マシュー・バニングスの日常 第二十九話△□年$月○日 高町のリンカーコアには、ヒビが入ってる。 これは不正確な表現であり、正確に言うならば、リンカーコアに大ダメージを受けた結果、その形が歪んでしまい、これまではムダなく収束し運用されていた魔力が、あっちこっちにチョロチョロと漏れてしまい、その漏れた魔力が肉体に痛みをもたらす状態なのだ。 しかし若い高町自身の持つ、自律的回復力も大したもので、その歪んだ形をなんとか補正しようと自らが頑張っている。また俺はこの治療が専門で、どこに負担が行くか的確に分かるため、その部分を毎日ケアすることで少しずつ少しずつだが、薄皮を剥ぐように確実に状態は改善の方向に向かっている。 このままリハビリを進めても、恐らく9割がたリンカーコアは回復する。 しかし恐らく軽い痛みか、違和感は残るだろう。 それは高町の可能性を閉ざすほどのものではない。9割でも十分AAAだ。これまでの馬鹿げた出力頼みの単純戦法から、もっと考えて巧みに技を組み立てるタイプへの、ある程度の傾斜は必要になるだろうが、それも悪いことでは無い。そのほうが安全だし、もしかしたらその方がかえって、魔道士として大成するかも知れないとさえいえる。体力のほうは以前よりも確実に向上してるし・・・ 今のままでも問題ない、そのはずだ・・・ しかし・・・「なんか悩んどるなー、マーくん。」 いつもの喫茶店。考え込む俺の前にいつの間にか八神が座っていた。「まあな・・・」 紅茶をすする。翠屋とは比べ物にならんな。「なのはちゃん、どんどん回復してるし。今はもうリハビリ言うよりは、鍛えてる段階に入っとるんちゃう? 元気な笑顔も戻ってきたし、なにを悩むことがあるん?」「ううむ・・・つまりさあ・・・」「なに?」「このままでも9割がた回復する、間違いないわけよ。」「うん。」「でもそれを10割か、もしかしたらそれ以上、回復させる方法があったとする。」「へえ。」「でもそれは安全な方法では無いし、なんつーか実験的なことになっちゃうし。」「・・・失敗した場合は?」「9割まで戻るはずだったのが、8割に・・・いや7割になるかもしれん。」「そっか。」「魔力がその程度、低下したところで肉体には悪影響は無い。日常生活には何の問題も無い。しかし魔力にこだわる人間にしてみれば、魔力低下ってのは肉体が傷つくよりも遥かに重かったりするわけで・・・高町はモロにそのタイプだし、さてどうするか・・・」「成功する確率とかは?」「実験的な方法だから・・・まともな前例が無い。過去のデータから確率を出すなら・・・0%ってことになるな。」「・・・マーくんは、成功させる自信あるん?」「無ければ悩まないよ。」 しばらく二人でお茶を飲んで考えていた。おもむろに八神が口を開く。「なあマーくん、前も悩んでたよな、士郎さんたちのことで、どうするか。」「ああ・・・」「結局は何とかなったんやけど・・・やっぱあの時は、ちゃんと初めから皆で話し合えば? 意外と上手くいくのも早くなったんちゃうかって思うねん・・・今になって思い返してみたらって結果論やけどな。」「まあそうかもしれんが・・・」「せやから・・・まずはきちんと話すことやで。マーくんは、リスクも含めて治療法の選択肢をちゃんとなのはちゃんに説明する、後はどうするか、それを決めるのはなのはちゃんやで。それになのはちゃんは、多分、マーくんが思っとるよりも強いで? 心も体もな。患者さんを信じてあげなあかんのちゃうかな・・・多少は悩んでも、その程度では潰れへんで。」 ん~・・・ そだなあ、高町の魔力の話だし・・・最終的にはあいつが決めるのが筋だわな・・・ ん~先生方と話し合って・・・ギルさん当たりにも相談して、その上で高町に話してみるか・・・△□年$月△日「リンカーコア直接整形術」 これが俺がずっと研究してきたテーマだった。もちろん自分自身のリンカーコア形成異常を何とかするために。 俺みたいな例は特殊だが、もしもリンカーコアを直接どうこうして、それで魔力を上げることが出来るなら・・・って発想自体は、魔法至上主義のミッド社会では結構普通に起こり得る発想であるわけで。また事故で胸部にダメージを負った後、魔力の出力が明らかに低下したために直接いじって何とかしようと試みたという例も実はある。 ただ、成功した前例は・・・存在しない。 仮に一時的に上手くいったように見えても・・・結局はムリが出て前よりも悪化して魔力も低下する。 