マシュー・バニングスの日常 第三十七話「第一種防衛体制が発動されました。繰り返します、第一種防衛体制が発動されました。非戦闘員の皆さんは規定のプログラムに従って行動してください。決して慌てずに、建物の外に出ないようにしてください。繰り返します・・・」 やれやれ・・・また厄介ごとか・・・ 高町に会うと必ず厄介ごとがついてくる気がするなあ・・・ しかし・・・たしか「クーデター騒ぎ」って言ってなかったか? ってことは政府軍と、クーデター軍が戦うのが筋ってもんだろうよ。 なぜに管理局の支部のビルに、両軍が力を合わせて襲ってくるのか・・・ どういう事情が・・・ とか分からんことを考えてても仕方ないか。 実際問題、どうするかね・・・「あんな放送されてるが・・高町、お前は今は非番だよな。」「うん、ここは単なる経由地の予定だったから・・・」 実はすぐに帰れる。 そもそも、転送ってのは、異世界をわたる場合は普通、事前の準備が必要で、準備が無い場合は異世界間転移機関を積んでる航行艦とかの専門の乗り物が必要になるのだが、今回はこっちに来るのにレイジングハートに持たせた「目印」を使ったわけだ。「目印」は異世界を跨いでも正確な座標データを常に演算しながら俺のサウロン直通でデータを送る小型計算機・発信機で、このデータ送信は大抵の妨害に負けない自信がある。転送に必要な前準備ってのは要は8割型、座標の特定だ。星ってのは自転しながら公転してるもんで、同じ世界の中にいてさえも、絶対空間座標軸を仮定した時の正確な現在位置測定ってのは恐ろしく困難なわけで、それが異世界の向こうともなれば困難というより不可能に近い。だからまあ分かりやすく言うと、転送していく「向こう側」と、転送前の位置「こちら側」の両方に、何らかの目印を作っておいて引き合うようにあらかじめ調整しておく必要があるのだな、個人で異世界間転移をしようとする場合は。そして「向こう側」にも「こちら側」にも高度な座標演算処理が必要とされるのだ。こちら側についてはデバイスがその役割を果たすわけで、やっぱ問題は向こう側になるわけなんだが・・・ まあ一般的な転送ならば、大抵のデバイスなら十分計算処理ができるものだ。普通のデバイスでも情報処理性能は地球のスパコンにも劣らないほどのレベルであるし。 そして事前準備だが、ミッドでの俺の宿舎の部屋、あと地球のバニングスの家の私室、二箇所に帰還用の「門」を作ってある。 転送妨害が若干、かかってるようだが、この程度の一般向け妨害ならば、情報処理特化型デバイスであるサウロンを持っている俺は妨害分も算出・特定・無効化できるし・・・ 高町を攫って問答無用で転移して帰るか・・・と薄情なことを俺が考えていたとき・・・「高町准尉はおられませんかー!!」 かなりせっぱつまった声が聞こえた。薄情な俺でもその口調を無視して逃げるのはためらうような真剣な雰囲気であった。「あ、なんか呼ばれてる。面倒だな・・・俺は顔を隠す。」 背中のフードはこんなときのためにあるのだ。口元くらいしか見えなくなる。「なんで・・・まあいいけど・・・はーい! ここにいますよー!」 ここの局員らしき20代半ばくらいの女の人が走ってきた。「非番中に申し訳ありません! しかしお聞きになった通り緊急事態なのです! どうか手を貸してください!」「もちろんそのつもりです。ところでビル内の魔導師の数は?」「それが・・・Aランクが5名、Bランクが17名、Cランクが23名、併せて45名しか実戦経験のあるものがおりません。