第10話 ハルヒの悲鳴~私が望まない世界~
学校の屋上…。
世界は暗い闇に閉ざされ、涼宮ハルヒは十字架にかけられていた。
もがこうとも、一向にその手足に繋がれた鎖は外れることはない。
「お前は、この世界のことを何も知らない。知らなさ過ぎる……」
ハルヒの前、シャルル・ジ・ブリタニアは、抵抗するハルヒに向けて告げる。
「考えたことはあるか?お前の求めるものが、何でも揃う世界、お前の欲しがるものは、自ずと現れる世界……」
ハルヒは、シャルルの言葉を黙って聞く。
彼の言おうとしていることが見えない。
「……まるで、お前自身が、この世界を動かしているようであると」
「何を言って、そんなことあるわけないじゃない!」
ハルヒはシャルルの言葉に、真っ向から反発する。
馬鹿げた話だ。人間が自分の意志で力で、物事を勝手に動かすことなど出来ない。それに、もし自分が、世界を思うがままに動かせるのだとしたら、ここにはいるはずだ。SOS団の意味となった者達が……。
「ならば、問おう。この世界の異変、誰のせいで起こっているのか?お前はかつて経験したことがあるはずだ。同じように世界の崩壊の危機……己の願望のために、学校を破壊したことが……」
「……」
ハルヒは黙る。
あれは…夢だ。
全てが夢、キョンとキスをしたことだってそんなのも全部夢なんだ。
「……お前の存在が、この世界に様々な影響を与える、いや、お前がいなければこの世界は存在しないのだ。それをお前は知ることなく生きてきた。お前に関わる者達が、真実から遠ざけてきたのだ。力は神であれ、精神的に未熟な貴様では、事実を受け止めきることは出来ない。お前を庇おうとしたのもそうだ。お前は……この世界における絶対的な存在であるからこそ、守られ、崇められてきた」
「何を言っているか、わからないわ!そんな話、誰が信用すると思って……」
ハルヒはそんなシャルルの言葉など意に介さず吐き捨てる。
シャルルは、ハルヒを見ながらも、相手の動揺を伺うことは出来た。
ハルヒは知っている、この世界のことを……そして、キョンとの出来事も。
「おかしな話だ。世界を統治したがるものには決して、お前のような力は与えられない。与えられるのはいつだって、世界の統治、変革、そのいずれにも興味を持たぬ者ばかり」
「……でも、それが神を今日まで生き伸ばしてきた要因なのよ」
マリアンヌの言葉にシャルルは頷く。
人間は、醜くかくも未来を自分たちから奪っていく。
未来などは地獄でしかない。
過去ならば、失うものもなく、そして人は永久不変の平和を幸せを持ち続けることができる。
「涼宮ハルヒ、お前の求めているものは……すべて、此処にある。お前はそれを知らないだけだ。超能力者?宇宙人?未来人?お前はそれを知らなかっただけであり、お前の傍にそれはあった。古泉一樹、長門有希、朝比奈みくる……、彼らが、まさにそれだ」
ハルヒは自分が強く動揺していることを感じ始めた。
そんなはずはない、そんなことはありえない…そう否定し続けることが、かえって自分を追い詰めているような気がするのだ。
「お前はそういった非現実を求めながらも、人間であることを、自分が人間であり、人間としての世界に固執した。そのための存在が唯一の人間である、あの男だ。それらを纏めたSOS団、お前が学生生活を送る中で、その組織は実に都合のいいものだっただろう。お前は好きに自分の妄想を具現化してきた。彼らが、その具現化されたものを、対処するのを知らずに……」
