幻想立志転生伝
39
***魔法王国シナリオ8 祭の終わり***
~夜空の復活祭~
≪side カルマ≫
俺、リチャードさん、そしてレン。
それに数名のマナリア警備兵が王宮地下を進んでいた。
そう、数名だ。
既に何人もの勇者達が俺達を先に進ませる為に殿を勤め……恐らくは散っていった。
そう、勇者だ。
さっき俺達を無視しつつ追い抜いていった勇者様なんかより、
ずっと彼等の方が勇者に相応しいと思う。
……と言うかマナさん。
義理の息子、及び甥を無視して行く、ってのは大人としてどうかと思うんだが。
まあいい、流石のあの人もきっと今回ばかりは事態の収拾に動いてるんだろうしな。
何もしないよりはきっとマシ……。
「いや待て!あの人に善意で動かれちゃ困るぞ!?」
「そう言えばそうだ!皆、少し急ぐよ!?」
「「ここは我々が防ぎます、皆さんは先に進んでください!」」
また二人、決死の覚悟の兵がその場に残った。
俺達は兎に角先に進む。それしかない。
魔王の呪いは今も健在である。故にマナさんを放って置く訳にも行かない。
……それに滅茶苦茶強いしなぁ。
まるで息をするかのように骸骨軍団を蹴散らしていったし。
ちょっと様子がおかしい気もするが、合流できれば今回に限り心強い、と思う。
「……あれぇ?でもマナ様あんな所に居るわよぉ」
「本当だ。随分急いでいたように見えたが、あんな所で何をしているんだろうね」
「ともかく急ぐぞ!後ろから骨連中がまた来たぞ!」
地下とは思えないほど明るい通路を俺達は走る。
目的地は更に先……吹き抜けのようになっている広間だ。
そこの奥にマナさんの姿が見える。
そう言えば……何か、よく見ると明かりが電球のような気もしないでも無いが、
これも魔法か?それとも……。
だが、そんな考えはたどり着くと同時に消えて無くなる事となる。
『勇者マナ、だと……この忙しい時に』
ちょ!スケイル!?
何やってんのこんな所で!
……いやいや、地下から侵入してる訳だからここで鉢合わせしててもおかしくは無い。
ただ、タイミングが悪かっただけだろう。
周囲ではオーク達が骨と戦ったり逃げ出したりしている。
督戦の真っ最中に勇者と出くわしてしまった、それだけだ。
ただ、この場にはマナリアの兵やリチャードさんも居る。
最悪の場合俺自身もスケイルと戦わなくてはいけなくなるかも知れないが。
さてどうするか?
「殿下ぁ、魔物が進入してますねぇ」
「そうだね……よし、マナ様と合流して先に進もうか。その方が安心だ」
いやいやいやいや!
リチャードさん、それはマズイ。と言うかスケイルは敵では……。
駄目だ駄目だ!
ここで関係を明かしたら下手すると俺が人類の敵扱いされかねん!
……くっ、とは言え味方を見捨てるような真似をしろというのか?
「いいえ?ここはマナ様にお任せして先に進むべきねぇ」
「何故だい、レンちゃん」
「呪いがありますからぁ。一緒に行ったら庇われる度に死人が出るわぁ」
「よし、ここはマナ様に任せ僕らは先を急ごう!」
おお!
何だか判らんがレン、実にグッジョブ!
思えばその通りなんだよな。
あの人の善意は周囲への被害として現れる。
危ない、助ける、逆に死ぬ、の三段論法がありえてしまうのが恐ろしい。
……遠くで暴れててもらうのが一番って事だな。
「よし、じゃあ走るぞ!魔物なんかに構ってる暇は無い!」
さり気なく無視するべきと回りに言う事でスケイルへの援護もしつつ、
魔物達とマナさんによってある種の"骨密度"が薄くなった地下通路を走っていく。
……死ぬなよスケイル。
なにせ、お前にはまだ一度も勝てて無いんだからな。
……。
さて、走り続ける事一時間。
ようやく地下水脈の入り口、王家専用の脱出経路までやって来た。
……同時にここはスケイル達の侵入口でもあった訳だが、まあ知らぬが仏。
それに流石にここまでは骨軍団も居ない。
どうにか落ち着いて脱出できそうだった。
「ふう、何とかなるものだね……一時はどうなるかと思ったよ」
「けど……兄貴や公は大丈夫かな。まあ簡単にくたばるような人達じゃないが」
「そんな事よりぃ。ボート、見つけたわよぉ?」
……水路入り口の程近くにそのボートはあった。
だが小さい。
何とも見事なまでに二人乗り。
一人はリチャードさんで決定として……。
「ではレインフィールド様、殿下をよろしくお願いします」
「ご無事で」
「……あー、なんていうかぁ、そのぉ……」
俺が乗る余地、NEEEEEEEEEEっ!
「さあ、急いで……」
「もうじきまたあの骸骨どもがやって来ます!」
「すまない皆……特にカルマ君、君にはすまないと思っている。……さあ行こうレンちゃん」
「え?え?あ。ああ、そうねぇ、そうなっちゃうわよねぇ……どうしよ」
ああ、そりゃそうだよな。
お貴族様二人が乗る事になるのはもうどう考えても決定事項だよな!
あー、ここまで来ておいて完全なる死亡フラグキタコレ!
「さて、近衛殿。後は出来る限りあの骸骨どもを蹴散らして散るとしましょうか」
「殿下にレインフィールドのお嬢様……最後のご奉公としては十分すぎる相手でしたな」
どうしよう、なんて笑顔だ。
泣きそうな、満足そうな。
何ていうか、こう極限まで達観してるというか。
……流石、こんな生きて帰れる確立0%な任務に粛々と赴けるだけの事はあるな。
けどな、悪いが俺は生き残る気なんだ。
悪いがここで死ぬわけには行かない。
……ボートに乗って地下水路の奥へと消えていく二人を確認した後、
俺はこの場に俺以外で残っている生き残り兵士二人に向かって言う。
「……俺は諦める気は無いぞ」
「それは一体どういう意味ですかな」
「その意気たるは良し。されども……ん?」
その時、周囲に振動が走る。
轟音が何処とも無く轟き、周囲の壁に光の帯が走る。
……何だ?
