マシュー・バニングスの日常 第十九話×○年□月○日 3年生の一年は激動、4年生の一年は平和。今年は5年になるがさてどんな年になるか・・・ まだ5年生にはなってなかった頃の寒い日。 アースラ船医のギルさんと相互に連絡を取りながらまとめていた「リンカーコア原因による魔力障害に対する実践的治療法」に関する論文が完成した。ギルさんは俺も共同研究者として名前を入れてくれた。ていうかギルさんは俺を主、自分を副としてこの論文を発表しようとしてたのだが、それはいくらなんでも悪いので、あくまでギルさんを主、俺も連名という程度の扱いにしてもらった。実際に、面倒なデータ整理などの手間がかかる作業はほとんどギルさんがやってくれていたので当然なのだ。 結構、大きな医学の学術誌に投稿するそうだ。審査が厳しいらしいので、掲載されるかどうかも不明なのだが・・・楽しみである。 学校のほうは、俺は実技のほうはどんどん単位を取ってしまって、実技単位に関して言えば二年はかかるはずのところが一年以下で済みそうな勢いである。そこで研究系の専門単位も履修することにして、今は主にそっちにはまっている。戦場で頻発する怪我の治療などは、どれだけ重症でもやることは変わらない、止血し、消毒し、傷口を縫合し、最低限の治癒魔法を施し、後は自然治癒を待つだけだ。それらの技術がちゃんとできればそれ以上は学ぶことが無い、後は場数を踏むことだけだろう。俺が求めるのはもっと高度な治癒術、怪我を治す程度ではなく、病気を治すための技術だ。しかしこっちになると単に魔法の治癒術でちゃちゃっと治せるなどという単純なものではなくなり、より地球の医学に近いような、薬学や生理学も学ぶ必要性が出てきた。基本的に魔法で生命力を活性化するという方向性の治癒魔法では治せないのが病気というものなのだ。 ミッドの医学は進んでいて、神経細胞の再生治療や、欠損した部位のクローニング技術による複製再生、あるいは高度な機械的な義肢や人工臓器なども存在していた。しかしやはりというべきか・・・例えば悪性腫瘍を根治することはやはり難しい。相当、大胆に外科的に切除しても、代替する器官を人工的に作れはするが、悪性腫瘍が二度と出来ないようにするというのはなかなか・・・ 俺の体を完全に治すために、治癒魔法を中心にしたアプローチばかり考えていたが、純粋医学も併用したほうが正しいのでは無いかと思えてきた。やはりこちらの勉強もしなくては。将来的には地球の大学でも医学を学びたいかな・・・ フェイトさんが執務官試験に落ちた。それはもう見事に落ちた。ものすごいマジメに頑張ってたのにそれでも落ちた。合格率は5%だったか、それ以下という超難関であるにしても、フェイトさんならと思っていたのだが。フェイトさんの周囲の雰囲気はその日からめっちゃ暗い。どよ~んとして誰も話しかけられない。クロノだってフェイトさんの年にはまだ受かってなかったんだから気にすることは無いとか慰めをいってみても、目が死んでいる、聞こえてないなこれは。 高町さんは空士として武装隊に本格的に入隊した。おいおい小学生の女の子だってのにどうなんだと思うのだが。何よりも問題なのは高町さん自身が、誰が止めても突っ走りそうな雰囲気だってことなんだよな。今は正式には3等空士とかだったかな。武装局員の中でも飛行魔法を自在に操れる魔道士は、航空武装隊と呼ばれてエリート扱いらしい。うんうん空を飛ぶのって難しいからねえ。まわりのやつは全員飛べるので忘れそうになるが。な~に高町さんみたいな一直線の猪武者は、全開で飛んでるとこを転送して地面に思い切り激突させてやればいいんだと本人に言ったら、すっげえムキになって怒って訓練室に強制連行された。だから俺は体弱いってばといっても聞く耳をもたない。八神やフェイトさんや騎士たちに、リンディさんクロノまで見物にきやがった。まあ後で聞いたら、少しでも危なくなったら止めるつもりで来たそうだが皆。 高町さんは空戦AAAランク。 俺はちなみに総合Bというランクである。実戦評価など持っていない。ていうか持ってるのは実戦派の魔道士だけなのである。そして意外と管理局全体でも、実戦派の割合ってのは少ないのである。後方支援部隊のほうがはるかに多いものであり、俺の持ってる総合ランクの方が普通なのだ。 空戦AAAが、総合Bの医者をボコる。うむ、これは普通ならいじめである。ゆえに俺も容赦する必要を感じない。 