マシュー・バニングスの日常 第三十八話□×年○月△日 非番でありながら駆けつけて、一つの支部を救った高町は三尉に昇進した。 それで俺のところに今度こそ階級が並んだ! と自慢しに来たのだが。 もうすぐ義務年限が明けてしまう俺を引き止めるために、上は俺を既に二尉にしていた。また見下して笑ってやった。 実は俺も二尉になったので八神に並んだぞと自慢しにいったのだが。 八神はいつのまにか捜査官として地道な功績を挙げていたそうで一尉になってやがった。 あいつみたいな腹芸と話術が達者なやつは、捜査官向いてるんだろな~調べられるやつは気の毒だわ。 そういやこの前の第38管理世界の事件は結局、管理局の現地支部に問題があったらしい。つまり現地の政府に配慮せず、管理局の意思だけを押し付けようとする頭悪い管理局員ってのは、実は結構いるもんなのだ。何でもあの世界に古くから伝わり、信仰を集めている神殿に安置されていた秘宝が、ロストロギアの疑いがあるからって事前の調査の申込もせず、通達すらせずに一方的に神殿に乗り込んで、貴重な遺跡を考えなしに壊した挙句、現地にいた宮司さんみたいな人を問答無用で眠らせて(非殺傷だったら何やっても良いと考えてる魔導師は大抵アホである)、秘宝を強奪したそうだ。そしてなんと結果はシロ。ロストロギアでは無かったのだ全く。それで一応、返しはしたものの、「ごっめ~ん、違ったわ。でも調べてやったんだから感謝しろよ」みたいなノリだったそうで・・・ うん、そら怒るわ。政府の人も民間の人も、反政府武装団体みたいな人も。全員一様に管理局に対して激怒。 それで皆で協力して、一芝居打って、内戦かと思わせといて一斉に管理局の支部を攻撃した、と。 で、それを魔王高町様が粉砕してしまったわけである。うん、誰がなんと言おうとそうなのである。 しかし現地政府の態度は負けても変わらず。正式な謝罪が無い限り管理局とは縁を切ると宣告。「アルカンシェルでも打ち込む気なら打ち込んで来い! お前らの傲慢さにはうんざりだ!」と凄い剣幕だったそうで・・・ 管理局の上の人たちも頭を抱える事態となった。結局、政治・外交交渉がその後、数年にわたって気長に続けられて、最終的には、やっぱり地上に管理局支部を置くことは認められず、衛星軌道上に艦を一隻駐留させることだけが認められたとか。 この辺の話を聞いてしまうと、俺たちは結構深刻になってしまった。 とは言っても、この辺も俺は冷たい。理由も事情も知ったことか。襲撃を受けたから迎撃しただけ。向こうに同情するべき点があったとしても、だったらなんだ? 大人しくボコボコにされるのが正しいか? 頑丈な高町はともかく、俺は魔法的にボコボコにされたりしたら、それが非殺傷であるとか関係無しにマジで死ぬかも知れんのだぞ? 命を守るための正当防衛だ。襲ってきたやつが悪い。 とまあ俺は平然と割り切ってた。 だから主に深刻になっているのは・・・「管理局が間違っていたってことなのかな・・・」 高町である。見事に落ち込んでしまった。事情を聞けばそうとしか思えないし、この件だと正にその通りだしな。「うーん。人の作る組織だから、人が間違うように、組織も間違う、当然だろ。重要なのは間違った後、間違ったことを認められるか、間違いを正す制度をちゃんと持ってるかってことだと思うぞ。」「まあ、その通りやな。」 今日は落込んだ高町が八神の家に来ていて、3人で話してるのだ。「で、八神一尉殿、その辺の制度は大丈夫なんでしょうかね。自浄作用は働いているんでしょうか。」「今回の38世界での事件については、事態は最悪なとこまで行ったけど、一応、その後でのフォローは出来とるわな・・・」「下の方が、正義を狭量に解釈して暴走するってのは結構あることだべ。ただ、問題起こした連中は閑職送りにはなったけど、処罰らしい処罰は受けてないみたいなのが気になるな。」「死者はゼロ。壊したのは現地の古代遺跡だが魔法的価値は無し、だから大した問題は無い・・・ってとこやろな。」「そんな・・・! でもそれって・・・うまくいえないけど、なにか違うよ!」「まー今回の事件の具体的な流れよりもさ・・・もっと根本的に、管理局に自浄機能があるのかってことを聞きたいんだけどな。」「管理局ってとこはな・・・元は警察みたいな治安維持組織から始まって、今は軍隊に近いけど、結局のところは・・・」「結局は?」