マシュー・バニングスの日常 第二十一話△□年×月□×日 高町さん重態の一報は、なぜかしばらくは身内にさえ流されなかった。 身近な人間でさえ、それを知ったのは、ミッドの民間放送局のニュースが第一報だったのだ。 空戦のエースとは言え、一介の魔道士に過ぎないのだから、ニュースでの扱いは軽かった。今日のメインはどっかで管理局の作戦が成功したものの犠牲が大きかったとか・・・最後に、では負傷者のリストをって流し読みされた中に・・・「・・・XX一尉、△△准尉、さらに空のエースと呼ばれていた高町なのは空曹長(11)も重傷を負い、再起も不明とのことです。 本当に心配ですね。 次はミッドチルダ周辺の明日のお天気です・・・」 俺はこのときテレビを斜めに見ながら、大量の書類と格闘しており、聞いた瞬間、書類の山を引っくり返してしまった。 八神はデバイスのプログラムを組む作業を行ってたのだが、3日かけて入力したデータを全消去してしまったそうだ。 フェイトさんはコーヒー片手に試験勉強してたのだが、そのコーヒーを机の上にぶちまけ、ノートを台無しにしたそうだ。 関係各所に連絡を取りまくった俺たちは、互いにかけようとしてつながらなくて焦ったりなど繰り返しながら何とか3人での通信に成功する。急いで情報を交換。八神もフェイトさんも何も知らない。二人は病院にいる俺なら知ってるんじゃないかと期待していたそうなのだが俺も知らない。誰も知らないなら知っていそうな人・・・リンディさんかクロノだ。フェイトさんに頼んで、どちらかにつながらないか試してもらう。俺も本局病院の入院患者リスト(部外秘)を引っくり返して高町さんの名前を探す。 先にフェイトさんがリンディさんを捕まえた。リンディさんは苦しそうな顔で、高町さん本人から、なるべく人に知られたくないから教えないで欲しいと頼まれたと言ってたが・・・ 続けて俺も高町さんを見つけた。俺が詰めてる、研究棟が付属してる第一病棟ではなくて、少し郊外にある第3病棟に入ってる。なるほどそこなら俺は行かない。っていうか行ったことがない。これは俺を避けたのか? 何考えてんだ一体!「八神、フェイトさん。本局病院前に集合な。場所が分かった。」「分かった。15分で行くわ。」「本局病院前ね!」 二人は通信を切った。全速力で向かってくるだろう。街中での無許可の魔法行使が禁じられているのが痛い・・・速攻転移したいのに。 俺はつい、画面の向こうのリンディさんに苦い顔を向けてしまう。「リンディさん・・・高町さんが何を頼んだのか知りませんが・・・だからって言わないってのは無いでしょう。」「そうね・・・本当にごめんなさい。」「担当医は・・・っと。あ~あの先生か。良かった知ってる。」「どうするつもりなの?」「知ってる先生なんで、頼んで担当に加えてもらおうと思います。」「そう・・・それが一番いいかもね・・・ねえマシュー君。」「はい?」「なのはさんを・・・あまり怒らないであげてね。」「それは約束できません。では切りますね。」 30分もせずに俺たちは第3病棟に到着した。都会の真ん中の第一病棟と違って、わざと郊外に作られて周囲には豊かな自然がある。 今は時間的に夕方時であり、ちょっと面会時間としては不適切かも知れないが、顔見るだけならできるはず。 ところが・・・「面会謝絶?」「どういうことですか! そんなに悪いんですか! それだったらなおさら!」「いや、そうじゃなくてね・・・言いにくいんだけど、本人が会いたくないって言ってるのよ・・・」「なんで!」 看護婦さん相手に、激昂する八神とフェイトさんを横目に、俺は通信装置のスイッチを入れる。「あ~ども先生。はいいつもお世話になってます。それで先生の担当患者で、高町なのはっていますよね。すいませんが彼女、俺の昔からの知り合いなんですよ。無理言って申し訳ないんですが何とか担当に加えてもらえないですかね。いやほんと無理いってるのは分かってるんですよ、そこを何とかお願いします! この通りです! はい、それじゃあ本人の同意が得られれば、ですか。大丈夫です、間違いなく同意してくれますので。ただ彼女へのちょっとした言伝をお願いしたいんですが。いえ小さなメモ程度です。はい、じゃあここの看護婦さんにメモをわたしますので、先生へ、はい分かりました。