マシュー・バニングスの日常 第二話 16時くらいに、また姉ちゃんが見舞いに来た。良くも悪くもなりそうも無いんだから来なくてもいいよ・・・って昔、言ったことがあるが30分くらいマジ泣きマジギレされたので不用意な発言は控える。午前中も二時間目までサボらせたので心苦しいのだが。「調子はどう? マシュー。」「なーに絶好調だよ。ヒマなんでゲームして遊んでたし。」「ホントに?」「ホントだってば。」「・・・うん、顔色は良くなってるわね。」「月村さんも高町さんもわざわざありがとね。別に大したことないから大丈夫だよ~」 姉ちゃんの親友二人組み、月村すずかさんと高町なのはさんもなぜかやってきていた。 月村さんは普通に優しい子である。控えめで穏やかで大和撫子って感じ。 高町さんもいい子だけど、姉ちゃんとは別のベクトルで押しが強い。しかし俺に対しては常にビクビクしている。実は一年生のとき、久しぶりに学校に行った俺に対して、自分を「なのは」と名前で呼ぶように強要しようとしたことがあり、追い詰められた俺がマジで倒れて三日寝込んだというシャレにならない事件があったのだ。 姉ちゃんが月村さんをいじめていた時に、強引に仲直りさせて、それから親友3人組になったという出来事の後に起きたことで、姉ちゃんマジ切れ、高町さん蒼白、月村さんパニック、高町さんの親御さんまで出てきて頭を下げるという大騒ぎになってしまい、高町さんに無用なトラウマを背負わせてしまった。俺は大して気にしていないのだが(なにせ倒れたのはその年で既に10回を超えていたし)、やっと学校に行ける状態になった俺を速攻で病院送りにしてしまった高町さんには大変なショックだったらしい。 気にしないでくれ~俺は気にしてないよ~と百回は言ってるはずなのだが高町さんは未だに気にしている。 善意と親しみで押した行動が、まるきり裏目に出るって経験がなかったんだろうなあ。 でもそこが彼女の長所だと思うので、そんなに控えめになることもないと思うのだが・・・「うん、思ったよりも元気そうで安心したよ。」と微笑んでくれるのは月村さん。いいな~なごむわ~。「ほ、ほんとに大丈夫?」と腰が引けながらなんとか微笑んで見せるのは高町さん。うーむ。「ほら、あんたが言ってた地図、持ってきたわよ。」と微妙な空気を切り裂いて、姉ちゃんが海鳴市の地図を手渡してくれる。午前中に気まぐれに頼んだのだ。俺から何かを頼むことはめったに無いので姉ちゃんは俺の頼みはほぼ絶対的に聞いてくれる。どんなに不可解な頼みであってもだ。 手渡された地図は、広げれば大きな一枚の紙になるタイプの「海鳴市街図」。コンビニとかで手に入る安いやつだ。「でもなんでそんなもんが欲しかったのよ。」「う~ん。気のせいだとは思うんだけどね。ちょっと待ってね。」 俺は地図を広げ、枕もとの筆立てからマーカーペンを取り、少し目を瞑り、昨日の夢の記憶を思い出す。・・・あの妙な石が落ちた場所・・・その俯瞰図・・・ 目を開けて、記憶が薄れないうちに、素早く地図上にマークしていく。うーん、15箇所くらいしか思い出せないなあ。 地図を前に、マーキー片手にうなる俺の横から3人が地図をのぞきこむ。マークされた場所は不規則で、一体なんの印なのか、分かるはずもない。「で、なんなのよこれは。」「うーん、言ってもバカにしないでくれよ?」「内容によるわね。さっさと吐きなさい。」 倒れて入院してる双子の弟にも手加減しない、そんな貴女は素敵ですアリサお姉さま。 で、八神にも話した例の夢について話してみる。 と、なんというかコメントに困る、という顔をしてる二人。・・・ん? 二人? 姉ちゃんと月村さんは、「なに言ってんだろうこいつ、とうとう頭に来たのか」という感じの、悲壮感すら混じったような表情をしているのに対して(それもかなり傷つくのだが) 高町さんだけ何か違う。