「……あちらの部屋からのようだが」
「行ってみましょう。どうせ死ぬだけの身、何も恐れるには値しますまい」
「そうだな。それと俺はまだ諦めちゃ居ないからな……」
急いで道を戻ると、そう遠く無い所に隠し扉が開いていた。
幸い近くの骸骨達は既に全て破壊されていたようで、
特に危険な事も無く俺達はそこまで辿り付く。
中を覗き込むと、そこには……。
「マナ様……この振動はマナ様の魔法だったのか?」
「巨大な魔方陣ですな。一体何をする為のものなのか」
巨大な魔方陣が煌くばかりの輝きを放つ。ただし断続的に。
……まるで切れかけた蛍光灯のようだ。
その中央に佇む人影は、まさしくマナさんその人。
ぼんやりとした目で何処とも無い方向を眺めながら立ち尽くしている。
「マナ様がこの状況を何とかしてくださるのだろうか」
「うむ。恐らくそうであろう。腐っても王族なのだからな」
そう言いながら生き残り兵士二人が部屋の中に入って行く。
「近衛殿も急いで。中から扉を閉めれば骸骨どもも追っては来れまい」
「それもそうだなっ、と」
『いかん!その部屋から離れるのだ!』
「……くっ、先ほどの魔物!追って来たぞ!?急いで駆け込め!」
スケイル!?
「俺は残って相手をする!二人は先に行ってくれ!」
「……承知した!」
「マナ様を連れて直ぐ戻るゆえ、それまで何とか保たせてくれ!」
広間の中央に向かって二人は走っていく。
ある程度の距離が離れた事を見て取って、俺はスケイルに向き直った。
「……どういう事だ?部屋から離れろって」
『まあ、見ていれば判る……あの部屋に骨どもが一体も居ない事、おかしいと思わんか?』
ん?マナさんに吹っ飛ばされた、もしくは元から部屋の中には居なかった。
じゃないのか?
「マナ様!先ほどの魔物が」
「近衛殿をお救い頂きたく……む?」
「…………」
「マナ様?いかがなされましたか?」
「気を、失っておられ、グッ!?」
その異変に気づいた時は既に遅かった。
兵士二人が突然膝から崩れ落ちると、そのまま肉体が弾け飛ぶ。
……俺はその光景を見た事がある。見た事があるぞ!
「魔力を抽出されたのか!?」
『骨どもが部屋に入った所、直ぐに砕けた……それがこの辺りに奴等が居ない理由だ』
マナさんにやられたのだろう。
砕かれて力なく垂れた右腕を庇い、片足を軽く引きずりつつ、
壁を杖代わりに、這うようにこちらにやって来るスケイル。
しかしまあ……よく、勇者相手で魔物が生きて帰れたもんだ。
『無様ではあるが、最後に生きていたものが勝者なのだ。カルマよ、お前も肝に命じておけ』
「知ってるさ、そんな事は……それにしてもどうするべきかな、これは」
未だに魔方陣中央で立ち尽くしているマナさん。
だが、放って置いて良い状況ではない。
……今あの人が生きているのは、まだ魔力が吸い取られきっていないからに他ならない。
魔力が尽きた時、マナさんの体が砕かれない保証は無い、というか確実に砕かれるだろう。
「……宰相だな、こんな事をするのは」
『思えば態度も人形のようだった。あの勇者マナと言う娘は確か底抜けに明るかった筈だが』
怪しいな。
と言うか、このままだと何処かのタイミングで宰相がやって来て、
新魔法作成とかいう事になるのだろう。
……魔法の造り方は知りたいが、魔力を封じられた今の俺にそんな博打をする余裕は無い。
「なら。あの魔方陣潰しておくべきか」
『違いない。ならば我が竜殺しの爪で陣を引き裂いておこう』
竜殺しの爪?
ああ、だから竜殺爪のスケイル、な訳か。
成る程、魔力を引き裂く効果を持つ爪なら竜殺しの爪と言える。
……もしかして、剣を持たない方が強いのかコイツ?
『言いたい事は判る。確かに俺の真価を発揮できるのは素手の時だ』
「やっぱりかよ……」
軽く笑いながら今まで持っていたミスリル銀の曲刀を俺に放って寄越す。
……正直、魔剣の業にも疲れて来たところだ。
丁度良いから暫く使わせてもらおう。
さて、それじゃあ魔法陣の淵にでも近づいて、と。
『……好機なり』
ん?何か言ったかスケイル?
何か不審な台詞が聞こえた気がするんだが。
……はっ、まさか他の魔物の敵討ちとか言ってマナさんを殺す気か!?
「すまんがマナさんの事は諦めてくれ。一応義理の母親なんでな」
『何の話だ!?俺が戦えない相手を殺すとでも……待て、お前の体内から聞こえた声は誰だ?』
え?
『術式形成を宣言!新規術式"召喚・炎の吐息"を設定』
「な、何事だ!?」
『該当魔方陣より魔力供給開始。安全装置設定……暗号壱、設定終了。暗号弐……設定せず』
『カルマよ!お前の中に何かが居るぞ!?』
な、何が起こってるんだ!?
誰か居るって、誰だよ!
『効果設定……完了。消費魔力など各種使用制限を計算……完了』
「だ、誰だ!?お前は……いや、この声を俺は知ってる?」
『現象操作機構機動!術式形成…………よし、上手く行ったぞ』
『魔法の形成を行う、だと……何者だ?』
次の瞬間、魔方陣が一際強く輝いたと思うと、天高く光の帯が吸い込まれていく。
……俺にもわかる。新しい魔法が誕生したのだ。
記念すべき一瞬であり、魔法の作り方を理解したという意味では狂喜乱舞すべきなのだろう。
だが、そうするには少しばかり不安が大きすぎる。
『さて、始めるか』
「……ま、待て、何をする気だ!?」
『……召喚・炎の吐息(コール・ファイブレス)』
……ファイブレス、だと!?
