「さぁて、白状してもらおうか?」
そう言って一方通行は、獰猛に笑った。
まるで肉食獣。
自身の優位は絶対に揺らがないと知っている自身に溢れた、それでいて嗜虐心がもろ見えな笑顔。
その素敵な笑顔を見た瞬間、俺の背筋をゾクリと悪寒が走った。
それでも俺はその強烈な殺気に押されずに丹田に力を込めて、特殊な呼吸をする。
コオオオオオオオオオ、高まれ仙道パワー!!
一方通行は急に高まったであろう俺の威圧感に怪訝そうにしながら口を開く。
「あの日、テメェと初めて会った日。俺は確かにお前に馬乗りになりながら首を絞めていたはずだ。
だってのに、意識を一瞬失った時、俺はお前に蹴り飛ばされていた」
俺は一方通行の言葉に、初めて会った時の事を想起する。
そう言えば、首を絞められて死にかけたから必死で能力を発動し、蹴り飛ばしたんだった。
「あー、そういやそんな事あったなぁ」
「思いだしたんなら、キリキリ答えろ。寝ている時だって常時発動している俺の『反射』をどうやって防いだのかな」
「やだね」
速答。
俺はもはや条件反射のレベルで、そう答えていた。
こんな奴にわざわざ俺様の能力を教えてやる気なんてさらさらない。
何故なら、こいつは俺の美琴ちゃんに怪我を負わせた。
不意打ちでボコボコにするために能力を使いこそすれ、教えてやる義理なんてさらさらない。
さて、ご丁寧にこいつは自分の能力を『ベクトルの向きを操る程度の能力』と教え、さらにはそれが俺のメルヘンには無意味だと教えてくれた。
俺は怒りで顔をゆがませた一方通行が何かを言う前に、一方通行の眼前に手を翳す。
「『脳内メルヘン』」
悪戯が過ぎる馬鹿には、お仕置きが必要だろう?
なんて、出来たらよかったのになぁ。
「あ、えっとですね。自分の能力は『脳内メルヘン』って言って、相手の頭をメルヘンにする能力なんです」
「ああん!? んだそりゃあ?」
「ひぃ!?」
現在、俺は一方通行に連れてこられた路地裏で襟首掴まれて吊るしあげられています。
殺気にビビって能力を使う使わないの騒ぎじゃない。
いや、だって尋常じゃないくらい怖いんだもんこの人。確実に人を一万単位で殺している目をしてるよ!
俺のようなヘタレはこうして嵐が過ぎるのを待つしか許されない。
一方通行は、俺を吊るしあげながらその整った顔を苛立たしげにしかめた。
「いや、待て。もしかして催眠系の能力か? 規定量の内の光や音を用いた能力なら、一応俺にも効く、のか?」
こっちに聞かれても知らねぇよ。
今さらのようだが、俺自身も自分の能力がなんなのか正確には分かっていない。
実を言うと、以前俺を研究していた施設でも判明されていないのだ。
それなりの設備があり、優秀な科学者たちがいた施設だったのだが、どれほど俺の能力を検査しても、分かるのは俺の能力が対象の意識を一時的に混濁させることだ。
しかも、何で能力を発動すると翼のような光の粒子が出るのかも不明。
ちなみに光の翼の粒子を集めようにも、俺の能力が安定していないどころか、反暴走状態であったので粒子を測定するための室内の計器が原因不明の故障を起こす始末。
それ故、全くの理解できないもの、存在しているにもかかわらず視認できないもの。
『未元物質(ダークマタ―)』と呼称された。
…まあ、カッコよく言ったけど、要するに「わけわからんわ」と科学者どもに匙を投げられたしょうもない能力なのだ。
最近、幾分マシになったとは言え、同じ原因不明の能力でも上条の『幻想殺し』のように使い勝手も良くない。
と言うか、あいつはなんで研究施設に叩き込まれないんだ?
科学者からしてみれば、あの能力は喉から手が出るほど研究したいモノのはずだ。
それこそ、本物の催眠系能力者の方がはるかに汎用性も性能も優れている俺の能力なんて、歯牙にもかけられないはずなのだ。
そもそも、俺の能力とは何なのだろうか?
生まれ変わって十数年。自然と体に引きずられた精神並の性能しかないおつむで必死になって考えてみる。それでも…
「…どうにも、分からないんだよなぁ」
「? なんか言ったかよ?」
俺の呟きに今まで指向に耽っていた一方通行が反応する。
アレ? もしかしなくても、今逃げる最後のチャンスだったりした?