「やめろっ!!」
振り返るシャルルとマリアンヌ……。
そこに立つのは、シャルルの攻撃を受け、立っていることもままならないキョン子であった。彼女は、長い後ろ髪を縛っているゴムが解け、その姿はどことなくハルヒとキョンを掛け合わせて割ったような姿となっていた。
「……それ以上、ハルヒを……」
キョン子を見据えるシャルルとマリアンヌ。
…そして、ハルヒ。
「あなたからも言ってあげればどう?自分はキョンという名の人間の異性体であり、別の世界からこの世界を救うためにやってきたって……」
マリアンヌは、微笑みながらキョン子に告げる。
ハルヒは、その言葉に驚くと同時に…、彼女の表情を見ると納得できてしまう自分がいる。あの男のいうことが現実なのか?だとしたら私は……。
「お前もわかっているはずだ。この世界がいかに不公平であり、不自由な場所であるかが…。人は無意味に殺され、様々な人間は自分の利益・欲求の赴くままに、互いを憎悪し、殺戮を繰り返す。この平和な造られた世界であれ、涼宮ハルヒを巡り、朝倉涼子と長門有希が争うようなことが繰り広げられている。悲劇は、如何なる世界でも繰り返されていく。それが!!この涼宮ハルヒが無意識に望んだことでもあるのだ。なぜならば、この世界は、このものによって創生されているのだから!」
シャルルはハルヒを指差す。
ハルヒは、キョン子をただ見つめている。
自分はどうしたらいいのかがわからない。
本当は?真実はどこにあるのだろうか?
私は、正しい。
そう…いつだって、そうだったはずなのに……。
「…折角ですから、答えを聞きましょう?それが1番手っ取り早いわ」
マリアンヌは倒れている朝比奈みくるの身体を起こすと、彼女の頬を軽く叩く。
「うぅっ……」
「なにをする気よ!?みくるちゃんを離しなさい!」
「安心しなさい。ただ、彼女に私は未来人ですってことを言わせるだけよ。彼女は隠すかもしれないけれど…。人のために自分の命は差し出せないでしょう?」
マリアンヌはみくるを脅迫するつもりであることを知る。
「やめなさい!!みくるちゃんに手を出すのは、全部、全部嘘よ!!貴方達がいっていることなんて、全部嘘なんだから!!だから、もうやめなさい!!!」
ハルヒは大声で怒鳴り散らす。
「……だから、なんだ」
キョン子の言葉に、マリアンヌが顔を上げる。
「お前達が、なんと言おうとも、ハルヒはハルヒだ!そして、お前達の勝手な都合で、ハルヒを傷つけるような真似は、私は絶対にさせない!」
「……あんた」
ハルヒは、キョン子の言葉が強く心に残る。
あれだけ必死になってくれる奴が、ただの部外者とは思えない。
やっぱり彼女は……。
「ほら、認めたわよ?彼女は、この世界の現実が如何なるものなのか…」
「……私は」
この世界は自分が創造した。
自分が作り、そして…考え出した世界。
そのために、古泉君、有希、みくるちゃん……キョンが巻き込まれた。
みくるちゃんもあんなぼろぼろになって……。
そんなことを私が望んだって言うの?こんなことを……私が。
違う
私は、こんなことを望むはずがない。
みんな、私の大切な仲間であり、かけがえのない部員達なのだ。
女の子のキョンなら面白そうだし、いてもいいかもしれないけど。
こんな世界は見たくない。
ハルヒは、目の前の光景を、現実と見れない。
眩暈がする……自分は、元の世界に戻るんだ。
こんな話なんか、信じない。
私は、いつものみんながいる場所に帰るんだ!!