次の瞬間、俺の中から何かが飛び出してくる。
肉体が傷つく訳ではない。
だが、それと共に俺の中から魔力が持っていかれる。
……っ、目が回る!?
そう、これ以上少しでも魔力を使えば即座に気絶してしまいそうなほどに!
『ふははははは!我、復活せり!火竜ファイブレス、復活せり!』
「……そうか、竜は魔力の塊。そして魔剣スティールソードは……」
なんて事だ。
俺はどうやら、あの雪山での戦いの時に火竜の魔力を吸い取りすぎたようだ。
あの竜から吸い取った魔力と共に、人格をも吸い取ってしまったようだ。
恐らくあの時から、ずっと俺の中で潜伏していたのだろう。
そして、この千載一遇の機会に己を復活させる魔法を作り上げたと。
流石は魔法の制限者。並の人間より詳しいって訳かよ!
……魔方陣にはマナさんをはじめとして沢山の人から魔力が集められていたようだ。
その魔力をもって復活を目論んだというのか。
……結界山脈の火竜、ファイブレス!
……ふと気が付くと、俺達の眼前に何かの影が。
やられたな、まさかこんな裏技があるとは……ん?
『ふはははは!久々の実体だ……我が竜としての一生の内ほんの一瞬とは言え……長かったぞ!』
『嘘を付くな』
「……何故に馬?」
『ふははははは……うま?』
間の抜けた声を出し、目を下へと向けるファイブレス……を名乗る馬。
そう、そこに居たのは何処から見ても馬だった。
巨体の赤い体。赤兎馬か松風と比べられそうな頑強そうな馬体。
眼光も鋭く確かに凄まじい存在感だ。……馬としては。
ただ、何処からどう見てもその姿は竜には見えない。
『何故……何故だ、何故に我が姿は馬なのだ』
『……本当に彼の火竜なのか?』
「ああ。声からすると間違いないが……何故だ?」
不思議な事もあるもんだ。
ファイブレスの復活も凄いが、それが馬になってしまっているのもまた凄い。
「……魔力不足だよー」
ボコリと床の一部が抜け、そこからアリサが顔を出した。
見ると部屋の外からはアリシアとアリスが走り込んで来ている。
……今日はお供の蟻ん娘も居ないのに、良くここが判ったな?
「レンが離れちゃったから急いでこっちに来たんだよー」
「だいせいかい、です」
「壁に敵が埋まってたのは予想外。排除し続けて疲れたであります」
成る程ね。
ただ、子蟻も無しでレンが離れたのをどうやって知ったのか?等と言う疑問は残る。
……まあいい、俺が考えてどうなるもんでも無い。
今は心強い増援に感謝しておこう。
「さて、じゃあ教えてくれ。ファイブレスに何が起きたんだ?」
『我が身は一体どうなったというのか!?』
「要は、魔法作成には魔法陣の魔力を使ったけど、術の発動には少し足りなかったんだよー」
「……ああ、だから俺の魔力も持っていかれた訳か」
「そういう事ー。んで魔力の不足分を無意識に体のランクダウンをして補ったっぽいね」
『おかしい。この魔方陣は国の地下全体に張り巡らされているようだが?それでも足りぬとは』
「ああ、あたし等があちこちに穴掘ったせいで街中の魔方陣はズタボロだからねー」
「魔力の通る経路が寸断されてるであります」
「だから、ここのしか、うごかない、です」
『……う、うおおおおおおおおっ!?そんな馬鹿な事があってたまるかぁっ!?』
馬の姿のままドタッと倒れて目の幅の涙を流すファイブレス。
何と言うか……ご愁傷様。
「えーと。馬としては最高に素晴らしいぞ?」
『慰めになっておらぬわ人間!……おおおオオおおォ・・・・・・』
『竜ともあろう者が泣くな』
同じ鱗持ちとして情けなくなる気持ちは判らんでも無いが、
腹を蹴り飛ばすなよスケイル。
多分ありえない位落ち込んでるんだと思うから。
「何て言うか……まあそう落ち込むなファイブレス」
『これが落ち込まずに居られるか!?』
違いない。
人に換算すると、目が覚めたら小動物になっていたと言うくらいの衝撃の筈。
……敵ながら哀れすぎて泣けてくるな。
『……何と言う事だ。折角、世界をより不安定にしてまで復活を試みたというのに……』
「魔法の制限者が自分の為に魔法使って良いのかよ」
「それに、魔力が混じったから兄ちゃの下僕と化してるよー」
……はい?
『なん、だと?』
「下僕って……ファイブレスが、俺の?」
「そういう事。あたしと同じー♪」
「うにゃ、ちがうです。あたしたちは、むしろ……きせいちゅう、です」
「あたし等と違い、実体が無いでありますからね」
『その説明ならば俺にも理解できる。魔力を分け与えられた事により眷属となったか』
と言うか、アリサは俺の下僕か何かだったのか?
俺としては家族のつもりだったのだが。
……とか言ってる場合じゃないな。
「つまりだ。この馬は俺の馬と言う事でOK?」
「OKだよー」
『待て待て待て待てーっ!何故に我がこの人間の僕などにならねばならぬ!?』
『事実上の血の契約だ。主に逆らえば待っているのは破滅だぞ?』
「魔力の経路がにいちゃ→ファイブレスの順になってるでありますからね」
「にいちゃが、のぞんだら、まりょくの、きょうきゅう、とめられる、です」
『な、なんだとおおっ!?……いや、冷静に考えてみればそう言う事になってしまうのか……』
成る程な、ようやく俺にも判ったぞ。
今のファイブレスは"俺の使用している魔法"と言う扱いなのだ。
つまり、生殺与奪の権限を俺がもっている訳だな?
