マシュー・バニングスの日常 第三十二話△&年○月%日 中1の夏休みにあった話をしよう。 その前に・・・ そもそも俺は内科医であり、若くしてリンカーコア治療の権威である。ゆえに勤務地は病院か研究室が基本である。 前線に必要とされるのは、何よりも外科医なのであり、内科医まで呼ばれるなんてのは・・・いわば戦地病院を作る必要性があるほどの大規模な作戦行動のときしか、ありえないと言える。つまりメッタに無いのだ、本来は。 第23?だったかなの管理世界でロストロギア由来の大災害が起こり、星全体が地震と津波で大いに掻き回されて、現地政府が機能不全に陥ったばかりか、そこの管理局の支部も海沿いにあったため完全に水没して、星全体が大混乱という大事件が起こった。その星の人口は全体で億程度だが、これは次元世界の人口密度から言えばかなり多い。地球と比べればそうとは思えないが、この点では異常に人口密度が高いのは地球のほうなんだよな。とにかく結構、人口も多い立派な管理世界で、恐らくは一千万人レベルでの死者が出て、負傷者は算定不能、ほとんど一つの世界の終わりといってもよい惨状だった。ロストロギアってのは全く・・・ 秩序は失われ治安も低下、まずは武装隊が乗り込み、拠点を築いて、そこを中心とした強引な治安維持を始めたそうだ、が・・・ 実はこの星は、大麻に似た特殊な薬用植物の一大生産地でもあった。しかしそれは高価な薬品の原料となり、非常に高く売れるので、薬物を悪用しようとするものは常に極少数だった。しかし裏に流せば、表で売ったときよりさらに何十倍もの利益を荒稼ぎできる可能性があるので、犯罪者は絶えなかった。 で、未曾有の大災害により治安が悪くなったことで、次元世界中の麻薬関係の犯罪組織が、我も我もと凄い勢いで乗り込んできたということなんだな。備蓄倉庫はあらゆる場所にあり、もともと結構頑丈で地震と津波に耐えたものも多く、そこを見つけて中身を頂けば正に一攫千金だったとか。 そういう連中を管理局は取り締まろうとしたが人手が足りない。敵は星中に分散して好き勝手にやっていて、強い魔道士の反応とかあれば速攻で隠れて決して戦わず、過ぎ去ればまた出てきて現地の一般人に迷惑をかけ、薬物を強奪していた。 治安回復まではどんなに早くても10年はかかるだろう・・・というのがどうにも希望の持てない見通しだった。 余りにも大規模な事件だったために、あっちこっちから人手が掻き集められた。 だからそこで俺と高町が出会ったのは、間違いなく偶然である。「あれ?」「あれ? マシュー君?」「そっか、次の定期診断をずらして欲しいって言ってたのは、これか。」「うん。マシュー君も来ていたんだね。」「夏休みだし、臨時の予定だから、まあいいかなと思ってな。そっちはどうだ? 犯罪組織退治できてるか?」「なかなかね・・・そっちはどう? けが人は少ないと思うんだけど・・・」「現地の人たちで病気になってる人が多いな。そっちの治療が主。早く治安回復しないともっと増えると思われる。」「そっか・・・無理も無いよね・・・」「大災害、故郷も家屋敷も壊滅、そこに犯罪者の群れが襲ってくると来たら、病気の一つもするってな。PTSDの人も多いし、正直言うと、このままでは手が足りないし、なんつーかもっと悪い方向に進みそうっていうか・・・」「うう・・・何とか犯罪組織を捕まえるだけでもしたいんだけど・・・隠れるのが上手くて・・・」 実は、この星には裏では、犯罪組織たちが勝手に決めた「縄張り」があったそうだ。 互いに協定を結んで、その中のものは全部いただく、ただし他組織の縄張りは侵さない。 で、時空管理局が出張ってきて治安回復し始めた場所は、丁度、3つの組織の縄張りが周囲を取り囲む形になってたそうだ。 犯罪者たちは鬱陶しくてたまらない。星の裏側を縄張りにしてる同業他社は大もうけしてるってのに、自分たちの所はやりにくい。 だから最初は、この3つの組織が組んで、管理局の拠点への破壊工作を試みることになった。 だが、丸儲けしてる同業他社を許せなかった彼らは可能な限り多くの組織を巻き込むことに成功し・・・ 星に展開していた組織のうち6割近くが、精鋭武闘派を集結させて、管理局の拠点を襲撃するという計画になったそうだ。 襲撃し、混乱させ、体勢を整えなおしてる間に、こっちは好きなように動いて、いただけるものは全部いただく。 