翼が散る。
白い純白の翼が、羽根をまき散らしながら散っていく。
それは、神にもっとも近い場所に侍る神の道具が持つ象徴。
本来ならば何物にも汚されない、至高の存在だ。
しかし、上条 当麻がその右手に宿した『幻想殺し』の前では、それは紙切れ同然の耐久力しか発揮しえない。
刹那にも満たない一瞬で、上条の幻想殺しに触れた部分から翼が散らされていく。
その様子を、帝督が認識する前に上条はその拳を振り抜いた。
ゴガンという鈍い音と共に帝督の顎に上条の一撃が突き刺さる。
グラリ帝督の体が傾いだ。
そのまま彼は踏みとどまることも出来ずに、ゆっくりと地面に倒れ伏す。
上条は彼を助け起こすことはせずに、ただ上から見下ろして一言悲しげに呟いた。
「俺は、お前を知らない」
帝督は、上条の一撃により真実体を動かすことができなくなっていた。
そのため、彼は続けられた上条の言葉をただ聞く。
聞くことしかできない。
「お前がどんな地獄を歩いてきたのか、お前がどれほど傷ついているのか知らないんだ。
でも、だからこそ、俺はお前にこれ以上地獄を歩いて欲しくない、これ以上傷ついて欲しくないんだ!!」
帝督はその言葉を耳にしながら、自分の目から熱い雫が零れ落ちるのを感じた。
そして、今さらのように思う。
自分は、本当にこの親友とは正反対の存在なのだと。
上条は例えるのなら光の中を突き進む英雄、物語の主人公。
対して、帝督自身は浅い闇の中を立ち止まっている小悪党、物語のやられ役だ。
とてもではないが、対等な存在ではない。
上条の言葉は嬉しかった。
しかし、それは遥かなる高みからかけられているような声でしかない。
本人にそのつもりがなくても、卑屈な帝督の心にはそう感じられた。
何故なら、帝督はすくい上げてもらいたい訳ではないからだ。
彼としては、自身の力でそこまで登り並び立ちたかったのだ。
だから、彼はその背中に翼を生やす。
歪で、形もまともに形成出来ていないボロボロの片翼を。
「なっ!?」
上条の驚きの声と同時に、帝督の中で天使の力が再び産声を上げる。
四肢に仮初の力が戻り、垣根 帝督は立ち上がった。
「うるせぇ」
帝督は淀んだ瞳で上条を睨みつける。
今の彼にとって上条はたまらなく眩しかった。直視すれば、即座に目を焼かれてしまうほどに。
だから、彼は上条を睨みつけることでその姿から全力で目を逸らした。
睨んでいる間は、上条を友ではなく敵として認識出来る気がしたから。
「うるせぇうるせぇ、うるせぇうるせぇうるせぇうるせぇうるせぇうるせぇうるせぇ!!
余計な御世話なんだよ! いつもいつも上から目線で語りやがって、てめぇはそんなに偉いのかよ上条!?」
「上から目線なんかじゃねぇ! そう感じてんのはテメェの卑屈な心だろうが!!」
「ああ、そうかい! 光の中を歩いていらっしゃる方はさぞかし偉いんだろうなぁ! 意識せずに上から目線の同情をくれるんだからな!!」
「こんの、好い加減にしろ! 人の話をちょっとは聞きやがれ!!」
「人を全力でボコってるやつが話だなんて笑わせんじゃねぇよ!!」
どこまでも平行線な二人の意見。
上条の瞳に苛立ちの炎が宿る。
帝督の必要なまでの挑発に、彼は普段の彼の思考を放棄して自分の意見を聞き入れない帝督に怒りを覚えていた。
そして、怒りはこの場でもっともしてはいけない行動へと上条を駆り立てた。
「この、大馬鹿野郎!!」
拳を再び握りしめ、上条は立ち上がったばかりの帝督へと肉薄した。
怒りに任せたその行為は、何を隠そう帝督が狙った行動であった。
今度こそ上条を叩き伏せるためにその歪な翼を刃のように尖らせる。
もちろん、それは防御に使うものではなく、上条への迎撃に使うものだ。
帝督が狙うのは、上条が拳を使う間無防備になった背中。
取りあえず、しばらく立てないようにするのが目的であるから、内臓がありそうな場所は外すつもりであった。
もとから二人の間の距離はあってないようなモノ。
即座に上条の拳は帝督へ迫り、帝督はその無防備になった背中へとサソリの尻尾のように構えた刃状の翼を振り下ろした。
「そこまで」
瞬間、帝督と上条の頭上を轟音共に何かが通過した。
「「!?」」
上条はその音に驚いて拳を止め、帝督は『何か』が発した衝撃波に翼を撃ち抜かれたことにより攻撃を中断する。
