幻想立志転生伝
42
***建国シナリオ2 荒野の街***
~家一軒発注したら城下町付きの城が出来ていた件について~
≪side ルン≫
……何も無い荒野を進み始めて早一週間が経過。
その間、私達は妙に代わり映えしない礫砂漠を、アリシアちゃん達先導の元進んでいる。
「しっかし、代わり映えしない風景だよね?ルンちゃん」
「……ん」
荒野初日に日差しが強いねとアリシアちゃん達に言ったのだけど、
そうしたら何故か翌日野営地の前にドンと居座っていた大きな馬車。
私達は数日前から先生の馬に引かれたこの馬車に乗っていた。
『……我が身は馬車馬か?……まあ、何時でも竜に戻れるから関係ない、のか』
馬が遠い目で何かぼやいている。
でも馬に見えて正体は竜らしい。
この荒野に入る直前に一度だけ正体を見る機会があったけど、
先生はその頭の上に仁王立ちになって強力な魔法を連射していた。
本当に先生は凄い、先生はかっこいい、
先生は……、
「ルンちゃん、また心が何処かに飛んでってない?」
「……ありがと」
いけない、またおかしくなっていた。
先生が関わると私は正気を失う傾向がある。
……アルシェには本当に感謝。
「アルシェのお陰で私はまだ正気のふりが出来る」
「……ふりじゃなくて本当に正気でいようよルンちゃんってば」
多分無理だろう。
先日先生が指名手配されて、その犯人があの村正だと知ったとき、
思わず血染めの手紙を送ってしまっていた。
……後で自分のした事に気付いて愕然としていたりする。
流石の先生も心の病んだ女の子なんて、絶対嫌に違いない。
そして私は……先生に嫌われたくは無いのだ。
「できれば、いやみぜんかい、りょうしん、ずきずきする、おてがみが、よかった、です」
「取り合えずにいちゃが怨んで無いみたいだし、村正へのお仕置きはここまでであります!」
因みにその手紙を気絶した村正の懐に財布の代わりに放り込んだら、
アリシアちゃん達が寄って来て顔中に落書きをし、髪の毛を酷い虎刈りにしていた。
とどめとして鼻に落花生を詰め込んで放置しておいたようだが、無事に帰れただろうか?
「いや、流石にやりすぎな気がするの僕だけ?」
「……実は俺もそう思う」
「にいちゃは、むらまさに、あまい、です!」
「そうでありますよ!あれだけやられた報復としてはむしろ甘すぎであります!」
私としては先生が怒っていない以上、報復はチビちゃんたちが決めても構わないと思う。
……ただ、致命的な事になっていたとしたら……タダデハスマサナカッタケド。
「え、えーと、ところでさ……筋肉痛の方は直ったの、カルマ君?」
「はなし、そらした、です」
「どうせなら、話をとことん煮詰めるであります!」
それは違う。……こういう所は流石アルシェだと思う。
このままこの話を続けていたらチビちゃんたちか私のどちらかが、
村正に刺客の一人も送り出しかねない展開になっていただろう。
……それを先生は望まないのは明白。
ならば、こういう時一人くらい理性的な判断が出来ないといけないと私は思う。
それに、あの荒野での戦いの後先生は酷い筋肉痛に悩まされている。
その経過が気になるのは私も同じだ。
「あー、大分良くなってきたぞ。まあ、そろそろ普通に歩ける程度にはなった」
「……でも、まだ寝てなくちゃ駄目」
因みに。私は今先生を膝枕している。
この至福の時を手放すのは惜しい。
「あ、そろそろ交代の時間だよルンちゃん?」
「……もうちょっと」
何でも、先日の戦いで先生の力は恐るべき進化を遂げたらしい。
ただ、その力に肉体の方が付いて行ってないと言うのだ。
確か……軽自動車に宇宙戦艦の動力源を積んだようなものだから、
出力を上げすぎるとフレームがひしゃげかねない。
とか何とか言っていたが、残念ながら私には理解が出来なかった。
『慣れるまでは力を使う度に死にかける……早く我が本体を常時維持できるようになる事だ』
「それはお前の希望だろうがファイブレス!」
『ふっ、しかしそれが出来ねばお前は一生全力で戦えないと言うハンデを背負うぞ?』
「痛い所を付いてくるなお前……しかしそうなったらストレス溜まりそうだし……特訓か」
『そうせよ。以前と同じ力なら問題なく振るえるだろうが……持てる力が使えないのは辛いぞ?』
「ああ。少しづつ心臓の力に慣れて行く事にするさ」
先生は馬車を引く立派な愛馬と話をしている。
……馬の希望ってなんだろうか。
私も話に混ざりたいが古代語を理解できない。仕方ないので聞いているだけだ。
「今特訓とか言わなかったっすか!?自分も付き合うっす!」
「ふぅ。判った判った。まあその時は声かけるさ」
単語に反応して、先日まで私の乗っていた馬に跨ったレオが馬車に首を突っ込んでくる。
今回の旅に押しかけで付いてきてしまったが、
……あれでリンも相当にこの子を可愛がっている。
今頃心配してあちこち探し回っている頃だろうか?
まあ、どちらにせよ世をはばかる旅だ。
しかも既にこの先には街も無い荒野の中。
連絡手段などありはしない訳だが。
「あ、そろそろお昼であります!」
「ごはん、もってくる、です」
「そう言えばもうそんな時間か……よし、頼むぞ二人とも」
「「あいあいさー」」
そう言ってチビちゃんたちは馬車から飛び出して荒野の先に土煙だけ残して消えていく。
……そう言えば、半日進むごとにチビちゃんたちが何処からか食料と水を人数分仕入れてくる。
五百人分の糧秣を運んでくる体力といい、この荒野でそれだけの物資を集めてくる能力といい、
あの子達も相当に規格外だと思う。
でも、先生の妹なんだから……それぐらい出来て当然なのかも。
「痛っ……体を起こしただけでこれか……」
「無理に手なんか振るからだよカルマ君」
「……でも、大切な事」
家族を大切にするのはとても大事な事。
私はそう思う。
だから病身を押して体を起こし手を振った先生は正しいと思った。
レオ?どうかしたの?
