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No.6980の一覧
[0] 幻想立志転生伝(転生モノ) 完結[BA-2](2010/08/09 20:41)
[1] 01[BA-2](2009/03/01 16:10)
[2] 02[BA-2](2009/05/14 18:18)
[3] 03[BA-2](2009/03/01 16:16)
[4] 04[BA-2](2009/03/01 16:32)
[5] 05 初めての冒険[BA-2](2009/03/01 16:59)
[6] 06忘れられた灯台[BA-2](2009/03/01 22:13)
[7] 07討伐依頼[BA-2](2009/03/03 12:52)
[8] 08[BA-2](2009/03/04 22:28)
[9] 09 女王蟻の女王 前編[BA-2](2009/03/07 17:31)
[10] 10 女王蟻の女王 中篇[BA-2](2009/03/11 21:12)
[11] 11 女王蟻の女王 後編[BA-2](2009/04/05 02:57)
[12] 12 突発戦闘[BA-2](2009/03/15 22:45)
[13] 13 商会発足とその経緯[BA-2](2009/06/10 11:27)
[14] 14 砂漠の国[BA-2](2009/03/26 14:37)
[15] 15 洋館の亡霊[BA-2](2009/03/27 19:47)
[16] 16 森の迷い子達 前編[BA-2](2009/03/30 00:14)
[17] 17 森の迷い子達 後編[BA-2](2009/04/01 19:57)
[18] 18 超汎用級戦略物資[BA-2](2009/04/02 20:54)
[19] 19 契約の日[BA-2](2009/04/07 23:00)
[20] 20 聖俗戦争 その1[BA-2](2009/04/07 23:28)
[21] 21 聖俗戦争 その2[BA-2](2009/04/11 17:56)
[22] 22 聖俗戦争 その3[BA-2](2009/04/13 19:40)
[23] 23 聖俗戦争 その4[BA-2](2009/04/15 23:56)
[24] 24 聖俗戦争 その5[BA-2](2009/06/10 11:36)
[25] 25[BA-2](2009/04/25 10:45)
[26] 26 閑話です。鬱話のため耐性無い方はスルーした方がいいかも[BA-2](2009/05/04 10:59)
[27] 27 魔剣スティールソード 前編[BA-2](2009/05/04 11:00)
[28] 28 魔剣スティールソード 中編[BA-2](2009/05/04 11:03)
[29] 29 魔剣スティールソード 後編[BA-2](2009/05/05 02:00)
[30] 30 魔道の王国[BA-2](2009/05/06 10:03)
[31] 31 可愛いあの娘は俺の嫁[BA-2](2009/07/27 10:53)
[32] 32 大黒柱のお仕事[BA-2](2009/05/14 18:21)
[33] 33 北方異民族討伐戦[BA-2](2009/05/20 17:43)
[34] 34 伝説の教師[BA-2](2009/05/25 13:02)
[35] 35 暴挙 前編[BA-2](2009/05/29 18:27)
[36] 36 暴挙 後編[BA-2](2009/06/10 11:39)
[37] 37 聖印公の落日 前編[BA-2](2009/06/10 11:24)
[38] 38 聖印公の落日 後編[BA-2](2009/06/11 18:06)
[39] 39 祭の終わり[BA-2](2009/06/20 17:05)
[40] 40 大混乱後始末記[BA-2](2009/06/23 18:55)
[41] 41 カルマは荒野に消える[BA-2](2009/07/03 12:08)
[42] 42 荒野の街[BA-2](2009/07/06 13:55)
[43] 43 レキ大公国の誕生[BA-2](2009/07/10 00:14)
[44] 44 群雄達[BA-2](2009/07/14 16:46)
[45] 45 平穏[BA-2](2009/07/30 20:17)
[46] 46 魔王な姫君[BA-2](2009/07/30 20:19)
[47] 47 大公出陣[BA-2](2009/07/30 21:10)
[48] 48 夢と現 注:前半鬱話注意[BA-2](2009/07/30 23:41)
[49] 49 冒険者カルマ最後の伝説 前編[BA-2](2009/08/11 20:20)
[50] 50 冒険者カルマ最後の伝説 中編[BA-2](2009/08/11 20:21)
[51] 51 冒険者カルマ最後の伝説 後編[BA-2](2009/08/11 20:43)
[52] 52 嵐の前の静けさ[BA-2](2009/08/17 23:51)
[53] 53 悪意の大迷路放浪記[BA-2](2009/08/20 18:42)
[54] 54 発酵した水と死の奉公[BA-2](2009/08/25 23:00)
[55] 55 苦い勝利[BA-2](2009/09/05 12:14)
[56] 56 論功行賞[BA-2](2009/09/09 00:15)
[57] 57 王国の始まり[BA-2](2009/09/12 18:08)
[58] 58 新体制[BA-2](2009/09/12 18:12)
[59] 59[BA-2](2009/09/19 20:58)
[60] 60[BA-2](2009/09/24 11:10)
[61] 61[BA-2](2009/09/29 21:00)
[62] 62[BA-2](2009/10/04 18:05)
[63] 63 商道に終わり無し[BA-2](2009/10/08 10:17)
[64] 64 連合軍猛攻[BA-2](2009/10/12 23:52)
[65] 65 帝国よりの使者[BA-2](2009/10/18 08:24)
[66] 66 罪と自覚[BA-2](2009/10/22 21:41)
[67] 67 常闇世界の暗闘[BA-2](2009/10/30 11:57)
[68] 68 開戦に向けて[BA-2](2009/10/29 11:18)
[69] 69 決戦開幕[BA-2](2009/11/02 23:05)
[70] 70 死神達の祭り[BA-2](2009/11/11 12:41)
[71] 71 ある皇帝の不本意な最期[BA-2](2009/11/13 23:07)
[72] 72 ある英雄の絶望 前編[BA-2](2009/11/20 14:10)
[73] 73 ある英雄の絶望 後編[BA-2](2009/12/04 10:34)
[74] 74 世界崩壊の序曲[BA-2](2009/12/13 17:52)
[75] 75 北へ[BA-2](2009/12/13 17:41)
[76] 76 魔王が娘ギルティの復活[BA-2](2009/12/16 19:00)
[77] 77 我知らぬ世界の救済[BA-2](2009/12/24 00:19)
[78] 78 家出娘を連れ戻せ![BA-2](2009/12/29 13:47)
[79] 79 背を押す者達[BA-2](2010/01/07 00:01)
[80] 80 一つの時代の終わり[BA-2](2010/01/14 23:47)
[81] 外伝 ショートケーキ狂想曲[BA-2](2010/02/14 15:06)
[82] 外伝 技術革新は一日にして成る[BA-2](2010/02/28 20:20)
[83] 外伝 遊園地に行こう[BA-2](2010/04/01 03:03)
[84] 蛇足的エピローグと彼らのその後[BA-2](2010/08/10 14:03)
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[6980] 15 洋館の亡霊
Name: BA-2◆63d709cc ID:5bab2a17 前を表示する / 次を表示する
Date: 2009/03/27 19:47
幻想立志転生伝

