マシュー・バニングスの日常 第四話 さて週明けである。俺も無事退院することが出来た。週末も八神がまた遊びに来たのでゲーム三昧の日々であった。でも考えてみると俺って八神の住所も電話も知らないなあ。余りにも病院でよく会うもんで必要性を感じなかったという笑えない理由が原因なのだろうが。 八神の家に遊びに行くという案も考えないでも無かったのだが、なにせ俺は、いつどこで倒れるか分からない体だ。 八神の目の前で倒れるのは避けたい・・・そうなると八神自身には何もできることがないしな。 まあ今度、電話番号の交換くらいはするかな~とか考えながら、二週間ぶりくらいの学校へ登校した。 うちはスクールバスによる登校が主流だが、俺の場合は自宅から車で送ってもらっている。 さらに歩けないわけでは無いのだが車椅子に座ってる。俺の体は長時間の歩行に耐えないからなあ。 校門前に待っていた姉ちゃんたちと合流し、いつものように姉ちゃんが車椅子を押す。「あ~学校久しぶりだわ。ついてけるかなあ。」「大丈夫でしょ。分からないところは教えてあげるわよ。」 学校では姉ちゃんは俺にベッタリである。席も隣だし、授業中以外の時間も常に俺のそばにいる。俺が学校で姉ちゃんから離れるのはトイレと、体育前の着替えの時間くらいである。過保護じゃないかな~と昔、遠まわしに言ってみたのだが、いつ倒れるか分からないくせに生意気言うなと一刀両断だった。 俺としては、姉ちゃんは俺に構わずに自分の可能性を追求してくれたほうが嬉しいのだが、姉ちゃんは俺が何を言おうと絶対に俺を構うのを止めようとはしない。この辺は堂々巡りで、議論してもムダであるのは身にしみている。 その日は何だか雰囲気が妙であった。 仲良し3人組であるはずの姉ちゃん、月村さん、高町さんの間に流れる雰囲気がギスギスしている。 観察してみると、高町さんが何か鬱屈したような表情をしていて、姉ちゃんと月村さんはそれについて訊きたくても訊けないような。 昼食時、俺と3人は屋上で弁当を取る。俺は弁当とは言っても魔法瓶に入ってる流動食と、大量の薬だけなんだけどね。 天気は晴天。実に気持ちの良い日だ。俺は、今度病院に行くときは携帯電話を持っていって八神と番号を交換しよう、でもそのためには意識不明にならずに病院に行く必要がある、そういえば八神の定期健診の日も分からないし、いっそ姉ちゃん付きの執事の鮫島さんにでも頼んで八神の番号でも調べてもらったほうが早いかな~とか考えながら粥をすすっていたのだが。「もういいわよ!」 とお姉さまの怒声が響き、肩を怒らせていきなり屋上から退場していった。なんだ? 俺が原因・・・ではないよな。 月村さんはオロオロしている。 高町さんは下を向いて表情が見えない。「月村さん。」「な、なに? マシュー君。」「俺はこの場に留まった方が良いかな。それとも姉ちゃんを追ったほうが良いかな?」「え~と、それじゃ・・・なのはちゃんをお願い! 私はアリサちゃんの方に行くから。」「りょうか~い。」 高町さんは下を向いたままだ。姉ちゃんたちの話は正直、よく聞いてなかったが、つまりは高町さんが何かに悩んでて、その悩みを姉ちゃんが例によって「隠し事をするな! 何でも話せ!」というおせっかいモードを発動させて聞こうとしたのに、高町さんは打ち明けることが出来ず、姉ちゃんが逆切れしたってとこかな。 俺が誰の味方をするか、といえばもちろん、無条件かつ絶対的に姉ちゃんの味方ではあるのだが。 しかし姉ちゃんが短気なのは身内であるからこそ良く知ってるし。「高町さんさあ・・・なんか悩んでるんだよね。」「・・・」 答えは返ってこない。姉ちゃんなら同じ問いを繰り返した末に切れるだろうが俺は違う。「簡単に言えるような悩みじゃないんでしょ。だったらその内容は訊かないからさ。」「えっ。」 