マシュー・バニングスの日常 第十三話 転送も封印されて、姉ちゃんには大人しくしてろと命令された。 さてどうするかな~と少し思ったが、まあ・・・ この時点では俺は、姉ちゃんの言うことを素直に聞く気だった。クロノは悪い奴じゃないのは分かってるし、その信念には確かに尊敬できる部分もあるし、俺の数少ない男友達でもあるわけだが・・・比べる相手が姉ちゃんでは、もちろん比較にならない。 おまけにリンディさんまでこの調子だし。そこで俺は言ってしまうことにした。「でもリンディさん、クロノがなんか新しい、俺の探査能力に最適化したデバイスを作ってくれるとか言ってましたよ。」「そうなの? 聞いてないわね。まあいいわ、それが事件中に入手できても、まずは私の手元で転送は封印しますからね。」「わかりました。」「クロノはもしかして・・・他に何か言ってない? 協力してほしいだとか・・・」「いやそこまでは言ってないです。」 ここは嘘をついて、クロノを助けておくとしよう。男の友情だ。「それならいいけどね。」 にこやかな笑顔なのに、心の奥が全然見えない、年季を感じさせる表情だなあ。 もしかしてクロノを微妙に疑ってるかもしれないが、まあそこはそれ、そこまで面倒みれん。 実はリンディさんにこの段階でばらしたことは、結果的には良かった。 クロノは様々な部品を集めた上で、アースラのデバイスマイスターと相談しながら、こつこつと俺のデバイスを組み上げていたのだが、それはあくまでクロノ個人の裁量と、知識をもとにしたもので、まあそれでも悪いものは出来なかったとは思うが、リンディさんにそれがばれて、リンディさんが組み立てに協力してくれるようになったことで、性能はかなり向上したのだ。 俺は、普通ならありえないほどの大量のサーチスフィアを同時に展開できるわけだが、そのために情報処理にかかる負担が普通では無い。通常のデバイスというのは、おしなべてバランス型なのであり、多種多様な魔法の発動を補助し、効率を上げ、術者の負担を減らすようにできている。デバイスなしでも慣れれば魔法は使えるが、通常は、デバイスの演算処理性能は人を大きく超えているため、魔法発動効率はデバイスありに比べれば落ちるわけだ。デバイス無しでは、消費魔力対魔法出力の効率が落ちるだけでなく、発動した魔法の効果も落ち、さらに肉体への負担も増え、発動速度も落ちる。それぞれ数%ずつの低下に過ぎないにしても、全部が相乗的に重なるのでデバイスありとなしを比べれば違いは明白である。 また、通常の魔道士は、デバイスありを前提に魔法を組むものだ。自分一人でも出来る魔法を、デバイスを使って効率を上げる、という状態に留まらず、より大きくデバイスに依存し、魔道士自身が負担するのは魔力と最低限の制御のみで、術式展開や演算処理などはデバイスに丸投げするという形が多い・・・というより主流である。 実際問題、そうしたほうが強いのは確かである。 しかしそうなると、デバイスなしで使える魔法は極少数、デバイスが無ければ魔法が使えないに等しい状態になってしまうのだが。 もとは人が何の道具も使わずに魔法を使っていたはずだ。 魔法発動の効率を上げるための道具が本来のデバイス。 しかしデバイスの進化は急速に進み、演算処理性能などデジタルな能力は、人の頭脳より遥かに高くなり。 デバイスの存在を前提として、デバイスと協力して魔法を発動する状態が主流になったと、そうしたほうが強いから。 デバイスの記憶容量も人の限界をとっくに超えてしまい、演算処理、記憶保持でデバイスは人の上になり。 その進化の究極形として、デバイス自身が知性を持つ、インテリジェントデバイスがあるわけだな。 デバイスの存在は前提で当然、デバイスと魔道士が協力して魔法を使う形として、最高であるわけだ。 しかしインテリジェントデバイスは、余りにも高度にソフトの面が発達してしまったため、純粋な道具としての頑強さは失ってしまっているという欠点がある。