俺は適当にごまかすべく、言葉を濁す。
「あ、いや」
「何が、わかんねぇんだ? もう一度言え」
だが、有無を言わせない強い語調。及び、今にも襲いかかってきそうな鋭い眼光によってあっけなくその抵抗は無駄になる。
俺は、所詮一般人。
本物の殺気なんて当てられたら、即座にリタイアしますがな。
「えっと、自分でも自分の能力が良く分からないなーって、思って……」
「はぁ? 何言ってやがんだ、てめぇ? 普通に能力を使っておいて、どの口がそんな馬鹿みてぇなことを言うんだ?」
「え? いや、この口?」
「…あのなぁ? 能力者は能力を発動する際に、『その能力を発動する』って意思があれば発動に成功する。けどな、その傍ら制御のために計算式を思い描く必要がある。
つまり、自分の能力を良く知らなきゃ、制御もままならねえ。
こんなの、『能力者(俺達)』には当たり前だろ?」
言われてみれば、その通り。
実際、つい最近までは俺はその制御の計算式が上手く練れず、能力が安定していなかった。
と言うか、自分で言っておいてアレだが、俺はいつも何を計算しているのだろうか?
一応、座標指定の為に常に位置計算や三次元的空間把握は計算しているが……ぶっちゃけ、それって相手をメルヘンにするのとか関係なくね?
「あれ? あれ? あっるぇ~?」
「…まさか、本気で理解してねぇのか? だとしたら、お前は無意識で……」
その時、ピリリリリリリとその言葉を遮るかのように電子音が鳴り響いた。
一度だけではなく、二度三度と続けて路地裏に響くその音の発生源は、生憎と俺のポケットに眠っている携帯電話ではない。
一方通行は俺を吊るしあげていた手を離すと、自分のポケットから小型の携帯電話を取り出す。
すると、着て欲しくない電話の番号からだったのか、ディスプレイを見た一方通行の顔がいらだたしげに歪められた。
一方通行は俺から視線を外すことなかったが、そのまま携帯電話を耳に当てる。
「俺だ。――――ちっ、もうそんな時間か」
何のことかは分からないが、どうやら一方通行はこれから予定があるようだ。
それも、俺にかまっている場合ではないほど重要な。
一方通行は、俺から視線を外すと電話先の相手に吐き捨てるように口を開いた。
「分かってる。今度から一々連絡してくるんじゃねぇ。てめぇは、黙って自分の首でも洗ってやがれ。
――――――あん? うるせぇよ、本気で首を飛ばすぞ?
良いから、お前は黙ってそこで待ってりゃいいんだ」
一方通行はそのまま通話を切り、俺に再び視線を向ける。
「ラッキーだな、お前。今回は見逃してやるから、さっさと失せな」
「え? マジで?」
「…ただし、テメェの携帯の電話番号とアドレスはよこしな」
一方通行はそう言うと、俺に向けて手を差し出す。
俺はその無言の催促に、黙ってポケットの中の携帯をその手の上に置いた。
ここで反抗しても、どうせ力づくでこられたら叶わないから、大人しくしておくべきだろう。
すると、待っていましたとばかりに一方通行は素早く携帯電話を操作し、自分の携帯に俺の携帯の情報を送信する。
それが終了すると、一方通行は俺の携帯に興味が失せたかのように俺に投げ返した。
「さてと、今度連絡するけど、番号とかを変えてやがったら見つけ次第殺すからな」
「えっと…」
「お前だけじゃなく、その待ち受けの『超電磁砲』もな」
そう告げると、一方通行は路地裏の出口へと歩いていく。
俺はソレを見送ることなく、自分の手の中に残された携帯電話に視線を送る。
その携帯のディスプレイでは、美琴ちゃんがムスッとした表情で中指を立てていた。
「またな」
耳に届く一方通行の声。
その声に反応して俺は、ゆっくりとその声のした方を見た瞬間、視線が紅と交わった。
息が止まる。
時間にして病にも満たない刹那。その瞬間に見た紅は一方通行の瞳の色。
そこに宿っていた光を俺は確かに知っていた。
「……美琴ちゃん」
その声が届いたのか、届いていないのか。
一方通行はもう振り向かずに路地裏を後にした。
後に残された俺は、ただ自分の呟いてしまった言葉に茫然とする。
俺は、今何を言った?
美琴ちゃん?
誰が?
あの、俺たちを殺そうとし、美琴ちゃんを傷つけたあの女が?
「なに、言ってるんだ、俺は」
あんな日蔭者の男女が、美琴ちゃんと同じ目をしていたなんてこと、あるはずがない。
第一、俺はあいつに欲情したりしない!
