知恵の木の実(自分自身)を食べて、俺は覚醒した。
急激に良くなった動体視力。
見た目こそ変わらないものの、より強靭となった筋肉。
そして、力を強めた俺の『能力』。
これだけあれば十二分に十分。
俺は今、間違いなく学園都市最強の存在。
「そう思ってた時期が、俺にもありましたぁぁぁぁああああああ!!!!」
「無駄口叩いてる暇なんてないよ!」
ゴメシャッという凄まじい音と共に、俺が自分の前面に盾のように展開した羽根に衝撃が駆け抜ける。
同時に、頑強な筋肉に固められているはずの俺の体が浮かび上がり、後方へのベクトルで吹き飛ばされた。
「ぐっ!?」
「まだまだ!」
苦悶の声を上げる俺に追いすがる声と共に、俺の眼前に白い影が過る。
俺はとっさに羽を展開し、強制的にベクトルを殺す。同時に、俺の腹腔にベクトルを殺したことにより生じるGが掛る。
足の先から血液が逆流しそうになり、頭から意識が遠のきかけるような感覚。
俺は、その感覚を砕けきった右手を握りしめることによって生じる痛みで相殺した。
しかし、相手の攻撃はまだまだ終わることはない。
「残念でしたぁ」
重力に引かれるように足から着地するために体勢を整えていた俺の眼前に、白いカーテンがかかる。
そこはかとなく柑橘類系の良い匂いが俺の鼻腔をくすぐったが、俺にとって今その匂いは決して甘美なモノではない。
むしろ、大鎌を振り上げた死神の腐臭に匹敵するほどの恐怖を俺にもたらした。
ゾクリと、背中に悪寒が走る。
白いカーテンの途切れ眼からそっと差し伸ばされる骨のように白い手。
それこそ、まさに振り下ろされようとしている鎌だ。
幸か不幸か、俺の上がった動体視力は、高速で振り下ろされたその軌跡を正確に見きっていた。
「う、うおおおおおおおおおお!?」
意味のない叫び。
だが、それは死神に魅入られたがために動きを止めてしまっていた俺の体を動かす切っ掛けとなる。
背中の翼が羽ばたきを再開し、俺の体を僅かだが後方へと押しやった。
その刹那の後、俺の眼前を風が切り裂かれる音と共に白い死神の鎌が通過する。
俺はそのまま後退しながら、それを振るった張本人、空中で逆さまになりながら落下する一方通行を畏怖の気持をこめて見つめる。
まったくもって、俺は勘違い甚だしかった。
何が、自分が考えた最強の主人公だ。
――そんなもの、この最強(おんなのこ)の足元にも及ばないじゃないか。
何が、『汚染』だ。
――こんな、立った1人の最強(おんなのこ)も穢せないじゃないか。
何が、何が、何が、何が、対等だ!!!!
――俺はこんなにも無様じゃやないか!!!!
「ぐっ!?」
一方通行の攻撃を躱わすために後ろに下がった勢いを殺しきれず、俺は着地すると同時に無様に大地を転がった。
そう、俺は能力で飛べるにも関わらず、大地に足をつけさせられたのだ。
俺の本来の戦略は相手の攻撃が当たりにくい空中で、一方的に相手に向けて『脳内メルヘン』を行使することだ。
だが、一方通行にはその何れもが意味をなさない。
まず、空中に飛んでもそれは彼女の為に遮蔽物の全くない場所に移動し的になることを意味する。
ベクトル操作という能力により、空中を俺より高速で自在に『移動』できる彼女にとっては、空中までの何も障害物の存在しない場所は、もっとも適した加速車線なのだ。
次に、俺のメルヘンは現在は辺りに散布して、それを吸い込んだ者の意識を操るように設定しているのだが、一方通行は現在自分の生命維持に必要なもの以外全て反射している。
そのため、俺のメルヘンですら弾かれてしまっているのだ。
回避は不可能、攻撃は無効化。
防御に至っては、触れた瞬間に弾き飛ばされるか、血液を逆流されてデッドエンド。
もう、本当に無理ゲーです。
俺は加護によって強化されたにも関わらず、ダメージの蓄積でガクガクと震える体を叱咤して立ち上がる。
そんな俺に、少し離れた背後から声がかかった。
「おい、帝督! お前、本当に大丈夫なんだろうな!? なんだったら、助太刀を…」
「うるせー! お前は引っこんでろ上条! 帝督さまの俺TUEEEEEEEEEEEはこれからが本番だ!!」
心配そうにしている上条に、わざと強がるような言葉を返すと俺は全身に力を込めて立ち上がった。
そう、俺はまだまだ戦える。
本当は、もう怖くて恐くて背中を見せて逃げ出してしまいたい。
――だけど。
俺は、眼前にゆっくりと着地して再びこちらを攻撃しようとする気配を見せている一方通行に向けて静かにほほ笑んだ。
「さて、遊びはここまでだ(俺がやられる的な意味で)」
――もう一人の自分(一方通行)を、終わらせてやりたいと思うから、止まれない。
一方通行は、今全てを反射している。だから、俺の『脳内メルヘン』も効かないのだ。
体からの直接的な汚染は出来ない。
ならば、どうすれば良いのか?
