インデックスちゃんが記憶を失い入院してから数日。
八月八日となった晴れた日、上条はインデックスちゃんや俺を誘って学園都市の駅前への買い物に出た。
その目的はズバリインデックスちゃんの服などを含めた日常品の購入だ。
とは言え、俺は一時警備員の黄泉川先生に引っ張られていき、ありがたいお説教されたので、途中から上条たちと合流したのだが、
「なんでお前がいやがる青髪ピアス」
「ええやん、僕もたまたまそこでカミやんに会ったから一緒にいるだけや」
そこには何故か青髪ピアスが共にいた。
しかし、そろそろ上条たちと別れるらしく、「ばーいばーい」と小学生のような言葉をかけながらすぐに夕焼け色の街に消えていった。
俺はその後ろ姿を見送った後に上条たちに向き合うと、満面の笑みを浮かべる。
「よし、じゃあ遊びに行くとしようか!」
「いや、もうさんざん遊び倒したから。今日はもう帰る」
「ええ!?」
そんな! 俺はお説教を受けていたせいで少しも遊んでいないというのに、上条はそんな酷いことを言うのか!?
いや、待て。これは俺をからかうために上条がふざけているだけじゃないか?
うん、きっとそうだ!
「またまた~。これからが本番でしょう上条さん~。カラオケとか行きましょうよ~」
「だー! うざい! くっ付いてくるんじゃねぇよ。暑苦しいな」
「酷い! インデックスちゃんからも何とか言ってやってくれ! まだ遊び足りないとか!」
俺は上条に抱きついたが冷たくあしらわれた為、その傍らで何が面白いのかニコニコとしているインデックスちゃんに援護を求める。
彼女はその笑顔のまま口を開いた。
「私も疲れたなー」
「Holy shit!!」
糞っ! こんな所にユダがいるとは!!
インデックスちゃんは俺が失望した顔をしているのにも拘らず、嬉しそうに今日あったことを語り始める。
「あのね、あのね。てーとくがいなくなった後にファーストフード店に行ったら、巫女さんがいたの」
「は?」
この子は何を言っているんでしょうか? アレか、記憶を失ったら頭の螺子も緩くなるのか?
あ、美琴ちゃんと付き合えることになったら巫女さんプレイをやってもらおう。アレだ、『らめぇ、私はきれいでいなくちゃいけないのに~』的な展開で熱く燃えよう。
俺が疑っていると分かったのだろう、インデックスちゃんは不機嫌そうに頬を膨らませると俺の腹部に容赦のない一撃をぶち込む。
「ぐばぁ!?」
「本当だもん! 嘘じゃないもん!」
「そうだぞ帝督。インデックスは嘘をついていない」
怒るインデックスちゃんをドウドウと押さえながら上条がフォローするようにそう言った。
アレか? これは彼女が出来た途端に友人の態度が変わるというやつか!?
「はいはい、そーですか。それで、巫女さんを見たのは良いけど目当ての日用品はちゃんと買えたのか?」
「む、なんだか軽くあしらわれている気がする」
「ん? ああ、まあ何とかな。女の子の下着とかを買いに行った時は流石に死にたくなったけど」
上条はそう言ってどこか照れたように頬を掻く。
あれ? なんでだろう? 上条がすっごく憎らしいのですが?
俺はそう思った瞬間、上条の左ほほを殴りつけていた。
「ぐっは!? 何しやがる、この変態!」
「…この気持ちは、嫉妬?」
「上等だ。ボコボコにしてやる」
俺が自分の気持ちに正直になっただけなのに上条は怒り狂い、俺に向かって拳を振り上げてきた。
俺はその拳を後ろに飛ぶことによって回避すると、すぐさま能力を解放する。
即座に俺の意思によって展開される二つの小さな羽根。
それは光り輝きながら俺の身体を空中に浮かべる。
「ふははははは! 成長した俺は以前よりも随分マシに能力を使えるようになったのだ! メルヘンの範囲指定はもちろん、下手な集中もいらねぇ!」
「てめぇ、汚いぞ!!」
「くくく、戦いとは非常なものなのだよ! と言うか、さっきは良くも見捨ててくれやがったな!!」
俺は本音を漏らしながら大空にはばたき、羽根を撒き散らしながら上条に相対する。
さーて、それでは攻撃に移らせてもらおうか。
俺はそう考えた所で、ある決定的な事実に気がつく。
(…俺、遠距離攻撃できなくね?)
インデックスちゃんの時は何やら必死になってすごい風とかを起こしたが、後になってやろうとしたら翼が小さすぎて飛ぶのが精いっぱいだったのだ。
したがって、風圧攻撃は出来ないし、無駄に撒き散らしている羽根で攻撃できるかと言えばそうでもない。
加えて、上条にはメルヘン空間が効かない。
「あれ? あれー!?」
「…帝督、まさかお前……」
俺の不審な態度に上条も気がついたらしく、俺の頭はパニックに陥る。
(やばい、やばい、やばいぃーーー!!)