チビちゃんたちが消えたほうを眺めたりして。
「しかし、自分はちょっと心配なんすけど」
「……何が?」
「今はあの子達が飯持ってくるからいいっすけど、その……隠れ家には水と食料あるんすか?」
「ああ……井戸は間違い無くある。食料はカルーマ商会経由で送られてくるから問題ない」
「確か、前の戦争の戦災孤児を引き取ったって言ってたよね?」
……戦災孤児?
先生、慈善事業もしてたんだ。ちょっと意外。
「決死隊組んで敵陣侵入してくれた連中の忘れ形見達だ……まだ顔を合わせて無いがな」
「ええっ!そんな事してくれるの!?普通兵士が死んでも家族は放置が普通だよ?」
「……て、事は自分が世話になっても問題ない程度のスペースはあるって事っすね!」
確かにスペースはあるかもしれない。
けれど、レキといえば水も食料も無い事で有名な土地。
……井戸があると言うだけで奇跡的なのだから過大な期待は禁物だ。
恐らく、今後は長く耐乏生活が続くんだろう。
……まさか、我が家の家計が火の車だった為、
否応無く覚えた貧乏生活の知恵に感謝する日が来ようとは。
取り合えず、裁縫用の針と糸を確認……うん、問題ない。
補修用のあて布もある、と。
閉店間際を狙って値引きされた食料品を買うテクニックは恐らく使えないだろうが、
お茶の葉を乾かして再度使う技はきっと役に立つ筈だ。
「……よし」
「ん?ルンちゃん何気合入れてるの?」
「これからの生活を考えてた」
「そっか、うんうん。僕らも頑張らないとね?主に跡継ぎとか赤ちゃんとか」
頬を中心に熱暴走を確認。
そう言えばそうだ。危うく忘れる所だったが……、
……先生が私のものになる日は、近い。
……。
そうして更に三日。
礫砂漠に入って十日が経過した頃、馬車の幌の上でアリスちゃんが叫んだ。
「あの山を越えると、あたしらの目的地があるでありますよ!」
変わりばえがしない台地。
私の目には視界の先には似たような山が連なっているだけにしか見えない。
「おっ、ようやく着いたのか?どんな屋敷が出来ているやら……楽しみだ」
「へぇ!お屋敷クラスの隠れ家なんだ?」
「はいです、きょりが、かくしてくれるから、とってもおおきく、つくったです!」
「……でも、まるで変化がわからない」
「確かに。まるで進んでるように見えないっすよね」
あ、アリスちゃん達が……にやっとした?
「レキ全体の地形も弄って、辿り付き辛い形にしてるでありますから当然であります!」
「みちあんない、ないと、し、あるのみ、です」
……そう、なんだ。
実はこの子達からはぐれたら……丁度そこに落ちてる骸骨のような事になっていたって事?
うん、でもそれならここまで敵が来る事は無いだろう。
そう考えると隠れ家としては最高の立地なのかも知れない。
「さあさあ、いくです!」
「この分ならお昼ごろには着けるでありますよ!」
その言葉に背を押されるように一行の移動速度が上がった。
……でも、ふと思う。
たどり着くのは良いけど……帰らせる前に兵の体力を戻してやらねばならない。
うちの騎兵五百人は何処で休ませればいいんだろう?
目的地の外で野営というのも可哀想だ。
……何人かづつでも屋敷の中で休めるよう、先生に言っておかなくては……。
……。
そんな風に考えていた事が、私にもあった。
けど……えーと、何、これ?
「ねえ、カルマ君……これ、何?」
「隠れ家の入り口、だと思うが」
「左様ですか。私には……城門にしか見えませんが」
山を回りこみ、私達の前に現れたもの。
それは、長い長い長城とでも言うべき石壁。
……そして、それに沿って暫く進んだ所に、それはあった。
「なあ、アリス。これは何だ?」
「入り口であります!」
「じしんさく。だから、おっきい、です!」
分厚い巨大な鋼の城門が太陽により温められ、放たれた熱がここまで届いている。
……正直、トレイディアの城門に匹敵するのではないだろうか、これは。
「しかし、なんでこんな事に……壁の長さ的にもうこれ、街だろ?」
「にいちゃ、商都のスラムの皆とか移民が一杯来たから仕方ないで有ります!」
「けいびたいとして、やとったひとたちとか、そのかぞくも、きてるです」
あ、先生が頭抱えた。
「そう言えばそうだったな……あの数が越してきた以上屋敷じゃなくて街にもなるか」
「そういうこと、です!」
「さあ、入るでありますよ。アリサ達が待ってるであります!」
そして、アリスちゃんがさっと手を振ると、内側から城門が開いていく。
……そこに広がっていたのは。
「うわぁ……活気ある市場だね」
「かるーましょうかい、こうにん、らくいち、です」
本来は広場なのだろう、大きく開けた空き地一杯を埋め尽くす露天や屋台。
絨毯を広げ商品を並べる商人や、椅子とテーブルを用意して飲み物をサービスするカフェ。
行き交う人々も多く……足の踏み場も無いとはこのことだろう。
いや、違う。
突然人の波が割れ、丁度大型馬車一台分ほどの道が出来た。
……一体、どうなっているのだろうか?