俺の気軽な口調に高町さんは顔を上げる。ぶっちゃけ俺は姉ちゃんほど情が熱くないだけなのだろうが、でもそういう冷静さが必要とされる局面ってのもあるんでない?「言え、言えない、の押し問答繰り返してもしょうがないし。でもさ、あんな短気な姉ちゃんだけど、高町さんのことを本気で心配してるってことだけは分かって欲しいんだよね。」「それは分かってるよ! もちろん! ・・・でも。」「うんうん、だからさ、今は言えない、けど、いつか言えるときが来たら言うから、って約束すればいいんでないかな?」「・・・」「それとも、何があっても絶対にどうしても言えないような話? それならそれで、そういうことだとはっきりすればさ、そこを敢えて訊こうとはしないと思うよ、姉ちゃんは。」「ううん・・・うん、ありがとうマシュー君。いつか話すよ・・・話せる時が来たら。」「それは姉ちゃんに言ってやってね。」「ふふっ・・・マシュー君は聞きたくないの?」「内容によるなあ・・・姉ちゃんならどんな深刻な話でも受け止めるだろうけど、俺はあんま重い話は勘弁。」「えー。マシュー君にも聞いて欲しいなあ。」「いやいや勘弁して~ってそろそろ休み終わるよ。」「あ、そうだね。うん、じゃあアリサちゃんにはちゃんと話しておくね。」「頼むわ。」 高町さんはまだ何か悩んでる、それは変わってないが、まあ少しは表情が明るくなったかな? しかし下校時、俺は姉ちゃんから色々と問い詰められる結果になってしまった。「マシュー、本当に何も聞いてないの?」「だから、何も知らないってば。大体、高町さんと会う機会なんて学校くらいしかない俺が、なんで姉ちゃんより詳しいなんてことがあるんだよ。ホント何も知らないってば。」「それはそうだけど・・・ねえ、どんな細かいことでもいいから心当たり無い?」「だからそもそも会っていないから・・・あ。」「なによ! やっぱ何かあるんじゃない!」「いや、この前、高町さんが一人で見舞いに来てくれたことが。」「なによそれ! 聞いてないわよ?」「でも一時間もいなかったし、大した話したわけでもないし。」「いいから! 何の話をしたのか詳細かつ正確に言いなさい!」「ほら、前に姉ちゃんたちが3人で来てくれたときに出た地図の話? そのくらいしか。」「ああなんかあんたが見た夢の話だったわね・・・まあそれはどうでもいいわ、他には?」「いや他にはなんというか雑談くらいしか。」「その雑談! 思い出せる限り詳細かつ正確に言いなさい!」「そういわれてもさあ・・・」 きつかったです、はい。少しは弟の体を思いやって欲しいと思いました。 それから半月ほどは何事もなく日々平穏だった。 連休に姉ちゃんと、高町さん一家、月村さん一家が温泉旅行に行くという話になって、俺もどうかという案も出たのだが、俺が遠出をするとなると専属医とか専属看護師がついてくるとかの大げさな話になるし、気を使わせては悪いので、俺は大人しく家で遅れた勉強を取り返す作業に励んでいた。 あれから倒れていない。絶好調である。しかしそういう時期もあるというだけのことだということは分かってる。実際、先月はほとんど寝たきりで過ごしていたし。今月は好調だというだけ。 病院に行く機会も無いし・・・八神としばらく会ってないな・・・ 高町さんの悩みは休み明けも解消されていないようで、雰囲気は微妙のままである。 っと思っていたら、いきなり高町さんが学校を休んだ。 なんでも家の事情でしばらく来れないらしい。 何があったか知らないが、例の悩みの件と関係してるんだろうな。 恐らく休み明けには元気になった高町さんが見られることであろう。 うんうん良いことだ。 平和だなあ。(あとがき)知らない所でなんか激闘が起きているのになんも気づかないまま平和に過ごしております。戦わず関わらず、なんのフラグも立てない主人公の将来がちと不安です。