二人して驚いたように声が聞こえた方を振り向くと、そこには今まで黙り成り行きを見つめていたはずの御坂 美琴があきれ顔で立っていた。
「御坂さん…」
ポツリと上条が呟いたその名前に帝督はビクリと体を震わせた。
彼は、今の今まで少女のことを失念していた。本来ならば誰よりも気にかけているはずの存在を、そして絶対に今の自分を見られたくなかった存在を。
彼女は、そのまま怯える帝督の傍らまで歩み寄ると、母親にしかられた子供のような表情になっている彼に声をかける。
「帝督」
それは、彼の名。
未だ呼ばれたことがなかった、彼が呼ばれることを切望していた名前だ。
しかし、今はその名すらも彼には威圧以外には成りえない。
それを理解しているのか、いないのか、美琴はもう一度その名を呼んだ。
「帝督」
そっと差し伸ばされる手。
それは怯え竦む彼の頬に触れると優しく愛撫する。
いつの間にか信じられないほど体温が上がっていたらしい帝督の頬には、その手の冷たさと優しい感触が気持ち良かった。
それ故、彼は恐怖する。
まるで、自分の譲れない怒りを宥められているような気がしたから。
「……やめてくれ、美琴ちゃん」
「…………」
美琴はその言葉を聞くと、彼の頬を愛撫していたその手をそっと下ろす。
次いで、彼との距離を一気に縮めた。
「!?」
月に照らされる二人の影が、まるで抱き合っているかのように一つになる。
しかし、美琴は帝督には触れてはいなかった。
彼女は、ただ至近距離で彼の眼を見つめ続ける。
その瞳の中には、責めるような光も彼を憐れむような光も存在していなかった。
そこにあるのは、ただ彼を見つめることだけを考えている瞳だ。
「あ――――――――」
帝督の口から溜息のような声が漏れる。
そして、彼は彼女から逃げるように視線をそらした。
いつの間にか、帝督の膝は取り戻していた仮初の力を忘れてしまったかのように折れ、地面についている。
美琴もそれに合わせるかのように膝をつき、彼が視線をそらすことを許さなかった。
「う、あ――――」
逃げることのできない視線。
帝督が追い詰めれていく自分を感じたその時、彼女は再び口を開く。
「帝督、あんた言ったわよね? 私は先に歩いていて良いって。あんたが追い付くからって」
いつか、彼女の前で大見えを切った啖呵。
破れぬ誓い。
しかし、彼にとってそれは今では重荷でしかなかった。
「……無理だ。もう、無理だよ美琴ちゃん。俺は、そんな所まで行けない。
もう、痛くて辛くて恐くて悲しくて、一歩も歩きたくないんだ」
いつしか、帝督は四つん這いになって血を吐くように叫んでいた。
最早、彼は一方通行を殺す為の余力も上条を打ち倒す為の気力もなかった。
精根尽き果ててしまったのだ。
美琴はそっとそんな彼を胸に抱きしめる。
今度は帝督もそれを受け入れて、彼女の胸の中でまるで幼子のように涙を流し始めた。
「俺は、強くなんか、ない。一方通行を、助けてやれないし、上条には自分の意見を押し通せない。
何もできないんだ。何も……」
「私も、そうね」
帝督の嗚咽に美琴は、ポツリと呟いた。
それは、感情が全くと言っていいほど込められていないただの事実を指摘するための言葉。
「私の遺伝子から生み出された『妹たち(シスターズ)』が一方通行に虐殺されていくのを止めたかった。けど出来なかった。
その『実験』を止めるために、私自身に全く価値がないとして一方通行相手に自殺するつもりだった。けど出来なかった。
初めはうざったかったあんたを遠ざけようとした。けど、出来なかった。
一方通行に関わろうとしたあんたを止めようとした。けど、出来なかった。
そして、何よりあんたを好きにならないようにした。
けど――」
美琴は、そう言うと僅かに目を見張って彼女を見る帝督に微笑んだ。
女神もかくやと言うほど、慈愛に溢れた柔らかな笑み。
魂が抜けたようにそれを見つめる帝督の頬に両手をそっと添えると、美琴はゆっくりと唇を近づけ、
「出来なかった」
刹那の間だけ彼のそれに重ねた。
啄ばむ様な、触れるだけの稚拙な触れ合い。
彼女は、直後帝督の頬から手を離して立ち上がった。
まるで上から見下ろすかのような彼女の瞳に、帝督は彼が大好きな輝きを見つけた。
太陽の如くギラギラと輝く不屈の輝きを。
「でもね、こんな何も出来ていない私にも、出来ることはあるみたいよ?