あとは、一応、魔導師ではあるものの、普段は事務方の仕事をしているものばかりで・・・」「そうですか・・・」「それに、敵軍の作戦目的が不明のままでして・・・本来、政府軍とクーデター軍が争っているはずだったのですが、なぜか局外で中立だった管理局支部に襲い掛かって来ている・・・もしも彼らが示し合わせて当支部を襲おうと本気でしているのなら、中途半端にやめるということは考えにくい、恐らく徹底的に攻撃する気なのでしょう・・・」 ああ~・・・やっかいだなこれは。ここはれっきとした管理世界のうちで、なのに管理局支部を本気で襲う両軍・・・ 確かにそこまでやるからにはハンパで止める気も無いだろうなあ・・・ 高町にも引く気は・・・やはり全く無いな。無理やり連れ帰っても丸く収まるってことは絶対無い・・・あああ妙な仏心を出して、気まぐれでこんなところに来なければ良かったなあ・・・やはりこんなことはこれっきりにしよう・・・それはともかく今は事態の収拾を図らねば・・・面倒だけど・・・まあしゃあない、協力するか・・・ 「なるほど。まともにやると勝ち目無いな。」 俺がボソリと呟く。お姉さんはキっと俺を睨んだ。「こちらは?」 高町に対して尋ねる。「えーとですね、その・・・った!」 とりあえず高町の足を踏んで黙らせる。「まともにやると勝ち目は無い。だからここは取り合えず、俺たちに任せておいて、あんたらは防衛だけしててくれ。」「な!」「おい高町。前にやったアレ、やるぞ。多分、多くても100発くらいで形勢を決められると思うが、いけるか?」「少しきついかもね・・・」「まあいい、この後は1週間はイヤでも休ませるつもりだったしな。」「あーやっぱそうするつもりだったんだ・・・」「ある程度広い場所でやったほうが安全だな・・・敵が近づくまで30分はある、中庭みたいな場所あるかな。」「うん、確かあっちに・・・」 俺と高町が小走りに移動を始めると・・・「あ、待ってください高町准尉! 高町准尉ー!」「高町准尉?!」「空のエースだ!」「頑張ってください! お願いします!」「エースー!!」 などなど周囲から声がかかる。 なんか妙に注目集めてるな。これだから有名人は。高町の半歩後ろを歩く、灰色のローブをまとい顔をフードで隠して、長い杖を持った怪しい魔導師(俺)までもなんか見られてるじゃないか。 非戦闘員の見物人がゾロゾロとついてきて、そのまま俺たちは中庭に出た。 中庭までついてこようとしたので、建物の中から出るなと言ったらなんか不満そうな顔をされたが、高町が同じことを言うと素直に従った。さすが人望あるなあ。 目立つのはイヤなんだが・・・仕方ないかこの際・・・ 杖を地面に軽く付き、瞬時に広域探査・・・発動速度といい発散される魔力密度の薄さと言い、何をやったかはまず分からないはず。 で、周囲数キロを『視る』・・・ふむ、状況把握。 俺はおもむろに口を開く。「北から100名。これは政府軍だろうな。空を飛んでるものは10名程度。後はリニアカーで移動中。全体の平均ランクは概算でBって所だろう。最も強いのは空中にいる・・・推定AA。リニアカーの速度に併せて行軍中、予想接触時間は28分後。 西から80名。クーデター軍か。空を飛んでるのが7名。後はリニアカー。リニアカーに凄いのが乗ってるな・・・予想でAAA、これは近代ベルカの騎士かも知れん。接近戦だとお前もやばいな・・・こっちは空のやつらは大した事無い、飛べるだけだ。25分で着く。 まず車を止める! 高町、空に向かって連続で撃て、30発!」「了解! 行くよ!」「よし、いいぞ。」「ディバイン・バスター!」「攻撃転送!」 先頭車両を破壊、それにぶつかる二台目は無視して3台目を破壊、同様に調整しながら動きを止めることを目的に車両破壊を連続。 