「総帥、ようこそ。そしてお帰りなさいませ……レキの出来栄えはいかがですか?」
「ハピか……予想以上過ぎて開いた口が塞がらん」
割れた人垣の向こうから女の人がやって来た。
……綺麗な人。
何処かで見た事があるような……。
「あれ?カルーマ百貨店の支店長さん?どうしてここに?」
「アルシェ様、ようこそレキへ。……この記念すべき日にどうして異国で燻っていられると?」
ああ、そうか。カルーマ百貨店の店長さんだ。
その……母が大変ご迷惑おかけしました……。
「ルン様もようこそレキへ。さあ騎士団の方々もこちらへ……」
「……ん……あ、はい」
促されるままに街を進む。
そこはまさに異界。
人々には活気があって、幸せそうにしている。
そして、ゴブリンとかコボルトとかが普通に人間と一緒に生活をしている。
ありえない……これは一体、どういう事?
「お嬢様……レキに街があるなど、聞いた事がありませんが」
「私も初耳」
綺麗にレンガで舗装された道路を進む騎馬の群れ。
さっきからレオは"凄えっす凄えっす"の一点張り。
アルシェはきょろきょろと落ち着きが無い。
……私?固まったまま馬だけが進んでいる。
そして先生は……相変わらず頭を抱えたままだった。
「まさかこんな巨大拠点になってるとは……少しは進捗確認すりゃ良かった」
「人口は既に三万を超えてるであります!」
「あたしたちの、まち、です!」
「それで今後の予定ですが、父が待っておりますので城までおいで下さい。全員入れますので」
……お城、あるんだ。
とりあえず、常識は捨てよう。
先生相手に普通ならとか、常識ではとか……空しいだけだ……。
きっと、他にも隠し玉があるに違いない。
……驚いてばかりも居られない。少し気合を入れてあまり驚かないようにしないと。
……。
と、構えていても無駄だった。
マナリア王宮にも匹敵する巨大城砦がそびえ立っているのは良い。
五百騎分の厩舎が当たり前のように用意してあったのもこの際気にしない。
先生がお城の前に立った途端、
これまた門が当たり前のように開いたのも当然なんだと己に言い聞かせる。
……でも、これは反則だと思う。
「「「「「おつかれ、です」」」」」
「「「「「文武百官、推参であります!」」」」」
「ちょっと!ばらしちゃって良いのチビちゃん達!?」
「どうせ、すぐ、ばれるです」
「……アリシアちゃんが一匹、アリシアちゃんが二匹……アリシアちゃんが、ひいふうみぃ……」
アリシアちゃんとアリスちゃんが、その……一杯居る。
ひいふうみい……各五十人くらい?
この状況を理解?……うん、それ無理。
「ルンねえちゃ、うえに、ホルスも、いるです」
「ひさびさに、あうです」
「おつとめしゅうりょう……つかれた、です。はふー」
ええと、今まで一緒に居たアリシアちゃんは今こうして抱きしめている。
けど、何処からどう見ても足元に擦り寄っているのもアリシアちゃんで……。
……取り合えず、考えるのはやめにした。
取り合えず、ホルスが居るらしいし久しぶりに会ってみよう。
……先生も行くみたいだし。
……。
≪side カルマ≫
……この街に入ってからと言うもの、周囲からの視線が痛い。
街の連中の視線が好意的なのが唯一の救いだが、
一緒に来た皆の不安と疑念の瞳が痛いこと痛いこと。
「……先生、ここは、何?」
「どう見てもお城だよね、ここ……」
そして屋敷とは名ばかりの城に通された俺は、ハピの案内でその中を進んでいる。
石造りで、見た目だけでも随分と重厚な感じのする建物だ。
お供はルンとアルシェ、そして蟻ん娘数十匹の群れである。
……ジーヤさんは流石に動揺しまくっている魔道騎兵の皆を宥めるため下の階に残っている。
食事と本日の宿舎を用意するように言っておいたが、
普通に準備無しで用意できるとか言われて、これ以上も無く面食らっているんだけど?
……あー、筋肉痛が治ったと思ったら今度は頭痛がする……。
「主殿、お帰りなさいませ」
「久しぶりだなホルス……ところで、俺は隠れ家を頼んだ筈だが?」
暫く進むと執務室らしき場所に通される。
そこでは久しぶりに会うホルスが書類の山に囲まれていた。
「聖俗戦争の後始末などで受け入れなければならない人数が軽く一万を越えましたので」
「……そうだよなぁ。うん、追い出されるスラム連中だけで万を越えるもんなあ」
判ってはいたが、既に一軒家で賄える人数じゃないんだよな。
それに人口が増えれば水や食料の消費も増える。
そうなればおのずと規模もでかくなろうと言うもの。
最近忙しすぎて確認どころじゃなかったからな……。
まあ、みすぼらしいのが出来てたよりは何倍もマシだから良いけど。
「その通りです。商会からの食糧供給だけに頼っても居られない為、農地開拓を進めております」
「ああ、城壁の内側に広々と広がってたな」
まだ収穫には至っていないが、青々とした作物が実りつつある。
初年度である事を考えると驚異的な成果だといえよう。
……多分肥えた土自体か腐った落ち葉か何かを何処かから持ってきて土壌改良でも行ったか?
そして、街中を縦横無尽に走る水路。
その上には荷物や客を満載した小船が幾つも浮かんでおり、
畑への水源、及び輸送手段として街を巡っているように見えた。
「そうだ、水路が張り巡らされてるけど井戸では足りなかったか?」
「いえ。むしろ国防と温度調整用のための設備ですねこれは」
国防……ああ、敵が侵入した時に容易に先に進ませない為の堀でもあるか。
まあ、まさか砂漠の中に堀があるなんて思わないだろうし船は持ってきていまい。
進むのには苦労するだろう。
そして、温度調節……?