例えば、あんたと上条君の喧嘩を止めたりだとか、そこで伸びてる一方通行に軽いお説教だとか」
美琴はそう言うと、いつの間にか上体を起こしていた一方通行に声をかけた。
「ねえ、一方通行。私は、あんたを赦さないわ。どんな理由があったにしろ、私の『妹たち』を殺したことは赦されないことよ」
「…………知ってる」
一方通行は、ぽつりと美琴から視線をそらしながらも、返答した。
美琴はそんな彼女を見つめながら、中指を立ててみせる。
「当然、『死んで逃げる』ことも許さないわ。さっさと『実験』を止めて、せいぜい長生きして償っていきなさい」
「…厳しいのね。私だって、もう無理よ。これ以上、背負えない」
「そうでしょうよ、人の命ってのは重たいの。一人なら一人分の命しか背負えないんだから。
でも、あんたは背負うしかないの一万人分の命を。
だから、必死に生きなさい!
闇の中を這いずりまわって、苦しみながら、痛みにのたうち回りながら!
いつか、あの子達の前でも胸を張っていられるように!!」
「ほんと、やんなっちゃうぐらい厳しいなぁ」
一方通行は、泣きそうな顔でうなだれた。
美琴はそれを見て鼻を鳴らす。
「悪いけど、私は死んで終わりになんてさせないからね。
だいたい、人の者にこれ以上重荷を背負わせないでくれない? 意外とナイーブなんだから」
「………………………………略奪愛って、知ってる?」
「させないから」
美琴はそう言い切ると、次いでバツが悪そうに立つ上条に視線を向けた。
「上条君…いや、上条は頭に血を上らせすぎ。男の子って、殴り合いで通じるものあるのかもしれないけど、いくらなんでもやり過ぎ。
ああ、帝督、あんたもよ」
美琴はそう言うと、二人をジト目で見渡す。
「…私より年上のくせして、恥ずかしいと思いなさい」
「…なんつーか、迷惑かけた。それと、ごめんな帝督」
上条はポリポリと頭を掻きつつ、素直に謝罪をする。
一方、帝督はそれに対する返答もできずに唇を噛みながら地面を睨んでいた。
美琴は、彼を見下ろしながら呆れたように溜息をつく。
「…あんたが出来たこと、一つだけ教えてあげるわ。
それはね、私を救ったこと。
『実験』を止めさせるために、体を壊すまで無理をして勝手に追い詰められていた私をあんたは助けてくれた。
一度ふった私に、もう一度真剣に告白してくれた!
たった、それだけ。たったそれだけで、私は救われたのよ!!」
美琴はそこで一度言葉を切ると、帝督の手を取って引っ張ると無理やり彼を立ち上がらせた。
そして、握った手にもう片方の手を添えると自分の胸に抱きしめるように抱える。
「いつか、私が言った言葉を少し変えるわね。
『私は『超能力者』だけど、何も出来ない。それでも、諦めないわ。それであんたはどうすんの? 私としては、一緒に歩いて欲しいんだけど?』」
「俺は、俺は――――」
帝督は、何かを悩むように口を開き、遂にその心のそこにある思いを口にした。
大声で。
学園都市中に響き渡らせるかのように。
「俺は、美琴ちゃんと一緒にいたい! 俺は、俺は君の事が好きなんだ!!」
「じゃあ、考えましょう。何をどうすれば、ハッピーエンドに辿り着けるのか」
美琴は、そう言うと不敵に笑った。
まるで、見えない何かに挑戦状を叩きつけるように荒々しく。
帝督はそんな彼女を見ているだけで心の底から力が沸いてくるのを感じた。
彼女とならばどんなことでも出来る。
何の根拠もない、それこそ物語によくある都合の良い力。
そんなありもしない力を、今だけは信じてみる気になった。
そして、彼は立ち上がる。
他でもない自分の力で。
次いでゆっくりと口を開いた。
「ねぇ、美琴ちゃん」
「ん?」
「実はさっきから言いたいことがあったんだ」
「何よ?」
帝督は満面の笑顔を作り上げると、
「実は、俺の右手って粉砕骨折してるっぽいんだ」
笑顔のまま痛みの為に滝のような涙を流した。
美琴は、自分が帝督の手を気軽に持っていたことに気が付き、慌てて手を離す。
「えっ、ちょっ!? 嘘でしょ!?」
「しかも、一方通行のせいで肋が折れて胃とか損傷してるっぽいし、上条に殴られたせいで首が軽くむち打ちっぽい」
「いやーっ! 重症じゃない!? あんた何やってんの!? 救急車、救急車!!」
「ちょ、落ち着け御坂さん! こっからなら、歩いて行った方が早い! てか、帝督本当にすまん!!」
「と言うか、救急車はまずいでしょ? ほとんど私がやったから言い辛いけど、コンテナが倒れてたり、『妹達』の一人の死体が土砂で埋まってるんだよ?
