マシュー・バニングスの日常 第四十一話□×年△月△日 人間、得意不得意ということからは逃れられんもんだ。 どんだけ訓練したところで、生まれつき苦手なもんは苦手なんだな。せいぜい、下手がマシに変わる程度で。 まあ、魔力集束は極度に苦手と見切った後は、ほぼその努力をしてない俺が言うのもなんだが・・・ 実例として高町を挙げよう。 彼女は俺と逆に、魔力の集束が得意中の得意である。 一点に魔力を集中させ、さらに集中させ、さらにさらに集中させ、そこに魔力が集束し過ぎて、高町自身の魔力以外に周囲の大気中に分散してる魔力まで集まってくるほどの段階になってから打ち出すという、あのデタラメ砲撃など、ほぼ高町しか出来ない。また普通に使ってるディバインバスターってやつだって魔力密度は非常に高く貫通力は並ではない。それが彼女の天才たる所以、Sランクってのは伊達ではない。魔力を集めて固めるのが得意な訳だから、魔力を集めて盾にするというのも得意で防御も固いし。 しかし、それとは逆の作業・・・つまり力づくでどうにかできるものではなくて繊細なテクこそ必要とされる分野になると、高町は本当にSランクかお前って状態になるわけで。「だからさ、そんなに魔力集めなくていいんだって、むしろ集めるな。もっと微細な段階で探査球を形成しないことには・・・」「分かってるよ! ううう・・・でも集まっちゃうんだもん!」「無意識に集束させてしまうわけか・・・」「でも、ほら! できた!」 苦手分野を克服したいということで高町に拝み倒されて、探査・結界・転送・治癒の訓練に付き合わされてるのだが・・・ ううむ。「あのさ、確かに探査球は形成できてるけど・・・そんな大きくて強い探査球じゃあ・・・すぐ気付かれるぞ・・・」「・・・それってマシュー君だけじゃなくて?」「まわりの人に聞いてみれば分かる。」 訓練室なので人はたくさんいる。教導隊とか武装隊の人たちに聞いてみたところ、探査球があると分かる人の確率90%・・・ はっきり分からなくてもその空間に魔力の違和感を感じるという人まで含めれば100%であった。「見られてると気付かれては探査の意味が激減する。うーん、やっぱまだ実用段階とはいえないなあ。」「ううう・・・」 この状態だが・・・しかし探査はマシな方なのである。向こうに見られてると気付かれてしまうとしても、探査魔法自体は発動するし、数十メートル半径程度なら「見る」ことは出来るようになってる。しかし、やはり苦手には違いなく、同時に並行して別の魔法とかできないし、だから俺のよくやる「見えるとこに自由に飛ぶ」転送はムリ。転送については・・・事前準備さえしっかりやっていれば10秒くらい発動までかかるけど、できるようにはなってきた。しかしまだKm単位だと同じ世界でも不安。座標計算はレイジングハートに丸投げしてるのだが、転送先座標を把握した後に、空間同士の位相を同調させる作業が苦手みたいだ、これも繊細な作業だからな。 治癒も・・・どうも強烈な魔力を無意識に叩き込んでしまうというクセが治らないので・・・使わせるのが怖くてたまらん。あまり強い魔力を体内に直接ぶち込まれるとかされると健康な人でもキツイのに、怪我人病人相手では・・・ゆえに一番基本の、ホ○ミ程度の治癒しか使わないほうが良いと現状では判断せざるを得ない。 んでまあ、もともと苦手な魔法ってのは、頑張ってもモノにならない割りに、デバイスの容量はムダに食ったりするわけで・・・ 結界まで手を伸ばすのはレイジングハートの容量的に問題があるってことで、とりあえずこれは保留。 所詮、苦手なもんは苦手なのに・・・しかし・・・「もう一回やる! 見てて!」「ああ・・・」 高町は諦めない。