『止むをえん。貴様に従おう……ただし、魔法の濫用など仕出かそうものなら』
「しでかそうものなら?」
『命に代えてでも止めてみせる。一度弄られた自然現象を元に戻す手段は確立されておらぬ故』
「……おまえ自身が世界を捻じ曲げたばかりだろうに。偉そうに言うな」
あ、どよーんと黒雲を背中に背負った。
『そ、そうだったな。……助かりたいばかりにとんでもない事を。人間の事を笑えぬわ』
「……なあ、ファイブレス。魔法が増えすぎるとどう拙いんだ?」
この際なので前から気になっていた事を聞いてみる。
確かにやばそうな事は判るが、具体的にどうやばいのかはよく判っていないのだ。
『酷い気候変動が起きたり……現象操作された連鎖反応で、世の中の常識がおかしくなるのだ』
「……気候変動はともかく。常識がおかしくなる、って何だ?」
『そうだな……場合によっては水を火にかけると凍りつくようになる。などの可能性があり得る』
「お湯を沸かそうとすると凍ると言うのか!?」
『そうだ。因みにこれは対火炎用防御魔法が乱造された時、実際に起きた現象だ』
そうか、火を浴びても熱くない。と言う現象が数多用意された結果、
世界そのものに"炎=熱くない、もしくは冷たい"と言う常識が出来てしまった訳か。
例外が増えすぎるとそれが当然になってしまう。
……その結果、奇跡的なバランスで均衡が保たれている自然界がバランスを崩し、
最終的には無茶苦茶になってしまう。
何となく、古代文明が滅んだ理由が見えてきたな。
それがどんなに愚かしい事か判っても、棄てきれない便利さと言う物がある。
古代魔法文明の連中が"魔法の副作用"に気づいた時には既に手遅れだったのだろう。
……成る程、道理で魔法使用を制限するような代物を十重二十重に用意している訳だ。
『ともかく、魔法の使用はやむをえんが作成に関しては出来る限り自重するべきだ』
「まあ、直ぐにどうこうできる代物じゃないしな」
取り合えず、作り方が判った事は僥倖だ。
作る作らないは後で考えよう。
……そうだ。せっかく良い馬が手に入ったんだし、早速有効活用する事にしよう。
「取り合えず地上に上がる。そこで気絶してるマナさんを乗せて行ってくれ」
『ふむ、仕方ない。とりあえず承知した』
『露払いは俺に任せてくれればいい』
「あたしもなぎ倒すであります!」
「……でも、スケイルは、ちじょうのまえで、かえるです」
「上に軍隊が突入したっぽい。ホネホネが凄い勢いでバラバラになってるよー」
軍隊が?
流石に王都の危機に対しては動きが早いな。
まあ、突入のドサクサにまぎれて脱出するか。
宰相に見つかると色んな意味で厄介な事になりそうだしな。
じゃあ早速、
【……待て、そこの者達】
「ん?今度はなんだ?」
「念話(テレパシー)であります。それもかなり強力な奴」
「おくのへやから、です」
何とか一段落したと思ったら、今度は念話かよ?
……よく見れば更に奥へと続く扉がある。
誰か知らないがこの忙しい最中に、面倒を増やさないで欲しい物だが……。
【この牢獄に捕らわれ既に日時の感覚も無い。何とか余をこの中から解き放って欲しい、無論ただとは言わぬ、余が復権した暁には救い出した者達には相応の褒美を与えるだろう。急ぐのだ、正当な王位を継ぐものが居らずしてどうして国が治まろうか?安心せよ。既にあの悪宰相の命運は尽きたようだ。余を縛る魔力は既に無い。後はこの身を縛るこの氷の牢獄を砕きさえすれば余は再び自由となりこのマナリアの正当な王位継承者として建国王の寄り代では無く、このロンバルティア19世として国を順当に治める事となるであろう。つまり何が言いたいかというと簡潔に言えば余の体はこの魔力を帯びた氷の中で年老いる事も無く保管され続ける状態から再び蘇る事となる。だがその為にはこの牢獄から出なければならぬのだがその為には外部からの強い衝撃が居るにも拘らず余のこの身はその内部で眠り続けるしかない状態でありつまりはお前達の協力が必要と言う事になる。何、上司からそれは止められているだろうが心配など不要、余が実権を取り戻した暁には余を救った者達を悪いように扱う筈も無い、さあこの部屋に来るのだ。そしてこの牢獄を破壊するのだ。急げ時は無限にあるわけではない】
「五月蝿ぇええええええっ!」
「長っ、音量でかっ、態度もデカっ!……でも取り合えず行かないと五月蝿そうだよー」
「あたま、くらくら、です」
「取り合えずさっさと出してあげて、あたしらも帰るであります!」
【出してくれるのか?出してくれるのだな見事だ忠臣よ、さあ早くその扉を開け余の体を包むこの忌々しい氷の牢獄を破壊視するのだ。破壊出来ないほどに非力だと言うのなら近くにハンマーが落ちているからそれを使うことを推奨する。かつての五大公爵が一つ風のロストウィンディと余が共に戦って手痛い敗北を喫し余は拘束彼の家は断絶し四大公爵と化してから早幾年。余に味方する物など全く現れなかったがまだ運命は世を見捨てては居なかったと言う事か、いやこれはきっと必然でありここから余の新しい人生と治世が始まるその為にはまず余から王座を奪ったであろう名も知らぬ者より王座を奪い返し、いやその前に何よりそれよりこの氷を砕くのが先か】
「だから五月蝿ぇええええええっ!」
「急ぐであります!主にあたし等の精神的平穏の為であります!」
『俺は席を外した方が良さそうだな……先に撤退する』
脳内に大音量で響き渡る謎の声。
従うには怪しすぎたが頭に響く轟音は痛みにすら変わり、
ただ無視するにも苦痛が大きすぎた。
「くそっ、選択肢に"はい"しかない気分だ!」
「頭が割れるであります!」
「にゃー、うるさい、です」
次第に声は大きくなる。
……このままではいずれまともな思考も出来なくなるだろう。
仕方ない、もうどうにでもなれだ!