この表情は、驚愕? そしてそれを必死に隠そうとしている?「高町さん、どしたの?」「え?! にゃ、にゃんでもにゃいょ!」 ううむ。これほど分かりやすく動揺する人は見たことがない。「なのは? なんか心当たりでもあるの?」「なのはちゃん? なにか知ってるの?」「え、ええええええっと、にゃんでもないです!」「「「・・・・・・」」」 高町さん以外の3人の無言の視線が集中する。沈黙に耐えかねて高町さんはいきなり俺の話した夢の話に話題を引き戻そうとした。「で、でさあ! それじゃあマシュー君は、夢で不思議な石が落ちてくるのを見て、その位置を覚えてたってことなんだね!?」「ん~まあそうなんだけどさ。夢の話だし。」「でもさあ! 不思議な夢だよね! うんうん、ほんと不思議だな~」 高町さんは何か空回りしながら発言を繰り返してる・・・ほんとに何か知ってるのかな? っていっても元ネタが俺の夢の話だし・・・「ちょっとその地図、貸してくれる?」 と言うが速いが、俺の手元から地図を奪い異様な集中力でガン見してる。まるで覚えようとしてるかのような感じだ。 高町さんの異様な雰囲気に、姉ちゃんも月村さんも若干引いている。「う~ん。この地図の縮尺だと誤差が結構・・・」とかブツブツ言いながら地図を見つめる高町さんは結構怖いと俺も思った。夢の話だってばさ。「え~と、高町さん?」と俺が穏やかに呼び戻そうとしても返ってこない。姉ちゃんにアイコンタクト。「なのは!」姉ちゃんのデコピン炸裂。「あうううう。何するのアリサちゃん。」「それはこっちのセリフよ。なんかおかしいわよあんた。」「なにか気になることでもあったの、高町さん?」「え、えっとね、うんとね・・・」 ふむ、ラチがあかない。何がなんだかよく分からんが・・・「なんか地図が気になるみたいだし・・・なんか良く分からんけど、貸そうか? それ。」「え! いいの!?」「そんな勢いで喜ばれると引くんですけど・・・」「あ、ごめん。」「俺だけじゃなくて、姉ちゃんも月村さんも、なんだかわけ分からん状態だし・・・そのうち説明してくれるなら貸すってことで。」「うう・・・うん、わかったよ。ありがとう。」「ありがとうってあなた・・・夢の話だって言ってるでしょうが・・・」 とかなんとか言いながら姉ちゃんたちは帰っていった。「・・・というわけで、夢の話なのに異様な盛り上がりだったんだよ。」「ふーん。その高町さんってなんか変わった子やなぁ。」 個室であるはずの部屋で八神と夕食を摂る。 この状態になるまでには紆余曲折がある。 なにせ俺はものを食わない。俺の食事は「The 病人食!」といった感じの味も素っ気も無い、流動食とスープばかりのもので、健康な人間の口には全くあわないものであるらしい。しかし俺は少しでも塩気がきついとか、肉が多くて重すぎるとかになるとホントに全く食わなくなるので、俺の要望を入れる形でどんどんと味は薄くなり、たんぱく質は少なくなり、量も少なくなり、しかもそれでも俺は残すことが多い。 半強制的にムリに食べさせようという試みは、とっくの昔に挫折している。そのたびに意識不明の重態になったからである。 しかし前に一度、偶然、八神と一緒に食事を摂った時に、出されたものを残さず食べるという快挙を成し遂げたために、八神が一緒に食事を摂る場合は、無条件でそうしてよいと認められているらしい。 ちなみに、姉ちゃんと一緒に食事した時は、俺の食事のあまりのマズさに味見した姉ちゃんが例によってマジ泣きしたために、かえってほとんど食えなくなったという記録が残っている・・・「しっかし相変わらず、マズそうなご飯やなぁ。」「しょーがねーべ。っていうか正直言うとだなあ。」「ん?」「生まれてこの方、メシがウマいとか感じたことはない。」