俺は、ふとその時あの化粧の濃い少女の能力を思い出した。
彼女は、人間の精神に直接影響を与える念話能力を応用した能力者だ。
そして、俺自身も元々念話能力系の研究機関で実験されていた者。
ならば、精神を直接汚染してやれば俺の能力も効果があるのではないか?
俺は、ソレを信じて一方通行へと反撃を開始する。
傍らに植えてあった気を力まかせに引き抜くと同時に、根元近くで折れたために先端が尖ったそれを一方通行目がけて思いっきり投げつけた。
「今さら、そんな攻撃を!?」
一方通行がいらだたしげに何か叫んだが、俺は気にしない。
何故なら、今の攻撃もどうせ反射されるだろうが、俺にとってはその一瞬の間の思考時間が欲しいのだ。
直接精神を汚染するとは言え、精神は目に見えない上に触れもしない。
そのため、俺は何に干渉すれば良いのかも分からない。
……いや、待てよ? 俺たち能力者は常にAIM拡散力場という特殊かつ微弱な力のフィールドを無意識に発生させている。
そして、千差万別の力や種類を持つ現実に対する無意識の干渉であるこの力場を探ることで、 能力者の心や『自分だけの現実(パーソナルリアリティ)』を調査することもできると言われて
いる。
これだ! これを汚染すれば…
「…この程度なら、もう終わらせちゃうよ?」
不意に聞こえた俺の思考に割り込むかのような言葉。
そして、俺は遅れること数瞬で一方通行が、俺が投げ飛ばした気を反射したのだと察知した。
俺が投げた時以上の速度で反射された木は、思考に没頭しかけていた俺の僅かに遅れた対応をあざ笑うかのように殺到する。
咄嗟の判断で俺は自分の能力に頼った。
翼をいっぱいに広げて、星が瞬く夜空へと飛び立つ。
俺の体を捉える事がなかった木は、そのまましばらく水平に飛び続けたが、やがて轟音と共に地面にぶち当たる。
もし、俺の立ち位置が少しでもずれていたら、観戦している美琴ちゃんや上条にぶち当たったかもしれない。
なんて、危ない…
俺は、若干の怒りを込めて一方通行を睨みつけようと、彼女がいる場所を睨んだ。
すると、彼女は何を思ったのかしばらく考えるように顎に手を当てると、呟いた。
「空を飛ばれると厄介ね。堕ちろ」
直後、彼女が自身の足元を思いっきり蹴飛ばした。
瞬間、ゴバァという轟音と共に足もとの大地が丸ごとめくり上がる。
「!?」
「帝督!!」
それは、さながら土の大津波。
俺を呑み込まんとする巨大な化け物の顎。
上条の何かを呼び掛けるような声を耳にしながら、俺は背中にもう何度目かも分からない悪寒が走るのを感じた。
あんなもの、くらってられるか! 回避を…
俺は素早く辺りを見回して回避可能な場所を探す。
左右。
論外だ。迫りくる土の壁が到達する前に逃れられない。
後ろ。
これも、上条と美琴ちゃんがいるから却下。
ならば、少年漫画的に前!
ふ ざ け ん な !死ねってか!? あんなんに突っ込んだら普通に死ぬわ!