多分アリサの差し金だなこれは。
サンドールと違い、レキは昼暑く夜は寒すぎるほど寒い。
寒暖の差を緩和する為、
昼の熱波で水路を温めて、夜寒くなったらその熱が少しづつ放出される仕組みか。
うん、よくもまあ考えたものだ。
これなら普通に砂漠に住まうよりずっと快適な生活が送れる。
壁の外側は草一つ生えない不毛の大地だが、壁の内側にはちらほらと雑草まで生え始めている。
まあ、自給自足できる隠れ家、と言うか隠れ里になってくれれば御の字と言う所だろう。
「ともかく積もる話もありますが、取り合えずお部屋にご案内しましょうか?」
「ああ、頼む……少し落ち着いて考えたい事がある」
正直予想外だ。少し落ち着いて考えたい。
「判りました。それではこちらです」
部屋の外ではルン達が待っていた。
軽く世間話しながら城を奥へと進んでいく。
「ところで……ホルス、久しぶり」
「ええ、ルーンハイムさんもお元気そうで何よりです」
「荒野以降会う事無かったから、自由の身になったのかと思ってた」
「ずっと別行動でしたからね。しかし、自由は自由ですよ。ここに居るのは私の意思ですから」
「……ずっと先生を助けてた?」
「はい、とても有意義でやりがいを感じる時間でしたよ」
「そう……ありがと」
「どういたしまして」
壁は重厚ではあるが装飾らしき物は一切無い。
街を覆う石壁も、窓の外に見える人々の暮らす家も実に質素な物だ。
……けれど、砂漠の真昼にしては随分と涼しく感じる。
そして気付いた。
この城内部にもあちこち水路が巡っている事に。
セントラルヒーティングみたいな物だろうか?
どちらにせよ大分手間がかかっているのは間違いない。
「それにしても……ある程度内情を知ってる僕でも、これは予想できなかったよ」
「アルシェ様ですね?初めまして。私はホルス、恐れ多くも主殿より商会を任されております」
「……えっと、ルンちゃんはさんづけで僕は様付け?普通逆じゃないかな」
「まあ、一時とは言え冒険仲間でもありましたし、その方がしっくり来るんですよ」
「あはは、そうなんだ。偉くなったみたいで気分良いや……えーと、ルンちゃんは構わない?」
「問題ない」
「呼び方など些細な事です。要はその言葉にこめられた感情の問題ですよアルシェ様」
それは言える。
無礼の付く慇懃さなら、まだ敬意を感じる呼び捨ての方が気分が良いってもんだ。
「とうとう、にいちゃが、このまちに、きたです」
「あたし等の時代キタコレであります!」
「さあアリス様、アリシア様……アリサ様を呼んで頂けますか?」
「もう、よんでる、です」
「にいちゃのお部屋でパタパタ走り回ってるでありますよ」
「流石に話が早いですね。君主の間には流石に装飾も必要でしょうし」
は?君主の間?
俺の部屋の呼び方にしちゃあ随分肩肘張ってないか?
まあ、流石に街一番の豪華な部屋だって位は期待しても良いだろう。
……そう思うと少し期待が膨らんできたんだけど。
……。
「この広さはまた予想外」
「あ、兄ちゃ!お部屋の準備出来てるよー」
「有事の際は会議室にもなるよう百人は入れるように作ってあります」
「どうか、ごゆるりと、です」
……ゆるりとできるかあああああっ!
広すぎて落ち着かんわ!
これはもうちょっとした体育館クラスじゃないか!
そして、部屋のあちこちについてるこのドアの先は外からは独立した廊下。
更にその奥には……風呂。それに幾つかの個室?
そこのベッドに天蓋が付いてるのはまあ良いとして、
その内一つには……何処から持ってきた、このコタツ!
ちょっと布団をめくってみる……掘りごたつか、まあそうだろうな。
「落ち着かないのは当然ですし、個室をどれか一つ自分用の書斎にされると良いでしょう」
「他の部屋は姉ちゃとかあたしとかのお部屋だよー」
……成る程、道理で一つだけやけに散らかってる部屋があるわけだ。
まあ、それはさておき……。
「要するにこのデカイ部屋は半分公共スペースな訳か?」
「その通りです。後はもう一つ製作中の調度品が納入されればこの部屋は完成します」
指差された方向は部屋の一番奥で、一段高くなった場所だ。
赤絨毯が入り口からそこまで敷かれているが、そこに何か置くらしい。
……銅像でも置くのかね?
「まあ現状でも内向きの私室として使う分には問題ありませんので」
「わかった……じゃあ俺はこのコタツのある部屋を使わせてもらうか……他より一回り大きいし」
「やっぱり、そこを、えらんだ、です」
「わーい、あたしの部屋は兄ちゃの隣だよー」
「えっと。……じゃあ僕はこの部屋かな……本当に貰って良いのこの部屋?」
「遠慮されると逆に困ります。そこがアルシェ様のお部屋ですね?後で家具を用意させます」
「……私は、ここ」
「判ったで有ります、マナリアのお屋敷から持ち出した調度品……全部運び入れとくであります」
「調度品なんて……あった?」
「クローゼットくらいでありました。ベッドは正直ボロ……いや、何でもないであります!」
……ルンの家から持ち出し完了済みかよ。
しかも仮にも公爵家に持ち出したくなるような家具が一つしか無いとか……惨いな。
「ともかく、今日はゆっくりとお休み下さい。……主殿」
「何だ?」
「明日、大事なお話があります。明日朝に迎えを寄越しますのでその者についてきて下さい」
「判った。……取り合えず今日は休ませて貰う」
それだけ言うとそのまま俺の部屋へと入りベッドに横になる。
……柔らかくて気持ちが良い。
そうして、気が付くとそのまま寝入ってしまっていた……。
……。
「にいちゃ、おきるです」
「……ん?アリシア?」
「はいです!あさごはん、もってきた、です!」
「お、サンキュー」
朝ごはん、と言う事はそのまま寝入ってしまった訳か。
取り合えずサンドイッチのような物と干し肉に果物一個か。
軽くぺろりと平らげて、昨日の事を思い出す。
……大事な話ねぇ?一体何をさせられるのやら。
まあそれはさておき、行かねばらならないだろう。
……アリシアが袖を引っ張っている事もあるし。
昨日何も無かった一段高い場所には、立派な机がドンと置かれていた。
……正直、玉座でも運び込まれていたらどうしようかと思っていたのだが、
まあ、そこまでは流石に無いらしい。……正直ほっとした。
「にいちゃ、はやくいくです!」
「はいはい、判った判った」
「……先生、良く寝てた」
「カルマ君、寝顔は結構可愛いんだね!僕はあんな立派なベッド初めてで緊張しちゃったよ」
「ルン、アルシェ。二人ともおはよう」
部屋のすぐ外で待っていた二人を連れ、俺はアリシアに連れられていく。
……そして着いた先は、城門?