お願いします。」 メモ用紙に書いたのはごく短い文。それを折りたたんで看護婦さんに渡す。看護婦さんは去っていく。「どういうこと? マシュー。」「取りあえず待とう。30分もすればきっと・・・」「どないしたんやろな、なのはちゃん・・・」「ああいう怪我や病気に慣れてない人間てのはさ、初めて大きな怪我とか病気すると、ものすごく動揺するんだよ。多分、今の高町さんは普通の心理状態じゃない。パニックが続いてるみたいな感じじゃないかな。」「そっか・・・」「まあ俺が担当医に入れたら、二人をなるべく早く通すから。」「大丈夫なん? ほんまに入れるん? なんや結構強引に頼んどったけど・・・」「高町さんから頼んでくる。あのメモを見ればね。」・・・40分後・・・「バニングス先生。くれぐれも患者を動揺させないで下さいよ。」「はい、分かってます。」「お二人は、まだここでお待ちください。」「え!」「なんでや!」「高町さんは、しょうがないからバニングス先生にだけは会う、と言われましたので。もうしわけありませんが。」「あ~二人とも。なるべく早く説得するから、もうちょっとだけ待っててくれないか。」「「ううう・・・」」 不満に顔を膨らませる二人をなんとか宥めて、俺は一人、案内に従って病室を目指した。 個室に横たわる高町さんは・・・憔悴し切っていた。 頬はこけ、顔色は青白い。目からは輝きが失われ、下ろした髪もなんだか乱れている。いつもは溢れさせている無駄な元気パワーが完全に失われ、布団の上に出した手にも力が無い。しかしそんなにボロボロの状態なのに・・・なにか焦燥感だけは見て取れる。 元気なときからずっと高町さんを捉えて駆り立てていた焦燥感が、こんな状態になってより顕に見える。だが焦ってはいても今は力が入ってはいない、しかしリラックスしてるわけではなく、虚脱しているだけ・・・ やっぱり心の問題かな・・・ 高町さんが、普段では考えられないような力ない・・・注意しなくては聞き取れないような声で呟いた。「やっぱりマシュー君には、ばれちゃったんだ・・・」「メモは見たんだろ?」「これはずるいよ・・・やっぱりマシュー君はずるい・・・」[今は3人しか知らないが、態度によっては全員に知らせる] メモにはそう書かれていた。 高町さんは怪我したことを知られるのを、やはり怖がっていた。出来れば誰にも知られたくない、家族にもってとこか。 パニック状態でリンディさんに懇願したらしいのだ。で、さすがのリンディさんも対処に困ったと。 俺は平静な、普段通りの口調で話しかける。こういうときは敢えて普段通りを意識しなくてはならない。「俺もそうだが、八神とフェイトさんもな。3人とも偶然ミッドにいたんだが、夕方のニュースで高町さんが重傷だって流れたぞ。空のエース、有名人だけあって全国放送のニュースで流れるとはな。」「そっか・・・ニュースになっちゃったんだ。」「まあ実質5秒くらいでサラっと流れただけなんだけどな。その他のニュース扱いで一まとめの中の一つって感じで。」「そう・・・」「で、二人はまだ下で待ってるんだが・・・どうする?」「ごめん会えない・・・」「おいおい、小一時間も心配して待ってる二人に・・・やっぱ帰ってくれって俺に言わせる気かよ。」「ごめん・・・お願い・・・」 目が涙ぐんできたな・・・感情が高ぶってる・・・まずは落ち着かせるのを優先するべきか・・・ 説教してやろうと思ってたんだが、それもせめてもう少し、回復してからだな・・・ 看護婦さんから聞いた話では、身内への連絡について口に出されるとパニック発作を起こすような状態にも成りかねないらしいし。 気分を切り替えて、妥協案を提示する。「おし、それじゃあ俺が担当医師の一人になることを受け入れてくれるなら、協力してやろう。」「・・・え?」「医者には患者の情報を他に漏らさない、守秘義務ってもんがある。俺が高町さんの担当医になれば、職業規定として、高町さんの情報を、高町さんの同意無しに、他者に漏らすことができなくなる。」「あ・・・」「でも高町さんが、俺を担当医師として受け入れてくれないなら、俺たちはただの昔なじみの友達だ。友達として知ってる限りの人に連絡してまわるかも知れないぞ。さて、どうする?」