マシュー・バニングスの日常 第十一話 ゲホゲホゲホ! ゲホゲホっと・・・ぐぶぶ・・・さらにゲホッ。 デバイスは地面に落とし、左手首に巻いたリミッターをきちんと締めなおす。ふうう・・・少し緩めるだけできついなあ。 あせったもんで少し本気出しちゃったよ。 蒼白になってる高町さんとフェイトさんを安心させようと、にこりと笑ってみせる。 後で聞いたら、口元から血を流しながら笑われても怖いだけだったそうだ。 とりあえず現状を報告せねば・・・「結界解除成功、転送も成功、俺は軽症、動脈は破れてないし。まあ無傷に等しいかと。」 ブホブホと血を吐き出しながら言っても説得力は無かったかも知れない。でもホントだしなあ。「説教は後ですることにします・・・医療班!」「いや大した事無いですよ。胃壁に少々穴が開いた程度です。この程度なら慣れてますし・・・ガボガボ」 ガボガボは血が流れ出る音である。「黙ってなさい!!! なのはさん、フェイトさん、マシューくんを医務室に連行して!」 俺の両脇にまわって、両腕をそれぞれがつかんで、高町さんとフェイトさんが俺を医務室に引きずっていこうとする。 っと いきなり俺の中に、ある程度の力が回復してきた。立てないくらいの状態から、なんとか立てるくらいの状態にまで回復。 同時に高町さんとフェイトさんが、脱力していきなりコケた。側頭部を床に打ちつけて痛みでうずくまってる。 なんだ? まるで二人から力をもらった・・・というか抜き取ったかのような・・・「二人も限界に近いみたいね・・・ああ担架が来たわ。マシュー君、乗りなさい。」「いや大したことは・・」「マシュー君、乗りなさい。」 無表情に繰り返すリンディさんマジ怖いっす。 医務室で強制的に横にならされた俺のまわりに、椅子に座った高町さん、フェイトさん、さらにリンディさんとクロノが集まった。「それでマシュー君、言い訳はあるかしら?」 リンディさんは素敵な笑顔だ。一片の隙も無い。半病人にそんな笑顔を向けないでほしいなあ。「転送だけなら多少連発しても、体に負担が来ない自信はあったんですよね。結界の解除も、普通の結界ならもっと簡単にできたはずだったんですが、なんと見たことのない術式で、解析に手間取って、んで思ったよりも体にガツンときました。」「・・・あれはベルカ式魔法による結界よ。」「ベルカ・・・えっと、古代式の魔法でしたっけ?」「まあそれはいいわ、後で調べなさい。それよりも!」「はい!」「いいかしらマシュー君、あなたは民間人なのよ? しかもやっと退院したばかりで、すこし動いたらすぐに血を吐くような体で、勝手に戦場に乗り込んだりして! このことはお姉さんにしっかりきっちり報告させてもらいますからね!」「うう・・・はい・・・」 高町さんを助けなくても姉ちゃんに怒られただろうし、助けても怒られるというわけか・・・悲しいぜ・・・「まことにすいませんでした・・・軽率な行動を反省してます。どうか姉ちゃんには、こう、言うのはしょうがないと思うんですが、なんとかオブラートに包んだ表現で・・・お願いします。」「まったくもう・・・私はお姉さんと高町さんのご実家に連絡してくるから、あとは細かいことをクロノ、聞いておいてね。」「わかりました艦長。」 リンディさんは医務室を出て行った。聞こえないようにホっと一息。「やれやれ、怒られたなマシュー。」「胃から血を吐く程度なんて負傷のうちに入らないっての。全く健康な人にはそれがわかっとらんのです。」「・・・そのジョークは笑えないよマシュー君・・・」「・・・どこから血を吐いたことがあるの・・・?」「え~とね、まずは」「「言わなくて良いから!」」 俺の吐血歴を詳細に説明してあげようと思ったのに。大体、俺に言わせれば本気でやばいというのは心臓が止まってそもそも血が流れなくなる状態のことを言うのであって、胃から少々血が流れ出るなんてのはかわいいもんだ。 クロノが気軽な口調で質問してきた。「さて冗談はここまでにして、マシュー、あの転送魔法は何だ?」「なんだって普通のミッドチルダ式の転送すけど。」「術式展開が早すぎる。通常5秒前後かかるものが・・・君のは一秒かかってたか?」「目標、一秒以下にしてアレンジしてみたんすよ。といっても、俺が認識できる範囲に限ってだけどね~」「なるほど・・・座標の把握などはお前の得意の探査で別途に行い、転送は転送だけに特化して、瞬時に行えるように改良した、というところか?」「さすが執務官。大正解。ううむ簡単に見抜かれてしまったか。」「普通なら探査は探査で、結構負担のかかる魔法だから、なにかと併用などは難しいものだが・・・お前の場合は、今のリミッターがかかった状態で、しかも片手間の探査でも、普通の人間では認識できないほどの広範囲を、好きなように把握でき、高速転移が連続できるというわけか・・・。」 転送魔法のプログラムは、単に転送するという作業の発動式だけで成り立っているものでは無くて、実は8割がたは座標の正確な特定・把握の式で埋められていることを、勉強しているうちに気付いたのだ。実際、広大な空間の中からの特定の座標の選出・固定の方が遥かに複雑な計算を必要とするもので、そっちに大きく手間を取られるから転送魔法の発動には5秒はかかるのだ。 で、俺は特技の探査で座標特定は異常な速度で行えるので、転送魔法の展開も異常に早いのだ。「あの結界を破壊したのも、マシュー君なんだよね?」