【ルーンハイムが余の軍勢に加わってさえくれればそもそも勝利できたのだ。さもなくばマナが加わってくれれば。奴等さえ居てくれればあの超長剣を振るう戦士が居ようとそれで勝敗は決していた筈。宰相に疎まれていた奴が何故向こう側に付いたかは知らぬ、いやマナが欲しかったのであろうな。余が捕らわれた報奨代わりに結ばれたのだと聞いているあの幼女趣味め当時のマナはおよそ12歳だぞ何を考えておるやらと言うかこの国には変人が多すぎるのだ、ああもう余が復権した暁にはそこら辺にもテコ入れを】
「ちょっとは黙れ!頭が割れる!」
扉を蹴破ったその先に見えたのは巨大な氷柱。
その中に静かに目を閉じる人影がある。
見た目の年の頃が15歳くらい。銀髪の女の子だ。
着ているのが装飾の施されたドレスなので、きっと身分ある人物なのだろう。
……しかし長い髪の毛だ。足首まであるんじゃないのかこれ。
【そうだ、それが余である。余こそロンバルティアXIX=グラン=マナリア】
「……ロンバルティア19世!?」
【最早時を数え忘れるほどの時間をこの地下で過ごして来た者だ】
「そう言えば聞いたことがあるな……20年ほど昔、王族の反乱があったとか」
【そうだ。それは余が宰相より自由を手にする為の革命だった】
兄貴が世に出るきっかけとなったとか言う王家の内乱。
その首謀者と言う訳か。
……こんな所でとっ捕まってたとは。
【さあ、余を開放するのだ】
「仕方ない。よし行けアリス!」
「すこーっぷ!」
いい加減厄介事にも飽き飽きなのでアリスを持ち上げぶん投げる。
向こうも以心伝心に慣れたもので、既にスコップを構えていた。
空中を突進する蟻ん娘ロケット。その直撃により分厚い氷にひびが入る。
うん、コレで良い。
これなら後は数分以内にアリスが氷を破壊してくれる事だろう。
「じゃあ俺達はこれで……アリス、後は頼んだ」
「頼まれたであります!」
終わったら逃げる気全開のアリスを残し、俺達は総員戦略的撤退を開始。
何か言われるたびにろくでも無い事が起きるならその前に逃げ出してしまえという訳だな。
上に残した兄貴達も心配だしな。
あの宰相から逃げ切れるかは微妙だが、放ってもおけまい?
せめて向こうも逃がす算段くらい組まないと。
「よし、上に出るぞ……悪いが俺はあまり戦えん、すまないがフォロー頼む」
『ふんっ、馬と成り果てても本質は竜。我が背に乗っている限り負けは無い!』
「委細承知だよー。にいちゃはおばちゃんを落とさないようにだけしておけー」
「ぜんりょくで、いくです」
「あたしにお任せであります!」
「おくすり、もってきたです」
「うしろのけいかいは、あたしがやる、です」
「使い込まれたスコップの恐ろしさをホネ共に味あわせるであります!」
「あたしたちに全てお任せであります!」
「おべんとう、おまちどうさま、です」
なんとも頼もしい妹達+1の声。
……あれ?
何か違和感があるんだけど……まあいいか。
「アリサ、アリシア、アリス……続け!」
「「「「「「「「「「おーっ!」」」」」」」」」」
「竜馬ファイブレス、お前の初陣だ!派手に行くぞ!」
『ふん、竜馬か。思ったより悪くは無い呼び名だな……まあいい、お前は背中で見ていろ!』
宰相の呼び出した骨の兵団は、本日の死者すら取り込んで更にその数を増やしていた。
既に宰相の指揮下ですらないのだろう。
まるで本能のままにこちらに向かって……、
『退け、踏み潰すぞ』
ファイブレスの突進で次々と破壊されていく。
凄ぇ、腐っても竜は竜と言う事か!
……これは予定変更だ。
これだけの力があれば再突入できるじゃないか!?
「目標変更。謁見の間だ……続け!」
「兄ちゃ!了解だよー」
「「「「「「「「「「わかった、です!」」」」」」」」」」
「「「「「「「「「「はいであります!」」」」」」」」」」
……。
そして、数多のスケルトン軍団を屠りながらたどり着いたその先。
再びやって来た謁見の間において、俺は、絶句する事になる。
「あは、カルマ君……見てよ。僕、頑張ったんだから……」
「アルシェ……その傷は……」
夜の帳は下りた。月明かりバックに、壁に背を預け座り込むアルシェ。
片腕は折れ、ふくらはぎには食いちぎられたような跡がある。
全身には大小の痣だらけ。
そして、周囲を囲むように広がる血溜まり。
……端的に言えば、致命傷だ。
いや、むしろ健闘した方なのだろう。
刃物は通さないものの衝撃には弱い魔法のレッドコート。
たった一人でこの大軍を相手にする為の守りとしては少々役不足だ。
「あはは、詰めが甘かったよ……骨軍団、じ、術者無しで動き続けるなんて、反則だよね?」
「馬鹿野郎……どうしてそんなになるまで逃げなかったんだよ……」
「んー、むしろ逃げる場所が無かった、かな?でも、良かった。最後にカルマ君に会えてさ」
「何言ってるんだよ!?」
無事な利き腕が力無く俺を呼ぶ。
ファイブレスから飛び降りて駆け寄るが……駄目だ、手の施しようが無い。
せめて魔法が使えれば、と思った矢先に鼻先に差し出された鍵が一つ。
「これ……あの宰相が持っていた鍵だよ。多分コレが……げほっ」
「喋るな!今治してやる、なあに魔法さえ使えればすぐに治癒を使ってやるさ」
忌々しい首枷の鍵穴に受け取った鍵をはめ込み……はめ込み……。
くそっ、急いでいるせいか上手くはまらない!
「アリサ、頼む!」
「にいちゃ……違う!その鍵違うであります!?」
「兄ちゃ!魔封環の鍵じゃないよこれ!」
……なん、だと?
この期に、この期に及んでか!?