15

***冒険者シナリオ6 洋館の亡霊***

~とある勇者の最期~

《side カルマ》

ぐっと背を伸ばし、眼前に広がるトレイディアの門を眺める。

……俺がこの門を潜るのはおおよそ一か月ぶりだ。

世間的には隣町まで届け物をした帰りにスリを追いかけて森に消えた事になってるはずだ。

問題の森の奥にひっそりと開いた蟻の巣穴から這い出して、

ようやくここまで帰ってきたと言うわけだ。


「よぉ。随分戻るのが遅れたじゃないか」

「ああ。スリを追いかけてずっと森の中を彷徨っててな」


門番と軽く挨拶を交わし、門を潜る。

そこには一ヶ月前となんら変わらない町並みが広がっていた。


「いやあ、ようやく帰ってきたって感じだ」

「お帰りなさい。大変だったみたいですね……で、お財布は取り返せましたか?」


「いきなりアンタかシスター!?財布?あー、まあ何と言うか」

「……ご愁傷様です。それにしても本当に一ヶ月も森の中に居たみたいですね」


「なんでそんな事判るんだ……」

「それは、消えたと言う森の中から出て来るまでひとつも目撃情報が無いからですよ」


いや、その目撃情報をどうやって集めてるんだ。

非常識にも程がある。

……と、一月前の俺なら言ってたんだろうなぁ。


まさかこの辺一帯に広がる神聖教会の信者がその情報源だとは思いもしなかったさ。

何気ない世間話や懺悔なんかを使って各修道士達が情報を集めてるとはな。

断片的な情報でも重ね合わせりゃ真実くらい見えてくると言うもの。

恐ろしい話だよホント。まさか一介のシスターが教会の諜報部門だとか誰が思いつく?


しかもニコニコしながら教会の敵となる者を闇から闇へ葬り去ってるんだとか。

まあ、そこまでやれば当然あんだけぶっ壊れた人格にもなるってもんだ。


実は先日から教団本部の偵察をチビ蟻にさせてるんだけど、

その一環で選ばれたばかりの別なシスターの仕事の一部始終を蟻が覗いてた訳だ。

要するに敵対勢力の暗殺とか誘拐とか挙句拷問とかをな?

最初は泣いて、次の仕事で自己正当化を初めて、最後に無表情になってたとか洒落にならん。

薄暗い教会の地下で泣きながら鞭を振るう修道女とか……コレナンテエロゲ?

信仰云々で非道を強制ってさ……どんだけ腐ってるんだあの教会。

まあ、いずれぶちのめす時には丁度いい口実にはなるが。


「……どうしました?いきなり遠い目なんかしたりして」

「いや、何と言うか。現実逃避っぽいな」


とりあえず、この目の前の人もそうやって壊されていったのだろうか?

だとしたらなおの事許せない気持ちになる。


「まあそれはさておき。早く首吊り亭に戻ったほうがいいですよ?」

「ん?もう死亡認定か?」


「いいえ。拗ねきったお嬢さんが首を長~くして待ってます」

「ご、ご忠告感謝!」


い、いきなりニコニコ顔がシリアスになった?

と言うかルンか?ルンが拗ねてるのか?

……しまったな。お土産の一つも買ってくりゃ良かった。

って、森の中うろついてた筈の俺が土産物持って来るのはおかし過ぎるが。


「急いでください。皆迷惑してます」

「……え?」


……。


さて、そんな訳でシスター・フローレンスに首根っこを掴まれたまま、

一月ぶりの首吊り亭の前に来ている訳だ。


「別に何時もと変わらないんだけど」

「入ってみれば判りますよ」


怖ぇよシスター。目が据わってる。

一体中で何が?


「マスター、ただいま」

「おおっ!帰ってきたか。無事で何より……でだ、そこのお嬢さんを何とかしてくれ」


いきなりかよ!

しかし、ここまで言われる位酷い状況?

誰かと喧嘩してる様にも見えんし……あ。


「先生?」


ぞくっ……て、今背筋に何か悪寒が走ったぞ?

何?一体何事?

何かに突き動かされるように視線は酒場の隅に向かう。


「先生」


やっぱりルンか。うん。見事に無表情な癖に目に涙。

しかも座ってる椅子を中心に瘴気が轟音上げて渦巻いてるんだけど?

毎日こんな感じだったのか?そりゃあ迷惑だったろう。

このさびしん坊め。一体どうしろと言うんだ。


と思っていたらいきなり無表情が崩れて目から水玉がボロボロと。


「せんせぇ……」


あーあー、泣くな泣くな。

勝手に居なくなったのは謝るから。


「それだけじゃない」

「……え?違うの?」


「駄目だった」

「って何がだよ」


「上手く使えない」

「……"強力"か?」


ゆっくりと、だが非常に重々しく頷かれた。

……判った。見てみよう、な?

だから泣くな。しがみ付くな。人の胸の中でしゃくりあげるな。

何か危ない思想が脳内を支配しそうになるから落ち着け!

俺に襲われたいのかお前は!?


とにかく外だ。人の居ないところに行くぞ!


……。


と言う訳で、ここは何時もの森の奥。

ルンと向かい合って立っているわけだ。


「じゃあ、早速スペルの確認をしてみるか」

「ん」


ふう、ようやく落ち着いたようだな。

では早速始めるか?