どんなにダメ出しされても、そこで少しへこんだりはするけど、でも諦めない。 自分が苦手な分野なら、それが一番得意だと思われる人を連れてきて必死に学習しようとする。正直、それが効率よいやり方なのかどうかも疑問な気がするが、しかし高町は迷い無く一直線に行動し、何度も何度も・・・挑戦し努力し続ける。 そういう姿は、少し、まぶしいかな。 俺の体の問題は、魔力が勝手に発散していってしまうというもの・・・自力で魔力の集束が出来れば治療できるかもって可能性は既に考えたけど、余りにも苦手だからこのアプローチは半ば捨ててたのだが・・・ 少し高町の諦めの悪さに学んでみるかな・・・ こいつが無意識にやってるレベルの魔力集束の方法を、観察して調査すれば、何か分かるかも知れない・・・□×年△月△日 高町は武装教導隊のほうに正式に所属が変わったそうだ。それでもこれからも前線にはバリバリ出るつもりだそうなんだけどね。 一度、見物に行ったが、嬉々として周囲の人たちを当たる幸い薙ぎ倒してるの見て・・・教導受ける人、気の毒だなあと思った。 まあ幾らなんでも、いつまでもあの調子では無いんだろう。 マジメなのは高町の特徴の一つで、一生懸命、教導のテキストとか勉強しまくってるようだし。 俺の方は、もうすぐ年季明けだ。つまり管理局の拘束義務期間が終わってしまうのだ。 その後、どうするか、ギルさんは病院のほうでも研究室のほうでも好きなほうを選んでくれて良いから、本腰を入れてこっちに来ないかと熱心に勧めてくれる。地上本部のほうの病院からも、俺みたいなガキにはちょっとありえねーだろって額の給料を提示して、正式に所属して欲しいと言ってくる。 実は「リンカーコア直接整形術」は、あれから僅かに5例だが実施している。限界が15分で、10分過ぎると危険なら、10分ずつ何度も分けてやればいいだけの話だったのだ。ああなんであのとき気付かなかったのか・・・ だがそれでもきついのは確かなので、余程の重態患者相手にしか行わない。基本的に頼まれてもしない。こちらが患者を診て、それしか無いと判断したときにのみ、行ってきた。俺は念を入れて、施術後は最低でも一週間は完全オフをとるし。 既に、本局病院のリンカーコア障害治療部は、確固とした名声と地位を築いていて、新しい術式を客寄せにしたり功を焦ったりする必要も無いしね。 それでもその5人は劇的に治ったのだ。そしてそれぞれが完全復帰している。いずれもある程度若い人で、一番上でも25。若くて柔軟性のあるコアでなくては危険だと説明してある。実際、まだ若く少しでも成長の余地があるなら、多少の刺激にコアも耐えるだろうけど、年取った人のコアでは・・・自信が無い。 だけど、高町だけでなく他に5例も直接整形術を成功させたことで、なんか妙に有名になってしまい・・・どうも治した人の中の一人、まだ7歳くらいの少女だったのだが、その子が実は結構エライさんの孫だったとかなんとか、それやこれやで取材だとか昇進の打診だとかいろいろ来て面倒だった・・・リンカーコア障害治療部のホームページにはメールでの質問が殺到し、そのために直接整形術関連の質問はこちらって専用の受付アドレスが作られたり、その対応は俺だけでは到底ムリな状況になったり・・・まあ医者として名前が売れる分にはいいんだけどね、「有名な医者である俺」と、例の「目」とを結びつけて考える人などまずいないはず・・・治療の時とか、取材の時とかは、サウロンを展開することはあっても、ジャケットは展開しないように気をつけたりしてるし。 まあそういう問題もあったりはするが・・・ 今後は二度と戦わないつもりだし、そのまま何年も過ぎれば自然に人の噂も収まるだろうし、実はあんまし気にしてない。 