「あはは、ごめん、ね……しくじっちゃった、な」
「喋るなアルシェ!」
「小さい頃から、何度も助けてもらって……ようやく一つ返せると思ったのになぁ」
「おいおい、そんなに長く一緒に居た訳でも無いし、助けたのは最近だろう!?何を言ってる?」
まずい、ぞ。
コレは本格的にヤバイ。
……顔から生気が消えかけてる。
『痛みは失われ再生の時を迎えん事を祈る。砕けた肉体よ再び元へ。発動せよ治癒の力!』
「はぁ、はぁ。無理、しなくて良いよ?」
ここで無理せず何処で無理をしろって言うんだ!?
俺の封印を解く為にここまで無理させて。どう詫びろと?
……しかし、一回の治癒如きでは集中豪雨に土嚢一個を放り込むようなもの。
生き永らえさせるだけで長時間連続使用の必要があるが……。
「……いちゃ!兄ちゃ!意識飛んでる!」
「ねちゃだめ、です!」
「アリス!れいのもの、まだ、です?」
「うわーーーん!屋敷に泥棒が入ったであります!」
「魔王の蜂蜜種、盗まれてるであります!」
「とりもどせない、ですか?」
「相手があのブラッド司祭であります!」
「がたがたぶるぶる。てむかうと、ころされる、です」
「どろぼうが、ひゃくにんも、いたです」
「あ、あれはむしろ軍隊であります」
「あたしらの情報を渡す事だけは出来なかったでありますよ!」
「……アルシェねえちゃが危ないと判ってさえ居れば非常手段も取れたでありますが!」
くそっ、目が霞む。
アリシアやアリスの姿が凄い勢いでぶれている。
だが、ここで治癒を止めたらアルシェが!
「もう、いいよ?僕の為に無理……しなくても、いい、んだよ……?」
「何で、何で逃げなかった!?宰相を討ち取れたんだったら逃げる事も出来たんじゃないか?」
アルシェが微笑んだ。
けど、笑みに力が無い。
……何と言うか、これが透明な笑みって奴なのか?
痛々しくて、見ていられない。
「最初なら、逃げられた……と思う。けどね、どうしても……カルマ君の、役に……」
「そこまでする義理は無いだろうに!?」
不意に……鉄の味がした。
「……好きだよ。多分子供の頃から。きっと。ずっと」
「おい、おい……このタイミングでの告白とか。ありえないだろ常識的に?」
ファーストキスは、血の味でした、てか?
お約束過ぎて泣けてくるんだけど、本気で。
冗談じゃないぞ?ここまでされて好意を抱かない奴は居ないだろ!?
それなのに、いきなりお別れとか……。
『痛みは失われ再生の時を迎えん事を祈る。砕けた肉体よ再び元へ。発動せよ治癒の力!』
『痛みは失われ再生の時を迎えん事を祈る。砕けた肉体よ再び元へ。発動せよ治癒の力!』
『痛みは失われ再生の時を迎えん事を祈る。砕けた肉体よ再び元へ。発動せ……』
認めるかよ!
俺に惚れたって言うなら一緒に居ろよ!
勝手にどこか行くんじゃ……。
「にいちゃ!?顔が真っ青通り越して真っ白であります!」
「しんじゃ、や、です!」
「兄ちゃ!落ち着いて!兄ちゃは半魔法生命体だから使いすぎると気絶じゃ済まないよ!?」
『おい!折角蘇ったというのに我が身も滅びろと言うのか!?止めよ!』
外野が、五月蝿い、な……。
けど、ここで、やめたら、きっと、いっしょう、こうかい、する。
だから……!
「後は私がやる」
何時か感じた暖かい感触。
……何故だろう。とても安心する。
「アルシェは死なせない」
「姉ちゃだ!ルン姉ちゃ!兄ちゃとアルシェ姉ちゃを助けて!」
『痛みは失われ再生の時を迎えん事を祈る。砕けた肉体よ再び元へ。発動せよ治癒の力!』
「ルンねえちゃ!」
「にいちゃ!ねえちゃ来たであります!」
「もういいから!もういいから兄ちゃ!休んでいいから!?」
ああ、そうか……。
じゃあ、やすませてもらうか、な。
……。
≪side ルン≫
行軍を続け、軍が王宮前まで辿り付いていた。そして始まる死闘。
既に戦いは数時間に及び、太陽はとうの昔に山の陰に隠れてしまっている。
……腕の中に居るアリシアちゃんが突然騒ぎ出した。
「ねえちゃ!ねえちゃ!にいちゃ、あぶない、です!」
「……詳しく教えて」
この子達の虫の知らせは本当に精度が高い。
アリシアちゃんがこうだと言えばそれは事実なのだ。
……その力は主に先生の危機に際して発動されるように思う。
故に、今回のこれも事実なのだろう。
だが、その知らせに取り乱してはいけない。
何故ならこの子達の虫の知らせは出来うる限り慎重かつ迅速に行動をすれば、
何とか間に合う状態で私の元に届くからだ。
……もしくは間に合わなくなりそうだから知らせているのかも知れないが。
まあ、何にしてもやる事は一つ。
「先生が危ないなら私が何とかする……詳細を」
「アルシェねえちゃ、しにそう!にいちゃ、まりょくぎれ、でも!ちゆ!つかってる!です!」
「……おちついて」
「はい、です。いそいで、えっけんのま、いくです、ルンねえちゃなら、たすけられる、です」
……成る程、理解した。
先生が魔力を封じられているのは知っている。
魔力の備蓄が無い状態で、治癒の魔法を使い続けているのだろう。
……気絶しかねない魔力枯渇状態で更に魔法を使用し続けていた事例に関する報告書は無い。
何故ならその域に陥るまで意識を保ち続け、詠唱を続けられた例は無いからだ。
だが、もし、その域に達してしまったとしたら?
……考えるだけで恐ろしい。
何が起こるかわからないという事は、当然その対処法も確立されていないという事。
先生をそんな状態に持って行かせる訳には行かない!