「マシュー君って・・・ほんとずるいね。」「答えはイエスでいいのかな?」「うんわかった・・・お願いします。」「了解。これからよろしく。」 俺は高町さんの力ない手を取って、無理やり握手した。 その後、高町さんに八神とフェイトさん宛ての手紙を一筆書いてもらった。内容は「悪いけどもう少し待って欲しい。落ち着いたら連絡するから」って程度の走り書きだ。それを持って二人のもとに行ったものの・・・いやあ揉めた揉めた。 もんんんんのすっごい苦労の末に、やっと二人には帰ってもらえたが・・・ いつまでも誤魔化せるものじゃない。 さて、どうするか・・・ 高町さんには絶対に聞こえない場所で、俺は深いため息をついた。△□年×月□□日 正直言うと、バカやって無茶してやっぱり大怪我した高町さんには言いたいことが山ほどある。 しかしまずは体力回復させなくては言いたいことも言えない。 事態の推移は簡単だ。 命令ではなく、自ら志願した任務で、敵が予想以上で、そこで味方をかばって無茶をして、んで大怪我したのだ。 大怪我も大怪我・・・全身に直撃した、殺傷設定の攻撃魔法、実に32発。 そのうちバリアジャケットを貫通したのは12発。 腹部に直撃したのが2発、背中から腰部に直撃したのが4発、胸部に直撃したのは6発。 腹部については、一発は胃に当たって胃が内出血。一発は肝臓に当たって肝機能の一時低下に肋骨3本骨折。 腰部については、第二腰椎、第三腰椎は一部が粉砕骨折し、脊髄も損傷、一時的にだが下半身不随状態。 胸部については、胸骨及び肋骨7本にヒビが入り、リンカーコアにも損傷が認められる、と来たもんだ。 ズタボロである。よく生きてたもんだ。 骨については、ミッドの医学は優れている。肋骨や胸骨のみならず、粉砕した腰椎についても、形成して完全治癒が可能である。 しかし脊髄損傷は重い。神経再生しても、一度は途切れてしまった神経をもう一度繋ぎ直すにには過酷なリハビリが必要になる。 リンカーコア損傷は最悪である。これを決定的に治す方法は・・・ほぼ無い。専門家の俺だからこそ断言できる。「ねえマシュー君。私、治るのかな~」 空白な笑顔で高町さんが問いかける。らしくないな、ボロボロになって地面に倒れた向日葵みたいだ。そういう笑顔は見たくない。「忘れてるのかも知れんが、俺も治ってないぞ。」「え?」 リミッターはまだ必要だ。俺のリンカーコア異常は治療法が見つからない。俺もまだ治っていないのだ。「そっか、そうだったね。ごめんね。」 病気とか怪我なんてたいしたことない、って言いたかったんだが。 まあそれはともかく。「いいかバカ町。」「ひどーい・・・」「てめーなんてバカ町で十分だ。お前は初めて怪我らしい怪我をしたからなんか大げさに考えてしまってるんだろうが、心臓が止まった経験を持つ俺から見ればたいしたことはない。所詮は、治る程度の怪我に過ぎない。だがそれには患者の協力が必要だ。おまえ自身が、自分を治そうと思ってくれなくては、治るものも治らんのだ。」「うん・・・それはわかってる・・・」「だけど、だ。今はそんなことも考える必要は無い。ただ、休め。できれば何も考えずに休め。」「うん・・・」「眠りが浅いとかだったら・・・いっそ俺の強制体内マッサージでも受けてみるか?」「え! そ、それは遠慮したいかも・・・」 高町は少しだけ笑ったが・・・ダメだ、まだまだ本当の笑顔から程遠いな・・・ その笑顔が、あんまり儚くて、弱弱しくて・・・ あの押し付けがましいくらいの明るさに満ちた笑顔を、必ず取り戻してやろう、と思った。 △□年×月□△日 高町の担当の一人になった日から、三日ほど経ったのだが。 八神は、デバイスが完成しそうも無くなって、ちょっと進んでは壊して、治してはまた壊したり、このままではどうにもならないので、早く高町の情報を教えろと俺を日々、責めまくっている。 フェイトさんは・・・最悪にも狙ったようにこの時に、執務官試験があり、ボロボロだったそうだ。自分でも受かってるとは思えない出来だったとか。でも今はそれどころではなく、早く高町に会わせろと俺を毎日涙目で責めて来る・・・ 正式に担当医になった俺としては、軽率に高町の情報を人に話すことは出来なくなったわけだが。 