マシュー・バニングスの日常 第三十話△□年¥月○日 高町は完璧に回復した。っていうか昔以上の状態になったような気がする。誤差の範囲内かも知れないが昔より7%ほど魔力量が向上しているという計測結果が出たのだ。まあ手術翌朝の測定だから、推移を見守ってからでないと結論は出ないけどね。 軽い痛みも違和感も無くなり、魔法行使も昔より滑らかになった気がすると高町は言ってた。 鬼悪魔かと思ってたけど、やっぱりマシュー君は凄かったと高町は泣きながら俺の手を取って喜んでくれたわけだが。 そうか、やっぱりそんな風に思ってたか。これからも可能な限り痛くなるように工夫して治療してやろう。 高町が退院する日が来た。全治半年とされていた入院期間は、4ヶ月と3週間程度で済んだ。 高町の退院を喜んで、身内は全員集まっている。士郎さん、桃子さん、恭也さん、美由希さん、フェイトさん、クロノ、リンディさん、姉ちゃん、月村さん、ユーノ、八神に騎士たちまで全員。 お世話になった先生方には既に挨拶を済ませていた高町は、最後に俺のところに来て、深く深く頭を下げた。「本当に・・・本当にありがとう。全部マシュー君のおかげ。どんなにお礼言っても足りないけど・・・ありがとうございました!」 溢れる善意と明るさ一杯の・・・いかにも高町らしい笑顔だった。良し、確かに戻ったな・・・だったら・・・「ふぅ~。高町、一つだけいいかな。」「なに?」 真剣な顔をして見せる。せっかくのめでたい退院の日だが・・・ちょっとこれだけは言いたい・・・「俺がさ、9歳までまともに歩くことも出来なかったのは知ってるな。」「・・・うん。」「今でも完治はしていない。このリミッターで俺は何とか生きてる。表面的に健康に見えても、実は俺は病人だ、今でもな。」「・・・うん。」「対して、お前は健康だ。ケガが治ればまた今のように本物の健康に戻れる。俺が今でも手に入らない本物の健康に、な。」「・・・」「であるのにお前は自分の健康を一回投げ捨てた。俺は生まれたときから一度も持ったことが無かったものなのに。お前は感情に任せて突っ走って、俺が渇望している本物の健康を、ドブに捨てるようなマネをしたわけだ。」「・・・」「お前のそういう行動見て、俺がどんな気持ちになったか想像つくか?」「・・・ごめんなさい・・・」「謝っても許さん。目を瞑って歯を食いしばれ!」 高町はビクっとして言われるままの姿勢を取った。 そして俺は・・・ 高町に、超全力デコピンをかましてやった。バチコーンとデコピンとは思えない良い音がしたww 本当はこのバカが大怪我したときにみっちり説教してやりたかったわけだが・・・まあこれだけで勘弁してやろう。 高町は涙目で額を抑えてる。ざまあみろである。「なにするの!」「あ~すっきりした。いいかバカ町!」「バカじゃないもん!」「二度と来るなよ。」 俺の真剣な口調に・・・高町はただ、黙って頷いた。「そうだな・・・次にまた入院するようなことになったら・・・今度はもっと痛くなるように工夫して治療してやるぞ。」 ニヤリと笑う。高町はそれを見て顔を引きつらせる。「う、うん。もうこんな怪我はしません! 無茶もしません!」「その言葉が本当になることを祈ってるよ・・・」 そのまま皆で高町家に向かい、盛大な退院パーティーをやった。 士郎さんと桃子さんからも改めて頭を下げられ、恐縮してしまった。 姉ちゃんにも手放しで褒められて、抱きしめられて頬ずりされて振り回されて・・・ 月村さんも参戦して、俺を振り回すもんで・・・どうなってんだあの人は誇張ではなく本当に俺を振り回す力があるぞ。 それを横で見ていた八神がなんだか機嫌が悪かったように見えたのだが・・・うん、気のせいだな。 そろそろ長袖が恋しくなる、とある秋の日の出来事であった・・・△□年¥月△日 術後の経過観察については、年単位で行わなくてはならないものの・・・ 俺の「リンカーコア直接整形」は、もしかしたら稀有な成功例かも知れないと、既に評判になっていた。 そんな評判も冷めやらぬ中、これまで蓄積した膨大な臨床データを元に、「リンカーコア障害治療プロセスの標準化」と題する論文が発表される。ギルさんと俺が主筆だが、他のリンカーコア障害治療部のスタッフたちも総力を挙げて作成したものである。 