「総帥、お早う御座います。今日はレキの街をご案内せよと父からの言いつけです」
「おは、です」
「ハピか。忙しいだろうに、悪いな」
「いいえ。それなりに楽しませてもらっていますよ。さあ、皆様もご一緒に」
「うわあ、楽しみだなぁ」
「……すこし緊張する」
「今日は自分もお供するっすよ!」
「右に同じくであります!」
何時の間にそこに居たのか、レオやアリスも着いて来るようだ。
問題は無いのかとハピに目で問いかけるが、にこっと笑った。と言う事は問題ないようだ。
ま、どんな街が出来たのか……この目で確かめるとしますか。
……。
まずやってきたのは昨日見た市場だ。
城門を潜ってすぐの所にある広場を一般開放していると言う。
……そういえば広場は城壁で囲まれ、その先にもう一つ門がある形になっているが……。
「……そしてこの広場上の城壁には弓兵が配され、戦時には殺し間として機能します」
「やはりか」
「逃げ場も無いし城壁も高いから相手の弓はまず届かない……えげつないよね、これ」
つまり城門を破られた場合、
次の城門までの広場に敵を集めて一網打尽にする戦術が可能になるわけだ。
「なお、この先の街路には水路があり、それは堀として機能しますが……」
「ここを破られるようなら既に負けだな。……攻め込まれないのが一番だけどな」
「はい総帥。そこに関しては貴方のお力の見せ所ですよ」
「そう来るか……」
まあ、こんな辺鄙な所までやってくるような暇な軍隊があるとも……。
いや、油断は禁物か。
「さて、次は市街地になります……こちらへ」
市街地に関する説明、の割りに連れて行かれたのは城壁の上だった。
「お屋敷の前に広がる城下町ですが、正門前と市場から続く大通り沿いは商業地です」
「そして、屋敷の周りを囲むように住宅地が立ち並ぶ、か」
「……立派な、街」
「百万人が生活する事を想定して作られております。今はまだ空き家だらけなのです」
「いやいや、どう考えても出来すぎだよコレ!?僕の理解を遥かに越えてるんだけど?」
昨日五百の騎兵と共に進んだ大通りには様々な商店が立ち並んでいた。
レンガで舗装もされていたし、文字通りこの街の大動脈なのだろう。
道に沿うように水路が流れ、その上を貨物や顧客を満載した小船が進んでいく。
……水の持つ輸送力も馬鹿に出来る物ではない。
完全な計画都市である以上、かなり利便性は高い筈だ。
それに。
「敵が来るなら大抵街の中心を目指す……正門→商業地→屋敷の流れは万一の際に住民を?」
「はい、最悪の場合住民が戦渦に巻き込まれないようにする為の形でもあります」
「……まあ、そんな事にならないようにするさ」
「期待させていただきます、総帥」
「結構戦う時の事も考えてるっすね、良い城塞都市っす」
そう言って一礼。
ふう、期待の篭った視線を昨日やけに感じたのはこのせいか。
俺は冒険者をやっていると思っていたが、
いつの間にか、今日から私が市長ですってか?
「続いて……農耕地と牧場です。私に着いて来て下さい」
「判った」
……城壁の縁に手をかけたまま固まって動かないルンやアルシェの肩を叩いて正気に戻し、
次の場所へと向かう。
このレキと言う町は分厚い城壁で囲まれているが、
そのすぐ後ろは戦時緩衝地帯を兼ねた牧場や農地になっているらしい。
そして、その更に奥にはもう一枚の城壁があり、街はその中だ。
要するにドーナツのリング部分が農地であり、ドーナツの真ん中が街になっているわけ。
まあ、何度も言うがここまで攻め込まれるような状況に陥った時点で終わってるがな。
「水路はここにも張り巡らされていますが、ここの水路は農業用と考えて差し支えないかと」
「まあ、水が無いと話にもならない産業だしな」
「……でも、一体何処から水を」
「きぎょうひみつ、です」
「正確に言うとちょっと大規模な井戸があるのでありますよ」
実際は地下水を汲み上げているんだけどな。
蟻と言う生き物の歴史は同時に地下水や雨水による巣の水没との戦いの歴史でも有る。
巨体と知能を得たうちの蟻ん娘どもも、本来の活動領域はあくまで地下。
しかもサンドールでの水と海産物の商売の時に治水のノウハウを獲得している。
今や地下水脈の流れを操作して望む場所に水を送る事など容易いのだ。
つまり、俺達にとって水の無い荒野など有って無いようなもの。
時間をかければこの地もいずれ緑に満ちた大地に出来る。
「まあ、取り合えず農業をやるのに必要な水は確保してある、ってことが判れば十分だ」
「なお、酪農に必要な牧草地はまだ出来ておりませんので現在は干草を輸入に頼っております」
「ま、そっちは草が生えてきたら追々切り替えていけば良いさ」
「はい総帥。では次は商会の新しい本拠が出来ましたのでそちらにご案内します」
「……さっきから気になってたけど……総帥?」
「あ、ルンちゃんは知らなかったんだっけ」
「カルマ様は同時にカルーマ総帥でもあるのです。故あって別人として振舞っておいででしたが」
「マジっすか!?それ、洒落にならないっす!大陸一の金持ちじゃないっすか!」
「……カルーマ商会総帥……大陸一の、お金、持ち?…………はぅ」
あ、ルンが倒れた。
仕方ないので抱き上げて背負っておく。
「うーむ。流石にルンには刺激が強すぎたか……」
「そりゃそうっす。ルーンハイムの姉ちゃんは子供の時から貧乏暮らしっすからね」
「……こうしゃくれいじょう、なのに、かわいそう、です」
「しかし背負われた途端、無意識でにいちゃにしがみ付いてるでありますね」
「ふふっ。愛されている証拠です。総帥、大事にしてあげなくてはいけませんよ?」
「ま、俺なりに大事にしてるつもりだけどな」
「そうだね。因みに僕の方ももう少し大事にしてくれると嬉しいけどな?」
「あたしらも大事にするであります!」
「あたしも、よじよじ、するです」
ぴょんこらとアリシア、アリス両名が人に飛びついてきた。
背中はルンに占拠されてるので現在は両肩に掴まっている。
……こいつ等は羽毛のように軽いのでまだいいがな。
「とりあえず、先に進むか?」
「ふふ。判りました、ではこちらへ」
「アニキ、傍から見てると結構間抜けな姿っすよ……ま、本人が良ければそれで良いっすけど」
「じゃあ僕はカルマ君の袖口でも引っ張って歩こうかな……」
まあ確かに農場で働いてる周囲の目が痛いし……さっさと先に進むとするかね?