だが八神とかフェイトさんはまだいいんだが・・・ 問題は親御さんだ・・・ ミッドでは高町は既に一人前扱いされてるんだが、地球の常識ではまだまだ子供だ。 もしも親御さんが、これを知らされず、しかもそれが高町の意思だったなんて後で知った日には・・・親子関係に決定的なヒビが入る。今でもどこか違和感があるというか、仲良さげに見えて、なんか隔意がある微妙な関係なのに、修復不能に最悪になってしまう。 隠し通せるものではない。既に八神とフェイトさんは、高町が重傷であることを知っているのだ。 やはり高町本人がなんと言おうと、親御さんにきちんと連絡しないわけには行かないだろう・・・その旨を主治医の先生と話してみる。しかし先生としては、高町本人が連絡を待ってくれと言ってるのだから、今すぐどうこうする必要は無いという意見だ。俺は何とか地球の常識というものを説明し、11歳に過ぎない高町が負傷したら本人の意思よりも保護者の意思が優先されるべきで、とにかく保護者に連絡しないわけには行かない、これは絶対的な最低ラインであり、もしも連絡しないなんてことをしてしまうと俺は地球の常識ではモラル的に最低最悪の人間と見なされてしまうのだと強く主張。 先生は、まあそういう常識の世界もあるのか・・・と最終的には何とか認めてくれた・・・助かった。 高町がケガしたときの指揮系統を確認してみたが・・・ あっちゃあ・・・ そもそも命令による任務ではなく、本人の志願なのは知ってたが・・・ XX管理世界での共同作戦、アースラも参加してたからリンディさんも居合わせただけね、偶然。 複数の航行艦を全て指揮する艦隊提督、名前も聞いた事無い某少将、その直属に派遣された武装隊がいた状態だったと。 ってことは筋として高町のケガの責任は、その少将さんにあるってことになるわけだが・・・ その作戦はかなり過酷だったようで・・・最終的に死者こそ出なかったものの、作戦に参加したBランク以上の魔道士の中で、重傷者は25名、軽傷者43名、派遣された武装隊は4割の戦力を失い、航行艦も一隻が中破してしまい、少将は作戦目的は一応遂行したものの被害が多過ぎるので責任を糾弾されてる最中だわ・・・ これは無理だ。上司で責任者にあたる人に一緒に親御さんとこ行ってもらおうと思ってたけど、こら無理だ。 現地の武装隊の組織図では・・・10以上の小隊が派遣された形か・・・ダメだ高町、曹長だし偉いほうだ・・・それでも上司に当たりそうな人は・・・うう~尉官は数名いるが全員重傷入院中・・・ リンディさんはむしろ指揮系統をある程度無視してでも高町を助けてくれたようで・・・責任者とは程遠い・・・ しかも・・・その中破した艦ってのがアースラなんだわ・・・リンディさんは今、事後処理で物凄い忙しいようだ・・・ あー・・・しゃあない・・・一人で行くしかないか・・・ ただ無表情に、ボーと天井を見詰めるのみの無表情な高町に、俺は軽く話しかける。「とりあえず今は、少しずつでいいから体力回復することだな。ただ、その前に考えなくちゃいかんことがある。」「なに?」「海鳴の方だよ。どうやってごまかすつもりだ? お前は全治半年、歩けるようになるまでも何ヶ月かはかかるくらいの重態で、とても学校とか行けたもんじゃない。休むしかないが、そこを何とかしないといかん。」「あ・・・」 高町は目を伏せて、体が軽く震えだした・・・海鳴とか、学校とか、実家の話をすると確実にこうなるな・・・ あまり追い詰めると過呼吸発作を起こしたりしかねないし、今は妥協案を提示してやるしかない。「知られるのは、やっぱりイヤか?」「うん・・・」「ふー・・・しゃあないな、んじゃあ、とりあえず知ってる人たちに協力してもらう必要があるぞ。」「どういうこと?」「八神とフェイトさんはミッドにいたから、お前が負傷したことを既に知ってる。今は俺が何とか、はぐらかしているが、そもそもニュースになるくらい大怪我したってことは知られてる以上、どうにもならん。だから二人については、ちゃんと受け入れて、見舞いにも来て貰った上で、どうしても家には知られたくないんだって、ちゃんと説得せんといかんってことだ。で、二人を取りあえず味方にして、その間に、俺が海鳴の方にいって、何とか誤魔化してくる、現状できるのはこのくらいかな。」