流石に怪我の度合いも酷いから、警備員も来るだろうし。そう考えると、『実験』を運営している『科学者ども』が私たちを消そうとするわね」
「え゛!? 何やってくれてんのよあんた! って言うか、不吉なことを言うなー!!」
「しかし、的を得ている適格な意見だとミサカは判断して頷きます」
「「「「!?」」」」
不意に聞こえた、第三者の声。
帝督たちは騒ぐのをやめ、一斉に声のした方を見る。
すると、そこには美琴にそっくりな少女、ただしその顔にスコープを装着した『妹達』のうちの一人が佇んでいた。
その手には、ギラリと輝く銃がある。
一方通行は、そんな彼女を嘲笑するように声をかけた。
「おいおい、何の用だァ? まさか、本当に研究者ども(糞ったれども)は俺たちを消すことにしたのかよ?」
「…その返答には取りあえず『いいえ』と返しておきますと、ミサカは今さらキャラ作ってんじゃねーよコイツと馬鹿にしながら答えます」
一方通行の額にビキリという音と共に青筋が浮かぶ。
次いで、怒りのためかギリギリと歯ぎしりの音が聞こえた。
これに慌てて美琴が質問を繋げて誤魔化す。
「ど、どういう事?」
「実験は凍結です。先ほど、学園都市の『統括理事会』が通達してきましたと、ミサカはお姉様の質問に答えます。
そのため、研究者たちは実験の凍結の準備のために貴方がたを気にする余裕がないのですと、ミサカはついでに付け足します」
美琴は、この返答に眉をしかめる。
実験の凍結は正直に言って喜ばしい。しかし、その終わり方が『統括理事会』直接と言うのが解せない。
いや、待てと美琴はそこで自身にストップをかける。同時に思い出されるのは、自分がこの実験場に辿り着く前に上条と共に見た光景だ。
辺り一面に降り注ぐ純白の羽根。
そして、それから悲しみを共有してしまい一歩も動けなくなっていた人々。
美琴自身は、上条に肩を貸してもらって移動していたのだが、それからほとんど影響を受けなかったそれは帝督が引き起こしたものだ。
それも、一方通行が実験に参加している時に、だ。
そのため、帝督が警備員に捕まるようなことがあれば、そのまま実験は世間の知るところとなり『統括理事会』が非難の対象に上がるだろう。
そうなる前の尻尾切り。
凍結することにより、初めから実験を『存在しなかったこと』にしようとしているのだ。
その事実に気が付き、美琴は悔しげに歯を噛みしめる。
「どこまで腐ってるのかしらね、この都市は」
「さあ? とりあえず一番上まで腐ってるのは確実だね」
一方通行は口調を戻し、肩を竦める。
帝督は上条に背負ってもらいながら、ふと疑問に思ったことを口にする。
「…なあ、少し君に聞きたいんだけど?」
「何でしょうか? とミサカは変態に対して優しくも回答する誠意を見せてやります」
「……突っ込まないからな。良く分からんが『実験』とやらが凍結になったのは構わない。
でも、それを伝えにきた君はなんで銃(物騒なもの)を持っているのかな?」
その瞬間、ピシリと空気が固まった。
それは他でもない御坂妹から発せられる殺気によるものだ。
御坂妹は、その素顔をゴーグルで隠したままであったが、無表情のはずの口元をかすかに歪めて彼女にしては吐き捨てるように囁いた。
「あなたが、よりにもよって貴方がそう言いますかと、ミサカは怒りと共に言葉を吐き出します」
その直後、いつの間に現れたのか膨大な数の御坂妹が帝督たちを包囲する。
「…何のつもりかしら?」
「生憎と、お姉様には用がないので黙っていてくださいと、ミサカはクールに言い捨てます」
どこか剣呑な響きを伴った美琴の質問をばっさりと切り捨てると最初からいた御坂妹は、銃を上条と帝督へと構える。
正確には、上条に背負われた帝督の頭を狙っている。
同時に、辺りを囲っていた全ての御坂妹が銃を構えて帝督へと狙いをつけた。
「おいおいおいおいおいおい、何のつもりだ?」