残された選択肢は上か下。
そして、下は俺としては遠慮願いたい。
そうと決まれば、上昇あるのみ。
俺は、翼を羽ばたかせて更なる上昇を行う。
幸い、噴き出た土の壁の背はそこまで高くない。
この分なら、少し上昇するだけで――
上昇を続けながら、俺はその発想に一瞬呆然とする。
(マテ、残サレタ選択肢ガ一ツシカナイ?)
それは、つまり――
「誘導、成功」
目の前に突如として現れる人影。
それが、土の津波の上を掛けてきた一方通行だと気がついた時には、すでに手遅れであった。
「私の――」
引き絞られる拳。
それは、おそらく彼女最大の威力が込められた一撃。
彼女の攻撃に『かすり』はない。
そのベクトル操作で、少しでも攻撃に触れたのなら威力がそのまま浸透する。
出来るのは、防御。
自身の『脳内メルヘン』によって構成された翼を上昇するのに使うのではなく、咄嗟に自分の眼前に展開して急ごしらえの盾とする。
もっとも、先ほどの何でもない一撃で破られたその盾は、
「勝ち!!」
耐え切れずに崩壊して全力のベクトルを俺の体にぶつけた。
「ぐぇっ――――――」
苦悶の声が、一瞬上がる。
だが、次の瞬間には俺は叩きつけられ、捲れ上がっていた土の上へと墜落した。
同時に、背中に凄まじいまでの衝撃が駆け抜けて、息が詰まると同時に俺は喉の奥から込み上げてくるものを感じた。
「お、おげぇ!?」
醜い、蛙を引きつぶしたかのような声と共に、俺は体を横に倒して口の中から迸るパトスを吐きだした。
とてもではないが、表現したくない刺激臭に塗れた物体。
それには、うっすらと桃色の何かが混じっている。
くそ、胃が損傷したのか?
だが、俺の体を襲う痛みは凄まじいながら、どこかまだ余裕がある。
その証拠に、全てを吐き出し終わった俺はゆっくりと起きあがる余力すらあった。
だから、演算を始める。
「うそ…。アレを食らって起きあがるなんて…」
いつの間にか、俺の正面に現れた一方通行。
彼女は、心底驚いたのか目を見張って起きあがろうともがく俺を見つめた。
俺は彼女を睨み返すと、ズリズリと這って移動する。
余りにも、無様で滑稽な逃走。
この時点で普段の俺ならば、諦めて抵抗を止めていただろう。
だけど、今は違った。
どんなに負けそうになっても、勝てる瞬間まで頑張りたいとそう思った。
痛いし、恐いし、もう嫌だ。
だけど、諦めて俺の居場所に帰れないことや一方通行に負けるのは、もっと嫌だ!!
俺はズリズリと体を這わせて一方通行から少しでも距離を取った。
ただ、演算の時間を稼ぐために。
「君は……」
一方通行が、ポロリと言葉を零す。
俺はそのまま這いながらめくり上がった土の上から移動し、砂利道を進む。
目指す場所は、先ほどから視界に入っていたコンテナ群。
取りあえずは、あそこまで逃げるのだ。
「はぁ、はぁっ」
ズリズリと、まるで芋虫のように進む。
くそっ、これじゃあ何時までたっても辿り着かない!