『人の身は弱く、強き力を所望する。我が筋繊維よ鉄と化せ。強力(パワーブースト)!』

『人の身は弱く、強きカを所望する。アが筋繊維よ鉄と化ス。強力(パワーブースト)!』


あー、まだ微妙にアクセントが違ってるか。

きちんと見ててやれれば良かったけど、

さっさとアリサの件を何とかしなけりゃならなかったからな。

その為あえて次回が何時とか決めずにやってきた訳だが、

まさか一ヶ月もほったらかしにされるとは思ってなかったよなぁ。


まあ、暗記自体はそんなに難しく無い。

言葉の意味が判ってればアクセントのちょっとした違いぐらいどうとでもなるみたいだが、

一つの単語として覚える時は何故か一言一句正しくないといけないのだ。

まるで、この時代の人間に魔法を使わせないための工夫にすら見えるな。


「先生」

「ん?ああ、済まん」


っと、いつの間にかまた考え事モードに入ってたぽいな。

また上着の袖口を引っ張られてたよ。

あんまり不機嫌になられる前にさっさと教えてしまうか。


……。


結局、ルンはあれからすぐに強力を覚えた。

多少アクセントを直してやるだけだったし、

そもそもルンはこの一ヶ月、ずっとその練習をしていたらしい。

普通の魔法の時は魔道書と言うテキストがあるので、上手く行かない時はそれを見ればいい。

だが、俺の教え方は自分に続いて詠唱させると言うやり方だった為、

間違いに気付いていなかったようなのだ。

そりゃ、取ったメモが間違っていたなら上手く行くはずも無い。

2~3日で覚えきれた物に一ヶ月も費やさせてしまったと考えると流石に悪かったと思う。


「済まなかったな。付いててやれなくて」

「いい」


いや、絶対良くは思って無いだろ。

少なくとも本当にいいなら、脇腹をつねってきたりはしないぞ普通。

ああ、額の脇に井桁が見える……完全に怒ってるだろこれ。


「とは言え、今から仕事だし何もしてやれないがな」

「何で?」


いや、何でって。


「色々あって今、手元に金が無いから明日の宿代の為にも依頼を請けねばならんのだ」

「じゃあ一緒に行く」


そう言うと、ルンは荷物を取りに一目散に町に戻って行ってしまった。

あれ?いつの間にか一緒に行く事になってるんだけど。

……何故?


……。


《side リチャード》

行方不明になっていた従姉妹、ルンちゃんの行方が知れてから一ヶ月。

伯母上から探しておいてくれと言われた以上、

一応居所が知れたとは言え一度くらいコンタクトは取っておきたいと思う。

それにこの街には彼も居る。彼とも一度じっくり話をしてみたかった。

……そんな思いに突き動かされ、外遊の最後にまたこの商都トレイディアを訪れたのだ。


けれども、なんでこんなに僕はタイミングが悪いのだろうか。


「二人とも、出かけているのか」

「応よ!二人して幽霊屋敷の調査に行ったぜ」


「……も、戻りは何時ごろか判るかな?」

「さてな。調査依頼ゆえ……まあ一週間と言うところか」


「主人よ。二人が行ったと言う屋敷の場所は判るかな?」

「……追いかける気ですか貴族様?」


うん。そのつもりだ。

何せ、この機を逃したら公務やら何やらで数ヶ月は身動きが取れなくなるからね。

それにルンちゃんの安否確認は伯母上からの頼みでもあるのだから。


「ああ、少し確認したい事があるんだ。そこで一つ依頼を出したい」

「判りました。御代さえ支払って頂けるなら、こちらからギルドへは話を通しておきますよ」


取りあえず酒場の主人に話を通し、以前護衛を依頼したライオネルと言う男と……、

何故か村正と名乗り冒険者をやっているクゥラ家の跡取り息子を雇う事にする。


「応!俺に任しときな」

「拙者に任せてもらおう。リチャード殿」


うん、不安だ。

実力はあるのだろうがどうも頭と礼儀の足りない猪男。

そして僕同様背負う物が多い身ながら何故かこんな事をしている彼。

これで安心できると思えるほうが凄いだろう。

……僕自身の連れてきた護衛達も不甲斐なさと不安では大して変わらないがね。


「んで、何処に行くんだったっけか?村正にお坊ちゃんよ」

「東の幽霊屋敷で御座るよライオネル殿」

「本当に君は、少し礼儀作法を学んだほうがいいね」


まったく、困った物だ。

これでトレイディアでも最強ランクだと言うのだから笑ってしまう。

それと龍信仰のカタ=クゥラ子爵、いや、今は村正殿か。


その……幽霊屋敷は南なのだが。

本当に大丈夫なのだろうか?


……。


《side カルマ》

何の因果か愛弟子と一緒に仕事をする事になってしまった。

……町に戻った俺にルンが差し出してきた一枚の依頼書。

どうやらこれを一緒にやろうと言う事らしい。


「それにしても、よりによって探索系任務かよ」

「嫌?」


嫌も何もお前が既に引き受けた後だったろうが。

今更見捨てるとか出来そうも無いし、一緒にやってやるしかあるまい?

と言うか、断ってたら絶対泣いてたろお前。


「けどよ、俺は鍵開けとか出来ねぇぞ」

「私が出来る」


そうか。まあそれなら良いけどな。

なにせ俺の能力は戦闘に特化してる部分が多く、

マッピングも出来なきゃ鍵も開けられない。

正直、廃墟の調査なんて真っ平御免だ。


何故なら調査の仕事は基本的に手間の割りに報酬が少ない場合が多い。

しかも一つの依頼に何日も掛かる事もあり、今まで敬遠してきた。


ただまあ、今回は少し前提が異なる。

廃墟に幽霊が出るので調査して欲しいという依頼であり、報酬は高め。

しかも、今の俺には蟻の密偵と言う心強すぎる味方が居る。

……後は適当に調査しつつ、もし幽霊が出たらさっさと帰ればいい。

何せ今回の目的はあくまで調査だからな。


それにわざわざルンが持ってきた依頼だ。

何か考えがあるんだろう。無碍にしてやる事もあるまい?

……しかしまあ、ルンもわざわざ時間のかかる依頼を選んだ物だ、とは思うがな。


……。


「到着」

「お、着いたか。……ここが例の幽霊屋敷」


うっそうと茂った森の奥、僅かに道の残るその先にその建物はあった。

元は立派な屋敷だったのだろう。

窓には木の板が打ち付けられ、周囲は雑草が生い茂っているが、

三階建ての威容は未だにその存在感をこちらに見せ付けてくるかのようだ。

……ってルン?いきなり正面から近づいても鍵かかってるぞ?


「鍵、貰ってる」

「あー、そりゃそうか」


……。


正面のドアを開けると広いホールが広がっている。

道は左右、そして正面の階段か。

さて、どう動くべきか。

……ルンは貰った地図とにらめっこしている。

これを見ると地上三階の他に地下室もあるようだ。

……地下の地図までは無いようだが。


これを全部調べるのには手間がかかりそうだな。

とは言え、先ず今日の内にやっておかなければならない事がある。


「まず寝床確保」

「それなら……東側に使用人用の小部屋が幾つか。うん、悪くない」


そう、長期戦に備えて安全な寝床の確保だ。

現在俺の背中には食料や水の入った樽が幾つか背負われていた。

これを安全に保管し、休息を取る事の出来る空間が必要になる。

普通はこう言う閉鎖空間に踏み込む場合、その外側に用意する所なのだが、

この屋敷の周囲にはオークが何部族も住み着いているらしく、野営には向かなかった。

よって、ある程度の危険は承知で内部に拠点を作る事にしたわけだ。


それにな。実は先行偵察させた連中からの報告で、この屋敷には幽霊が居ないことは確認済みだ。

残念ながら情報ソースは蟻なので報告には使えないが。


……さてここで問題。

だとしたら、この屋敷に居ると言う"幽霊"って一体何なんだろうな?