俺が欲情するのは、美琴ちゃん(と、脳内変換で美琴ちゃんの顔になったAV女優)だけだ!!
それか、そうだ。それに、あいつがスカートなんて履いてるからそう思えただけなんだ!!
そうだ。そのはずだ。
だから、今日はもう帰ろう。
俺はそう考えていつの間にかへたり込んでしまったコンクリートの上から立ち上がろうとする。
だが、俺の脚はまるで痺れてしまったかのように動かず、立ちあがることは叶わなかった。
見上げた夜空は、今にも泣きだしそうなほど雲に覆われていた。
なんだか、無性に美琴ちゃんに会いたい。
このままでは、彼女への思いも忘れてしまいそうだ。
美琴 side
息は、荒い。
体は、油がさされていない扉のように軋んでいる。
それでも私は体を動かした。
何故なら、ついに妹達(シスターズ)の殺害人数が一万に達したから。
私の体から取り出されたDNAマップを元に、作り上げられた私のクローン。
彼女たちは皮肉にも名前は与えられず、『妹達』という通称と、『ミサカXXXX』という個体識別番号、そして『欠陥電気(レディオノイズ)』と言う蔑称が与えられた。
私は、始めそれらのクローンが作られるとは聞いていなかった。
ただ、筋ジストロフィーという難病にかかった人たちを救うために協力してくれと言われたのだ。
しかし、蓋を開けてみればいつの間にかクローンが作られ、そのクローンたちは軍事目的に使われるものであった。
いや、正確には軍事目的ですらない。
彼女たちは投薬による成長促進、学習装置(テスタメント)を用いた基本情報の強制入力によって、その姿は短期間の内にオリジナルである私と全く同じに成長する。
それでも、成長を無理やり促進させたことへの影響なのか、彼女たちの能力レベルは私の『超能力』と異なり、高く見積もっても『強能力』。
その軍事的価値はあまりない。
そのため、彼女たちは軍事運用されることなく、そのまま使い潰すかのように、いや事実使い潰すために『実験』へと『研究素材』として投入されることとなった。
その『実験』の名は、『絶対能力新化計画(レベル6シフト)』。
『超能力』を超える『絶対能力(レベル6)』を生み出すために、一方通行と呼ばれる学園都市序列第一位に『妹達』を虐殺させるというものだ。
そのことを初めて知った時、絶望した。
抗えないほど大きな力のうねりを感じ取り、学園都市の闇の部分に心の底から怯えた。
それでも、彼女たちに初めて会った瞬間、そんなものは吹き飛んだ。
無表情に並ぶ自分と全く同じ顔をした少女たち。
その瞳はまるでガラス玉のようで、本当に生きているのかと疑いたくなるようなものだった。
同時に、思った。
――この子たちをこのままにしてはいけないと。
この子たちが生み出されたのは、私が安易にDNAマップを提供したからだ。
ならば、その咎は私が負わなくてはいけないのだと。
その日から、私の孤独な戦いが始まった。
私を騙してDNAマップを手に入れた研究施設にハッキングし、『妹達』に関わる全てのデータをクラッキング。
だが、すでにそのデータは他の研究施設に移された後だった。
そこからは、私とデータのイタチごっこ。
私がデータを壊していく端から、データは他の研究施設に送られる。
また、私は一方通行と妹達の実験場を事前に調べ、その妨害を行ったりした。
そして、気がついたら当初2万人製造された妹たちの人数は、半分にまで減っていた。
休んでいる暇なんかない。
早く、一刻でも早くデータを消さなきゃ、実験の邪魔をしなきゃ。
じゃないと、またあの子達が失われる。
足がもつれ掛ける。
だけど、足は止めない。
医者には、あと3日は安静にしてもらうと言われたが、無視して来てしまった。
だから、止まれない。
例え、あの時対峙した一方通行の顔が脳裏にチラついても恐怖でなんか体を竦ませない。
ただ、前に進む。
実験場までもう少し。
今回は廃ビル付近であったはずだから、そのビルの基礎を吹き飛ばしてしまえば、そのフィールドを使った実験は中止になるはずだ。
この体でどこまでできるかは分からないが、レールガンの一発や二発なら耐えられそうだから問題はないだろう。
さあ、行こう。
……そう言えば、私がこんなことをしていると知ったら、あいつはどんな顔をするんだろう?