生まれたての小鹿のように震える足に力を込める。
体が、見えない何かに抑えつけられるかのような感覚がするが、なんとか立ち上がると俺は酔っぱらいのような千鳥足でコンテナの一つに辿り着いた。
俺はそれに手を触れながら、荒い息を整えようとする。
よし、後はこれを…
「もう、諦めなよ」
その声は、俺の真上から降ってきた。
「!?」
声に反応する形で俺は上を向き、そして見た。
月を背に立ち、悲しそうな瞳で俺を見つめる一方通行の姿を。
一方通行はまるで何かに耐えるかのような表情で口を開いた。
「私は、殺したいわけじゃない。ただ、理解してもらいたいだけ。
もう、分かったから。だから、もう諦めてよ」
どうやら、彼女の中でもう勝負がついてしまったようだ。
まだ、俺は立っているし叩かる力は僅かだが残っているのに。
俺は、吐き捨てるように呟く。
「ヤダ」
まるで、子供の我儘。
そんな言葉が次々と俺の口から聞こえてくる。
「嘗めるんじゃねぇよ。言っただろうが、俺の反撃はここからだって」
「でも、もう…」
俺は、一方通行が何かを口にしようとした瞬間、自分が手を添えていたコンテナを思いっきり押した。
体に残っている力の大半を注ぎこんだその一押しは、常ならば決して動かせそうにないそのコンテナを周りのコンテナを巻き込むような形で盛大に倒れる。
「!?」
驚いたような一方通行の顔が、次々に倒れていくコンテナの向こう側に消えていく。
次の瞬間、コンテナが倒れた轟音が辺り一帯に響き渡った。
同時に、土煙があがったが、それだけではなくコンテナの内容物であった『小麦粉』が空気中に散乱する。
また、今日は都合の良いことに無風状態で風が吹いておらず、小麦粉を含めた『粉塵』は濛々とその場を漂う。
俺はそれを確認すると、コンテナを固定していた金属の留め金を、体に残された全力でもって粉塵の中へとスピンを効かせて投げ込んだ。
投げ込まれた金属は凄まじい速度で中へと殺到し、一つの音を響かせる。
即ち、コンテナ(金属)と金具(金属)がぶつかり合った音を。
次の瞬間、俺の視界で赤が弾けた。
音が吹き飛ばされ、光が辺りに散乱する。
「――――ぁっ、――――」
耳に強烈なまでの振動を浴びせられ、また凄まじい爆風の余波を受けて体が吹き飛ばされた。
耳鳴りと共に世界から音が消える。さらに、それだけではなく三半器官がいかれてしまったのかどちらが上で、どちらが下なのかが分からなくなってしまう。
だが、頭の一部分で行われる演算は未だに健在で、俺自身がどれほど集中を切らしてしまおうが、関係なく演算は続く。
そして、その演算が終了すると同時に耳に次第に音が戻ってくる。
「―は―――――――はは、はは――――――!!」
誰かが、笑っている。
「―督!! ―事か!?」
誰かが、俺を心配してくれている。
そんな中、彼女の声だけはいやにハッキリと聞こえた。
「…………信じてる」
それは、周りのどの音よりも小さな声。
本来なら、決して聞こえることはなく、笑い声や心配する声にかき消されるべき声。
だが、確かにその声だけがハッキリと俺の耳に聞こえた。
言ったのは誰かなんて、確かめるまでもない。
「美琴、ちゃん」
ギシリと、歯を噛みしめる。
俺が、今戦っているのはほぼ自分の為だ。
だけど、最初に動き出したのは彼女を助けたいと思ったからだ。
彼女が、止めたいと願っているであろう彼女のクローンを使った実験。
それの中心人物である学園都市序列第一位の一方通行。
本来の俺ならば何れも止めることなど出来はしない。
しかし、俺はもうまともに考えられなくなった脳ではなく、本能の部分で感じていた。
目の前の不可能(一方通行)を可能にすれば、実験も止まると。
そして、止められたならば美琴ちゃんは間違いなく俺に惚れると!!
「お、あああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
本当は、滅茶苦茶怖い。
本当は、痛いのも大嫌い。
本当は、居場所も守れないかもって、諦めてる。
でも、彼女が信じてくれているのなら、俺は意地でもカッコいいところを見せてやらなきゃいけないんだ!