「うん、結界ってのは広域に拡散した魔力で空間に干渉して位相をずらす術だからね~。そういうの操るのは得意だし。」「すごい・・・マシュー君、病気を治しながら魔法の勉強もしてるって聞いたけど・・・頑張ってたんだ。」「そこのところ姉ちゃんにアピールよろしく! そうだよ俺は頑張ってたんだよ~」「もう! ふざけてるとアリサちゃんに言いつけちゃうんだからね!」「すいませんでした反省してます。」 ふと、さっきの違和感を思い出した。まるで俺が高町さんとフェイトさんから力を吸い取ったような感触を。 二人とも疲労してるけど怪我はないし、ちょっと試させてもらおうかな・・・「フェイトさん、ちょっといい?」「ん? なに?」 俺はベッドから身を起こして、偶然、近くに座ってたフェイトさんの手を取り、握り締める。 なお、俺がベッドに寝てる、枕元に近い側に椅子をおいてフェイトさん、足もとのほうに高町さんという順番に座っていたからってだけの話であって、別に特別な意味はない。「え? えええ? な、なに?」「ちょっと黙ってて。」 ぎゅっとフェイトさんの手を握りしめ、ちょうど治癒の逆の要領で、魔力を与えるのではなくて魔力を吸収する感じで・・・むむむ・・・ なにも起こらない。やっぱ偶然だったのか? 無意識にはできたのに、意識的にはできないのか? ううむわからんなあ・・・ フェイトさんの手を握り締めて、自分の顔のほうにもっと近づけて集中・・・あ・・・なんかできそうな・・・「なにやってるのマシュー君!」 高町さんがいきなり叫ぶ。なんなんだ全く、と目を開けると。 真っ赤になって黙ってしまったフェイトさん、なんか呆れているクロノ、同じく赤くなった高町さん。「なにか誤解があるような気がする。」「なんでそんなに冷静なの!」「あ、あの・・・マシュー、はなして・・・」「・・・で、何をやろうとしてたんだ?」 クロノに説明する。さっき二人の体の魔力を吸い取ったような気がしたので、もしかしたら、また手を触れるとかすれば同じ現象が起きるのではないかと思ったと・・・「えらく物騒なことを試そうとしていたんだな・・・」「いやあ、俺ってリンカーコア異常で自分の肉体から魔力を限界まで吸い取ってたわけじゃないすか。もしかしたら『肉体から魔力を取り込む』ことが他人にもできるんじゃないかなと漠然と・・・」「もう! そんなこと考えてたの?! 心配したのに!」 席を立って憤然と部屋からフェイトさんが出て行ってしまった。むむ。これはまずいかも。「マシュー君! ちゃんとあとで謝るんだよ! フェイトちゃーん。」 高町さんもフェイトさんを追って出て行った。むむむ。 しかし二人が出て行ったところで、クロノの表情が、これまでの苦笑い気味の顔から、真面目なものに切り替わった。「ちょっといいか。」「なんか深刻な話ですか?」「本来なら君には関係ない話なのだが・・・母から聞いた。君は管理局所属のミッド中央医学校を志望してるそうだな。」「ええ、治癒魔法を専門的に勉強しないと・・・このリミッターが取れそうもないんで。」「少し力を使うと血を吐くか・・・」「前までは心臓止まってましたから、すごくマシになったんですよこれが。」「事実だったのは知ってるから笑えんな。まあそれはともかく、ミッド中央医に入った場合の、卒業後の拘束義務は知ってるか?」「何事も無ければ8年間でしたっけ? 管理局の仕事をしなくちゃいかんのは。」「それは短縮できる可能性があるんだ・・・管理局への功績が他の形で認められれば、な。」「んーと、この体がボロボロの俺にそれでも仕事をやれと・・・いやあクロノさん鬼だw」「その通りだ。」 真面目なクロノの顔には怯みもためらいもない。「僕は管理局の正義のために、どんなものでも利用しようとする人間だ。それに人がどういう感情を抱こうと気にしない。」「ふむふむ。いやそういうふうに割り切るクロノさんは嫌いじゃないっすよ。法と正義を守るために、私情を排して頑張ると覚悟を決めた人間ってのも世の中に必要なもんですしね。」「君は・・・達観してるんだな。」「いや。そんなこともないと思うんすけどね。」 当時の俺は、死んでるか生きてるか分からないような状態を長年続けてきたせいで、自分の命に限らず、何かに執着するということ自体がほとんど出来ない状態であった。だからガキのくせに異様に冷静で中立的な視点を持っていたし、自分自身が何かに執着できないために、何かに執着する激しい気持ちというものに漠然と憧れをもっていたかもしれない。 姉ちゃんの激しい感情や、俺への愛情、クロノの信念へのこだわり、そういった強い気持ちはどんなものでも、俺にとってはまぶしく感じた。「体調がある程度、戻ってからで良いのだが・・・君の全力に近いレベルでの探査をお願いしたい。」「いや、そういわれても今のデバイスでは・・・」「君のために演算処理性能を極度に高めたデバイスを用意し、提供する。君の探査時には専属の医師と護衛をつける。」「・・・これはまた太っ腹な。そんなに大変な事態なんですか?」「まだ確定では無いのだが・・・十中八九間違いない・・・『闇の書』なんだ。」 『闇の書』という単語を言ったときのクロノの表情は・・・これまでにみたことが無いほどに深刻なものだった・・・(あとがき)クロノはちょっと理想が先走っちゃうけどいいやつです。言葉を飾れないのも若いからで善人の証拠です。フェイトフラグは別に立ってません。そもそも9歳の子供ですしねぇなお主人公はスーパーパワーに目覚めたりはしません。