そんなどうでも良いことが、少しだけ気になった。
??? side
人間は思考する。
今回、彼が指示した『実験』。だが、それに彼にとっての『最大の敵』、『脳内メルヘン』の影が忍び寄っていた。
「…三沢塾では上手く行ったのだが、ままならぬものだな」
三沢塾の際、彼はその『脳内メルヘン』から『幻想殺し』を一時的に引き離して、自身の計画通りに事を運ぶことに成功した。
それは確かな成果ではあるが、いつもいつも成功するとは言えないものだ。
その具体例が今回の『実験』だ。
何故なら、『実験』の中心とも言える人物たちに『脳内メルヘン』が関わり始めてしまっているから。
(『超電磁砲』ではなく、『原子崩し(メルトダウナー)』を使うべきだったか? いや、それでは意味がない。
アレは能力が不安定極まりない上、性格的にも『超電磁砲』ほどこちらの思う通りには動かない。
だが、それでも、『脳内メルヘン』、いや『未元物質(ダークマタ―)』を関わらせるよりは遥かにマシであったか?
いや、しかし『妹達』をアレの殺意から守るには、『超電磁砲』の容姿であった方が有利だ)
人間は黙考する。
すでに動き始めてしまった計画で、それが最善であると言う事は彼も理解していたが、それでもぼやかずにはいられない。
『脳内メルヘン』はそれほど彼にとって厄介な存在だった。
「あの果実は、本来であれば私の楽園(がくえんとし)には似合いと言えば似合いなのだがな…どうにも毒が強すぎる」
もし、その毒が『実験』に浸透してしまったら?
考えられる最悪のパターンは、『妹達』の全滅だ。それこそ、AIM拡散力場を『界』を世界に広める以前の話になってしまう。
単価が安い物とはいえ、流石に何の理由もなしに海外にばら撒くと他勢力からいらぬ勘ぐりを受けることになる。
(…今はまだ、水面下にあるべき時期。大々的に動けるようになるのは、第二段階を過ぎてからだ)
それこそ世界を敵に回すつもりの人間だが、叶わないと知って立ち向かうほど愚かではない。
今しばらく、他勢力の眼を他に向けさせておく必要があるのだ。
その為の『禁書目録』であり、『幻想殺し』。
『幻想殺し』の本来の用途は別にあるが、矢面に立たせるのは好都合でもあるから、問題はない。
とは言え、それすらも『脳内メルヘン』がいる限り、危ういのではあるが。
そうまで思考して、人間は薄い嘲るような笑みを浮かべる以外動かすことのなかったその顔を、初めて別な表情に変える。
それは、苦虫を10匹わまとめて噛んだかのような表情。
人間をこのような表情に変える『脳内メルヘン』。
人間は当然ながら何度も何度もその存在を抹消しようと試みた。
だが、すでに覚醒した存在である『脳内メルヘン』へのそれは、一度として成功することはなかった。
一度、狙撃で暗殺を試みた時。標的に発砲せずに帰ってきた狙撃手、なんでもそれまで100%の仕事の達成率を誇っていたらしいその男は、こう自供したという。
「ダメだった。あいつを見た瞬間にコーヒーの味を思い出しちまったんだ。あのなんとも言えない苦みを…。
だって、あいつは股間を蹴られていたんだ!! 一度だけじゃない、二度だ!! ありゃあ苦い、いや、痛いってレベルじゃねーぞ!?」
その狙撃手は速攻で始末した。
途中、「引き金を引くのは簡単だ。コーヒーの味を忘れれば良い」などと言っていたらしいが、知ったことではない。
そして、そんな馬鹿な狙撃手よりも恐ろしいのは、『脳内メルヘン』だ。
どのように作用するか、また作用しているもの自体が何なのか、すべてが不明、故に『未だ元を理解できない存在』、『未元物質(ダークマタ―)』なのだ。
アレには、まだ人間にすら理解できていない秘密が山のように詰まっている。
常ならば、研究意欲を刺激されているところだが、アレの相手にはそうも言ってられない。
何故なら、アレの研究を過去に行っていた者は――
人間はそこまで考えてその思考を打ち切った。
今考えるべきはそのようなことではない。
今考えなければならないのは、いかにしてあの『変態』を上手く動かすか、だ。
もはや、関わり合いを持ちたくないなどと言っている場合ではなくなった。
ならば、そのもっとも効率の良い運用の仕方を探さねばならない。
「『心理定規(メジャーハート)』。いまだ完成しているとは言い切れないが、仕方がない。使うとしよう」
人間、アレイスター・クロウリーは決断する。
明日から、胃の保護を最優先にしようと。
あとがき
一か月振りの更新。おそくなってしまい、申し訳ありません。
少し、リアルの方が立て込んでいるもので……。
その関係の諸事情により、感想返しはなしです。すみません^_^;
次も少し遅くなってしまう可能性があるので、ご了承いただければと思います。
それでは、次の更新で