汎用性が非常に高く、なんでもできる上に、初心者でも魔力さえあれば一端の魔道士として振舞うことができるほどの教育性能さえ持つのであるが・・・ 例えば、知能を持たない純粋な道具であるストレージデバイスを持つ熟練魔道士と、同じレベルの魔道士がインテリジェントデバイスを持ち、戦った場合を仮定してみる。 戦うということに限定すれば、必要なのは、攻撃・防御・速度。非常に単純な要素に還元される。汎用性は必要ないのである。 そうなるとストレージデバイスの持ち主のほうが、それぞれの限定された要素に関して、1%以下でも上になるのだ。 勝敗・生死は紙一重。それだけの差が決定的な差になる。 インテリジェントデバイスの持ち主がうまく立ち回って、一度は互角に打ち合う状態になったとしても、耐久性に劣るインテリジェントデバイスは、激しく打ち合うと迅速に性能が劣化してしまうのだ。 ゆえに実戦志向の魔道士はストレージデバイスを使うという場合も多い。また実際問題、あらゆる種類の魔法がまんべんなく得意であるなんて万能の人間はめったにいない。普通は、何かが得意だけど何かは苦手、得意なのはよく使うけど苦手なのは使わない、さらに日常に出会う局面では、限られた数種類の魔法くらいしか使わない、というのが良くある状態である。だから多くの場合、AIの無いストレージで十分なのである。 「魔法を使う道具」に徹しているのがストレージデバイス。それ以前に「道具でもあり魔法も使える」というアームドデバイスというものも古代ベルカ式には存在している。アームドデバイスは、先に武器であり、次にデバイスでもある、という形式のもので、ストレージデバイスよりもさらに実戦志向のものだ。 まあ結局の所、道具は使う人次第、使い手の力量が何よりも大きな要因であるのだが。 俺の場合は、通常のデバイスの十倍以上の演算処理性能が必要とされているわけだ。そして既製品では、ハードの部分において、そこまで一つの魔法に演算処理を使うようには出来ていない。魔法発動・制御・情報処理などがパッケージ化された状態で、分散された設計になってるのが普通なのだ。ゆえに演算処理の部分をある程度、独立させ、しかもその機能を通常のデバイスに比べ飛躍させたものが、俺のために組み上げられようとしていた。 魔法プログラム処理の部分と、演算処理専用部分とが、切り離されている構造のため、特に大規模な演算処理を必要とするような魔法を使う場合は、通常のデバイスよりも発動が遅いという欠点は出来てしまった。しかしまあ、わざと演算処理部分を経由させずに単純な魔法を発動させる分には、瞬間転送などは普通に使えた。 俺専用の情報処理特化ストレージデバイスが完成して、手渡されるまでの一週間ほどの暇な時間、俺は上記のようなデバイスの勉強とかをしつつ、のんべんだらりと過ごしてた。結局、俺は限られた魔法しか使わない。必要なのはとにかく情報処理性能。それに特化したデバイスなら、ストレージのほうが優れていたのだ。 その間、事態に大きな進展は見られなかった。 被害状況から見て、この世界が敵の本拠地である可能性は高いものの、決定的な証拠が見つからない。 俺が探査すればなにか分かるかもしれないが厳重に禁止されてる。 囮捜査をする、という方針が、危険を承知で認められたのは、皆が焦っていたからだと思う。 高町さんやクロノは分かりやすく焦っていたし、リンディさんも顔には出さずとも焦っていたのかも知れない。 まず高町さんが無防備に町を歩く。 それに敵が引っかかって、襲ってくるのを期待する。 もちろん高町さんの動向はアースラ側で把握していて、敵が襲ってくると同時に敵を封じる強力な結界を敷く。 そこに増援を送り込んで一網打尽にする、と。まあ分かりやすい作戦だ。 事前の情報に寄れば、闇の書の守護騎士は4体、そのうちまともに戦えるのは3体のみで、残り1体は補助系らしい。 高町さん、フェイトさん、オコジョ、アルフさんだけでも余裕を持って、その実戦組3体に当たれるはずだそうだ。