調査を始めたばかりの為、今のところ判っているのは、

壮年らしき男が地下に居ると言う事だけだ。

さて、鬼が出るか蛇が出るか。


「どうしたの」


あっと、寝床とかの準備忘れてた。

さてさっさと使用人の部屋を片付けて、寝られるようにしとかんとな。


……。


寝床準備完了、と。

まず運んできた水と食料を降ろし、

確保した二人部屋のベッドの埃を払い、毛布を乗せておく。

さらに枯れた観葉植物があったので大型植木鉢を確保、

ちょっと手を加え、囲炉裏か七輪のような物を作成する。

そして、万一の時の為に窓を塞いでいた木の板に細工をし、

何時でも内側から外せるようにしておいた。

残ったベッドは即席のバリケードになるよう部屋の入り口付近に立てかけておく。

最後に一本の糸を外側のあちこちに張っておき、手作り鳴子を吊るす。


さて、これで即席陣地の完成だ。

自分達以外がドアを開けようとすれば鳴子がガラガラ音を立てるから、

そしたら余ったベッドでドアを押さえりゃ即席の城門と言うわけだ。

完全とは言えんが脱出口も確保したし、まあ致命的な事にはならんだろ。

っと、そうそう。最寄のトイレを掃除しておくか。

余裕がある時は世話になりそうだし。


「取りあえず、これで拠点は確保した。今日はもう遅いから調査は明日からな」

「ん」


相変わらず必要な事以外喋らない娘だ。

しかも晩飯として干し肉一切れだけをそのまま口にしてベッドに潜り込んだよなコイツ。

別に節約しないと足りなくなるような物資量でもないが……もしや。


「なあルン。ルンって……料理できるか?」

「出来ない」


即答かよ。

俺も大した物は出来んが……明日の朝はサンドイッチでも作ってやるか。

前世なら餌付けとか言われかねんが、別に他意はないしな。

……本当に無いよな?俺。


……。


調査二日目。

朝一でパンに干し肉を挟んで作ったサンドイッチと、林檎の絞り汁。

そして保存食として用意してた林檎のジャム……というかフィリング(甘煮)を振舞ってみる。

ちなみに"もどき"なのはご愛嬌だ。


まあ、それでも目の前のお嬢様のお気に召したようだ。

美味そうに、そのくせ上品に頬張っていたのでレシピのメモを渡してみる。


どういう理由であれ冒険者やってる以上多少の料理は出来たほうが良いだろ?

決して女の子の作った料理が食いたいからではない。

ましてや……美少女の餌付けにはもう飽きた!

これからは料理を覚えるように仕向ける時代だ!

なんて思っている訳が無い。


「……先生?」

「あー、スマン。また何時もの考え事だ」


さて、何時までも馬鹿やっていないでさっさと仕事を終わらせますかね?


……。


建物部分の捜索は一日で終わった。

結果として判った事は一つ。

三階の主人の部屋に誰かが今でも使用している痕跡があるという事だけだ。

まあ、それだけ判れば十分ではある。


「幽霊じゃなかった」

「まあそうだろう。山賊のアジトとも違うみたいだけどな」


正直本当に亡霊なんか出てこられたらどうしようかと思っていたのだが、

相手が人であればどうにでもなる。なにせ最悪逃げ切れればいいのだから。

そして、多少散らかってはいたが、屋敷の中に略奪品の姿は無いようだった。

と言うか、必要最低限の生活必需品しか持ち込んでいないようなのだ。


「幽霊でもなし、賊でもなし……世捨て人か?」

「指名手配、とか」


なるほど。隠れ住んでる犯罪者、もしくは冤罪で逃げてる最中とかはありえるな。

その場合はとっ捕まえれば賞金が美味しすぎる。


「幽霊じゃなくて人が住み着いてるって事が判ったから取りあえず仕事は完了だが」

「……嫌」


うむ、ルンもそう思うか。

やっぱりここは探し出して、ウマーな獲物だったら退治するのが吉という物だ。


「じゃあ、さっそく地下に潜るか」

「もう、遅い」


ちょっと表に出てみると、確かにお日様が山の向こうに消えようとしていた。

……そうだなぁ。

まだ食料に余裕はあるし、体力が回復してからの方が良いか。

出来ればさっさと終わらせて、次の依頼に移りたいんだけどな。


「じゃあ今日はもう休むか?」

「ん♪」


なんで嬉しそうなのか良く判らんが、まあいいか。

……よもや俺に気が有るとかは言わんよな?

その場合貞操の安全は保障しかねるんだが……何故か怖くて聞けん。


……。


調査三日目。

残念ながらこの屋敷に住み着いている男は、昨晩上の部屋に戻ってこなかったようだ。

……もし無防備に寝てくれたら後がやり易かろうと思い、

俺たちの居る痕跡を出来る限り残さないようにしておいたがどうやら徒労だったみたいだな。


今日の朝飯はルンが作ると言い出したので任せてみたが、出来たのは謎のスープ。

まあ出汁も何も無いし、お湯を沸かし適当に食料を突っ込んだだけだから仕方ないだろう。


え?俺?


勿論ウマイウマイと言って食い尽くしましたが何か?

