん二人は何とか助けられたそうだが・・・ 俺は現場を見てないからなんともいえないが、実際、八神たちがやった以上のことなど出来なかっただろうとは思う。 八神は現場にいた人間の中で、最高の階級をもっていたし指揮権も持っていた。八神が指揮したのは法的には正しかった。 だが世の中、そんなに割り切れるものでもない。 空港は、地上本部の管轄だったのだ。そして現場に駆けつけた部隊も地上本部の部隊。 八神は主に本局で勤務する特別捜査官として働いてきた時間が圧倒的に長い。つまり「海」の人間なのだ。 陸で研修したことあるって程度では話にならない。今の八神は、普通に見れば丸きり海寄りだ。上級管理官としての仕事はまだまだこれからって段階なのだし。 教会の騎士という称号も持つわけだが、それも管轄が違うわけで。 伝統的に海と陸は仲が悪い上に、その時、この事件を統括した陸の上層部の責任者は、徹底的な海嫌い、教会嫌いの人だった。 結果として、「勝手にやって来て陸の指揮を乱した」として陸の上層部は海に猛抗議。法的にはどうとか理屈は通らない。 感情的な対立が根にあるのだから始末が悪い。 八神、高町、フェイトさんは、海ではそれぞれ上司から口頭で注意されるに留まったものの・・・ 3人揃って陸に謝りに行かされて、心にもない謝罪を口にさせられて、さらに嫌味や当てこすりも散々言われたそうだ。 しかも火災のため、カリムさんからの依頼も達成できなかったそうで・・・散々だった。「主が落ち込んでおられるのだ・・・頼む、今度の週末は確実に来てくれよ。主を慰めてさしあげてくれ・・・」 とシグナムから連絡を受けたのが木曜だったかな。 あいつがそんなに落ち込むってのも想像できないが・・・ 病院勤務を終えて、いつものように八神の家に向かう。合鍵はあるので勝手に入る。 なぜか騎士たちは出かけていて、八神は一人でぼんやりと、PCのディスプレイを眺めていた・・・ 空港火災の関連情報を調べてるみたいだな・・・休みなのに休んでない、けしからん。 デコピンしてみる。「うあ! ってマーくん! なんでいるん、いつの間に!」「ってお前・・・少なくとも10分前から横にいるんだが・・・」「ほ、ほんま? あれ、もう6時過ぎてる? ゴメン、ご飯まだ準備も出来てへん、ちょっと待ってな。」「待て待て。」「あーもうなんでみんな声かけてくれへんかったんやろ。どこ行ったんや大体・・・ほんまもう・・・ちょっと待ってて。」「お前が待て。」 ぐいっとこっち向かせて、無理やり抱きしめて、そのまま近くのソファーにゴロン。 俺が押し倒してる体勢ではなく・・・八神の顔が俺の胸の上で、あとはハンパに斜めに重なったみたいな形になった。「なんなん? いきなり・・・」 八神はまだなんか硬いなあ。 そこで八神の体を転がして、ソファーの背と俺の間に入れる。横向きに向かい合って顔を見る。「実は・・・前から思ってたんだけどな・・・」「な、なに?」 八神の髪を撫で、真剣な顔で、少しだけ近づく。「これだけは信じて欲しい。ウソじゃない、本当にこう思ってるんだ。」「せ、せやからなんなん?」 さらに近づき、抱きしめて耳元に直接囁く距離までいって・・・「お前って胸、小さいよな。」「・・・・・・」 弾き飛ばされました。殴られました。さらに倒れたところを蹴飛ばされました。少しは手加減してくれてもいいのではと思いました。「な・に・を・言うんかと思えば真剣な顔して、なにをふざけとるんじゃワレェ!!!」 倒れた俺をゲシゲシと足蹴にしながら八神は怒りが収まらない様子で。なんかガラの悪い河内弁入ってますよ。「おんどりゃあ! あんま舐めとるとそのうち簀巻きにして海に沈めたんぞこんガキィ!!!」 よろよろしながら起き上がり、八神と距離を取る。「まーまー落ち着け八神、俺は間違ったことは言ってない。」 八神は小学生同然の体型だった時代が長く・・・近頃やっとあちこち成長してきて、それなりになって来たものの・・・ まだ大きいと胸を張っていえるほどではなかったのだ。 