焦って口を開く帝督。
同時に、美琴や一方通行は臨戦態勢に入り上条たちを庇うかのように立つ。
ちなみに、上条は異能ではないものについてはその右手『幻想殺し』では打ち消すことができないため、この場合は役立たずであった。
ともあれ構えられた銃により、場を緊張が支配し誰も一言も話さなくなる。
だが、初めの御坂妹は。その空気の中であえて口を開いた。
「端的に言えばミサカたちは貴方、垣根 帝督を殺そうとしていますと、ミサカは殺す相手にわざわざ説明してやります」
「俺を!? なんで!? むしろ、この場合は殺すのは一方通行じゃないのかよ!?」
「…今は彼女なんかが問題ではありませんと、ミサカは前提条件を提示します。
しかし、貴方は貴方だけは許せないと、ミサカは怒りを込めて呟きます」
「俺を?」
帝督は、突然のことに何も言えなくなり、呆然と背負ってもらっている上条の頭を痛くない左手で掻き毟る。
「イダダダダダダ! 振り落とすぞ、てめぇ!?」
「…止まらないのですと、ミサカは心中を吐露します」
不意に、御坂妹は自身のゴーグルに手をかける。
そして、それを額まで押し上げた所で彼女の素顔、無表情な美琴と同じ顔が出てくる。
だが、それはとてもではないが無表情とは言えないモノであった。
何故なら、
「貴方が出した羽根に触れてから、涙が止まらないのですと、ミサカは正直に言います」
彼女のその顔には、本来なら生理的要因いがいでは流れるはずがない涙が絶え間なく流れていたからだ。
そして、それは彼女だけではなかった。
帝督たちを囲んでいた妹達が一斉にゴーグルを外して、外気にその素顔をさらす。
その何れもが瞳から光る雫を垂れ流していた。
「泣いて、る?」
一方通行は、その悲惨な光景を見つめながら茫然とつぶやいた。
彼女が呆然としてしまうのも仕方がない。何故なら、彼女が今まで殺してきた彼女たちは一様に無表情で、感情などない、それこそ兵器のような存在であったから。
そんな彼女に、御坂妹は首を振る。
「涙だけではありません、胸も張り裂けそうで、居ても立ってもいられないのですと、ミサカは苦悶します!」
それは、帝督の能力によって強制的に心を『悲しみ』で汚染された彼女たちの悲鳴。
彼女たちは、無理やり『悲しみ』を自覚させられたため、感情の制御ができなくなっていた。
「これが、これが『悲しい』ということなのですか!? こんなに辛く、苦しいものが!! とミサカは絶叫します」
絶叫した御坂妹は、そのまま涙を溢れさせながら絶叫すると銃を構えなおす。
「こんな、こんな恐ろしいものが『感情』だと言うのなら、ミサカはこんな物はいらないとミサカは主張します!」
そのまま、彼女は、いや彼女たちは銃の引き金に指をかける。
「戻せ! 『ミサカ(わたしたち)』を『欠陥電気(にんぎょう)』に、戻せぇぇぇぇぇぇぇぇえええええええええええ!!!!」
次の瞬間、一斉に引かれた引き金と共にマルズフラッシュが辺りを照らし、銃弾という全てを食いちぎる顎が帝督目がけて吐き出された。
それに遅れて響くタイプライターのような銃声。
しかし、その銃弾のいずれも垣根 帝督には届かない。
ギンギンという金属同士が激しくぶつかり合う音と共に帝督の眼前に展開された鉄の壁。
それは、他でもない美琴が瞬時に磁力でもって引き寄せたコンテナの破片だ。
帝督を守るように展開されたそれは、背後以外の全ての弾丸を阻み、弾き飛ばした。
また、彼の背後から迫っていた弾丸は、一方通行によってベクトルを停止させられる。
「……『感情』なんていらない、ですって?」
美琴は自身が作り出した絶対の盾で縦断の雨を防ぎながら、歯を食いしばった。
彼女にとって、その言葉が妹達の口から吐き出されたことに怒りを感じた。
彼女は、彼女たちを『実験動物(にんぎょう)』から救ってやるのだと息巻いていた。