……。
さて、それから暫く進んで……カルーマ商会新本部までやって来た。
場所はドーナツ状区画内側の、正門の反対側……要は屋敷の裏側だ。
表側の商業地が万一の際の囮であるのとは逆に、こちらはここの最重要施設である。
よって、敵の目を屋敷に釘付けにして居るうちに、
此方から地下世界へ重要物資などを逃がせるようになっている。
「まあ、此方の中身はサンドールから移設された物が殆どです」
「成る程な。向こうもあまり良い状況とは言えない。現在はここが?」
「はい。現在商会の中枢はこの建物に集中しております」
「そうか。細かい事は全て任せるから思うが侭にやってくれ」
なお、この会話は俺とハピのみで行っている。
他の皆は入り口付近にある売店で買い物の真っ最中。
「ねえルンちゃん。このワンピース可愛いよねぇ?」
「……ん。でも、高い」
「ぽりぽりぽりぽり、です」
「えーと、アリシア。売り物を食べるなであります」
「おっ!この槍は中々の業物!……けど金足りないっす!金貨五十枚とかどんだけ!?」
やれやれ、騒がしい事だな。
と、思っているとハピが奥から何やら包みを持ってきた。
「総帥の剣、研ぎ終えたそうです……これを」
「……柄の装飾は増えたけど……切れ味変わって無さそうだな」
あいも変わらず切れ味は皆無だ。
残念ながら研がれたとはとても思えない。
飾りが増えた以外は何処からどう見ても、
前と同じスティールソードだった。
「はい。どんな研ぎ方をしても全く歯が立たないと職人が嘆いておりました」
「……絶対不壊、か。流石は魔剣」
砥石すら通さないのか。まさしく魔剣の本領発揮といった所だな。
とは言え、切れ味が無いままなのは流石に悲しい。
まあ……だからなのか装飾の凝りっぷりは尋常じゃないけど。
あーあー、柄に宝石まで埋め込んじゃってまぁ。
……装飾だけ豪華でもどうにもならないだろうに。
「とにかくご苦労さん。……やっぱこれが腰に無いと落ち着かないからな」
「はい、申し訳ありませんでした」
「ハピが気にする事じゃない……皆の買い物が終わったら次に行こう。次は何処に行くんだ?」
「いえ、次は城……いえ、屋敷に戻ります」
そうか、そう言えばもう日が傾きかかってるしなぁ。
戻るには丁度良い時間かもしれない、か。
「ではその前に。総帥、これを着て頂けますか」
「おっ!重層鎧。結構値が張るんじゃないのか?」
それは黒を基調に所々に金の装飾が施された全身鎧だった。
おまけに裏地が深紅の黒マントまで付いて来ている。
素材も極めて高価な物だな。
防御性能はもとより極めて高く、それでいて軽さと美しさを両立させている。
……どんだけ金が掛かっているのか想像も出来ない。
「総帥は無理ばかりなされますので私と父で共同でプレゼントさせて頂きます」
「……そうか。心配かけて正直済まんと思う」
気にしないで欲しいと言うハピに背中を押されるように試着室に入り、
今までの酷使ですっかりボロボロになっていた皮鎧を脱ぎ捨てる。
ついでに下着やら何から何まで着替える形で新しい鎧を装備した。
うん、正にこれこそ馬子にも衣装!
……言ってて少し空しくなってきたな。
「まあ、なんだな。なんだか偉くなった気分だ」
「逆です。むしろ現在の立場に、装備がようやく追いついたといった方が正しいですね」
そういう考え方もあるか。
……まあ、硬化に頼りすぎて防具の更新を適当にしてたからなぁ。
いざ使えなくなった時は、マナリアの近衛鎧が随分頼もしく思えたっけ。
「今後の事を考えると、それぐらいの装備は常に必要になるかと」
「うわぁ。カルマ君凄いの着てるね!」
「……先生……はぅ」
「おお、じゅうそうび、です」
「これで安心して特攻できるでありますね!」
約一名何か恐ろしい事をのたまっている気がするが……まあ、おおむね評判は良好だ。
兜が無いのが惜しい所だが、取り合えずコレを今後のメイン防具とする事にしよう。
「そういえば。よろいのおなまえは、なんですか?」
「ええと、"黒金の重戦鎧"ですね……因みに値段は、特注ですので一着金貨百枚以上になります」
「ヲイヲイ!怖くて戦場で着れないじゃないか!?」
「無問題であります!予備を数着用意してるでありますから!」
それはもっと問題なんじゃないのか!?