「爺、私は謁見の間に急ぐ。……ここは任せる」
「左様ですか。お嬢様もお気を付けて」
馬から飛び降り"強力"を唱える。
私は非力だ。そのせいか強力の効果は薄い。だが、脚力だけは話が別だ。
……元から走るのにだけは自信があった。きっと、強力は割合で強化されるのだろう。
よって私の場合、強力は急ぎの時に脚力を強化する事のみに使う事としている。
「ねえちゃ、あたしもついてく、です!」
「無理。危ない。そもそも付いて来れない」
そう言って私は外壁に昔打ち込んでおいたU字型のくさびを伝い、外壁から城を上っていく。
……子供の頃から何処に行っても奇異の目でしか見られない私は、
こう言う誰にも知られない抜け道ばかりよく知るようになっていた。
だが、まさかこんな形で役立つ時が来ようとは。
屋根を伝い、外壁の縁を進む。
強化された脚力は垂直の壁を左右に蹴りつつ直上に上がるという荒業まで可能にしてくれた。
……コレなら謁見の間までだってすぐに行ける!
「ねえちゃ、はやい、です」
アリシアちゃんが付いてきている。
正直ここまで付いてこれるとは思わなかったが、流石は先生の妹。
もうここまで来た以上、今更帰すのは更に危険。
ひょいと抱きかかえて、数年前に垂らしておいた鎖の梯子を上っていく。
……先生、待ってて……。
……。
そして、換気用の穴から侵入し、陛下の為の隠し部屋と思われる一室に侵入。
ここから先は流石に危ないのでアリシアちゃんをそこに置き、
そこから陛下の寝室を経由して謁見の間に駆け込む。
……そこで私が見たものは、
「にいちゃ!?顔が真っ青通り越して真っ白であります!」
「しんじゃ、や、です!」
「兄ちゃ!落ち着いて!兄ちゃは半魔法生命体だから使いすぎると気絶じゃ済まないよ!?」
「ブルルルルルルルッ!」
顔面蒼白で詠唱を続ける最愛の人の姿だった。
周囲ではアリシアちゃん達が慌てて止めようとしているが……先生があんな事で止まる?
私はそう思わない。
近しい人には基本的に甘いのが先生なのだ。
何故なら、きっと。本当は誰にも嫌われたく無いのだろうから。
……傍から見れば強い人に見える。
けれどよく見れば一皮剥けばとても脆い内面を持つのに気付くだろう。
自分の事を悪党だと自嘲気味に呟いているのを聞いた事もある。
でもそれは、逆に言えば出来れば善人でありたいと言う心のあらわれ。
自分でも気が付いていないかも知れない。
善人で居たいけど、それではやっていけないから汚い事に手を染めて。
けれどそれを認めたら心が壊れてしまうから、納得する為に自分の事を悪人だと思い込んで。
自分を騙す為の嘘を何重にも重ねて生きているただの人……それが先生なんだと思う。
聖俗戦争初頭のあの日。
トレイディアの城門の外で引きつった笑みを浮かべ手を振るわせる先生を見た時、私は直感した。
あの人も本当は何処にでも居る……ただの人なのだと。
ただ、どういう訳かやせ我慢が異常に上手いだけ。
そう思った瞬間、思わず口を開いていた。
……泣かないで。
私は確かにそう言ったのだ。
そして私は先生の心が被った仮面の隙間から、本当の先生を垣間見る事に成功した。
……背中を電流のように走る歓喜。
外れかかった心の仮面に更なる衝撃を与えるべく私は先生を抱き締める。
……大声で泣き出す先生を抱き止めながら、
私は大切な人の一番脆い部分を手中にした喜びで内心踊りださんばかりだった……。
そして、暫しの別れ。
戻ってきた祖国はやはり私には厳しくて。
……けれど、あの人は来てくれた。
私が掴んでいる心の何倍も私の心を捕まえているあの人は、
まるで全てを知っているかのように、私の前に現れたのだ。
手紙が届いた時、私がどれだけ嬉しかったか……恐らく誰も理解できないと思う。
そんな先生が、心底嘆いている。
アルシェの為に命がけで術を唱え続けている。
……私はどうすべきか?
「後は私がやる」
そんな事聞くまでも無い。
先生のやりたい事をそのまま肯定するのが私の役目。
それに、万一このままアルシェが死んでしまったら先生の心の大部分を持って行かれてしまう。
それはずるい。
……そんな風に考えてしまう私だからこそ、近くに普通の感性を持つ人が居なくてはならない。
だから。
「アルシェは死なせない」
先生を安心させるべく一度抱きしめるとアルシェのほうへ向かう。
こんな所で勝ち逃げをさせる訳にはいかない。
……それに、アルシェは……友達だから!
……。
≪side ルーンハイム12世≫
……地の底から無理やり引き上げられたような浮遊感。
良く状況がつかめないため、周囲を見渡すも……視界がおかしい。
「これは、片目が潰されているのであるか」
「フヒヒヒ……どうやら目が覚めましたな公?フャハハハハ!」
耳障りの悪い笑い声が馬車の中に響く。そう、ここは馬車の中だ。
横に居るのは顔色の悪いやせぎすの男。僧服を着ているという事は聖職者だろうか?