だからって小さいってほどでも無いんだけどね、まあそれはそれとして・・・「人が気にしてることを・・・!!! 言ってええこととあかんことがあるんやで!!! どーせアリサちゃんとかと比べて言っとるんやろ!!! このシスコン!!!」 むむ・・・比べる相手が姉ちゃんでは分が悪いぞ八神・・・やっぱ西洋人だし成長が・・・ シスコンは今さらだし気にもならんw だけど取りあえず・・・「悪かった、その点については俺が悪かった、ごめんなさい。」 いきなり素直に頭を下げてみせる。「そうやって頭下げてみせたかてな、マーくんは信用できへんねん。土下座くらい平気でしそうな男やからな。」 なんとかいきなり殴られる可能性は減ったか・・・手の位置は下がってきてる・・・ その手をいきなりぎゅっと握り締める。「ほんと悪かったってば・・・」 握り締めた両手越しに八神の目をじっと見詰めて言うのだが・・・「誤魔化されへんからな・・・」 八神はまだ膨れている。うーむ・・・考えながら言葉を紡ぐ。「大体、気にする理由が無いだろが。」「あるんや! 女の気持ちなんてマーくんには分からんねん。」「だって俺は気にしてないし。」「ふぇ?」 八神は驚きの目で俺を見上げた。「だーかーらー、俺はそんなこと気にしてないし。だからお前も気にすんな。」 そのまま手を引いて、八神を優しく胸元に引き寄せ、軽く抱きしめる。 そのまましばらく、八神の背中を撫でてやった。「・・・マーくんって、凄いずるくて卑怯で性格が悪いってな、なのはちゃんが言っとったんや・・・」「あいつならそういうかもなあ・・・」「ほんま、マーくんは卑怯やわ・・・ほんま卑怯や・・・このアホ・・・」「今回だけは、誤魔化されてくれない?」「・・・今回だけやで。」「ありがと、八神・・っ・・。」 あいしてっってうあやばい!「あ、なんか今、言いそうになったな。」「いやミステイクだ。勢いで口からなにか出そうになっただけだ。」 なんか雰囲気に流されて決定的なことを言いそうになったので、八神から体を離して逃げる。「あれー? 何を言いそうになったんかなマーくん? かまへんで。さあ言ってみ~」「あああ、いいだろもう! 見ろ、お前、もう7時近いぞ! 夕飯はどうすんだよ。」「あ、そうや材料も・・・」「大丈夫です! 買ってきました!」 いきなりドアが開いてシャマル先生、スーパーの袋片手に登場。 後ろで「バカ早いよ」「あと5分は待つべき」とかコソコソ聞こえている。「ちょっと手を加えれば、すぐに食べられるようなもの中心よ。出来合いのお惣菜も少しあるわよ。」「えーと、シャマルさん?」「なにかしら?」「いつごろからそこにいたんでしょうか? 後ろの皆さんと一緒に。」「大丈夫! マシュー君とはやてちゃんがもつれ合って倒れたところからしか見てないわよ! 気にしないでね♪」「ほぼ最初からじゃねえかあああああ。うわあああ恥ずい!!!」 頭を抱えてゴロゴロ転げまわる俺。「しっかし、何をいきなり殴られてたんだよマシュー。」とヴィータ。「その直前まではいい雰囲気だったと思ったのだがな。」とシグナム。「何かバカなことを言ったのは間違いないな。」とザフィーラ。「やっぱりお二人って仲がいいですね!」とリイン。 八神はふっと微笑んで、「ま、ええか。よし、ちょっと遅くなるけど、ご飯作るで~。マーくん邪魔やから端っこに寄っといて。」 まあ元気になったならいいんだけどさ・・・ 週末明けて帰る日に。「マーくん、ありがとうな。」「なんのことやら。」「落ち込んでるって聞いて、励ましに来てくれたんやろ。シグナムから聞いたわ。」「落ち込んでるって聞いて、からかいに来たんだよ。」「そうなん?」「断固としてそうだ。」「じゃあ私もからかい返したる。」「っておま!」 いきなり首に抱きつかれて顔に超接近された。どことどこがくっついたのかは言わない。(あとがき) とりあえずもうすぐだし中学卒業までは・・・ しかし恋愛話は難しいわ、原作が避けたのも当然か・・・ とにかく中学卒業までは・・・