マシュー・バニングスの日常 第三十五話△&年△月△日 さて、八神は特別捜査官である。これは指揮官職であり、査察官職でもある。 執務官とか、航行艦の艦長とか、そういった結構エラい人たちをも捜査する権限があるので、立場は高い。 しかし近頃分かってきたのだが、捜査官はあくまで捜査官。 階級は高く、指揮権限もあることにはなっているのだが、それは例えば、執務官個人を捜査するために言うこと聞かせるみたいな程度にとどまっている。執務官には下に多くの現場の部下たちがいて、部下たちを動かせるわけだが、捜査官の権限はそこまで届かない。 そこで八神は正式に上級キャリア試験を受けてみようか・・・と近頃考え始めている。 これに受かって、上級管理官というものになると・・・中央のエリートとしての立場は揺ぎ無いものになるだけでなく、実際に現場にいったときも、現場に居る人間を全員、完全に指揮統括することができる。つまりはすんげえ偉くなるのである。 今でも捜査官ってだけで幹部候補生なのに・・・そんなものになった日には、幹部を通り越してトップ候補生じゃねーか? そういえば気付いたら、八神のやつは二尉になってやがった。俺は三尉待遇・・・既に抜かれている。 ううむ、いつか絶対押し倒してやろうと思う・・・って口癖は・・・近頃なんか危ない気がしてきたな・・・ いや、なにがどう危ないってんじゃないんだが・・・ 仮にだよ、仮に。冗談としてだけど、もし・・・ノリで押し倒したりしたときに・・・ 向こうも冗談として、ぶん殴る勢いで跳ね除けてくれたら問題無いのだが・・・ 万が一・・・・・・抵抗してくれなかったらどうしよう・・・とか・・・ よし、いつか見返してやろうと思う、って程度に変えておこう。 しっかし・・・近頃は地球での学校生活の時は、家から弁当を持ってくることを禁じられて八神が弁当を作ってくるようになった。 なんだろー別に不快ではないのだが、真綿で全身を縛られているかのような束縛感が・・・ これを見た姉ちゃんの反応なのだが・・・ 姉ちゃんはお嬢様であり、言ってみれば生まれながらの支配者であり女王様、料理というのは料理人にさせるものだと心底思ってるタイプの人だから、口に出しては、なんも言わなかったのだが・・・ 近頃、台所でボヤ騒ぎが頻発してるのは、貴女が原因ではないでしょうね、お姉さま・・・ 姉ちゃんだって苦手なものくらいあってもいいだろに、料理が出来ないとか気にするような男とは、多分そもそも付き合わないでしょ。 今は想像できないけど、結局姉ちゃんが将来結婚とかするとしたら、相手は同じような社会的階級を持つパワーエリート、欧米には今でも普通に存在してる本物の上流階級以外とはありえないんだから。 だから俺に手料理を食べさせようとか企まないでね、いやマジで・・・一度、鍋に残った不気味なヘドロ状物体を見たのだが・・・あれを食わされるとか想像したくないんすけど・・・ そーいえば、高町はこの前の功績で、准尉になったみたいだ。 今でも現場に出ることの方が多いのだが、近頃は教導訓練みたいのも手を出し始めているらしい。 教導ってのは、文字通り、教えて導くことであるわけだが。 あいつが戦闘訓練を人に教える・・・ううむ、ただ一方的にボコってる姿しか想像できない。 圧倒的な力でボコられるだけの訓練・・・ためになるのだろうか。恐怖を克服するって訓練にはなるかもしれんが・・・ 俺の方はと言えば・・・ やっぱ体を治さないことには何も始まらないのだと、腹を据えて改めて自分の体に向き合ってみた。正直現状でも日常生活には問題無いし、それどころか戦闘すら耐える状態であるわけだが、それでもリミッター頼りであり、これを外せば長持ちしないのは変わらん。 もともと俺のリンカーコアは、魔力を大気から吸収するよりも、蒸発して発散させてしまうほうが極度に多くなるという異常が先天的に存在した。これは先天異常であり理由などわからん、ただそうであるというだけだ。そして常に限界以上の魔力が体から発散していく状態に耐えるため、リンカーコアは全身から、肉体の中にあるごく微量の魔力までも絞り尽くして吸い上げ、しかも無意味に発散してくれて、結果、俺は全身衰弱しまくってたわけだな。リミッターというのは本来、魔力の出力量に上限を設けるための道具で、恐らくは本来の用途は拘束具、強力な魔道士を拘束するための手錠みたいなもんだろう。 