マシュー・バニングスの日常 第二十二話△□年○月□□日 あらかじめ、高町家に電話を入れてアポを取る。 リンディさんからは、しばらく帰らないかもって程度の曖昧な連絡しか貰ってなかったそうだ。 しかし娘がいきなり連絡もなしに数日も帰らず、上司からの連絡も無く、知り合いからも曖昧な話しかない。 そこに俺が電話して「なのはさんのことで医者として話さなくてはならないことがある。」と伝えたわけだから・・・ これで良くない話だってことは嫌でも察しただろう・・・ 電話口の向こうの桃子さんは不安そうだった。 翠屋の営業が終わった夜に訪問。客間に通され、士郎さんと、お茶を持った桃子さんが入ってきて腰掛ける。「まずは今の僕の身分を証明させていただきます。」 ミッド語で書かれた身分証と、それを和訳したコピーとを見せる。[ミッドチルダ時空管理局後方勤務管理部所属医官 マシュー・バニングス准尉][時空管理局本局病院リンカーコア障害治療部 研究員 マシュー・バニングス][時空管理局地上本部 第一病院内科第3課 チーフ マシュー・バニングス] ご両親は、3種の身分証を確認した。深刻な話になるのできちんとしなくてはいけない。 が、お二人は、それよりも早く話を聴きたいようだ。「では早速本題に入らせていただきます。僕は今、高町なのはさんの担当医師の一人です。これがカルテの原本のコピー、そしてこちらが和訳したもの、さらにこちらは抜粋要項になります。ご覧下さい。」 二人はしばらく黙って俺の出した書類を読んでいたが・・・ ご両親ともに手が震えて来ている。 士郎さんは顔が真っ赤になってきて激昂寸前・・・全身から強い怒りと殺気が噴き出してきている。別に俺に怒ってるわけではなく、無力だった自分への怒りか、娘を傷つけた何者かへの殺意か・・・ 桃子さんは手から力が抜けかけて、涙がにじんできて、全身が小刻みに震えてきた。 二人とも言葉も無いようだ・・・「話を進めさせていただきます。まず、脊髄損傷についてですが、治ります。下半身麻痺は一時的なものです。ミッドチルダには神経再生技術があり、つなぎなおすことが可能なのです。体力の回復を待ってその処置を行い、頑張ってリハビリすれば、半年以内に再び立ち上がれますし、以前と同じように走り回ることも可能でしょう。この点については間違いありません。」 ご両親は、ほっと一息ついた・・・「ただし、リンカーコアと呼ばれる魔力中枢には後遺症が残ります。従来のように全開で魔法を使おうとすると軽い痛みが走るでしょう。また年を取ってからリンカーコア由来の病気になる可能性が高いです。適切なケアを行えば予防できる可能性もありますが、正直に申しまして、楽観できません。」 士郎さんは聞こえているのか・・・具体的な負傷の項を見つめたまま動かない・・・ 桃子さんが、なんとか声を絞り出して、問いかけてきた。「どうして・・・なのはが・・・」「そうです。今日、伺わせて頂きましたのは、それを聞きたかったからです。それが本題です。」 訝しげに士郎さんが俺を見る。怒りと殺気が残っていて見られただけで体が震えそうだ。でも今日はこれを聞かなくてはならない。「ご両親が、どこまで高町なのはさんの状況を正確に把握なさっておられるのか分かりませんが・・・まずは僕の方で認識している事実関係を説明させていただきます。疑問点などがあれば随時、質問なさって下さい。 まず、なのはさんが所属している部署は、時空管理局本局武装隊です。武装隊とはその名前通り、武力でもって有事に備え、戦闘力が必要とされるような局面で派遣されて、実際の武力行使に及ぶ部署です。はっきり言って最前線の、もっとも危険な部署です。 なのはさんには天性の才能があります。魔力量が尋常ではなく、管理局内部においても上位5%程度しかいないほどの魔力の持ち主、現状で既にAAAランクという、稀有な天才なのです。 管理局は魔力を尊び、魔道士ランクを重視します。なのはさんほどの力の持ち主なら、希望すればどんな部署でもいけるでしょう。 ただ、問題は!」 言葉を切って、二人を見詰める。「武装隊に入ったのが、なのはさんの強い希望によるものだ、というのが、疑う余地も無い事実である、ということです。 なのはさんほどの魔力の持ち主は、希望すればどんな部署にだって入れます。武装隊を選んだのは、なのはさん自身なんです。 