しかも同時に、他の武装局員の援護も得られるはずだし。 クロノは遊軍として待機し、もう1体の場所が分かればそこに急行、戦況によっては味方の援護をする予定だ。 何度も囮が空振りになり、もしかしてここじゃなかったんじゃないかと思った頃に・・・状況は動いた。 潜伏していた武装局員の集団が、まず襲われた。あっというまに十数名がバタバタと倒れ、リンカーコアを奪われた。 近くにいた高町さんが焦って局員たちに近づこうとしたところで、敵側の結界が発動。 それを受けて、フェイトさん、アルフさんが敵の結界内部に乗り込む。オコジョはもとから高町さんと同行していた。 さらに敵の結界を覆う規模で、味方の捕縛結界が発動。中にいる人が出て行けないタイプの結界だ。 高町さんとハンマー少女、フェイトさんと剣士、アルフさんと敵の狼みたいのが戦い始める。オコジョは高町さんの援護だ。 しかし数的な有利は大して効かなかった。圧倒的な実戦経験の違いにボコられる高町さんたち。 そして動けなくなった高町さんの胸からいきなり腕が生え・・・リンカーコアからの魔力蒐集がされてしまう! だがそれによりもう一人の守護騎士の居場所が判明、クロノが転送で駆けつけ、その騎士を拘束しようとしたのだが・・・ いきなり敵の増援が来た。4体しかいないはずだったのに。5人目の謎の仮面の男はクロノを吹き飛ばし、そこでクロノからの情報は途切れ、気づいたら結界は壊されて、敵は逃げ去った後だった。 結局、高町さんが被害にあったのみで・・・作戦は失敗に終わった。 俺は一連の流れを、眺めていることしか許されなかった。 しかし傍から眺めていたからこそ気付いたことも多かった。特に俺が注目したのは、敵の補助系守護騎士の動向だ。 アースラのレーダーからも逃れる隠蔽能力、隠れていた武装局員を的確に見つける探査能力、視認できない距離から弱っていた高町さんを狙い打ちにしてリンカーコアを奪うのも敵ながら見事だし、強力な捕縛結界を崩したのも、結局はその補助系騎士の力量なのだろう。罠を張っていたことに気付かれていたようだし、後手に回ってしまって、結局、罠も破られた。前線で戦っていた騎士たちの勝敗を決定付けたのは、結局、後ろで援護していた、その人の力量によっていたのだ・・・ もちろんアースラ側の後方支援が不十分だったわけではない。考えられる限りの準備もしたし、少なくとも人数という点では確実に敵よりも上回っていた。 しかし今回は、敵は見事にこちらの裏をかき、人数差を覆してしまったわけだ・・・ どうも前々から感じていたのだが・・・ミッドチルダを中心にした魔法文化世界は魔力の強さで全てが決まるみたいな単純思考に陥る傾向が高いんだよな。そしてその考え方は実際9割がた正しいから話はややこしい。魔力の高い魔道士の方が強いというのは、ほぼ間違いの無い話なのだ。敵の守護騎士たちは魔力という点で言えば、個々は高町さん以下であったらしい。フェイトさんも魔力だけの話をすれば守護騎士たちよりも上であったようだ。 しかし多少の差を覆す実戦経験、戦闘技術というのは、稀にではあるが確かに存在するわけだな。そういう例外にぶち当たったとき、対処に困惑するのが、魔法至上主義社会の弊害というところか。 まだ若く理想が先行する傾向のあるクロノはともかく、リンディさんはそんな弊害から逃れているはずだと思うのだが・・・ とまあそんな年よりくさいことを考えつつ、俺は珍しく他人を見舞いに行くことにした。「高町さん、具合はどう?」「なんだか力が入らないけど・・・大丈夫、別に痛くも苦しくもないから。」 リンカーコアから蒐集される被害にあった高町さんは、寝たきりではあるが、命に別状は無さそうだった。「もう船医さんから、治癒魔法は受けたんだっけ?」「うん。極度の魔力の枯渇以外には異常は無いって。自然回復を待つしかないって言われた。1週間もすれば大体戻るって。」