ルンはしゃくりあげながら「……嘘」とか言ってたけどね。


「ルンの作ったもんなら何でも美味いぞ」


とかお約束の台詞を吐いたら耳まで真っ赤にしてました。

いやー、可愛いね。初々しくて良い。非常に良い。


「何点?」

「20点。次回頑張りましょう、な?」


いや、悪かった。

悪かったから拗ねるな。

俺の弁慶を靴のつま先で蹴らないでくれ。ちょっと痛いから。


……。


朝食から一時間ほどが経過した。

ようやくルンの機嫌も直ったので今から未知の地下室へと移動開始だ。


「暗い」

「松明はある。心配いらんだろ」


「片手で戦える?」

「……お前が持つよりはマシだろ」


一応基本が戦士の俺と純魔法使いのルン。

魔法の行使に両手が必要な場合が多い事を考えると、どうしても俺が持つ事になる。


ルンが一緒に居る以上、周囲のアリ達から情報を取るのも危険だ。

ルン自身は信用できても何かの拍子に母親……勇者側に情報が漏れるのは避けたい。

だったら念には念を入れるべきだろう。

要するに、早朝の内に手にした地下の見取り図以上の情報は足で集める他無いという訳だ。


「随分しっかりした石壁」

「そうだな。……今時こんなにしっかり石を組む技術なんて持ってる奴居ないだろ」


と言うか、どう考えても上の建物とこの地下は釣り合わない。

地下一階までは普通な感じなのだが、地下二階に入ると周囲の様子が一変したのだ。

石壁は自然石を組み合わせた物から明らかに切り出された人工的な形へと変わり、

その上、トラップの残骸らしき物が時折散らばるようになった。


「先に侵入した誰かさんが壊したようだな」

「凄い切れ味」


巨大な鉄球が真っ二つか。

さっきは天井から落ちてくるギロチンがひしゃげた形で転がってたな。

……相手はかなりの使い手だって事か。


「こりゃ、勝てんかも知れんな。……ここいらが潮時かね」

「……せんせい」


正直勝てるかどうかもわからない相手に手を出して返り討ちは真っ平ごめんだ。

しかも今回は預かり物のお嬢様まで居る。

もしルンに何かあったら色々な意味で洒落にならない。


とは言え、当のルンは大変不満そうだ。

途中で投げ出すようで気に入らないのだろうか?


ただ、もし引き返すならこれが最後のチャンス。

この先には地下3階への階段しかない。

そして、地下3階には大き目の広間が一つあるだけ。

確実に相手と鉢合わせる事になるだろう。


何度も言うが、俺たちの受けた"依頼"はあくまで幽霊屋敷の調査。

相手が幽霊で無い事が知れた時点で既に依頼は完遂している。

依頼遂行に必須と言うならともかく、やぶ蛇で後悔するのは愚の骨頂と言う物だ。


「とにかく今日ももう夕方ぐらいだ。……取りあえず部屋に戻るぞ」

「ん」


とりあえず、今日一晩使って説得する事にしよう。

無茶をしてもどうにもならないからな。


……。


そして、調査四日目の朝を迎えた。


「どうしても、行くって言うのか?」

「ん」


結局、ルンを説得する事は出来なかった。

その態度はまるでこの探索が終わってしまうのを惜しんでいるかのよう。


「じゃあ、勝手にしろ、俺はもう帰るといったら?」

「嫌」


俺の服の裾を掴んで離そうとしないルン。


「じゃあ帰ろうぜ?俺たちの仕事は終わってるんだ」

「帰ったら?」


「んー、もう少し稼いでおきたい。悪いが次の授業はその後で」

「また一緒に」


「いや、次はオークの巣を焼き払いに行くつもりだからな。一人で問題ないし汚れるぞ?」

「……そう」


……結局、「せめて後一日」と言うルンの言葉に押し切られる形で、

この屋敷の調査をあと一日延ばす事になってしまった。


もう一日調べて何も無かったら諦める。


うん。非常に判りやすい台詞だ。

だが俺はわかっている、あそこから少し先に目的地がある事を。

ただ、同時にその台詞で気付いてしまった事もある。

……そう、そのことを知っているのは俺だけだと言う当たり前の事実に。


ルンにとって、あの先は完全なる未知である。

その未知に向かって突き進むのが本来の冒険者と言う物だろう。

……俺はもしかしたら計算高くあり過ぎて居るのかも知れない。

少なくとも、冒険者としては何か違うような気がする。


ふとそんな事を考えた瞬間、覚悟が決まった。


「いいだろう……けど今日で最後だぞ?」

「ん……ありがとう」


俺が冒険者になったのは純粋に金が欲しかったから、その筈だった。

けど、もしかしたらそれだけじゃなかったのかも知れない。

……それは憧れ。

かつて自分の分身が画面の中の異世界を旅するのを、

もしかしたら自分自身が羨ましく思っていたのではないか?

そんな考えが俺を動かした。


例え未知であっても先に進まなきゃ話もまた進まない。

……やってやるさ、冒険者らしく、な。


……。


調査四日目、多分正午頃。

俺とルンは屋敷の地下三階大広間の入り口付近に居た。


(ルン、ここからは小声で行くぞ……誰か居るからな)

(ん。先生……向こうに灯り)


声を潜め、先に進む。

地下三階は書庫のようだった。

古い本特有の匂いと埃っぽさがこの部屋の全てだ。

……なるほど、奴さんはこの蔵書が目当てか。

道理で何日もこんな地下に篭ってる訳だな。


それにしても凄い数の本棚が並んでいる。

ちょっとした図書館と言っても良い。

これは確かにちょっとした発見と言えるだろう。

……早速だが危険を冒してここまで来てみた甲斐があったという物だ。


その時、奴さんが突然立ち上がり腰の剣に手を伸ばした。

視線は確実に俺達のほうを向いている。

……気付かれたか!


「貴公等は何者だ?」

「この屋敷に住み着いた幽霊を探してる冒険者だ」


この期に及んで隠れてても仕方ない。

松明に火を灯し視界確保を優先する。


相手は年の頃40~50歳ぐらい、全身を光沢の有る白い全身鎧で覆った戦士風の男。

その手にした剣も凄まじいまでの業物だろう。

……ここから10メートルも離れているだろうに何かオーラのような物すら感じる。


ああ、もうこの時点で戦う気が失せた。

基本的に向こうの方がスペックが上だ。

全てを賭けて戦えば……それでも勝機が有るとは余り思えない。


幸い比較的理性的な相手のようなので敵意が無い事を示せばあるいは


「ふむ。……私の名を言ってみたまえ」

「へ?」


その瞬間、相手が俺の視界から消えた。


「知らぬのか。貴公も、貴公も我が名を知らぬのだな!?」

「な、何だよアンタは!?」


声がした方向は右!

全力で側面を向いた時既に相手は目と鼻の先……


「世界の平穏は私が、我らが成し遂げた物だというのに!」


辛うじて、辛うじて防御が間に合った!

防御の上から俺を吹っ飛ばすほどの斬撃を放ちやがった相手に多少の恐怖を抱きつつ、

反撃の機会を


「恩知らずめ!恩知らずな者どもめ!」


今度は左、だと?

物理的に有り得ない速度で相手は俺の逆側に回りこんでいた。

……当の本人の攻撃で吹き飛んでいた俺の更に先に回りこむ?

そんな馬鹿な!