だと言うのに、彼女たち自身が『実験動物』であり続けることを望むなど、彼女には許容できなかった。
未だ、『実験動物』以外の生き方をしたこともないくせに、それが良いなどと駄々をこねる妹達が哀れであった。
もっとも、それは彼女のただのエゴであり、偽善であることは彼女は理解している。
だが、それでも彼女はその怒りを押せる術を持たなかった。
バチリとはじけるような音と共に辺り一面に電撃が走る。
それは正確に妹達の持つ銃に命中したかと思うと、たちどころに強力な磁力を発して彼女たちの手から離れて空中でひと塊りとなった。
「くっ…!? これは、お姉様の――」
「『悲しい』ってことは、苦しいわ」
美琴は上条と帝督に伏せているとジェスチャーを送り、彼らが無言でそれに従ったのを横目で確認すると、ゆっくりと口を開きながら妹達へと歩み寄る。
その体からは抑えきれない怒りが具現化したかのように青い電撃が纏わりついていた。
「それだけじゃない、『怒り』や『憎しみ』、『嫉妬』とか感情には嫌な苦しいものが多い」
そのまま、御坂妹たちに近づいた美琴は彼女たちの中心で咆声を上げた。
「でもね、感情には『嬉しい』とか『愛しい』とか綺麗なものもあるの!! それも知らずに、『変態(こいつ)』を否定するんじゃない!!!!」
途端に先ほどまでとは比べ物にならない電撃が美琴から迸る。
地面を穿ち、磁力でひとまとまりにされていた銃たちに当たると、それらをバラバラにしてしまう。
まるで、自然災害。
御坂妹たちは、それを身を竦めて過ぎ去るの待つしか出来なかった。
しばらくすると、それらの全てが唐突にかき消えた。
突然の静けさに御坂妹達はどこか焦ったように美琴の様子を窺う。
それは、彼女たちに芽生えてしまった『恐怖』が実行させたことなのだが、彼女たちはそれすら気がつかずに必死に次に怒ることに備えるために身構えた。
圧倒的に数の上で有利なはずの彼女たち。しかし、彼女たちはそれでも美琴が怖かった。
「世界は、感情は、こんなにも綺麗なもので溢れてる
だから――」
美琴は知っている。世界には綺麗なものだけではなく、汚いものも多いことを。
だが、彼女は知っている。世界には綺麗なものが溢れていることを。
だから、美琴は体を回転させて彼女たちを人取り見渡すと、全てを飲み込んだような笑顔を浮かべる。
その笑顔こそ、帝督が彼女に惚れた太陽のような笑顔であった。
「私が教えてあげる」
瞬間、美琴の体から電撃が迸る。
正確無比の狙いで放たれるそれは、何人いるのか確認できないほど大量に存在する御坂妹達に次々と命中していく。
『超能力者』の本気。
それは、御坂妹達の意識を奪いこそすれ命まで奪わない優しい攻撃であった。
だが、その優しい攻撃は逆らう事を許さない絶対の攻撃でもあった。
帝督は、上条に庇われるように伏せながら見つめる。
彼だけの太陽を。
「ああ、綺麗だ」
彼はそう呟いた。
あとがき
長々と続いた第三章、おそらく次話で終わります。
その次話投稿と同時に、前回から予告していた番外編も投稿したいと考えていますが、馬鹿みたいに長くなりそうですww
誰だ、全部混ぜてやるとか調子に乗った奴は
ともあれ、次の更新もまた2週間以内に行いたいです、と言うか年内に終了させたいですね。
そして、前回行わなかった感想返しですが、まさか気がつかないうちに60件近く溜まってしまっていました^^;
嬉しくもあるのですが、流石にこれら全てに返信するのは仕事が忙しいこともあり、大変厳しいです。
ですので、今回も感想返しはお休みさせていただきます。
本当に申し訳ありませんm(__)m
皆さまの貴重なご意見や、いつも励みにさせていただいている感想に返信できないなどお恥ずかしい限りですが、次回の分から暇を見て返信していきますので平にご容赦ください。
重ねて申し訳ありませんでした。