一体この鎧だけで幾ら使ったんだ?
と言うか大丈夫なのか商会の資金!
「むしろ有り余る資産をどう使おうかと頭を悩ませている有様でして」
「なんという、ぜいたくな、なやみ」
「何せ、蔵を建てても建てても出来上がる頃には表に余る程儲かってるで有りますしね」
「何それ。普通ありえない……ちょ!?ルンちゃん!?白目剥いてるけど大丈夫!?」
「あううううう……」
ハピ、人の目を見て話せ。
と言うか、ほったらかしにしてる内にとんでも無い事になってるな。
マナリアとかの海の無い国に対し塩を輸出すると儲かるのは判るが、少しやり過ぎじゃあ……。
……いや、今はそれで良いか。
何せ俺は現状世界全域を敵に回してるようなもんだしな。
「まあ、兎も角現状は理解した。……ハピ、良くやってくれたよ」
「お褒めに預かり光栄です、総帥」
誇らしげにふっと笑ったハピを先頭に俺達は屋敷に戻っていく。
……そして。
「さて、総帥?これから夕食になりますが、その前に……こちらへ」
「ん?正門から真っ直ぐ言った所か……またこれはデカイ扉だな」
「ハピです。カルマ様をお連れしました」
「入って頂きなさい。ハピ、主殿に失礼の無いように」
あの声はホルスか。
心配性だな。ハピが俺に礼を欠く事なんかある訳無いだろうに。
……さて、一体何を見せてくれるの、か……?
「主殿」
「なあ、ホルス。ここは何だ?そしてあの人達は誰だ?」
重々しく扉が開いたその先には、今度こそ体育館クラスの広さを持つ大広間が広がっている。
その最奥部には……あれは玉座だ。間違い無い。
その大広間の内部にはかつての戦争で共に戦った仲間たちや、
ホルス、アリサ……スケイルの奴までも含めたカルーマ商会の重鎮達。
ついでにレオやジーヤさん、そしてメイド達や魔道騎兵の主だった顔ぶれまで。
見覚えの薄い連中も居るが……。
……ああ、かつてトレイディア城門前に存在したスラム街の顔役達か。
兎も角、この街に存在する連中の中でも特に有力者と言えそうな連中が集まっている。
そして、その他に完全に見覚えの無い男達が何人か居る。
広間の中央に陣取ったそいつ等は、砂漠仕様のサンドール系の衣装を身にまとっていた。
その中でも、特に二人ばかり目立つ男達が居る。
一人は長身の偉丈夫。そしてもう一人は犬の被り物をした目つきの鋭い男だ。
「ふん……貴様がカルーマか?俺はセト」
「セト?サンドールの双璧の一人か」
「そうだ。サンドールの将軍であり……ふっ。現在、王に一番近い男でもある」
尊大に振舞う見覚えの無い男。
……偉丈夫の方はサンドール最強と目される将軍の片割れだった。
しかし、何でこんな所に来ているのだ?
そも、この街は隠れ里では無いのか?
「ハラオ国王陛下、任命。新大公証明、冠、授与!」
「……は?」
「主殿。どうかお受け下さいませ」
耳元でホルスがぼそっと囁く。
……何だか知らないがサンドールの王様が俺に何かくれるようだ。
何と言うか、陰謀とかそういう類の匂いがするのだが……。
まあホルスが言うのなら間違いは無いだろう。
それに周りを見渡すと周囲からの期待の視線、視線、視線。
……どうやら逃げ道は無いようだし、
それに、いざとなれば罠など今なら食い破る自信もある。
……いいだろう。良く判らんが毒の皿まで食らってやるさ。
「ええと、お受けします」
「受諾確認、膝折要請」
え?……膝を折れば良いのか?
んじゃまあ、片膝立ちになってと。
……って、何か被せられたぞ?
髪飾り、と言うか頭環か何かか?
「レキ大公殿下誕生、万歳!」
「ふっ、先ずはめでたいと言っておこう」
その瞬間、部屋に存在していた全ての人間達が一斉に万歳三唱を始めた。
……何だろう、嫌な予感がする。
強いて言うなら頭に被せられたのが何なのか確認するのが恐ろしいくらいには。
「領土発展、祈願。我、全力応援、行」
「まあ何だ。これで我がサンドールの領土も事実上倍増か……荒地だろうが広いのは良い事だ」
何故?
「街は小さくとも名目上レキ砂漠全体が大公領だからな?ふっ、次の大陸地図更新が楽しみだ」
「我等多忙故、即帰還必要有。再開祈願!」
「そうですか。では、あたしらが、おくりむかえ、するです」
「御者さん達!お仕事でありますよ?」
えーと、取り合えず頭が上手く回らん。
何か良く判らんうちにあの人たち帰って行っちゃったんだが?
取り合えず、こういう時は理解できる事から一個づつ片付けていくべきだ。
ええと、取り合えず最初の疑問はと。
「ホルス……さっきの連中は何だ?」
「見ての通り、サンドールの双璧のお二方とその親衛隊です」
ええと。と言う事は尊大な奴……セト将軍と……。
あの犬頭の被り物の人は双璧の片割れ?……確か名前は……アヌヴィス将軍か。
よりによってサンドール主力を率いる二人が二人とも国を空けて良いのか?
と言うかあそこ、今戦争中だろうに!?
「それだけの大事だったのです。まあ朝献額を年間金貨五千枚にしましたから当然ですが」
「……朝献?」
おいおいおいおい。
さっきから冷や汗が止まらないような単語が列を成しているんだけど?