「私は!私は!」


右から左へ吹き飛ばされたと思ったら今度は左から右へ吹き飛ばされる。

回し蹴りか!……硬化を広間に入る前にかけておいて正解だった。

強力か再生も同時にかけておくべきだったが贅沢は言っていられない。

多分相手は既に右側に回りこんでい


「何の為に戦ったというのだ!」


左から追いついて来やがっただと!?

物理法則って無視できる物だったっけ?


「やられっ放しじゃ済まさねぇ!!」

「むう!?」


腕の力だけじゃ大してダメージも与えられないだろうが、せめてもの抵抗に剣を振るう。

狙いは喉!

残り15cm、10cm、5cm、3セン……消えた!?


「甘いな若者よ!」

「首だけで避けた?」


凄まじい速度で首が振り回され、横薙ぎに振り払われた俺の剣の下をすり抜けた。

……速い、速すぎるぞこれは!?

一体どんなトリックを!?

それとも身体能力が突出してるのか?


「フン!ビリーの奴よりは歯応えがあるな」

「ビリー?まさかアンタ、勇者か!?」


……男の顔が一瞬驚愕に染まる。

俺達はそのまま着地したが、男はもう動かない。

そして驚愕の表情を崩さないまま、男は口を開いた。


「判るのか?」

「やっぱりか……でもあんまりそれらしくないな」


自分で言っておいてなんだが、この男は勇者らしくないと感じる。

何ていうか、コイツは勇者なんかじゃないと本能で感じ取れてしまうというか……。


いや、それはおかしいだろ。

光り輝く重甲冑。よくみると曰く有りげな深紅のマントを羽織っている。

額の髪飾りも立派な物じゃないか。

そして手にした剣もこの暗闇の中まばゆいばかりの光を放ってるとか。

顔も端正なロマンスグレー。口髭にまで品があると来たものだ。

筋肉質の体はその年齢に寄る衰えを全く感じさせない。

……こんなテンプレな装備と容姿、そして戦闘能力。勇者じゃないとか逆にありえないだろ。


あ、何か怒ってる?

ああそうか、さっきの台詞が御気に召さなかったようだな。


「申し訳ない勇者殿。さっきの暴言は忘れてくれ」

「うむ。魔王討伐以来、私が勇者だと見抜いたのは貴公が初めてゆえ特別に許そう」


おお、正に勇者らしい対応。

……なのにここまで勇者らしい要素を集めておいて、

勇者らしく感じさせないのは何故?


いやいや、そんな事考えてる場合じゃないだろう。

取りあえず最悪の第一印象を拭っておかねば。

……ただでさえ勇者は二人ばかり敵に回してるわけだし。


「さて、貴公の名は何と言うのだ?」

「カルマ。冒険者をしてる……それでこっちは」


ルンの奴は目を白黒させてる。

今の超高速戦闘と超展開に全く付いて来れて居ないのだ。


「仲間のルンだ。……ほら、挨拶しとけ」

「お久しぶりですアクセリオンおじ様」

「うむ、マナの娘か?久しいな」


あ、そうか。

ルンの母親も五大勇者の一人だったっけ。

そりゃあ知り合いのはずだ。


「それにしても大きくなった。……すまんが茶を一杯もらえるか?」

「あ、はい。少々お待ち下さいおじ様」


いきなり茶の催促をされて慌ててルンが上層階に上がっていく。

……それにしてもルン「はい」って言うの初めて聞いたような。

アイツが敬語使うくらいだし、やっぱり本物なのか。


って、あれ?

ルンが部屋から出た途端に勇者が広間の入り口を閉じて鍵までかけたぞ?


「ふむ、これで安心して話せる」

「何を」


敵意は無いという証なのだろう。

勇者アクセリオンは己の剣をこちらに放って寄越した。


「いや、実は貴公とは一度話してみたかったのだ。クロス達が迷惑かけたようだな」

「俺の事、ご存知だった訳か」


ああ、とだけ言った勇者が階段のほうを少し気にした。

そしてルンがそこに居ない事を確認し、再び口を開く。


「クロス達の事は私から謝らせて貰う。だから出来ればあいつ等を怨まないでやってくれ」

「それは無理だ」


そう、それは無理な相談だ。例え他の勇者からの謝罪であろうと。

本人が土下座でもすれば話は別だがね。


「まあそう言わんでほしいな。……奴も永きに渡る呪いとの戦いで気が立っておるのだ」

「呪い?」


呪われてるのかあの大司教。

道理で何処かぶっ壊れてると思ったよ。

まあ、それでも許す気は無いがね。


「我ら五人。魔王を打倒した際に呪いを受けたのだ。そう、"魔王の呪い"だ」

「魔王の呪い……それは一体」


アクセリオンの顔が悔しげに歪む。

よほど話しづらい事なのだろう。


「出来れば誰にも言わないで欲しい。特にあの娘には」

「……善処する」


「うむ。魔王の呪い、それは簡単に言えば"最大の望みを遠ざける"呪いなのだ」

「最大の望みを遠ざける?」


「我らにはそれぞれ望みが有った。魔王の呪いはそれを叶えない様にする呪いだったのだよ」


……つまり魔王を倒した勇者達が一番に望んでいた事だけは決して叶わないって事か?

そう言えば、大司教クロスはしきりに"理想"を叫んでいたっけ。

その割りにやってる事は随分現実的でえげつない事ばかりだったが。


……勇者アクセリオンはなおも語り続ける。

時折涙を見せ、肩を落としつつ。


27年ほど昔に北の果てより現れて、

マナリアを中心に世界中を恐怖のどん底に陥れた魔王という存在があった。

それを討伐すべく世界中から集まった勇敢な者達。

その中で特に優れた5名が魔王と直接対峙し、討ち果たしたのだという。


「魔王は邪悪ではなかったが冷酷だった」


魔王にも思う所があったのだ。その事自体を我らは否定しない。

だがそれは人とは相容れなかったのだ。

と勇者は言う。


まあ、そんな事より大事なのは5人の勇者の望みとその呪いの内容だ。


神速の勇者・アクセリオン(魔法戦士)
望み……勇者としてその名を世界に知らしめる事
呪い……基本的に誰にも勇者だと信じて貰えない

死を否定する者・クロス(神官)
望み……堕落した教会の浄化と信仰による理想の社会の確立
呪い……理想を実現させる為、欲と堕落を利用し現実と戦い続ける日々

商都の聡き兵・ゴウ(戦士)
望み……生まれ故郷の繁栄
呪い……所属する共同体が衰退し続ける

魔を司る神童・マナ(魔法使い)
望み……自らの手で自分の国、親しい人達を助けてあげたい
呪い……全ての善意が自国民に不幸として襲い掛かる

不死身の傭兵・ビリー(傭兵/盗賊)
望み……戦いの中で本当の勇気を手に入れたい
呪い……誰よりも本質的に臆病になった


一番叶えたい望みが叶わない呪いか。

魔王もえげつない事をするもんだ。

それとも流石と言うべきか?