……思い出した。神聖教会の異端審問官、ブラッド司祭だ。
確か今はサクリフェスとか言う都市国家を建設中の筈だったが、何故我の所にいるのだろう。
「ヒヒッ……故あってマナリアまで行ったんですが、帰りに貴方がたを拾いまして、ククク」
「助けてもらった訳か。正直宰相の魔法を食らった時は死んだかと思ったのであるが」
「当然死んでいるぞ。ルーンハイムよ、久しいな。余の声を忘れたか?忘れる訳もあるまい。それにしても相変わらずダンディだな、口ひげが良く似合っている、それと男なのだからもう少し髪を短く切り揃えても良いのではないか?肩に届くほど伸ばす必要も無いだろうに。しかし痩せたな、あまり良い物を食って居るまい……まあ今後は関係ないが」
「その足元まで届く銀髪……まさかティア様か!?」
20年前に処刑された筈の方だ。
何故こんな所に居ると言うのか……いや待て。
「我は死んでいるといったな。と言う事はここは冥府か?」
「クククククク……現世です。まあ鏡を見れば良いですよ……ククク……アーッハッハッハ!」
差し出された鏡を覗き込む。
……そこには片目が顔から飛び出、あちこちから骨の覗くアンデットの姿。
「……我は不死者と化したのか!?」
「ケケケケ!そのようですね……アハ、アハ、アハ!」
「済まぬな。謁見の間の直下辺りの庭にお前が落ちていたゆえ、余を迎えに来たと言うこやつ等に回復術の使用を命じたのだが……丁度生死の境であったらしい。そんな事が起こり得るのかと言う疑問はあるが、まあなってしまったものは仕方あるまい。それにしても良く余の存在を知っていたものだなこやつ等は。兎も角これよりこやつ等の街とやらに行く事になった。お前も同行せよ、良いなルーンハイム?なに、一年以内に国には戻れるさ、こやつ等は余に正当な王位を取り戻す手伝いをしてくれると言っておる。その暁にはこやつ等の教義を再びマナリアに流行らせるとの事だ。善意なぞよりずっと信頼できる動機だと思わぬか?」
……相変わらずの早口言葉である。
だが、取り合えずこの方が王都の何処かに捕らわれていたのであろう事は理解した。
まさかあの宰相が反乱を起こした者を生かしておくとはおもわなんだが……事実は事実。
「この姿で家族の元に戻る訳にも行かぬか……承知した」
「うむ、マナには後で手紙でも出せばよいであろう。心配するな、お前の家族にまで危害を加える事はせん。では早速参ろうか。向こうに着いたら余に味方するように促す密書を各家に届けねばならぬ。ルーンハイム家にはお前から余に付くよう命令書を送るのだ、良いな?さて、忙しくなるぞ20年ぶりの書類仕事だ。先ずは文官を集める所から始めねばならぬし……」
……宰相の次は王位継承権を巡る争いか。
暫くは暗闘が続くのであろうが……いずれは本格的な武装闘争に発展するのであろう。
我はいかにすべきか?
既にこの身は死んでいるらしい。
だとしたら……。
ん?ブラッド司祭、何用か?
「ヘヘヘヘヘ……時に公、貴方の屋敷からコレを持ち出させて頂きましたよ、ウフフフフフ」
「魔王の蜂蜜酒?教会が盗賊まがいの事をするか!?」
「ヒャハハハハ!貴方の許可が下りれば良いんですよ?別に構わないでしょう?アハハハハ!」
「……好きにせよ。どうせ最早我に行動の自由など無いのであろう?」
「クヒャ!判りますか?賢い方で助かります!アヒャヒャヒャ!」
そうだ。どう取り繕おうがこの身は不死者と化した。
その存在が広く知られていた宰相でさえ、あまり公的な式典には参加していなかったというのに、
我がどうして表に出られようか?
それにこうなってしまった以上、魔力を定期的に補充せねば存在できまい。
強奪など論外である以上……既に我が行動の自由はこの男達に握られているのだ。
向こうは我が意思を尊重しているように見えるが、その実は決定事項の押し付けでしかない。
だがこのまま滅び、この意思を手放す訳にも行かない。
自我を失おうがこやつ等は我が姿を存分に利用し尽くすだろう。
……マナよ、娘よ。そして義息よ……。
我は暫しこやつ等と共に行く。
……滅ぶべき時と、場所を探しに。
「フフフフフ……これがあれば枢機卿も完全復活できますね…・・・フヒッ、ヒヘヘヘヘへ!」
「大司教クロスの妹か。確か"蘇生"のスペルをわざと減らして意識不明状態で命だけ助かる形の術式にしたとか言っておったな?……ところで大司教はどうしたのだ。いつの間にか妹に位階を追い抜かれておるが?そも、クロスが目を覚ました後で後処理をしてやればよいだろうに?」
「ククク!どちらにせよこの酒は必須なのですよ。大量に口に含んで再詠唱です。フィヒヒヒ!」
「……足りぬ分の魔力をそれで無理やり補うのか。ふむ、悪く無い策だな。だがわざわざ目覚めるまでの時間を短縮する為不完全なスペルで詠唱したのだろう?今までの時間で用意できなかったのか?数ヶ月もあれば流石に探し出せるだろうに」
「ヒャハッ……大司教は行方不明で教団は半壊、此度運良く情報を入手しまして……ヒヘヘヘ」
「ふむ、ふむ……成る程、万一の為に不完全な術を完全にする術は教わっておったのか。で、この状況下では神輿が廃人のままでは困るゆえ完全復活を試みたと?で、その酒を入手するついでに余を救い出そうと王宮に侵入したら余とルーンハイムを見つけ出したとそう言う事か」
「へへへ……そういう事です。貴方の存在は前から掴んでおりましたゆえ……ククククク」
つまり我をアンデット化したのは偶然だったと?
……怪しいものだな。
じっと司祭の目を見つめると、ニヤリとした笑顔が帰ってきた。
そして我の耳元で、
「フフフ、まさか自我が残るとは思いませんでしたよ、ケケケケケケ……」
ふう、これは決まりか。
こやつ等が唱えたのは"治癒"等では無いな。
だが、怒りや不快感を表には出すまい。
……命、いや存在を賭けて動くべきは今この時では無いだろう。
雌伏を決め目を伏せようとしたその時、山の向こうから朝日が差し込んできた。
そして、後ろを振り向くと朝日に照らされた王宮が小さく見える。
……静かなものだ。どうやら骨の軍団は殆ど倒されたのだろう。
「……朝か……たった一日で状況が随分変わったものだな」
「フフフフフ!どうやら祭りは終わりのようですねぇ?アハハハハハハ!」
どうやら次の祭りの準備が既に始まっているようだがな、ハイエナめ。
……とは口に出さず。
我は馬車に揺られ、故国を離れて西へと向かっていったのである。
……そう言えば、この男。
我やマナリア王宮上層部すら知らなかったティア姫の居所をどうして掴んでいたのか?
そんな益も無い事を考えつつ。
……。
***魔法王国シナリオ8 完***
続く