俺は、体中から声を上げて立ち上がると、炎の中を大声で笑いながら歩いている影に不敵な笑みを浮かべた。
「おいおい、少しは、効いてて、くれても、いいんじゃないか?」
言葉は、息が切れていたために途切れ途切れになってしまったが、一方通行には伝わったらしく、彼女は炎の中からゆっくりと歩み出てくると愉快そうに笑い声を上げる。
「ふふふ、本当に死ぬかと思った。酸素が一気に燃え尽きたせいでとっても苦しかった。
こんな時の対策として、小型の酸素ボンベでも携帯しようかな? ねぇ、アレってどこで売ってるか分かる?」
彼女は歌うようにそう告げるとゆっくりと足取りで、俺の目の前まで歩み寄った。
俺は、ただ彼女を至近距離で見つめ、呆れたように呟く。
「…お前、いったいどうやったら死ぬんだよ?」
「さあ? でも、今のぐらいじゃ『死ねない』みたいだね」
「……」
「さて、それじゃあ本当にチェックメイトかな?」
一方通行は、そうおどけたように言うと、ゆっくりと俺に向けて手を差し伸ばす。
それは非常にゆっくりとした動作で、まるで愛おしむようなその動作に俺は一度目を閉じ――
「お前がな」
先ほどまでために貯めていた演算を解放する。
それは、一方通行の微弱なAIM拡散力場を発見し、『汚染』するための演算。
そして、俺が一方通行に勝つためのたった一つの方法。
その演算は一瞬にして『脳内メルヘン』に適用されると、一方通行が何か反応を返す前にその能力を解放する。
「ぁ――――――――」
途端、トロンと虚ろになる一方通行の瞳。
俺はその彼女めがけて背中の翼を振り下ろした。
メルヘン状態となっている一方通行は、その思考すらもメルヘンに汚染されて反射も出来ない。
成すすべなく俺の攻撃を喰らった彼女は景気よく横に吹き飛んだ。
ゴロゴロと、まるで投げ捨てられた空き缶のように転がる彼女。やがて、俺のメルヘンの効果範囲から抜けた辺りで彼女はその動きを止めた。
俺はそれはどこか冷めた目で見ながら、一度能力を消すとゆっくりと彼女に近づいて行く。
「ぐっ、うっ…」
苦しそうに苦悶の声を上げる一方通行に、今度は俺から語りかけた。
「俺の、勝ちだ」
「ぜっ、ひゅっ」
どうやら、彼女は息が詰まっているようで苦しそうに喘いでいるだけで、返事はしない。
だが、俺は彼女の瞳が苦しそうな光を宿しながら、俺に何かを期待しているまなざしを向けていることに気がついた。
俺は、しばらくその瞳を見つめながら彼女の意思を読み取ろうとする。
その時、苦しそうな彼女の口元が動いた。
(お)
(わ)
(り)
(に)
(し)
(て)
俺は、しばらく彼女を見下ろして一言、彼女に問いかける。
「…疲れちゃったのか?」
一方通行は、苦しそうな息の中で一度だけコクリと頷いた。
「…そっか。じゃあ、さよならだ」
俺は、再び能力を展開して背中に翼を生やす。
もうそろそろ、俺も限界なのか翼は片側しか現れない、だが、今はその片翼で十分であった。
俺は意識を研ぎ澄まして、翼の形状を少しずつ変えていく。
より鋭く、より堅牢に。
そうして、出来上がったのはまるで刃のように尖り、硬くなった俺の翼。
俺はゆっくりとそれの狙いを一方通行の胸に定める。
気がつけば、眼にゴミでも入ったのか視界が滲み世界が歪んでいた。
「ば…い、ばい」
一方通行が、ぽつりと呟く。
俺は、それに静かに答えた。
「ああ、ばいばい」
その瞬間、俺は一方通行の心臓めがけて翼を振り下ろした。
――――これでもって、俺と一方通行の死闘は幕を閉じた。
――――ただ、俺はこの時すっかり忘れていたんだ。
――――俺の親友は、『英雄』だってことを。
俺の翼が一方通行目がけて振り下ろされる直前、誰かが俺の翼を横合いからそっと掴んだ。
それだけで、翼はボロボロと形を失い、一方通行の胸を貫くことなくその姿を消す。
こんな、理不尽な現象を俺は知っている。
ギシギシと油が切れた人形のように首を巡らせて、手が伸びてきた方を見るとそこには上条がいた。
上条は俺と一方通行を呆れたように眺めると、次の瞬間凄まじい怒声を上げた。
「この、馬鹿野郎どもが!!!!」
「上条……」
「俺は、お前たちの事情なんて全く知らない! でもなぁ、これだけは言える。これ以上傷つかなくて良いはずの自分を傷つけているお前たちは、馬鹿だ!!」
「…にも………いくせに」
俺は、熱く吠える上条を見つめながら、自分の心が冷えて行く感覚を覚えた。
「こんな結末、誰も救われない! そんなこと、認められるかよ!!」
「何も知らないくせに、ほざいてんじゃねぇぞ部外者!!」
「悲劇に浸ってんじゃねぇよ当事者!!」
いつしか、俺は上条に対してそう噛みつくように叫んでいた。
同時に、上条も負けじと怒鳴り返す。その途端、俺は普段の自分からは考えられないほど低い沸点であったが、ブチギレた。
何故だか、上条に言われた言葉が無性に癪に障る。
「なら、お前はこのまま這い上がれない泥の中に、こいつが一生いれば良いって言うのか!? 死しか救いのないこいつに!!」
「誰が決めたんだよそんな事!! お前はいつもそうやって決めつけて、自分がとれる選択肢を狭めてる!