「官僚機構って言うのが、一番近いと思うわ。」「そか、なるほどな。」「うううよくわかんないよ・・・」「お前は後で勉強しろ。なるほど官僚機構か。国を動かすほどの権力を持ちながら、その選別は国民の選挙に拠らず、官僚登用試験に拠り、試験に通れば誰でも官僚になれる。そして官僚としてキャリアを積みトップに立てば、事実上国を牛耳ることさえできる・・・管理局の場合は、魔法の才能さえあれば、ってとこが違うだけか。」「官僚組織内部では互いに厳しいから、内部的には自浄作用は結構ある。でも組織の外との関係では、組織の利益ばかり求める傾向が優先されて、近視眼的にもなる・・・」「管理局が巨大な官僚組織だとしたら・・・当然、それを抑える国会みたいのが必要になるはずだが・・・」「歴史的な流れとして、昔、ミッドとベルカの二大国家が激突して、双方共倒れみたいになったらしいねんな。その後、秩序を失った世界で、なんとか機能していたのは管理局って官僚組織だけで・・・だからそれからは管理局は国家にあまり依存しない組織として振舞ってくることが許されてもうたんやな。警察権に軍事権、司法権もかなり持っとるし、行政も各地の政府がやることになっとるけど実際には管理局は結構介入できるし・・・ちょっと権限集中し過ぎやわな・・・」「立法権は?」「各国政府の国会の法とは別系統に・・・管理局法ってもんがあるやろ? あれは本来、管理局の内部規定に過ぎへんはずやったんやけど、今では事実上、一番強い法律になってもうとるわな・・・それを定めるのは管理局上層部やし・・・」「各国法と対立した場合は・・・」「双方が話し合うことになるわな・・・でも大抵は、国の方が大幅譲歩を余儀なくされるんやけど・・・」「ああ~・・・どーも問題ありまくりだよな。外部監査機関は無いのかよ?」「各国の政府は、基本的に管理局の権限拡大を必死に抑えようとするし・・・後は一応、聖王教会なんかも次元世界では最大の宗教組織として、管理局への一定の影響力はあるかな・・・」「・・・つまるところは、肥大化して権限集中しまくった官僚組織が、事実上、各地の国家の上位存在として振舞ってるってことか。 しかし難しいとこだな、地球だと国家が事実上の最上位の組織、さらにその上の組織ってのは無いし・・・」「国際連合とかあるんじゃないの?」「おお、高町にしては物知りだな。」「ううう・・・」「だが国際連合てのは、有力国の会議って範囲を出ないし、事実上はアメリカのものだべ。そういうハンパなもんじゃなくて、本当に、国家の上に立つ汎国家組織ってのは・・・地球には無い、だからそういう組織ってのは俺も管理局しか知らんわけだが、さーて、他に例が無いから、そういう組織はどうあるべきかってのも気軽に言えないな、根拠が出せないw」「理想的には、次元世界中の管理世界に存在する全ての国家からの代表者が集まって、国会みたいな機関を作るべきやけど・・・」「しかしそうはなっていない、これまではそれで何とかなってきたのかね・・・」「なにせ広すぎるねん、次元世界は・・・交流無い世界同士やと、もう文化風習何もかも違いすぎて共感して協力するとかムリで・・・なかなか一まとまりになるゆうんはな・・・」「そうなると管理局内部の自浄作用に期待するしか無いか。俺の知ってる範囲だと、陸の本部は、あれ警察だべ。海は軍隊だな。そして両者は、牽制し合って事実上対立してる。仲が悪いのも悪くない、双方が互いのミスを監視し合ってるわけだからな。だがこれだけだと弱いな・・・やはり管理局法を作ってる所と、管理局内部の司法機関、この関係性あたりがポイントになるかな・・・」「さすがに立法部と、司法部は、明確に分かれとるけど・・・うーん、どやろな・・・仲が悪いとか聞いたことも無いし・・・」「お前は捜査官だろ、捜査官は司法部系?」「せやで。うーん・・・考えたら立法の方は・・・相当上の人らで決めとるみたいで・・・あれ? どうやって決めとるんやろ・・・」「立法プロセスは、捜査官のお前にも不透明ってか?」「・・・こういう法が必要やって稟議を上にすることは出来るけど・・・それで実際にどこが決めとるんか・・・」「あー・・・どうなんだろね八神。」「ほんま・・・どうなんやろな・・・」 俺たち二人の議論はそこで止まってしまった。うーんしかし問題は多いなあ。 しかしこれは俺の持論だが。 まず問題の無い組織など無い。国家も同じだろ。