「そっか・・・あのさ、俺もちょっと診てみていい?」「え? マシュー君、診察とかできるの?」「これでも医者志望だし。リンカーコアに起きてる魔力異常という分野については俺の体のこともあって、ちょっと詳しいよ?」「そうだったね・・・じゃあちょっとお願いしようかな。でも無理したらだめだよ?」「大丈夫だって。」 俺はデバイスを軽く高町さんの胸にあてて、目を瞑る。 魔力はどこにでもある。自然に分散しているものだが、これを直接に操ることはできない。魔道士は、一度、これらの魔力をリンカーコアに蓄えなくてはならない。魔道士が操れるのは、原則として、このリンカーコアに蓄えられた魔力だけである。リンカーコアは体内にあるだけあって、無機的な魔力の結晶ではなく、有機的な魔力の結合体であるように俺には感じられていた。パッと見には、確かに宝石のように感じ取れるものであるが、実は、無機物の結晶であるダイヤやルビーではなく、有機物の結晶である真珠や琥珀のような・・・ 魔力の有機的結合体であるリンカーコアには複雑精密な構造があり、その構造の間に隙間が大量に存在し、そこに魔力を取り入れて蓄えることができる。スポンジに似てると言えるかも知れない。リンカーコアから魔力が蒐集されるとは、いわばスポンジをギュっと絞って水気を搾り出されたのと同じこと。ここに他者が強制的に魔力を送り込むのは・・・まあ出来ないことは無いのだが危険である。有機的で繊細な構造をしているものに無理に力を加えて、その構造を破壊してしまっては取り返しが付かない。 だから船医さんも、疲弊した肉体のほうに回復魔法をかけるだけで、リンカーコア自体には手を出していない。現状、確かにこれ以上のことは出来ない、出来ないのだが・・・ 魔力を分散して探査するのは俺の得意芸。人の体は無数の細胞から成り立ち、それ自体が一つの小宇宙。ゆえに普通の医者だと、せいぜい器官や組織のレベルまでしか把握できず、「心臓が弱ってる」とか「胃が弱ってる」程度しか分からない。精査してもせいぜい「心臓の中のこの部分が弱ってる」までしか把握できないはずだ。しかし俺には分かる。もっと細かく、もっと正確に、弱っている器官、その中の弱っている組織、そしてその中の弱っている細胞群・・・ 俺は高町さんの体の中で、疲労している部分、弱っている部分をピンポイントでピックアップして、そこにだけ、最小限の治癒魔法をかけてまわった。治癒には大して魔力は使っていない。 一通り済んだ。現状、俺にはこれ以上できることがない。 探査と治癒に集中していたのをやめて、目を開けると。 なんだか赤くなった高町さん。 同じような表情をしてるフェイトさん。 怖い笑顔で、にこにこと笑うリンディさん。 なんか傍観者ぽい位置を保つクロノ。 さらに感心したように俺たちを見る船医さんもいた。「あー」 っと俺が何か言おうとしたら。「すばらしい!」 と船医さんが目を輝かせて割り込んできた。「通常、治癒魔法を覚えただけの初心者は、肉体全体を漠然と回復することしかできないものだ! ところが君は治癒ポイントを限定して集中している! しかも余り強い治癒だと、後にかえって体に負担がかかることを見越して、最小限に抑制している!その年で大した腕だ!」「いや、まあリンカーコアが体に負担をかけた場合にどうなるかってことは、経験上、よく知ってるんで。」 そういうことだ。まさに体で覚えてる。どこに負担がかかり、どこを治癒する必要があるのか。だからリンカーコアが原因の肉体への負担の回復については俺ほどうまくできる人はいないかも知れないと思う。しかしこれが、他の種類の病気や怪我だったら、こんなにうまくはできないだろう。「ふむ・・・私はリンカーコアへの悪影響を恐れて、あえて心臓付近に治癒は施さなかったのだが・・・君は心臓にも治癒してるね。それも心臓全体でなく、左心部の・・・これはどこに集中してるんだい?」「冠状動脈の分岐の根元ですよ。」「なぜここに?」「経験です。