その瞬間、俺の脳みそは容易く処理能力限界を超えてしまったらしく、翼が消えてしまう。
「「「あ」」」
重なりし三重奏。
直後、俺は地面へと自然落下し始める。
幸いと言って良いのか、まだ3mばかりしか浮かんでいなかったので、死ぬことはないだろう。
だが、そこで俺は気が付いてしまった。何故か俺の下にはインデックスちゃんが三毛の子猫を抱えて立っているのを。
「っ、インデックス!!」
上条が焦ったように声を張り上げ、同時に駆け出す。
また、俺も必死に能力を再発動しようとする。
だが、いずれも遅い。
俺はそのままインデックスちゃん目がけて落下し、
「Are you ready the die?(ぶっ殺すぞ?)」
そんな意味も分からないネイティブな発音の英語が聞こえた瞬間、俺の体は横合いからの爆風によって『吹き飛ばされた』。
「ぐう!?」
吹き飛ばされた俺は体勢を崩しながら、大地に軟着陸。
ゴロゴロと転がりながら、ある程度の場所でピタリとその動きを止めた。
痛えぇぇぇぇぇぇ!!!!
死ぬ、死んじゃう!!
俺は大地に伸びながら、次の瞬間にはビチビチと陸に上がってしまった魚よろしくに身体をくねらせて、全身で痛みを表現する。
しかし、上条はおろかインデックスちゃんも茫然と別の方向を見るばかりで、俺の方を気にもしない。
何これ!? 新手のいじめか何かですか!!?
「おま、え」
上条はあくまで俺を無視してその視線の先に立つ人物に声をかけた。
俺も体の痛みをおしてそちらの方を見ると、そこにはいつか見た赤髪の神父が立っていた。
たしか、名前をステイル・アナルヌスと言っただろうか?
ちゃんと名乗り合った訳ではないので、うろ覚えだがそんな感じだったはず。
俺はガバリと立ち上がると足をドスドスと踏み鳴らして近づき、奴の胸倉を掴む。
「てめえええええ! 何してくれやがる!? あ、インデックスちゃんを助けてくれたのはありがとう、でも俺を傷つけたのは死ね! 今すぐ死ね!!」
「…相変わらず変態だな、垣根 帝督。(…………あの人がこれを恐れる意味が分からないな)」
「変態だと!? それならク●吉の方が数倍変態だ!! それと、俺は変態じゃない! 変態と言う名の紳士だ!!」
「んな!? 英国紳士と君を同列にするな! 侮辱するにもほどがある!」
俺の紳士発言にアナルヌスは激怒の表情を見せ、逆に俺の胸倉を掴む。
殴られる!?
そう思って目をギュッとつぶった俺であったが、その直前にそこに上条が割って入った。
「待て待て! 落ち着けお前ら!!」
「離せ、上条 当麻! こいつを一発ぶん殴らなくては僕の苛立ちは治まらない!!」
「きゃー!! 誰か助けて、犯される!!」
「お前も黙ってろ帝督!」
俺はそう言われて上条から拳骨をもらう。
仕方がないので、すごすごとアナルヌスの胸倉を離し、距離をとった。
上条はアナルヌスと向き合うと、どこか真剣な声を出す。
「…『説得』の方はどうなった?」
ソレに対して、アナルヌスは顔を伏せて目を閉じた。
「…治療法は、見つからない。クロウリーの書(ムーンチャイルド)を参照した記憶を殺しつくす魔術だと思われるが…。治療法は、それこそ一〇万三〇〇〇冊の中だ」
「…じゃあ、連れ戻しに来るんだな?」
「…再記録、をさせるつもりだ」
「そうか」
俺にはもちろん、俺の傍らにやってきたインデックスちゃんも何の話か理解できないでいる。
しかし、俺はインデックスちゃんと違って一つだけ分かっていた。
これは、インデックスちゃんについて語っているのだと。
俺はそれを察すると、彼女の背中を押してその場を離れるようにして歩きだす。
ソレを見咎めたアナルヌスは、俺にいらだった声を出した。
「待て、どこに行く?」
「先に帰っている。もう、5時だからな。鴉が鳴くから帰りましょう、だ。分かったか、アナルヌス?」
「…僕の名はステイル・マグヌスだ!」
「はいはい。アナルヌスな」
「このっ!?」
「じゃあ、先に帰っているけど別に良いよな、上条?」
俺はアナルヌスの言葉を無視して上条に声をかける。
すると、上条は酷く真剣な顔をしたまま「頼む」と小さく呟いた。
「とうま?」
インデックスちゃんは、その表情に何を見つけたのか、か細い捨てられた子猫と同じような声を出す。
しかし、上条は振り向かずに、声だけを彼女にかけた。
「帝督と先に帰っていてくれ」
「…うん、わかった」
俺はそう言って肩を落とした彼女の背中を押しながら歩き始める。
もう、この場に俺たちはいるべきではないのだ。
俺は浮かない顔をする彼女を励まそうとある提案をする。
「そうだ、インデックスちゃん。アイスとか食べたくない?」
「…もう、しぇいくを飲んだからいらない」
インデックスちゃんは表情を無くしながら、俺にされるがまま歩き始める。
そして、一度だけ上条がいる場所を振り向いた。
その目には、拳を固く握りしめた上条の背中だけが写っていた。