「・・・そっか。分かったよ。ごめんねマシュー君、ワガママばっかり言って困らせて・・・」「八神とフェイトさんを呼んでも良いな?」「うん・・・分かった。もう知られてるんだしね・・・」 何とか同意はもらえた、少しは前進したかな。 二人を呼び出し、まずは事前に注意。 全治半年の重傷。特にひどいのは脊髄損傷と、リンカーコア損傷。骨もあちこち折れてる。 本人は、やっと少しずつ落ち着いてきたが、実はまだまだ情緒不安定で、特に人に自分の怪我を知られるのを怖がってる。 だからその話題には触れないで欲しい、パニック状態とかに再び陥る可能性がある。 顔を見て、笑顔を見せて安心させてやること。 今はまだ、絶対に責めるようなことは言わないこと。 当たり障りのない話をして、身の回りの世話をしてやって、とにかく落ち着かせ、安定させること。 さらに重要なこととして・・・ 俺は家族の方に話をしにいくが、高町には、俺が家族を誤魔化してくると思わせてる。 なによりも家族に負傷を知られることを高町は恐れている。だからその話題には触れないこと。 また俺が家族に話をしにいく件については、絶対に気付かれないこと。 ここまでの話を、八神はじっとこらえて聞いていたが、フェイトさんは泣いてしまった・・・ 普段ならフェイトさんが泣けば皆が優しく慰めるわけだが・・・今はそういう状況じゃ無い。どーもこの人もメンタル弱いな・・・ 俺は冷たく注意する。「フェイトさん。高町の前でも感情を抑えきれないようなら、フェイトさんは面会禁止にしますよ。」「あ・・・ごめんなさい。」「八神は・・・慣れてるから分かってるな。重態の人の扱い。」「分かっとる。言われたことに注意するわ。・・・慣れてへんフェイトちゃんは、来ーへん方がいいかもな・・・」「だ、大丈夫! 頑張るから・・・」「いいですか、とにかく高町の感情を刺激しないのが第一なんです。フェイトさんの方が取り乱して、高町の前で泣いてしまったりするのは論外なんですよ。演技できずに変な顔をしてしまうようでもダメです。うう~ん。どうだろ八神。フェイトさんには無理かな。」「正直やからな、フェイトちゃん・・・」「約束するから! 絶対泣かないって! だから私も会わせて、おねがい!」 と必死に言ってるフェイトさんなのだが、既に泣いている・・・ああ~やっぱダメだわ。八神も苦い顔だ。「別に意地悪で言ってるんじゃないんですよ。俺は高町の担当医です。だから高町の状態のことを第一に考えます。フェイトさんが高町の前で取り乱すようなことがあれば、それは高町に大きな負担になります。既に涙ぐんでるようなフェイトさんは、やはりまだ高町にはあわせられません。今回は諦めてください。」 恐らくフェイトさんにはすがりついて泣くくらいしか出来ない・・・励まして支えになるどころか重荷にしかならなそうだな・・・ それも許されないほどの重態、ってことは理解できてない・・・「そ、そんな!」 俺の言葉を受けてフェイトさんはショックを受けたようだが、仕方ない。「まぁ、しゃーないやろな・・・」 八神は大体分かってくれてるかな・・・「八神、お前なら会えば、今の高町がどれだけ体も心もボロボロなのかすぐ分かると思う。だから基本的に、高町の身の回りの世話はお前に任すわ。フェイトさんを会わせても良い状態まで回復したとお前が判断したら、お前の裁量で会わせてやってくれ。」「分かった。」「すいません、フェイトさん、今日は帰ってください。八神、こっちだ。」 八神は見事に看護してくれた。さすがである。フェイトさんのことも適当に流して誤魔化して、しかも高町に不審を抱かせない。 俺にもマネできんわ、この見事な腹芸。 執務官試験に惨敗した上に、高町への面会も数週間にわたって禁じられたフェイトさんは、地獄の底まで落ち込むことになり、この後、かなりの期間にわたって恨まれてしまった。まあ最終的には分かってくれたんだけどね・・・ しかし高町の親御さんに話をしにいくのは気が重いな・・・ でもやらないわけにはいかない・・・ 高町を騙して行くわけだが、この件については、俺は間違っていないはずだ。(あとがき)治療編その一です。どう頑張っても明るい方向に行かない・・・ああ次はさらに暗いかも・・・なんとかせねば・・・