魔力は大気中などに自然に存在し、それを魔道士は体を媒介にして、一度、胸部にある魔力中枢・リンカーコアに蓄える、そして蓄えた魔力だけが魔道士の使用可能魔力となる。そして魔道士は魔力中枢に蓄えられた魔力を、再び肉体を媒介にして外に出す。つまり目には見えないし普段はほぼ認識されていないが、人の体内には魔力の循環網みたいのが実は存在するってことだな。血液とか酸素とか神経からの伝達信号だとか以外の、何か別のものの体内での循環、という概念については地球でもたまに聞いたものだ、中国で言う「気」とか、それを利用した気功とかいう技術とか、ほかにもチャクラとかヨガとか、まあ詳しくは知らんが・・・ 魔力の体内循環が、それらともしかして同一なのか、またそれらとは違うのかも分からん、それはともかく・・・体内の魔力循環網についての研究でも無いかと探してみたのだが、これが意外と無いのだな。無いのも実は当然で・・・つまり全く認識できないのが実情であるようだ。大気中からの魔力の入力も、魔法発動時の魔力の出力も、自然にいつの間にか、または一瞬で行われ、認識されない、それが当然だと。 であれば体内からの魔力の出力妨害するリミッターてのはどういう理屈で出来てるのかと言えば・・・ 結局、使われている特殊な素材が、魔力を無理やり凝固させる、流動性を失わせ、魔道士が頑張っていつもどおりに魔力を流そうとしてもそれに大きな負荷をかけるって理屈らしい。広い次元世界のなかのどこかにあるレアメタル系素材だそうだ。魔力自体がもともと自然に存在するものだから、自然な物質の中にも魔法的物質とも呼ぶべき、例えば魔力吸収物質、例えば魔力干渉物質などが存在するらしいんだよな。噂では魔力無効化物質なんてものまであるとかないとか・・・ しかしやはりそれらはレアメタルみたいなもんで、産出量自体が極小であるだけでなく、それらの物質を好きに使われては魔道士優位を原則とするミッド社会が崩れるので、それらの特殊な物質についての管理は、管理局の専任事項となってる。管理局はそれらの物質の採掘加工などを完全に囲い込み、一体どこで取れるのかって情報のレベルから、絶対に漏れないように厳密に守ってるのだ。だからせいぜい俺もレアメタル「みたいな」ものとしか分からない。 そういう独占も問題あるんじゃねーかと思わないでもないが、でも大抵のロストロギアってもんは、ずばりその手の物質を加工した結果に生まれたものなのだな。そしてロストロギアの悪用は、この前の23世界みたいな大惨事を実際に生み出しかねない、だからこれを管理局が管理するのも当然だという理屈になる。 まーそれはともかく、そういう特殊な物質に依存して、自分の命を保ってる状態は気分が悪いのだ。 体の中のどこを流れて、魔力が入力され、また出力されるのかも良く分からんし・・・確かに俺にも分からんからどうにもならん。 目の前で八神に魔法を使ってもらって、それを全力全開で、止められたのにリミッター外しまでして魔法的に「凝視」してたのに、それでも見えない。 これはあれかね・・・光の速さを視認しようとしてるのに似た愚行であるような気が・・・ヒシヒシとするぜ・・・ しかも相手は魔力・・・光以上に得体の知れない、いわばエーテルだとかタキオンだとか第5元素だとかみたいなもんだしな・・・ 長々と検討してきたが、結局の所は・・・「体内の魔力循環網を見定めることによって、その循環部に処置を施し、出力異常を治癒する」というアプローチは不可能!ってことが、はっきりと、もうイヤっていうほどはっきりと、分かってしまっただけであった。「それでも、一歩前進ではあるで?」「そかな・・・」「これはあかんってはっきりしたわけやから、今度は別の方法考えたらええだけやん?」「まーな・・・」 八神のメシはいつも通り美味いのだが、さてはて、俺が本当に治るのはいつの日か・・・△&年△□月#日 悪いニュースってのは続くのかね・・・ 中1も三学期に入って、もうすぐ終わるかって時期の話だったかな。 とある日曜、いつものように八神一家と夕飯を食べながら、TVニュースを見てると、緊急速報が入って・・・「ただいま入りました情報によりますと・・・陸のエース部隊として名高いゼスト隊が、作戦行動中に大きな被害を受け・・・ えっ! なに? 差し替え! ちょっと・・・コホン、えー改めてお伝えします、ゼスト隊が全滅し・・・全滅?! コホン、 すいません。ゼスト隊が作戦行動中に全滅、生存者は今のところ確認されておりません。