その上で、そろそろ旨味のなくなってきたこの星からは一斉に逃げる。 補給艦が来て、人員交代とかして帰った後が狙いだ。実戦が起こらないので武装隊の人数は減ってきているようだし、まだ現地に不慣れなスタッフが多い時点で一気にカタをつける。 彼らの計画はそれなりに精妙であった。 管理局の通信を妨害するジャミング設備は大量にあったし、質量兵器使いのエキスパートから、裏の世界のはぐれ魔道士など、人員も豊富。管理局拠点には強力な魔道士は実は数が少なく、なによりも人手が必要だったので低レベル魔道士が多い状態だった。低レベル魔道士は質量兵器でも対抗できることが多く、高レベル魔道士も数をそろえて囲めばなんとかなる。場合によっては民間人を人質に取れば何もできなくなるだろう・・・ 襲撃の夜。 一番初めに気付いたのは、やはり俺だった。 普段は、多少何かに気付いても何も言わない。管轄が違うし、向こうには向こうのやり方がある。 しかしこれは・・・ 魔力迷彩をしながらじりじりと接近してくる推定Bクラス程度の魔道士、実に18人? 推定Aクラスも3人、さらにAAクラスぽいのも一人いるぞ? さらに見るからに物騒な銃やナイフに、大口径のハンドキャノンを抱えた特殊部隊ぽいのが40名? これはいかん。しゃれにならん。敵は本気だ。 俺自身の体調の安定と共に索敵範囲も向上していたので・・・3~5キロの範囲内に敵が分散して接近してきてるのが分かる。 だが範囲外にもまだ敵がいないとは限らない・・・むしろ今、見えてるのは最初に奇襲して混乱させるための尖兵か? 確かこちらの戦力は・・・いかんC以下の魔道士なら100人単位でいるが・・・ほとんどが医療系とか補助系の人で、地域の人たちの生活福祉向上のための要員だ。戦闘訓練など受けていない者ばかり。はっきり言えば魔力攻撃の無い地球のプロの軍人相手でも、なんの抵抗もできずやられるレベルの・・・つまり民間人に等しい・・・10対1でも負けるだろな・・・ 管理局員だが魔力とか無い事務系スタッフは何百人もいるし、今、この基地周辺に臨時に出来てる現地の皆さんの仮設住宅の町の人口は数万人ってとこで、この人たちを守るには・・・ 肝心の武力は・・・第8武装大隊が派遣されてきてるのだが・・・ そもそもミッド世界は魔法至上主義で、優れた魔道士は全てを解決するみたいな考えがあり、だから少数精鋭主義でもあるわけなのだ。小隊は10名、中隊は二個小隊以上、大隊は二個中隊以上って構成なんだが、つまり大隊は最低でも40名以上って計算になるべ? そして実際の編成だともっと人数が多くなるはずだと思うだろ? ところが違ーう。それがミッド社会クオリティだ。人数ではないのだ、魔力なのだ、高ランク魔道士がいるかどうかなのだ、そっちのほうが重要なのだ、ってことになってるのだ。優れた魔道士がいるならば人数はそれほど必要無いとされるのだから・・・AAA+の高町なんていた日には・・・ つまりは大隊とは言っても30名くらいしかいないはず。さらに平均ランクはB-程度かな。ランクは大隊長でA+程度。他にAは3名くらいはいたかな・・・人数だけなら敵より上だが・・・奇襲されれば危ない程度の差しか無い。 こんな危険な場所になぜこれしかいないのか? その理由は簡単で、実際の戦闘に至った事例がここまで皆無だったのだ。犯罪組織は逃げ隠れするのみ。管理局に正面から楯突こうなんて誰もしなかった。だから最初の頃は何倍も人数多かったのだが、余りにも戦いが無いので人員交代の度ごとに武装隊の人数は徐々に減らされていき・・・そして現状に至るってわけだ。その代わりに医療とか補助のスタッフがどんどん増えてるんだけどね・・・ 上の人のやることと言うものは全く・・・とグチを言っても仕方が無いな。どうもこの星の復興は武力よりも補給が重要だと考えたらしく、補給だけは有り余る量を送ってきてくれてもいるわけだし・・・それで現地の人たちを元気にして、現地の人たち中心で復興するって方向性自体は間違っていないわけでもあるし・・・そもそも管理局ってのは別にこの星の治安維持義務があるってわけでも無い、多次元指名手配を受けた犯罪者がいるって報告も無いし、災害の原因となったロストロギアも既に消滅が確認されてて暴走させたバカはそれに巻き込まれて死んでいる、部隊派遣と復興支援も実は正式な要請を受けてのものではない、なにせ現地政府が機能してないので、麻薬関係の犯罪者が跋扈しているのは問題だが連中はタダのコソ泥でしか無かったってのがこれまでの評価だし・・・ 色々あるが結局は、間が悪かったというか運が悪かったというか・・・今この時にここに居てしまってることが。 