問題を鵜の目鷹の目で探して重箱の隅をつつく様なマネをすれば問題など幾らでも出てくるもんであるし。 重要なのは結果だべ。結果的に上手く行くことが一番重要だ。正しい手段にこだわる余り、結果を蔑ろにするのが本末転倒ってことだ。 管理局は、これまで平和を保ってきた、いまも何とか保ってる。 つまりそうする力が確かにあるってことなんだよな。 まずはその事実を虚心に認めなくてはならない。 今回の事件にしても・・・ 思いっきり冷たい言い方をすれば、「死者出てねーじゃん」と切り捨てるのも一つの価値観。 無用な混乱を招いた、現地の管理局支部の連中はバカとしか言いようが無いが、それだけを見て管理局全体を否定するならば、それは木を見て森を見ずというものだわな。 しかし管理局内部には不透明な部分が多いのは確かだ。 特に立法プロセスが、捜査官八神一尉をもってしても不透明だってのは・・・ それでどうするかって話は、俺については簡単なんだが。 技術職は強いのだ。 医者であることに徹する。君子危うきに近寄らずって方針で生きればよい。 んでなるべく早く体を治して、いざとなったら地球に帰れば良いし。 だが八神は、どうする気なのかね・・・ こいつは管理局の中枢に近いところで働いている・・・ 正直、あんまそういうところには近付かない、というのが唯一の正解としか思えんのだが・・・ 八神は考え込んでいる・・・ 俺も考えながら、その八神を見詰めている・・・ そして高町は、全く話しについていけずにオロオロしている・・・w「ううう・・・わかんないよ。ねえ、結局、管理局は間違ってるの? 正しいの?」 頑張って発言した高町の、その発言の内容は・・・うーむ・・・ 俺の内部で、今の発言を意訳すると・・・「私、そういうこと考えたこと全然無いから、サッパリ分かんない!」 っという内容に変換されてしまうなあ・・・「ふぅ・・・お前見てるとマジメに考えてるのもアホらしくなってくるわ・・・」「な! なんかバカにしてない?」「そっか、だからお前はいつでも明るいんだなあ・・・うんうん、良いことだよ。」「ああー! またなんかバカにしてるー!」「分かった分かった、お前にも分かるように説明してやろう。」「ううう・・・」「管理局は、今回は少し間違ってしまった。それは事実だ。」「うん。」「でも、一度の失敗で、全部を否定するのもおかしいだろ?」「うん。」「だから・・・管理局が正しいのかどうかは、これからお前が自分自身で、見極めなくてはいけないってことだよ。」「私が? 自分で?」「そらそーだろ。誰かに決めてもらってどうするよ。」「ううう・・・あのさぁ・・・マシュー君はどう思ってるの?」「自分で決めろと言った端からそれかよ・・・俺はこれから見極めてみるさ。ただ今の感想を正直に言うならば・・・」「言うならば?」「管理局は決して、正義の味方では無いわな。だからって悪の権化でも無いし。ていうかそういう極端なもんなんて、現実の世界には存在しないんだよな、もともと。ここまでは分かるか?」「・・・うん。」「だが、管理局ってとこは、善悪どちらの割合が多いかと言えば、まだ善の占める割合のが多い組織だ、と俺は思う。」「どうして?」「次元世界全体を見れば、まがりなりにもある程度の平和は保たれてる。これは管理局の功績だろう?」「そっか・・・」「だからな高町、お前はこれまで管理局は純粋に正義の味方だと思ってたかも知れないが、必ずしもそうじゃないってこと。 善悪、どちらも含んでるものだってことを認めて、だから自分の担当する範囲では、善の割合を多くするよう努力すること。 それだけを意識すればいいんじゃないか?」「・・・私は出来ることを頑張れば良いってこと?」「あー・・・まあそうだな。」「うん! それなら分かるよ!」 本当に大丈夫か・・・心配だなあ・・・ しかし、自分の現場で頑張る!と無邪気に決意できる高町の表情は少し明るくなっても・・・ 管理局の中枢で働き、その制度自体と向き合わねばならない八神の顔は・・・どうにも暗いままだった・・・(あとがき) 改めて強調しときますが設定には独自解釈が含まれる場合があります。 しかしまあ戦って勝ってればそれでOKとはいかない場合もやはりあるでしょう、なのはにもそういうことはあったはず。 とりあえず問題は、それでも踏み込む八神と、そこまで行く気が無いマシューでしょうかね・・・八神の踏み込む理由とは・・・