俺の場合、そこにガツンと来て、心臓止まったんで。」しーん 場が凍る。 うむ、冗談にならなかったか。 リンディさんが咳払いして場を切り替える。「マシュー君の治癒の腕が大した物だってことは分かったわ。でもあなたも病人なんだから無理したらダメよ?」「リミッター範囲内の魔法ですよ。治癒した箇所は多いですが、それぞれの場所は針で突く程度にしか回復してませんし。遠距離転送とか、結界破壊みたいな出力の大きい魔法じゃないわけですから。」「でも、その前に、なのはさんの体の中を走査するのには、結構な魔力を使ったんじゃないかしら?」「あれ・・・バレてましたか。おっかしいな~高町さんの魔力に紛れて、ほとんど見えなくなると・・・」「どうしてなのはさんの顔が真っ赤なのか分からない?」「はい?」「あなたは、なのはさんの体の中を、無許可で隅々まで触ってまわったみたいなものなのよ? すごくくすぐったかったみたいね。」「え。」 リンディさんの言葉で思い出したのか、高町さんの顔がまた赤くなる。「あ、あ~と、高町さん?」「・・・」 高町さんは顔を赤くして黙ってしまっている。「ごめん、そんな妙な感触があるとは露知らず・・・いや知らなかったとは言え、ほんとにごめんなさい。」「い、いやマシュー君が私を治そうとしてくれてたのは分かってたから! うん、大丈夫、気にしてないよ!」 言いながらも顔が赤いし、まだなんか冷静ではないというか通常状態でないというか。「その・・・ほんとに。」「ほんと大丈夫だから! うう・・・でもマシュー君?」「はい。」「今度から、ちゃんと相手の承諾をとってね? その・・・体の中まで調べるときは・・・」「う、うん。」「軽く体の中を魔力が走るだけかと思ってたら・・・その・・・なんか隅々まで突っつかれるみたいな感触が・・・」 言いながらまた真っ赤になってしまう高町さん。「ほんとすいませんでした!」 ここは本気で頭を下げておく。姉ちゃんに妙な具合で情報が流れると、なんか相当やばい気がする。「しかしマシュー君、腹部にも分散して5箇所かな? 限定治癒を施しているようだが、この場所の理由は」「ギル。専門的な議論は、まずマシュー君を部屋に寝かしつけてからにして。疲れてるはずだから。」「あ、承知しました艦長。」 唐突だが船医さんの名前はギルさんである。 すぐに俺はギルさんに、俺の個室に連行されて寝かしつけられたものの、治癒術についての議論が白熱してなかなか休めなかった。 その後の病室。「なのは、具合はどう?」「うん、フェイトちゃん。ギルさんには悪いんだけど、マシュー君の治療受けたらかなり体が軽くなったよ。ギルさんは一週間って言ってたけど、これならもっと早く回復しそう。」「あいつは治癒も上手いのか・・・大したものだ。」「いえ、違うと思うわよクロノ。上手いのはやっぱり探査でしょうね。どこに負担がかかってるのかを、普通なら考えられないレベルの精度で特定してるんだと思うわ。治癒術自体は、初歩的なものしか使ってないみたいだし。」「なるほど。しかし艦長、あいつはこれだけのことをしてみせたわけですし・・・そろそろ例のデバイスをわたしてやっても良くはないですか?」「う~ん。でもね・・・また無茶しそうで・・・」「今回の、なのはの治療にしても、デバイスが別なら、マシューにかかる負担はもっと小さかったはずですし。」「でもね・・・」「転送は封じておけば問題ないかと。治癒については何よりもあいつ自身の体のために必要なわけですしね。その・・・あいつには借りを作ってばかりな気がするんで、せめてデバイスでも渡さなくては僕も気がすまないんですよ。」「そうねぇ・・・」 クロノには、できればマシューに探索に協力して欲しいという下心がなかったとは言えない。実際、もしもマシューが探査すれば恐らく一瞬で、海鳴に魔道士がいるかどうかは分かるだろう。しかしそういった下心を除いても、自分がかつて意識不明状態にしてしまったこと、こうして治癒に協力してくれていることなどから、マシューには借りがある、それを返したいと考えていたのも本当なのだ。