訓練室だから必要ないのだが、俺が一応、結界張ってもいいかと聞いたら好きにしろと言ったので遠慮なく罠を張る。 研究中の魔力減衰結界である。人の体ってのは、俺ほどでなくても、多かれ少なかれ自然に肉体から魔力を発散してるものなのだ。この自然蒸発分ってのは普段は意識されないし問題にもならない。だが俺はその量が過剰だったことの影響か、その蒸発する魔力に対する知覚が鋭敏で、昔から、それを無意識に取り入れてなんとか命を保ってきたようなのだ。んで、研究中のこの結界は、人が発散する自然蒸発魔力を、ほんの少しだけ多くする。さらに俺がそれを自動的に取り込める。ゆえにこの中にいる限り、相手は普段よりもちょっとだけ疲れが早く、俺はちょっとだけ体力が長持ちする。まだその程度である。 その結界の中に高町さんのみならず、見物人まで全員巻き込んでやった。さらに小細工はここからだ。 高町さんはレイジングハート・エクセリオンという凶器を展開して殺る気まんまん。 俺もサウロンを展開して自然体にかまえる。 見た目は正義の白い魔法少女と、なんか怪しい灰色の魔法少年の戦い。ううむ俺が悪役ぽいなあ。 リンディさんの開始の合図と同時に高町さんはまず、飛び上がった。俺が転移して逃げるのを予想して視界を広くして、確実に捕捉する気なのだろう。 一方俺は、結界に結界をさらに重ねた。魔力ジャミング結界である。この結界内部で、俺を魔力的に探知することが出来なくなる高度な妨害結界だ。 何をしたのか分からなかったのだろう高町さんから、直接砲撃3連発に、誘導弾も5発も飛んできやがった。直接砲撃だけを、最小限の転移で回避する。誘導弾は制御できず、全部、明後日の方向に飛び去っていった。ふはははは。相手の魔力を探知して向かっていく機能が働かないので、誘導弾は使い物にならんのだ。本人だけが誘導の制御してるつもりかもしれんが実際には、そのプログラム自体に自動追尾機能が書き込まれているのであり、その部分を無効化してるんでね。 眉をひそめた高町さんは、さらに誘導弾を10発くらい撃ってみた上で、全部使い物にならないのを見て俺に問いかける。「・・・なにやったのマシューくん。」「じゃま。」「それは分かってる! どんな邪魔なの!」「ふはは。結界張ってもいいと許可したのはそっちだ。」「ああ! ずるい! なんか変な結界張ったのね!」 真の罠である魔力減衰結界のほうには気づかないように騙しておこう。「さて、どんな結界でしょうか。高町さんには分かるかな? 分からないまでも推測くらいはできるかな?」「ううう・・・」「こういう事態にも対処できなければいけないんじゃないかなあと思うんだよな。武装局員なんだから。」 俺の挑発に高町さんは頭に血が上ったのか、直接砲撃を雨あられと撃ってきた。 んで俺は転移して避ける避ける。たまに軽く体を動かすだけで避けたりもした。俺は目で見る以上に確実かつ精密に、どこに来るかが全部「見える」。ゆえに、ただまっすぐ来るだけの攻撃なんて回避は余裕である。 そのまま五分くらい経過。「ああもう! いい加減当たってよ!」「当たったら死ぬがな。無茶いうな。」「もう! 誘導弾と組み合わせて避けられないようにいつもしてるのに!」「知ってる。だから邪魔したんだなあ。」「ずるい!」 たまにバインドも挟んで来るのだが悪いが俺の察知能力はハンパではない。完成する前にまた避ける。ムダムダムダ~「高町さんは魔力大きいから、バインドも発動前の気配が大きくて分かりやすいよね。」「そんなの分かるのマシューくんだけよ!」 高町さんが撃つ。 俺が逃げる。 その空しい繰り返しはさらに10分も続いた。 高町さんが肩で息をしはじめる。疲れてきたみたいだな。「高町さ~ん。俺は攻撃力ないしさ、この辺で引き分けってのはどうでしょう。」「やだ! 納得できない!」「でも疲れてきたみたいだし。あんだけ連発したら当然だろけどさ~」「なんだか・・・妙に疲れる?・・・おかしい・・・」「気のせいだよ、うん、きっと気のせいだ。」「・・・なんかやってるんだ・・・」「いやいやそんなことないよ。空振りは疲れるってそれだけだよきっと。」 しまった。 高町さんを早めに疲れさせて、それでなし崩しになあなあにしてお仕舞いにするつもりだったのだが。 俺の小細工に気づいた高町さんの目が座ってきた。 高町さんは無言で訓練室の端っこギリギリまで下がって、背後を壁にする。 さらにカートリッジを装填。