なーに死にはしないだろう、多分。乗ってるの魔導師だしね。「よし、敵の足が止まった。まだ動く車も、急な攻撃にうろたえて停止、下車して散開を始めた。むむ! それでも統制の取れた動きで接近してくる! しぶといな・・・よし次はA以上のやつらを片端から撃墜する。また連続30発頼む!」「了解!」 次々と指揮官クラスの魔導師たちが落ちていく・・・しかし・・・「北の政府軍は統制が乱れない! AAのやつも落ちたんだが・・・ダメだ間に合わない、来る! 西のクーデター軍は・・・下っ端はバラバラに逃げてるが、AAAの騎士は凄い固い、砲撃を防いだ! ノーダメってことは無いと思うが、怯んだ様子が全く無い! 突っ込んで来る!」「どうするの!」「高町、北へ行って、残ってる連中をなぎ倒して来てくれ! 俺は西に向かう! 頼んだぞ!」「分かった! 気をつけてね。」「そっちもな。」 高町は飛び上がり、俺は瞬間でその場から姿を消した。 西側を防衛する魔導師たちは絶望しつつあった。斧型デバイスを振るうベルカ騎士の実力は圧倒的で、せっかく数では優勢になったと言うのに、それが全く活きない。先ほどからの援護攻撃は高町准尉によるものだと聞いているが、北の方が敵が多いため、高町准尉はそちらに向かったとの連絡も受けた。であれば自分たちは、ここをなんとしても死守する以外に方法が無い。 彼らが悲壮な覚悟を固めたとき。 いきなり目の前から、恐るべきベルカ騎士の姿が消えうせた。 何が起こったのか分からず混乱したが・・・とにかく消えたとしか言えない・・・ 前線の人々から見えない位置に隠れていた、灰色の魔導師は・・・「あ~大丈夫かな、あのおっさん。少なくともウン10キロ先までランダムに吹き飛ばしたんだが・・・ なんかとぶつかったりしてないよな、多分・・・ バシ○ーラってリアルだとシャレにならん魔法だなあ・・・」 とかブツブツ言っていた。 しかし飛ばした騎士も転送得意とかだと戻ってくる可能性もある・・・ 戻ってきてもまたすぐ飛ばして、戻ってくる気が失せるまで「ふりだしに戻る」状態を保たねばならん・・・ 気長に警戒するかな・・・と思い、物陰に座り込んだ。が・・・ その時、いきなり高町から念話が来た【マシュー君! 敵の指揮官が逃げちゃいそうなの! すごい速くて! お願い捕まえて!】「あー面倒だ。戦うのはお前の専門だろうが全く・・・なぜ俺がそこまで・・・」 立ち上がり、トンっとサウロンで地面を着き、北側に転移。 敵魔導師部隊はゴロゴロ転がってる・・・味方も結構いるけど、疲れ切って座り込んでたり倒れていたりだな。 うーん見通しの良い地形だ・・・隠れる場所が無い。目立つのは嫌だ。おしオリジナル結界「認識阻害Ver.5」を張ろう。 「認識阻害Ver.5」とは・・・「一般人に気付かれない」+「魔導師にも気付かれない」+「意図的な探査をされても一定レベルまでの探査球を無効化できる」+「高レベルな探査球が来た場合はそれを自動的に消滅させる」+「探査球を消滅させたことに気付かれないようにダミー探査球を出す」という・・・超高度な隠形結界である。俺を中心に半径15メートル程度にこれを張る。なにせ結界は得意だし、この結界は既にパッケージ化されてて負担も少ないのだ。 さて・・・高町は空を飛んで敵を追いかけてるが、向こうのが速い。 あ~あれは一回高町の砲撃を食らって墜落したAAクラスの彼じゃないか。あそこから復活して逃げるとは根性あるなあ。 高町は強力な砲撃が第一で、硬い防御が第二、という特徴の魔導師で、空は飛べるが、それはせいぜい三番目。 本気で自由自在に空を舞うのはフェイトさんだな。