まあそれはともかく・・・ しかしどうするか、俺以外は気付いていないだろう。 俺は医者として圧倒的に有名であるが、魔道士としての腕前はあまり知られていない。 俺の常軌を逸した探査技能を今から一から説明してる・・・ヒマがない。 説明せずとも分かってくれて、動いてくれるのは・・・ 俺は深夜の高町の部屋に無断で転移した。 すぴーすぴー言いながら気楽に寝てやがる。 なんかムカついたので驚かせて起こしてやろう。 枕もとのサイドテーブル上に置かれたレイジングハートを、簡単に手の届かない位置までずらして、と。 ゆっくりと高町の肩を掴み、押し倒すかのような体勢で・・・ 頭突きしてやった。 ゴン!「起きろ高町。」「ふえ?」「起きろ、ただし騒ぐな。」「ふえええ! な、なにマシュー君、いきなり大胆過ぎない? 私マシュー君のことは嫌いじゃないけど、でもそういう対象としては見れないって言うか、ああっ。何するの? 離して、ああレイジングハートが遠くに! ずるいよマシュー君はいつもずるい!」 混乱する高町にさらに顔を近付けてやる。「ダメ、ダメだってば。落ち着いてマシュー君、そんな勢いでなんて・・・」 顔を赤らめてイヤンイヤンしとる。アホか。なんか微妙に押せば行けそうだから怖いな・・・なんであのオコジョは押せないのか・・・ まあそんなことを考えてる場合でなくて・・・「落ち着くのはてめーだ、バカ町。まずは起き上がれ。」 肩を掴んでよっこいしょと上体を起き上がらせる。 高町は掛け布団で体を覆って、なんか赤い顔してる。まだ落ち着いてないな。「まず水を飲め。」 といって水差しからコップ一杯の水を汲み、飲ませる。食えとか飲めとかの俺の命令には条件反射で従うレベルになってる。入院中に徹底的に調教してやったからな。「いいか良く聞け。 これは今の段階では俺しか気付いていない。 俺の探査能力は知ってるだろう。 この拠点を中心として、半径3キロから5キロの範囲内に、敵対勢力と思われる魔道士が22名、質量兵器で重武装した兵士が40名、ここを目指してジリジリと近づいてきている。 今のペースだと実際の襲撃まで2時間から3時間ってとこか。」 俺の言葉が進むにつれて、高町の目はすぐに真剣なものに切り替わった。「通信ジャミングも確認した。軌道上に待機している航行艦にも、ミッド本国にも通信は通じないだろう。 敵は一気に決める気らしい。」「ど、どうすれば・・・そうだまずは報告しないと・・・」 高町は色気の無いパジャマから着替えることもなく、その上に直接バリアジャケットを展開。慌ててるな。「報告するのは良いんだが・・・これは俺の探査能力によって分かったことで、俺以外には誰も気付いていない。説明に時間がかかる。 できればその前に一気に、カタをつけてしまいたいんだが。」「そか・・・方法はあるの?」「俺には敵が全員『見える』。俺の誘導で高町が撃てば絶対に当たる。お前には見えない距離からでもな。」「分かったよ。ちょっと待って・・・緊急事態だから念話報告で許される範囲だから・・・大隊長に連絡・・・」 ちなみに高町はダントツに強いため、小隊指揮などの指揮系統からは外れて大隊長に直属し、遊撃任務が主だそうだ。襲撃などの緊急事態においては独自の裁量範囲も大きく、報告義務さえ忘れなければかなり自由に動けるとか。うーん魔法至上主義だなあ・・・ 敵を独自に捕捉したので迎撃します、大丈夫です出過ぎたりしません、基地内から砲撃して退けます、緊急事態ですとだけ高町は念話で伝えたらしい。詳しい報告をしろと言われて揉めるのを予想してたのだが意外とあっさり終わった。「もう報告終わったのか?」「ううん。詳しく話せって言われたけど、時間無いからってこっちから切った。今はそれどころじゃない。私が後で多少怒られることよりも、皆を守るほうが大事だよ!」「そか・・・」 組織人としては出世しそうも無い考え方だが、まあこれが高町か。「行くぞ。」「うん!」(あとがき)なのは&マシューの初タッグ戦でございます。意外と長くなって次まで続いてしまいました。完全オリ話なのでドキドキです・・・