マシュー・バニングスの日常 第十五話 アースラに戻って数日。やはり進展は無い。 ここまで進展が無いのでは、仮に前は地球が敵の拠点であったとしても、目をつけられたのだから、既に拠点を動かしたのでは無いかとアースラスタッフの多数が考え出し、クロノもそうかも知れないと考え始めていた頃・・・やっと状況が動いた。 それは言わばアクシデント。 恐らく、敵にとってのアクシデント。 襲う、奪う、撤退すると非常に軽いフットワークでこちらを翻弄していた彼女たちだが、とある世界でリンカーコアを持つ特殊な巨大生物を襲ったところ、意外に強く、手間取ったようなのだ。なんか砂だらけの世界の、その砂の中の巨大な虫らしい。 また逃げられてはたまらない。何よりも速さが優先される。すぐに動けたのは高町さんとフェイトさん。速攻で現場に向かう。 高町さんは赤い服のハンマー少女(ヴィータとか言うらしい)に、フェイトさんは剣士ぽい女性(シグナムとか言うらしい)に全速力で近づき、接敵に成功、戦いが始まる! アースラスタッフは敵の転送の妨害、近くにいるだろう他の守護騎士の探索、敵の転送記録の逆探知などの作業を大車輪で行う。 なんで高町さんとフェイトさんが行くんだ、こういうときはリンディさん・・・は艦長だからみだりに動くべきでは無いだろうが、せめてクロノが先駆けて出るべきではないか?とか俺はこのとき思ってしまったのだが・・・ 実はリンディさんとクロノは、なぜか闇の書側に味方している管理局員が存在する可能性がある、という現状を何とかするために地道な調査を隠匿して行っており、しかもこれは絶対に部下にバレてもいけないので、通常業務をこなした後で、さらにこの問題の調査をするという、寝るヒマも無いようなハードワークをこなしていたのだ・・・ということは後で知った。 この時も、どこかからの正体不明の捜査妨害や、例の守護騎士を助けた謎の仮面の男が転送してくる可能性などを考慮し、全力で警戒していたらしい。そんだけ頑張ってたのに、ただ椅子に座ってるだけに見えてしまう、気の毒だなあ。と後で思った。 砂の大地での激闘は、互角か、もしくは少し高町さんたちが押しているようにも見えた。 既に高町さんもフェイトさんも、カートリッジシステムを使いこなし、頻繁に装填しては敵と打ち合っている。 敵のほうが戦いが上手いから、しのがれてはいるが・・・このまま押し切れるか、と思った瞬間・・・「転送ジャミング網の機能低下! 80%、70%、さらに低下、敵の転送を妨害できなくなります!」「通信妨害が展開されています! アースラの周波数変更パターンに対応してる?!」「敵の増援を確認! 例の仮面の男です!」 状況が激変した。アースラの機能が撹乱され、作戦が崩される。援護体制が保てなくなる。 高町さんの後ろに現れた「仮面の男」は不意打ちで高町さんを昏倒させる! さらにフェイトさんの後ろにも「仮面の男」が現れ、シグナムとの戦いに集中していたフェイトさんはあっさり不意をつかれる! 通信妨害を受けて、乱れた画像の中で、仮面の男と、守護騎士たちが何か話し合い・・・ フェイトさんのリンカーコアが蒐集され、敵は逃げ去った。 やっと追いついたのに・・・再び作戦は失敗した。「二人を回収して下さい。クロノ、ちょっと来て。」 リンディさんの命令で、固まっていたアースラスタッフは再起動する・・・ 今度はフェイトさんがやられたか・・・俺に出来ることは治癒くらいしかないから、せめてそれくらいはしとこう・・・ リンディとクロノは、あえて私室は使用せず、見通しの良い廊下の真ん中で、小声で話し合っていた。「どうやら決定的ね・・・」「はい。正に狙ったようなタイミングで、アースラのシステムに侵入し妨害。内部情報を知っている人間にしか出来ないやり方です。」「それだけじゃないわ。あの仮面の男の転送のタイミング、覚えてる?」「はい。あの時はまだ、『ベルカ式魔法での転送へのジャミング』は有効でした。それを強引に破る力量があるにしても、彼らは余りにもスムースに現れた・・・」「やっと少し、尻尾を掴めたかしらね・・・システムへの妨害プログラムを発動して、その後に焦って飛び出してきた感じだったわ。守護騎士を援護している管理局内部の敵の実働部隊は2名しかいないか、いても少数のようね。」「こうなると、そういう組織があるというよりは・・・誰かが個人的に暴走しているのかも知れませんね。」「アースラの内部情報を入手できるのは直属の上官のみ。指揮系統から推測される『獅子身中の虫』のリストアップは終わった?」「はい。しかしいずれにしても動機が分かりません。闇の書を助けて良いことなんてあるわけがないのに・・・」「そう、まともな人間なら、あんな暴走ロストロギアなんてどうしょうも無いと分かってる。