だからリンカーコア異常への治療とは、全て間接的アプローチによる。負担がかかる肉体の方を巧みに癒す、その技術の向上が、今のリンカーコア障害治療部の研究方針でもある。リンカーコア自体には手を出さない、それが原則だ。 だがこれまでのリンカーコア直接整形へのアプローチには明確な欠点があったように俺には思えていた・・・ 実際にやられていたことは、高高度な治癒魔法と、さらに強力な増幅魔法を組み合わせてリンカーコアに強引なアプローチをかけると言う手法ばかりが試されてきたのであり・・・治癒魔法とは結局、対象の代謝を活性化して一時的に生命力を向上させるというものだし、増幅魔法とは、対象の有するあらゆる性能を魔力により後押しして一時的に強化するというもので・・・つまりは強引に強烈な干渉をかけて何とかしようという方向性・・・前例で問題にされていたのは、より高度な治癒魔法を、より高度な増幅魔法をということばかりで失敗したのも、それが足りなかったとか組み合わせがまずかった的な解釈ばかりが結論とされていた。 しかし、例えばリンカーコアでは無い、心臓とかに、似たような高度治癒+強力増幅みたいなことをすればどうなるか、考えるまでも無い、一時的に異常に機能が活性化した後に極度の疲労で・・・下手したら止まるんじゃねって話だ。肉体に対してそんな無茶なことをするバカはいないのだ。しかしリンカーコアは魔力の結晶であるため肉体とは微妙に異なるし・・・最後の手段としてそういう無茶な手法がとられてしまったのだな。 なぜそんな手法が取られて来たかって理由のうち、重要な一つはリンカーコアは「見えにくい」ってものがある。肉体の器官ならば、はっきりと目に見えるわけで、どこがおかしいか分かるので、そこを的確に整形できるわけだ。ところがリンカーコアは魔力の塊、肉体に近い性質も持つとは言え、やはりその形とか普通ははっきり見えたりしない、ぼんやりとしか把握できないのだ、普通は。 だが俺には「見える」。 俺には、その正確なμ単位での形、さらにその内部構造、組織構成に至るまで精密に把握できる。 これはまるきり、俺の探査スキルに依存したもので、他の誰かに真似できるってもんじゃないが。 そうしてコアを把握した上で、微細な修正を加えて、整形する、可能であるはずだ。 ポイントは、俺にははっきりとリンカーコアが「見える」こと。俺の異常な探査性能。 そして決して強引な干渉などはしないこと。あくまで微細な魔力で最小限しか触らないこと、これも俺の得意芸。 強引な手法とは全く対照的で・・・魔力低下リスクも実は非常に少ないはずだ・・・ だが念には念を入れて、俺は探査を全開にする必要がある。つまりリミッターを外すのだ。 外してもつのは、今なら・・・せいぜい15分か。その時間を過ぎれば、体のどこかが破れるだろな。 そして、そうまでして人を救うことは姉ちゃんとの約束で出来ないし、だから15分が勝負、ムリなら諦める。 んで結局・・・ 高町は、施術を喜んで受けた。魔力が回復する可能性てのは彼女にとって何よりも優先するらしい。手術の危険性を説明しても、俺がやるなら出来るだろうと、なぜかこちらが戸惑うほどに信頼してくれていた。ご両親は、失敗しても日常生活には何の問題も無いという点を何度も確認した上で、高町の意思を優先するとのことだった。 主治医の先生は最初は眉をしかめたが・・・丁寧に説明すると分かってくれた。なるほどその手法ならリスクも極小、成功する可能性は大いにある、ただ問題は君の特殊なスキルに依存する部分が大きいことか・・・詳しい話を聞きたいな、リンカーコア治療部の君の上司を呼んでみよう・・・ということでギルさんも来て、俺のスキルについて詳しく説明し太鼓判を押してくれて結局先生も了承。 ギルさんは、間違いなく俺なら出来るだろうとその点については全く疑っていなかった。ただ出来るとしても俺の肉体への負担が大きくなるという点だけは心配してくれた。だからとにかく無理をしないこと、15分で出来なければ即時撤退と念を押された。 手術室に、主治医の先生だけでなく、ギルさんやリンカーコア障害治療部の同僚たちも集まる。高町を眠らせて、バイタルチェックの設備を確認し、いざ、施術に入る。 リミッターを外した瞬間、俺の体から魔力が噴き出す。その量に皆が驚く。見たことあるのはギルさんくらいだからな・・・ しかしそれは無視して高町のリンカーコアに集中。 