「!?」
シャルルが周りを見渡す。
それは、追い詰められたハルヒが再び現実を求めたことで、閉鎖空間が逆に収束しようとし始めていることだった。シャルルは神の力を持ちながらにして、その不安定な子供の精神をいかにして崩して彼女を追い詰め、閉鎖空間を作り出そうかと考えていた。そのために朝倉涼子という本来ならば不必要な役者を用意して、マリアンヌを朝比奈みくるに憑依させ、ジリジリと彼女を追い詰めようとしたのだが…。
ルルーシュのこの現実とはかけ離れた攻撃により、自分たちは姿を現さなければいけなくなってしまった。それは結果的には、彼女の常識の範疇を超えてしまい、この現実に拒否を出してしまった。それは、この世界が元に戻ることを意味する。
「閉鎖空間が!?」
シャルルは渋い顔を浮かべ、ハルヒを見る。
「アハハ。人間って言うのは、早々と、隠れた現実を見せつけられて素直になるほど上手く出きていないんだ。ハルヒは、お前達が言うような神なんかじゃない。私と同じ普通の学生だ。それがわからなかった……お前達の負けだ」
キョン子は勝利を確信した笑みをシャルルに向ける。
そして、ハルヒを助けるべく彼女の元に近づいていく。
「ハルヒ……今、助けるから……」
彼女は、重たい身体を引きずらせながらもハルヒの元にと向かっていく。ハルヒは疲労の色を浮かべながらも、目の前にくるキョン子を見つめる。
「……私を助けたら、知っていること全部話しなさいよ?団長命令なんだから」
「私はSOS団でもなんでもないぞ?少なくとも、この世界では……」
「今、決めたわ。私を助けてくれたから……名誉団員として認めてあげる」
「それはどうも……ありがと」
2人はそんな会話のやり取りをしながら、キョン子はハルヒコを…、そしてハルヒはそこにキョンがいるような感覚を感じ取る。
なんとも不思議な感じだ…相手が異性であれ、中身が…心が同じならば、それはハルヒコ、ハルヒとなんら変わりはない。彼は…彼女は、純粋な心の持ち主であり、SOS団が彼女を守るに値する存在であるのがよくわかる。
だけど、それは決して彼女が神の力を持つから、そういうことではない。彼女は私達の友達だ。そして私にとってはハルヒコであれ、ハルヒであれ、大切な存在なんだ。だから守る。
なんとも単純な話だ。そこに、ハルヒの神の力や古泉たちの超能力や宇宙人、未来人の力なんか関係ない。
こんな話は、どこにでもある当たり前の友達の話なのだから……。
音が轟く。
キョン子はハルヒの目の前……そこで自分に何が起こったかもわからないまま、膝をつく。もう少しで……手が届きそうなハルヒの身体。彼女を守るためには、まだここで倒れるわけにはいかないというのに、身体に力がはいらない。目も霞む……。
顔をあげれば、ハルヒがぼやけながら、何かを喋っている……。
目に涙を浮かべながら…良く聞こえない、
もっと大きな声で、いってくれれば…わかるのに、今は物凄く、眠い。
「……ハルヒ、ごめん」
そこで…私の意識は途絶えた。
ハルヒコは、こんな私を見て、きっと笑うだろう。
情けないって……。
長門は?何も言わないか、古泉は相変わらず鬱陶しそうだ。
朝比奈君は…心配してくるかな。
「!!」
ハルヒを助けるために、屋上にと向かうルルーシュたち。
そこで突然、足が止まるキョン。
彼が止まったことに、ルルーシュたちの足が止まる。
「どうした!?」
ルルーシュの問いかけに、キョンは自分たちが昇る先にある屋上を見上げる。
「……あいつ」
キョンは拳を握りしめる。
「……バカな娘ね。現実は覆せないのよ…だからこそ人は夢を見るの。でも安心しなさい。すぐにこの世界は1つになるわ。夢も現実も…すべてが1つに」
マリアンヌが握る銃。
ハルヒは、身体を震わして、目の前で倒れているキョン子を見つめる。
彼女の身体からは赤い血が流れて、ハルヒの十字架を包んでいく。
ハルヒの瞳が揺れる。
いやだ、こんな世界……私は、こんなのいやだ……。
いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや
いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや
いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや
「いや、いやぁああああああああああああああ!!!!」
ハルヒの悲鳴は、空いっぱいに響きわたる。