ガシャンガシャン・・・おいおい2発も入れるか?「うふふふふ・・・マシュー君にハンパな攻撃しても全部避けるからね・・・」「えっと高町さん? 落ち着いて・・・」「私は範囲攻撃って苦手なんだ・・・だからここからそっちを砲撃の雨で全部吹き飛ばす!」「ちょ! それはまずいってば!」「これを避けられたら諦めるよ! いっけえええええ!」 砲撃のシャワーが降ってくる。 見物人の皆さんも一斉に全力防御してた。 しかし俺は防御は・・・前に使った「百枚重ね」の連続シールドは体に負担がかかり過ぎるので使えない。 実はまだ死角はある。避けるだけならまだ避けられるのだが・・・それだと繰り返しになるし・・・ しゃあないやってみるかな。「攻撃転送!」 俺の位置に向かってきた砲撃を、そのまま転送して送り返す! 横から見てれば攻撃を反射したように見えただろう。軌道計算と転送の複数同時瞬間展開が大変なので、俺のサウロンでも結構ギリである。 それが全部高町さんに直撃っと。 あ。 倒れた。 うむ、自業自得の見本だな。同情する気になれん。 その後、見物人の皆さんによって医務室に運ばれた高町さん。 俺は疲れていたのに責任とれと治療を押し付けられた。ううむ納得できん。「しかし、実にせこいな・・・お前には正面から戦おうという気持ちはないのか。」 シグナムが無茶を言う。「無い。そもそも俺には攻撃能力が無い。ついでに防御能力も無い。打ち合いなんて不可能だ。」「でもよ~最後のは攻撃じゃないのか?」 ヴィータは誤解したようだ。「あれは高町さんの砲撃のうち、俺に当たる可能性があった分を、転送して送り返しただけだ。実際に高町さんが撃った砲撃のうち、ほんの数%程度だったはずだが・・・それでも倒れるとは、さすが高町さん。攻撃力が尋常じゃないな。」「あ~そういうことやったんや。ほんまにマーくんは、正面から打ち合おうとする相手には強いなあ」 八神はケラケラ笑っている。「まあ相性の問題だな結局。俺からすれば一番、手強いのはシャマルさんだわ。逃げにくいって意味でね。」「そうね。マシュー君が本気で逃げに入ったら他の人では止められないわね。私は今では妨害する自信はあるけど。」 シャマル先生とは補助・回復・支援などの魔法で多くの議論をかわし、たくさん学ばせてもらい、逆に俺の特性も多くを知られてしまっている。今ではシャマル先生が本気で敵にまわったら、かなりやばいレベルになってると思われる。「防ぐことは出来ないが、送り返すことは出来る、か。しかし転送の展開速度が、砲撃の移動速度より速くなくては出来ない芸当だと思うが・・・いや大したものだな。」 ザフィーラが頷いている。「前さ~持てる力の限りを尽くして攻撃を防御したら、それだけで力尽きたことあってさ。一発だぜ一発。それをまともに防いだだけで力尽きた。だからもう防ぐのは捨ててるのだ。」「あれ? いつそんなことがあったん?」「てめーの撃った流れ弾だ。」「あ・・・あんときか。あんときはゴメンなあ・・・」「あ~いいから。今さら気にしてないし。それじゃ高町さんの回復するわ。」 高町さんは別に魔力枯渇もしてない。リンカーコアにも異常は無い。自分の砲撃を自分で食らって昏倒してるだけだ。意識が戻る程度の回復をすれば、それ以上は必要が無い、ごくごく軽傷である。すり傷以下である。 んですぐに回復した。 目を覚ました高町さんは・・・「そっか。負けちゃったんだ・・・」 いきなり泣き出した。おいおい。「あのさー。訓練だし。そんな深刻に考える必要ないんじゃね?」「でも負けた・・・戦闘訓練なんてほとんどしたことないマシュー君相手だったのに・・・」「いや、罠も張ったし小細工もしたし、高町さんは見事に俺に騙されただけなんであって。」「ううん。マシュー君の言ったとおりなの。それでも勝たなくちゃいけない、それが武装隊なんだから・・・」「ああ~・・・」 やっぱ高町さんはおかしい・・・なんでこんなに追い詰められてるんだ? ちょっと姉ちゃんとも相談して、本気で対策を考えなくちゃいかんかもだな。多分、心理的な問題だ・・・△○年×月○日 ギルさんとの共同論文、「リンカーコア異常による魔力障害への治療法」が医療専門誌「マギウス」の巻頭を飾った。 この分野では前例の無いほど画期的な内容だったらしい。 ギルさんはこの論文で、これまでの尉官待遇から、佐官待遇に出世した。 共同研究者の俺も、この論文だけで卒業後の拘束義務が2年も短縮された。 