でも、何か望みと呪いがおかしい奴がいるな。


「傭兵王ビリーの望みと呪いが良く判らんな」

「ああ、私もそう思うよ……あいつは無謀なほどに敵陣に突っ込んでいく奴だったからな」


とは言え、あの内容は魔王自身が言った事らしい。

少なくともアクセリオン自身に関しては当たっていると言う事なので信用してもいいだろう。

……ふむ、これがもしかしたらあの男の不死身を解明する手がかりになるかも知れないな。

覚えておこう。


「まあ、そういう事だ。クロスも悪気がある訳じゃないって事は覚えててくれ」

「手は抜かないけどな」


流石に降りかかる火の粉を掃わないほどお人よしじゃない。

あ、そうだ。

ついでに知らない人の事を聞いておこう。

味方か敵か確認しておきたいしな。


「ところで、このゴウって人は?」

「……死んだよ。生まれ故郷の村も滅んでいた。呪いは本物だったな」


あー、そうですか。

すいません悪い事聞いてしまって。

別に遠い目しなくても良いですよ?


「えーと、じゃあ俺が貴方を勇者だと認識できた訳は何だと思う?」

「よく言うな?そうとは思えんと言っていただろうに」


あー、なるほど。

知識として当てはめる事は出来るけど、感情が納得しないのか。

そりゃあ厄介だ。


「私も、本当なら今頃勇者として崇められ、世界中の尊敬を一身に集めていただろうに」

「現実は厳しい、か」


名誉のために戦っていた男にそれが与えられないのはキツイとかそう言う世界の問題じゃない。

自分の一番望む物が与えられない世界か。俺には耐えられそうも無いな。


「そうそう、重ねて言っておくがマナの娘に呪いの事は喋るなよ?」

「何故?もしや知らないのかアイツは」


「娘どころか母親も知らんのだよ」

「……かけられた当の本人が?」


魔王との戦いの最中、魔力を使い果たした勇者マナは戦闘終了時気絶状態だったようだ。

よって、魔王との最後の会話にも参加していない。

それでも呪いはしっかりと受けてしまったのだが、

仲間達は当時5歳だった幼子に配慮して、マナリア王家に伝えるに留めたらしい。

この辺は実に勇者らしい優しい行いと言えよう。

……因みに他の勇者の呪いの事は当時の人々の間では結構知られていたらしく、

マナリアで勇者マナの呪いについて知らないのは当の母娘の二人だけなのだとか。


……何と言う酷い話だろう。


「OK判った。取りあえずルンには内緒にしておく」

「頼む。あの娘達にこの事実はちと辛いだろうからな」


何と言うか聞きづらく話し難い話題だった。

地下の書斎でおっさんと二人で黄昏る俺の姿はアリサ辺りが見たら笑うだろうか?

……話が終わったのだろう。

アクセリオンがいつの間にか入り口に移動し扉の鍵を開けていた。


俺は、話の内容を今一度反芻する。

既に勇者の内二人を敵にしているなら、残り二人は味方に付けておきたい。

ルンの母親はどうにかなりそうな気がする。

そして目の前の男は……。


……あれ?閃いたぞ!?

アクセリオンに関しては、呪いはどうとでも出来るんじゃないか?


「なあアクセリオンさん」

「ん?どうかしたか?」


「アンタの呪いは"勇者として見られない"だけなんだよな?」

「"だけ"ではない!……幾ら魔物を討伐しても、勇者と名乗った途端に笑われるのだぞ?」


「じゃあ、勇者辞めたら?」

「貴公!ふざけているのか!?」


うん、それだけだとそう思うよな。

けど……俺の言葉はそういう意味じゃない。


「魔物を倒した時点では皆喜んでくれるんだよな?」

「ああ。それだけに掌を反されるのが辛いのだ」


「なら、英雄を名乗ればいい」

「何?」


「別に覇王でも軍神でもいい。勇者でさえなければ良いなら幾らでも名誉は得られるだろ」

「私に、私に勇者の肩書きを捨てろと言うのには変わらないだろう!」


「既に勇者の肩書きはアンタの敵。なら、こっちから捨ててやりゃいいのさ」

「……いらぬ肩書き、か」


しばらくアクセリオンは下を向いて無言だった。

やはり、30年近く名乗り続けた称号を捨て去るのは辛いのだ。

だが、ここは捨てておくべきだと俺は思う。

少なくとも呪いの解き方が判らない以上、名乗り続けるのは無意味だ。

他の方々のように肩書きだけ捨てればいいと言う物で無い人達なら話は別だが。


「そう、だな……全て投げ捨てて1から出直すのも悪くは無いか」

「ああ、その意気だ。アンタ実力はあるんだから何でも出来るだろ?」


ふっ、とアクセリオンの顔から影が消える。

つき物が落ちたような表情を浮かべたアクセリオンは正に勇者……いや、

正に英雄と言わんばかりの覇気を纏う事に成功していた。

いや、違うか。この覇気は元々彼が持っていたもの。

屈辱の27年の間に無くしていた物。そして呪いで押さえつけられていた物だ。

呪いは今でも彼と共にある。

だが、勇者を名乗らぬ限りそれが彼を蝕む事はもう無いだろう。

……そして勇者アクセリオンが俺に敵対する事は無い、と今なら自信を持って言える。


「どうだい?何か雰囲気が変わったぞ。悪く無い選択肢だったんじゃないか?」

「うむ。その通りだ……貴公には感謝せねば」


さっきまでの剣幕が嘘だったかのようにアクセリオンは笑う。

もしかしたら俺はこの人に希望って奴を与えたのかも知れない。


「ははは。じゃあ何かお礼でもくれるのか」

「ふむ。では我が家伝……加速の魔法を伝授しよう」


え?マジでくれるの?