「はい。朝献です」
「……詳しい話、聞かせて貰えるんだろうな?」
……。
勿論です、と答えたホルスに連れられて、
大騒ぎの熱狂覚めやらぬ大広間から足早に立ち去る。
そして俺達は屋敷……いや、誤魔化しは止めだ。
……城の中を進んでいく。
その薄暗い廊下を進むうち、ホルスがポツリと口を開いた。
「まず……ひとつ覚えておいて頂きたいのですが」
「聞こう」
「万を越える民。その意思は……既に個人の意思では止めかねる事もある、と言う事です」
「……それが、俺の頭の冠と言う事か?」
「はい。そして……」
「そして?」
「ただの隠れ里では、いずれこの街は何処かの国家に飲み込まれます、絶対に」
「それを避けるための方策がこれか」
俺の質問に、歩きながらホルスが重々しく首を縦に振った。
「勝手な行動は私の命をかけてでも償わせて頂きます」
「勝手の代償は汗水で支払え。……取り合えず、話の続きだ」
「では……この国の内情はご覧になりましたか?」
「ああ。良い街。……いや、国だ」
俺の適当な注文から良くぞここまでの物を作り上げた、というのが正直な所だ。
はっきり言って、これに文句をつけたらばちが当たるだろう。
「はい。豊かで素晴らしい街が出来ました。それ故に心配する必要が無かった問題が……」
「既に、嗅ぎ付けられたのか!?」
「……その通りです。正確に言えば"レキの奥地に理想郷がある"との噂が立ち始めました」
「人の噂に戸は立てられない、か」
そも、この街に住まう人間の殆どはトレイディアに夢を持って出てきて、
その夢をさんざんに打ち砕かれた者達だ。
あの聖俗戦争での犠牲に対するせめてもの償いだったと思うが、
俺はトレイディアから放り出された"スラム街連中の受け入れ場所を用意しておけ”と命じた。
要するに……俺が引き入れたようなもんだな。
そして、新天地を得た彼等はどう思うだろう?
新しい家と職。少なくとも商都のスラムで暮らしていたときとは天地ほどの差が出るというもの。
ならば当然次は、その成功を誰かに伝えたいと思うだろう。
「……暮らし向きが良くなった人間が家族を呼んだり、手紙を出したりしていまして」
「止めなかったのか?」
「止めるも何も"レキの新しい街に行く"と、ここに来る前に手紙を出されていました」
「ひとつ何かあったら、後はなし崩しか……」
"アイツは良くて俺は駄目か?"
そう言う小さな出来事が怨み真髄の理由になる事もある。
……家族を呼ぶのも手紙を出すのも、規制するには限界があったろうしな。
なにせ、俺からの命令は端的に言えば"彼等を受け入れろ"だった訳だし。
排除できない以上、何らかの妥協は必要だったに違いない。
……何度も言うが、ここの事を気にかけていなかったことが悔やまれる。
「そうか。ホルスは良くやってくれたよ。ありがとうな」
「……いえ。秘密の隠れ家が秘密でなくなってしまい、申し訳ありません」
まあ、人類に逃げ場無しもたまには良いだろう。
……取り合えず、今後の情報規制は俺が憎まれてでも何とかするとして。
「それで、一つ疑問がある。……何故サンドールの属国になるという選択を?」
「現状、我が国を認め得る国家は彼の国のみ。……マナリアは内戦中ですしね」
……消去法かよ。
「そして、この街へ続く道はサンドールから続く東向きの道しかありません」
「逆に言えば西への道を作っちまったのか!?」
おいおい、それじゃあ防衛計画自体が破綻してるぞ!?
四方の何処からも攻め辛いのがこの荒野の魅力だろうに。
と言うか最初からサンドール経由で入れば……ああ、どちらにせよ俺自身が入れないか。
幾ら大公とか言われても、現状あの国に入るのはやっぱ危険だよなぁ。
「しかし、別に属国化する事は無かったと思うが……いや、現状では守る戦力が無いか」
「そうです。それに万一の時、宗主国の武力を期待できますし」
……理解した。
現状では他国がここに攻め入るにはサンドール領内を通過する必要がある。
つまりだ。
「要するに、あの国を盾にする気か?」
「はい。そして暫くこのレキの街で時間を稼ぎます」
「稼いでどうするんだ」
「既にアリサ様と相談して、勝手ではありますが真の首都を極秘に建設中です」
「この街自体が捨て駒!?ああ、道理で攻め込まれる事前提の街造りしてた訳か」
流石にアリサは考える事がぶっ飛んでるなぁ。
まあ、俺の発想を真似したとか言われたら元も子もないが。
……それはさておき。
「ともかく、この冠を被った以上今更逃げも出来まい?」
「名目上の主でさえ居ていただけるなら行動は何処までも自由ですが……私としては」
「皆まで言うな。俺だって無責任な馬鹿君主なんぞになりたくは無い」
「……では?」
そこまで話した時点でホルスの執務室の前にたどり着いた。
……下の階からは、今も歓声が鳴り止まずに居る。
「これだけ期待されてるんだ。逃げるのは失敗してからでも良いだろう?」
「……はっ」
こうして、俺は"レキ大公国・大公"の称号を手にする事となる。
……何と言うか、まあ……。
今までの因果応報とは言え、面倒くさい事を引き受ける事になったもんだと思う。
暮らし向きの向上と言う点ではカルーマ総帥の時点で大陸最高クラスだった。
ここから先は、ただただ責任だけが増えて行く事になるのだろう。
……そこはかとない不安を覚えつつホルスの部屋に入った俺を待っていたもの、それは。
「今日から、あたしもお姫様だよー。ばんざーい」
「おどるです、それそれ」
「あ、それ、それ、それ、であります」
「それが本音かアリサ!」
「ぷぎゃ」
阿呆な事をのたまいつつ踊る、
自慢?の妹の姿だったり。
……とりあえずゲンコツ降らしておいた。
***建国シナリオ2 完***
続く