この論文は、本質的には前の論文をバージョンアップさせたに過ぎないものだが、情報量が前とは比較にならず、ありとあらゆる場合のリンカーコア異常に対する具体的な対応策が網羅されたもので、この分野の治療法の決定版とすら、後に言われるようになった。 これが発表されたことで、ギルさんも俺もさらに出世。ちなみに俺は三尉待遇となった。本局病院リンカーコア障害治療部の評判は不動のものとなり、その年の管理局全体での褒章式において、主だったスタッフへの勲章授与さえ行われた。軍事作戦と関係無い、純然たる学術成果で、勲功章ゴールドメダルを与えられたとか前例が無かったそうで・・・どうもギルさんは近い将来に下手すると海軍軍医総監とかになる可能性が高いとかの下馬評も行われ・・・本人はリンカーコア治療を地道に行いたいから、そんなに偉くなりたくないそうなんだけどね。メダルは受け取るから昇進は勘弁してくれと頼みに行ったとか・・・ 俺は勲功章シルバーメダルとかを授与されて・・・さらに拘束義務期間が3年も減ってしまった。そうなるだろうって前に約束してくれてはいたが、本当にこんなに短くなるとはなあ・・・中学在学中に義務が終わってしまうぞ、これは。 だがそれもこれも俺に病院の仕事を続けて欲しいと上の人たちが本気で思ってるからであって・・・今となっては義務が無くなったからって気軽に辞めるわけにも行かないんだよなあ・・・継続治療中の人とかもいるし・・・どうすっかな~ 八神は、ついにリインフォースⅡを完成させた。高町の入院とかでドタバタしてたが、やっと出来たらしい。夜天の書の管制人格、リインフォースを原型として、可能な限りそれに近付けたユニゾンデバイスで、これと融合することで八神は無茶苦茶強くなる、そうだ。空を飛んで、広範囲を焼き尽くすみたいな攻撃が得意技らしい。いやあ物騒だねえ。 そういう話をしても俺が全然、反応薄いので、不満に思った八神が不機嫌になったりしたが。 俺としては、お前が元気で怪我も無く、また怪我とかしないような生き方をしてくれるほうが嬉しい、とかなんとか言ったら、機嫌はすぐに直ったので特に問題は無いだろう。 リインフォースⅡの外見は妖精少女って感じで、なんかふわふわ浮いている。「はじめまして、マシューさん! リインと呼んで下さいね!」と元気一杯であった。普通に人格持ってるなあ・・・デバイスだって言われても信じられないわ。 しかし仕事の方は相変わらずの捜査系で、腹芸と話術で巧みにこなしてる。強くなる必要とかあんのかよと疑問に思った・・・ フェイトさんにとってこの年は、執務官試験に落ちる(二度目)、高町の見舞いを担当医の俺に禁止される、さらに八神の逆鱗に触れてブチ切れられて大喧嘩、さらにリンディさんにも説教されるなどなど・・・ のちに「暗黒の一年」と自ら呼んだ、フェイトさんの黒歴史となったのだった。この年の話を後年すると、誰が言ってもかなり険悪な雰囲気になり冗談が通じなくなったので、余程堪えたのだろう。敢えて口に出してからかうのはシグナムくらいのもんで、それも模擬戦に誘うための挑発として使ってた。 今年は散々だったフェイトさんだが・・・今度こそ、今度こそは執務官試験に受かるためにまた勉強している。さすがに次は受かるだろうと皆が思っているのだが、なにせフェイトさんだ・・・どんなポカをやらかすか予想もつかない。俺は来年こそは受かる方に賭けてる。八神は来年も落ちる方に賭けてる。八神が賭けに勝つのを目的にフェイトさんの妨害とかしないこと祈る。 高町は、一ヶ月の完全休養、2ヶ月の足慣らしを経た上で、結局は武装隊に復帰した。 休養中は勉強地獄・・・3年近くサボっていたのを取り戻す地獄の勉強合宿が行われ・・・真っ白に燃え尽きてたが・・・ あれこそ正に自業自得w 武装隊に復帰して、また魔法を使って戦えるようになったときは周囲が引くほどに号泣して喜んでいた・・・ しかし、将来的には前線勤務から一線引いて、技術を教える武装教導隊のほうに入ることを目指すようになった。 あまり家族に心配かけてはいかんと思うようになったのか・・・分からんけどね。 前のように過剰に仕事に志願するということは無くなった。勤務シフト表を高町の上司経由で俺が入手し、それをさらに海鳴の高町家に送るというルートが完成したのもあるが、やはり本人が反省したというのが大きい・・・と思う。 