「そうだ。魔力使用量は莫大だし効果時間も短いがいざと言う時何よりも頼りになる」

「アクセリオンだけに"アクセラレイター"とか?」


勇者は目を見開いて、続けて困ったような顔で両手をクロスさせた。

バッテン、ね。

違うのか。……無意味な行動で恥をかいちまったよ。


「気を取り直して!まず印は、片手の人差し指と薬指を立てそれ以外の指を曲げる」

「片手印の魔法なのか!実物は初めて見る」


まるで忍者のような感じの印だなこれ、何かカッコいいぞ。

しかも片手!使いやすそうじゃないか。


「続いて詠唱。一回しか言わんから必ず覚えるのだ」

「オス!」


『疾き事風の如く!……加速"クイックムーブ"!』


孫子かよ!?覚えやすい事お決まりの如く、だな。

まあ、家伝の秘術なんだしこれぐらいが丁度いいのかも。


「判っていると思うが、これは我が家伝。私の許可を得ない限り誰にも教えるなよ?」

「こんな凶悪な切り札、誰にも教えられないだろ常識的に」


実はルンになら、と一瞬思ってしまったのは内緒だ。

……だがアクセリオンを敵に回さない為にも、誰にもやり方を悟られるわけには行かんなこれ。

まあ、とりあえず一度やってみるか。


『疾き事風の如く!……加速"クイックムーブ"!』


言葉が舌の先に乗った瞬間、僅かな違和感。

だが、別に何か変わった訳ではない。


……いや、違う!


アクセリオンがいつの間にか本を一冊軽く投げ上げていた。

その本の動き、そしてアクセリオン自身の動きがあまりにも緩慢。

そう、俺の速度が上がった事で相対的に周囲がスローモーションに感じているのだ。


まるで水の中を浮かび上がるかのようにゆっくりとした動きで上昇を続ける本。

俺はそれを掴み上げ、本棚に戻す。

だがまだ本は上昇しようとしている様だ。

横の本が重力に縛られているのを尻目に、じわじわと浮き上がろうとする。

……俺はそれに上から力をかけて本を重力の支配下に戻した。


こりゃあ凄いな。

と、思った瞬間加速が解けた。


「ふふふ、これこそ私が"神速"と呼ばれた所以だよ」

「ああ、ありがたい。大事に使わせてもらうさ」


にっ、と笑ったアクセリオンは俺に寄越していた自分の剣を受け取ると、

自分の荷物を持って広間から去ろうとしている。


「もう、ここでの探し物は良いのか?」

「ああ。ここには古代文明の歴史書なんかもあってな。呪いを解く方法を探していたのさ」


成る程。呪いはもう無視できるからここで探し物をする意味も無いわけか。


「かつて、古代魔法文明は世界の環境から人の運命まで操れたと言う」

「本当にそんな事出来たのか?」


「それ故に滅びたらしいがな?だが現在よりずっと進んだ魔法文明があったのは確かだ」


中々にロマンのある話だ。

それにしても科学にしろ魔法にしろ、進みすぎた文明はやはり滅ぶしかないのだろうか?

まー、どうでもいいけど。


「とにかく、私は北の地で一旗上げようと思うよ。吹っ切れたのは貴公のお陰。感謝する」

「感謝するのはこっちもだな。頑張ってくれアクセリオンさん」


硬く握手をして別れの挨拶とする。

そして一瞬。

アクセリオンは一時の時間も惜しいのか凄まじい速度で階段を駆け上がっていった。

その姿は勇者の称号を捨ててなお、神速の二つ名が伊達では無い事を示していた。


「……先生」

「あ、ルン。戻ってきてたのか?」


まさしく風の如く駆け上がっていくアクセリオンを尻目に、

トレイにお茶のカップを三つ乗せたルンが困ったような顔をしている。

まあお茶持って来いと言われて、戻ってみりゃ当の本人が帰った後じゃ不審にも思うわな。


「おじ様は?」

「やる事が出来たから帰って行った」


……ルンが自分の手元のトレイをじっと見つめる。


「折角上手く淹れたのに」

「なら俺が二人分飲む」


折角持ってきたのを無駄にするのも惜しい。

俺は椅子を二人分用意し、テーブルから本をどかしてお茶の用意をした。


「……二人っきりで?」

「まあ、そうなるな。……冷めても美味くないし、ここで飲んでいくほうがいいだろ」


「ん♪」


妙に上機嫌なルンと一緒に飲むお茶はとても美味かった。

お茶は日常的に自分でも淹れていたらしい。

……料理が上達する日が楽しみだな。


「あ、先生」

「なんだルン?」


「我が侭聞いてくれて、ありがとう」

「無理に残るって言った事か?別にいいさ」


「それでも、ありがと」

「可愛い奴だなお前は」


そう。ここでの有意義なひと時は全部ルンが居たからこそ。

感謝しても感謝される謂れは無い。


ああ、そうだ。ギルドに報告する文面を考えておかないといかんな。

……そうだな。ちょいとばかりウィットに富んだ感じで、最初はこうだ。


"洋館の亡霊の正体。それは魔王討伐の立役者。五大勇者の一人であった"


なんてな。

……って何でぶっ倒れてるんだよルン!?


「おい!しっかりしろ!?」

「ふにゃー」


目が、目が渦巻いてる!?

それに頭から湯気が出てないかこれ?


「おーい?ルン?正気に戻れーっ!」

「うにゃあ……」


結局、その日ルンは目を覚まさず、もう一泊する事になりましたとさ。

どっとはらい


……。


《side リチャード》

今日も山の中。僕達はオークの群れを蹴散らしつつ先に進んでいる。

未だ、二人の居る洋館は見えてこない。


「だから村正!さっきも言ったけどな?この谷を跳び越せば近道なんだよ!」

「貴殿は短絡的過ぎるで御座る!地図ではそうでも既に我ら道に迷っているので御座るぞ?」


「何が言いてぇんだよ!?」

「もう既に、その地図で我らが何処にいるか判らなくなっていると言う事に御座る!」


「じゃあお前はどうするつもりだ?」

「ふっ!先ずは森から出るで御座る。太陽の向きからして……先ずはこっち。北で御座る!」


「そっちはどう考えても西だーっ!太陽沈んでるだろが!?」

「うぬぅ、確かに言われてみればそうで御座るな!」


「どちらでも良いけど、もう一週間も経っているんだけどね?」


まったく、本当に困った人達だ。

戦闘能力は全く問題ないのだが……人選を間違ったか。

少なくとも今回はどちらかを探索の得意な冒険者にするべきであったと思う。

まあ、それは今後の課題と言う事にして。


……現状、遭難していると考えていいだろうか?


ああ、そうだ。ここにも目印を付けておこうか。

救助、早く来れば良いのだけどね。

僕らが本物の亡霊にならないうちに。


……すまないが少し泣きたい気分だ。

僕はどうしてこう運が無いのだろうか……。


***冒険者シナリオ6 完***

続く


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