ただまあ・・・うーん、結局の所・・・ 俺は・・・ミッド世界が色々と問題を内包しているのを知った上で、それでも別に嫌いじゃあない。完璧な社会なんてあるわけないし?しかし八神みたいに深入りしようとも思わない。高町みたいに無闇に突っ込もうとも思わない。フェイトさんはもともとこっちに属する人だし。 やはり・・・地球に基盤を築きたいな・・・あっちに俺の根があるのは間違いないのだから。 俺は熟考した末に、まず姉ちゃんに相談し、父さんに協力してもらって推薦も得て、さらにSAT試験(アメリカ大学進学適性試験)を受験して、まずはどっか入れるユニバーシティに潜り込み、きっちり勉強してなるべく早く学士資格を取り、その後はさらにメディカルスクール(医療大学院)を目指すことにした。今さらだけど一応、国籍はアメリカなんだわ。 いつも通りの八神の家での週末、食後に二人で話す。「ってことはマーくん、義務が終わったら、地球に帰ってまうん?」「アメリカは休日きっちりしてるからね。今より休みは多くなるかな。日本の義務教育くらい拘束時間の長い学校は無いんだよ。 ただまあ大学の勉強にちゃんとついていけるかって問題もあるし、その辺は実際に経験してみないとなあ・・・」「そんなに簡単に入れるもんなん?」「簡単じゃあ無いって。頑張って進学適性試験はちゃんと高得点取ったよ。だけど実際の話、父さんの財力とコネでかなり後押しされてるのは事実だわ。まあ入るとき多少コネ使った分は入った後で取り戻す。要はちゃんと良い成績取ればいいんだから。」「医学部に入るんとちゃうん?」「アメリカの場合、まず4年制大学を卒業して、学士号を得て、さらにMCAT試験てのを受けて、それで初めて医療の専門教育が受けられるようになるんだわ。ハードルが高いわけね。ただし実力次第で、過程はスキップできたりもするから、まずはなるべく早く、学士号を取るのが目標だなあ。」「でもマーくん、中学卒業見込み、って程度やん。どうやって大学に・・・」「知識だけなら大学レベルはあるぞ。大体既に現役の医者だっつうの。だから俺が地球医学の分野で書いた論文とか、父さんに頼んで知り合いの大学教授とかに見てもらったりして、確かに勉強にはついてこれるだけの知識はあるようだって認めてもらって、それで何とか・・・まあ最後はコネだな。うん、所詮はコネだ。強引にねじ込んでもらったのは事実だ。」 アメリカには日本にはいない、本物の富裕層、本物のセレブってもんがいる。こういうクラスの人は大抵のものをカネで買う。大学入学の権利とかも実際かなりカネで買える。そういう枠は一流どころでも元々設定してあるのだ。 そしてバニングス家もそういう家なんだな。 まあ、アメリカの場合は入学よりも卒業の方が遥かに困難であり、そして卒業資格を得なくては評価されないので、そうやって入学は出来てもそれだけじゃ意味が無いってのもあるんだろうな。 大学側からすれば高額な入学金とか、後はそういうクラスの人には当然のように求められる寄付金とかね、そういうのを払ってくれれば問題ない、卒業できるかどうかまでは知らんってことだろし。 八神は軽くため息をつく。「は~。私らは中学卒業で終わりそうやのに、マーくんは大学行くんか~。」「やっぱりな・・・地球でもちゃんとした医者になりたいんだ。実際になれるのは24くらい?になるかもだけど。」 八神は俺の志望を聞いてなるほどと頷いたが・・・なんか・・・「そっか・・・あのな、私は・・・中学卒業したら、もう正式にミッドに住み着こうって・・・思っとんねん。」 不安そうな顔である。上目遣いにチラチラこちらを見てる。「家とかどうすんの?」