今後新しい情報が入り次第・・・」 見ていた八神の顔色がみるみる変わっていった・・・騎士たちも厳しい表情に・・・ 八神は青ざめた顔色のまま、立ち上がり・・・「これは・・・ちょっと確認に行かんと・・・連絡・・・は、こんなときにつながるわけないし・・・」 そのとき急に八神に通信が入り・・・しばらく話した後・・・「第3級以上の査察官は緊急招集や。どーもキナ臭い事件らしいな、これは・・・みんな行くで!」 騎士たち+リインも厳しい表情で頷く。 っと、そこでやっと俺に気付いた。「えっと、ごめんマーくん・・・」「いやいや仕事だべ。うん、気をつけてな。」「ほんまごめんな・・・その、夕食の後片付けとかはええから・・・」「ん~帰ったほうがいい? なら帰るけど・・・」「いや、別にそれはええねんけど・・・」「ま、それはいいから速く行けって。緊急なんだろ?」「うん・・・ごめんなマーくん。」 そういうわけで八神一家は全員が行ってしまった。 自分の分は食い終わり、皆の食べ残しにラップとかかけて、洗う食器は洗って片づけが終わった頃に思い出したが・・・ そういえば・・・前に病院に来たナカジマさん・・・奥さんがゼスト隊所属とか言ってたような・・・ ん~・・・そもそも本局捜査官である八神と、陸士であるナカジマさんとの間にどういう接点が?・・・ 単に、昔、ちょっと教えてもらっただけ? って感じでは・・・ なんか特別な捜査の過程で知り合った重要人物? とかまあ推理は色々できるわけだが、そういうことは俺はしない。それは八神の仕事で、踏み込んで良い場所では無い。 戦うのが仕事のやつもいる、捜査するのが仕事のやつもいる。 そして俺の仕事は治すこと。 だからってこういうときに何も出来ずにヤキモキするかと言えば・・・別にそうもしないのだな・・・ 八神は捜査が仕事だから基本的にそんな危険な場所に踏み込むこともないし、そもそも八神だって捜査官の中では下っ端なのだ。 ん~でもこういうときは俺もうろたえたりとかするのが普通なのかな・・・でもそんな気にもなれんし・・・ もしかして俺って冷たい? とかなんとか悩みつつ、そのまま八神の家の中の俺のスペースで就寝・・・ この日、八神たちは結局帰らなかった。 翌朝にも帰る気配も無く、俺は食べ物とか冷蔵庫に入れて帰宅し・・・ なんとそのまま一週間近く、八神たちは帰らずに事態の収拾にあたっていたようだ・・・ そもそも次元航行艦隊、海の本局ほどに恵まれていないのが、陸の首都防衛本部であり、若い優れた魔道士などが最初に目指すのは海である。しかし陸は、ミッドチルダという場所に密着して、そこを守ることに集中した組織であるため、ミッド生まれで、故郷を守りたいという自然な感情から、陸に来るという人もいる。 ゼスト・グランガイツ氏は、陸どころか管理局全体でもトップクラスの一人に数えられる強力な魔道士で・・・確かSランク騎士とか言ったかな。つまりベルカ式の近接戦闘の達人。実戦経験も豊富な壮年の男性で、彼に比べたら高町なんざヒヨッコである。昔から、彼は海に誘われることも多かったのだが、愛する故郷を守るためか、陸に留まり、ミッドの治安を守り続けた人物である。 その彼の部隊が通称ゼスト隊。正式名称も他にあるらしいが誰も知らんだろな。陸においては最強であるのはもちろん、事実上、唯一に近いようなエース部隊で、陸の治安維持に過去数十年にもわたって大きな役割を果たしてきたそうなんだな。 いわば陸の安全の象徴のような名詞が、ゼスト隊であったわけで・・・それが全滅てのはシャレならんのだな・・・ 陸には他にもレシアスさんだったか何だったかって有名人もいたが、その人は指揮官タイプらしいし・・・ 前線最強のゼスト隊に今回起こった大惨事で、頭を抱えてることだろうな・・・ 結局・・・全滅は確定だった。隊長ゼスト氏のみならず、主立った部下たちも全滅。 その中には、前に一度治療したことのある、クイント・ナカジマさんの名前もあった・・・ 一ヵ月後に合同追悼式などが行われ・・・ 八神と俺も一応、顔を出してきたのだが・・・ゲンヤさんと娘さん二人に、かける言葉なんて見つからなかったな・・・(あとがき) 今回の話・・・前半「やっぱり治らない」、後半「葬式」・・・ 暗い・・・暗すぎる・・・作者のストレス解消のため明るい話します。ええ誰がなんと言おうとします。 なのは召還! 一緒に暴れると風当たりも強いけど、やっぱなのは様がいないと明るくならん!