ご存知だと思いますが、八神はやて。彼女はなんと、なのはさん以上の魔力の持ち主なんですが・・・その彼女が選んだのは、特別捜査官という後方部隊です。デスクワークが主になり、前線になんてめったに出ない、そういう役回りです。彼女ほどの魔力を持つ魔道士なら前線で戦っても無敵に近いでしょうが、彼女は後方勤務を選んだし、それが許されるのです。 しかし、なのはさんは前線で戦うことを選んだ・・・なぜなんですか?」 本当に疑問だった。彼女は間違いなく、戦いたがっていたから。それがなぜなのか俺には分からなかった。 ご両親からは答えは返ってこない。 話を続ける。鞄から、ファイルされた分厚い紙の束を取り出す。ミッド語の書類だが所どころ、俺が訳を入れてる。 それをご両親に見えやすいように広げて説明する。「ちょっと見づらいかも知れませんが・・・これは武装隊のシフト表です。原本コピーで、注釈を書き込んであります。分かりますか。ここに高町なのは、って書いてあるんです。ミッド語の綴りではこう書くんですよ。で、こっちが時系列で、斜線を引いてあるマス目が拘束時間を現してまして・・・これで一年分あるんです、後で確認してもらえば分かるんですが、まあ結論から言いますと、なのはさんの義務的拘束時間てのは、せいぜい週に3回、一回6時間程度のものなんです。バイト感覚ですね、本来は。 ところが彼女の実際の出撃時間ってのは、そんなもんじゃ無かったですよね? それがこの赤丸でチェックされてるマス目でして・・・これは上からの命令ではなくて、他部署からの依頼により出撃した時間を現してるんですよ。圧倒的に多いでしょ? 依頼であるのだから、これには義務はありません。なのはさんは、そういった依頼を積極的に受け・・・というより、そういう依頼があればあるだけ全部、自分から志願して出撃していったんですよ・・・ その結果が、あの余りにも長い仕事時間ってことになったんです。 まわりの人間は皆、止めようとしてました。武装隊の上司すら、止めようとしていたんです。 でも、なのはさんは止まらなかった。周りの意見を聞かず突っ走って仕事を受けまくっていたんですよ。 なぜなんですか。なぜそこまでするのか、そこまでしたのか。 周囲の人間は、みんな、疑問に思ってたんです。 こういう言い方はしたくない。でも一度だけ、言わせてください。 気付かなかったんですか。 気付いていたのなら、なぜ止めなかったんですか・・・ すいません・・・」 士郎さんと桃子さんに悲しみの色が濃くなり、脱力してソファーに深く腰掛け、顔は俯いて見えなくなってしまった。 ご両親を責めるのは本意ではない。 しかし、これまでなぜか、実の娘に遠慮して、一線を引いて接していたかのような二人には、本音をぶつける必要があると思った。「俺たちは皆、心配してました。異常にも気付いてました。八神はやて、フェイト・T・ハラオウン、姉ちゃんアリサ・バニングス、月村すずか、リンディ・ハラオウン、クロノ・ハラオウン、みんなです! 実は今月に予定されてた定期健康診断で、無理やりにでっち上げてでも、強制的にドクター・ストップをかけようって計画が、武装隊指揮官、なのはさんの上司の了承を得た上で強行されようとさえ、していたんです! でも俺たちは! 所詮は友達で! 他人に過ぎないから! 立派なご両親がいるし! そのご両親が止めないってことは、大丈夫なのかと! でも実際には重傷を負ってしまって! 治りますよ。骨が十本以上折れようと、脊髄が損傷しようと治してみせますし、魔力中枢障害も俺の専門分野、実際にはほとんど、なんの障害も感じなくなるレベルまで治して見せます。 でも問題はそんなところにはない。 異常に戦いを求め続け、そして戦い続ける。なのはさんの心の問題が解決されない限り・・・間違いなく、また同じような負傷を負うに決まってるんです!」 士郎さんは目を閉じて・・・額に手を当てて黙り込んでしまった。 桃子さんは目を見開いたまま、涙をポロポロと流し続けていた。 だが俺はさらに続ける。「なのはさんは、重傷を負って、最初に言ったことが、『誰にも知らせないで』だったそうです。リンディさんに常軌を逸した様子で泣きついて『お願いします! 誰にも知らせないで下さい!』って頼んだそうで・・・言葉を飾っても仕方ないんで、はっきりと言いますけど・・・誰よりも身内に、家族に知られたくないと、そう強く望んでいます。