「うん、いつまでも教会の一角を借りてるわけにもいかんし、教会から少し離れたところに一軒家を建てようかってな・・・」「そこに俺の部屋ある?」「へ?」「いや、これまで通り、週末は泊まるわけだし。」 なにせ俺は完治してない、その研究のためってこともあり、ミッドとの縁はまだまだ切れそうも無い。 これまで通りの週末ミッドって生活は中学卒業しても多分変わらないのだ。「な!・・・・なんや、あつかましいなあ自分。タダの宿屋やと思っとるんかい。」 いきなり不安顔など消えうせて、いつもの不敵な笑顔が戻ってきた。回復早すぎるぞ、少しいぢめてやる。「イヤなら来ないぜ~」「い、いややなんて言うてないやろ! ただ・・・その・・・」 八神は焦っている。珍しい。面白い。よしここは押そう。「ああやっぱりイヤなんだ・・・じゃあ来るの止めようかな~」「あかん! ちゃんと来な!」「あれ~なにムキになってるの八神さん。顔赤いよ~」「ううう・・・マーくんのアホ! もう知らへん!」 おっとからかい過ぎたか。顔を真っ赤にした八神が立ち上がって背を向けてしまったので、近付いて肩に手を掛けてみる。 八神は振りほどく。 また俺が肩に手を掛けようとする。 また振りほどく。 とかなんとかやってるうちに、なんか八神は俺の腕の中にスポンと納まってしまった。 正面から軽く抱き合う体勢。 うーん。 八神だとなんか平気だ。 なぜだろう。 そのまま軽く抱きしめて、八神の頭を撫でながら言う。「ごめん、悪かったって・・・」「マーくんのアホ・・・ほんまアホなんやから・・・」「悪かったってば・・・」 八神は俺の上着の胸のあたりをぎゅっと掴んで俺の胸に顔を埋めてしまってるので、表情は見えなかったが・・・ なんとか許してくれたみたいである。 そのまましばらく、俺が背中を撫でたり、八神が俺の胴に腕を回して来たり、やっぱ八神って小さいなあと思わず呟いたり、どこが小さいって言うねん!と少し険悪になりかけたり、バカ背丈だよ、やっぱ女の子って感じだってぎゅっとしてやると大人しくなったり、「まだ骨があたるしもっと太らんとあかんな」・・・「ちゃんと食べてるしこればっかりはどうにも」・・・「もっと考えてご飯作らんとな」・・・「大丈夫だよいつも美味いし残さず食べてるだろ」・・・「でも意外とマーくんてええにおいするんや」・・・「こらこら鼻を擦り付けるな」・・・「ええやないの減るもんやなし」・・・ とか何とかやってるうちに時間がかなり過ぎていた・・・ような気がする。 ☆ ☆ ☆ 二人の話す居間にはいなかったのだが、その続き部屋にいた騎士たち+1・・・「なあシグナム・・・」「なんだヴィータ・・・」「見てらんないんだけど・・・」「同感だ・・・」「30分は抱き合ったままみたいに感じるのは、あたしの気のせいか?」「安心しろ、確かに30分以上経っている・・・」「あたし、『イチャイチャする』ってのがどういうことなのか、はじめてこの目ではっきりと見た気がするぜ・・・」「言い得て妙だな・・・」「週末はいつもあんな感じになるのかね・・・」「なるべく週末は仕事を入れるとしよう・・・」「そうだな・・・」「ああ・・・」 本気で悩む二人をよそに・・・ リインは良く分かっていない。 ザフィーラは犬バージョンで知らん顔。 シャマルはすっごいイイ笑顔でひそかに動画を撮っていた。どうするつもりなのか謎である。「あああ・・・はやてちゃん可愛いわぁ・・・」(あとがき)アメリカの大学制度については、予め言っときますが色々と違うとか突っ込まれても作者も詳しく知らないので答えませんすいません。ただ実際にあった話として十代で既に正式な医師免許を取った天才少年とかはいたみたいなんでアリかなと。とりあえず中学時代はこんな感じで行きそうかな・・・はやてとマシュー・・・