目の前で逃げてる彼も、飛行だけなら高町以上のようだ。得意なんだろ。 だが見えない範囲でも数キロ見通す俺の探査能力の前では・・・視認できる範囲なんてどこでも至近距離だわい。 一瞬で、魔法的にも彼を把握。視認できてるとベクトルを多方向に振り向ける必要も無いので簡単に捕まえられる。 とりあえず強制転送っと。 対転送防御というのは、バリアジャケットの防御機能には含まれていないことが多い。だって魔導師なら、本人も転送とか結構、使うもんだし、転送機は結構利用するもんだし、それを妨害する機能をつけてどうすんだって、ねえ。 それに普通の転送は発動まで5秒はかかるし、5秒もあったら空飛ぶ魔導師ならどんだけ動くことやら。 だから俺の強制瞬間転送は、初見の相手には、ほぼ確実に効く。知ってる連中は、わざわざその防衛プログラムを事前に組んでおいたりするわけだが・・・つまり「知られる」ってことに非常に弱いのよね、実は。知られて対策を本腰を入れてやられると・・・少なくともシャマル先生レベルの補助系魔導師なら対抗手段を見出してしまうわけで・・・だからあんま表に出たくないわけでもあり、念には念を入れた穏形結界を張ったりもするわけなのだ。俺は盲点をついてるだけに過ぎない。 俺が彼に向かってサウロンを向けると・・・ 必死に逃げてた不幸な魔導師は、いきなり俺から30メートルばかり離れた位置の地面に垂直に衝突した。 お~お~ハデに砂煙あがってるなあ。 いきなり目の前から敵がいなくなってうろたえる高町に念話して敵の位置を教えてやる。 混乱しながらも根性で立ち上がった彼は、また高町が一直線に近づいてくるのを見て、必死に飛び上がって逃げようとする。 速度が乗ってきたところで、また強制転送。地面にまっすぐ向けてやる。 ズガン また激突。 どんどん高町は接近してくる。 それでも立ち上がる。飛ぶ、逃げる、速度が出た、と思ったらズガン! 泣きそうになりながら立ち上がって飛んで加速して、ズガン! もう完全に泣いてるが立ち上がって飛んで、ズガン! そして、また立ち上がろうとして目の前に立つ高町を見て・・・彼は膝を着き・・・「ふ、ふひゃはひへえぶほへひへ・・・」 奇怪な笑い声とも泣き声ともつかない声が・・・いかん壊れたかも・・・「大魔王からは逃げられない」はリアルにやると・・シャレにならないんだなあ。 ちなみに。 中庭に来た見物人たちは戦闘タイプじゃない人がほとんどで、俺と高町のコンビネーションの意味はピンと来てなかったようだし。 前線にいた魔導師たちは、あの砲撃は高町の援護だ、としか聞かされていなかった。 そして復活してきた味方魔導師の皆さんが改めて戦場を見回すと、高町の前に座り込んだ敵魔導師は座り込んで狂ったように泣き笑いしてる。ちなみに他のザコは全員倒れている。まさに死屍累々。こっちは間違いなく高町が蹴散らした連中だ。 こうして・・・「敵の前に立っただけで、敵が泣き出した」という高町の大魔王伝説がまた一つ、生み出されたのであった・・・ いやあ良いことだ。「ちょっとまって?! なんか違うような気がする!?」 気のせいだ。 とりあえずしばらく警戒したが第二波とかは来なかった・・・ しっかし疲れたな~すぐに寝たい・・・あ、でも健康診断しなくては・・・くっそう二度とこんなことしねーぞ・・・(あとがき) 小4くらいの模擬戦、中1夏、そして今は中2の一学期くらいと3回しか戦闘シーン無かったんですが、これでしばらく無くなるかなあ・・・ ふう・・・また次からちょっと深刻な話をせねばならん・・・ そこを抜ければ・・・今度はイチャイチャ方面で明るくなる・・・かも・・・