リンカーコア異常というのは、それほど手のつけようのない不治の病だとみなされていたらしい。 実際にリンカーコア異常を抱えていてその対処法を独自に研究し続けていた俺と、闇の書事件の最前線で軍医をやっていて、その治療に携わっていたギルさん、二人の経験と知識は他者には貴重なものだったらしい。 俺が実務に入るようになったのは5年生の半ばくらいからだ。まだ勉強も続いてるが実務も半々くらいになって来た。実際には教育の一環みたいな実習なのだが、実務ということで義務年限から日数がちょっとずつ減っていくのは良いね。 姉ちゃんはグチグチ言っていたが、俺の選んだ道だ。 ひよっこの俺に前線任務なんて回ってくるはずが無いと思っていたのだがそうでも無かった。 人手が必要な局面などで俺は遠慮なく呼び出され治療に当たった。 そう、ちょうど高町さんが、ヤバいときに呼び出されて力尽くで鎮圧に当たるのと対称に、そういうときに裏方で負傷者を治して回る仕事に従事していたわけだ。 やはり臨床経験を積むのは、ためになる。負傷した人間は、体以上に心が傷ついて動揺してる、それを何とか落ち着かせて治療を受け入れてもらうまでが一苦労、俺みたいなガキでは信用できない人も何とか説得して治療する、苦労もするがためにもなる。 八神も特別捜査官としての研修を終えて、実務にボチボチ入っていた。今の上司はナカジマさんと言い、なんと先祖は日本人らしい。そういう場合もたまにあるそうで面白い。近頃仕事が面白くなってきたそうで、いっそミッドに移って仕事に専念するべきかと悩んでる。しかし今の段階でそうすれば小学校中退というシャレにならない経歴になってしまうわけで、そうなるといざというときに地球に帰って来てのんびり暮らすとかの選択肢も無くなる。やはり義務教育期間程度は、なんとか二足の草鞋で行くしかない忙しいとグチってる。 なんか近頃は騎士たちがベルカの教会との縁が深まった関係で、八神自身もベルカ聖王教会との縁が公私共に深まってきたそうだ。八神は古代ベルカの秘法、夜天の書のマスターでもあり教会としても放っておけない存在だったとか。グラシア家とかいう偉いさんとコネが出来て、というか妙に気に入られて、そのお姉さんに良かったらうちの養子にならないか、正式に私の妹にならないかと誘われてるそうだ。どう思うかと聞かれたが、俺はそのグラシアさんとかに会った事も無いしなあ。だからよく分からんと正直に答えといた。 フェイトさんは今年の執務官試験は見送って、来年こそは確実に受かるために万全の勉強をしてる。執務官補佐の試験は受かったそうで、そこで実務を積みながら来年を見据えている。どんなに難しい試験であったとしても、マジメに勉強しまくったあげく、試験の過去問はほとんど全て暗記してるような今のフェイトさんが落ちるような試験などありえるはずがない。来年の試験こそは、確実に受かることであろう。執務官補佐として、事務仕事などが多いようだが、たまには前線にも出てストレス発散してるようだ。 高町さんは前線で戦い続けている・・・他に形容のしようがない。それが好きらしい。それが楽しいらしい。一体どういう精神構造をしてるんだか。功績を挙げまくって、あっという間に一等空士になってしまったし。今ではアースラに来ることも少なくなり、次元世界中を派遣されて駆け回り戦いまくってるそうだ。 ちなみに俺は軍医で、軍医というのは偉いのだ。曹長待遇なので高町さんに敬語を使わせることができるw 実際、例えばアースラなどにおいても、艦長であるリンディさん、執務官として最高位の補佐役であるクロノに次いで、第三位の待遇を受けるのが軍医のギルさんだったのだ。軍医であるというだけで偉いのである、うむ。 前線での戦いにこだわる高町さんはまだ兵卒待遇、その中では最高位って程度なので今はまだ俺のほうが偉い。ふふふ。 高町さんを階級で呼んで、いじめてやるのが俺のマイブームである。ほ~らちゃんと敬礼して敬語を使え。ふはは。 フェイトさんは執務官試験に受かれば、俺より偉くなるかな・・・ 八神は既に俺より待遇は上だ。八神がトップ、俺は補佐くらいにしかなれん。 タヌキのくせに生意気である。いつか絶対押し倒してやろうと思う。(あとがき)5年生から6年生初頭にかけて・・・だと思われます。次か次の次か・・・なのはが・・・今回はマシュー強かったです。探査・結界・転送しか使ってませんが。