ただ、自分から過剰な仕事を取りに行くということは少なくなっても、有給休暇を自分から使うという発想は無く、放っておけば休まないため強制的に休ませているのだが、「休みって何したらいいの?」って何よ。その年でそれはまずいだろ。 姉ちゃんに頼んで無理やり遊びに連れ出してもらっているが、将来不安である。 だが、家族に対する感情は前よりも素直に出すことは出来るようになったようだ。前と大きく変わった点は、親子喧嘩を大声で出来るようになったことだとか。桃子さん VS 高町なのは のケンカが始まると高町家の面々は避難して息を潜めているしか出来なくなるほどに激しいそうで・・・まあ、前の妙に遠慮しあってた関係に比べればマシであろう。 もうすぐ俺たちは小学生では無くなる。その後はどんな日々が続いているのだろうか。 できれば今度こそ何事も事件無く・・・平和な日常が続いて欲しいものだ・・・(あとがき) マシュー・バニングスの存在意義のうち重要な部分が、ズバリ「治療編」にありました。なのはの撃墜と治療回復、そのときに起こったはずのなのは自身の葛藤、苦しみ、家族との関係はどうなったのか、友達はどういう対応だったのか、などなど、撃墜編は高町なのはにとって恐らく、魔法に初めて出合った3年生のあの日にも匹敵するほど重要な時代であったはずで・・・なのに原作ではほとんど語られず思い出話として少し出るのみ・・・それがどうにもこうにも不満であったこと、その時代を自分なりに描いてみたいと思ったこと、これがマシューの生まれた理由のうち大きな部分を占めています。順番として、医療系のキャラとしてなのは撃墜に関わるということが最初に決まって、そのために病弱である、魔法医療を学ぶ必要がある、特殊技能によって済崩しに巻き込まれる、病院仲間の八神と親しい、常に入院していても余り暗くならないように家は金持ちということに・・・ではアリサの弟にしとこう、すると当然アリサが超重要人物になる、原作のなのはの軌跡を傍観する立場が望ましいので攻撃的な性格はしていない、積極的に原作に介入はしないタイプで・・・などなど属性が決まって行って、マシューのキャラメイクが為されたわけです。 そして・・・なのはの撃墜・入院・治療が、ついに済んでしまい・・・そうなると・・・ もともとそのためのキャラでしたから・・・ それでもマシューというオリキャラが入ったことによる事態の推移などを想定して描いてみるなどということも出来るわけですが・・・ しかし・・・原作によると・・・中学生時代などは、ゼスト隊壊滅・中3の時の空港火災くらいしか出来事が無く・・・高校時代にあると思われるのはせいぜい、恭也と忍の結婚、クロノとエイミィの結婚くらいでしょうか。さらに1年の空白を経て、やっとSTS時代に入るわけです。この余りにも大きな空白期間・・・病院勤務のマシューにはほぼ関係無い話ばかりで・・・ それとも普通に、いきなりSTS時代に飛ぶか・・・ 大体、中学高校時代の話をするならば恋愛要素を排除するのは不自然過ぎるし・・・しかし余りにもイチャイチャラブラブするような話ってのは続かないし・・・そもそもそういう話ってリリなの世界的に不適合なのではとか・・・ いきなりSTS時代に飛ぶ線で考えてもこれが意外と難しい。無印・As・治療と折角時代を重ねてきたのにここでいきなり飛ぶと皆の成長も葛藤も過程は無視して結果だけ言う形になり・・・無味乾燥な報告になってしまわないか・・・そもそもいきなり登場人物が激増するし話が広くなり過ぎるのがSTSなのでどうしてもその前段として、順を追って話を繋げていきたい・・・ナカジマ一家を自然な形で出すだけで一話かそれ以上欲しいし・・・JS博士と数の子たちなどは医療系ということでマシューと道が交錯する可能性も考えられ・・・駄目だいきなり8年飛ばしは無理があり過ぎる・・・ マジメな話以外にも、なのは&マシューがタッグを組んで「魔王と、その目」として悪名が高まるみたいな話もしてみたいし・・・ 甘ーーい話もしたいし、逆に苦ーーい話もしたいし・・・ まあ色々と悩んで考えておりますが、とりあえず・・・ここで一区切りとなるのは間違いありません。 今後も続くとしてもペースが大きく変わるとか・・・まずはこれまでの分を修正ばかりするとか考えられます。 いつもと違って本文部分から失礼します。ご意見ご感想、いつも本当にありがとうございます。