それすら分かっていないほどに頭のおかしい人間か・・・その逆も考えられるわね。」「逆といいますと?」「独自の方法で、闇の書を破壊ないし封印しようとしている・・・そのためのプロセスとして蒐集が必要である、とかね・・・」「艦長! もしもそういう動機だとすると容疑者が!」「そうね、一人に絞り込めてしまうわ。アースラの内部情報を閲覧できる権限を持ち、闇の書に深いかかわりを持ち、それを独自に何とかしようと考えていてもおかしくない人物・・・」「まさか・・・グレアム提督が・・・」「もちろん確定じゃ無いけど・・・一度、直接に本人の動向を確かめる必要があるわね・・・クロノ、今すぐにグレアム提督のところに向かってちょうだい。提督の使い魔のリーゼ姉妹はあなたの魔法の師匠だし、あなたが顔を出すのは不自然じゃない。なにかが探れるとも限らないけど、とりあえず会うだけ会ってきて。」「了解しました艦長・・・」「私たちが親子でお世話になったあの人が、そんな暴走をしていなければいいんだけどね・・・」 二人の表情は暗かった。 所変わって医務室。 今度ベッドに寝込んでいるのはフェイトさんである。 船医のギルさんとも相談し、今度は先に俺が治療を施し、ギルさんがフォローするということになった。「それじゃフェイトさん、力を抜いて。」「う、うん。」 展開したサウロンの杖の先端をフェイトさんの心臓の上にあてる。 治癒魔法の威力は上がってるが、必ずしもそれを全開にすればよいわけではない。むしろ最小限に絞り、ポイントだけを微回復してまわり、肉体自体の自然回復力を後押しするように・・・そのための正確な探査と特定、こちらのほうが重要だ。こうして見ると、フェイトさんは高町さんより筋肉質で引き締まってる、脂質は女性にしては少ない、それは運動性能という点では優れているが、持久力に少し問題がありそうだな・・・集中集中・・・ 治療は5分ほどで済んだ。前に高町さんを治療したときより、かなり速い。 目を開けると・・・ フェイトさんはとろ~んとした目で、浅く息をついている。 高町さんと、船医のギルさんは・・・なんだか気まずそうに目を逸らしている・・・「えと・・・なにか問題あった? 前よりも深く徹底的に、しかも滑らかに出来たと思うんだけど・・・」「あ~マシューよ。」 ギルさんが俺の肩をポンと叩いた。「今はまだ分からなくていいが、俺の言ったことをそのまま覚えておけ。いいか、それを気軽に女にやっちゃいかんぞ。」「いや、でもちゃんと一通り走査しないことには治療もできないわけですし・・・しないってわけにも。」「わかってる! うん、それは重々分かってる。だが、そうだな・・・これは人目のあるとこでやっちゃいかんわ。いやしかし・・・二人きりの密室でやれば逆に危険か・・・ううむ、走査前に念のために眠らせておくべきかな・・・」「麻酔の魔法は、それこそ気軽に人にかけちゃいかんでしょう・・・犯罪ですよ。」「あ~確かにそうだな。まあとにかく覚えとけ、気軽に女に、お前のその徹底走査はやっちゃいかんぞ。」「はあ・・・わかりました。」「フェイトさん、具合はどう?」「・・・」 答えが返ってこない。ぼ~としてる。なんか半分寝てるかのような。でも麻酔なんてしてないぞ。「うん、フェイトちゃんは私が見てるからさ。その・・・二人とも席を外してくれない?」「そうだな、そうするか。マシュー、行くぞ。」「いや具合が変ならちゃんと見なくちゃ。」「いいから行って!」 なんか高町さんの剣幕に押されて、ギルさんには引きずられて、医務室から出て行かされてしまった。 医務室にて。「フェイトちゃんも・・・その、くすぐったかった?」「なのは・・・うん、くすぐったかったというか、むず痒かったというか、えっと、なんか変な気持ちに・・・」「うん分かる、分かるから言わなくていいよ!」「でも、すごく体調は良くなったよ。2、3日で回復できるような感じ。」「そっか。マシュー君は凄いね。きっといいお医者さんになるよ。」「そうだね。」「「でもあれは・・・」」 二人は同時に真っ赤になった。 なお、マシューの腕が上がるにつれて、余計な刺激を与えることは少なくなり、徹底走査しても、「少しくすぐったいかな?」くらいの状態にまで落ち着いたことは、重要なのでここで記しておく。この頃はまだ腕が悪かったので余分な刺激を与えていただけなのである。 その頃・・・海鳴市立図書館にて。 車椅子の少女が本棚の上のほうに手を伸ばして、なんとか本を取ろうとしていた。 偶然、近くにいたのは月村すずか。前から何度か、彼女のことはみたことがあった。「はい、この本がとりたかったの?」「あ・・・ありがとうな。えっと・・・」「すずか。月村すずか。