そんなんじゃ、救える存在も救えねぇよ!!」
「お前が言うのか、あの子を救えなかったお前が!!」
「ああ、そうだ!! あの時、俺は一瞬だけど諦めていた! だから、お前はそうさせない!」
「お前のその言葉は理想論だ! 学園都市の闇も知らずに育った甘ったれが吐きだしている夢物語なんだよ!! なんで気がつかない!!」
「気がついていないのはお前だ! ありもしない幻想(現実)に囚われて、一番大切なことに気がついていない!」
「俺が何に気がついてないって言うんだ!!」
激しい舌戦の中で、俺は上条がまぶしくて目を細める。
こいつが言っていることは、本当は俺が言いたかったことだ。
優しい誰もが助かる夢物語。俺は、そんなものは存在しないと知っているのに、それに憧れてしまう。
さながら、太陽に魅せられて天へと上ったイカロスのように。
そして、上条は俺に言った。
必死そうな表情で。
ただ、喉も枯れよとばかりの声量で。
「お前自身が一番その夢物語に憧れていることにだよ!」
その瞬間、俺の中で全てが停止した。
そう、何のことはない。
理想論だと嘲笑い、尊い思いを踏みにじっている俺自身が、それに一番憧れていたのだ。
真実、光に憧れているのは一方通行ではなく俺だったのだ。
「助けてぇんだろ!? お前が言う学園都市の闇にどっぷりと浸かっている一方通行を!
自分のクローンを『実験』なんかで殺されて傷ついている御坂さんを!」
「俺は……」
そうだ。
そうだよ、上条。
俺は、彼女たちを救いたいんだ。
光のある所で笑わせたいんだ。
でもな、俺は英雄(お前)じゃないんだよ。
脇役には、そんな話を都合よく進める力なんてないんだ。
だから、何が一番大切かを考える。本当に一番大切なものを失わないようにするために、それ自身が傷つけても無くさない。
そんな歪んだ信念しか持てない卑屈な悪役(俺)に、英雄(上条)はまるで自分のことのように、泣きだしそうな顔を歪めた。
「憧れているなら、なんで立ち止まる!? なんで、試す前から無理だって決めつける!?
そんなことをしている暇があるなら、一秒でも早く理想を実現するために行動しろ!
そうしなけりゃ、どんな現実に近い理想だって現実になれるわけがねぇんだよ!!」
「『もってる奴』の言い分だろ、そんなものは! 俺の現実は、そんな言葉じゃ揺るがねぇよ!」
「だったら、俺が今からお前のその現実(幻想)をぶっ壊す! ちったぁ、頭を冷やしやがれこのメルヘン野郎が!!」
「もう、それ以上囀るんじゃねぇよ!」
「帝督ぅぅぅうううううう!!!!」
「上条ぉぉぉぉおおおおお!!!!」
そして、俺たちは同時に持てる最大の攻撃を行った。
俺は、翼での上からの振り下ろし。
上条は、その右手での一撃。
互いに相手の顔を至近距離で捕らえられる位置での攻撃。
苦し紛れに放たれた一撃と、在りえないほど尊い意思と共に放たれた一撃。
どちらが、勝つかなど初めから分かっていた。
あとがき
スーパー美琴ちゃんタイム、次回に持ち越しです。すみません^^;
私の忙しさの関係で更新が大幅に遅れてしまったことを謝罪させていただきます。ちなみに、感想返しはまた次回に持ち越しとさせていただきます。重ねて申し訳ありません(T_T)
なお、前回行わせていただいたアンケートの結果はBとなりましたが……
予想以上にDが少ないことに絶望しましたww
ともあれ、AやCも僅差でしたので私としては救済策として全て混ぜてやんよという結論に至りましたwwww
忙しい中、自分で自分の首を絞める行為。
それでも、やらなくてはいけないことがあるんだ!!
因みに、次回の更新は2週間以内には行いたいと思います。
それでは、また次回ノシ