ここに俺が来たのも、なのはさんを騙して来たんです。なのはさんには、家族には適当なことをいって誤魔化すと言って、それでやっと許してもらえました。 『家族に負担をかけたくない』と・・・思ってる。 そしてその思いは、自分が生死も危ないほどの重傷を負っても、それより優先されてる・・・ おかしいですよ。彼女は。これまでずっとそう思ってきた。 そしてその原因は、家族の中にあるとしか思えない。 これは医者が解決できる問題じゃ無い。 ご家族の問題・・・なのでは無いかと・・・」 二人は答えられない。士郎さんは目元を右手で隠してるが泣いてるようだし、桃子さんは呆然と涙を流し続けている。「俺の個人通信の番号です。置いていきますので、連絡してください。普通の電話から通じます。なのはさんの治療経緯については、毎週定期的に連絡します。今は体力回復の段階ですが、もうすぐ具体的な治療に入れると思います。なのはさんの精神状態が・・・その、あんまり安定していないんで、落ち着いたら連絡するように何とか説得します・・・」 言いたいことは全部言った。 場に静寂が満たされる。 俺は冷めてしまったお茶を手にとって、ゆっくりすすった・・・日本茶だが、さすがに本職だな。美味しい・・・ 桃子さんが涙をぬぐい、俺の方をしっかり見据えた。「今すぐ、なのはに会えませんか?」「俺もそれが筋ってもんだと思います。本来なら。でも今のなのはさんは、その・・・家族の話とか、家族に連絡したらとか、そういう類の話題を出すと、それだけでパニック発作を起こすような状態で・・・なのはさんもご家族に会いたいと当然、思ってるとは思うんですが、それよりも会うのが怖い、という方が優先されるようで・・・どうしたものかと俺も悩んでまして・・・」「マシュー君、君の言ってることも分かる。だが俺たちはなのはの親なんだ! 頼む、会わせてくれ!」 いきなり士郎さんが頭を下げた。「やめてください士郎さん。おねがいします・・・ 今はなのはさんの身の回りの世話は、八神に任せてまして、あいつは自分が長年、半病人やってましたから看護には慣れていて、信頼できます。それで少しずつ落ち着いては来ているんですが、なのはさんに会ったら間違いなく泣いて取り乱しそうなフェイトさんについては、なのはさんに負担を与えるのを恐れて、面会禁止にしてるくらいなんです。 ご両親と実際に会って、きちんと話をする、それが彼女の治療にプラスになるのか。 それともそれに向き合うことも出来ないくらい、彼女の心は弱ってしまっているのか。 俺には判断がつきません・・・ もちろん、なのはさん本人は、知られたくないし来て欲しくない、としか言いませんし・・・」 実際どうしたらいいものか分からない。何年にもわたって存在した、ご両親と高町との間の微妙な隙間。 良いほうに考えれば、この機会に一気に隙間は埋まり、八方丸く収まるかもしれない。 しかし悪いほうに考えれば、ご両親が来たことで、高町の心が暗い方向に転がり・・・さらに俺も高町の信頼を失い、担当からは外されて、俺しかできないレベルの高度なリンカーコア治療をすることもできなくなるかもしれない。「頼むマシュー君、この通りだ!」「私からもお願いよマシュー君、なのはに会わせて!」 二人はソファーから下りて土下座に近い状態・・・参った・・・ 俺も椅子から下りて、ご両親の前に座って・・・「すいません・・・まず、俺は担当医師の一人ではあるけれど、責任者では無いんです。外科の先生で、別に主治医の方がおられまして。だから、俺には権限が無いんです。今日ここに来たのも、主治医の先生を何とか押し切って無理に来たみたいなものでして・・・ ですから、俺に約束できることはせいぜい、主治医の先生と話し合って、ご両親との面会を許可してもらうように頼む、って程度です。 あと、主治医の先生と、なんとかお二人が会えるように、都合をつけてもらうくらいでしょうか・・・ すいません、そのくらいしかできないんですよ・・・」 お二人は床に手をついたまま考え込んでいる。 そのまま時間が流れる・・・十分以上も経ったかと思う。「分かった。主治医の先生とはいつ会える? いつでも良いし時間の都合は全てそちらに任せる。」 士郎さんは何とか立ち直ったようだ。桃子さんの肩を抱いている。