「・・・」「食わなくてはいけないって義務感で食ってるってのが本音だし。」「・・・」「っとゴメン。妙な話した。暗くならんでくれぃ。」「いつか絶対な。」「ん?」「いつか絶対、うちのめっちゃ美味しい手料理を食べさせてやるわ!」「へ? お前、料理とかできるのか?」「失礼やなあ。これでも料理は得意なんよ?」「へーすごい意外。」「覚悟しとれや! その言葉、後悔させたるで!」「おう、期待しとくよ~」「せやから・・・それまでに・・・」「分かってるって。体を治して・・・」「うん、絶対に二人で元気になるんやで!」 八神の下半身不随は治療法が無い。俺の心臓疾患も治療法が無い。 本音を言えば俺はどこか諦めてる。八神も似たようなもんだろう。 でもまあ・・・ 八神の作るメシを美味しいと感じられるくらいまで健康になれるなら、意味があるような気もした。「ふ~なんとか食い終わった・・・疲れた・・・」「おし、ちゃんと全部食べたな、ええ子やな~マーくん。」「ええい! てめぇ同い年だろうが!」「ふん。うちより体重軽いくせに。」「うぐぐ・・・それは言うな・・・」「せめて腕相撲で勝てるようになったら意見も聞いたるわ♪」「おのれ・・・舐めんなよ・・・男女差があるんだから、そのうちきっと・・・」「そうなるとええな~」「くっそ~いつか絶対押し倒してやる・・・」「できるもんやったらやってみい。」「あ~眠くなってきたかな。食事って疲れるんだよな・・・」「そか、じゃあまた明日な、マーくん。」「マーくんはやめい・・・」 車椅子を回して八神は出て行った。ちょっと微笑んでいたような気がしなかったでもない。 某剣術家の娘の部屋にて。「ねえユーノ君、この地図見て!」「えっと・・・これはこの付近の地図なのかな?」「そう! で、ここがユーノ君の倒れてた公園。ここが私が初めてジュエルシードを封印した動物病院。」「このマークはなに? なのはが付けた・・・ってわけでもないのかな。」「あのね、私のお友達のアリサちゃんの話はしたっけ。その弟にマシュー君って子がいてね・・・」(しばらくお待ちください。なのはが興奮した口調で要領を得ない説明を頑張ってしてます)「ううん・・・話は分かったけど・・・偶然じゃないのかなあ。だって微妙にずれてる位置に印が付いてるような感じだよ?」「マシュー君は、落ちた場所をマークしたって言ってたよ? その後に微妙に動いたから、ずれてるんじゃないかな?」「確かに可能性としてはあるよ? でもね、その話を聞くと・・・」「なにか変なの?」「いや、彼の言葉通りだとすると、彼はデバイスも無しで、ありえないくらいの広域探査魔法を発動したってことになるんだよ。」「それっておかしいの?」「しかも励起状態になっていないジュエルシードの位置まで正確に把握するってのは・・・それが出来たら苦労は無いって話でさあ・・・僕だって、それが出来ないから困ってるわけなんであって・・・」「ねえ、それって絶対に出来ないことなの?」「それは絶対とは言わないさ。僕だってまだまだ未熟者だし、防御とか結界には少しは自信あるけど探査は専門家レベルとは行かない。でもね、励起状態でないジュエルシードの場合、どんなに腕の良い探査系魔道士でも、やっぱりせめて数百M以内とかじゃないと分からないはずなんだよ。専門家であるスクライア一族でも、そのくらいが限界だったし・・・」「う~ん」「彼は下手すると十キロ単位とか、そのくらいの範囲で、しかも励起状態でないジュエルシードの位置を探査できた、しかもしかもデバイスもなしでってのは・・・ちょっと現実問題、ありえないとしか言えないよ。」「ううう・・・」「悪いけど、僕の意見としては、これは保留かなあ。」(あとがき) 様々な設定については細かく考えないで頂けると幸いです。 でもあまりにも違うだろってとこは教えてもらえると嬉しいです。