やはり、分かる。高町の桃色に輝く魔力中枢の結晶が、あちこち微妙にほつれていたり、歪んでいたり・・・ ムリに癒すのではなく、形を整える、最小限の干渉しかしないように気をつける・・・俺にしかできない超微細な調整で・・・ 整える、整える、あと2箇所で全部・・・ 12分くらいが過ぎたかな・・・いかん・・・ 喉元に血の味がしてきた。 ここまで来て止められるか! あと一箇所、これで最後! 咳き込み、軽く血を吐き出す。ギルさんが素早く近付いて来てリミッターをしっかり締めなおしてくれた。 タイムは13分25秒。なんとか成功。 そのまま俺は手術室から連れ出されて・・・ なぜか外で待っていた八神に引き渡された。シャマル先生が速攻で治癒してくれる。 さらに八神はザフィーラ(人間形態)に俺を運ばせて、そのまま八神の滞在してる教会まで連れて行かれてしまった。そのために転送許可まで事前にとっていたというから見事だ・・・「あ~いまいち分からん。なんでここにいるのか。」「それはどうでもええとこやな。」 ベッドに横になる俺の髪を、なぜか八神は撫でていた。 俺の体の問題と、その治療については・・・1がギルさん、2がシャマル先生って所だが、忙しいので俺に専念するのは難しいギルさんと違ってシャマル先生はしばらく俺にかかりっきりになっても問題無い、ということで八神が事前に手を廻していたそうだ。倒れるのは予想のうちで、高町の前で倒れた姿を見せるわけには行かないだろうと言われてしまえば従うしかない・・・血を吐いてまで治したとか知られるのも気分悪いしな。「また無茶して・・・それで、どうなったん?」「完璧だ。間違いない。」「そっか。完璧にしようとして、また血ぃ吐いたわけやな。」「・・・明日起きたら、高町は驚くぞ。ウソみたいに楽になってるはずだから。」「そやからってマーくんが血ぃ吐いてええって話にはならんわな。アリサちゃんに言おうかな~どうしよかな~」「待て、それは勘弁してくれ・・・なんでもしますので・・・」「それやったらな・・・」「あんま無茶なことは言わないでくれよ・・・」「これから、夕食は一緒に食べるって約束してくれたら、言わんとったるわ。」「そんなことでいいのか?」「うん♪」 咽喉部程度からの軽い吐血に過ぎなかったので・・・シャマル先生の治癒を受けた上で、数時間横になってただけで、俺の体調は迅速に回復。 高町が目覚めるのも明日くらいの予定なので、俺は八神の家でそのままゆっくりすることとなり・・・ 八神が俺の体調を考えて作ってくれる消化の良いご飯は美味かった。 しかし、「これから」ってのが「これからずっと」又は「これから可能な限り何時も」って意味だと、その日の俺は気付かなかった。 まあ八神には借りばかり作って、労うことも出来なかったし、一緒に食事を取る程度で喜んでくれるならそのくらいはきちんと約束を守りたいので、それからはミッドに来る週末はいつも八神の住居に行くこととなった。う~ん、しかし八神が料理を作って、んで俺はその美味い料理を座って食べてるだけ・・・洗濯物とか出せとか言われて従ったら洗濯してくれてアイロンまでかけて返してくれたり・・・食後の洗い物くらいは手伝ってみても、どうにも全然、借りを返してる気がしない。こんな事で良いのかと遠慮してみると、遠慮される方がムカつくし約束しただろうと怒られるし。 どうも八神は「一緒にご飯を食べる人」というのはなるべくたくさん欲しいらしいんだよな。家族である守護騎士たちにも、まずは自分で作った食事を取らせるところから始めたらしいし。俺が初めて会った頃から既に両親はいなかったし、一人で家事をしてきた八神はとにかく一緒に過ごして、自分の作った食事を食べてもらえるだけで嬉しいのだと言うのだが・・・ 夕食後はゲームとかして遊んだり、一緒に勉強したり、そうこうして時間が経つので風呂に入っていけ、泊まっていけという話に自然になって気付いたら俺用に客間が整備されてたり、なぜか男物のパジャマまであって俺用に買ったのだと嬉しそうに言うし、気付いたら俺用の歯ブラシに俺用のコップに俺用のスポンジとか俺用のタオルまであるような気が・・・ なんだかんだで週末は八神のところにずっと居るような・・・ うーん、世話になってばかりだ・・・何をしたら返せるのか・・・(あとがき)悩んだけど・・・結局、完治させてしまいました。なのはには傷がほぼ残っておりませぬ・・・あ~次でやっと退院かなあ・・・