前にも見たことあるんだけど・・・私のこと、見覚えない?」「うん、覚えとる。私は八神はやて。」 さてその後もまたしばらく何の進展も無かった。少なくとも俺はそう感じていた。 フェイトさんに、ちゃんと回復したかもう一度調べさせてくれないか、と頼んでみたり(アフターフォローが治療に大切なのは当然)、それでもう一度精査してみたら、なんかフェイトさんの体って普通の人とは微妙に違うような気がしたり、それが気になって、さらに徹底的に精査してみたら、なんだかフェイトさんがピクピク痙攣し出して慌てたり、そこにフェイトさんの感覚を共有していたアルフさんが怒鳴り込んできて誤解を解くのに手間がかかったり、高町さんも遠まわしに非難して来たので、それじゃあ高町さんもぜひもう一度調べさせて欲しいと言ったら真っ赤になって逃げてしまったりとか。まあ他愛も無いことはあったが。 後で聞いたら、この時期のクロノとリンディさんは大変だったらしい。そもそもクロノの父親、リンディさんの夫であったクライド・ハラオウンさんは闇の書がらみで殉職しており、最後に闇の書をクライドさんの乗っていた艦ごとアルカンシェルで消し飛ばしたのがギル・グレアムさんって人で、クライドさんとは友人であったそうで、そして仕方なかったこととは言え責任を感じたグレアムさんは、クロノ、リンディさん親子の面倒も陰日向に助けてきた恩人であったのだが、なんとそのグレアムさんがどうもこの事件に関わっているらしい、と二人は疑い、裏づけ調査を進めてみたものの、敵は百戦錬磨の老提督、リンディさんでもなかなか尻尾が掴めない、クロノが訪問したときは、なぜか上機嫌に「デュランダル」という新式の特製デバイスをプレゼントしてきたり、のらりくらりと関係無い話をするばかりでどうにも分からない。いっそ徹底的な監視体制を敷くべきか、しかしそのためにはグレアム提督に対抗できる地位にいる人にまず話を通さねばならないし、さてどうしよう・・・と大変悩んでいた・・・そうだ。 そういやついでに、あの影の薄いオコジョは無限書庫とかいうとこで調べ物をさせられてたらしい。まあどうでもいいことだが。 そして、事態は進展しないまま、もう年末になってしまった。 いつものように姉ちゃんに連絡を取る。これも習慣になってしまった。 高町さんは、既に日常生活に復帰している。安全が保障されたわけでも無いが、同じ人からもう一度、リンカーコアを奪うのは意味が無いことであるから、高町さんについてはほぼ大丈夫であろうとのこと。 俺はなにせ間違って蒐集されでもしたら次の瞬間、死にかねない。危険度が違うのでアースラに缶詰。魔法の勉強ばかりしてる。 フェイトさんも結構頻繁に地上に遊びに行ってるが、基本的にはアースラ待機だ。魔法の練習を一緒にしたりしてるが、完全後衛型の俺と、前衛型のフェイトさんでは、練習する内容が違いすぎる。俺の探査とか結界とか治癒とか・・・すごいね~ってくらいしかフェイトさんにも言うことがない。逆にフェイトさんの超高速移動からの雷撃なんてなあ、俺もすごいね~てくらいしか言えないし。 俺の連続瞬間転送を見たときは感心してくれたが・・・広範囲攻撃くらいしか対処しようが無いし逃げられたら追えないと保障してくれた。俺の逃げ足は世界一ィィィィィィ!・・・なんか空しい。しかしフェイトさんの魔法は参考にならん。フェイトさんの戦闘術にとっては基本であるという飛行魔法・・・これを一時熱心に教えてくれようとしたのだが・・・結果は惨敗。結局、飛行も移動の一種なんだよな。そして移動魔法は適性最悪。無理無理と思ってたがやはり無理だった。まあいいんだ、俺は俺に「見える」範囲なら自在に転送できるから、飛べなくても大した問題は無い。 姉ちゃんと毎日のように話してると話すこともなくなって来る。 少なくとも俺の方はそうだ。 しかし姉ちゃんのほうは毎日あんだけ喋ってるのに、まだ喋るネタが無限にあるようだ。 姉ちゃんが凄いのか、女というのはそういうものなのか・・・ ふとした拍子に、姉ちゃんが何の気なしに言った。「すずかがね、図書館で車椅子の女の子と友達になったんだって。そしてその子の体調が悪化して入院したんだけど、その子は体のことがあるから学校にもいってなくて、お見舞いに行く人もいないんで、今度3人でお見舞いにいくことにしたのよ。お見舞いなんて、あんたが入院していたとき以来ね、久しぶりだわ。」 ん・・・今なんて・・・「車椅子の女の子?」 まさかな・・・「うん、八神さんって言う子なんだけど。」「八神!?」「ど、どうしたのよ?」(あとがき)やっと八神が話に絡んできた・・・と思ったらもう終盤だった。こっから急展開で一気にいくかもです。戦わない主人公の見せ場は・・・多分あります、多分