リンディも借りがあるという認識は同様であった。 考え込むリンディの思考を、なのはの質問が遮った。「あの、デバイスの話ついでに聞きたいんですけど。」「なにかしら?」「私と戦った赤い服の女の子・・・ヴィータちゃんって言うそうなんですけど、あの子のデバイスって、何か変だったんです。デバイスが動いたかと思えば、急に魔力が大きくなったりして・・・あれはなんなんでしょう。」「なのはの方もそうだったの? 私の相手の剣士っぽい女の人・・・シグナムって名乗ったんだけど、あの人の剣型デバイスも、ガシャンて動いて煙が出たかと思うと、急に強くなったりして・・・」「それはカートリッジシステムというやつだな。ベルカ式には標準装備されてる。あらかじめ魔力を籠めた『弾』を容易しておき、必要に応じてそれを装填し、消費することで短時間だが出力を大きく向上することができるのだ。」「でもね・・・短時間とは言え、出力を激増させるわけだから、デバイスにかかる負担も、肉体にかかる負担も凄く大きくなるのよ。彼女たちのデバイスは頑丈さ優先のアームドデバイスで、彼女たち自身もそれを前提にしているベルカの騎士。だから平気なんだろうけど。」「それ・・・私のデバイスに組み込むことはできませんか? 今、レイジングハートは故障してますし・・・直すときに。」「レイジングハートは繊細なインテリジェントデバイスだし、あなたはミッド系の魔法を使う魔道士、しかも子供だわ。カートリッジシステムとは相性が悪いわね。いいかしら、なのはさん。ベルカの騎士は前線での戦闘に特化したタイプなの。それと正面から打ち合うようなマネをすれば、ミッドの魔道士に分が悪いのは当然なのよ。」「でも! 向こうだけがカートリッジを使うんでは、本気になられたら勝ち目がありません!」「私もそう思います。相性が悪いのは分かってますけど・・・それでもそのシステムが無ければ、また負けると思うんです・・・」「なのはさん、フェイトさん・・・」 結局リンディさんは押し切られたそうなのだが・・・ この頃の俺は、事件が解決した後でも、まだよく分かっていなかった。 しかしまあ・・・リンディさんやクロノは管理局の法と正義のために体を張る信念を持っていたのだろう、それはいいとして。 それほど確固としたものなど何も無い子供が、負けず嫌いの勢いで言ってることを、リンディさんほど分別ある人が受け入れると言うのはどうなんだろうと・・・ 考えてみれば、俺に特製デバイスをくれたのも・・・とか しかしもちろん、この世の中には絶対善も絶対悪も無い。リンディさんは立場と権限に甘えず、可能な限り、人間的な良心を優先させようと頑張る人であったし、クロノも同様であったことは知っている。 組織の一員として生きようとすれば、黒いものを白だと言わざるを得ない場合があるんだろうってことも想像できる。 姉ちゃんとも話し合ったのだが、やはり一面だけで簡単に人を悪だと断じることなどできるわけがない。私人としてのリンディさんたちが善人であったことは確かなのだ。しかし公人としては、やはり立場を優先せざるを得ない場合もあった、それだけのこと。 そういうものだから、社会において公人として付き合うときは、距離を取り、最低限の警戒は怠らず、過剰な借りを作らないように気をつければ良いだけのこと。世の中に、全面的に信頼できる人間などいるはずもないのだ。 一面が気に入らないだけで、全てを否定するべきではない。理解して対処すれば良い関係は築けるものだと姉ちゃんは言った。 まあこの辺は、数年後の話になるんだけどね。 しかし俺や姉ちゃんには分かっていても、高町さんたちはどうなのかは・・・正直疑問が残るところであった。(あとがき)主なストーリーは、なのは蒐集される、だけ。デバイスとかで盛り上がってしまった。考えてるうちに面白くなってしまったので書いてしまった。後悔はしていない。