桃子さんはまだ震えながら力なく下を向いている・・・「遅ければ一週間、早くても数日、といったところです。お忙しい先生ですので・・・」 士郎さんは深く深くため息をつき・・・「そうか・・・仕方ない。これまでのツケが回ってきたってことだな・・・ マシュー君・・・」「はい。」「なのははね、昔からワガママなんて一つも言わない子だったんだよ。昔、俺はボディーガードなんて物騒な仕事をしていてね。なのはが物心ついたころに、大怪我して、一年入院、リハビリも数年がかりって状態になってしまったことがあったんだ。その間、家のことは全部、桃子がやってくれてね。喫茶店の経営も軌道に乗り始めたところで忙しくて、恭也も美由希も手伝いで大忙し、その間、なのはは、ほとんど放置されてた状態になってしまった。悲しかっただろう、寂しかっただろう、全て俺が怪我なんかしてしまったからだ、俺の責任だ。 そして俺は治療とリハビリ、桃子たち3人は店の経営に専念して、数年がかりでなんとか乗り切った頃には・・・ なのはは、ワガママなんて一つも言わない、一つも言えないような子になってしまっていたんだ。 俺は自分を責めたよ。放置され、孤独に苦しみ、周りに迷惑をかけないことだけを気にするような子供に・・・まだ小学生にもなる前って年だったのに、そういう子供になってしまっていた。 後悔したし罪悪感もあった。だから俺たちは皆で、それからは一生懸命、なのはに償いをしようと・・・出来る限り、愛情を示して触れ合ってきたつもりだった。でも、なのははもう、ワガママなんて言わない子になってしまっていて、それは変えられなかった。 なのはが魔法というものに出会い、それに夢中になって、その世界で生きて行きたいと言ったのは3年生の時だったな。 それは、なのはが生まれて初めて言ったワガママだったんだ。 危険もある世界であることは分かってたつもりだった。管理局ってとこは軍隊か警察かって組織だってことも知っていた。 それでも、なのはの生まれて初めてのワガママを・・・俺たちは否定することなんて出来なかったんだ。 余りにも、のめり込み過ぎて、危険なくらいの状態だってことも気付いてた。 でも俺たちは、それでも、なのはに遠慮してしまった・・・今さらな言い訳だな・・・ せめて少し休めと・・・そう一言、言うだけで良かったのに・・・なぜその程度のことも出来なかったのか・・・」「そんなことがあったんですか・・・」 高町の家族に対する過剰な遠慮は、幼少期のトラウマが原因、ってことか。 であれば・・・すぐにどうこうできるもんではないな。 高町は家族に強い愛情を抱いているが、その心の原風景は、その家族たちから放置された孤独な状態。そしてそれをひどく恐れる心。愛しているからこそ、近付けない。恐らく幼少期の、その大変だった時期には、何度も一生懸命に家族に近づこうとしたのに、拒絶を繰り返されてしまったことにより心に傷を負っている。家族の愛情を求めているのに、自分から踏み込めない高町には、何か他にこだわれるもの、執着できるものが必要だった。それが偶然、手に入れた魔法の力。 高町の魔法への執着はハンパではない。依存していると言っても良いレベルだ。それもトラウマがあってこそってことか。 だが人間てのは、多かれ少なかれ、心の傷はもってるもんである。トラウマが性格を作ってるってくらいのもんだ。 良いほうに転がれば問題無いのだ。その執着あってこそ、高町の魔法の技量がグングンと伸びて行ったのは事実であるし、地球で生まれたから地球で過ごさねばならないと決まったもんでもない。この調子で健全に伸びていけば、高町は、生来の魔力の高さもあって、将来はミッドチルダでも間違いなく高い社会的地位と、高収入を得られる立場になる。そこまで蹉跌も無くスムースに行くって場合も十分、考えられた。 ただ今回は、一回、ハデに転んでしまった。それだけのことだ。今なら取り返しが付くはず。 まあ何にしても俺一人で決められる話では無い。 なるべく早く、主治医の先生との面会時間が取れるように頑張ると約束して、俺は高町家を後にした。 士郎さんと桃子さんは、深く深く頭を下げて俺を見送った・・・(あとがき)ほぼマシューの話だけで終わってしまいました・・・言葉が過ぎることがあっても若さゆえ・・・許してやって下さると幸いです今日は指摘しただけですね・・・簡単に解決出来る問題でもなし・・・ていうか出来るのか・・・